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市販乗用車をベースにしたマシンで、「ラリーの日産」と称される黄金時代を築くばかりではなく、SUV型の車両で挑むラリーにも日産自動車は積極的に参戦してきました。このテラノは、1995年(平成7年)に誕生した2代目モデル(R50型系)をベースに、2000年(平成12年)に開催された第6回ラリーレイド・モンゴルに参戦。スカイラインGT-Rなどで輝かしいレース成績を誇る、長谷見昌弘選手と息子の長谷見智之の組で出場しました。首都ウランバートルを起点に、3583km以上にもおよぶコースが設定された同大会において、2位のマシンに4時間もの大差をつけて2年連続の総合優勝とTI(市販ガソリン車無改造)クラス優…年代:2000
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レースに勝つために生まれたスカイラインGT-Rは、1999年(平成11年)1月に誕生した5代目(R34型)においても、そのポテンシャルの高さをいかんなく発揮しました。本車両は、そのデビューイヤーに開催された全日本GT選手権(JGTC)のシリーズ全6戦において、熟成されたレース仕様のRB26DETTエンジン(最高出力500馬力)や、シャシー性能などを武器に、常に安定したハイポテンシャルを発揮。見事にシリーズチャンピオンの座を射止め、前年に出走していた3代目(R33型)に続き、2年連続の王座を獲得しました。なお、市販仕様の同車はFR(フロントエンジン・リヤドライブ)を基本に、必要に応じて駆動力を…年代:1999
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90年を最後に中断していた日産ル・マン挑戦は'95年、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)によって再開され参戦、しかし、スカイラインGT-Rの改造だけでは上位入賞は困難でした。そこで、'96年ル・マンでは、最新だったスカイラインGT-R(R33型)を大幅にモディファイしたル・マン専用GTカー「NISMOGT-RLM」を製作して挑むこととなりました。しかし、ル・マン24時間レースには「GTクラスに出場する車両は一般公道を走行できる車両が存在しなければならない」という規定がありました。このため、ニスモは「NISMOGT-RLM」のベース車となるロードカーを制作、英国で…年代:1996
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スカイラインGT-R(R33型)でのル・マン24時間レース参戦は、1995年(平成7年)と翌1996年の2年間に及びましたが、これを引き継ぐマシンとして誕生したニッサンR390GT1も、出走資格である主催団体の公認を取得する必要がありました。そのため、一般公道を走行する際に必要な安全装備を施すなどして、実際に登録を行いホモロゲーション(レース参戦資格)を得る為に作られたのがこの記念車です。一般への販売は行われませんでしたが、もし市販化されたら1億円は下らないだろう、という噂が当時のレースファンの間ではささやかれたモデルでもあります。年代:1998
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日産自動車は、1986年(昭和61年)にル・マン24時間レースに初挑戦しましたが、ニッサンR390GT1で参戦した1998年(平成10年)は、ベストな結果を得られた記念すべき年でした。出走した3台すべてが完走を果たし、うち2台が総合5位と10位でチェッカーフラッグを受け、3人の日本人名ドライバーがステアリングを握りました。「元祖・日本一速い男」の星野一義、後にF1ドライバーとなった鈴木亜久里、当時の若手ナンバーワンドライバーであった影山正彦が駆るこの32号車は、予選14番手からスタート。当時1周13km以上のコースを347周して見事総合3位を獲得したのです。本車両は、日産自動車のル・マン24…年代:1998
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日本を代表する高級車として、長きに渡り愛されたセドリック。名プロ野球プレイヤー・長嶋茂雄さんが結婚した1965年(昭和40年)の10月に、2代目モデルとなる130型が誕生しました。ハイウェイ時代、モータリゼーションの本格発展の到来を見据えた、流麗なボディスタイルは、「フローイングライン」と命名されました。これは、大自然の中で空気がつくりだす美しい流れをイメージしたものです。もちろん、高速走行性能はもとより、静粛性や安全性も大きく高められました。本車両のスペシャル6は、直列6気筒OHC・1998ccで最高出力を105馬力としたL20型シングルキャブレター仕様を搭載しています。年代:1966
