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唯一館(図面14枚)

コンドルによる本格的な和風意匠の建築として知られている。煙突には石灯篭の形を応用し、窓は鎧戸のついた上げ下げ窓を用いるなど、創意的な折衷が見られる。同時期には長野宇平治による和風の奈良県庁舎などが建設されていた。

情報所有館 : 国立科学博物館 


基督教青年会館(図面14枚)

東京YMCAの会館として建設されたものである。建物の角に設けられた長円形の階段室とその外観を構成する急勾配の屋根が特徴的である。

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三菱一号館図面(図面16枚)

御雇い外国人から民間の一建築家となったコンドルは、工部大学校時代の教え子の曾禰達蔵を三菱の技師にすえ、彩色を施した詳細な立面図や、階窓の詳細図(平面・立面・断面)等、細かい建築図面を描かせている。

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独逸大使館(図面31枚)

ドイツ帝国の公使館は明治27年の地震によって被災したため、コンドルが明治30年に再建した煉瓦造2階建の建物である。第2次世界大戦の爆撃で建物は完全に破壊された。その跡地は現国立国会図書館となっている。

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横浜ユナイテッドクラブ(図面6枚)

横浜ユナイテッドクラブは、元々はスミス中尉という軍人が始めた軍人用クラブであった。後に民間人も利用できるようになり、宿泊も可能な外国人のためのクラブに発展した。煉瓦造3階建の大規模な建物で、側面を海に向けていたのが特徴とされていた。現在の県立県民ホールの地に在った。

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鎌倉海浜院ホテル(図面13枚)

後に湘南の帝国ホテルとも称された、皇族をはじめ政財界その他多くの人々に愛された名門ホテルであった。明治39年1月に完工し、その後も増築が行われた、ハーフ・ティンバー、2階建の建物である。戦後、占領軍に接収され、彼等の再度に及ぶ失火によって焼失した。ホテル前庭の由比ガ浜に通じる芝生は、現在は鎌倉シーサイド・テニス・クラブとなっている。

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三井家倶楽部(図面75枚)

三井家の集会迎賓館として造られたコンドルの後期の作品である。庭園側に円弧状に張り出したベランダや、内部の楕円形の吹き抜けなどにバロック的な古典主義への傾向が見られる。外装は月出石という白色の石材である。震災で被災したものの、よく旧状を保って修復された。

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丸の内美術館(図面1枚)

諸般の事情により実現には至らなかった計画案である。明治25年、三菱の幹部荘田平五郎が曾禰達蔵に宛てた書簡の中で、「社長岩崎彌之助は美術家を保護する趣向を以って美術館の設立を、資金10万円程度で考慮しておられる」と記している。このことから、曾禰がコンドルに設計を依頼したのではないかと考えられる。

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飯倉教会(聖アンデレ教会又はセント・アンドュー教会)(図面3枚)

明治12年に建てられたレンガ造の教会堂の増築計画が起こり、コンドルが図面を作成していたが、この計画は中止されている(理由は定かではない)。明治27年地震で教会堂が崩壊した際にコンドルの設計による木造平屋、下見板張りで鐘楼が付属した教会堂が建設された。昭和19年の爆撃によって焼失した。

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岩崎(彌之助)家深川別邸(図面21枚)

コンドルは、明治21年に帝国大学工科大学講師を辞任し、西紺屋町の官舎に設計事務所を開き、以来、民間の建築家として業務を行う。その最初の邸宅建築が、岩崎家の深川別邸である。南側(庭園側)にはチューダー・ゴシック風の鉄筋造のベランダが設けられ、全体はエリザベサンの様式になっている。本館4ヶ所に設けられた切妻壁、東南隅に張り出した塔屋のサラセン風葱形ドームが外観を特徴付けている。内部はその後のコンドルの定式となる1階のホールを中心とした平面計画がなされている。

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