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荒巻龍巻壺

伝統工芸士新垣栄用の作品。荒焼とは焼締めの陶器のことを言います。この作品はタックワサァー(盛付)という技法を使い龍が盛り付けられている。この龍は厳しい表情で威嚇している作品に仕上げられている。

情報所有館 : 那覇市伝統工芸館 


銀箔壺

琉球ガラス工芸の現代名工の大城孝栄の作品。緑の色ガラスを元玉に使い、銀箔を巻き付けたあと窯の中で波柄を描き透明ガラスを巻き付けた花器です。飾り花器として堂々たる品格を漂わせています

情報所有館 : 那覇市伝統工芸館 


ノースアメリカンT‐6G

1934(昭和9)年にアメリカのノースアメリカン社によって設計され、世界33ヶ国で15,117機も使用された中間練習機のベストセラーである。古い設計の機体だが、機体や操作装置の改良、新型電子機器の搭載などによって、頑丈で信頼度の高い中間練習機に生まれ変わっている。日本には1955(昭和30)年に輸入され、自衛隊で10年間にわたってパイロット養成に使用された。練習機としての役割を終えた機体は、救難捜索機として活躍していたが、1969(昭和44)年に全機とも現役から退いている。展示されている機体は、かつて航空自衛隊で活躍していた“T‐6G”のうちの1機である。自衛隊からの貸与。年代:1949

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


シコルスキーH‐19

世界で初めてシングルローターヘリコプターの飛行を成功させたイゴール・シコルスキーが製作した中型実用ヘリコプター。1949(昭和24)年に原型機が初飛行し、本格的な実用多用途ヘリコプターとして15年間に1,281機製作されて、軍用、民間用として世界中で活躍した。日本では三菱重工業(株)によってライセンス生産され、運送用、航空・海上救難用として自衛隊に66機導入された。これにより、ヘリコプターによる災害派遣、離島・僻地からの緊急患者輸送などが本格化することになった。また、全日空などが民間機として旅客・貨物輸送用に使用するなど、初期のヘリコプターとしては最も成功した機種となった。自衛隊からの貸与。年代:1953

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


バートルV‐44

1959(昭和34)年、陸上自衛隊が研究用としてアメリカのパイアセッキ社(のちのバートル社)から購入した大型輸送ヘリコプター。原型機は1952(昭和27)年に初飛行に成功している。日本最初の大型ヘリコプターとして、主に航空救難活動に使用され、その年に東海地方を襲った伊勢湾台風では、災害派遣に大活躍した。その時、当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)が、皇室としては初めて本格的にヘリコプターに搭乗し、災害地の状況を空中から視察された。展示機は、当時使用された“V‐44”の1機である。航空自衛隊にも10機の“H‐21B”(“V‐44”の軍用型)が導入され、航空救難用として使用された。自衛隊からの貸与。年代:1959

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


スチンソンL‐5

自衛隊の前身、保安隊で使用されていた連絡機。1941(昭和16)年に設計され、第2次大戦末までに3,282機つくられた。第2次大戦では、アメリカ陸軍の連絡・観測機として第1線部隊で使用された。最前線近くの狭い飛行場でも離着陸することができたため、前線部隊の貴重な空からの目として活躍した。主翼は木製羽布張り、胴体は銅管溶接羽布張りと旧式の機体であるが、頑丈で操縦性に優れていた。日本には1953(昭和28)年にアメリカから35機供与され、パイロットの養成に使用された。戦後の航空部隊の再建に活躍したが、老朽化のため1956(昭和31)年に使用が打ち切られた。自衛隊からの貸与。年代:1953

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ヒューズOH‐6J(ヒューズ500)

