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水指に仕立てた広口瓶である。肩と胴部を区切るように2条の線文をめぐらし、肩には鋸歯文の山形、胴には簾状の破線文を 篦で描いている。器形と文様は、阿蘭陀水指のアルバレロ形壺を意識したものではあるまいか。器内外には土灰釉を薄く掛け、さらに口縁部から流した藁灰釉が 灰褐色の器面に白く、けしきを添えている。内底には三足付ハマの熔着痕がみられる。底部は無釉であり、高台内には「小代」の丸印と「牝小路(ひんこう じ)」の角印がみられる。 :肥後・小代窯 牝小路窯 / 18世紀末~19世紀前半
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上野皿山本窯は田川郡赤池町上野で寛永2年(1625)に開窯し、細川藩政から小笠原藩政を経て、明治4年(1871) の廃藩置県とともに御用窯としての性格を失う。「上野三彩」は江戸後期の新しい技法で、碗の内外に紫蘇釉(しそゆう)と呼ぶ黒に近い暗紫色や黒に発色する 釉を施し、その上に黄釉・銅緑釉・白釉をイッチン掛けの手法で流し散らす。椀形の茶碗は、胴部を指で凹ませ、高台は裾広がりに削り出す。 :豊前・上野窯 上野皿山本窯 / 18世紀
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精密な細工による龍耳をつけた広口の花生。染付で胴の上方に龍、下方には麒麟を描く。背面には頭を後方に向けた同様の龍 と麒麟を配す。19世紀の三川内焼は染付の描写と白磁のひねり細工が精巧を極め、しばしば両者を組み合わせた製品が作られている。絵書きと細工は分業であ るため別人であるが、いずれもおとらぬ技術力を有している。口縁部のリンボウと呼ばれる連続文は、三川内焼の碗や花生などに多用された特徴ある文様であ る。 :平戸・三川内窯 / 19世紀
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若松の間に群れ遊ぶ9匹の馬が描かれ、蓋には白磁の馬形のつまみがつけられている。白く精良な素地に明るい呉須で染付さ れ、余白のとり方も軽快でバランスがよい。水指の肩下には段がつけられ、形を引き締めている。口縁部の連続文は、丸文をはさんだ瑶珞ふうの文様で、成形、 絵付ともに技術的に優れ、19世紀の三川内焼の水準の高さがうかがえる。 :平戸・三川内窯 / 18世紀後半~19世紀前半
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藁灰釉を厚く掛け流した小壺には、豊かに張った胴から腰にかけて、轆轤による篦削りの跡が意識的に残されている。このた め施釉部分は、白の微妙な陰影が線条文を生みだし、さらに茶褐色に発色した口縁部と無釉の底部から高台にかけての荒削りな素地の暗褐色が器の天地をまとめ て、水指の風格を生む。かつては「斑唐津」とされたが、福岡県直方市の内ヶ磯窯跡の発掘調査により、筑前・高取焼の初期の伝世品と考えられるようになっ た。 :筑前・高取窯 内ケ磯窯 / 1610~20年代
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口縁部は短く立ち上がり、口唇部は露胎になっている。胴部には、一方に萩とみられる植物、他方に薄とみられる植物を描 き、秋の野辺を思わせる風情である。胴部内外面には半透明の釉薬が施され、細かい貫入がみられる。底部は露胎になっており、明瞭な高台を形成せず、浅い刳 り底になっている。萩文は武雄市小山路窯跡、伊万里市道園窯跡などの出土陶片に類例がみられる。 :肥前 / 1590~1610年代
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内面に3種類の果実(柘榴(ざくろ)・桃・仏手柑(ぶっしゅかん))を描いた皿である。呉須で果木や果実の外形を描いた のち黄色・赤色・青緑で上絵付を施す。口縁部内面は、圏線の間に赤色で龍が描かれ、部分的に黄色を施している。口縁外面は、1本の茎をもつ唐草文が描かれ る。高台内には圏線がめぐり、二重方形枠内に草書体をさらに崩した「福」字銘を書き、ハリ目跡が5ヶ所に残る。俗に“柿鍋”と称され、類例に「延寶年製」 の銘を持つものがある。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代
