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ラシーン

1993年(平成5年)の東京モーターショーに出展され、翌1994年(平成6年)より市販化されたコンパクトRVがラシーンです。B13型サニーの4輪駆動モデルをベースに、ボクシーなスタイルのボディに組み込んでいるラシーンは、本格的なオフロード走行を目的とした4輪駆動モデルではありませんが、手軽でタフなシティコミューターとして、2000年に生産が終了した後でも高い人気があります。エンジンは1500cc直4のGA15DE型を搭載していましたが、1997年(平成9年)にはマイナーチェンジが施された際に、1800ccのSR18DE型に替わっています。また1998年(平成10年)にはスポーティ・グレードの…年代:1994

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マーチ2ドア i-z-f K11

日本のみならず、世界的なシェアを誇るコンパクトカー、日産マーチ。その2代目のK11型は、1992年(平成4年)にリリースされました。全体的に角張っていた初代の角を落とし、少し膨らませたようなやさしいエクステリアのデザインは、CADコンピューターからはじき出されたもので、コンパクトなボディにプレミアム感を与えています。ボディは、先代同様に3ドアと5ドアがあり、エンジンは1,000ccと1,300ccが用意されていました。5-7年程度でフルモデルチェンジしてしまうことが多い日本車の中にあって、初代が9年、2代目は10年とモデルライフが長いこともマーチのデザインやメカニズムが秀作である証といえるでしょ…年代:1992

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スカイラインGTS25 4ドアセダン R32

8代目となるR32型スカイラインは、1989年5月(平成元年)に「超感覚スカイライン」のキャッチコピーとともに登場しました。R32型の最大の話題は、16年ぶりにGT-Rのネーミングが復活したことでしたが、そのほかのシリーズ・モデルにおいてもスタイリングから足まわりなどの機構部分にいたるまで、完全に刷新され、サイズ的にも若干小さく、スポーティになったことで多くのファンの心をつかみました。ボディ形式は、ピラードハードトップの4ドアセダンと2ドア・クーペの2つです。1991年(平成3年)にはマイナーチェンジが施され、その際に新開発となる2500ccのRB25型エンジンを搭載するGTS25が追加され…年代:1989

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レパード4ドアH/T XR

レパードは、1980年(昭和55年)にブルーバードから派生することで登場したパーソナルセダンです。1996年(平成8年)にフルモデルチェンジが行なわれてデビューした記念車の4代目は、Y33型のセドリック/グロリアの基本構造やデザインを多く流用した標準的なセダンになっていました。搭載エンジンは、V型6気筒の160馬力のSOHCVG30E型と、V型6気筒DOHCのVQ型で、220馬力の2987ccのVQ30DE型、270馬力のターボ付VQ30DET型の3タイプが用意されました。マイナーチェンジでVG30EとVQ30DE型が廃止されましたが、230馬力の直噴VQ30DD型、235馬力で4WD…年代:1980

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SUPER GT 08 GT-R

市販車の発売とともにサーキットにも姿をあらわしたスポーツカーファン注目の1台、ニッサンGT-R(CBA-R35型)。市販車では、4WDのメカニズムを持つGT-Rですが、スーパーGT用のマシンではFR(フロントエンジン・リヤドライブ)というレイアウトを採用しており、かつてのスカイラインGT-Rに共通したものになっています。エンジンは前年フェアレディZに搭載され、開発が進められてきた自然吸気の4500ccのV8エンジン、VK45DE型で、トランスアクスル化されている6速シーケンシャルギアボックスもまた、前年までの「スーパーGT」のフェアレディZで熟成されたものを搭載しています。デビューシーズンと…年代:2008

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2007年 SUPERGT GT500 ザナヴィニスモ Z #23

翌年にGT-Rのデビューを控え、2007年(平成19年)はフェアレディZ(Z33型)にとって最後のシーズンとなりました。2007モデルのフェアレディZのトピックはエンジンで、2006年(平成18年)シーズンの最終戦で先行投入された4,500ccのV8、VK45DE型が搭載されました。この自然吸気ユニットはターボに比べトルクは少なくなりますが、ターボラグがないためコーナーでのドライバビリティに優れ、またインタークーラーに空気を送るエアインテークが必要なくなり、空力性能が向上するなどの特徴があります。本山哲とリチャード・ライアンというチャンピオン・コンビが復活したザナヴィニスモZは、開幕戦で2位、…年代:2007