1960(昭和35)年に米陸軍が行った最初のLOH(軽観測ヘリコプター)の審査に合格し、1965(昭和40)年から量産された小型タービンヘリコプターの傑作、“ヒューズOH‐6”を、川崎重工業(株)がライセンス生産した機体である。LOHには、従来の固定翼の複座連絡機と小型観測ヘリコプターが持っていた全ての任務を果たすことが要求されたため、小型・軽量の機体ながら、高い機体強度、卓越した飛行性能、大きな搭載量、敵火器による損害の軽減などを実現している。また整備性等にも優れた機体である。日本でのライセンス生産は1968(昭和43)年に始まり、計170機が自衛隊および民間で使用された。自衛隊からの貸与。年代:1969

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川崎KAL‐II

川崎航空機の岐阜工場で組み立てられた戦後初の本格的国産機、“KAL‐I”を改良した連絡機で、1954(昭和29)年11月に初飛行した。全金属製の機体に前輪式引込脚をそなえた、近代的な飛行機だった。防衛庁の連絡機採用に応じて製作されたが、審査で“ビーチクラフトT‐34メンター”の改造型、“LM‐1”に破れたため、2機試作されただけで量産はされなかった。この試作機は、航空自衛隊と海上自衛隊に1機ずつ所属し、連絡機として使用されていた。実用的には未完成で、決して成功したとはいえない飛行機だが、後の航空産業の復興に大きな役割を果たした、意義深い機体である。自衛隊からの貸与。年代:1954

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ビーチクラフトT‐34メンター

初期の自衛隊で活躍していた初級練習機で、原型機は1948(昭和23)年12月に初飛行した。構造は従来の練習機に比べて高級で、前輪式引込脚や定速プロペラをそなえた全金属製低翼単葉機である。計器飛行に必要な装備も搭載しているため、初級の計器飛行訓練も可能であった。自衛隊には、1954(昭和29)年に輸入された20機と、富士重工業によってライセンス生産された126機の計146機が導入され、当時不足していたパイロットの教育に大活躍した。また、ライセンス生産を通して学んだアメリカ式生産技術の手法は、戦後の航空再建の原点となった。自衛隊からの貸与。年代:1954

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HU‐1B(ベル204B)

1956(昭和31)年に初飛行した中型タービンヘリコプターの傑作、“ベル204型”を改良した機種で、1961(昭和36)年から量産された。あらゆる用途に対応できるように設計されており、戦場での軽武装攻撃、補給品の輸送、患者護送、遭難者の捜索・救助などが可能であった。1962(昭和37)年には陸上自衛隊でも採用が決定したため、富士重工業(株)がライセンス生産を開始し、1972(昭和47)年までに91機生産した。展示機はこの時つくられた機体で、災害派遣などで活躍していた。この後も改良を重ねながら生産され続け、ライセンス生産機、民間機を含め1万機以上が世界中で活躍している。自衛隊からの貸与。年代:1961

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パイパーL‐21

1930(昭和5)年から改良を重ねながら生産されていた実用軽飛行機“スーパーカブ”を軍用化して誕生した連絡機で、1951(昭和26)年に初飛行した。木製羽布張りの主翼と、銅管溶接羽布張りの胴体をもつシンプルな機体ながら、操縦安全性にすぐれ整備等も容易であった。1953(昭和28)年に日本に保安隊航空が創設されると同時に、アメリカから62機供与され、おもにパイロット養成のための基本操縦訓練機として使用された。また狭い飛行場でも容易に離着陸できるため、連絡機としても活用された。1965(昭和40)年には19機が日本赤十字社に払い下げられ、血液の緊急輸送などの赤十字活動で活躍した。自衛隊からの貸与。年代:1953

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会式一号飛行機(復元レプリカ)

所沢で飛んだ日本初の国産軍用機である。∥1911(明治44)年、徳川好敏陸軍大尉の設計・製作により日本で初めて作られた軍用機。この前年に東京・代々木練兵場で日本での初飛行に成功した“アンリ・ファルマン機”を参考にして、より高い性能を持つ飛行機を作る事を目的として、所沢飛行場内で製作された。明治44年10月13日所沢飛行場で、徳川大尉自身の操縦によって初飛行に成功した。主に操縦訓練や空中偵察教育に使われた。本機体は1993(平成5)年に所沢航空発祥記念館のシンボル展示として製作されたレプリカである。産業考古学会から「推薦産業遺産」の認定を受けた。年代:1911