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瓶の口部を杯状に成形した珍しい器形である。なかに水を入れ、火皿と吸い口をとりつけて喫煙用の水パイプに使用するもの である。胴には八方に輸出品にしばしばみられる図案化された花文が表されている。この花文をもち肩部に穴のあいた玉子形の水パイプ瓶がハンブルク美術工芸 博物館に所蔵されている。盃状の口部、頸部、胴部の花文の上下に唐草文を表す。底部は碁笥底風に削り込まれ、畳付のみ無釉とする。 :肥前・有田 / 1670~90年代
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長い頸と乳首型の注口に特徴のあるこのような器形の水瓶はケンディ(Kendi)と呼ばれる。水飲み用の容器で、水は容 器を傾けて注口から口に受けるようにして飲まれる。東南アジアの土器に原形があり、この独特の丸い乳首状の注口のついた器形は、中国陶磁では16世紀末に は作られ、東南アジアなどに輸出されている。このケンディは型押しによって成形されており、両面には布袋が表されている。頸部は緩く面取りされ、高台畳付 は施釉後に削られている。 :肥前・有田 / 1655~70年代
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網田焼は、寛政5年(1793)に開窯し、肥後藩の皿山会所が廃された文政10年(1827)までの間に、とりわけ上手 のものを焼いた。轆轤成形後、型に押しあてて牡丹の花形に作った白磁の深皿は、花弁に走る葉脈まで克明に表現し、器の外面は手彫りで簡潔に仕上げる。高温 で焼成した器には焼ひずみがあるが、淡い青味を帯びた釉調が美しく、牡丹の花をひきたてている。高台内に「肥後宇土郡網田山製」の染付銘を記す。 :肥後・網田窯 / 1790~1820年代
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細首でらっきょう形の瓶。全体は赤絵具が支配的である。上絵の赤で大きく沢瀉文を描き、地紋は赤・緑・黄による梅花文と 赤の条線で埋める。首部の肩に七宝繋文の帯を、また口縁近くと首の中央部に緑と黄色で連鎖文の帯を入れる。この作品は、かつては古九谷に分類されていた が、1671年銘の銀蓋付きの同様の文様をもつヨーロッパへの輸出品が英国で紹介され、有田製であることが理解されるようになった。 :肥前・有田 / 1650~60年代
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器体の内外に種々の文様を上絵付で描き込み、全体の地を緑と青で埋めている。外側面には大きく菊花文を描く。枝葉は緑 色、地は青で埋める。この外側面の文様構成は菊花三つを四方に繰り返したもの。内側は見込に雲龍文を表し、六方に滝を描き、間に松・千鳥・梅花・水車・波 涛文などを配している。青色系の濃厚な色調で、華やかで豊麗な印象を与える。高台内には上絵赤で銘を入れている。 :肥前・有田 / 1655~60年代
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有田製の象置物から創意を加えて変化させた作品。有田の象の置物とは背にのせた敷物の柄などは共通するが、高く掲げた長 い鼻、サイのような足、皮膚の表現などは異なる。素地は白いが黒い微粒子が多い。足の裏のみ無釉で、それぞれに小穴があけられている。腹部に赤でシャン ティイ窯の窯印であるホルンが記されている。シャンティイ窯は柿右衛門様式の製品の優れたコピー作品で知られる。 :フランス・シャンティイ窯 / 1725~1800年頃
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茶の名産地をひかえた筑後地方の陶器窯では、葉茶壺とよばれる茶の葉貯蔵用の大形の壺が製造された。肩には、口を封じる 木栓に紐を掛けるための耳がつく。叩き成形後、轆轤で仕上げ、表には線条文と波状文を篦で刻む。肩に彫られた窯印の「星」字と、たすき掛けのように左右か ら流された土灰釉が、地方窯らしい簡素で力強い造形に風趣をそえている。内面は無釉である。 :筑後・星野窯 / 18世紀末~19世紀
