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ニッサンR89C

1989年(平成元年)の日産チームのグループCカーは、R88Cで採用していた英国マーチ製のシャシーからローラ製へと変わり、エンジンも3500ccのVRH35型(V型8気筒DOHC)を採用し、排気量のアップとともに、800馬力を超える最高出力を備えたモンスターマシンへと進化しました。エクステリアは、日産自動車がデザインした美しいカウルとなり、また、本格導入されたテレメトリーシステム(遠隔測定装置)もR89Cの大きな特徴です。23号車のカルソニック(ドライバーは星野一義/鈴木利男組)は、第3戦・富士でデビュー、第5戦・富士では8位でチェッカーフラッグを受けました。年代:1989

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ニッサンR90CK

1990年(平成2年)登場のR90Cは、ローラ製のシャシーを採用するなど、ローラ社と共同開発したグループCカーであるのに対して、R91Cでは100%日産自動車製となりました。黄色い27号車のR90CKは、ニッサン・モータースポーツ・ヨーロッパで製作されました。末尾のCKは世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)仕様のマシンであることを意味しており、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)仕様との違いは、リヤスポイラー形状(リヤに装着したウイング状のスポイラー)で知ることができます。1990年(平成2年)を最後に日産チームは世界選手権参戦を中止しましたが、翌年のJSPCではフ…年代:1990

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S-Cargo

第26回東京モーターショーでデビューしたBe-1に続き、日産自動車では第27回東京モーターショーでも話題作を出品しました。そのひとつがS-Cargo(エスカルゴ)で、翌年の1989年(平成元年)1月に発売されました。車種名のように、どことなくエスカルゴ(カタツムリ)を思わせる、遊び心あふれるエクステリアデザインはもちろん、商用車としての実用性を両立していました。エンジンの排気量は1500ccで、トランスミッションは3速ATとの組み合わせとなりました。標準ルーフのほか、キャンバストップもラインアップされました。本車両は、彫刻から映画監督まで幅広い芸術活動を展開した池田満寿夫氏(故人)によるカラ…年代:1989

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ニッサンR90CK

プロトタイプカーのレースに出場を続けていた日産チームは、英国ローラ社と共同でR90型を開発しました。これには日産自動車の追浜工場で製作されたR90Cと、NME(ニスモ・ヨーロッパ)製作のR90CKの2タイプがありました。外観上での相違点はカウルやリヤスポイラーの形状でした。R90CKは、1990年(平成2年)-1991年(平成3年)にかけてル・マンを含む世界耐久選手権に出場したほか、米国の耐久レースにも参戦しました。83号車は、米国のNPTI(ニッサン・パフォーマンス・テクノロジーInc.)チームが、1991年のデイトナ24時間耐久レースに出場したマシンです。年代:1990

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ニッサンR90CK改

R30Cのプロトタイプカーは日産自動車と英国ローラ社との共同開発で生まれました。モノコックボディを新たに設計するなど、剛性面はもちろん、中身も大きく進化。安全で速く走れるレーシングカーとなりました。NME(ニスモ・ヨーロッパ)で製作されたR90CKは、ル・マンなどの世界耐久選手権や米国のIMSA(インターナショナル・モータースポーツ・アソシエーション)レース出場。このゼッケン83号車は米国のNPTI(ニッサン・パフォーマンス・テクノロジーInc.)チームが1992年(平成4年)のデイトナ24時間レースのGTPクラスに出場しました。なお、この記念車は、3000ccのVRH30Zエンジン(V型8…年代:1990

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ニッサンR91CP

日産チームはR91型から100%自社開発のプロトタイプカーでレースに挑みました。シルバーカラーの61号車は、プロトタイプカーのクラスであるグループCカーによる、全日本選手権の最後の年となる1992年(平成4年)のマシンです。チーム・テイクワンがコクヨ・テイクワン・ニッサンの車名で参戦、ドライバーは岡田秀樹/T・ダニエルソン組でした。デビュー2戦目となる富士1000kmレースで堂々の2位入賞を果たしました。それまでの日産チームは、マーチやローラといったイギリス製シャシーに自社製エンジンを搭載して戦ってきましたが、800馬力にも達する高性能なエンジンに見合うバランスのとれたマシンとするため、信頼…年代:1991