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マイカー時代をぐいぐいと牽引した、通称「ゴーイチマル」こと3代目ブルーバード(510型系)は、1967年(昭和42年)に生まれました。前席サイドウインドウの三角窓を廃し、すっきりとしたフォルムは「スーパーソニックライン」と称され、多くのファンから愛されました。また、セダンのみならず、よりスポーティなクーペもラインナップして当時の若者たちの憧れにもなりました。この1600SSSクーペは、1969年(昭和44年)式です。エンジンは高回転性能にも優れる、最高出力100馬力の直列4気筒OHC・1,595ccのL16型を搭載しています。ブルーバードに設定されたSSSは、スカイラインのGTと同様に、日産の…年代:1969
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日産自動車のコンパクトカーとして、愛され続けているマーチ。初代モデルは、1982年(昭和57年)10月に発売されました。経済的で扱いやすいFF(フロントエンジン・フロントドライブ)、1,000ccエンジン、そしてファッショナブルなキャラクターで、行動的な女性を中心に人気を獲得していきました。記念車のコレットは、当時の最上級Gグレードをベースに、よりおしゃれで豪華な装備をプラスしたモデルで、さらに女性ユーザーから支持されることになりました。また、後にパンプス、i・Z(アイ・ズィー)など洗練された装備や仕様を採用した車種が、誕生するきっかけにもなったモデルです。エンジンは当時のリッターカーとしては…年代:1985
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世界でも屈指の過酷さを誇るフランスのル・マン24時間レースへの挑戦は、日産車の信頼性や先進性をより高める、価値ある実験の場でもありました。1998年(平成10年)に同レースへ挑み、過去のチャレンジも含めて日産最高位の総合3位を収めたR390GT1の32号車のレプリカモデルです。ベースとなっているのは同じレースで実際に走り、総合6位となった31号車のゼッケンやスポンサーカラーを変更したもので、搭載されているVRH35L型エンジン(V型8気筒DOHC・3,495cc、最高出力650馬力以上)など、メカニズムは同一の仕様となっています。年代:1998
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初代モデル(ALSI)から数えて9代目になるR33型は、1993年(平成5年)8月19日に発売されました。このモデルで4ドア/2ドアとも3ナンバーボディとなりエンジンは全て直6のRB系になりました。R33型のGTRは、2年後の1月6日に発売になり、同年4月に鈴鹿で行われた'95年JGTC開幕戦で、このレースをデビューウインで飾りました。本車両は、1998年(平成10年)の同選手権において、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)のワークスマシンとして参戦。エンジンの排気量を2,600ccから2,708ccに拡大し、最高出力は500馬力以上になっています。このマシンはシリーズ…年代:1998
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直列6気筒エンジンを搭載した最後のスカイラインGT-RとなるR34型は、1999年(平成11年)1月に販売が開始されます。スカイラインGT-R歴代のモデルが、数々の栄冠を勝ち取り、伝説を打ち立てたレースの世界へも投入されました。本車両は、2000年の全日本GT選手権(JGTC)のGT500クラスに、元F1ドライバーの片山右京選手と、後にテニスプレーヤー・伊達公子さんの夫となる、ミハエル・クルム選手がコンビを組んで参戦した、ニスモのワークスマシンです。駆動方式は市販車の4WDとは異なり、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)を採用しています。年代:2000
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ダットサン、ブルーバード、フェアレディZ、バイオレット、シルビアなどバラエティに富んだマシンを投入し、日産自動車は過酷な海外ラリーに積極的にチャレンジしてきました。1990年(平成2年)に誕生した4代目パルサー(N14型系)の超スポーツモデル・GTI-Rは、1991年(平成3年)と翌年の世界ラリー選手権(WRC)に参戦しました。市販仕様のパルサーGTI-Rは、コンパクトなボディに強力な直列4気筒DOHCターボのSR20DET型エンジンを搭載し、アテーサE-TSという日産独自の4WDシステムを採用していたことなどが、ラリー参戦のために白羽の矢が立てられた理由です。実戦では、エンジンパワーを30…年代:1992
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スポーツプロトタイプカー(グループCカー)による、全日本選手権がかかった耐久レースでも、日産車は数々の伝説を生んでいます。このR92CPは、全日本選手権を争う最後の年のレースに挑みましたが、全6戦のすべてでターボ車クラスの優勝を飾り、1991年(平成3年)から続く、製造メーカーとドライバーの両部門を3年連続で制覇するという偉業を達成しました。なお、ニッサンR92CPは、V型8気筒DOHCターボ・3,496cc、最高出力800馬力以上のVRH35Z型エンジンなどの基本的なメカニズムは、その前年のシリーズを戦った、ニッサンR91CPに準じています。年代:1992
