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世界初の積層LCフィルタ(MXFシリ-ズ 3535タイプ)

積層インダクタと積層セラミックコンデンサを重畳複合化し、それぞれ異なる材料を一体焼結を可能としたチップタイプLC複合品を材料制御技術で世界で初めて実用化した。部品の基板搭載面積/体積を圧縮可能とした為、電子機器の小型軽量化に貢献する(第36回大河内記念技術賞受賞)年代:昭和60年

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高エネルギー耐量酸化亜鉛バリスタ

Zn-REC系材料と独自の材料プロセス及び雰囲気焼成技術で、小型で高エネルギー耐量、サージ寿命、応答性の優れたバリスタを開発、通信・計測・制御機器・民生用機器・自動車搭載電子機器の静電気・サージ電圧の保護用として大量供給する。年代:昭和60年

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3端子信号用ノイズフィルタ(ZIS)

フェライトビーズとチップコンデンサ組み合わせ、T型回路とし3端子の複合構造で、信号ノイズ用フィルタとして、マイコン誤動作防止、発生ノイズ防止用のオンボードタイプのノイズフィルタで各種電子回路基板に大量供給した。年代:昭和60年

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表面実装部品用ER型フェライトコア

プリント基板の面実装化の推進で、搭載部品の高さの制約から、高さ3mmを切るトランスの要求から、複雑形状のER型フェライトコアも独自の精密加工技術で表面実装タイプを可能とし、SMDパワートランス、SMDチョークコイル用に大量供給した。年代:昭和60年

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焦電型赤外線センサ(2端子タイプ)

火災・異常過熱の検知センサ、調理器ヒータの非接触温度制御センサ、ビル等の防犯用の人体検地用センサとして、高い焦電係数、低い誘電率を持つ高性能の圧電焦電体材料を開発し、小型高性能の赤外線センサで大量供給した特徴有る製品。年代:昭和60年

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コンピュータ用モノリシック形磁気へッド( HGA型 )

HDDの記録密度が進化し、フェライトへッドでの記録密度の限界を打破する為、半導体と同じ成膜技術・微細加工技術で、サスぺンションにインダクティブ薄膜へッドを装着した構造のHGA(HeadGimbalAssembly)薄膜磁気へッドを開発して世界市場に大量供給した特徴有る製品。年代:昭和61年

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携帯電話機用アイソレータ(0.8 to 1GHz、1GHz to 2GHz)

新開発のローロス材(YIG)を採用、マグネットの温度特性もYIGとの最適化を図り、順方向損失を大きく低減し、従来の1/3の小型化した製品で800~1000MHz帯の携帯電話の送信回路調整用、混信防止用(アナログセルラー、デジタルセルラー)用として大量供給した。年代:昭和61年

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デジタルオーディオカセットDAT

デジタルサウンドの音質をカセットデッキで聴くことができると言うオーディオファンの夢に答える為、高保磁力のメタル磁性体と新開発のバインダーシステムにより、優れた記録性と耐久性を実現し、大量供給した業界でも特徴有る製品。年代:昭和61年

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アビマウント、チップ部品自動装着機 RX-5Aタイプ

マガジンに詰められ、カートリッジにセットされた多種類のチップタイプ電子部品をプリント基板の所定の位置に同時に多数個装着する自動装着機で、8秒で1ヘッド100個自動装着を可能とした。基板供給、接着印刷、へッド装着、基板取出等の各装置が制御部で連動作動した。電子・自動車業界に大量供給。年代:昭和61年

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NEORECマグネット(ネオジム・鉄・ボロン系新希土類マグネット) NEOREC-35

新規に超高性能の希土類磁石として、ネオジム・鉄・ボロン系合金磁石を開発し、高保磁力、高エネルギー積、磁気安定性に優れたサマリウム系マグネットより廉価で、温度特性が優れ、小型軽量化で携帯音響機器やパソコン機器用高性能マイクロモーター等大量供給した。年代:昭和62年