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ニッサンR91CP

日産自動車とグループCカー(プロトタイプカー)の歴史は1985年(昭和60年)から始まります。英国のマーチ社やローラ社といった外国製のシャシーに日産のエンジンを積み、WEC(世界耐久選手権)や、国内の耐久シリーズに参戦していましたが、R91型からすべて自社製となったマシンでの参戦となりました。ゼッケン23のR91CPは、1992年(平成4年)のデイトナ24時間レースで長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男組が日本人・日本車として初の総合優勝を飾った記念すべきマシンです。搭載エンジンは3500ccのVRH35Z(V型8気筒DOHCツインターボ)で、参戦当時は800馬力の最高出力にまで到達しています。こ…年代:1991

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スカイライン GT-R

1973年(昭和43年)に登場した4代目スカイライン(GC110)以後、16年の歳月を経て、1989年(平成元年)にスカイラインGT-R(BNR32型)が待望の復活を遂げました。エンジンは280馬力をほこる、名機のRB26DETT(2600ccの直列6気筒DOHCツインターボ)を搭載し、アテーサET-S(4WDシステム)など、先進の装備が光るスーパースポーツモデルとなりました。ワイドボディのスパルタンなエクステリアデザインも相まって、まさしくスポーツカーの王者としてブームの牽引役をも果たしました。それは、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)のグループAでも同様で、連戦連勝を成し遂げ、向か…年代:1991

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パルサーGTI-R

4代目のパルサー(N14)の発売は1990年(平成2年)8月でした。先代のイメージを踏襲する進化で、均整のとれたスタイリッシュさが人気を博しました。一番のスポーティグレードは、230馬力を誇るブルーバードSSS-Rと共通した2000ccの直列4気筒DOHCターボ(SR20DET)を搭載し、アテーサ(フルタイム4WD)を採用したGTI-Rでした。このGTI-RをベースにしたWRカーが1991年(平成3年)のサファリラリーでWRC(世界ラリー選手権)にデビュー、以後2年間WRCで活躍しました。記念車の18号車は、1991年アクロポリスラリーに出場したD・ルウェリン組のマシンです。年代:1991

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PAO キャンバストップ

1987年(昭和62年)1月にデビューしたBe-1に続いて登場した、日産の「パイクカー(遊び心のある、尖った鋭い感覚のクルマ)」の第2弾がこのPAO(パオ)です。1989年(平成元年)1月に限定モデルとして発売されることが正式発表されると、Be-1と同じくまたしても予約が殺到し、再び抽選で購入者を決定しました。ベースはマーチ(K10)で、1000ccのエンジンを搭載しており、3速ATとの組み合わせで扱いやすさを魅力です。エクステリア、インテリアともに思い切りのよいレトロ調なデザインで、いまでも中古車市場では高い人気を保っています。車名は、中国語の包(パオ)から由来し、モンゴルの遊牧民のゲオで…年代:1989

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S-Cargo

1989年(平成元年)1月に、PAO(パオ)と同時期の発売されたS-Cargo(エスカルゴ)は、コマーシャルカーとしては斬新な、カタツムリをイメージさせるエクステリアデザインが大きな特徴で、PAO同様に人気を博しました。カーゴスペースは1230mmの荷室高と高くて実用的で、ルーフはスタンダードのほか、開放感のあるキャンバストップも選べました。コクピットはテーブルタイプのインパネデザインで、インパネの中央部に大型のスピードメーターを配置。ATのセレクトレバーをセンターコンソール上部にレイアウトする斬新なものでした。「パイクカー」シリーズでは唯一の商用車で、現在でも高い人気を保っています。年代:1989

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プリメーラ・カミノ

スポーティセダンとして人気の高かったプリメーラ・カミノ(P11型)は、サーキットでも大活躍しました。ゼッケン23をマシンは1996年(平成8年)の全日本ツーリングカー選手権(JTCC)を戦ったユニシアジャックス・カミノです。デビューは第3戦で、ドライバーは影山正彦選手でした。このシーズンでは第8戦のミネラウンド(セントラルパークMINEサーキット)で、強豪のコロナエクシヴやシビックフェリオ、BMWなどを抑えて初優勝を飾りました。年代:1996

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サニー

1994年(平成6年)から全日本選手権は、ヨーロッパで主流となっていたスーパーツーリングカーが導入され、4ドア車で2000cc以下のNA(自然吸気)といったレギュレーションを満たす車両でタイトルを争われることになりました。プリメーラに続いてサニー(HB14型)も第11戦・TIから参戦しました。翌年の第10戦・ミネで、飯田章選手がドライブする31号車のザナヴィ・サニーが初優勝を成し遂げます。32号車は、「日本一速い男」こと本山哲選手のドライブでシーズンを戦いました。2.0LのSR20エンジン(直列4気筒DOHC)は、NAながら300馬力以上をマークしていました。年代:1996

