「」 に対する検索結果 : 26836件

型式:レシプロ・エンジン空冷式倒立直列6気筒∥気筒容積:10,200cc∥離昇出力:250馬力/毎分2,500回転∥重量:238kg∥出力/重量比:1.05∥使用燃料:91/96オクタン航空ガソリン∥1938年(昭和13年)から1964年(昭和39年)の間に、約6,600台生産された。∥整備性の良いエンジンであったが、設計が古いため出力に比べて重量が大きかった。∥デ・ハビランド(ポーカー・シドレー)DH‐114‐1Bヘロン4発旅客機に装備された。本エンジンはANA整備訓練所で保管され、後に当館へ寄贈された。年代:1964
情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 ![]()

ロッキードL‐1011トライスター用のエンジンの一部である。同エンジンはロールス・ロイス社製で複合材製ファンを持つ3軸ターボファンエンジンである。東京都立航空工業高等専門学校(当時)から当館へ寄贈された。年代:1974
情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 ![]()

第1次世界大戦におけるフランスの戦闘機で1917年に採用された。大戦後に来日したフランス航空教育団が訓練用として持参し日本では「丙式一型練習機」と呼ばれた。1990年3月に埼玉県が取得したものである。年代:1917
情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 ![]()

最初牛乳はブリキ缶容器(それ以前は柄杓で秤売)で配達された。始め蓋がなかったが、後に口が細くなり和紙、厚紙、コルク栓を用いるようになったが、ガラス瓶が使用されるようになると法律で禁止された。年代:明治14(1881)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

日本において最初の牛乳瓶といわれ、瓶口の内側につけられた螺旋状凹凸の筋を合わせ回転させて開閉する仕組みが特色である。(90cc 5勺)年代: 明治30年代頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳取締規定により最初使用された長首牛乳瓶で、これは人工吹きの瓶で無色及び有色(青緑色等)のものであった。最初は瓶口に薄紙を捻り押し込み、その後、木栓、コルク栓を用いた。年代:明治36(1903)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳を殺菌するようになると、瓶口を金具付の機械栓(瀬戸口・ニッケル等)を用いる瓶装になり、瓶には店名・殺菌法・容量等を浮彫にして牛乳の差別化を図った。年代:大正から昭和初期頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

太平洋戦争中ガラス瓶の資材が欠乏したので、各褐色雑瓶を粉砕した原料で作った黒褐色の広口牛乳瓶(180ミリリットル)である。数少ない非常に稀な瓶である。年代:昭和19(1944)年頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳営業取締規則(昭和8(1933)年)により広口瓶に統一され、キャップの打栓、掛け紙(セロハンからポリフード)で覆う(細菌の二次汚染防止)ように義務づけられた。瓶の形態は、丸瓶、6角瓶、角瓶で、容量は、180、200、900ミリリットル等がある。そして時代の経過により字型、色彩が多様化した。(紫フードは種類別牛乳をさす)。年代:昭和25(1950)年代頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

キャップは当初直径4.25センチメートル[写真]から3.41センチメートル(昭和9年)に統一された。文字は左書で、製造曜日、殺菌法、種類別、製造牛乳店などが明記され、時代の変遷により文面は変わったが、限られた紙面で常に牛乳の内容を解説した。年代:昭和3 (1928)年頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳瓶は180ミリリットル(1合)から200ミリリットル(栄養表示は100グラム単位が便利)に変わり、商品多様化により瓶のデザインも豊富になった。受箱は木製からプラスチック製に変化を見る事が出来る。帽子、集金袋は牛乳配達人の当時の用具である。年代:昭和40(1965)年代頃から
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

アメリカ・ヨーロッパ・アジア等の牛乳パック(一部瓶を含む)である。種類は牛乳、加工乳、乳飲料、はっ酵乳等。形態は屋根型、レンガ型。内容量は200・500・1000ミリリットル及びガロンのタイプである。各国の食習慣の特徴をみることが出来る。年代:1960年代のものから
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

アメリカ製の牛乳通箱で6本入れ(4.4リットル単位)である。重量があったので箱の隅は補強金具を装着している。横にあるのは藁で編んだ牛乳瓶(4本入れ)運搬具で農民の知恵を醸しだしている。
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

