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戦艦「武蔵」(油絵)

第800番船、戦艦「武蔵」は軍艦建造技術の粋を集めて建造された、世界最大、最強の戦艦で、呉海軍工廠で建造された 「大和」と同型艦である。「大和」のドック建造に対して「武蔵」は船台建造であったため進水を大いに研究した。秘密裏に建造され、船台のガントリークレー ンには棕櫚縄の簾が取り付けられ内部を遮蔽した。レイテ海戦で昭和19年(1944)10月24日に戦没。「武蔵」絵画は藤瀬韶国画伯作。69,100排 水トン、水線長256m、150,000馬力、27ノット。起工:昭和13年3月、進水:昭和15年11月、竣工:昭和17年8月。 年代:1942

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戦艦「武蔵」建造に使用した37斤(22kg)ハンマー

37斤つづみハンマーは、長崎造船所内立神鉄工場のぎょう鉄山形係の炉内で、灼熱した厚鋼鉄板の、水圧機で加工出来な い部分の加圧細工に使用された。このハンマーを用いる作業者には、腕力・腰力・脚力に優れた用力工を特に試験のうえ採用した。

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戦艦「武蔵」の進水支綱切断の斧

戦前の海軍艦艇の進水では、支綱切断は進水作業の一環として造船所長が行うのが慣例であり、「武蔵」の場合は当時の小川 長崎造船所長により行われた。昭和15年(1940)11月1日進水。 年代:1940

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護衛艦「はるかぜ」(写真)

第1444番船、護衛艦「はるかぜ」は戦後初めて建造された護衛艦である。上部構造に軽合金を採用、また高張力鋼を大幅 に採用している。基準排水量1,700トン、水線長106m、30,000馬力、30ノット。起工:昭和29年(1954)12月、進水:昭和30年9 月、竣工:昭和31年4月。 年代:1956

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護衛艦「あまつかぜ」(写真)

第1580番船、護衛艦「あまつかぜ」は、日本初の対空ミサイル装置を搭載した護衛艦である。高度な電子機器を搭載、特 に対空戦における即応性が強化されている。基準排水量3,050トン、水線長131m、60,000馬力、33ノット。起工:昭和37年(1962)11 月、進水:昭和38年10月、竣工:昭和40年2月。 年代:1965

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護衛艦「はたかぜ」(写真)

第1910番船、護衛艦「はたかぜ」は、対空ミサイル発射装置を前方に配置、後部にヘリコプターの発着甲板を備えている のが特徴である。主機関は異機種ガスタービンによるCOGAG方式が日本で初めて採用されている。基準排水量4,600トン、水線長150m、 72,000馬力、30ノット。起工:昭和58年(1983)5月、進水:昭和59年11月、竣工:昭和61年3月。 年代:1986

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護衛艦「こんごう」(写真)

第2030番船、護衛艦「こんごう」はイージス武器システムを搭載した日本初の護衛艦である。また、乗員の居住性、長期 滞洋性についても向上対策が織り込まれる等あらゆる面で新機軸が採用され飛躍的に性能向上が図られている。基準排水量7,250トン、水線長161m、 100,000馬力、30ノット。起工:平成2年(1990)5月、進水:平成3年9月、竣工:平成5年3月。 年代:1993

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構内徽章と構内腕章

所属、職務により記章の形、色が異なった。

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永年勤続(工員)記章

勤続10年~25年の永年勤続記章は昭和初期まで贈られていた。勤続10年(黄)、15年(緑)、20年(青)、25年 (赤)。

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三菱病院(昭和31年撮影)(写真)

三菱病院は明治30年(1897)に開設され、大正7年(1918)に当時西日本随一といわれた煉瓦造りの病院が完成 し、医事関係者の参観が相次いだ。同じ場所に、昭和50年(1975)にコンクリート造りの病院に建て直された。 年代:1918

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三菱会館(写真)

福祉施設の一環として昭和13年(1938)5月、長崎市出島町に2000名収容の三菱会館が完成、当時、西日本では数 少ない規模の大きい豪華な劇場で、演劇、映画、演奏会、講演会などが催された。 年代:1938