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卑金属積層セラミックコンデンサ(Y5U・3216タイプ)

積層セラミックコンデンサの内部電極・卑金属化の実用化に伴い、従来のセラミックコンデンサの領域をフィルムコンデンサ、電解コンデンサの領域である、大容量用領域用誘電体材料の開発と多層化量産技術で可能とする。業界で最先端を行く特徴有る製品。年代:昭和62年

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BSセンターフィールド型パラボラアンテナ

衛星テレビ放送の本格化に伴い、業界で始めてのフェライトコアを採用したヘリカル方式を採用し、衛星放送と110度CS放送の2機能をカバーできる一体化した高性能アンテナで大量供給する。年代:昭和63年

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NTCサーミスタ

Mn、Ni、Co、Cu系の酸化物焼結体抵抗材料を開発し、ガラスダイオードタイプ、ビードタイプの他、面実装化に対応して、耐熱性が高く、感度特性の優れたチップタイプも開発し、各種温度検知用、精密機器用搭載品として大量供給する。年代:昭和63年

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積層セラミックハイブリッドIC (MHD/RCネットワークベースタイプ・イコライザーアンプ)

積層セラミックコンデンサと積層インダクタの重畳複合構造基板に、抵抗、ダイオード、半導体ICを搭載して、電子回路を構成した混成集積回路部品で、ウォークマンやトランシーバー、ビデオカメラ等の小型機器の軽薄短小化に採用提案して供給した特徴有る製品。(36回大河内記念技術賞受賞)年代:昭和63年

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毛筆謄写版印刷機「眞筆版」

北上屋商店製造、山内不二門により明治21(1888)年に発明された毛筆謄写版の初期のもので、明治30年代前半の製 品。毛筆謄写印刷機の現存機では国内最古のもの。現存謄写印刷機全体でも滋賀県東近江市にある堀井謄写印刷機一号機(1894年製)に次ぐ古いものであ る。 年代:1900頃

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堀井謄写印刷機・インキ

明治30年代後半の製造品。堀井謄写印刷機は1894(明治27)年に発明され、翌1895(明治28)年3月に特許登 録。これから15年間は堀井謄写堂の独占製造販売であり、機械の銘板にその旨が記載されており、1910(明治43)年以前の製造であることがわかる。付 属品のインキ缶・ヤスリ・ローラーも当時のものであり貴重である。 年代:1905頃

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堀井謄写輪転印刷機

堀井謄写堂製の謄写輪転機。大型の1号機と小型の4号機の2種類がカタログには載っており、当館で2台保有しているのは いずれも小型の4号機。発売されたのは明治末期から大正期にかけてであり、当館保有機は大正中期と推定される。ポータブルで持ち運びができる。カタログで は左右に紙置き・紙出し皿が付いているのだが、失われているのが残念である。 年代:1920頃

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ゲステットナー120謄写輪転機

ゲステットナー社は英国の印刷機メーカーであり、120謄写輪転機はその初期のもの。第二次世界大戦前の輸入品であり、 その当時家一軒建てられたくらいの価格であったと言われている。別記されている360謄写輪転機は戦後かなり普及した機械であり残存機も多いのだが、 120謄写輪転機は現存機がほとんど無く、可動品であり貴重なものである。 年代:1930年代

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謄写印刷機「豆謄写版」

ハガキ等小型印刷物制作のために用いられた印刷機。一般家庭に対して簡便な印刷機として売り出されたもの。当館では同じ 機械を2台保有しているが、1台はトーメイ社ブランドのものであり、1台は製造ブランドの他に「三越謄写版」の表示があり、今でいうダブルブランド製品の 初期のものであり、その点でも貴重なものである。更に小さい子供用謄写版もある。 年代:1930年代

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「海軍」名入れ蠟原紙(2種)