高温殺菌した牛乳の保存や運搬に使用をした通箱である。特に蓋のアール型が特徴で、横55センチメートル×高さ33センチメートル×幅33センチメートルの木製になっている。当時飛行場に納入したもので通箱を必ず返却するようにと書いてある。年代:昭和19(1944)年頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

学校給食ミルクは脱脂粉乳を溶解して作った牛乳から始まった。当時、学童のコップに分注するために用いられたアルミ製のやかん。年代:昭和27(1952)年頃
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

三里塚御料牧場で飼育された牛から搾った牛乳はこのガラスミルカー(14リットル容)で衛生的に取り扱われ天皇家に献上された。年代:昭和40(1965)年頃のもの
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

ネパールで使用したヨーグルト素焼甕で深さ28センチメートル幅12センチメートルである。前の皿はヨーグルト素焼皿で、ヨ-グルトが白く付着している様子がわかる。素焼であったため、乳酸菌が付着していたことから各農家独自のヨーグルトの味が生まれた。
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳缶の型、容量は様々で、缶に所有者の名前が刻印されている。(フィンランド製・(右側))・仔牛に飲ませる牛乳哺乳缶(4リットル容・ブリキであり、ベルギー製のもの・(左側))。年代:1912年頃代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

お茶や牛乳を沸かすための牛型ケトル。カバーケトル(蓋が湯のみ)に注いでお茶や牛乳を飲んだといわれている。インド農民はこよなく牛を大切にしたという。(インド製)
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳輸送缶は使用目的により缶型・容量が定められている(一般的には30~40キログラム)。所有者の名前を刻印をしたり或いは装飾が加えられるなど、世界各地の輸送缶には特色がある。年代:1950年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

当初は手搾りであったが、ミルカーの採用により作業の効率化と衛生的に搾乳が出来るようになり日本では1958年頃から国産化された。種類は左側からサスぺント(懸吊)型及びフロア(床置)型である。年代:昭和35(1960)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

陶器製で赤絵の哺乳瓶である。上流家庭において当初重湯を入れ哺乳に使ったもので、後に牛乳にも用いたといわれている。花模様の焼き物として特色がある。年代:幕末から明治時代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

子供に哺乳する時の横型瓶で、成長に従い牛乳をぬるま湯で希釈して与えたので目盛を必要とした。しかし上流家庭の子供のものであって、一般には中々普及しなかった。年代:大正から昭和(初期)時代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

大角牛(ぺロリコン)のリトル(ワイン入)で、ギリシャ初期にミノワ文明の神殿跡(B.C.2500年頃)から出土したものである。本品はギリシャ国家が300点限定許可したレプリカである。牛頭に人間がいるのは古くから人と牛の深いかかわりを示している。年代:B.C.2500年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

ギリシャのクレタ島で出土した聖牛のリトル(酒入容器)をコピーしたレプリカである。絵柄の色彩及び紋様が鮮やかで、当時の人々が牛を大切にした事がわかる。年代:B.C.1600年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

ホルスタイン種の体型は横・上・後ろから見て楔型が搾乳量の多い牛とされている。従って標準タイプの牛を目標に酪農民は飼養管理に専念した。日本ホルスタイン登録協会の推薦(笹野恵三作)によるものである。年代:昭和32(1957)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

原乳中に含まれる微細のゴミを高速遠心力により除去する機械である。このことにより牛乳中に異物が混入することなく安全を保つことができる。年代:昭和59(1984)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

タンクの内装と外装の間に熱湯(又は蒸気)を投入して温度を上げるパス(釜)の構造になっている。ここに牛乳を入れ攪拌しながら殺菌(63℃30分)する方式である。本器の内装はホーローびきで珍しい。現在はすべてステンレス製である。年代:昭和23(1948)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

パイプの中に冷媒を通し冷却した装置に、殺菌した牛乳を表面に流し間接的冷却する仕組みである。空気の接触をさけ汚染防止をするためのカバーをかけてある。年代:昭和30(1955)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

プレート板の隙間に牛乳及び伝熱媒体(蒸気・温水・冷水)を通し、熱交換することにより加熱・冷却を連続して行う方式です。年代:昭和40年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