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テラノラリー車

日産の本格派オフローダーとして人気が高かったテラノは、初代が1986年(昭和61年)にリリースされました。そして、2代目テラノ(R50)は、1995年(平成7年)9月に登場します。その年の第31回東京モーターショーでは、翌年1月に行なわれたグラナダ~ダカールラリー(通称パリダカ)に出場した、ニッサン・プライベート・ジャポン・チームのこのレプリカマシン(北米仕様ベース。3300ccエンジン搭載)が展示されました。実際のラリーでは石原/斉藤組が60位(T1クラス9位)、武田/杉本組が62位の戦績を残しています。年代:1996

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スカイライン GT-R

1995年(平成7年)、スカイラインGT-R(BCNR33)を使った日産とニスモ・モータースポーツ・インターナショナルによる「ルマン・チャレンジ3年計画」が始まりました。搭載のRB26DETTエンジン(2600cc直列6気筒DOHCツインターボ)は2795ccへと排気量がアップされ、600馬力以上のパワーを誇りました。初年度は2台が出場し、22号車の福山/近藤/粕谷組が、総合10位・クラス5位の結果となりました。記念車の23号車は、1996年(平成8年)に参戦した星野/長谷見/鈴木組のNISMOGT-RLMで、総合15位・クラス10位の戦績を残しています。ちなみに、このプロジェクトは国内…年代:1996

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マーチ スーパーターボ

日本国内にコンパクトカーブームの礎を築いた初代マーチ(K10型)は、1981年(昭和56年)の第24回東京モーターショーでデビューしました。車名を公募するというユニークな試みの結果、マーチと決定。翌年の10月に発売されました。1987年(昭和62年)には「マーチ・リトルダイナマイトカップ・レース」がスタートし、ニスモが製作したマーチスーパーターボがレンタルマシンとして登場しました。搭載エンジンは、全域での過給コントロールを目指したターボ+スーパーチャージャーを組み合わせた画期的な仕様であり、930ccのエンジンで110馬力のハイパワーを誇りました。その翌々年の1989年1月には同じ仕様のスー…年代:1987

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スカイライン2000GT-EL

5代目スカイライン(HGC211型)の発売は、1977年(昭和52年)8月。ストレート基調となったボディデザイン、ハロゲンランプを採用した角型ヘッドランプ、GT系には伝統の丸型テールを踏襲して登場しました。全車が昭和53年度排出ガス規制に適合しているところも話題のひとつとなりました。グレードは、2000ccで直列6気筒のGT系がGT、GT-L、GT-EL、GT-EX、GT-ESで、同時に直列4気筒のTI-EXも新設されました。1979年(昭和54年)のマイナーチェンジでは、フロントマスクが変更され、GT系にターボのGT-Eが追加ラインアップされています。ちなみに、GT-Rの設定はありませんで…年代:1980

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セドリック スペシャル6

わが国が高度経済成長期の真っただ中にあった1965年(昭和40年)に、セドリックは2代目のH130型へとフルモデルチェンジを遂げました。スペシャル6はその最上級グレードで、イタリアのピニンファリーナ社のデザインによるスタイリングは、欧州の流れを汲むもので、高級セダンの華やかな風格と同時にスタイリッシュさも身につけていました。ボディの全長は中型車最大の長さ(2690mm)を誇り、ロングホイールベースがもたらす快適な乗り心地を実現していたのも特徴のひとつです。スペシャル6に搭載されたエンジンは、新開発のL20型(OHC)で、以後の日産車の中核を担う直列6気筒エンジンの採用となりました。年次改良を…年代:1969

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セドリック カスタム6

1965年(昭和40年)に登場した2代目セドリック(H130型)は、イタリアのピニンファリーナ社が手がけたデザインとなりました。この2代目セドリックの誕生は、その後20年もの長きにわたり日産車の中核を担った名機、直列6気筒のL型エンジンが誕生する記念すべき出来事でもありました。1965年に発売され、1971年(昭和46年)に3代目が登場するまで、セドリックは毎年秋にマイナーチェンジ(部分改良)を受けました。1968年(昭和43年)9月には、スタイリングとインテリアが大きく変わっています。セドリックカスタム6は、2000ccのL20型直列6気筒OHCシングルキャブを搭載、105馬力の最高出力で…年代:1969