「海軍」の名前が入った堀井謄写堂製の蠟原紙である。2種類あり、一枚は原紙材質が良く何千枚印刷しても大丈夫なしっか りとしたものである。おそらく太平洋戦争開戦前後のものであろう。もう一枚は原紙材質がかなり悪く、50枚も印刷すると原紙が破れるような粗悪な品質のも のである。おそらく敗戦直前の原紙なのではないだろうか。蠟原紙一つを見ても戦争に勝っている時期と敗色濃厚の時期とでは全く違ったものであり、時代背景 がわかる生き証人としての価値もある逸品である。 年代:1940年代

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堀井謄写堂製「字消し剤」

「字消し剤」とは戦後「修正液」として普及したものであり、戦前の瓶だけでなく箱も残っている修正液は珍しい。その他に も戦前に使用されたインキ・鉄筆も残っており、そのほとんどが「堀井謄写堂製」である。 年代:1930年代

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堀井謄写堂製戦前ヤスリ

ヤスリには方眼(ABC)・斜体(ABC)・宋朝・絵画・線引・模様大別すると6種類があり、模様ヤスリの柄は何十種類 もある。材質は一般には木枠に鉄製のものが大部分だが、何種類かのヤスリがコンパクトにセットになったものや、珍しいガラスヤスリ等が存在する。当館では 古くは明治末期から戦前の堀井製、戦後の堀井・王冠・シャチ・ホースといった主メーカーの製品を保有している。また戦後、ヤスリ1枚につき1枚草間京平ら が制作した色刷りの解説書が付いていた。作品的にも高度であり、数十種類が存在する。 年代:1930年代

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ゲステットナー360謄写輪転機

ゲステットナー社は英国の印刷機メーカーであり、360謄写輪転機は戦後印刷会社などにかなり普及した機械である。配色 はグレーを基調として、ボタンが赤・青・黄色の3原色で表示されている。1950年代においては先進的な工業デザインとしても有名な機械であった。当館は 2台保有しているが、残念ながらいずれも可動品ではない。 年代:1950年代

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ゲーハー謄写輪転機

ドイツ製謄写輪転機であり、戦後に輸入された。ゲステットナー360機と同時期の機械だが、堅固であり、機械の上に照明 用の電灯がついているのが特長である。ゲステットナー360機に比べ価格が高かったからか、操作がしにくかったからか、輸入機総数が少なく、残存機はほと んど無い。当館では1950年代の初期機と、かなり後の機械の2種類が存在するが、残念ながら可動品でなく、残存部品も不完全である。 年代:1950年代

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ヤスリ入れ

俳優、佐藤 慶さんが製作・保有していたもの。佐藤 慶さんは1950年代に昼の劇団活動だけでは生活できなかったの で、夜はガリ版印刷物制作で生計をたてていた。このヤスリ入れは佐藤さんがレコード入れをヤスリが入るように改良したもので、他には見られないユニークな ものである。上がヤスリ入れ、下が鉄筆入れとなっている。あたかも「ヤスリ入れ」のために作られたような外観であり、素晴らしい逸品でもある。 年代:1952年頃

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萬古謄写印刷機

萬古(バンコ)は大阪のメーカーであり、サカタとともに関西の大手製造メーカーとして君臨した。萬古・サカタの謄写印刷 機は紙置きの部分がガラスになっており、自社マークがプリントされている。これは東京製品には見られないものであり、きれいな印象を与える名機である。 年代:1960年代

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鉄筆研磨機(草間京平作)

不世出の謄写印刷名人草間京平は謄写印刷技術の向上のための研究を生涯かけて追及し、同時に謄写印刷機資材の改良にも情 熱的に取り組んだ。鉄筆研磨機は何十年もの研究に末に1965(昭和40)年に完成・発売された。鉄筆による謄写印刷の最盛期を過ぎており、あまり効果が 無かったからか、ほとんど売れなかった。残存数はほとんど無い。草間京平の遺品であり、孔版作家本間吉郎氏からの寄贈品である。 年代:1965年