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現在の玉名郡南関町小岱山(しょうだいやま)に開窯した小代焼は、きめの粗い胎土で成形し藁灰釉を掛け流す素朴な作風が 特色で、茶陶も焼くが、生活の器が主流である。平底でずんぐりした安定感のある「船徳利(ふなどっくり)」形の瓶は、無釉の焼締めで、上部に薄く掛けた藁 灰釉がけしきとなっている。胴部には幾何学的な角文と「一番」の文字を彫っている。無釉の底部には輪状の窯詰め痕3ヶ所と、「小代」、「牝小路(ひんこう じ)」の2種の刻印が残る。 :肥後・小代窯 牝小路窯 / 19世紀前半
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口縁部を鍔縁に成形し、口縁部上面の8ヶ所の窓には草花文、内側面には唐草文を描いている。内面には、月明かりの中に2 匹の獅子が見合うように描かれている。中国では、2匹の大小獅子を描いて「太師少師」とする図案があり、高官厚禄の意とされる。口縁下外面には、染付によ る2条の線がめぐっている。高台畳付を除く全面に青味がかった釉薬が施され、器表には細かい貫入が入る。高台付近には手跡が残る。 :肥前・有田 山辺田窯 / 1630~40年代
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画面いっぱいに藍と白と緑の瓢箪を描く。白は本来地の色であるから、両側の瓢箪を藍色と緑色に塗り、またそれ以外の地を 青海波文で埋めつくし、初めて白い瓢箪が描かれたことになる。こうした白さを表現の中心においたものとして、染付鷺文三足付皿、染付人参文皿、色絵大根文 皿などがあり、すべて地を塗りつぶすことで白い形を浮かび上がらせている。裏文様は三方に六つ玉の七宝結び文、高台に櫛目文が描かれている。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1720年代
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マイセンでは黄獅子と通称される文様。これは虎をライオンとみたことに由来する。この文様は柿右衛門様式の竹虎文を写し たことから始まり、マイセン窯の初期にあたる1730年代から製作された。この作品は全体的に絵付が堅く、梅の枝ののびかたなどは規則的である。素地は白 く、釉は光沢が強い。高台内にマイセンの交差剣の窯印が入れられ、「57/4」と活字による刻印がある。また、高台の内側面には染付で11、紫で26と記 されている。(旧ドイツ民主共和国寄贈) :ドイツ・マイセン窯 / 1774~1815年頃
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色は染付の藍色に上絵の赤・緑・黄という色鍋島の基本4色からなる。4色でありながら各色の量的なバランス、線と面によ る表現の違い、濃みによるぼかしや濃淡の表現など、手法の組み合せにより実に多彩な美が創出される。花文は赤い線書きのみで表されているが、線の下には染 付の薄い下書きがなされている。裏面は三方に牡丹唐草文、高台に櫛目文を描く。 :肥前・鍋島藩窯 / 1700~20年代
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口部を端反りにし、胴部の下半にロクロ回転による線刻文を施す。胴部上半には簡略な雨龍文を線刻で二方に描く。雨龍文の 間には「志賀」の文字を二方に分けて一文字づつ記している。文字は茶色にみえるが、高台内には呉須で「志賀」と書かれているため、これも呉須と考えられ る。釉が淡黄色であるため、呉須の色が変化してみえるのである。 :対馬・対州窯 志賀窯 / 18世紀末~19世紀
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堂々とした大振りの茶碗は、高く裾広がりの高台をざっくり削った椀形で、いわゆる朝鮮の「奥高麗茶碗」写しである。いく ぶん焼きが甘いために、藁灰釉の流れた釉だまりが十分にとけきらず白く残りけしきとなっている。これを遙かに眺める霊峰に見立て、箱表には「銘 玄峯」と 記されている。また、蓋裏に「龍沢 般若窟」とあり、これは旧藏者、静岡県三島市龍沢寺(宝暦11年(1761)開創)の玄峯老師(昭和)によるものであ る。 :筑前・高取窯 内ケ磯窯 / 1610~20年代