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ローレル 4ドアセダン グランドエクストラ

ミドルクラスの4ドアセダンとして初代より人気を博したローレルの5代目(C32型)は、1984年(昭和59)10月にデビューしました。その開発コンセプトは「人間の感性に訴える最高級オーナーサルーン」で、世界初の電動カラードドアミラー/オートレフレックスミラー、日本初のヘッドライトレベライザー、メモリー付きスウィングアップチルトハンドルといった先進の装備で彩られたクルマでもありました。エンジンは、メダリストに搭載されたパワフルで余裕の走りが楽しめるV型6気筒2000ccのDOHCターボを筆頭に、直列6気筒2000cc、高性能な1800cc、経済的な2800ccディーゼルと、多彩なエンジンバリエー…年代:1985

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ザウルス

1987年(昭和62年)の第27回東京モーターショーで参考出品されたのち、ザウルスはレース界にデビューを果たしました。エンジンは、マーチなどでお馴染みの1000cc、直列4気筒OHCのMA10E型を搭載。シフトレバーが右配置なのも特徴で、トランスミッションはクロスミッション化されています。1989年(平成元年)から始まったワンメイクレースのザウルス・カップのマシンとして活躍し、また、日産レーシングスクールのスクールカーとして、レーシングドライバーを数多く輩出しました。現在もザウルス・カップを経験したプロレーシングドライバーたちが第一線で活躍しています。ちなみに1991年(平成3年)には、カッ…年代:1991

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フェアレディ240Z

ロングノーズ&ショートデッキという、スポーツカーらしいスタイリングで、北米での人気はもとより、日本国内にも旋風を巻き起こしたS30型フェアレディZが発売されたのは、1969年(昭和44年)です。当初は2000ccモデルの2000シリーズが発売となり、2年後の1971年(昭和46年)には、L24型エンジンを搭載した、通称240Zと呼ばれる北米仕様と同じ2400ccモデルが追加されました。直列6気筒OHCのL24型エンジンは225馬力というハイパワーを誇りました。240Zは海外ラリーでも活躍し、1971年と1973年(昭和48年)のサファリラリーでは総合優勝を飾っています。車高が高く、スパルタン…年代:1973

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スカイライン 1500 デラックス

スカイラインは名実ともに国産を代表する乗用車のひとつです。その2代目(S50型)が発売されたのは、1963年(昭和38年)11月でした。初代のアメリカ的な大柄なイメージとは打って変わり、軽快感のある機能的なスタイリングが大好評となり、人気を呼び起こしました。ボディはモノコックを採用し、4ドアセダンだけでなく、ステーションワゴンも用意されました。また、搭載された1500ccの直列4気筒OHVエンジンは、4万kmまたは2年間のメンテナンスフリーを謳った「封印エンジン」として、コマーシャルで話題となりました。年代:1965

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フェアレディZ 300ZX

1989年(平成元年)に登場した、4代目となるZ32型フェアレディZは先代のイメージを踏襲しつつ、ロー&ワイドのスタイリングが特徴です。グラマラスなルックスは大きな話題となり、上級のスポーティカーとして人気を博しました。フェアレディZは、2000年(平成12年)をもっていったん生産が中止されましたが、5代目のZ33型が2002年(平成14年)に発売されるまで、Z32型は、長い間多くのファンを魅了し続けてきました。エンジンは3000ccのV型6気筒DOHC(VG30型)のみで、280馬力のターボと、230馬力のノンターボという2機種のラインアップでした。また、ボディタイプは2シーターと、2/2…年代:1989

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ブルーバード 1200デラックス

2代目ブルーバード(P410型)は、1963年(昭和38年)9月にリリースされました。イタリアのピニンファリーナがデザインしたヨーロッパ調のスタイリングで、モノコックボディの採用が当時の話題となりました。軽量・高剛性となったボディに搭載されたエンジンは、1200ccと1000ccが用意され、1965年(昭和40年)には型式がP411になります。J型エンジンを搭載して1300ccモデルとして多くのユーザーから支持を得ました。また、スタイリングは、発売翌年の10月にラジエーターグリルが変更され、特徴的なバンパーのオーバーライダーも細身へと変更されました。記念車の1200デラックスは1200cc(…年代:1965