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堀井謄写堂案内ハガキ

堀井謄写堂外務員が地方出張する際にその日時を通知するハガキである。堀井謄写堂のハガキは、その他に注文確認書や納品 書等にも用いられた。当館保有堀井謄写堂ハガキは1906(明治39)年のものが最古で、その当時は堀井謄写堂独占製造・販売の時期であり、明治期の販売 方法が窺い知れる資料である。 年代:1906年

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堀井謄写堂商品カタログ

堀井謄写堂製の製品カタログ。当館では明治40年前後・大正期・昭和3年のものの3種類を保有している。謄写輪転機をは じめ印刷機・ヤスリ・小物から文具まで取扱品目は幅広く、堀井謄写堂は謄写印刷機器だけでなく、総合文具メーカーであった。カタログも豪華であり、表紙は 石版印刷の手の込んだもので、特に昭和3年のカタログの表紙は美術的にも一級品である。 年代:1920年代

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林商店商品カタログ

林商店は昭和初期から戦前戦後を通じて堀井・昭和謄写堂と並んで大手卸売業者でもあった。ホースブランドでの製造・小売 も行っており、この1928(昭和3)年製カタログは全ページ写真入りの石版印刷である。豪華なカタログからその当時の繁栄ぶりが窺える。 年代:1928年

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日本謄写芸術院会員作品

日本謄写芸術院は1930(昭和5)年、宮川 良が興した謄写印刷技術研究・普及団体であり、定期的に新聞・制作見本作 品集を発行した。作品集には草間京平や芥川清巳・岩根豊秀・鈴木藤吉といった名人たちが次々と作品を発表した。当館には1933(昭和8)年前後の同人作 品十数点が保存されている。日本謄写芸術院は太平洋戦争中の1942(昭和17)年、軍部からの圧力によりその活動に終止符を打った。 年代:1935年前後

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草間京平日本謄写芸術院作品

草間京平は日本謄写芸術院の技術顧問を務めており、日本謄写芸術院のために制作した作品が残されている。本名の「佐川義 高」で発表したもので、十数回重ね刷りを行った作品もあり、それらの作品は人間業を超えた美術作品として評価されている。当館には1933(昭和8)年に 制作された「台湾地図」「光と静寂とに恵まれた美術謄写印刷研究家工房」等数点が保存されている。 年代:1933年

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謄写印刷教則本(戦前)

戦前の謄写印刷教則本で当館保有のものは、芥川清巳「ゴシック書体の製版と印刷」野末亀治「謄写印刷の秘法」本山桂川 「謄写印刷の栞」等数冊あり、中でも芥川清巳の教則本は日本謄写芸術院から発行され、内容の素晴らしさは草間京平らから賞賛され、戦前を代表する優れた教 則本としての評価が高い。 年代:1930年代

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昭和10年前後のカフェチラシ

鈴木藤吉の作品。鈴木藤吉は山形県置賜地域で戦前に謄写印刷を営んでおり、日本謄写芸術院会員でもあった。現在約400 枚の謄写印刷チラシが現存しており、特にカフェのチラシは昭和初期当時の世相を反映した内容となっている。宮内町(現南陽市)の「ギンネコ」「キネマ」 「キネヤ」「宮沢」をはじめ、高畠町の「ハトミネ」等数点が現存している。 年代:1930年代

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昭和10年前後のチラシ

鈴木藤吉の作品。鈴木藤吉の作品は現在約400枚の謄写印刷チラシが現存している。靴屋・呉服屋・食堂等これらのチラシ は昭和初期当時の世相を反映した内容となっている。また、技術的にも手書きとは思えないような文字・イラストや、挿絵は技術水準の高さを示したものであ る。 年代:1930年代

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友野康夫作百人一首

友野康夫は岡山県の謄写印刷人である。戦後になって刊行した「孔版 楷体書鑑」は名著として知られる。戦前から名人とし て知られ、代表作がこの百人一首である。わずか名刺大の大きさの紙に百人一首を謄写印刷で筆耕・印刷したもので、米粒のような文字を拡大すると一文字一文 字はっきりと文字が読める人間業を超越した作品となっている。 年代:1930年代

