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A YUNGMAN'S ASSOCIATION BUILDING(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(ムライ サンゴ)1901年東京帝国大学卒業後、渡米。1905年にセントルイスのウィリアム・S・アイネス事務所からニューヨークのキャス・ギルバート事務所に移り、1906年帰国。その後、大蔵省建築技師から日本赤十字嘱託技師を経て、1927年頃に和田順顕建築事務所に勤務している。主な作品に日本赤十字社(1912)などがある。

情報所有館 : 国立科学博物館 


A LAKESIDE HOTEL(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(キゴ コウザブロウ 1874-1941)大工棟梁:木子清敬(1845-1907)の次男として東京に生まれる。1901年に東京帝国大学卒業の後、住友本店臨時建築部の技手となり、1904年から東宮御所営繕局に勤務し、片山東熊のもとで東宮御所の設計に関わり、1907年には宮内省内匠寮技師となり、皇室の建築などを手がけた。1922年に独立し、竹田宮廷洋館(1911)、北白川宮廷洋館(1912)、鈴木三郎助邸(1932)などを手がけた。

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AN ATHLETIC CLUB(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(アマヌマ シュンイチ 1874-1947)東京生まれ。1902年東京帝国大学卒業。1906年に奈良古社寺修理技師となり、装飾文様などの細部にわたる古建築研究は、初の日本建築史の概説書である『日本建築史要』(1927年)としてまとめられた。これは、身近なものとしての古建築の存在を広く知らせるものとなった。1920年に京都帝国大学の助教授となり(1923年同校教授)、1936年まで勤めた。

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A CONCERT HALL(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(コウダ ミノル 1879-1965)東京生まれ。1902年東京帝国大学卒業。日本建築の研究者。東京美術大学での教職の後、1919年~1922年までインド・英・仏・伊・米に留学し、その後関西に活動の場を移す。研究成果を生かして奈良・京都・鎌倉などの文化財修復にあたり、1937年から法隆寺国宝保存工事事務所長を勤める。鐘楼の設計などを多く手がけた。

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A THEATRE(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(シバガキ カネタロウ)902年東京帝国大学卒業。文部技師建築課長を勤める。

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A RITUAL CHURCH(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(ヤジマ カズオ)1902年東京帝国大学卒業。文部省技師となる。

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A SUMMER PALACE(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(イケダ ミノル)1902年東京帝国大学卒業。

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A MANSION(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(コマギネ キンジ 1877-1919)山形県生まれ。1902年東京帝国大学卒業。辰野金吾の最後の直弟子として大学を終え、茨城県に技師として就任し、中学校、警察署などの地方公共建築の建設に携わった。当時、大学出の建築家を採用する地方はまれであったが、一地方官庁に身を置いて一地方の建築水準の向上に尽くした最初の建築家である。作品は木造がほとんどで、いかにも明治調の個性的な作品が多い。代表作は旧土浦中学校(M37)、麻布警察署(M36)。

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A DWELLING HOUSE(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(シミズ セイサブロウ)1902年東京帝国大学卒業の後、清水組に入社。工部省技師であった清水義高の長男。

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A CEREMONIAL HALL(東京帝國大學工學部建築學科卒業計畫圖)

(サノ リキ 1880-1956)山形県生まれ。1903年東京帝国大学卒業。1906年に東京帝国大学助教授となる(1918年同校教授)。建築構造学を大成したが、その他、教育・行政分野でも活躍した。『家屋耐震構造論』(1915年)は国際的にも独創的且つ統一的な耐震構造の規範とされた。日本大学高等工学校の創設に尽力。関東大震災後、東京建築局長として区画整理事業や(財)同潤会による住宅供給事業を実施した。わが国の鉄骨構造の嚆矢とされる日本橋丸善書店(M42)の設計や、震災復興の鉄筋小学校の建設指導にもあたった。

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