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ニッサンサファリ4WD

サファリは、ニッサンパロールを受け継ぐモデルです。初代の160型は1980年(昭和55年)にデビューし、海外ではパトロールの車名で、砂漠など過酷な環境下で活躍しています。160系の搭載エンジンは、95馬力を発揮する3200cc直列6気筒OHVのSD33型ディーゼルエンジンと4000ccのガソリンP40F型、セドリック、グロリアに積まれていた2800ccガソリンのL28型を用意していました。また、海外向けのパトロールには、上下開きのリヤゲートドアやピックアップトラックを設定し、後に日本仕様にも追加されます。1982年(昭和57年)には、フロントグリル中央に日産のマークを移動するなどの小変…年代:1980

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シルビア

1998年(平成10年)の全日本GT選手権・GT300クラスに参戦していたザナヴィシルビア(ザナヴィ・インフォマティクスがメインスポンサー)のレプリカモデルです。レプリカとはいえ、S14型シルビアをベースにボディ、足まわり、エンジンなどほぼすべてにチューニングが施されています。搭載された2000ccのSR20DETエンジンは、320馬力以上のパワーに到達しました。実際のレースでは、近藤真彦/青木孝行組がザナヴィシルビアのステアリングを握り、第3戦の仙台ハイランドレースウェイでは2位入賞を果たすなど、シリーズランキング6位の戦績を残しています。年代:1998

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ニッサンR390 GT1

1986年(昭和61年)の参戦を機に、日産チームはフランスのル・マン24時間レースに挑みました。1990年(平成2年)の参戦以降、しばらく参戦を取りやめていましたが、1995年(平成7年)と翌年は、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)チームがR33型のスカイラインGT-R(ニスモGT-RLM)で参戦し、1997年(平成9年)以降は再び日産チームとして挑むことになります。このマシンは新たに開発したR390GT1です。かつてのGPマシン・プリンスR380(第3回日本グランプリ総合優勝)にちなんだネーミングが与えられ、650馬力以上となる3500ccのV型8気筒DOHCツイン…年代:1997

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スカイライン GT-R

1995年(平成7年)と翌年の2年の間、ニスモチームがル・マン24時間レースに参戦しました。このマシンは、スカイラインGT-R(BCNR33型)をベースにしたGTカー「NISMOGT-RLM」です。市販のスカイラインGT-RはアテーサE-TSを搭載した4WDの駆動方式ですが、NISMOGT-RLMは重量的に有利な2WD(駆動方式:FR)に改造されているのが特徴です。22号車と23号車の2台がエントリーし、1995年は22号車(福山英朗/粕谷俊二/近藤真彦組)が総合10位・クラス5位となりました。搭載のRB26DETTエンジンは400馬力以上の最高出力となったグループN仕様です。年代:1995

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ザウルスJr.

1987年(昭和62年)の東京モーターショーに参考出品され、1989年(平成元年)にはワンメイクレースのザウルス・カップも開催されました。また、その後は若手ドライバーの育成のために、入門編としてザウルスJr.が投入されました。約120台が製作され、日産レーシングスクールのスクールカーとして活躍しました。エンジンはプリメーラなどでおなじみの1800ccのSR18DE型で、最高出力は150馬力です。年代:1998

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Be-1

K10型マーチをベースにした「パイクカー」シリーズの第1弾として、1987年(昭和62年)1月の発売されたBe-1。発売を前に、抽選で購入予約者を決定するという、異例の人気ぶりでした。この記念車は、発売と同時に、横浜ベイスターズのホームグラウンドである横浜スタジアムで活躍したモデルです。Be-1をベースとしてオープンカーに改造されたリリーフカーがファンの注目を浴びます。丸いヘッドライトの愛らしいフロントマスクはもちろん、赤いボディに日産自動車とBe-1のロゴが入り、助手席を少し高くした仕様が特徴で、約2年間、リリーフ投手を乗せて登場しました。かつて横浜に在籍し、大リーグでも活躍した「大魔神」…年代:1987

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サニーバン 1200DX VB110

1965年(昭和40年)の車名の公募を受け、翌年に産声を上げた初代サニー。初代から4ドアバンが用意され、記念車のバンは1970年(昭和45年)登場の2代目のサニーバン1200DX(BV110型)です。搭載エンジンは、初代の1000ccから排気量がアップし、A12型と呼ぶ直列4気筒OHV1200ccで最高出力は68馬力を発揮しました。ボディも拡大され、テールゲートを跳ね上げ式に変更し、使い勝手が向上されました。グレードはスタンダード、スーパーデラックスAとBの3タイプを設定し、スタンダードとスーパーデラックスAは3速MT、最上級のスーパーデラックスBは、4速MTが採用されています。エンジンの排…年代:1970

