「」 に対する検索結果 : 26836件

前の50件 (6001-6050/26836)    次の50件

チェリークーペX-1

日産自動車初のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車として生まれたチェリーは、1971年(昭和46年)9月に、より若々しくスポーティーなクーペを追加設定しました。その上位モデルであるX-1(エックス・ワン)は、直列4気筒OHV・1298ccのA12型エンジンの燃料供給装置を、SUツインキャブ仕様に変更して80馬力の最高出力を獲得。独特なスタイルは、ジーンズやアメリカンクラッカーといった玩具のブームで沸きかえる若者たちを魅了しました。レースでは、排気量をアップするなどのチューンナップを加え、最高出力を一気に150馬力にまで高め、サニーとともに富士スピードウェイで開催されるシリーズで活躍。…年代:1973

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


セドリック 4ドアセダン 2000GL

日産自動車を代表する高級車として、ひとつの時代を築いたセドリックは1971年(昭和46年)2月のフルモデルチェンジにより、3代目となりました。このモデルは、1966年(昭和41年)に日産自動車と合併した旧プリンス自動車工業の高級車・グロリアのフルモデルチェンジ(4代目)と同時に、基本メカニズムやデザインを共有する姉妹関係を結んでいます。そのため、以後この両者を表現する際に「セド/グロ」という愛称がカーマニアの方々を中心に使われるようになりました。記念車の2000GLというモデルには、ラグジュアリーカー向けのエンジンとして、長きにわたり愛された信頼性の高い直列6気筒・OHC・1998ccを搭載…年代:1972

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン 2000GT-R

3代目スカイライン(C10型系)に設定されたスカイラインGT-Rは、わずか2年10か月の短期間に50勝もの栄冠を獲得。日本のレース史上に燦然と輝く大記録を打ち立てました。そして、1972年(昭和47年)9月、スカイラインはフルモデルチェンジを遂げて4代目(C110型系)に進化。これに伴い、スカイラインGT-Rも翌年1月に、新たな2ドアハードトップのボディに、高い実績を誇る直列6気筒DOHC・1998ccのS20型エンジン(160馬力)を搭載した新型に移行しました。この記念車は、同年の東京モーターショーに参考出品された「GT-Rプロトタイプ」で、1973年より実戦へ投入する意気込みを表すために…年代:1972

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン H/T 2000GT-R

「ケンとメリーのスカイライン」というキャチフレーズで、大人気となった4代目スカイライン。4代目に設定されたスカイラインGT-Rが、「幻のGT-R」と呼ばれることになったのはレースに出場できなかったことに加え、日産自動車が排気ガス対策に全社的に取り組むことにより、市販仕様車の販売を1973年(昭和48年)1月からわずか4か月という短期間で終了したため、総数で197台しか生産されなかったことも、その理由になっています。このスカイラインGT-Rは、従来のモデルと異なる専用設計のステンレス製エキゾーストマニホールドや吸気側エアダクトなどを装着。後輪にもディスクブレーキを採用して、国産車初の4輪ディス…年代:1973

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン H/T 2000GT-R

スカイラインGT-Rは「幻のGT-R」、「悲運のGT-R」などと表現されることがありますが、多くのスカイラインファンやレースファンの方々からは、ケンとメリーのスカイラインGT-Rを省略した「ケンメリR」というニックネームでいまも愛され続けています。また、搭載されたS20型エンジンはハイオクガソリン仕様に加え、レギュラーガソリン仕様も用意していたのも、先代モデルとは異なる特徴のひとつです。コクピットは、スパルタンなアルミ製のメーターパネルを採用、ドライバーにエンジン回転数を知らせるタコメーターは、1万回転までスケールを刻んでいました。ボディカラーは、シルバーとホワイト、レッドの計3色が設定され…年代:1973

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバードU 1800SSS

1971年(昭和46年)1月、より大きくゆったりとしたボディをまとって誕生したブルーバードシリーズの4代目が、ブルーバードU(610型系)です。市販モデルは当初、3代目ブルーバード(510型系)と併売されていましたが、国際ラリーでは先代からバトンを受け、1973年(昭和48年)に開催された、第21回東アフリカサファリラリーに挑戦。この年のサファリで、日産チームはフェアレディ240Zで総合優勝を果たしましたが、ブルーバードUはこれに続き総合2位に入賞、さらにクラス優勝も獲得。「ラリーの日産」を強く世界へ印象付けることに成功しました。年代:1973

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


チェリーFIIクーペ

日産自動車初のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車であるチェリーは、1974年(昭和49年)にフルモデルチェンジを行い2代目(F10型系)に進化。車名を「チェリーF-||」としました。このマシンはカタログ掲載用に製作されたもので、ベース車両は最上級かつ最もスポーティなGXツインです(「キャブレターを2連装している」という意味)。エンジンパワーを148馬力にまで高めるなどチューンナップし、当時のTSレースの参加基準に合わせていました。しかし、日産自動車が排気ガス規制対策にその技術を傾注させるため、レース活動を中止していた時期にあり、残念ながら実戦には投入されませんでした。ちなみに、この…年代:1976

