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木炭ガス発生装置(日燃式)

戦時中から戦後にかけて石油燃料が不足した時代には多くの自動車が代燃車に改造された。代燃車とは代用燃料で走る自動車 のことで、木炭や薪などからガスを作って走るものやアセチレンガスを用いて走るものなどがあった。木炭ガス発生装置は木炭を不完全燃焼させて一酸化炭素ガ スと水素ガスを主成分とするガスを発生させ、フィルターで濾過したのち、ガソリン自動車のエンジンにそのまま送りこんで使用した。本資料はトラックに搭載 されたもの。 トラックに用いた実物が現存するのはおそらく本資料のみではないかといわれている。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


手鉤(てかぎ)

俵や叺(かます)などの藁(わら)を用いた梱包や木箱などを取り扱う時には、このような手鉤を用いた。 年代:昭和時代

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未開梱の木箱荷物

文具店の蔵に残っていた、まだ開けられていない荷物。中身は朱墨のビンで、クッションに藁(わら)を入れている。 年代:昭和10年代後半(1940年代前半)

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物流に関する産業映画

1940年代から80年代にかけ多くの企業で産業映画が数多く製作された。当時、日本通運株式会社ではPR・業務研修・ 記録用の映画が多数製作され、これらの作品を含む、 199点の物流に関するフィルム資料を収蔵している。一部の作品は展示室にて視聴可能。主な作品;「荷役近代化への道」(1966年編集)、「物のなが れ」(1949年)、「黄色い車」(1958年)、「こうして米は運ばれる」(1959年)、「300トントレーラー」(1960年)、「オリンピックを 運ぶ」(1964年)、「花開く日本万国博EXPO’70」(1970年)、「国宝の旅立ち」(1980年)。 年代:昭和時代

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1升ビン用の藁ツト(再現)

ビン類の輸送時には、破損を防ぐために藁ツトがクッションとして用いられていた。この資料は、藁ツトの一大生産地であっ た淡路島で生産に携わっていた方が、のちに再現製作したもの。藁は麦藁を用いている。瓶詰めと同様に、洋酒に用いられた方法を日本酒に取り入れたものと考 えられる。 年代:昭和時代

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京都馬借の運搬用具(馬の背で運ぶ道具)

京都の馬借(ばしゃく)が江戸時代に使用したもの。馬借とは馬を使った運送業者のことで、京都周辺で古くから活躍して いた。この道具は馬の鞍の両側に取り付け、人を乗せたほか、荷物も運んだと思われる。必要のないときにはたたむこともできた。 この道具を使用することで、3人が馬に乗ることができたので、「三宝荒神鞍(さんぽうこうじんぐら)」と呼ばれた。 年代:江戸時代

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内国通運会社の半纏

印半纏に内国通運の社章「Eマル通E」のマークが入っている。ちなみに、「Eマル通E」のマークは日本通運株式会社の前 身の内国通運会社および国際通株式会社が明治時代から使用していた社章であり、両脇にあるEの文字を配したのは前島密の発案と伝えられ、このEは ExpressのEであるといわれている。 年代:明治時代

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石炭運搬用のオウコ(天秤棒)とパイスケ

門司港で使用されていた天秤棒とパイスケ。石炭の荷役に使用した。 年代:昭和時代

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車石

京 都・大津間には牛車専用路として車石が敷設され、琵琶湖から大津に陸揚げされた荷物を牛車が運搬していた。花崗岩に車輪の溝が刻まれている石のレールであ る。 年代:江戸~明治初期

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陶磁器の藁荷造り(美濃焼の湯飲み茶碗)

陶磁器の荷造りは、江戸時代以来1970年代頃まで、主に藁を使って行われてきた。藁荷造りでは、同一の複数の器物を 藁でからげたユニット(カラゲなどという)が最小単位となり、このようなカラゲを一つにまとめて荷造りが行われる。また、藁で太い縄を作り、これを甕など に巻きつける荷造り法もある。各産地ごとに形状には違いが見られるが、上記のような2つの方法は共通している。資料は美濃焼の湯飲み茶碗100個入りの梱 包。 年代:昭和時代

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鉄道錦絵「新橋ステンション蒸気車鉄道図」と再現模型

歌川広重(三代)が描いた新橋駅停車場の荷物積卸場の錦絵。内国通運による鉄道貨物の取り扱い光景が描かれている。こ の錦絵の情景をいろいろな資料に基づき模型化した。(蒸気機関車・客車・貨車の色については確かな資料がないため推定により塗色) 年代:明治8年(1875)頃