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ニューポール81E2(甲式一型練習機)(復元レプリカ)

第1次世界大戦後、日本陸軍が招いたフランス航空教育団が持ち込んだ機体で初級操縦訓練に使用された。後に三菱で国産化され57機が生産された。この機体は陸軍から民間に払い下げられたもので、埼玉県比企郡出身の岩田正夫操縦士が、1926(大正15)年に郷土訪問飛行に使用したが事故により飛行できなくなったため菩提寺に寄贈されたものである。実物は長い年月を経て胴体部の骨組みだけが現存していたが当館開館(1993年)に当たりレプリカが製作された。年代:1919

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T310Qスカイナイト

1990年に本田航空(株)から埼玉県へ寄贈されたものである。年代:1953

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陸軍九一式戦闘機

九一式戦闘機は日本陸軍が1931年に制式採用した機体で、最大速度が300km/hを超えた国産戦闘機が欧米航空先進国の水準に近づいた最初の機体でもありアルミニウム合金の金属製応力外皮構造の胴体という特徴を有していた。当機は中島飛行機が1933年に製造した二型で国産エンジンを搭載していた。後に陸軍から宮城県在住の個人に払い下げられ、更に千葉県在住の個人を経て1994年、当館が購入したものである。日本航空協会から「重要航空遺産」の、経済産業省から「近代化遺産群」の認定を受けた。年代:1934

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富士T‐1B

航空自衛隊がジェット機時代にふさわしい中間練習機として開発した戦後最初の国産ジェット練習機であり、富士重工業が生産した。当初計画では国産のJ3エンジンを搭載するはずであったが開発が遅れたため、イギリス製の「オーフュース」エンジンを装備したT‐1Aが46機納入された。J3エンジン装備の機体は1960年に初飛行し試験飛行の後に採用が決定された。同エンジンを搭載したT‐1Bは20機が生産された。T‐1A及びBは2006年3月末に全機退役し、愛知県小牧基地の第5術科学校で航空交通管制及び要撃管制の学生教育の目標機として使用されていた1機が当館へ寄贈された。自衛隊からの貸与。年代:1963

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ハンググライダー

1993年の当館開館に当たり、埼玉県が取得したものである。

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グライダー 霧ヶ峰式 はとK‐14型

型式:プライマリー∥登録番号:JA‐0148∥1958年6月30日登録∥日本学生航空連盟の初級訓練用として、工学院大学が長野県の霧ヶ峰高原その他の滑空場で使用した。1989年2月に埼玉県が個人から取得したものである。年代:1958

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ウルトラライトプレーン

1993年の当館開館に当たり、埼玉県が取得したものである。

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YS‐11型機

戦後、日本で開発生産され、外国にも輸出された双発ターボプロップ輸送機である。安全性、短距離離着陸性、低騒音、低燃費等の点が優れていた。本機はYS‐11A‐500R機で、全日空所有、エアーニッポンが路線運航していたが1997年の大島‐東京便を最後に現役を退き、同年に全日空から埼玉県に寄贈されたものである。年代:1969

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石川島播磨 J3‐IHI‐7B

型式:軸流式ターボジェット・エンジン∥日本ジェットエンジン(株)が、国産初のジェット練習機T‐1用に開発した国産初のジェットエンジンである。エンジンの開発はその後、石川島播磨に引き継がれ、推力向上型が「J3‐IHI‐7B」であり、「富士T‐1B」がこれを搭載した。自衛隊からの貸与。年代:1963