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セドリック ブロアム VIP PY32

8代目になるセドリック(PY32型)は、1991年にデビューしました。5代目(430型)以来受け継がれてきた直線基調のエクステリアは、ボクシーなスタイルでありながら、抑揚の効いた曲線を採り入れたデザインにイメージチェンジしています。また、角型ヘッドライトが目を惹く記念車の「ブロアム」をラグジュアリーな豪華モデルとし、もう一方の「グランツーリスモ」は丸目4灯ライトを採用し、スポーティイメージを牽引しました。プラットフォーム(車体)は、新世代となるLLクラス用を採用しています。搭載エンジンは、2,000ccのVG20E型、PY31型から受け継がれた3,000ccのVG30E型、3,000ccのV型6気筒…年代:1999

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NISSAN GT-R

1999年(平成11年)1月登場のR34型スカイラインGT-R以来、途絶えていた「GT-R」は、スカイラインの冠をはずし、ニッサンGT-Rとして2007年(平成19年)12月より販売がスタートしました。発売前から注目度は非常に高かったのが、新世代GT-Rの特徴です。日産のみならず、日本を代表するスポーツカー、量産車として世界最高レベルのスポーツカーを目指すという哲学を貫き、送り出されました。2001年(平成13年)秋の東京モーターショーでまず、「GT-Rコンセプト」が出展され、2003年(平成15年)秋の同ショーでは、カルロス・ゴーン社長が「GT-R」の復活を高らかに宣言し、2007年(平成…年代:2007

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SUPER GT2008 #23 XANAVI NISMO GT-R

市販車の発売とともにサーキットにも姿をあらわしたスポーツカーファン注目の1台、ニッサンGT-R(CBA-R35型)。市販車では、4WDのメカニズムを持つGT-Rですが、スーパーGT用のマシンではFR(フロントエンジン・リヤドライブ)というレイアウトを採用しており、かつてのスカイラインGT-Rに共通したものになっています。エンジンは前年フェアレディZに搭載され、開発が進められてきた自然吸気の4500ccのV8エンジン、VK45DE型で、トランスアクスル化されている6速シーケンシャルギアボックスもまた、前年までの「スーパーGT」のフェアレディZで熟成されたものを搭載しています。デビューシーズンと…年代:2008

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アーレンス‐フォックス消防ポンプ自動車

1924(大正13)年にアメリカから輸入され、丸の内分署(現在の丸の内消防署)に配置されました。アーレンス‐フォックスの名前の由来は、設立者である蒸気ポンプ製造者と市消防局の副署長の名前をあわせたものです。エンジン前方にポンプを抱えたスタイルはこのメーカー独特のものです。1946(昭和21)年まで活躍しました。□出力:85馬力□最高速度:72km/h□放水量:2700L/min年代:1924

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スタッツ消防ポンプ自動車

1924(大正13)年、関東大震災の傷あとも治らない頃、アーレンス‐フォックス消防ポンプ自動車と前後してアメリカから輸入され、第五消防署(現在の上野消防署)に配置されました。ノーザン・ポンプ社のロータリー・ポンプが、運転シート下の車体中央に設置されています。消防車にしておくには惜しいほどの見事なプロポーションは、当時の人々の目を引きました。1953(昭和28)年まで活躍し、走行距離は3万kmに及びます。□出力:140馬力□最高速度:80km/h□放水量:2000L/min年代:1924

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いすゞ・メッツ梯子自動車

1925(大正14)年にドイツから輸入され、第一消防署(現在の日本橋消防署)に配置されたものです。1959(昭和34)年にシャシが老朽化したため、いすゞ社製のバスシャシにカールメッツ社製の梯子を載せかえました。路面が傾斜していても梯子を水平に伸ばせる制御装置が組みこまれており、当時から安全への工夫がされていました。また、梯子の操作はすべて機械式で、現場に到着後ただちに梯子を伸ばせる速さは、現在の油圧式に勝るとも言われています。1971(昭和46)年まで活躍しました。□  出力:135馬力□最高速度:75km/h□全伸長:24m年代:1925