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スカイライン GT-R

1993年(平成5年)8月にリリースされた9代目スカイライン(R33型)は、GT-R(BCNR33型)も当然そのラインアップに加わりました。まず、同年秋に開催された第30回東京モーターショーに参考出品され、1年以上の時間を経て1995年(平成7年)1月に発売されました。R32型で16年ぶりに復活を果たしたGT-Rは、モータースポーツ界に一大旋風を巻き起こし、フルモデルチェンジしたR33型にも熱い視線が注がれ、「いつ出るのか」と、ファンをやきもきさせたものです。東京モーターショーで展示されたこのプロトタイプは、市販モデルとはフロントまわりとアルミホイールのデザインが異なります。もちろん、ボディ…年代:1993

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プレーリー JW-G

ミニバンというカテゴリーが国内に存在せず、多人数乗車が可能なモデルがワンボックスワゴンと認知されていた、1982年(昭和57年)8月に初代プレーリー(M10型)が発売されました。駆動方式はFF(フロントエンジン・フロントドライブ)で、センターピラーレスの後席用スライドドアを採用する画期的なもので、優れた乗降性を実現しています。今日のミニバンブームにつながる草分け的な存在だったのです。JW-Gは8人乗りのタイプで、ほかに5人乗りと3/6人乗りのタイプもありました。エンジンは1800ccのCA18型直列4気筒OHCを搭載していました。年代:1984

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グロリア スーパーデラックス

のちにセドリックと兄弟車の関係になるグロリア。初代はプリンス自動車工業の乗用車として誕生しました。3代目となるHA30型は1967年(昭和42年)に発売。日産・プリンス合併後初の新型車として注目を浴びました。エクステリアは、丸型のヘッドランプを縦に並べた4灯式となったフロントマスクが特徴で、直線基調のボディラインは、上級セダンらしさをアピールする均整のとれたプロポーションで、人気を呼びました。スーパーデラックスは、スーパー6をベースにいっそうスポーティに仕上げたグレードです。パワーユニットとして、2000ccで125馬力のL20型直列6気筒OHCエンジンを搭載。インフラ整備がますます促進され…年代:1970

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ダットサン1000

ダットサン1000(L210型)を発売したのは、1957年(昭和32年)11月でした。その頃は自動車そのものが国内ではまだまだ高根の花という、贅沢品を象徴するものでしたが、前年には国民車構想も持ち上がり、自動車の大衆化という機運が高まりつつある頃でもありました。L210型を発売した翌年の1958年(昭和33年)1月には、ロサンゼルス輸入車ショーに出品し、さらに同年の8月-9月の豪州ラリーでダットサン1000「富士号」が優勝したことで話題となり、これが本格的な対米輸出のきっかけとなりました。ちなみに、ダットサン1000の後継車として誕生したのが、初代ブルーバード(310型)です。シルバーボディ…年代:1958

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ニッサン R90CP

日産自動車は、市販車をベースにしたモータースポーツへの参戦に加え、レース専用に開発したマシンで速さを競うジャンルでも数々の成功を収めています。1990年(平成2年)に開催された、全日本スポーツプロトタイプ耐久選手権(JSPC)。「グループC」という規定で造られた車両が出場では、メーカー部門とドライバー部門のダブルタイトルを獲得。レースの世界では前年のチャンピオンマシンであることの証しとして「ゼッケンNo.1」をつけることになっているので、翌1991年(平成3年)に同レースに参戦したこの車両は、ボディサイドには「1」が輝いています。搭載エンジンは、レース専用のVRH35Z型(V型8気筒DOHC…年代:1990

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ニッサンR90CK

フランスで伝統的に開催され、過酷なことでも世界的にも知られる、ル・マン24時間レース。日産自動車は1990年(平成2年)の大会において、日・米・英の3チームから合計5台をエントリーしました。このニッサンR90CKは、その中のアメリカチームから出場した1台です。空気抵抗が少なく、車両重量がわずか900kg程度のボディに、800馬力以上の最高出力をもつYRH35Z型(V型8気筒DOHC・3486cc)を搭載しています。外国人ドライバー3名が交代で長丁場の運転を担当し、予選を25位で通過。そして決勝では17位完走を果たしました。年代:1990