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三菱工業予備学校教室風景(写真)

三菱工業予備学校は、明治32年(1899)設立された長崎造船所内の学校である。入学希望者が多く、入学試験を実施し た。 年代:1909

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立神30万トンドック(竣工当時の写真)

昭和40年(1965)、立神地区に30万トンドックが2基完成。 左側は新造船用の第1ドック(長さ375m、幅 56m、深さ14m)、右側は修繕船用の第2ドック(長さ350m、幅56m、深さ14m)、現在稼動中。 年代:1965

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東京電力袖ヶ浦発電所向け2号機(1,000MW)用超 臨界圧ボイラ(写真)

世界最大のLNG専焼ボイラ、3,100T/H。昭和50年(1975)竣工。 年代:1975

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九州電力八丁原発電所(写真)

八丁原発電所のタービンは、世界初のダブルフラッシュサイクル方式地熱発電用タービン、55MW。昭和52年 (1977)竣工。 年代:1977

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三菱方城炭坑向けネスドラム式ボイラ(写真)

明治42年(1909)ネスドラム社との契約後、最初に製造したボイラ。明治44年完成。 年代:1911

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北陸電力七尾大田火力発電所向け1号機(500MW)用 蒸気タービン(写真)

蒸気条件として246kg/cm2g×566℃×593℃を採用した高効率プラ ント。平成7年(1995)運転開始。 年代:1995

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貨物船「ドーニャ・アリシア」(写真)

第1410番船「ドーニャ・アリシア」はナショナル・ディベロップメント社向け貨物船で、戦後の長崎造船所輸出第1 船。船内装飾は戦前の豪華貨客船「新田丸」と同じグレード。長崎造船所開発のMS型ディーゼル機関(5,250馬力x2台)搭載。9,476重量トン、水 線長142m、10,500馬力、19.1ノット。起工:昭和24年(1949)4月、進水:昭和25年1月、竣工昭和25年10月。 年代:1950

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タンカー「スタンバック・ジャパン」(写真)

第1431番船「スタンバック・ジャパン」はスタンダード・バキューム社向けオイルタンカーで、戦後、長崎造船所の技 術の優秀さを世界に示した画期的な大型タンカー。これ以降、輸出向けタンカーの建造が本格化していった。26,503重量トン、水線長183m、 13,750馬力、17.3ノット。起工:昭和26年(1951)12月、進水:昭和27年9月、竣工:昭和28年3月。 年代:1953

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LNG船「播州丸」(写真)

第1870番船「播州丸」は、日本郵船、川崎汽船、大阪商船三井船舶向けの長崎造船所初のLNG船。モス方式アルミ球形 タンク5個を装備、LNG(-163℃の液化天然ガス)を輸送する。積載容量12,500立方メートル、水線長269m、40,000馬力、20.8ノッ ト。起工:昭和56年(1981)6月、進水:昭和56年12月、竣工:昭和58年10月。 年代:1983

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上五島石油備蓄タンク(写真)

第2001~2005番船の石油備蓄バージ「上五島1号~5号」の5隻は上五島石油備蓄向け原油貯蔵タンクで、タンク1 基の要目は、長さ390m、幅97m、深さ27.6m、容量88万キロリットル。開発から製作まで約10年間をかけたこの貯蔵タンク5基は、最大440万 klの原油を備蓄できる。5タンク合計の大きさは東京ドームの内部容積の約4倍である。753,000重量トン/隻、非自航。竣工:昭和63年 (1988)4月 年代:1988

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貨客船「あるぜんちな丸」(写真)

第734番船「あるぜんちな丸」は大阪商船向けの豪華貨客船で、南米航路に就役した。姉妹船「ぶらじる丸」と共に当時の 日本の最高水準をいく優秀船で、ノーキャンバーを採用し、室内装飾も高度に日本調を採り入れた。長崎造船所開発のディーゼル機関11MS72/125型2 台を搭載し、22ノットに近い高速で、神戸-ブラジル・サントス間のそれまでの所要日数46日を36日に短縮した。太平洋戦争中に特設空母「海鷹」に改装 された。12,755総トン、水線長155m、16,500馬力、21.5ノット。起工:昭和13年(1938)2月、進水:昭和13年12月、竣工:昭 和14年5月。 年代:1939