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバードU 1600GL

スポーティーなファミリーカーとして好評を博した、3代目ブルーバード(510型系)。その後を受け継ぐモデルとして、1971年(昭和46年)8月、4代目にあたるブルーバードU(610型系)が生まれました。サイズアップが図られ、ゆったりとした優雅なフォルムを採用しています。サイドウインドウが後方へ向かうに従って、アルファベットの「J」のような美しいラインを描くサイドスタイルが、トレードマークとなりました。エンジンは当初、直列4気筒OHCの1600ccと1800ccをラインアップ。その後、1973年(昭和48年)8月にはスカイライン2000GTと同じ、直列6気筒エンジンを搭載した、200GTが追加さ…年代:1975

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ローレル 2000SGX

1972年(昭和47年)4月にデビューした2代目ローレル(C130型系)は、そのポリシーを継承しつつ、70年代を象徴するにふさわしい、「豪華さと高品質を誇り得るクルマ」として登場しました。エクステリアは、「ノーブルでダイナミックな彫刻美」というテーマでデザインされています。サイズアップによって、堂々とした風格あるスタイリングで個性を放ち、室内も豪華で格調高いムードに仕上げられました。ボディは4ドアセダンと2ドアハードトップを設定。エンジンは直列4気筒OHCの1800ccのG18型、同2000ccのG20型と同型のツインキャブのほかに、直列6気筒OHC・2000ccのL20型があり、2000S…年代:1975

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン H/T 2000GTX・E

スカイラインH/T2000GTX・E「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズとともに、1972年(昭和47)年9月に、4代目スカイライン(C110型系)がデビューしました。この頃は、各自動車メーカーともに既存車種、新型車を問わず、社会が求める排気ガス規制というルールに市販車を順次適合させる必要がありました。そこで日産自動車では、当時のスカイラインGT-Rの生産と販売を打ち切り、また一切のレース活動を中止して、その技術力をこの分野に注ぎました。そして、この間にスカイライン2000GTシリーズに搭載される、直列6気筒OHC・排気量1998ccのL20型エンジンの低公害化も進めま…年代:1976

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


フェアレディZ-T

初代フェアレディZ(S30型系)は、1969年(昭和44年)10月に発表。翌11月から発売が開始されます。アメリカで大好評を博し、日本を代表する2人乗りポーツカーとしても、当初から高い評価を獲得しました。国内仕様では、北米市場に先行投入されていた、2400ccエンジン搭載モデルの240Zシリーズを1971年(昭和46年)11月に導入。1974年(昭和49年)1月には、ホイールベースを延長して後部に座席を設けた4人乗り仕様の2/2を加わえました。さらに、1976年(昭和51年)7月には、電子制御燃料供給装置・EGIなどで排気ガス規制に適合したS31型へ進化しました。この記念車は、アルミロードホ…年代:1977

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


セドリック 2800SGL

高級車・セドリックの4代目として、1975年(昭和50年)6月に330型系が発売されました。重厚な豪華さ表現した4ドアセダンのほかに、2ドアとドアのハードトップも用意されました。このモデルは、直列6気筒OHC・2753ccのL28S型エンジン(最高出力140馬力)を搭載した1977年式(昭和52年)です。型式名はP311型ですが、通常のモデルと少し変わったエクステリアなのは、朝日新聞社が同年、アジアハイウェー1号線(A1ルート)沿線の文化・経済や人々の生活を紹介する連載記事を掲載するための取材車として、海外で使用した車両そのものだからです。トルコのイスタンブールとベトナムのサイゴンを結ぶ、2…年代:1977

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバード 1800SSS

5代目ブルーバードとなる810型系は、1976年(昭和51年)7月にデビュー。オイルショック後という時代を背景に投入されるニューモデルということで、「省エネ」、「省資源」、「安全」を追求しました。4ドアセダンと2ドアハードトップの2タイプを設定。当初のエンジンラインナップは、直列4気筒OHCの1600ccと1800cc、直列6気筒OHC・2000ccの3基でした。また、俳優で歌手の加山雄三さんをイメージキャラクターに起用し、新しいブルーバード像をアピールしていただきました。この記念車の4ドアセダン1800SSSは、翌1977年(昭和52年)に、朝日新聞社の海外取材車として、アジアハイウェー1…年代:1977