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太平洋戦争中チラシ

鈴木藤吉の作品。太平洋戦争時の印刷物はわずかに2枚だけなのだが、「撃ちてしやまん」「敵性非国民」「戦車も軍艦もわ れわれの貯蓄から」といった内容は戦時中の世相を表し、貴重な資料となっている。 年代:1943年

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昭和謄写堂教則本

昭和謄写堂が刊行した教則本は十数冊あるが、その中でも「初等教本製版編(浅野一郎著)」と「初等教本印刷編(千田規之 著)」「楷書書体教範(三好 進著)」の三部作が著名であり、特に浅野一郎著初等教本製版編は1949(昭和24)年初版から1960年代末まで数十版を 重ねた。表紙は4種類存在している。初等教本についての近年の田中 栞氏の研究(「あうる」第86・87号)が秀逸である。 年代:1949年

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昭和謄写堂月報(全102巻)

昭和謄写堂は戦前の数年間と、戦後は1948(昭和23)年から61(昭和36)年まで延べ102号まで謄写印刷の技術 指標となった機関紙「昭和堂月報」を発行し続けた。幅 弓之助社長を中心として草間京平・千田規之・若山八十氏ら名人たちが寄稿し、製版印刷の大部分を小 針美男が務めた。後年創刊号から101号まで昭和堂に残っていた残部を70組限定で箱に入れて頒布した。当館ではそれに「幻の102号」を加え全巻保存さ れている。 年代:1948-60年

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若山八十氏個人誌「孔版」

若山八十氏の個人雑誌「孔版」は戦前に24冊、戦後1946(昭和21)年から56(昭和31)年まで約90冊が定期的 に刊行された。そのいずれも高度な技術と美術的色彩による作品であり、謄写印刷作品の最高峰の一つとして今も輝きを失っていない。当館では戦後の第6号か ら第88号までの中で52冊が保存されてある。他に若山作品では「魔法の鳥」「妖しい時間」「河童愛情記」等の孔版絵本があり、特に「魔法の鳥」は発泡ス チロールに印刷し、製本された日本一軽い絵本ではないかと思われる不思議な本である。 年代:1940年代

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謄写印刷60周年ポスター

草間京平が1953(昭和28)年に林商店からの依頼で制作した世界最大の鉄筆による謄写印刷物。縦978ミリ横774 ミリ。このポスターを制作するために原紙・ヤスリ・印刷機・ローラーが特注され、全く継ぎ目が無い。謄写印刷作品の一つの頂点を示す作品として貴重であ り、残存枚数もほとんど無い。 年代:1953年

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謄写印刷絵本「花咲く言葉」

1950(昭和25)年、植本浩嗣(十一)本文製版、草間京平挿絵製版による絵画絵本。当時1200部制作され、図書 館・施設等公共施設に1000部寄贈され、残りが謄写印刷研究者らに頒布された。植本浩嗣は楽譜製版名人として名高く、後に全日本謄写印刷業連盟(日謄 連)会長をつとめた。 年代:1950年

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俳優佐藤 慶制作印刷物

俳優、佐藤 慶さんは1928(昭和3)年12月、福島県会津若松市に生まれ、会津若松市役所勤務後、俳優を目指して上 京、俳優座研修生となった。俳優活動だけでは生活できずに、夜間はガリ版の仕事で生計をたてていた。佐藤 慶さんが制作した印刷物は俳優座文書の他に教科 書の準備稿・団体会報・同人誌等多岐に渡っている。 年代:1950年代

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佐藤 慶制作俳優座名簿

俳優、佐藤 慶さんが制作した俳優座関係の印刷物の中でも、1952(昭和27)年くらいの時期に制作された俳優座養成 所の研究生名簿は演劇史上貴重な資料であり、若き日の佐藤 慶、仲代達矢(元久)、小沢昭一、渡邊美佐子、佐藤 允など後年活躍する俳優の名が記されてい る。 年代:1952年頃