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菱垣廻船図

菱垣廻船は大坂-江戸間を往来した船で、大坂から多くの日用品などを江戸に運んだ。船体の舷(げん)側の垣立(かきだ つ)に木製の菱垣格子が施されていたことがその名の由来。この資料には菱垣廻船と航路図が描かれている。 年代:江戸時代

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江戸三度飛脚所看板

三度飛脚の看板。民間の町飛脚は、商業の中心地、大坂で江戸時代初期に誕生した。当初、毎月三度大坂・江戸間を往復した ので三度飛脚といわれたが、のちには飛脚仲間の固有名詞のほかに、定期飛脚を意味する言葉としても用いられた。飛脚は書状・為替(かわせ)・金銭・荷物な どを運び、商業の発達とともに成長・発展した。のち、江戸の三度飛脚は定飛脚と称するようになるが、大阪では幕末まで三度飛脚と称した。 年代:江戸時代

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上方下方抜状早遅調

民間の飛脚としては、江戸の定飛脚、京都の順番飛脚、大坂の三度飛脚が有名であるが、この三者は飛脚仲間として相互協力 をしていた。本史料は定飛脚が東海道筋の関所や川を効率良く通過するための走行予定表と思われる。3日から12日まで、所要日数に応じた各地点の通過予定 時刻が、上り・下りに分けて記されている。 年代:江戸時代

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500トントレーラー模型

昭和46年(1971)に開発された日本通運株式会社の重量物運搬用のトレーラー。当時は世界最大の力持ちのトレーラー といわれ、変電所で使う大型の変圧器を運んだ。トレーラーとは台車の部分のことで、エンジンのついている車両をトラクタという。このトレーラーは一般の道 路を走行でき、時速は最高で5km。前後に運転席があるのはスイッチバックを可能とするためで、台車が独立しているため曲がりくねった路でも通ることがで きる。こうした形式のトレーラーは今日でも使われており、500トントレーラーの台車の一部は現在でも使用されている。 年代:昭和46年(1971)

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ねずみ短けい(陶製)

ねずみ型の燃料タンクをもつ灯火具で、柱に取りつけられた皿内の油に点灯する。点灯中に皿の油が少なくなると、ねずみの 口から自動的に油が皿に垂れ落ち、補給する。空気の力を利用した自動給油装置つき灯火具。淡路焼。

情報所有館 : 日本のあかり博物館 


ねずみ短けい(銅製)

ねずみ型の燃料タンクをもつ灯火具で、柱に取りつけられた皿内の油に点灯する。点灯中に皿の油が少なくなると、ねずみの 口から自動的に油が皿に垂れ落ち、補給する。空気の力を利用した自動給油装置つき灯火具。

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無尽灯(田中久重)

灯明からランプへの移行期に登場した植物油を燃料とする灯火具。田中久重(からくり儀右衛門)が天保年間に考案したもの で、下部の燃料タンクのふたを上下させることでできる圧搾空気を利用して、タンク内の油を点灯部まで持ち上げ、火を灯した。

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無尽灯(大隅源助商店)

植物油を燃料とする灯火具で、大隅源助商店作のもの。長時間点灯し続けられるように、燃料タンクの底が手動で上げられる 工夫がなされている。

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枕あんどん

旅道具。箱枕の中にろうそくや眼鏡、筆と硯などといった旅に必要な小道具が寸分のすきまもなく収められたもので、箱の横 板を引き抜くと、小型のぼんぼりが組み込まれている。

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下むきランプ

「灯台下暗し」を改善するために、火口を下向きにしたもの。主に作業用として医院や養蚕農家などで使われた。また集魚灯 としても使われた。

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横むきランプ

バーナーが斜め横向きについている珍しい石油ランプ。完全な姿で残っているものは極めて少ない。

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ひょうそく

ふたのついた器の中に油を入れ、急須の注ぎ口状の先から芯を出して火を灯した灯火具。真鍮製。

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法隆寺灯台

柱に付けた丸い板の前に火皿を取り付け、中に油を入れて火を灯した灯火具。丸い板をつけることによって、光が後ろにもれ ないよう工夫されている。法隆寺に同形のものがあることからこの名がついた。また、丸い板に3人の童子が描かれ、その内の1人が眠っていることから「眠り 灯台」とも呼ばれる。