箱型の鉄板製で前面の扉を閉め、底部中央から蒸気を吹き込み、2段又は3段に50本ずつ牛乳瓶をならべ瓶と牛乳を同時に殺菌する仕組みである。年代:大正時代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

本機は牛乳の脂肪に含有する脂肪球を圧力で粉砕し均質する装置である。この機械を通すことにより、牛乳の脂肪層の浮上を防ぎ、品質の安定と消化吸収をよくする。年代:昭和35(1960)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

当初は普通瓶(180ミリリットル容)に充填及びキャップを打栓する手動式充填機として開発された。本機は大型瓶(5合=900ミリリットル)の専用の足踏み方式である。年代:昭和30(1955)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

紙パック(主に1リットル)を成型し牛乳を充填する機械で今日使用している機種の原形である。紙パックのワンウェイ化により、工場の省力化、軽量化及び流通改善(容器革命)に大きく転換した。年代:昭和40(1965)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

ギリシャ製でレストランで実際に業務用(35リットル容)に使用したものである。クリームを入れ、攪拌棒で上下に振ってバターをつくった。年代:1850年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

このバターチャーン(40型4クォート・4.4リットル容)はガラス製で4枚のバイヤス・タイプの羽を回転し攪拌効率を高める方法のもので主として家庭用である。(アメリカ製)。年代:1930年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

手回し回転式30リットル容のバターチャーンで、スイスの古い旅館で実際に使用していたものである。2時間攪拌・回転すると1.6キログラムのバターが出来る。年代:1932年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

木製丸型の回転バターチャーン(1リットル容)でスイスの農村老夫婦が実際に使用していたもの。同器に彫刻が施されているのをみるとその家庭の自慢のバターを作る道具であったものと思われる。年代:1980年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

樽型チャーンとしては国内最大級のバターチャーンで約800ポンド(市販バター約1600個分)を一度に製造することができる。バターの風味を損なわないため樽の材質は櫻の木でできているのが特徴である。年代:昭和40(1965)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛乳から分離したクリームをステンレス製のチャーンに入れ攪拌・振動させると、バターとバターミルクに分離するのでバターが出来る。年代:昭和50(1975)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

バターを成型及び充填する装置で日本製(大蔵機械(株):型式BW‐S3)である。当初の1箱単位は、225グラム(半ポンド)であったが、今日では200グラムが主流である。年代:昭和53(1978)年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

チーズカードを入れ、圧搾して水分を除き、型をつくる木製の道具である。直径約30センチメートル柄付で実際にスイスの農家が使っていたものである。年代:1980年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

チーズカードを木製の桶に入れ、圧搾しながら18個の底穴から水分を除去をする道具。桶の直径は28センチメートルであり穴が18個あるのは、効率的に搾る、この地方の農家の知恵である。年代:1952年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

オランダには沢山のチーズが古くから生産されており、自慢のチーズの取引には必ず天秤で計量し販売したのでチーズ秤が必要であった。秤には様々の種類と方法があるが展示物はその一例である。年代:1870年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

容器は5米クォート(4.75リットル)容で樽は木製で中身の攪拌器は鉄製でアメリカ・ニューヨーク製で家庭用に用いたものである。このためアイスクリームが一般に普及した。年代:1910年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

泌乳最盛期に乳房の損傷を防ぐため、乳牛にブラジャーを着用させる(乳房炎防止)もの。当博物館では外人初横綱で活躍した元曙関の母堂が着用したブラジャーも展示されている。年代:1980年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牧夫が搾乳するときに使った携帯用椅子。皮ベルトの牛角のカップにはバターが入っていて乳房に損傷があれば直ぐ塗る道具(左)。仔牛の成長に伴い角の成長を抑える道具(右)。両方とも彫刻が施されスイス牧畜民が大切にしていたことがわかる。年代:1820年~1920年代
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()

牛を放牧するとき、先導牛に鈴を着用させるもので、音色の異なる世界のカウベル60点程を展示所有している。牛の共進会の優秀牛の装飾品にも使用されたものもある。中には東京テレビ「開運なんでも鑑定団」に出品して60万円の評価を得ているカウベルもある。年代:1900年代~
情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 ![]()