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客船「クリスタル・ハーモニー」(写真)

第2100番船「クリスタル・ハーモニー」は、竣工当時、世界で十指に入る、日本初の本格的な大型豪華客船で、長崎造 船所で50年振りに建造した客船。航路は、夏はアラスカ、冬は南太平洋~豪州など世界中を航海する。客室の殆どは海に面し、半数近い客室がベランダ付きと ハイグレードである。また電気推進方式を採用し、振動・騒音が少なく、快適な船旅が楽しめる。平成18年、日本市場向けに改装されて「飛鳥II」として再 デビューした。竣工時は48,621総トン、水線長205m、32,600馬力、22ノット。起工:平成元年(1989)4月、進水:平成元年9月、竣 工:平成2年6月。 年代:1990

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普通旋盤

大正8年名古屋陸軍工廠より米国PRATT & WHITNEY社製旋盤の図面を支給され製造されたもので、送りをク イックチェンジギヤにより6変速でき自動停止装置がついている。大隈鉄工所製、ベッド上の振り403mm、センタ間距離810mm 年代:1928

情報所有館 : 日本工業大学 工業技術博物館 


切落とし旋盤

大正12(1923)年から製造が開始されたもので、昭和5年(1930)年に8年間の製造を終え、次のOG形へと変化 している。後にLS形へと変わっていくが、このLS形は現代まで製造されている旋盤である。大隈鉄工所製、ベッド上の振り432mm、センタ間距離 1230mm 年代:1929

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普通旋盤

昭和10(1935)年~31(1956)年まで生産、戦中の生産台数は不明戦後は166台生産販売された。ドイツの シュレージンガー(Schlesinger)博士の研究を基礎として完成したVDF旋盤をモデルにしている。機械をユニット化して、軍の多様な要請に応 え、標準旋盤、単能旋盤、正面旋盤、ターレット旋盤、特殊旋盤の量産を可能にした。当時としては、精度、能率(重切削)、耐久性のいずれにおいても、革命 的な技術を採り入れていた。戦後の近代工作機械の基礎となった。池貝鉄工所製、ベッド上の振り460mm、センタ間距離1000mm 年代:1937

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普通旋盤

歯車によって駆動せず独立軸受で支えられた調車によって直接に回転したこと、主軸上のフェース・ギヤ(減速用)も、その 軸受は主軸に支えられず、駆動フェーズ・ギヤ直接に行わず、歯車の悪影響を完全に防止した。池貝鉄工所製、ベッド上の振り350mm、センタ間距離 700mm 年代:1919

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普通旋盤

世界を代表する旋盤であった米国LODGE & SHIPLEY社の旋盤をモデルにしており、駆動装置の一部をユニット として主軸台に組み込み、主軸を含めわずか3本の軸構成で12種、32-970rpmの広範囲な速度が得られる主軸台となっていた。東洋機械製、ベッド上 の振り470mm、センタ間距離760mm 年代:1940

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車輪旋盤

鉄道車両の車輪の踏面やフランジ部を加工する機械。削正される形状にあわせた総形バイトを、左右2台の刃物台にそれぞれ 装着して作業を行い、動力は、動力源からベルトを介して伝達され、歯車の掛け替えにより2通りの面板の回転数を得ている。CRAVEN BROTHERS 製、面盤の直径1115mm、両面盤間の距離3510mm 年代:1905

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二番取り旋盤

独国ライネッカー者製品をモデルとして設計されたもので、昭和12年に製造され、昭和15年までの4年間製造された。大 隈鉄工所製、ベッド上の振り480mm、センタ間距離800mm 年代:1937