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マキシム消防ポンプ自動車

1929(昭和4)年に輸入され、神田消防署に配置されました。小回りがきくことから、狭い脇道でも使え、大いに重宝がられて、1953(昭和28)年まで、20年以上第一線で活躍しました。ノーザン・ポンプ社のロータリー・ポンプを搭載し、当時としては、強力な放水量を誇りました。□ 出力:100馬力□最高速度:80km/h□放水量:2800L/min年代:1929

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ベンツ・メッツ梯子自動車

メルセデス・ベンツのシャシにカールメッツ社の梯子を載せた車です。1955(昭和30)年5月に丸の内消防署に配置され、1975(昭和50)年の池袋消防署を最後に引退するまで、20年間活躍しました。その間の出場件数は4000件を越え、中でも引退直前の、池袋におけるビル火災で猛火の中から5人を救助したことは印象に残ります。機械式の梯子自動車としては最後のものです。□出力:125馬力□最高速度:70km/h□全伸長:32m    年代:1955

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ニッサン180型消防ポンプ自動車

本格的な国産消防ポンプ自動車の第1号といわれています。1941(昭和16)年に蒲田消防署に配置されました。戦時中は、空襲火災の消火活動で大きな力を発揮しました。戦後も都民の安全を守り続け、1964(昭和39)年までの23年間活躍しました。□出力:80馬力□最高速度:100km/h□放水量:1700L/min年代:1941

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トヨタ救急自動車

旧来のボンネット型からストレッチャーの積載等の装備の充実のため開発され、高規格救急車が導入される1991(平成3)年まで、標準的な救急車として活躍していた救急自動車です。この車は1988(昭和63)年に赤羽消防署に配置となり、1996(平成8)年まで救急の最前線で活躍した車両です。ちなみに、救急車のサイレン音がいわゆる「ピーポー音」に変更になったのは、1970(昭和45)年7月からで、1972(昭和47)年6月までに切り替えられました。□出力:88馬力(65kW)□排気量:1,998L□乗車定員8名□トランスミッション:4AT年代:1988

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イベコ・マギルス梯子自動車

イベコ社のシャシにマギルス社の梯子(鋼製4連油圧式30mバスケット付)を載せた車です。1983(昭和58)年に志村消防署に配置されました。バスケット内で操作が可能で、起伏角が水平下まで対応できます。引退する2000(平成12)年まで高所からの人命救助や消火活動に活躍しました。□出力:256馬力(188kW)□起伏角度:75°~-15°□先端許容荷重:バスケット+180kg年代:1983

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アエロスパシャルアルウェット3型

1972(昭和47)年、東京消防庁航空隊に第3号機として配置され、「かもめ」と命名されました。以後16年間、災害や救急患者の搬送に活躍し、その運航時間は4957時間50分に及びます。□出力550馬力□最高速度210km/h□搭乗人員7名年代:1972

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シュド・アビエーションアルウェット3型

東京消防庁に航空隊が設置されたのは、1966(昭和41)年11月です。その翌年に、フランスのシュド・アビエーション社から1号機として購入し、「ちどり」と命名して、1967(昭和42)年4月から運行を開始しました。航空隊は、空からの人命救助、消火活動、人員・資器材の搬送、現場の映像伝送、更に島しょ地域の救急患者の搬送など、広い範囲に活躍します。また、地上の活動が制限される大震災時などには、その活躍が大いに期待されています。□出力:550馬力□最高速度:210km/h□搭乗人員:7名年代:1967

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アエロスパシャルSA365N型ドーファン2

アエロスパシャルSA365N型ドーファン2は、消防ヘリコプターちどり1号の後継機で、東京消防庁がドーファー型ヘリコプターとして初めて採用した機種です。1982(昭和57)年4月から1997(平成9)年3月の15年間、空の消防隊として都民の安全を守るために活躍、この間に875件もの災害に出場し、合計526名の人々をこの機体で運びました。1983(昭和58)年の三宅島噴火災害、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災などの災害に出場しました。□機体全長13.46m重量4,000kg□最高速度315km/min□航続時間2時間45分□航続距離715km年代:1982

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二輪消防車(赤バイ)

交通渋滞が著しいことを背景に、1969(昭和44)年、暫定的に運用を開始し、2年後には3台のオートバイを購入して日本橋、牛込、小岩の各消防署で正式に運用を始め、1976(昭和51)年まで活躍しました。展示品は、その後配置換えになった八王子消防署のものです。年代:1969