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ダットサン バン1500デラックス

ダットサンバンは、日産自動車の創世記から戦後の高度成長期を中心に、さまざまな物資を運び、暮らしをサポートしました。このモデルは、1965年(昭和40年)5月に誕生した520型バン(1300ccエンジン搭載)の進化形として、1970年(昭和45年)2月に設定された1500ccのJ15型直列4気筒OHVエンジン(最高出力77馬力)を搭載しています。同時に型式名を521型とした変更したモデルです。本格的な高速道路時代を迎えるにあたり、商用車の世界にも、より強力なパワーが必要となってきたために生まれました。乗車定員は最大6名で、3名乗車時の最大積載量は500kgでした。年代:1972

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ニッサン MID 4(II型)

MID4(ミッド・フォー)は技術開発の研究・開発と、その成果を自動車ショーを通じて、皆さんにお伝えすることも役目として加えた実験車両です。エンジンをミッド部(車体中央)に搭載し、駆動方式を4WDとしたスーパースポーツカーに由来して、車名をMID4としました。この車両は、1987年(昭和62年)に開催された東京モーターショー出展車で、エンジンは最高出力330馬力のV型6気筒DOHCツインターボ、VG30DETT型を搭載。サスペンションはフロントにダブルウイッシュボーン式、リヤにHICAS(ハイキャス)という操舵機構を採用したマルチリンク式を採用していました。このモデルは、市販には至りませんでし…年代:1987

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プリメーラ・カミノ

市販車と同様に、レースの世界もデザインやエンジンなどマシンだけでなく、レースそのものが時代に合わせて変化を遂げます。1994年(平成6年)、国内で絶大な人気を誇った全日本ツーリングカー選手権(JTCC)は、これまで活躍したスカイラインGT-Rなどのスポーツタイプの車両から、2000ccのエンジンを搭載した4ドアセダンのマシンに統一して、速さが競われることになりました。このため日産自動車では、ヨーロッパ市場でも大好評を博していたプリメーラと、サニーを投入しています。このモデルは、プリメーラ・カミノをベースに300馬力にまで最高出力を高めた、4気筒DOHC・1997ccのSR20DE型を搭載。1…年代:1997

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プリメーラ ’98アセアン選手権2位

並みいるヨーロッパ車を凌駕する高性能な走りと、優れたパッケージングのセダンとして高い評価を受けたプリメーラは、1995年(平成7年)に2代目モデル(P11型系)へと移行しました。初代同様にレスポンスに優れるSR20型エンジンを搭載。自慢のマルチリンク式サスペンションにも、さらに磨きをかけました。また、モータースポーツの世界では、国内の全日本ツーリングカー選手権をはじめ、イギリスやヨーロッパ各地でのレースでも大活躍しています。その勢いはアジアにも及びました。このマシンは、アジア各国を転戦する東南アジア・ツーリングカー・ゾーン・チャレンジアセアン選手権の1998年シリーズにおいて、2位を獲得した…年代:1998

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ブルーバード 1200デラックス

国内乗用車の保有台数が100万台を突破した昭和38年(1963)の9月、ブルーバードは大好評を博した初代からバトンを受け、初のフルモデルチェンジを実施。2代目のP410型へと進化を遂げました。スポーティな丸型4灯ヘッドライトやヨーロッパ調のスタイリングは、当時の国産車とは異彩を放ち、注目を浴びました。それは、イタリアの名門カーデザイン会社である、ピニンファリーナ社にデザインを委託したからです。メカニカルな面でも革新性を求め、日産初のモノコックボディを採用し、軽量化とボディ剛性の確保を両立しています。発売当初は1000ccと、この記念車が搭載している1200ccエンジン(最高出力55馬力)の2…年代:1964

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ニッサンR391

1999年(平成11年)、それまで日産自動車がチャレンジを続けていたル・マン24時間レースは、車両規則が変更されました。24時間の長丁場を戦い抜き、総合優勝を狙うためにはプロトタイプのマシンのほうが有利になりました。そこで開発されたのが、1人乗りオープンモデルのニッサンR391です。わずか900kg程度の超軽量ボディに、V型8気筒DOHC・4997ccのVRH50A型エンジン(最高出力600馬力以上)を搭載しています。カーボン製ブレーキディスクローターなど、最先端の素材と技術を惜しみなく投入して製作されました。なお、本車両はレース出場車ではなくレプリカモデルです。年代:1999

