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めさまし草

たばこの考証本。著者は未詳ながら、大槻玄沢門人でかつ、代々続くたばこ屋と推測される。たばこにまつわる俗説、流行の様子やきせるの構造解説といった本文に加え、玄沢の私家本「えん録」から引用した世界の喫煙形態(インド、中国、オランダなど)が載る。年代:文化12年

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吉原門鑑六枚繋ぎたばこ盆

吉原の入り口大門で、出入りを監視するために使われた鑑札でできたたばこ盆。鑑札には吉原内の町名と女何人といった内容が記される。

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板木提げたばこ盆

浮世絵を制作する際に用いる板木は、作品を摺り終えると再び平面に削られ新たな作品を彫るという形で再利用された。このたばこ盆はこうした浮世絵版画の板木を利用したもので、側面には遊女と人形使いの絵柄が見える。

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舟形たばこ盆

きせるでの喫煙に必要な、きせる、火入れ、灰落しをまとめた什器をたばこ盆とよび、持ち主や身分により素材や意匠も異なっていた。大名道具として伝わるこの資料(梨子地波に葦蒔絵舟形たばこ盆)は、趣向および漆工、蒔絵、金工の技術力の高さを示している。

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寝覚形たばこ盆

従来のたばこ盆には炭火をおいた火入れが必要だったが、マッチの登場で火入れは不用となり小型化されたたばこ盆。以降、灰落としときせるを配しただけの簡素なたばこ盆が登場するようになる。

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たばこセット

明治期の卓上たばこセット。紙巻きたばこ移入後も、明治・大正期には刻みたばこを喫煙する文化が色濃くのこっており、紙巻きたばこと刻みたばこの両方に使用できる造りとなっている。盆の上にはたばこ箱、マッチケース、灰皿などがセットされている。

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きせるのできるまで(羅宇)

火皿と吸口を金属、管の部分に竹を用いた羅宇きせるの製作工程。吸口と雁首部分は、厚さ1.1mm~1.3mmの真鍮の地金を切り抜いたあと、金槌でたたきながら筒状に成形、接合する。雁首の上部に火皿を固定し、凹凸や曲りを調製したあと、ヤスリで磨く。仕上げに管部分に節を抜いた竹や木をすげる。

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きせるのできるまで(延)

きせるのなかでも火皿、管、吸口のすべてを金属で作る延べきせるの製作工程。大正期以降、紙巻たばこでの喫煙が主流になる中で、きせるの需要も縮小したが、現在も受注生産で手作りの製品を制作するほか、プレス加工での製造が続けられている。

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銀数奇屋形きせる

「櫛きん雛形」十五丁にある鳥刺の意匠を模したきせる。きせるの彫刻と元の意匠とでは若干の差異があるため、雛形本をそのまま下絵に用いたのではないが、本を元に転用した例とわかる。

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ぎやまんきせる

ソーダ石灰を用いたヨーロッパガラスには強度、透明度とも及ばないが、日本でも鉛含有量の多い和製ガラスを用いて酒器や装身具が作られた。和製ガラスを用いた「ぎやまんきせる」も作られ、茶席で好んで用いられた。ヤニが残っているものもあり、ガラスの管を通る煙を楽しんだであろうことが想像される。

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簡易きせる

戦時中(昭和16年~20年)の物資不足で喫煙具も簡素化が進み、陶製の簡易きせるや金属製の簡易パイプが作られた。この資料は美濃焼の簡易きせるで、生産から販売まで完全統制が行われた。吸口には各生産者に付した「生産者別表示記号」が記されるため製造元が特定できる。美濃焼は「岐○○」という記号で識別された。

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織部きせる

近世の初期には金属加工技術がきせるにまで及んでおらず、織部や瀬戸の窯でもきせるが焼かれた。割れ易く、形も瓢箪のように丸い形と細長い形の二種類で実用というよりも鑑賞用として用いられた可能性が高い。

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竹きせる

竹きせるは、近世初期までよく使われていたが、国内で金属きせるを製作するようになると次第に使われなくなったとされる。当館では九州の神社で神事に用いられる竹きせるを所蔵している。

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提げたばこ入れ

喫煙習慣の定着で、きせるや刻みたばこを携帯するためにたばこ入れが使われるようになった。特に帯刀できない庶民の間では装身具として意匠や装飾に趣向を凝らしたものが作られた。形態で分類した内、提げたばこ入れと称されるものは、たばこを入れる袋ときせる筒を根付で腰から提げて使う。