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結び灯台

3本の木を組んで台にした上に皿をのせた灯火具。皿の中に油を入れて火を灯した。

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瓦灯

瓦 でできたあんどん。風のない日や、強いあかりが欲しいときには、油を入れた皿を頂部にのせて火を灯した。風の強い日やわずかなあかりでよいときは、火皿を 内部に入れて火を灯した。

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有明あんどん

ふた付きのあんどん。座敷で使うさいには、ふたを台として、その上に火袋をのせた。持ち運びのさいや、弱いあかりでよい ときは、火袋の上に台をかぶせて使用した。火を弱めて使うと、有明の月がでるころまで使うことができたということから、この名がついた。

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書見あんどん

レンズをつけたあんどん。レンズ部は可動式で、レンズを光源の位置にあわせると、集中したより強いあかりを得ることがで きた。大隅源助商店の引札に見られる形。

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遠州あんどん

円筒形の火袋の中に置いた皿に油を入れ、火を灯した灯火具。火袋は2つの輪を組み合わせてできていて、一方を横にスライ ドさせると大きく口をあけるため、火の調節等を容易に行なうことができた。

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看板あんどん

火袋の中に入れた皿に油を入れて火を灯した灯火具。食堂の入口に下げられていたもので、あかりと看板の2つの役目を果た した。火袋には「とんびに油あげ」などの洒落をきかせた文句が記されている。

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根つけ型燭台

持ち運びに便利な工夫が施された小型のろうそく立て。燭台は組み立て式で、部品を1つずつ取り外すと、すべて燭台の台座 部分にしまうことができる。燭台をしまった状態でふたをすると根付となるため、この名がついた。真鍮製。

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折りたたみ燭台

持ち運びに便利なように、土台となる3本の柱を折りたたむことができるように工夫された燭台(ろうそく立て)。使用時に は3本の柱を広げ、頂部にろうそくを立てて日を灯す。

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伸縮自在燭台

土台の上に2本の柱が立つ燭台。使用場所によって光源の位置(高さ)を変えることができるよう、ろうそく立てのついた柱 が上下する工夫が施されている。鉄製。

情報所有館 : 日本のあかり博物館 


小田原ちょうちん

小型の箱ちょうちんで、火袋の中でろうそくに点灯した。火袋は蛇腹状に折りたたむことができ、折りたたむと懐に入れて持 ち歩くことができたため「懐ちょうちん」とも呼ばれた。

情報所有館 : 日本のあかり博物館 


けんざきちょうちん

細い竹ひごを縦にはったちょうちん。持ち運びのさいには、上下の輪を引っ張り、細長い棒状とする。和紙は貼られない。

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B4形39号

日本鉄道が発注した英国製の蒸気機関車で、1906(明治39)年に国有化され1922(大正11)年には東武鉄道B4 形39号となって、貨物列車牽引に活躍しました。1966(昭和41)年に引退してからは、東京都の昭和鉄道高校で大切に保存されてきました。■製造所: シャープ・スチュアート ■貸与:三岐鉄道(株)  年代:1898年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


DB101号

静岡県の東海道本線用宗駅から分岐していた巴川製紙所の工場引き込み線で、原材料や製品を載せた貨車の入換えに活躍した ディーゼル機関車です。1986(昭和61)年に引退し、その後名古屋市内で保存され、2004(平成16)年、当館に寄贈されました。■製造所:協三工 業 ■寄贈:(株)津坂商会  年代:1957年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


ワ1形5490号

製造時は北越鉄道(現在のJR信越本線の一部)の8トン積有蓋車でしたが、後の国有化により各地で使用され、戦後は近江 鉄道に移籍しました。大正時代に荷重を10トン積に増やす改造を受けています。台枠から上は鋼製の柱に木製の板張りで、引戸も木製です。■製造所:新潟鐵 工所 年代:1906年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


ワ11形11号

新潟県を走っていた蒲原鉄道の10トン積有蓋車です。昭和に入ってから有蓋車の側面は鋼板張りが一般的になりましたが、 本車は木張りです。かつては中小ローカル私鉄の貨車も沿線の産物や生活物資を積み、国鉄線に乗入れ活躍しました。■製造所:新潟鐵工所 ■寄贈:ふるさと 鉄道保存協会 年代:1929年

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ワフ21000形21120号

有蓋緩急車としては初の鋼製車で、2人乗務用の広い車掌室が特徴です。2トン積の小さな貨物室は、他の貨物との混載に不 向きな鮮魚や貴重品など小口貨物用でした。1977(昭和52)年からは岐阜県の西濃鉄道に移籍し、推進運転に用いられました。■製造所:汽車製造 ■寄 贈:西濃鉄道(株) 年代:1934年