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コンチネンタル TSIO‐520‐BB

型式:レシプロ・エンジン空冷式水平対向(オポスト)6気筒∥コンチネンタル社の空冷式水平対向エンジンとしては、最も大型のエンジンであり、ベストセラーとなったO‐470(当記念館展示エンジン)のシリンダー径を、1/4インチ(6.2mm)増やして、気筒容積を増加したエンジンである。高性能軽飛行機用レシプロ・エンジンとして好評であった。このエンジンは、当記念館の展示機セスナT310Qスカイ・ナイトに装備されていた。∥製造会社:コンチネンタル・モータース・カンパニー(アメリカ)(現・テレダイン・コンチネンタル・カンパニー)年代:1953

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ライト R‐1820‐103

型式:レシプロ・エンジン空冷式星型(ラジアル)9気筒∥諸元:気筒容積1,823立方インチ(29,874cc)ギヤ駆動2速過給機(スーパーチャージャー)付∥1930年代に開発され、カーチス・ライト社の中馬力発動機として、最高作の名が高い9気筒発動機で、実用の星型発動機中では、出力当たりの重量が最も軽く、ヘリコプター用としても重用された。通称は、「ライト・サイクロン9」という。展示発動機は、バートルV‐44Aヘリコプターに装備されていたものである。自衛隊からの貸与。年代:1959

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ジェネラル・エレクトリック CT58‐IHI‐110‐1

型式:軸流式ターボシャフト・エンジン∥ジェネラル・エレクトリック社が、1955年(昭和30)に開発を始めた中馬力フリー・タービン・エンジンで、アメリカ空軍・陸軍のヘリコプター用として採用された。CT58は、1959年(昭和34)に型式承認を受けた民間型で、CT58‐110‐1は、軍用型のT58‐GE‐8Bに相当する。∥展示エンジンは、ボーイング・バートル/川崎KV‐107‐2ヘリコプター用に、石川島播磨重工業でライセンス生産されたものである。∥排気管は、90度偏向型で、機体の取り付け位置に応じて、左右、下向きのいずれにも取り付け可能である。自衛隊からの貸与。年代:1970

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ジェネラル・エレクトリック CT58‐IHI‐110‐1(カットモデルエンジン)

型式:軸流式ターボシャフト・エンジン∥ジェネラル エレクトリック社が、1955年(昭和30)に開発を始めた中馬力フリー・タービン・エンジンで、アメリカ空軍・陸軍のヘリコプター用として採用された。CT58は、1959年(昭和34)に型式承認を受けた民間型で、CT58‐110‐1は、軍用型のT58‐GE‐8Bに相当する。∥展示エンジンは、ボーイング・バートル/川崎KV‐107‐2ヘリコプター用に、石川島播磨重工業でライセンス生産されたものである。∥排気管は、90度偏向型で、機体の取り付け位置に応じて、左右、下向きのいずれにも取り付け可能である。本エンジンはIHIでカットモデル化したものである。年代:1970

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ライカミング T53‐L‐11‐A(KT5311A)

型式:軸流・遠心式ターボシャフト/ターボプロップ・エンジン∥アブコ・ライカミング社が、1952年(昭和27)に、アメリカ陸軍と空軍から契約を受けて開発した、中馬力フリー・タービン・エンジンで、ターボプロップ型とはシャフトと減速ギヤの異なるヘリコプター用ターボシャフト・エンジンを開発したが、ヘリコプター用が主力となって量産された。∥本エンジンは、陸上自衛隊のベルHU‐1B(204B)ヘリコプター用に川崎重工業でライセンス生産されたエンジンで、エンジンの銘板が同社におけるこのエンジンの型式をあらわす「KT5311A」となっており、1970年(昭和45)11月に製造されている。自衛隊からの貸与。年代:1970

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コンチネンタル O‐470‐11:E‐1

型式:レシプロ・エンジン空冷式水平対向(オポスト)6気筒∥第二次大戦中に、コンチネンタル・モータース社が、アメリカ陸軍の設計管理を受けて開発・生産したE‐125、E‐225から発展した、標準的な200馬力級空冷レシプロ発動機として、戦後にベストセラーとなり、系列型を含めて、多くの単発/双発軽飛行機(軍用・民間)に採用された。∥本エンジンは、陸上自衛隊が、1954年(昭和29)6月から1980年代の初めまでの間、129機を使用したセスナL‐19A/E連絡機に搭載されていたエンジンであり、‐11というシリーズ番号は、アメリカ陸軍・空軍用(奇数)を示す。自衛隊からの貸与。年代:1954

