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ソニー製6石スーパーヘテロダイン中波/短波ラジオ受信機。受信周波数:中波535-1,605kHz、短波2.5-4.5MHz。受信可能帯域は狭いけれども短波放送が受信できる。最大出力90mW。スピーカー:2.75インチ。電源:6V(単三4個)。寸法:162X100X46mm。重量:500g。価格:13,800円。年代:1957年
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ソニー製7石音質重視の2バンド中波/短波ラジオ受信機。受信周波数:中波535-1,605kHz、短波3.9-12.1MHz。中間周波数:455kHz。完全な短波受信帯域をもつソニー最初のトランジスタラジオ。電源:電池 1.5V×4。寸法:231×185×80。価格:21,500円。年代:1958年
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ソニー製15石、FM/MWの2バンドラジオ。FMを受信できるトランジスタラジオとしては最初期のもの。受信周波数:FM 88-108MHz、MW 535-1605kHz。使用トランジスタ:2T203×3、2T201×5、2T7×2、2T6×3、2T8×2、ダイオード:1T23×4、1T51。スピーカー:4”×6”、ダイナミック、180mW。電源:1.5V×4。寸法:23.5×19.7×7.6(cm)。年代:1958年
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スタンダード無線工業製7石超小型ラジオ。マイクロニック・ルビーと愛称されたこのラジオは、回路部品の小型化への挑戦の結果生まれた。輸出向けに量産されると、たちまち国際的なヒット商品となった。1960年にアメリカのTI社が集積回路を発表していたが、まだ一般的でなく、ICを使わずにしかもスピーカー内蔵でこの超小型は、世界の注目を集めた。寸法:43x48x25(mm)。重量:72g。年代:1964年
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ソニー製8石中波トランジスタラジオ。周波数範囲:530-1,605kHz,中間周波数:455kHz。小型(ポケットに入る)。寸法:7×7.5×3.3(cm)。年代:1965年
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1964年8月に発売されたFM/MW/SWトランジスターラジオ。エサキダイオードと11石のトランジスタが使用されている。電源:電池。寸法:23×13.5×6.0(cm)。エサキダイオードは江崎玲於奈博士が1957年、ソニーで発明した負性抵抗を持つ半導体素子で、その原理からトンネルダイオードと呼ばれる。年代:1965年
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12石、中波/短波/FMの3バンドラジオ。SOLID STATE 11シリーズの最初の機種TFM-110は1965年に発売され11石であったが、その後12石になるなど改良された。価格:13,800円。受信周波数:FM 76-90MHz、SW 3.9-12.1MHz、MW 530-1605kHz。中間周波数:FM 10.7MHz、SW/MW 455kHz。電源:単3(3個)。寸法:180x131x48(mm)。年代:1967年
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ソニーが発売した超小型のAMラジオ。周波数範囲:530-1605kHz、中間周波数:455kHz。IC(1)、ダイオード(2)、トランジスタ(3)。スピーカー:直径2cmのダイナミック。寸法:49x33x18(mm)。重量:80g。電源は充電可能な電池 1.22V(2)。年代:1969年
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ソニーが発売したFM/MW/SWダブルスーパーヘテロダインラジオ。1970年代のBCLラジオを代表する高性能ラジオ受信機のひとつ。MW、FM、SW1、SW2、SW3の5バンドで受信する。SWはダブルスーパー、MWとFMはシングルスーパー。ダイアル機構はギアドライブ。寸法:22×23×10(cm)。定価27,800円。年代:1975年
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松下電器産業(現在のパナソニック)が発売したFM/MW/SWダブルスーパーヘテロダインラジオ。1970年代のBCLラジオを代表する高性能ラジオ受信機のひとつ。MW、FM、SW1、...、SW6の8バンドで受信する。SWはダブルスーパー(IF:1,985kHz、455kHz)、MWとFMはシングルスーパー。ダイアル機構はギアドライブ。選択度切換付。寸法:318×188×100(mm)。重量:3.4kg。定価:34,800円。年代:1976年
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PLL周波数シンセサイザー方式の、中波、薄型ポータブルラジオ。受信周波数帯:531-1602kHz(9kHz間隔)。中間周波数:450kHz。放送局を6局記憶(書き換え可)。選局:up/down、自動。出力端子:イヤホンジャック(600オーム)。使用半導体素子:LSI(1)、FET(1)、トランジスター(20)、ダイオード(7)、発光ダイオード(12)。寸法:65×100×6(mm)。重量:65g(電池込)。電源:3V(アルカリ電池または酸化銀電池2個).年代:1979年