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一つ提げたばこ入れ

喫煙習慣の定着で、きせるや刻みたばこを携帯するためにたばこ入れが使われるようになった。特に帯刀できない庶民の間では装身具として意匠や装飾に趣向を凝らしたものが作られた。形態で分類した内、一つ提げたばこ入れと称されるものは、たばこを入れる袋を根付で腰から提げて使う。

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腰差したばこ入れ

喫煙習慣の定着で、きせるや刻みたばこを携帯するためにたばこ入れが使われるようになった。特に帯刀できない庶民の間では装身具として意匠や装飾に趣向を凝らしたものが作られた。形態で分類した内、腰差したばこ入れと称されるものは、根付ではなくきせる筒を腰に差して使う。明治以降にはこの形の物が多く制作された。

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懐中たばこ入れ

喫煙習慣の定着で、きせるや刻みたばこを携帯するためにたばこ入れが使われるようになった。形態で分類した内、懐中たばこ入れと称されるものは着物の懐中に入れて携帯するもので、たばこ入れとしては最も古くから存在していたと考えられる。扁平な二つ折の袋をこはぜで止める物が多い。

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とんこつたばこ入れ

木材や金属、角、牙、甲羅、陶磁器、貝など硬質な素材を用いたたばこ入れ。天候の変化や激しい作業に耐え、ある程度の気密性を保てることから、農業や林業、漁業、狩猟などの野外作業に従事する人たちが用いたとされる。名前の由来は定かではない。

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マッチケース

マッチを携帯するマッチ入れ。マッチの箱ごと入れる形もあれば、一本づつ入れる形もある。いずれも蒔絵や彫金による装飾が施されている。

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「国府」包かと版木

たばこが専売化される明治37年より以前には全国各地にたばこ商が点在し、それぞれ特色のあるパッケージで売り出された。写真は常陸(現在の茨城県)のたばこ商川上弥介(佐野屋)が扱っていた「国府」の包かと板木。「国府」自体は鹿児島を中心に栽培された事に由来する品種だが、茨城や東北地方南部でも栽培された。江戸時代から名葉として広く流通し、民営期に各地のたばこ商が売り出した多種多様な包かからは名葉としての人気と販路の規模が示される。年代:明治期

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石版(アルマ100本入外箱ラベル)

石版は薬品による化学処理で油性インクの付く部分と付かない部分を作って製版する技法。欧州で発展し日本に伝わったのは幕末頃とされる。描いた描線を濃淡までそのまま製版印刷できたため、図版印刷に重宝された。アールヌーボ調の「アルマ」は専売局唯一の肖像画デザイン。

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「アルマ」100本入外箱ラベル

「アルマ」はトルコ産の葉を用いたオリエンタルシガレット。外箱のラベルにもアールヌーボ調の縁取りやフラミンゴといった異国情緒あふれる図柄があしらわれた。石版で印刷されたラベルの中でもとりわけ美しく点描式製版が印刷された例といえる。

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口付たばこ「忠勇」パッケージ

村井兄弟商会の「忠勇」パッケージ。定価表にデザインされている「忠勇貳號」と同様のもの。

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「ピーコック」カートン用鋼板

「ピーコック」は米国バージニア、カロライナの名葉を用いた村井兄弟商会のたばこ銘柄。明治29年ころから清向けに輸出した。この鋼板は現代でいうカートン用の鋼板。年代:明治期

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「ヒーロー」カートン用鋼板

「ヒーロー」は日本で初めてアメリカ葉を使用し、輸入たばこに近い品質に仕上げた村井兄弟商会の銘柄。先行商品「サンライス」の臭味を改善するために、原料、製法を変え、香料を加えて十本入三銭で売り出した。国内では売り上げ一位となるほどの人気を博し、韓国にも輸出された。流行していた輸入たばこの美しい包装に対抗すべく、包装にも力を入れた。この鋼板は現代でいうカートン用の鋼板。年代:明治期

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「HONEY BEE」カートン用鋼板

「HONEY BEE」は清、韓国への輸出用に製造された両切たばこ。パッケージには蜂と蜂の巣が写実的に描かれている。この鋼板は現代でいうカートン用の鋼板。明治39年から大正4年頃と考えられる。