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宝暦年間(1751~64)に現在の粕屋郡須恵町皿山に磁器窯が開かれ、肥前・有田の技術を導入し、「南京焼」が焼かれ た。黒田藩の保護下で上質の白磁や染付を製作した。胴を3段に削りだした菊の花弁で飾り、端正すぎる細工を染付の菊葉で乱した筒形の香炉。全面に施された 青味を帯びた透明釉が、技の巧をひきたてて美しい。高台内に染付銘「スエ」の組文字がみられる。 :筑前・須恵窯 / 18世紀後半
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芙蓉手の染付大皿。内側面の八方の窓内には4種の異なる花卉文が描き込まれている。縁先でくつろぐ貴人と翳(さしば)を かざした従者と思われる唐人を描き、遠景として松樹・柳に東屋を配す。周縁部の文様など、中国・景徳鎮窯の芙蓉手と比べて日本的要素が加味された文様を描 く。裏面は無文で、高台内にハリ目跡が7個残っている。 :肥前・有田 / 1680~1700年代
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口縁部を鍔縁に成形し、口縁部上面には如意頭文を描く。内側面は渦文を連続して描いている。内面は、楼閣の背後にある樹 木が見込中央にくるように描かれている。背景の山々はやや雑に配置されているが、筆使いには力強さを感じる。楼閣山水文は、初期伊万里にしばしば用いられ る題材である。高台畳付を除く全面に釉薬が施され、器表には貫入が入る。高台付近に施釉時の手跡が残るのは、生掛け焼成であった初期に通有の特徴である。 :肥前・有田 山辺田窯 / 1630~40年代
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蓋に雪景山水文が描かれ、それに対応して正面にも同様の文様が描かれている。他の3面は左側には桐樹鳥文、右側は波涛雲 龍文、背面に山水人物文が描かれている。成形は板作りであり、焼成によるひずみがほとんどなく、技術の高さがうかがえる。雪景は濃みのぼかしを効果的に使 い、巧みに表現されている。底には一重方形枠を縦線で二分し、右に「亀山」、左に「製」の時を記した銘がある。 :肥前・亀山窯 / 19世紀前半
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胴部に文様を浮彫状にした瓶である。胴上部には牡丹唐草文を浮き彫りにし、地には刺突文を施している。胴の上部と下部の 繋ぎ目に縄目の文様を施す。胴下部には菊花を浮き彫りにし、地には刺突文を施している。胴下位には縄目の文様がめぐり、高台までの間に蓮弁文が彫り込まれ ている。高台は低く幅広に成形され、高台内は二段に削り込まれる。器表は露胎になっているが、口縁部内面には透明釉が施されている。 :肥前・有田 / 1630~40年代
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頸部に芭蕉葉文、その下に七宝繋文、如意頭文の文様帯を持つ。胴部には左右に広がる牡丹が描かれている。高台外側面には 2条の染付の線がめぐる。畳付は台形状で、釉剥ぎされている。T.フォルカーによると、1659年のバタヴィアから長崎宛の文書に、モカ向け注文品として 花文・葉文を描いた約6リットル入りの磁器のフラスコとある。この大瓶の容量は約16リットルあり、同形式の瓶であれば高さ約40cmのものが約6リット ルである。 :肥前・有田 / 1650~60年代
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一見蓋物を受け皿にのせたようにみえるが、広い鍔をもつ蓋付の鉢。ヨーロッパからの注文による製品と考えられる珍しい器 形である。鉢の胴部に広い鍔をつけた形態であり、内側は以外に深い。蓋の上面には花盆文を染付で表すが、つまみが邪魔になるので、枝を曲げて描いている。 鍔には四方にムカデ状の唐草が施されている。また口縁部には七宝文と瑶珞文が表されている。平底の底部は無釉で四角い目跡が8個残っている。 :肥前・有田 / 1690~1730年代
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いわゆる芙蓉手の鉢。見込に双鳳文を描く。口縁部、高台脇と高台内に染付線を施した素地に、柿右衛門様式の色調の上絵具 で文様を描いている。外まで貫通している貫入を隠すために左の鳳凰に草葉をあしらっている。この草葉は柿右衛門様式にみられない細い黒線に黄緑色で表され ており、後代に施されたものと考えられる。裏面は蔓草でつながれた唐花文がめぐらされ、また高台には赤で輪郭のみの櫛目文を入れる。 :肥前・有田 / 1660~70年代