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馬牽き蒸気ポンプ

消防用蒸気ポンプがイギリスで普及したのは、1860年代のことです。わが国は、1870(明治3)年に、早くも最初の蒸気ポンプを購入しています。その後、輸入したり国内で造られたりした蒸気ポンプは、全部で15台に達します。この展示車は、1899(明治32)年に製造された国産車です。石炭で火をおこしてから、放水に必要な蒸気圧力が得られるまで約20分を要しました。■出力:20馬力(1時間に22kgの石炭をたいた場合)□最大加圧:17kg/平方cm□放水量:1000L/min□放水距離:45m年代:1899

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龍吐水

放水するところが龍が水を吐く姿に似ていることから、この名前が付けられました。1754(宝暦4)年に、長崎で発明されたという説や、享保年間(1716~1736)に、オランダから渡来したという説があります。年代:江戸時代

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水鉄砲

江戸時代に玩具として子供に人気のあった水鉄砲を大きくしたもので、龍吐水の補助として使用されました。1798(寛政10)年には、江戸幕府から江戸の町々に対し、飛火防御用として水鉄砲を備えるよう指示されました。年代:江戸時代

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大刺又

戸や柱、壁などを打ち破って、家屋を押し倒すときに使いました。長さはおよそ5mほどですが、他にさまざまな長さのものがありました。年代:江戸時代

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鳶口

火事場で、天井や屋根を破壊するのに使用されたもので、棒の先端の鉤の形が、鳶の嘴に似ていることから、この名前が付けられたといわれます。鳶頭は、柄の長さが60cmほどの指揮鳶、平人足は170cmほどの長鳶を使ったと言われています。年代:江戸時代

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高 札

1771(正徳元)年に出された町触れを知らせる高札です。放火犯や火事場泥棒をかくまうだけでも重罪になることなどが記されています。年代:1711

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車長持

保険制度がなかった江戸時代、火事になると大切なものは長持ちに入れて運び出し、自分で守るしかありませんでした。しかし車長持は逃げ道をふさぎ、かえって被害を大きくすることが多く、1683(天和3)年以降禁止されました。年代:1683

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火災報知受信機

消防署に設置された受信機です。1920(大正9)年に、東京の公衆用の火災報知機が街頭に設置され、発信機を作動させることにより、火災の通報場所を受信しました。年代:1920

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火災報知発信機

街頭に設置された発信機です。発信機のボタンを押すことにより、火災の場所を消防署へ通報する仕組みでした。年代:1920

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ガソリンポンプ

1912(大正元)年、国産のガソリンポンプが開発され、蒸気ポンプよりも性能が高く、運転も簡便なため、全国に普及していきました。展示されているガソリンポンプは、1943(昭和18)年製のものです。年代:1943

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刺子伴纏

刺子伴纏は木綿の布地を二重三重に重ね合わせてつくられており、吸水性が良く、火事場に赴く時には、頭から水をかぶって出場したと言われています。年代:江戸時代

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半  鐘

1849(嘉永2)年に鋳造されたものです。自身番屋に設けられた火の見梯子に吊るされ、火事を付近に知らせました。年代:1849

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消  札

町火消は、それぞれの組の消口に、この札を竹ざおに吊るして軒下、屋根に下げました。消口とは火消たちが消火にかかる場所のことです。年代:江戸時代

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伴 纏

町火消の伴纏です。町火消の伴纏は、文字や柄模様で組・階級を表していました。これは、火事場の混乱の中での統制をスムーズにするのに役立ちました。年代:江戸時代

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革 羽 織

江戸時代、革羽織は専ら武家火消の火事装束として使われていました。革は火に強く、特にテンの革は火にあたると柔かくなると言われ重宝されました。年代:江戸時代

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丸太梯子

大正時代から昭和初期にかけて、消防ポンプ車に積載し火災現場で使用しました。通常は丸太のように1本になって収納されていたため、1本梯子とも言われ、拡げると幅40cm、長さ360cmになります。年代:大正時代