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「HONEY BEE」パッケージ鋼板

「HONEY BEE」は明治39年から大正4年にかけて清、韓国への輸出用に製造された両切たばこ。パッケージには蜂と蜂の巣が写実的に描かれており、5本入の簡素な包装となっている。

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「エアーシップ」パッケージ石版

「エアーシップ」の石版。版には凹凸がなく、水と油の反発作用を利用して図や線描部にだけインクが付くようになっている。石版ペンまたは細い筆で小点を描き、点の大小、疎密で濃淡を描き分ける点描式製法を用いて、油彩のタッチを生かした印刷ができた。

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「エアーシップ」(50本入)

明治43年に50本詰めの缶入りで発売された。この年は日本の空を初めて飛行機が飛んだ年で、大空への関心が高まり名付けられた。点描式という製版技法により油絵のような微妙なタッチが生かされたデザインは、発売された明治43年当初はブリキ缶に直接印刷された。後には同柄の缶ラベル(紙)や10本詰の箱も登場した。年代:大正15年~昭和12年

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「オリエント」パッケージ石版

オリエントは、専売局が初めて発売したトルコ巻(トルコ、ギリシャ産のオリエント葉を原料とする紙巻き煙草)の高級品。箱は10本を一列に並べた平型で、エジプトのたばこを模倣したような図柄の隣に菊、というデザインになっている。明治38年発売、昭和8年製造中止。石版にはパッケージの表裏両面が描かれている。

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「オリエント」パッケージ

専売局が初めて発売したトルコ巻(トルコ、ギリシャ産のオリエント葉を原料とする紙巻き煙草)の高級品。箱は10本を一列に並べた平型で、エジプトのたばこを模倣したような図柄の隣に菊、というデザインになっている。明治38年発売、昭和8年製造中止。

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「はぎ」パッケージ石版

銅版の「はぎ」と同様のデザインだが、記載の価格から大正6年から同8年8月までのものと考えられる。

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「はぎ」パッケージ

「はぎ」は明治38年に専売局が最初に発売した細刻みたばこの1つで、発売以来大正8年まで販売実績1位の銘柄だった。パッケージは白地にセピアの一色刷りだが、葉を塗りつぶしと細線の塗り分けで二色に見せている。「はぎ」石版と「はぎ」銅版は、価格こそ違うが、おなじデザインのもの。

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「はぎ」パッケージ銅版

石版の「はぎ」と同様のデザインだが、価格から大正8年8月以降のものとわかる。

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観光たばこ

日本各地の名勝や祭礼をデザインした、ご当地たばこパッケージ。特定の地域で販売されて地元団体にも評判がよく、昭和42年から平成6年まで続いた。地域性やデザインの面白さからコレクションとして人気を博した。

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記念たばこ

記念たばこは、大正4年から平成6年まで、国や地方のさまざまな行事や催しにちなんで特別にデザインされたたばこで、期間限定で販売された。博覧会や展覧会用にあわせたものや、東京オリンピック仕様など、時代を反映したデザインが並ぶ。

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手刻み道具一式

たばこの日本伝来以降、江戸時代を通して細刻みをきせるで吸うという、日本特有の喫煙形態が発展した。髪の毛ほどの細さにたばこを刻む技術は、職人の手刻みで完成された。江戸後期には機械も開発され明治37年(1904)に専売制が施行されるまで各地で使用された。手刻みでは、箒で葉たばこについた砂を掃き、葉脈を取ったあと数種類の葉を組み合わせて重ね、四つ折にした巻き葉を押さえ板で押さえながらたばこ包丁で刻んだ。手作業なので、それほど効率はよくなく、普通の人で3キロくらい、熟練者で3.75キロ程度だった。

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〆台

かんな刻み機で刻むために葉たばこを重ねて圧搾し板のように固める機械。〆台で圧搾する際に油を使うため、かんな刻みのたばこは品質が悪いとされた。しかし、火付きはよく、野外作業に従事する際の喫煙には適していた。

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かんな刻み機

寛政12年(1800)に阿波池田の中村武右衛門が北海道の昆布刻器を耳にし、現品を取り寄せて土地の工匠と共に制作したとされる。〆台で圧搾された葉をセットし、かんなで削るようにして刻みたばこを作った。手刻みよりも効率がよく、一人で一日3~5貫目(11~19キロ)を刻むことができた。しかし、葉たばこの間に油を塗るため品質が悪く、主に下級品の製造に使われた。