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口縁部を六つの輪花に切り、全体を刷毛目で装飾する。褐色の素地に化粧土の白くて細い刷毛目が映える。中心部に残る刷毛 目の向きから、素地は左まわりに回転し、口縁部から中心部に向けて刷毛を動かしたと考えられる。皿の右方には刷毛目の上から鉄絵具で笹が表されている。裏 面も全体に刷毛目を施し、雪持笹文を描く。 :肥前・現川窯 / 1690~1740年代
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程よい大きさで手持ちがよく、鑑賞的にも使用性においても優れた器である。口縁部は八つの稜花形に作り、口唇部に銹釉を 施す。成形は型打ちの技法による。高台はやや高めで、高台内にはハリ支えの跡はない。素地はうすく、釉は透明度が高い。鉢の外面は梅と松、反対側には竹文 が描かれている。内面には瓔珞(ようらく)かと思われる文様が配され、見込中央には五弁花が一つ描かれている。 :肥前・有田 南川原山 / 1680~1700年代
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十稜の輪花皿。口縁には銹釉が施され、稜線が強調されている。中央に団龍を描き、周囲に松竹・鶴・亀・草花の文様を施 す。赤と金で描かれた亀文は、全体の文様の中でも強い印象を与える。裏面は無文だが、高台内に4個のハリ支え跡がある。成形は「型打ち」の技法により、轆 轤で水挽きしたあと凸状の土型にかぶせて変形させる。 :肥前・有田 / 1670~90年代
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鍋島の染付の濃度は、通常三段階に分けられる。一番濃いのは線書きであり、二番目は枝や葉の濃み(面塗り)であり、三番 目は花などのうすい濃みである。三通りの濃淡以外では、広い面においてぼかしの技法が用いられる。この作品は以上の4種類の濃淡と、墨弾きによる白抜き描 線が組み合わされている。皿の形状は端反りで口縁に浅い溝がある。裏面は三方に木蓮の折枝文を配し、高台には櫛目文が描かれている。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1730年代
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幾何学的な唐花や有職文による複雑で厳格な文様は、格調高い鍋島ならではのものである。規矩正しく三方割に文様が配さ れ、中央を白い環で引き締めている。環の中心と周辺の三方には、墨弾きにより白抜き文が描かれている。藍色一色により複雑で構成的な表現の粋が尽くされて いる。裏面三方に六つ玉の七宝文を描き、高台には櫛目文をめぐらす。(鹿島鍋島家コレクション) :肥前・鍋島藩窯 / 1700~30年代
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染付による単色であるが、鷺を白く塗り残すことによって、白をもう一つの色として演出している。裏面は幅の広い蛇の目高 台であり、高台縁には如意頭形の三足がつく。三足の畳付は施釉してあるため、浮かせて焼いている。蛇の目の部分は無釉であり、浮かせるために用いた窯道具 の小さな熔着痕が外側に20個、内側には等間隔ではない熔着痕が14個残っている。裏面三方に木蓮かと思われる折枝文を描く。(重要文化財) :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1710年代
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板状の粘土を貼り合わせて成形しており、肩の部分はふくらみがある。底は無釉で平たく、淡褐色を呈している。各面は長方 形にみえるが、上端は下端よりそれぞれ8mm長く、逆台形状である。4面とも正確に差をつけてあるため、意図的な造作と考えられるが、背を高くみせるため の意図であろうか。各面には菊・牡丹・紅葉・萩の文様が描かれている。黒の輪郭線はかなり消えており、もとは鮮明で強い調子であったと想像される。 :肥前・有田 / 1670~90年代