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ターボエンジンを搭載したマシンで、日産自動車に数々の栄誉とノウハウをもたらせたグループCカーによるレースは、1993年(平成5年)からターボチャージャーの使用が禁止されることになりました。そのため、この規則に合致して、なおかつ勝利を獲得するために、自然吸気エンジンのVRT35型エンジン(V12型DOHC・3,499cc、最高出力630馬力以上)とともに、ニッサンP35を開発しました。このマシンは、世界選手権シリーズにも投入される予定でしたが、同選手権の開催が中止になった事などから、日産はグループCカーによるレース活動を休止することとなり、NP35/P35の開発も打ち切られた。このため、実戦で…年代:1993
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ターボエンジンが禁止になった、1993年(平成5年)のグループCカー規定に合わせて開発されたマシンのうちの1台です。国内選手権用に作られたNP35同様、V12・3,500ccの自然吸気エンジンを搭載しています。シャシーの開発を担当した米国NPTI社は、このマシンで同年、米国内で開催されるIMSA選手権を戦う予定でしたが、このマシンも83号車と同様にプロジェクト中止となったため、残念ながら幻のマシンとなりました。年代:1993
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1991年(平成3年)に国内で開催されたスポーツプロトカー耐久レースで、全7戦中5勝という圧倒的な強さを誇り、ドライバーズチャンピオンとなった星野一義/鈴木利男選手組のマシンです。翌1992年(平成4年)も同じコンビで、全6戦中5勝をあげ、連続王座を見事に堅守しました。日産自動車に、3年連続のダブルタイトル(メーカー部門、ドライバー部門)の栄誉をもたらしました名マシンです。心臓となるVRH35Z型エンジンは、V型8気筒DOHCツインターボで、最高出力は800馬力以上を誇りました。これを搭載した車体の重量は、1トンにも満たない重量でしたので、現在の軽自動車並の軽量マシンといえるでしょう。年代:1992
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アポロ11号が月面へ着陸した1968年(昭和43年)の7月、スカイラインはフルモデルチェンジを行い、3代目となるC10型系に生まれ変わりました。このクルマは、日産自動車と旧プリンス自動車工業の合併後初の新型スカイラインということで、大きな注目を集めました。発売当初は1,500cc、1,800cc、2,000ccエンジンと、4ドアセダンのみでバリエーションを構成していましたが、2年後の1970年(昭和45年)10月に待望の2ドアハードトップシリーズが登場しました。さらに、翌年9月には、直列6気筒OHC・1,998ccのL20型エンジンに、SUツインキャブを備えた2000GTの上位モデル、GT-X(ハイ…年代:1972
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セドリックの2代目となる130型は、1965年(昭和40年)10月に発売。キャッチコピーは「高級車を気楽に乗り回すのが新しいやり方・ONTHECEDRIC」でした。1960年登場の初代のアメリカンスタイルとは一変して、イタリアのカロッツェリア「ピニンファリーナ」がデザインを手がけた欧州調スタイルに生まれ変わりました。また1965年は、7月に名神高速道路が全線(小牧-西宮間)開通するなど、高速道路が活性化していた時代です。そうした高速時代に対応するべく、2,000ccの直列6気筒OHCエンジンを採用したことも130型の大きな特徴として挙げられます。1968年9月のマイナーチェンジでは、フロン…年代:1969
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430型のセドリックは、1979年(昭和54年)6月にフルモデルチェンジを受けた5代目になります。それまでの2ドアハードトップはなくなり、ボディバリエーションは4ドアハードトップ、4ドアセダン、ワゴン/バンの3タイプとなりました。ワゴンは、3代目の230型以来の再登場となりました。この430型セドリックでは、乗用車では日本初となる直列6気筒ディーゼルエンジン(LD28)搭載車の追加や、エンジン集中電子制御システム(ECCS)の日産車初採用など、「初もの」のトピックが数多くありました。とくに注目を浴びたのは、同年12月のマイナーチェンジで日本初のターボエンジン(L20E-T)搭載車が登場したこ…年代:1982