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日本で古くから使われてきた計算の道具。正確にいうと、そろばんは十進法の数を記録するレジスターであり、計算は使用する人間が行う。構造は簡単で低価格であるが、使いやすく作られていて、訓練により非常に速く計算できるようになる。そろばんでは十進1桁を上段の五珠1個と下段の一珠4個によって表すが、一珠が5個のものもある。そろばんは16世紀ころに中国から伝えられたが、そのときは、五珠が2個、一珠が5個であった。
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乗除算、冪、根などの計算を簡単に実行するための計算具。原理は2つの数の積の対数がそれぞれの数の対数の和に等しいことで、計算は対数目盛をつけた2本の物差を相対的に移動して和の目盛を読んで行う。計算尺が使いやすい形にまとめられたのは1850年頃で、理工系の計算に広く使われたが関数電卓の普及とともに1970年代に姿を消した。ヘンミ計算尺は日本の竹を使って作られていて環境による変化が少なくまた使いやすい。さらに、専門別の計算尺も多く発売された。電子工学用、通信工学用、超短波電界強度用などを展示している。
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タイガー計算器株式会社が2次大戦後の早い時期に販売したピンホイール型機械式卓上計算器。基本の演算は加算、減算、左右へのシフトで、これらを使って乗算、除算などを行う。累算レジスタ18桁、置数レジスタ10桁、計数レジスタ10桁。タイガー計算器は1923年大本寅次郎により作られ、虎印計算器と命名されたのが最初で、1970年頃まで製造された。タイガー計算器は製造番号がわかると製造年を調べることができる。年代:1948年
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最後期のタイガー計算器。旧来の機種と比べて、基本機能が加減算とシフトであること、また桁上げ機構などの内部の構造に大きな変化はないが、カバーがプラスチック製になって軽くなり、また入力レジスターのクリアレバーが加減算ハンドルの下部に置かれるなどの変化があった。価格は約3万円。このあと、コンピューターや電子式卓上計算機の普及とともにその役割を終えた。年代:1969年
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日本計算器が製作したピンホイール型機械式卓上計算器。置数レジスターが上部に、累算レジスターと計数レジスターが下部の左右に移動するキャリッジに配置されている標準的な構成になっている。置数レジスター10桁、累算レジスター21桁、計数レジスターは11桁。寸法:357x130x170(mm)。重量:7.4kg。価格:35,000円。年代:1956年頃
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日本計算器が1964年にSM-21を改良して生産したピンホイール形機械式卓上計算器。置数レジスターが上部に、累算レジスターと計数レジスターが下部の左右に移動するキャリッジに配置されている標準的な構成になっている。置数レジスター10桁、累算レジスター21桁、計数レジスターは11桁。年代:1964年頃
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ピンホイール型機械式卓上計算器。置数レジスター10桁、累算レジスター20桁、計数レジスター11桁。写真のモデルにはTaiyoのロゴがあるが、詳細は不明。
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パイロット計算器が製作したピンホイール型機械式卓上計算器。当時の国産計算器の中では最も小型であった。置数レジスター7桁、累算レジスター12桁、計数レジスター6桁が、下から上にこの順序で配置されている。年代:1960年代
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カシオ計算機の最初の電子式卓上計算器、電卓。1965年に発売され、10進8桁、演算回路はトランジスター、表示はニキシー管を使い、寸法:37×25×53(cm)、重さ16.5kg、価格は38万円であった。世界最初の電卓は1962年に英国で作られ、日本では1964年にシャープとキャノンがトランジスター式、大井電気がパラメトロン式の電卓をビジネスショーに出品したのが最初であった。いずれも高価であったがよく売れたそうである。年代:1965年
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カシオ計算器が1972年に発売し、”答え一発カシオミニ”のコピーに乗ってベストセラーになった電子式卓上計算器、電卓。10進6桁、演算回路は1個の集積回路で作られ、表示は蛍光表示管を使い、12,800円。年代:1972年
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ソニーが発売した集積回路を使用したテンキー方式卓上計算機。表示は15桁(ニキシー管)。電源はAC90-117V。寸法:31.5×15×43.5(cm)。価格:348,000円。SOBAXはSOLID STATE ABACUSの略で、1967年から1973年まで多くの機種が発売された。年代:1971年
