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計10枚。高松政雄(1885-1934)は、卒業後、曾禰中條建築事務所の技師として特に病院建築の設計監督に従事する。日本建築士会では、建築士法制定の促進に尽くした。作品に、東京府医師会下谷病院(1928)、駿河台井上病院(1929)、東京慈恵医科大学付属病院(1930)、慶応義塾大学医学部付属病院(1932)がある。
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計9枚。安井武男(1884-1955)は、卒業後に南満州鉄道に入社し、活動を開始、和洋中を匠に融合した作風で注目を集める。以後は大阪ガスビルに代表される、アールデコ風の表現を施したオフィスビルやモダニズムの建築を関西に多数手がけた。なお、安井が首席卒業を逸し、職を満州に求めることになったのは、卒業計画に住宅を提出したためという説がある。
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計7枚。なみえやすお(1885-1965)東京に生まれる。辰野片岡事務所、大阪市建築課長、清水組大阪支店長を経て、1935年(昭和10)波江建築事務所を設立するに至る。日本建築家協会創立に尽力した。
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計11枚。牛村は、卒業後に司法技師となり、大阪控訴院の建設に関わる。1917年(大正6)に大阪市役所技師となり、同市庁舎建築の設計監督を担ったが、その完成を見ずに1921年他界。
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