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救助はしご車

救助はしご車は、1903(明治36)年、ドイツから輸入されたのが始まりで、はしごを伸ばした長さは約18mあり、2頭の馬で引きました。年代:1903

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戦時中の消火器具

火元に投げつけて消火する「防火弾」「手榴弾消火器」のほか、消火用として砂が備えられました。年代:昭和時代

情報所有館 : 消防博物館 


武家火消装束一式

武家火消が火事場に出場するときに着用した羽織はかまです。馬上で警備・指揮にあたる際、威儀を正すための礼装でもありました。年代:江戸時代

情報所有館 : 消防博物館 


ドレーゲル式酸素呼吸器

耐火建物等の火災に対応するため、1951(昭和26)年、ろ過式防煙具に代わり、ドレーゲル式酸素呼吸器が採用されました。酸素ボンベによる定量補給式の圧縮酸素型循環式呼吸器で、約1時間使用することができます。年代:1951

情報所有館 : 消防博物館 


携帯無線機

1953(昭和28)年東京消防庁に初めて携帯無線機が導入されました。展示品は、6年後の1959(昭和34)年に運用が開始されたものです。年代:1959

情報所有館 : 消防博物館 


世界初のフェライト磁石を搭載した自転車発電ランプ

創業期に副業として製作販売した。世界で初めてのコバルト系フェライト磁石を搭載し、従来の金属磁石よりも小型軽量化が出来、国内販売のほか、欧米にも輸出された実績を持つ。年代:昭和12年

情報所有館 : TDK歴史みらい館 


世界初のフェライト磁石を搭載した手動式ホタル電灯

創業期に副業として製作販売した。手動式ポータブル発電ライトで、世界で初めてのコバルト系フェライト磁石を採用、従来の金属磁石に比べ、小型軽量化が出来、国内で販売実績を持つ。21世紀の今災害用サバイバル品として手動式ライトが各種販売されているが、その原型である。年代:昭和12年

情報所有館 : TDK歴史みらい館 


世界初の無線機用フェライトコア

旧日本陸軍・海軍の無線機用に大量に採用され供給する。陸軍では通常無線機のほか戦車用無線、海軍では艦船用無線機のほか航空機用無線・潜水艦等に大量採用され、フェライト特許は秘密特許に指定され、昭和18年から工場は軍の監督工場、フェライトは軍の厳重管理品として、極秘管理された。年代:昭和12年~

情報所有館 : TDK歴史みらい館 


世界初のフェライト(オキサイドコア)のカタログ

日本のオリジナリティーである磁性材料/フェライトを、世界で初めて工業化し、「高周波磁心(オキサイドコア)」として検討用に作成した世界初のカタログで、フェライトの実功透磁率、温度特性、直流による変化等を表示して、当時の無線機器・ラジオなどの通信機器メーカー・旧陸・海軍研究所、逓信省電波試験所等で用途研究に広く検討・活用された。年代:昭和13年

情報所有館 : TDK歴史みらい館 


世界初でラジオにフェライトを応用した真空管式ラジオ(TDKポータブルラジオ)

創業期に副業として製作販売した。フェライトの用途開発で、世界初の応用例がこのラジオであり、当時のポータブルラジオも日本では当時初めて。日本や輸出品として欧諸国に約1万個の生産実績を持つ。これを契機に、ラジオ・無線機や電話線輪などの用途の実用化が推進する。年代:昭和13年

情報所有館 : TDK歴史みらい館 


バリコンレスμ同調方式ラジオのフェライトロッド

戦前の日本のラジオ(並四方式)は、周波数の選局同調に大型のバリコンを採用していたが、これをフェライトロッドを採用して移動することでμ同調選局化ができたのは、日本独自技術であり、当時の松下無線(松下電器産業)がラジオに大量に採用した。(初期のフェライトロッド棒状コア)年代:昭和15年

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中間周波トランス用ビス付きフェライトコア

戦前の日本のラジオ(並四方式)は雑音が多い為、戦後GHQの指令に基づきスーパーヘテロダイン方式への変更命令により、「中間周波トランス」の採用で、フェライトコアが不可欠品となり、大量供給を開始し、増産体制で、これを機に戦後のフェライト生産が軌道に乗る。(ビス付フェライトコア)年代:昭和23年

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ステアタイト磁器(MgO・SiO2系)

当時の真空管の台座、トランス用基板はベークライトの為、耐熱性の高いステアタイト製の要求から、材料開発とフェライトの生産技術の延長で可能とし、真空管メーカーやトランスメーカに供給する。年代:昭和24年

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