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ヒューレットパッカード社が1976年から1982年にかけて製造・販売した、磁気カードとプリンター内蔵、プログラム可能なポータブル卓上計算器。プログラムメモリー:224ライン。データ:固定小数点、浮動小数点。定数メモリー:26。サブルーティン:3層。内蔵関数:28。番地指定:シンボリック、絶対番地、間接番地、相対番地。表示桁数(10進):少数部10桁、指数部2桁。寸法:23×6.5×20(cm)。価格:220,000円。年代:1976年
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最後期の和文タイプライター。一般消費者を対象に、機能を限定して簡素、小型化を図った機種。活字は、漢字、ひらがな、カタカナ、大小英文字、アラビア数字、各種符号などが含まれている。活字は平らな活字盤上に並べられていて、印字する文字上にカーソルを移動して印字レバーを押すと、活字が拾い上げられ印字が行われる。縦書と横書はレバーで選ぶ。邦文タイプとも呼ばれていた。年代:1976年
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ブラザー工業が発売した電動タイプライター。デイジーホイール印字エレメントを使い高品質(IBM SELECTRICと同等)の印字をする。タイプライターから電子式のワードプロセッサーへ進化する中間にある。オンラインの使用もできる。46キー、印字速度:毎秒15文字、印字幅:1インチあたり10文字、12文字、15文字、行ピッチ:1、1.5、2行、寸法:437×135×391(mm)。
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ソニーが発売した日本最初のトランジスタテレビジョン受像機。8型CRT、トランジスタ23石、ダイオード18個、高圧整流器2を使用。寸法:180x210x230(mm)。重量:6.0kg。このテレビ実現のために、200MHz以上で使用できるトランジスタ、小電力ブラウン管が開発された。世界最初のトランジスタテレビジョン受像機Philco Safariは、2インチのCRT上の画像を反射拡大して見る構造になっていたので、TV-8-301Wを世界最初の直視型トランジスタテレビジョン受像機と呼ぶことがある。年代:1960年
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松下電器産業(現在のパナソニック)が発売した、特殊なCRTを使った14型薄型カラーテレビ受像機。これは数ミリの大きさのCRTを数千個あるいは数万個ならべて画面を構成する技術による。すなわち1個のCRTの蛍光面を多数の小さな領域に分割し、それぞれにたいする小型のCRT機構を全体のCRT内部に作ることで薄型CRTを実現した。厚さ:98mm。価格は288,000円。年代:1993年
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HITAC-8350の制御回路のマイクロプログラムを格納するのに使われたトランスフォーマー型読出し専用記憶装置。マイクロプログラムはプラスチックテープ上に印刷された回路を切ることで記録する。寸法:18×8×4.8(cm)。その後半導体記憶装置が開発されると、マイクロプログラムの記憶用にも使われるようになり、さらにVLSIの進歩とともに、マイクロプログラム制御装置は使われなくなっていった。年代:1973年
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日立製作所が1970年ころに販売していたラインプリンターの印字ドラムとハンマー。ラインプリンターは毎分1000行を超える速度でコンピュータの計算結果を印字出力するが、このために円周上に印字される文字の活字を彫刻した円盤を1行の文字数だけ共通の軸に通して作った印字ドラムを高速で回転し、目的の文字がリボンの位置に来たときにハンマーでたたいて印字する。ラインプリンターには、この他に、チェイン上に活字を彫刻しておくチェイン式ラインプリンターなどがある。年代:1973年
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日立製作所が1970年頃に販売していた、カードの鑽孔機。この時代の計算機の使い方はバッチ処理と呼ばれ、利用者がカード鑽孔機を使ってプログラムを鑽孔した大量のカードを、カード読み取り機によって高速で計算機に読み込み、処理をし、結果をラインプリンターで高速に印字して利用者に返すという方法をとっていた。年代:1973年
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日立製作所が1969年1月に発売した日本最初のミニコンピューター。1965年に米国DEC社が発売した小型高速のPDP-8が実験の自動化、通信、制御などに広く利用され、日本でも1969年以後各社から独自のミニコンピューターが現れた。HITAC-10はICと磁気コア記憶装置を使い、1語16ビット、加算2.8マイクロ秒、記憶容量4K語(最大32K語)。入出力インターフェースが開放され、入出力装置64台接続、割込、DMAが可能。年代:1973年