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ニッサンR391

1999年(平成11年)のル・マン24時間レース必勝を誓い、誕生したニッサンR390は実戦には2台を投入しましたが、決勝前日の予選で1台がクラッシュに見舞われ出走できませんでした。本戦には予選を12位で通過したこの23号車のみで挑みましたが、スタートから7時間後の110周で残念ながらリタイアとなりました。しかし、この悔しさをバネに、同年11月に国内の富士スピードウェイで行われた、1000kmで競われる耐久レースでは、ル・マンに挑戦した同じ3人のドライバーが、チームとともに意地を見せ、見事に優勝を果たしました。本車両はそのときのマシンです。年代:1999

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ニッサンNP35

モータースポーツへの参戦は、速さを追い求めるばかりではなく、新素材・新技術の応用、耐久力の確認など、市販車の信頼性をより高めるための鍛錬の場でもあります。日産自動車が1980年代から1990年代前半にかけて挑んだスポーツプロトタイプカー(Cカー)によるレースは、ターボ関連技術や空気抵抗低減などの幅広い分野で、多くの経験とノウハウを獲得することにも成功しました。しかし、1993年(平成5年)のシーズンからこのCカーではターボチャージャーの使用が車両規則の変更で禁止になります。そこで日産では、自然吸気のV型12気筒DOHC・3499ccの排気量から最高出力630馬力以上を発生するVRT35型を開…年代:1992

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ニッサンR390 GT1

日産自動車とモータースポーツ活動を担うニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)は、1995(平成7年)と翌1996年、ル・マン24時間レースにおいて市販車をベースにしたマシンで挑みましたが、残念ながら満足できる成果をあげることができませんでした。そこで開発されたのがニッサンR390GT1です。当時の車両規則に則って製作された本格的なGTカーのVRH35L型エンジンは、V型8気筒DOHC・3495ccから最高出力650馬力以上、最大トルク72.0kgm以上を発揮。1997年(平成9年)より同車でのチャレンジを開始します。そして、挑戦2年目となる1998年に32号車が、星野一義/…年代:1998

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プリメーラGT *'99年英国ツーリングカー選手権(BTCCシリーズ)優勝車

1992年(平成4年)、ヨーロッパでは2000ccのエンジンを搭載した4ドアセダンによるレースが各国でブームとなりました。イギリスではBTCC(英国ツーリングカー選手権)と銘打ったレースが大人気となり、当時イギリスでも生産されていた初代プリメーラが参戦。続く2代目モデル(P11型)も引き続きサーキットを疾走しました。このマシンは、1999年(平成11年)の同選手権で全26戦中13勝をマーク。製造メーカー部門、ドライバー部門、チーム部門など4冠を征したチャンピオンマシンです。エンジンは300馬力以上にパワーアップされたSR20DE型を搭載しています。年代:1999

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バイオレット H/T 1600SSS-E

1973年(昭和48)1月、大衆車サニーとファミリーカーであるブルーバードUの中間的な車種への要望に応えて、新型バイオレットが誕生しました。乗用車系は、セダンとハードトップを設定しています。いずれもロングノーズ・ファストバックと呼ばれるスポーティなフォルムが与えられ、とくにハードトップモデルのエクステリアの流麗さは大きな話題となりました。この1600SSS-Eは、電子制御燃料噴射装置(ニッサンEGI)を備えたL16E型エンジン(直列4気筒OHC・1595cc、最高出力115馬力)を搭載しています。さらに、4輪独立式のサスペンションを採用し、優れた乗り心地と操縦安定性の高さも好評を得ました。T…年代:1973

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ニッサンR390 GT1 *'98年ル・マン24時間レース出場 総合5位 30号車(クラリオンカラー)実車

日産自動車は1997年(平成9年)に7年ぶりにワークス体制を敷き、GTマシンであるニッサンR390GT1GTを開発。ル・マン24時間レースに復帰しました。エンジンはV型8気筒DOHCツインターボ・3495ccのVRH35L型で、最高出力650馬力以上を誇りました。ル・マン24時間レースの復帰初年は、最高位が総合12位という残念な結果となりましたが、翌1998年(平成10年)には出走した4台すべてが完走を果たし、総合3位、6位、10位の獲得に加えて、ゼッケンNo.30の本車両が予選10位から決勝へ挑み総合5位に食い込み、全車10位以内で完走し、その信頼性の高さを実証しました。年代:1998

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