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1987年(昭和62年)6月にリリースされた7代目セドリックのY31型は、ドライビングの楽しさを強く追求したモデルでした。その傾向を色濃く現すのが、従来からの「ブロアム」に加えて新設定された「グランツーリスモ」です。スポーティなフロントデザインを備えるだけでなく、エンジンはV型6気筒の3,000cc、3,000ccターボ、2,000ccDOHCターボ、直列6気筒ディーゼル2,280ccなど数多くのバリエーションを誇りました。従来モデルよりもさらに高められた走りの高いクオリティは、当時の多くのユーザーに好評を得ました。記念車に積まれたVG20DETと呼ばれるV型6気筒2,000ccDOHCターボエン…年代:1991
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1979年(昭和54年)11月に発売された6代目の910型ブルーバードは、ダットサンの名を冠した最後のブルーバードであり、同モデル史上で最後のFR(フロントエンジン・リヤドライブ)採用車となりました。小型車中心の車種構成に生まれ変わったこと、直線基調のスタイルが好評だったこと、さらにFRでは初搭載の新開発ゼロスクラブフロントサスペンションによるスポーティな走りなどによって、発売されると瞬く間に人気が加速。そして27か月連続して、1,600cc-2,000ccクラスの小型車市場で登録台数第1位を記録するベストセラーカーとなりました。この1800ターボSSS-E・Gは、マルチボイスウォーニングを採用…年代:1982
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B10型は、1966年(昭和41年)4月にデビューしたサニーの初代モデル。1959年(昭和34年)登場の初代ブルーバード(310型)とともに、日本のファミリーカー時代をリードした名車です。1965年(昭和40年)に日産初の新型車名公募キャンペーンを実施し、翌年2月に約800万通の応募の中から「サニー」の名称が決定しました。発売当初は2ドアセダンとバンのみの設定でしたが、1967年(昭和42年)4月に4ドアセダン、4速フロアシフト車とフロアAT車がリリースされ、1968年(昭和43年)にはファストバックスタイルの2ドアクーペ(KB10型)が追加されました。サニー10004ドアデラックスは、…年代:1967
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N13型は、1986年(昭和61年)5月にフルモデルチェンジしたパルサーの3代目モデルです。4ドアサルーンに加え、3ドアと5ドアのハッチバックのボディバリエーションがありました。新開発のDOHC(ツインカム)エンジン、日本の量産車では初となるビスカスカップリング式4WDシステムの「フルオート・フルタイム4WD」などが高い評価を受け、1986年-1987年「日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。この受賞は日産初のトピックでした。記念車の「TRENDA(トレンダ)」は、1990年(平成2年)1月に発売された高いコストパフォーマンスを誇るモデルで、エアコンやカーステレオなどを標準装備しながら…年代:1990
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レパードは、スカイラインやローレルに続く上級スペシャリティカーを目指して開発され、1980年(昭和55年)9月に初代モデルが発売されました。4ドアハードトップと2ドアハードトップのボディタイプがあり、エンジンはL20型の2,000ccとL28型の2,800ccを設定。上級グレードには、本革シートやオートクルーズコントロール、燃費計も含まれるマルチ電子メーターなどが標準装備され、また当時では世界初のワイパー付きフェンダーミラーも備わるなど、上質で充実した装備が大きな特徴でした。1982年(昭和57年)9月にはマイナーチェンジが実施され、世界初の光通信ステアリングスイッチが採用されるなど、充実装備…年代:1982
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ブルーバードの7代目モデルとなるU11型は、1983年(昭和58年)10月に登場。先代の910型までは「ダットサン・ブルーバード」の名称でしたが、このモデルを機に「日産・ブルーバード」の正式名称へ改められました。マキシマは、先々代の810型以来の上級シリーズとして、翌年の1984年(昭和59年)10月に発売されました。日本のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車では初となるV6エンジンを搭載しており、U11型よりも90mm長い、スラリとしたノーズが特徴でした。そして「ルグラン」は、上級のマキシマの中の最上位のグレードです。国産FF車初のV6エンジン(2,000cc)を搭載し、170馬力…年代:1986