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8単位の計算機用紙テープ上の情報を読むミニコンピューターHITAC-10用の入力装置。光源からの光を紙テープを通して受光素子で受け8個の孔のあるなしを8ビットの情報としてコンピューターに送る。読取り速度は毎秒200文字。光源は細長い白熱電球、受光素子はフォトトランジスタが使用された。光電式紙テープ読取機は、1960年ころから機械式の読取装置に代わって使用されたが、1970年代後半からしだいに姿を消していった。年代:1973年
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日立製作所のHITAC-8350に使用された磁気ディスク装置のディスクパック。容量は30MB。直径32cmの円盤11枚で構成されている。この時代のディスク装置は脱着可能なメディアを使用するのが主流であった。磁気ディスクは1955年にIBM社で発明された。その後磁気ドラムとの競争に勝って以来、改良を重ねて大容量化、小型化、高速化を進め、すべての他の技術を使った装置の挑戦を退けて現在に至っている。年代:1973年
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北辰電機が1970年に製造した小型ドラム記憶装置。直径:30cm、高さ:29cm。磁気ドラムはコンピュータが現れた初期に主記憶装置あるいは大容量のファイルを格納する補助記憶装置として使用された。その後主記憶として磁気コア記憶装置が、補助記憶装置として磁気ディスク装置が現れると次第に姿を消した。このMEMORIAは最後期のものと考えられる。年代:1970年
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富士通が製造した磁気バブルを使った2次記憶装置。回路構成:シリアルループ。平均アクセス時間:370ms、転送速度:毎秒100キロビット。磁性薄膜上に形成される直径2ミクロンの磁気バブルは1967年に米国ベル研究所で発見され、不揮発性であり読み出し書き込みを電子的に行うことができるので、半導体メモリーと磁気ディスクのギャップを埋めるメモリーとして期待されたが、大成せずに終わった。年代:1999年
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東光が製造した高速記憶装置。直径0.2mmのりん青銅の芯線上にパーマロイの薄膜をメッキして作った磁性線を使用。非破壊読出し方式で、書込み時間:200ns、読出し時間:100ns。メモリープレーンは、ビット記憶の磁性線と語選択の絶縁皮膜銅線を縦糸と横糸として布状に織られている。ワイヤメモリーは1970年頃にコンピューターの主記憶として日本で実用化されたが、半導体記憶用集積回路が出現し本格的な使用には至らなかった。年代:1974年
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日立製大型コンピューターHITAC8800の8メガバイト(MB)の主記憶装置の一部。世界最大のコアメモリーであり、同時に半導体メモリーに切換る直前の完成した技術の記録と考えられる。ユニットの容量:0.5MB、コアの直径0.4mm、厚さ:0.1025mm、駆動電流:700mA、1プレーンの容量:32kB、アクセス時間:380ns、サイクル時間:600ns、転送幅:64ビット。寸法:22×46.5×46(cm)。年代:1970年
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日本電気が発売したIntel8080のためのトレーニングキット。CPUは8080と同等のμPD8080A、1KバイトのRAM、256バイトのROMを中心に、パラレルIOポート、25鍵のキーボード、8桁の7セグメントLEDディスプレーで構成され、簡単なモニタープログラムがある。価格は88,500円。トレーニングキットはマイクロプロセッサーが現れた頃に、制御回路などに使うための基本的な知識を習得するためのキットとして考えられた1ボードコンピューター。年代:1976年
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日本電気が発売した最初のパーソナルコンピューター。キーボードは本体と一体化され、CRT、プリンター、2次記憶用データレコーダを接続するインターフェースが用意されている。CPUはZ-80Aと互換のNEC製μPD780C-1(4MHz)、ROM24KB、RAM16KB。年代:1979年
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日本電気がPC-8001の上位機種として1981年に発売したパーソナルコンピューター。本体、ディスプレイ、キーボードで構成され、8インチフロッピーディスクを外付けして使用した。ビジネス用途にも使用されたが、1982年に上位のPC-9800シリーズが発売されると、ホビー用途の機種という位置付けになった。主記憶:64キロバイト、ROM:52キロバイト、グラフィックRAM:48キロバイト。画像解像度:640x400(モノクロ)または640x200(カラー8色)。年代:1981年
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日本電気が発売したパーソナルコンピューターPC98シリーズの最初の機種。基本システムは、本体、ディスプレイ、キーボード、マウスで構成され、内蔵ディスクドライブはなく、8インチフロッピーディスクを外付けして使用した。OSはMS-DOS。プロセッサーはインテル8086と同じμPD8086。クロック:4.91MHz、記憶容量:128kバイト、ディスプレイ:640x400x3。本体の寸法:500x400x125(mm)、重量:9.6kg。年代:1982年