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向付とは、食膳で向かい側に置き据える器の意。口縁部は波状を呈し、口縁内部に飛鳥を3羽と垣根状の文様を2ヶ所に描い ている。胴部は丸く膨らみ、鉄絵具で4ヶ所に四つ星(五つ星)の文様を描いている。高台部分を除く器表に半透明の釉薬が施されている。高台は低く、高台内 は粗く箆削りされ、高台畳付に糸切り痕を持つものが2点ある。枯淡の味わいのある5客組の向付である。 :肥前 / 1590~1610年代
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胴上部は、2条の沈線で3区画を設け、3種類の花文を押印し、そこに白土を充填している。胴下部も同様に唐草文・よろけ 縞文・如意頭文が印花される。これらの文様帯の間に2ヶ所、向かい合うように鶴が2羽ずつ配置され、白土により象嵌される。鶴の嘴と足は鉄絵具によって描 かれる。高台畳付を除く全体に透明釉が施され、器表には貫入がみられる。類例が有田町天神森窯跡から出土している。象嵌は朝鮮陶工がもたらした技法であ る。 :肥前・小田志山 / 1610~40年代
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筒形に作り、銅の中央部を帯状に引き締めた水指には、上部左右に小振りな耳をつける。轆轤目を残した表は白濁した藁灰釉 をかけ、その上に褐釉と銅緑釉を柄杓(ひしゃく)で掛け流すが、火表は鮮明な三彩、火裏は枯れた地肌に火ぶくれがみられる。器内には薄い土灰釉(透明釉) がかかる。無釉の底部は碁笥底(ごけぞこ)のように内側を浅く削り、下膨れの水指に安定感をうみだす。蓋受けを作る後部は無釉であり、白土が塗られ、目痕 が13個程みられる。 :豊前・上野窯 上野皿山本窯 / 17世紀中葉~18世紀初
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オランダはコルネリス・プロンクによる1734年の傘婦人図皿の原画にもとずき中国と有田に注文するが、この皿は中国の もので原画のインド風の婦人のかわりに中国の婦人を描き込む。内面には部分的に染付を施した素地に赤・薄赤・金で婦人のほか鳥や草花を表し、口縁部の地紋 は亀甲つなぎ文を描く。外側面は染付で七方に昆虫を配し、底部を碁笥底状に作る。 :中国・景徳鎮窯 / 1730~40年代
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色絵傘婦人文皿(収蔵番号311)の皿が色絵であるのに対し、これは染付で描かれている。色絵の方が原画に忠実であり、 この作品は花文の文様帯と草むらに簡略化がみられる。また、染付では表現しきれなかったのか、婦人の着物の柄はなく、無地である。器形は少し厚めであり、 この点は色絵の作と共通している。色絵と同様に、裏面には七方に虫文が配されている。高台内にハリ目跡が4個残る。 :肥前・有田 / 1730~40年代
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アムステルダムの画家コルネリス・プロンク(Cornelis Pronk 1691-1759)はオランダの東インド 会社と契約し、中国に注文するための磁器デザインを手掛けた。この皿は彼のデザインの一つ、1734年の「パラソルレディー」をもとに制作されたもの。デ ザインの原画がアムステルダム国立博物館に所蔵されている。原画では見込の婦人像が中国人であるのに対し、有田の製品にはよくみられる日本婦人が描かれて いる。高台内にハリ目跡が3個残る。 :肥前・有田 / 1730~40年代
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童子が瓢箪で鯰を押さえつけようとしている姿は、「瓢箪鯰」の話からとられた題材と考えられ、要領を得ないとりとめのな いという喩(たとえ)を意味する。各部分は型を用いて別々に成形され、それらを結合して一体化されている。鯰の底は中空で、体内に補強用の壁が3枚つけら れている。全体に本焼きの焼成が甘く、釉に細かな貫入がはいり、その部分は薄茶色にみえている。 :肥前・有田 / 1670~1700年代