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ロールス・ロイス RB.41 ニーン

型式:遠心式ターボジェット・エンジン(1944年(昭和19)10月に開発が始められた初期のジェット・エンジン)∥製造会社 :ロールス・ロイス(イギリス…United Kingdom)∥諸元:各部の寸法等不詳∥圧縮機:遠心式1段∥離陸推力:2,200kg~2,359kg(ニーン 103)∥1993年当館の開館に当たり日本大学より寄贈された。

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ロールス・ロイス RB.53 ダート Mk.543‐10

型式:遠心式ターボプロップ・エンジン∥製造会社 :ロールス・ロイス(イギリス…United Kingdom)∥装備機 :日本航空機製造(株)YS‐11∥1946年(昭和21)から開発が行われたターボプロップ・エンジンである。ダートにはいくつかのシリーズがあるが、本エンジンは、YS‐11用として開発されたものであり、排気温度制限の異なるMk.542‐10、10J、10Kのサブ・シリーズがある。本来のエンジン型式は、Mk.542であるが、このエンジンは、緊急時の出力向上型(離陸時等の緊急事態では、最大出力の時間制限がない)であるので、Mk.543となっている。年代:1958

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アリソン CT63‐M‐5A(250‐C‐18A)

型式:軸流・遠心式ターボシャフト・エンジン∥1958年(昭和33)6月、アメリカ陸軍からの契約を受けて、250馬力クラスの軽ヘリコプター用として開発された軽量、小型のフリー・タービン・ターボシャフト・エンジンである。民間型の会社モデル番号は、250(当初の計画離陸出力が250shpクラス)であり、民間機に搭載された場合は、会社のモデル番号である「250‐B(C)××」(Bはターボプロップ型、Cはターボシャフト型)と表示される。本エンジンは陸上自衛隊のヒューズOH‐6Jヘリコプター用に三菱重工業でライセンス生産されたもので、メーカーを示す記号が三菱の頭文字「M」となっている。自衛隊からの貸与。年代:1958

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


東北大学グライダー

製造者:アレキサンダーシュライハー社(ドイツ)∥型式:AS‐W15型∥登録番号:JA2150∥初飛行:1973年3月∥総飛行回数:1,583回∥総飛行時間:424時間6分∥東北大学学友会航空部所有のFRP製単座ソアラーで最終飛行の1987年までの14年間、仙台市霞目飛行場をベースに活躍した。主に学生等の記録挑戦のために使用され、50km距離飛行(4回)、5時間滞空(6回)、5,000m及び3,000m高度獲得(各2回)等の記録を作った。1993年頃、東北大学航空部から当館へ寄贈された。年代:1973

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


日本大学人力飛行機「SAKUZO‐4」

1963年から日本大学理工学部の学生は木村秀政教授の指導のもと、人力飛行機の開発に取り組み、1966年に「リネット号」で日本最初の人力飛行に成功した。その後も毎年のように設計・製作を繰り返して改良を重ねた。本機は1994年開催の「鳥人間コンテスト」(読売テレビ主催)において2,371mの大会新記録(当時)で優勝し、その後参加メンバーによって修理され、当館へ寄贈された。年代:1994

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ノースアメリカンF86D

昼間戦闘機F‐86Aセイバーの実用化に引き続いて、これを徹底的に再設計して作り上げた全天候型で、単座全天候戦闘機という画期的な一つの部門を開拓し高度なレーダー電子システムを実用化して、その戦法を確立した点でも特筆すべき機体である。即ち警戒監視レーダーとの連携によって、全天候要撃戦闘の型を完成したことに最大の特色があり、供与を受けた航空自衛隊にとっても、近代的防空先頭を会得できたことは重要であった。自衛隊からの貸与。年代:1958