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8代目スカイラインのR32型は1989年(平成元年)5月に発売されました。それから3か月後の8月には、16年ぶりの復活となった「GT-R」が登場し、大きな話題を呼びました。R32型GT-Rは、名機と謳われたRB26DETT型2,600ccの直列6気筒DOHCツインターボエンジンを搭載し、当時の国産車最強の280馬力の最高出力を発揮。駆動方式には、FRベースながらも高度な電子制御で4輪に自在に駆動力を配分する電子制御トルクスプリット4WDであるアテーサETSを採用。サスペンションには4輪マルチリンクを採用し、セダン派生型のスポーツカーとしては世界トップクラスの運動性能を実現しました。このGT…年代:1989
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GT-RVスペックは、スカイラインGT-Rにオプションパックを装備したハイスペック仕様です。1993年(平成5年)2月に、R32型のGT-Rに初めて設定されました。そのR32型GT-RVスペックは、ブレンボ製ブレーキ、17インチBBSホイールなどが標準装備し、大きな話題となりました。そして、1995年(平成7年)1月発売のR33型GT-Rからは、駆動方式がアテーサPROに進化し、GT-RVスペックはグループNレース用のベース車として活躍しました。この記念車は、1997年(平成9年)2月にデビューした、R33型のGT-RVスペックです。搭載されるエンジンは、通常のGT-Rと同様の26…年代:1997
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セドリックとグロリアは、1971年(昭和46年)2月発売の230型から基本構造を統一した1モデルとして統合され、フードパネル/マスコット、ラジエーターグリル、リヤコンビランプ/フィニッシャーなどが異なるだけの姉妹車となりました。当初のグロリアのボディバリエーションは、2ドアハードトップとセダンの2つのみで、セドリックにはワゴンモデルがありましたが、グロリアには設定されませんでした。ハードトップは、2000ccクラスの乗用車では日本初登場でした。1972年(昭和47年)には、4ドアハードトップが追加され、センターピラーを取り去った4ドアハードトップもまた日本車初の形式でした。このカスタムデラッ…年代:1972
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1950年代の日産自動車は、オースチンとの技術提携でノウハウを蓄積し、1955年(昭和30年)にダットサンセダンの110型をリリースしました。モダンで斬新なエクステリア、高い居住性とタフなボディなどを実現し、サイドバルブの860ccエンジンはパワー、燃費ともに当時の国産車のトップクラスを誇りました。110型は同年12月にエンジンやステアリング装置、計器盤など50か所もの小改良を受けた112型になります。そして、翌1956年(昭和31年)6月に記念車の113型へとバトンタッチし、コラムシフトを採用するとともに、エンジンは引き続き直列4気筒の860ccを搭載。24馬力の最高出力を発揮しました。年代:1956
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1965年(昭和40年)10月に発売された130型は、セドリックの2代目モデルになります。デザインは、イタリアのデザイン工房であるカロッツェリア「ピニンファリーナ」に委託。1960年(昭和35年)にデビューした先代のアメリカンスタイルとは打って変わって、欧州的な格調高いスタイルに仕上げられました。エンジンはH20型の直列4気筒OHV2000cc、J20型の直列6気筒OHV2000cc、そして最上級のスペシャル6にのみ、直列6気筒OHCツインキャブのL20型2000ccが搭載されていました。また、このスペシャル6にはディスクブレーキも標準装備されるなど、やはり最上級グレードらしい先進装備が設定…年代:1968
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フェアレディZの4代目モデルとなるZ32型は、1969年(昭和44年)登場の初代モデルからちょうど20年目にあたる1989年(平成元年)7月にデビューしました。コンバーチブルは、1991年(平成3年)の東京モーターショーに参考出品され、大好評を受け、1992年(平成4年)8月に待望の正式発売となりました。屋根である幌の開閉は手動式で、オープンにするとBピラーがまるでロールバーのように残ることがデザイン上の特徴でした。ベースは2シーターの300ZXで、独立したトランクリッドや幌収納用リッドはアルミ化を施し、コンバーチブルとはいえ重量増はわずか50kg増に抑えられていたのも特徴です。エンジンはN…年代:1992
