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連絡用としての小人数の人員輸送用や保線用としての内燃車輛である。一般の鉄道などではモーターカーと呼ばれるものであるが、森林鉄道等では自動トロリーと言われていた。同車は新製時には道内の定山渓営林署に配属となり活躍。後に、大夕張営林署に転属してきたもの。屋根は幌なので、オープンタイプとなっている。軌間762mm。
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花巻電鉄は、東北本線花巻駅を中心にして伸びていた路面電車であった。このデハ3形電車は、幅が最大1600mmしかない狭い車体が特徴の電車で、通称「うま面電車」と言われていた。その車体幅の狭い理由は、一部の道路との併用区間が、古い道のために狭く、道路沿いの民家などとの接触を避けるために電車の方の幅を狭くした結果である。重量9t、軌間762mm、定員50名。
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軽便鉄道の中では大きいC形タンク式蒸気機関車である。小坂鉱山から産出される鉱石を大量に運ぶために、開業当初からナローゲージながらも大型の蒸気機関車を好んで入線させていた小坂鉄道では、最初の国産機が11号機であった。全体的な形状は、同鉄道の開業以来から活躍していたアメリカ・ボールドウィン社製の蒸気機関車をやや模したかたちである。重量21t、軌間762mm。
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明治41年(1908年)に同鉄道を訪れた皇太子(後の大正天皇)が乗車されるために用意されたのがハ1である。なお、新製直後はロハ1という形式であったと推測される。他の客車より、内装などの全体的な造りが手の込んだものとなっているのが特徴といえる。軌間762mm。
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産業用小型内燃機関車を製造してきた加藤製作所の機関車が最も多く活躍したのが、土木工事用の軌道である。よって建設省が行う河川改修工事などの公共事業にも頻繁に使用されてきた。同車は土木用として一般的な形状をした加藤製作所の内燃機関車であり、運転室などのガラス窓部分にHゴムなどを使用している、比較的末期に製造された機関車である。重量5t、軌間610mm。
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土砂などを運ぶために使用されるトロッコで、土木工事の軌道には必ずと言ってよいほど活躍していた。その横から見た形状が鍋に近いかたちとなっているので、通称ナベトロなどと呼ばれている車輛であるが、正式にはダンプカー・横転車などの名称となっている。建設省等に使用されたものは、一般的なナベトロと比べて一回り大きいものである。軌間610mm。
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人が動力であった最も原始的な鉄道といえるのが人車軌道である。同車は、松山人車軌道が廃止されたのち、沿線の農家の物置として使用されてきたものを1972年に復元した一台で、同じく復元されたものが東京神田の交通博物館にあるので、松山人車軌道の車輛は2両現存している。最近ではレプリカも製造されて、同じ松山町内の公園で年に1~2回走行実演されている。
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日本硫黄鉱山の沼尻鉄道に、開業以来から活躍してきたドイツ・コッペル製蒸気機関車の下回りの部品を利用して、同じ県内にある協三工業で製造されたC形ロッド式ディーゼル機関車である。2台同形車あり、保存されたものは同車一台のみである。重量12t、軌間762mm、搭載エンジン。
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栗原電鉄(現在は、くりはら田園鉄道)が改軌される際に転出し、沼尻鉄道が譲り受けた客車である。同車は、元々大正生まれの木造車であったが、栗原電鉄に在籍中に車体外版に鉄板を貼り、改造されて現在の形状となった。なお、保存されているのは同ボサハ12と13の同形式客車2両となっている。重量9t、軌間762mm、定員40名。
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石灰石を産出する町、栃木県は葛生町。その町にあった住友セメント鉱山の原石運搬軌道で活躍したのが同車である。ナローゲージの産業用内燃機関車としては比較的に大きな車体である。登場当時は、一台で22両の小型鉱車を牽引していたが、後に鉱車が大型のものに置き換えられてからは、同形式の機関車を2台連結し、重連運転で使用されていた。重量10t、軌間762mm。
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