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ミルMi‐8PA

旧ソ連のミル設計局が開発した大型の輸送ヘリコプターで、1965年からアエロフロートに就航した。旅客型、高官輸送型、救難型、貨物型のほか軍用型もある。本機は1980年に朝日ヘリコプター(現・朝日航洋)が旧ソ連から輸入した機体である。後部にハマグリ型の扉とローディング・レールが付いており吊り下げ能力3トンを活用して重物量輸送に活躍した。日本ではただ1機のみ使用された。1993年の当館の開館と同時に朝日航洋から寄託され、1995年に寄贈された。年代:1961

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


川崎ベル47D

世界最初の大量生産型ヘリコプターに発展したベル47D‐1を川崎重工業が組み立てたものである。本機体は陸上自衛隊が使用していたものである。自衛隊からの貸与。年代:1953

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富士ベルHU‐1B

1956(昭和31)年に初飛行した中型タービンヘリコプターの傑作、“ベル204型”を改良した機種で、1961(昭和36)年から量産された。あらゆる用途に対応できるように設計されており、戦場での軽武装攻撃、補給品の輸送、患者護送、遭難者の捜索・救助などが可能であった。1962(昭和37)年には陸上自衛隊でも採用が決定したため、富士重工業(株)がライセンス生産を開始し、1972(昭和47)年までに91機生産した。展示機はこの時つくられた機体で、災害派遣などで活躍していた。この後も改良を重ねながら生産され続け、ライセンス生産機、民間機を含め1万機以上が世界中で活躍している。自衛隊からの貸与。年代:1961

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


川崎バートルKV‐107‐2

バートルV‐44の発展型として、タービン・エンジン化すると共に胴体をまっすぐにして、後部にパイロンを設けて後部ローターを高く取り付け、パイロンの両側にターボ・シャフト・エンジンを各1基取り付けて、キャビンの容積を飛躍的に大きくし、胴体の最後部を貨物の搭載卸下用の傾斜扉として、車両や大型貨物の取り扱いを容易にしている。また水密構造の胴体と燃料タンクを兼ねた後部のスポンソンにより水陸両用の運用を可能にしている。日本では川崎航空機(現・川崎重工業)がライセンス生産した。自衛隊からの貸与。年代:1962

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ヒューズTH‐55J

ヒューズ社は、1955年に単純な構造と簡易な整備性を狙った超小型複座ヘリコプター(ヒューズ269)の開発を始め、翌年9月に初飛行した。このヘリコプターは民間用として販売されたほか、1964年に米陸軍に初級練習ヘリコプターTH‐55Aとして採用された。日本では陸上自衛隊が1972年に採用し、日本飛行機(株)が1976年までに38機を納入した。本機は陸上自衛隊航空学校明野本校に配属されていたものである。自衛隊からの貸与。年代:1972

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


セスナ170B

セスナ・エアクラフト・カンパニー製作の単発機である。本機は日本の民間航空が再開された1957年の翌年4月、日本の民間航空会社が購入し飛行訓練、遊覧、宣伝、撮影等に使用された。1976年に所沢市の国産航空専門学校の所有となり航空整備士養成に使用されていたが1994年12月9日に当館へ寄贈された。年代:1953

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ウルトラライトプレーン

1994年に当館へ寄贈されたものである。

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


パイパーJ3C‐65

パイパー・エアクラフト・コーポレーションの前身のテイラーエアクラフト社が1936年以来生産してきた軽飛行機で、1941年に米陸軍の連絡・観測機としても採用され、大量生産された。本機は1941年製で1983年に福岡市在住の安藤幸男氏が米国の農夫から購入してフロートをカナダから(エド社製)、エンジンをメキシコから取り寄せる等、丸6年の歳月をかけて水上機に改造したものである。1989年に水上飛行機として登録され、愛称は「アルバトロス2世号」であった。1998年11月5日に安藤氏から埼玉県に寄贈された。年代:1989