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フェアレディZは、1969年(昭和44年)の初代S30型の発売以来、生産累計100万台以上というスポーツカーとしては異例の大ヒットを記録したモデルです。1989年(平成元年)7月に登場した4代目のZ32型は、ワイドなプロポーション、スラントノーズ、キャビンフォワードの躍動感あるシルエットが大きな特徴。10年以上の長期にわたって発売され、人気が高く、歴代モデルの中でも代表的存在といえます。2シーターと2by2(ツーバイツー)の2つのシリーズがあり、エンジンはV型6気筒3,000cc、230馬力を発揮する自然吸気のVG30DE型と、新開発ツインターボチャージャー搭載のVG30DETT型の2タイプが…年代:1998
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1967年(昭和42年)3月、ダットサン・フェアレディの2代目S310型に、強力なモデルが誕生しました。それがこのフェアレディ2000です。フェアレディ1600に追加されることで、発売されたこのモデルは、1,982ccのU20型直列4気筒OHCエンジンと、ポルシェタイプシンクロを持つ5速トランスミッションを搭載。さらにソレックスツインキャブレターを装着し、最高出力は145馬力を発揮しました。最高速度は歴代日産車で最速の205km/hを記録し、日本車初の200km/hオーバーカーともなりました。同年5月に開催された「第4回日本グランプリ」のGTクラスでは、このフェアレディ2000が1位-3位を独…年代:1968
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ブルーバードの3代目モデルとなる510型は、1967年(昭和42年)8月にデビューしました。前年の1966年(昭和41年)には1,000ccのダットサンのサニーが大衆車として発売されており、ブルーバードはそれを受けて、この510型から1,300cc以上の中級モデルとして生まれ変わっています。ボディは大型化され、超音速機(スーパーソニックトランスポート)をイメージした「スーパーソニックライン」と呼ぶハイスピード化する時代の到来を予感させるデザインが施されました。510型にはセダン、エステートワゴン、バンの3シリーズが用意されていました。セダンは4輪独立懸架でしたが、ワゴンとバンは積載性を考慮して、…年代:1967
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1963年(昭和38年)9月にフルモデルチェンジを受けたブルーバードの2代目(410型)は、4ドアセダンとワゴンが同時リリースされました。当初設定されていたエンジンは直列4気筒OHVで、セダンには1,000ccのC型と1,200ccのE型、ワゴンには1,200ccのE型のみが用意されていました。1965年(昭和40年)5月のマイナーチェンジで411型となり、55馬力・1,200ccのE型エンジンは62馬力・1,300ccのJ型に変更され、高速走行性能が大きく向上しました。また、このマイナーチェンジでは1300バンの追加もありました。この記念車は、1966年(昭和41年)にマイナーチェンジされた、410…年代:1967
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1961年(昭和36年)8月に発売されたダットサンの320型は、シングルキャブの「トラック」、乗用車風のダブルキャブの「ピックアップ」、そして2ドアの「ライトバン」の3タイプがありました。この320型では、室内空間と荷台(荷室)が拡大され、軽快な動力性能を誇る55馬力の直列4気筒OHV・1,200ccエンジンが搭載されました。さらに、頑丈なシャーシや前輪独立懸架といった、当時の乗用車の最新技術が数多く導入され、乗り心地や運転のしやすさなどが高く評価され、1トン積載トラックのベストセラーモデルとなりました。320型に採用されたシャーシは、1959年(昭和34年)8月にデビューし、大ヒットを記録し…年代:1965
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初代フェアレディZのS30型は、1969年(昭和44年)10月に発表、11月に発売されました。日本のみならず、北米市場を中心に世界でも大ヒットし、日産の世界的なイメージリーダーとして9年間という長期に及んで生産されました。そして世界総販売数55万台という、当時のスポーツカーでは前代未聞の大記録を樹立しています。そのS30型には、同年2月登場の3代目スカイラインのGT-R(PGC10型)と同じ、160馬力を発揮する直列6気筒DOHC24バルブのS20型エンジンを搭載した高性能モデル「432」がありました。車名の432とは、「4バルブ・3キャブレター・2カムシャフト」から取ったネーミングであり、…年代:1969
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レパードは、1986年(昭和61年)2月に発売された2代目モデルのF31型から、2ドアクーペのみのラインアップとなりました。基本設計は、1985年(昭和60年)デビューの7代目スカイライン(R31型)とほぼ同じです。発売当初のエンジンは新開発となるV型6気筒OHC、2,000ccのVG20E型、2,000ccターボのVG20ET型、3,000ccのVG30DE型の3タイプが設定されました。最上位グレードのアルティマに超音波ソナー採用の電子制御サスペンションが設定されるなど、レパードが追求するスペシャリティカーとしてのコンセプトは、F31型からより明確になりました。このターボ200XS-IIは、20…年代:1986