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タレット旋盤

大正9年(1920)から製造が開始され、この形は昭和元年(1926)までの6年間製造され、後にTC-2、TW-4 へと形を変えていった。自動自動チャック能力1吋、3段段車、プレーンヘッド、バーチャックは押出し形である。大隈鉄工所製、ベッド上の振り350mm、 主軸とタレット面間最大距離400mm 年代:1920

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タレット旋盤

モーター軸を中空にしてそのなかに主軸を通すビルトインモーター方式を採用した。さらに、ギヤーミッションを組合せて、 巾広い速度レンジの速度変換機能をもたせ、最適な切削速度の選択を可能にした。国産精機製、ベッド上の振り460mm、主軸とタレット面間最大距離 730mm 年代:1941

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自動旋盤

使いやすく、少しぐらいの誤った操作をしても壊れない機械との評判を博し、14年間に約2,000台を製作・販売した。 販売先は国内ばかりでなく、アメリカをはじめとして世界数十カ国へも輸出されている。津上製作所製、工作物最大直径25mm 年代:1967

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ジグ中ぐり盤

昭和6(1931)年に生産が始まったもので、輸入代理店である海外通商株式会社を通じて、この型としては日本で最初に 輸入されたものである。機械の主要な仕様は、主軸穴テーパモールステーパ2番、モータ出力1Hpである。SIP社製、テ-ブル寸法380x525mm、テ -ブル移動量450mm、主軸直径57.15mm 年代:1937

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ジグ中ぐり盤

昭和13(1938)年から終戦まで220台を生産販売し、スイスのSIPがモデルとなっている。外国機に依存していた 頃、日本の高精密機械のマザーマシンとして、精密機械工業発展に大きな役割を果たした。三井精機工業製、テ-ブル寸法492x715mm、テ-ブル移動量 600mm、主軸直径57.15mm 年代:1943

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横フライス盤

アメリカのCINCINNATI MILLING MACHNE社のM形を忠実にモデルとして、独自の経験を基に材料の 選択と購入品の品質を最高のものに絞って採用し、機械の保全に万全を期した。東京瓦斯電気工業社製、テ-ブル寸法1340x265mm 年代:1940

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ねじ研削盤

ヨーロッパではあたかもマイクロメータのねじ専用機のように使われていたねじ研削盤で、日本でこれを導入したのは三豊が 初めてだった。マルティプルの砥石による、焼き入れ後のグラインディングが可能で、能率的であると同時に精度も高い量産機械だった。MATRIX社製、セ ンタ間距離120mm、最大加工寸法直径12.7mm、最大加工寸法長さ100mm、といし直径300mm 年代:1966

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平歯車研削盤

同社の創業者・岡本覚三郎氏が「日本で今までに製作されていない歯車関係の機械を製作する」という理念に基づいて開発し た、国産初の歯車研削盤である。機械要素の中でも最重要部品である歯車の精密加工に大いに貢献した。岡本専用工作機械製作所製、工作軸センタ間距離 220mm、最大加工ピッチ円直径500mm・歯幅220mm・最大加工モジュ-ル8、といし直径200mm 年代:1930

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立て削り盤

大正年間の後半はSR形9吋立て削盤のみであったが昭和3(1928)年に12吋および16吋のものを製作した。昭和5 年にはMSR形12吋強力立て削盤を大阪陸軍造兵廠での発注によって製作した。大隈鉄工所製、ラム行程300mm、テ-ブル直径500mm 年代:1930

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マシニングセンタ

東芝機械株式会社が、KEARNEY & TRECKER社と技術提携を行い製造し、日本のマシニングセンタ開発の発端 となった機械で株式会社ツガミにおいて最初に設計された、横型のマシニングセンタである。東芝機械株式会社・KEARNEY & TRECKER社製、テ -ブル寸法406x660mm、X・Y・Z軸移動距離610x406x406mm 年代:1970

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放電加工機

日本の工場設備機械として不可欠なもので、とくに金型工作法には革命的な影響をあたえ、マスプロをおこなうためにの基礎 技術に大きな力となっている。当時、ヘッド上部につけられた赤い作動ランプと緑色に塗られた雨蛙そっくりの容姿は“Tree Frog”のあだ名で呼ばれ ていた。日本放電加工研究所製、加工最大電流15A、テ-ブル寸法300x260mm 年代:1954