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YS‐11胴体部分構造垂直落下試験用供試体

2000年2月に北海道・丘珠空港でオーバーラン事故を起こして用途廃棄となったエアーニッポンのYS‐11機(JA8727)が10月に解体され、胴体部分の一部がJAXAの垂直落下試験の供試体となった。試験終了後の2005年にJAXAから当館へ無償譲渡された。

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三菱「火星」(空冷星型14気筒エンジン)

三菱重工業株式会社の製造に.よる代表的な大型強力の航空機用レシプロエンジンである。本エンジンはその特徴から、太平洋戦争期に海軍一式陸上攻撃機に搭載されていたもので神奈川県の厚木基地の土中に埋まっていた状態を掘り出され、後に当館に収蔵された。年代:1941

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コンチネンタル水平対向6気筒

型式は10‐470‐Mである。1997年に当館へ寄贈された。

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


プラット&ホイットニーHR‐1340ワスプ

型式:レシプロ・エンジン空冷式星型9気筒∥諸元:気筒容積1,344立方インチ(22,024cc)∥離昇出力:600馬力/毎分2,250回転∥重量:398kg∥使用燃料:91/96オクタン航空ガソリン∥1925年プラットアンド・ホイットニー社が開発したエンジンでシコルスキーS‐55やノースアメリカンT‐6に搭載された。本エンジンはANAの前身である日本ヘリコプター輸送で使用されたヘリコプターから取り下ろされたもので、ANA整備訓練所で保管され、後に当館へ寄贈された。年代:1925

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ライカミングVO‐435‐A1D

ヘリコプター川崎ベル47G‐2Aに搭載されていたもので、2002年に国際航空専門学校から当館へ寄贈された。

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フランクリン6V4‐200‐C32

型式:レシプロ・エンジン空冷式垂直対向6気筒∥諸元:気筒容積335立方インチ(5,490cc)∥離昇出力:200馬力/毎分3,100回転∥重量:145kg∥重量比:1.37∥1950年代にヘリコプター・ベル47‐Dに搭載された。本エンジンはANAの前身である日本ヘリコプター輸送で使用されたヘリコプターから取り下ろされたもので、ANA整備訓練所で保管され、後に当館へ寄贈された。

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ライカミングO‐290‐D2

パイパーPA18パイパーペーサーに搭載されたもので2002年に国際航空専門学校から当館へ寄贈された。

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ロールス・ロイスRB.53ダートMk.543‐10(カットモデル)

型式:遠心式ターボプロップ・エンジン∥製造会社:ロールス・ロイス(イギリス・・・United Kingdom)∥装備機:日本航空機製造(株)YS‐11∥1946年(昭和21)から開発が行われたターボプロップ・エンジンである。ダートにはいくつかのシリーズがあるが、本エンジンは、YS‐11用として開発されたものであり、排気温度制限の異なるMk.542‐10、10J、10Kのサブ・シリーズがある。本来のエンジン型式は、Mk.542であるが、このエンジンは、緊急時の出力向上型(離陸時等の緊急事態では、最大出力の時間制限がない)であるので、Mk.543となっている。ANAから寄贈された。年代:1958

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


レンジャー6‐390

型式:空冷式倒立直列6気筒∥気筒容積:441立方インチ(7,226.7cc)∥離昇出力:200馬力/2,450rpm(回転/分)∥乾燥重量:170.5kg∥圧縮比:7.51∥出力/重量比:1.17∥レンジャー社が1928年から販売を始めた167~200馬力級のエンジンである。国際航空のJA3016 フェアチャイルドPT‐26に搭載されていたものである。PT‐26はPT‐19のシリーズでJA3016はC/n T43‐4336、登録1953.4.1、登録抹消1960.9.26、解体1960.9.10である。本エンジンは2002年に国際航空専門学校からの寄贈された。

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