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ブルーバードは、1983年(昭和58年)10月に発売された7代目モデルのU11型から、駆動方式がFR(フロントエンジン・リヤドライブ)からFF(フロントエンジン・フロントドライブ)になりました。FFにはコーナリング時にトルクステアが起こりやすいなど操縦安定性に弱点がありましたが、U11型は先代の910型よりもトレッド幅を拡大することで、そうした欠点を解消させていました。また、910型までは「ダットサン・ブルーバード」が正式名称でしたが、このU11型から「日産・ブルーバード」に改称。U11型は、ブルーバードの歴史の中の1つのターニングポイントとなりました。1984年(昭和59年)10月に登場し…年代:1986
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ジュニアは、通称「ダットラ」と呼ばれる小型商用車のダットサントラックと、ニッサントラックの中間的存在の中型車として、1956年(昭和31年)10月に誕生しました。初代の型式はB40です。その後、小型車の規格は、1958年(昭和33年)に長4,700mm/幅1,700mmに拡大、1960年(昭和35年)にエンジン排気量が2,000ccに拡大と相次いで変更されます。ジュニアもこれを受けて、1960年に新設計の「40」がリリースされ、1970年(昭和45年)には、プリンス自動車工業が製造・販売していたボンネットトラック「マイラー」と統合した140型が登場します。1974年(昭和49年)には、昭和50年の…年代:1980
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日産自動車は、1986年(昭和61年)からル・マン24時間レースに参戦していました。このR390は、1995年(平成7年)、1996年(平成8年)と連続参戦したニスモ・スカイラインの後を受け、ル・マン24時間レースを制覇するために開発された本格的なレーシングカーです。元レーシングドライバーが設立したレーシングチーム「TWR」(トム・ウォーキンショー・レーシング)の協力のもと、1997年(平成9年)に製作されました。1960年代の日本グランプリで活躍した「プリンスR380」の系譜を継ぐ意味として、このR390の名称が与えられました。3台体制で挑んだ1997年のル・マン24時間レースでは、星野一…年代:1997
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ダットサントラックの歴史は、戦前の1934年(昭和9年)に登場した13型トラックから始まり、1943年(昭和18年)に戦争の影響もあっていったん生産が終了します。そして、戦後の1946年(昭和21年)の1121型が2代目モデルとして発売され、歴史は再スタートを切りました。この2225型は、1947年(昭和22年)に登場した2代目モデルの改良型です。搭載されたエンジンは722ccの直列4気筒SV(7型)で、500kgの荷物が積載可能で、乗車定員は2名でした。2225型が登場した当時は、終戦直後であったため、あらゆる物資が不足していました。それはクルマにも当然影響しており、この頃の車両には物資不…年代:1947
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1985年(昭和60年)8月にデビューしたスカイラインR31型は、通算7代目になります。このモデルは、1972年(昭和47年)登場の4代目、C110型を最後に途絶えていた、6気筒DOHCエンジンが復活した記念すべきスカイラインです。発売当初は、4ドアハードトップ(スカイラインでは初登場)と4ドアセダンのみの設定でしたが、1986年(昭和61年)5月には待望の2ドアスポーツクーペ、GTSシリーズが追加されました。このGTSシリーズには速度が上昇すると現れるオートスポイラーが装備されており、TVCMでもその機能がクローズアップされていました。そして、1987年(昭和62年)のマイナーチェンジを機…年代:1987
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ダットサントラックの11代目となる220型は、1957年(昭和32年)11月に登場しました。エンジンとシャーシは、同時に登場したセダンの210型と共用です。新開発のC型エンジンは、排気量988ccの直列4気筒で、「ストーンエンジン」と呼ばれた日産初のOHVを採用しています。セダンの210型が豪州ラリー・クラスで優勝を果たしたこともあり、このエンジンの高性能ぶりは世界に知れ渡りました。翌1958年(昭和33年)には、ロサンゼルスショーに出展され、後に210型とともにアメリカに初めて輸出されます。ダットサントラックの歴史に、大きな記念を刻んだモデルです。年代:1958