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テラ1形146号

水と反応して高熱を発生し、発火の原因となる生石灰などを輸送するため、車内に木の内張りがない鉄製有蓋車の一種です。 本車は石灰鉱山を控えた岐阜県大垣市の美濃赤坂駅に配置され、周辺で生産される石灰関連製品輸送に国鉄末期まで活躍しました。■製造所:協三工業 ■寄 贈:日本貨物鉄道(株) 年代:1965年

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ト1形15号

窯業に関連した輸送が盛んだった瀬戸電気鉄道(現在の名古屋鉄道瀬戸線)で使用された10トン積無蓋車です。アオリ戸と 妻板の高さが同じで、アオリ戸は2分割されています。晩年は名鉄揖斐・谷汲線にて保線のための砕石輸送に使用されました。■製造所:名古屋電車製作所 ■ 貸与:三岐鉄道(株) 年代:1912年

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ト200形246号

元は愛知電気鉄道(名古屋鉄道の前身)が第一次大戦後に常滑線沿線の貨物輸送需要が急増したため製作した有蓋車で、大正 末期に10トン積無蓋車に改造されました。本車には、ブレーキシリンダーが無く、白い十字の標記はそれを表しています。■製造所:日本車輌製造 ■貸与: 三岐鉄道(株) 年代:1917年

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ホサ1形1号

浅野セメント(太平洋セメントの前身)が川崎の工場へ石灰石を輸送するために製造した23トン積ホッパ車です。 1966(昭和41)年の廃車後に福井鉄道へ移籍しましたが、かつてデッキ部分にあった制動手室は撤去され、砕石散布用に改造されています。 ■製造所: 浅野造船所 ■寄贈:福井鉄道(株) 年代:1930年

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ホキ5700形25767号

本形式は1965(昭和40)年から1973(昭和48)年にかけて626輌が製造された40トン積セメント専用ホッパ 車で、「ホキ」形式としては最多製造輌数を誇ります。バラ積みのセメントをエアスライドという特殊な方式で、効率よく降ろすことができます。 ※三岐鉄道 東藤原駅前で展示■製造所:日本車輌製造 ■寄贈:太平洋セメント(株)  年代:1970年

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シキ160形160号

変圧器輸送用の130トン積大物車で、富士電機製造(株)向けに製作されました。車軸12軸、全長23m、自重40トン のマンモス貨車です。「吊掛式」と呼ばれる構造を持ち、積荷の変圧器は前後に分離したトラス構造の車体の間に挟み込んで輸送します。■製造所:日本車輌製 造 ■寄贈:(株)日本AEパワーシステムズ 年代:1955年

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タム500形2920号

本形式は1931(昭和6)年からの30年間で、2軸タンク車としては最多の621輌が製造された15トン積ガソリン専 用タンク車です。現在の石油系専用タンク車は荷重40トンを超えるボギー車が主流ですが、かつては本車のような小型車が小単位輸送に重宝されました。■製 造所:日本車輌製造 ■貸与:笹田昌宏 年代:1958年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


タム8000形8000号

15トン積過酸化水素専用タンク車で、純アルミ製のタンク体は鉄製より高価で強度が劣りますが、過酸化水素が分解するの を抑制します。本車は2003(平成15)年に廃車されましたが、晩年は関西本線南四日市駅を拠点に活躍しました。■製造所:汽車製造 ■寄贈:三菱ガス 化学(株) 年代:1962年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


タム5000形6263号

本形式は1938(昭和13)年から1968(昭和43)年にかけて368輌(改造を含む)が製造された15トン積塩酸 (及びアミノ酸)専用タンク車です。積荷の塩酸は腐食性が強いために、タンク車としては初めて内面にゴムライニングが施されました。■製造所:富士重工業  ■寄贈:東北東ソー化学(株) 年代:1968年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


91式・97式軽貨車

1931(昭和6)年(91式)、1937(昭和12)年(97式)に制式化された旧日本陸軍の貨車です。車輪は軌間変 更が可能な構造で、大陸や南方で軌道敷設や軍事物資の輸送に使用されました。戦後、国内に残存した車輌の一部は、保線作業車として使用されました。■製造 所:川崎車輌・汽車製造(91式)、梅鉢車輌(97式) ■寄贈:京福電気鉄道(株) 年代:1931年 1932年 1939年

情報所有館 : 貨物鉄道博物館 


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