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ぜんまい刻み機

弘化(1844~1848)頃に発明されたとされる。1~4個の歯車を巧に使い、包丁の上下運動と葉たばこの送り出しを同時に行なえる機構を備えていた。座作業のため能率はさほどよくなく、一人一日3.75kg程度だったが、製品の質は高く、上級製品の製造に使われた。また、ぜんまい刻み機は江戸時代の産業用機械としては緻密な機構を持ち、明治以降の刻み機械につながる基本的な機構となった。

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水車刻みの図

水車を動力とした刻み機。ぜんまい刻み機は簡単な操作で良質のたばこを生産できたが効率は悪く、足踏みぜんまい刻み機などが考案された。さらに動力の導入が検討され、明治10年代以降は水力や蒸気機関といった動力を用いたぜんまい刻み機が普及した。神奈川県秦野地方ではこうした動力を利用したたばこ製造業者が多く存在し、水車ぜんまい機械の増加届といった文書も残されている。年代:明治期

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木村商店製たばこの販売用荷車

木村商店は米国産シガレット「ホーク」「ゴールドコイン」や、英国産シガレット「ハート」「キング」の輸入販売、製造販売を行った明治のたばこ商。両切たばこを主力とするため同業の村井兄弟商会と衝突することが多かった。村井の「ヒーロー」に対抗して「ハーロー」を出して商標権争いも起こしたが、明治33年には村井に買収され、その一販売店となった。写真の荷車には木村商店の銘柄が記されており、民営時代の小売の様子を伝えている。年代:明治期

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たばこの自動販売機

たばこの自動販売機は明治期から繰り返し試作された。実際に普及するには時間を要し、昭和8年に上野駅に設置されたほか、一部の地域で使われるようになった。この資料は昭和10年頃の三裕社製で、「朝日」「みのり」「ゴールデンバット」などを販売し、硬貨を入れて押し棒を押し込むとたばこと釣り銭が出るという仕組みになっている。

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たばこの自動販売機

昭和50年から51年まで制作されていたクボタ製「CM-DW2」。平成15年まで山梨で稼働していた。

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火付道具

鋼鉄製の火打金と石英の火打石を打ち合わせることで火花を出し、火口に火を移した。火口から付け木、さらに炭に移すなどして火を保管した。火打石や火打金は、蓋付の火口入れがついたの火打箱にまとめられた。

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火打袋

火打石、火打金などの火付道具を携帯用にまとめたもの。袋の端に組み込まれた金と火打石を打ち合わせて使う。鎌倉時代頃には風俗画や物語にも描写があり、たばこ入れよりも以前から腰に提げて使う袋物として利用されていた。江戸時代にはたばこ入れを腰から提げるようになり、火打袋の使用頻度は減少したとされるが、たばこ入れに収納できる形態のものも見られる。

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弁吉式ライター

加賀のからくり師大野弁吉が発明したといわれる発火具。真鍮製の俵形で4センチにみたない本体は、蓋をあけると左半分に発火機構が仕込まれており、火口をつめる窪みと鉄の突起がある。右には火打石を付けた鉄の腕があり、火口の側に倒れ込んでいる鉄の首をもちあげ、ボタンを押すとバネと連動した火打石のセットされた鉄の首のストッパーが外れて前方に倒れ込む。このとき火口上部にある鉄の突起と火打石がぶつかって火花が飛び、火花が火口に飛び移る、という仕組みで従来の火付け道具よりも容易に火をつけることが出来た。年代:19世紀

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「朝日」木版

口付たばこ「朝日」の包かの板木。背景部と文字部の2枚だが、もう1枚桜柄の板木が必要と思われる。大正6~7年頃まで用いられたもの。

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羅宇車

羅宇きせるを修理、掃除する羅宇屋の仕事道具を積んだリヤカー。羅宇屋は、きせるの中継部分である、羅宇のすげ替えや、雁首・吸口部分の掃除など、きせるの修理を請負った。江戸時代の羅宇屋は背負子もしくは棒手振で修理道具を持ち歩いたが、この羅宇車は自転車で牽引できるようにリヤカーを改造している。東京最後の羅宇屋中島留四郎氏が使用していたもの。年代:昭和20年頃

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羅宇車の釜

羅宇車に載せられている釜。羅宇竹のすげ替えには雁首部分を加熱して緩める必要があり、その熱源として釜でお湯を沸かした。お湯が沸くと、釜上部にある小笛を鳴らして客に知らせる役割もあった。年代:昭和20年頃

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