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クランクプレス

コニカルカップ絞り性試験に用いられたプレス機械。この試験方法は、試験結果と加工状況とが比較的よく一致するため、と くに自動車会社などで採用されていたが、当時一般ではまだこの方法に関する認識はそれ程深いものではなかった。会田鉄工所製、最大出力100ton 年代:1955

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津田式半木製力織機

明治後期から大正前期にかけて使用されていて、開口装置に特徴があり、一般型の力織機の場合には、ボトムシャフトに取り 付けられた2枚のタペットを回転させ、直接トレドルに伝達させているが、本機ではトレドルロッド等を使用して、間接的にトレドルに伝達させている。津田米 次郎製作/日本工業大学複製、筬幅550mm、間長2300mm 年代:1910

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手廻し動力装置

人力で大きな力を得るための一つの方法として「はづみ車」の利用が考えられた。古くは鋳物屋の送風機などを動かしてい る。池貝鉄工所が創業時からしばらくの間使用したもので発生馬力は、回転を両側2人で約60rpmで0.35馬力が得られた。日本工業大学複製、直径 2000mm 年代:1890

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石油機関

小型(3~8馬力)石油エンジンの主力機種で特に、着火装置に特徴がありトーチランプによって熱せられた焼玉の突起に燃 料を滴下し気化させ、それを焼玉内に圧縮して点火するもので、焼玉方式と呼ばれている。池貝工場/日本工業大学複製、ボア直径152mm、ストロ-ク 184mm 年代:1903

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ガスエンジン

石炭ガス・天然ガスを燃料としたピストンクランク機構を用いて動力を発生する内燃機関の一種で蒸気機関の次に発明され、 実用化された内燃機関として最初の熱機関であり、1801年にルボン(フランス、1767~1804)により提案された。NATIONAL  CAMPANY社製/日本工業大学複製、ボア直径110mm 年代:1902

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レヒートガスタービン

ム-ンライト計画により開発・製造されたサイクル圧力比55、高圧タービン入口ガス温度1300度℃であり、いづれの点 でも世界最高のガスタ-ビンである。燃料制御器なども最先端技術が適用されたものであり、多くの未来技術の芽がふくまれている。高効率ガスタ-ビン技術研 究組合製、出力100MW、複合プラント効率50%、空気流量220kg/s、回転数(高中・低圧)8500・3000rpm 年代:1987

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ターボファンエンジン

通産省工業技術院の大型プロジェクトの一環として1971年から始められた“航空機用ジェットエンジンの研究開発”の成 果として実現したもので、 “飛鳥”で飛行することにより航空棟用ジェットエンジンとしての成果を示した。石川島播磨重工業・川崎重工業・三菱重工業製、 推力5ton 年代:1975

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円筒研削盤

大正7(1918)年陸軍工廠より図面を支給されて、製作が開始されたものである。形は米国ノルトン社形で、砥石軸は上 下に調整でき、テーブルはコラムの周囲に回転しテーブル長手送りは手動または自動で、テーブル上部はテーパ作業用に旋回する。大隈鉄工所製、テ-ブル上の 振り200mm、センタ間距離450mm、といし直径250mm 年代:1928

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蒸気機関車

日本で鉄道局の汽車監察方をしていたイギリスのリチャ-ド・フランシス・トレビシックが日本仕様に設計し、明台24年 (1891)にイギリスのタブス社(文久3年(1863)ヘンリ-・タブスにより創設)で製造され、日本に輸入さた蒸気機関車である。当時としては、大馬 力てあり、設計・性能共に優れていたため、急勾配用・貨物用や山岳線の客貨物両用に使用されました。その後は、各地の幹線に重用され、昭和30年代まて活 躍するという長寿ぶりを示した。DUBS社製、車輪直径1245mm、重量39.5ton 年代:1891

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