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ハッチャー・ジャンクと呼ばれる南シナ海発見の沈没船から引揚げられた多数の中国磁器の中に類似の器形・文様が見出せ る。この引揚品の中に崇禎16年(1643)と推測できる紀年銘磁器があり、崇禎頃の輸出磁器とみられる。17世紀後半に有田が輸出用手付水注を作るが、 その際に、こうした中国磁器を手本とした。主文はバラに蝶・寿石・竹・菊・鶏・粟を胴部に描き、頸部に梅・蘭・椿・竹の折枝を染付している。 :中国・景徳鎮窯 / 1640年代頃
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厚手でしっかりとした作りの皿で、龍と鳳凰、牡丹、散らした丸文が濃厚な色彩で描かれ、絵具の色調から、幕末期の製品と 考えられている。高台畳付に四角い凹みをつくり、その中に染付の「酒柿(さかがき)」という銘が入れられているが、酒井田邸の表採品や、酒井田家が参加し ていたと考えられる南川原窯ノ辻窯から同じ銘をもつ同種の皿の高台部分が出土している。このような「酒柿」銘をもつ製品は、ほかに染付の角皿などが知られ ている。(公文信男氏寄贈) :肥前・有田 南川原山 / 1810~60年代
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陶土に白い精土を用いるか、もしくは陶胎の全面を白化粧でおおい磁器を模したやきもの「白薩摩」は、薩摩領内各地の陶器 窯で作られた。竪野窯のこの徳利は、素地自体が白く、スタンプ印刻文と掻き落しの線刻文を施したあと、彫り痕に黒色の粘土をすり込み表面をぬぐう象嵌技法 が効果的である。薄い透明釉をかけて焼かれた器表面はなめらかである。 :薩摩・竪野窯 / 17世紀後半~18世紀
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桜花はすべての線書きで表現され、線書きのみの赤が軽快さを生み、花の数が艶やかさを醸し出している。画面に桜樹をめぐ らすこの構図は、鍋島の図案帳に同種のものがある。樹根の表現にも特徴があり、この種の表現は梅樹の場合も用いられている。裏は三方に七宝結び文を配し、 高台には櫛目文を描く。七宝文は、六つ玉からなり、中心部の四つは重なりあうタイプである。 :肥前・鍋島藩窯 / 1700~20年代
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17世紀のヨーロッパでは磁器が生産できなかったことから、錫釉による白い陶器で東洋からの磁器を模倣した。この作は中 国・景徳鎮窯の染付柑子口瓶を写したと考えられる。デルフト陶器に特有の水色に発色する釉薬に青料で山水と唐人を描く。青料は細かい水玉状に白く弾かれた ように発色しており、これもデルフト陶器によくみられる特徴である。高台内に「ニ」としるされているが、おそらく窯の印であろう。 :オランダ・デルフト窯 / 17世紀後半(1660~70年代)
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ギリシア神話に登場する半人半馬の怪物ケンタウロスを描いている。ヨーロッパからの注文品として作られたものであろう。 赤による線描きが細く、丁寧な絵付である。皿の内側面には獅子・虎・猪・馬・首輪をつけた洋犬などの獣類が描かれ、唐花唐草文の中に見え隠れするかのよう な描き方がされている。裏面には四方に上絵付の赤・金で菊・牡丹の折枝文が描かれ、高台内は一重圏線がめぐらされ、ハリ目跡が4個残る。 :肥前・有田 / 1700~30年代
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余白を生かした緊張感のある構図である。線書きは、梅の花と鳥の胴部を除けば、すべて上絵の黒による。その黒い輪郭線の 内側に緑と青と黄色をのせてゆくが、梅の幹は青で梢は緑というように、細やかな配慮がなされている。また花弁の一部に金彩が用いられ、赤い花とのバランス を保ちながら、華やかさを加えている。裏面は無文であり、高台内には6個のハリ支え跡がある。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代
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