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東芝が1990年に発売したブック型パーソナルコンピューター。プロセッサー:Intel 80386SX、クロック16MHz。主記憶:2MB(最大10MB)、2.5インチハードディスク:20MB、フロッピーディスク:2DDまたは2HD、表示装置:冷陰極管サイドライト液晶ディスプレイ640×400ドット、漢字:40×25字。寸法:310×254×44(mm)。年代:1990年
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日本IBMが1983年に独自に開発して発売したビジネス向けのパーソナルコンピューター。CPUはインテル8086を使い、ディスプレイは24ドットの漢字を表示できるが、IBM PCとの互換性はない。基本システムは、本体、キーボード、ディスプレイ、プリンターで構成される。本体の寸法:261×410×305(mm)。年代:1984年
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ソニーが発売したノート型エンジニアリングワークステーション。RISC型マイクロプロセッサー MIPS R3000を使用し、OSはバークレー版UNIX。クロック:40MHz。主記憶:8-32Mバイト。ハードディスク:524Mバイト。重量:4.5kg。価格:114万円。NEWSはソニーが1988年から1995年にかけて製造した特徴あるワークステーションで、最初はモトロラ社の68000系のマイクロプロセッサーを使用していたが、1987年末からMIPS社のRISC型プロセッサーを使用した。年代:1992年
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国産の真空管による初期の無線送信機。使用真空管はCYMOTORON KN‐154、東京電機 KN‐154(整流管)、TOYO UN‐154(3極管)。3極管1本で自励発振させて送信する。送信出力は約200W。直熱管のフィラメント電圧を微調整する電源装置を備えている。昭和5年「電信協会管理無線電信講習所」の実験局J2JDの送信機として使用された。安中電機製作所製。年代:1929年
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真空管の実用化以前の初期の無線送信装置の発振装置。12組の電極(直径50ミリ、板厚5ミリ、銀製)で構成されている。それぞれ厚さ0.1ミリの雲母板のリングで絶縁されている。感応コイルあるいは高周波発電機による高圧出力を印加して、強力な放電を起し、テスラコイルと空気蓄電器により所要の周波数に同調させた電波を送信する。電気通信大学の前身校「電信協会管理無線電信講習所」で大正10年に開局した実験無線局(J2JD)で使用された。安中電機製作所製。年代:1921年
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航空機用スーパーヘテロダイン方式の中波専用受信機。200kHz~550kHz迄の周波数帯で電波型式A1,A2,A3の電波を受信する。高周波1段(UZ6C6),周波数変換・局部発振(UZ6A7)、中間周波増幅2段(UZ6C6×2)、検波・増幅(UZ6F7),低周波増幅(UY38)。民間航空用に開発されたが、性能が安定していたので次第に軍用にも転用された。年代:1941年
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陸軍歩兵用の携帯無線送受信機で電信電話両用。送信・受信はシーメンス・キーで、電信・電話はスナップ・スイッチで切り替える。双3極真空管(UZ30MC)1本だけで全回路を構成。送信は自励発振電力増幅方式で、電話の場合はプレート変調、電信の場合はマーク時に発振させる低周波信号で同じくプレート変調を行い、効率よくA2電波を発射させる。受信には超再生検波方式を用いている。周波数の選択には、機器に添付してある同調曲線により可変コンデンサを調節する。東京無線電機(株)製造。年代:1939年
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太平洋戦争初期、昭和17年に製造された、船舶用の短波送信機。民間の大型商船用の送信機で、当時としては極めて贅沢な仕様により製造されている。水晶発振、逓倍増幅により1KWの出力を得ている。送信周波数は5420,5570,6650,8280,8435,8500kHzで、発振段,逓倍段、励振段の同調素子が周波数帯毎に区切られた回転ドラム上に設置され、真空管直近で動作するように設計されている。終段出力管は(P256),励振段は(3P50A)で、整流管には(HX‐966×2)、(QC‐717C×2)が使用されている。安立電機(株)製造。年代:1942年
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太平洋戦争初期、昭和17年に製造された、船舶用の長中波送信機。民間の大型商船用の送信機で、当時としては極めて贅沢な仕様により製造されている。長波・中波用の送信機で、長波136,143,152,156kHzと中波410,425,468,480,500kHzを送信する。自励発振、電力増幅方式で、A2電波の変調にはリップル変調を用いている。送信電力は500Wと推定される。ART‐922と同一船舶で使用されたもの。安立電気(株)製造。年代:1942年
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