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S-Cargoは、1987年(昭和62年)の第27回東京モーターショーに「PAO」とともに参考出品され、翌1989年(平成元年)にPAOとともに発売されたライトバンです。ライトバンといってもまるで一般的な商用車には見えない、遊び心と実用性を両立させたデザインが人気を呼びました。車名は、フランス語で「カタツムリ」の意である「エスカルゴ(Escargot)」と、「貨物=カーゴ(Cargo)」をスペイン語で読ませた「カルゴ」の掛け合わせた造語です。背が高く丸いスタイルや、飛び出したユニークなヘッドランプなどから、まさにカタツムリをモチーフにしていることがよくうかがえます。荷室高は1230mmもあ…年代:1989
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セドリックの6代目モデルであるY30型は、1983年(昭和58年)6月に登場。4ドアセダン、4ドアハードトップ、ワゴン/バンの車種体系があり、こうしたフルラインアップが揃ったセドリックは、このY30型で最後となりました。メインとなるエンジンには、新開発のV型6気筒のVG30とVG20を採用しています。日本初のV6エンジン搭載車として注目を浴びました。1985年(昭和60年)のマイナーチェンジでは、2,000ccターボエンジンのVG20ETが可変ターボのジェットターボ仕様に進化し、「V20ターボアーバン」が新グレードとして追加されました。記念車のアーバンGは、それをベースにVG型エンジンの生産…年代:1987
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ダットサントラックの13代目モデルとなる520型は、1965年(昭和40年)にデビューしました。420型は存在せず、320型からのフルモデルチェンジとなりました。エンジンは、新開発となる1300cc直列4気筒OHVのJ型を搭載しています。ボディバリエーションは、3人乗りのトラック、6人乗りのピックアップとライトバンの3タイプがありました。520型からトラックの乗車定員は3名に増え、実用性が向上しています。また、ホイールベースが60mm延長され、前後トレッドも80mm拡大、さらにサスペンションも改良されました。これらによって操縦安定性や乗り心地、居住性もアップし、好評を博しました。この520型…年代:1966
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日産車に「ブルーバード」の愛称が生まれたのは、1959年(昭和34年)8月です。記念すべき初代モデルは310型の型式で、正式名称は「ダットサン・ブルーバード」でした。エンジンは38馬力の1,000ccと43馬力の1,200ccがあり、どちらも直列4気筒OHVです。当時の日産自動車の社内デザイナーだった佐藤章蔵がデザインを手掛け、スタイリングはとても好評得ました。独特のテールランプの形状から「柿の種」とも呼ばれ、人々に親しまれています。さらに、前輪独立懸架による快適な乗り心地も手伝って、全国で評判になりました。ボディバリエーションは、最初に発売された4ドアセダンと1960年(昭和35年)7月に追加…年代:1959
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ダットサンの初代モデルは、1932年(昭和7年)の10型から始まり、1938年(昭和13年)の17型まで進化しました。10型のエンジンは10馬力の495ccでしたが、1935年(昭和10年)に発売された14型からは15馬力の722ccに改良されました。この車両は最終型となった17型で、直列4気筒サイドバルブの722ccエンジンを搭載。最高出力はわずかながらも向上し、16馬力でした。この17型が登場した1938年(昭和13年)は、日中戦争が始まってから2年目です。物資が不足し始めた時代で、内装などはとても簡素な作りになっています。フェートンとは、4人乗りセダンを幌付きにした4人乗り仕様のことを…年代:1938
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1960年(昭和35年)1月登場の「ダットサン・フェアレディ1200」から端を発したフェアレディ、およびフェアレディZは、1983年(昭和58年)に累計生産台数100万台を突破しました。そしてその記念すべき年に、フェアレディZの3代目モデル、Z31型が発売されました。エンジンは先代の直列6気筒のL型から、新世代のV型6気筒のVG型に進化しました。中でも2,800ccモデルに替わり登場した3,000ccモデルは、日本初のV型6気筒ターボエンジン搭載モデルとして注目されました。エクステリアは、ロングノーズ&ショートデッキというフェアレディZの伝統コンセプトを受け継ぎながらも、空気抵抗係数を示すCd値…年代:1985
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