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物流現場再現模型「新発田駅の貨物上屋」

新潟県旧国鉄新発田駅の昔の貨物上屋を再現した模型。昭和30年代前半に撮影された写真と、当時新発田駅で働いていた 方の記憶をもとに製作した。雪の多い地方だけあって、貨物上屋の屋根には角材を使った雪留めが施され、また、風雪から貨物を守るために羽目板の壁が張られ ている。手前のガラス窓の事務所は通称「トラバコ」と呼ばれていた。建物の壁に立てかけられているスノコは、仕事が終わったあと、人が入らないようにホー ムの両端の入口に立てかけて仕切りとしたもの。当時、新発田駅では鉄道による米穀輸送が大変盛んで、この模型も秋の新米出荷時の設定。 年代:昭和30年代前半(1950年代後半)

情報所有館 : 物流博物館 


物流現場再現模型「品川宿の問屋場」

江戸時代の品川宿の問屋場の模型。この時代の荷物運搬方法は、宿場ごとに荷物を運ぶ人足や馬を交代し、リレー形式で運ぶ というもので、宿場で人馬を交代する場所を問屋場といった。この模型は、品川歴史館で所蔵している江戸後期の品川宿の問屋場の図面をもとに製作し、人馬や 旅人など街道の様子は浮世絵などを参考にした。 年代:江戸時代

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第一号通運丸復元模型

明治10年に内国通運会社が就航させた蒸気船通運丸の第一号船の復元模型。通運丸は江戸川・利根川・霞ヶ浦・北浦・東京 湾などで乗客や貨物の輸送を行った。大正8年以降は東京通船株式会社が運航した。第一号から五十六号まで確認でき、少なくとも計87船体が建造された。模 型制作に必要となる図面は、実際の第一号通運丸を建造した石川島平野造船所の後身、石川島重工業株式会社(当時)の造船設計部の2名の技術者によって、昭 和32年(1957)にさまざまな資料をもとに推定復元された。内国通運会社の後身である日本通運株式会社では、この成果を用いて日通創立20年周年を記 念し本資料を製作した。 年代:明治10年(1877)

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伝馬朱印状

「この朱印がない場合は、伝馬を出してはならない」との内容で、徳川家康が慶長6年正月に東海道を制定した際に各宿に出 された伝馬朱印状。本史料は東海道桑名宿に宛てたもの。伝馬とは、宿場が用意する輸送用の馬のことで、同じ伝馬朱印の押印された伝馬手形を所持する公用旅 行者は、無料で人馬の提供を受けることができた。 他に老中などの証文によっても無賃となった。また、大名や公家、一部の寺社なども時価の半額ほどで伝馬を利用できた。一般の場合は相対による時価で宿場の 人馬を利用した。:慶長6年(1601)

情報所有館 : 物流博物館 


石炭のテングドリ荷役のパイスケとガンヅメ

テングドリ荷役とは、九州地方で物を手から手へ渡して運ぶ荷役法のことを言い、かつて汽船の燃料用石炭の積み込み作業 の際などに行われていた。石炭を積んだ艀(はしけ)から本船の舷側にはしご段をかけ、そこにずらりと並んだ仲仕の人々が、10kg位の石炭を入れたパイス ケ(バイスケともいう。バスケットがなまった言葉で、石炭や土砂などを運ぶザルのことをいい、地方によっていろいろな形態がある)を順送りに手渡しして荷 役する。明治時代から昭和30年代まで行われていた。ガンヅメは、パイスケに石炭を入れるときに使用したもの。どちらの資料も、門司港で使用されていた。 年代:昭和30年(1955)頃

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マンボウ

マンボウとは荷役の現場で広く使用されていた道具のひとつで、荷を担ぐ人に棒を1本ずつ手渡し、蔵などに運び込んだ際に それを回収することで、荷をいくつ運んだか確認するために用いられた。 年代:昭和時代

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