「」 に対する検索結果 : 26828件

前の10件 (15881-15890/26828)    次の10件

国産最初の射出成形試作機の写真

国産最初の射出成形機の試作機。射出量15グラム、手動式型締機構を用い、射出は空圧で行う小型の射出成形機である。戦局の悪化で軍需生産優先のため、量産には進まなかった。

情報所有館 : 国立科学博物館 


国産最初の射出成形量産機ナデム100の写真

日本窒素肥料が戦前ドイツから輸入した射出成形機(イゾマ)をモデルに製作し、国産では初めての量産機となった。1947年、日本窒素肥料から20台を受注して製作し、同社から分離した積水化学工業に納入した。

情報所有館 : 国立科学博物館 


横型全自動油圧式射出成形機

横型全自動油圧式射出成形機として量産された最初の国産機(60トン、3oz)。同型機は1951年に120トン、6ozのHYDRA-32を開発、続いて1952年にHYDRA-16および30トン、1.5ozのHYDRA-8を開発した。本機はHYDRA-16の一機である。

情報所有館 : 国立科学博物館 


ベビーショベル・0.08m3

土工機械の小型化のきっかけとなった機械。根伐底における積込・掘削用として1959年に開発を始めたもので、1960年に1号機、その後、排土板を取付け、ショベルをバックホーに取替えられるようにした。

情報所有館 : 国立科学博物館 


スイングバッチャ(簡易計量機)

1950年代後半から生コンが一般化するまで、現場打ちコンクリートの管理に用いられた種々の簡易計量機のうちの1つ。

情報所有館 : 国立科学博物館 


スチームハンマ

大正末期から使用された単胴式のスチームハンマ。当社で初めてスチームハンマが使用されたのは大正11年東京モスリン金町工場の現場である。本機は大正13年に購入され、同年に芝浦桟橋、大正14年に千住発電所の現場で使用され、杭打の主力機種となった。

情報所有館 : 国立科学博物館 


ディーゼルパイルハンマ

1954年にディーゼルパイルハンマが国産化されたが、殆んど使用されず製造中止となった。その後、1959年に本格的に生産が始まったが、本機はその当時のもの。

情報所有館 : 国立科学博物館 


モンケン

大正年間に製造されたと思われる真矢打用モンケン。真矢打は1907年にはじめて採用された。

情報所有館 : 国立科学博物館 


サイレントマスター

英・テイラーウッドロー社設計の無騒音無振動シートパイル圧入・引板機で、英国では多数製作(メーカ:クルップ社)されたが、日本ではこれ1台である。6枚のシートパイルで反力をとり、残りの2枚を打込みあるいは引抜く。十数年後に同原理のよりコンパクトな圧入・引板機が国産化され現在も使用されている。

情報所有館 : 国立科学博物館 


スチームショベル

1919年、東京モスリン紡績工場で初めて使用され、以後、三井本館(1926)、白木屋本店(1927)、東京株式取引所本館(1929)など多数の現場で使用された。当時は先進の機械で、戦後、機械式パワーショベルが普及しはじめる1955年頃まで使用された。鉄輪走行で、ブームやディソパハンドルは木に鉄をかぶせた構造となっている。

情報所有館 : 国立科学博物館 


前の10件 (15881-15890/26828)    次の10件