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバード 1800GL

5代目ブルーバードは、1978年(昭和53年)8月にマイナーチェンジを実施して型式名を811型となりました。その際に、53年排出ガス規制への適合や全車角形4灯式ヘッドライトを採用して、より精悍なフロントマスクなが与えられました。また、キャッチフレーズには「ヘビーデューティーカー(激しい使用を受け止める耐久力があるクルマ、という意味の英語)」を掲げ、逞しさを強調しました。この1800GLというグレードは、Z18S型という4気筒OHCエンジン(105馬力)を搭載していますが、厳しい排気ガス規制に対応するために、ひとつのシリンダーに対して、2つのスパークプラグを備えていることも話題になりました。ま…年代:1978

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

初代バイオレットはスポーティーな装いの2ドア/4ドアセダン、2ドアハードトップという、3つのボディスタイルをもち、1973年(昭和48年)1月に登場しました。当初は直列4気筒OHCの1400ccと1600ccエンジンをラインナップ。また、ブルーバードの姉妹車であることから、710型系という型式名が授けられ、海外ラリーにも果敢に挑みました。このマシンは、1977年(昭和52年)にオーストラリアで開催された、第12回サザンクロスラリーにて、輸出仕様名のダットサン160Jでエントリー。エンジンはモータースポーツマシン用に開発され、ラリー用のチューンナップを加えたLZ18型(直列4気筒DOHC・19…年代:1977

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

1977年(昭和52年)5月、バイオレットは初のフルモデルチェンジを行い、2代目に進化するとともにブルーバードから独立し、車両型式はA10型系になりました。また、高級志向の「スタンザ」、若々しさを強調した「オースター」という姉妹車も同時に誕生しました。2代目バイオレットには、オープンバックと名づけられた3ドアハッチバックと、4ドアセダンの2つのボディがありましたが、モータースポーツへの挑戦には後者のボディタイプが選ばれました。このマシンは1978年(昭和53年)の第13回サザンクロスラリーで優勝を獲得。前年の同ラリーでは、初代(710型系)が勝利を収めていましたので、2年連続でバイオレットが…年代:1978

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

2代目バイオレット(A10型系)は、海外ラリーで並みいる強豪を押さえ込み、数々の栄光をつかみ、「技術の日産」、「ラリーの日産」を世界中にとどろかせました。このマシンは、1981年(昭和56年)にアフリカのケニアで開催された第29回サファリラリーで優勝を収め、同ラリー史上初の3連覇を達成した記念すべき車両です。エンジンは、モータースポーツ専用の直列4気筒DOHC・1952ccで、最高出力215馬力を発揮したLZ20B型を搭載。正式エントリー車名は「バイオレットGT」、グループ4というカテゴリーに属しました。この年の日産チームは、ほかにグループ2仕様のバイオレットとブルーバード、シルビア各1台を…年代:1981

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

バイオレットは高い走破性と信頼性の高さをフルに発揮して、1982年(昭和57年)の第30回サファリラリーにおいて、総合優勝をつかみ取りました。この勝利によって、日産自動車は同ラリー史上初の4連覇(1979年-1982年)を達成。このマシンのドライバーであるシェカー・メッタ、ナビゲーターのマイク・ドウティ組が、出場者として同ラリー史上初の4連覇を成し遂げたことも、大きなニュースになりました。このマシンのエンジンは、直列4気筒DOHC・1975ccで、220馬力の最高出力をマークしたグループ4仕様のLZ20B型を搭載していました。年代:1982

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

日産自動車は1970年(昭和45年)のサファリラリーで、4代目ブルーバード(510型系)で総合優勝を飾って以来、同ラリーで圧倒的な速さを見せつけました。そして、1979年(昭和54年)に開催の第27回サファリラリーにおいては、この記念車のバイオレット(正式エントリー名はダットサン160J)が総合優勝を獲得。日産チームに通算で4度目の栄冠をもたらせました。エンジンは直列4気筒OHC・1952cc、最高出力190馬力のL20B型を搭載していました。この年の同レースはメルセデス・ベンツ450SLC、プジョー504、アバルト131などの強豪が揃っていましたが、バイオレットは5位、7位、9位にも名を連…年代:1979

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


シルビア スーパーシルエット

スペシャリティーカー、シルビアの4代目モデル(S12型)は、リトラクタブル式のヘッドライトを採用した斬新なスタイルで1983年(昭和58年)8月にリリースされました。モータースポーツ活動の一貫として、当時富士スピードウェイで開催されたスーパーシルエットレースに、元祖・日本一速い男として知られる星野一義選手がドライバーでした。スーパーシルエットとは、レース専用のモンスターマシンでありながら、外観は市販車をベースにした当時の国際規定・グループ5に合致した仕様の車両で行われる競技です。このマシンは最高出力570馬力以上というスペックにパワーアップされた直列4気筒DOHCターボ、2082ccのLZ2…年代:1983

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


プレジデント ソブリン

プレジデントは、日産自動車がもつ最高の技術と品質を誇る最高級セダンとして、象が踏んでも壊れないCMで有名になった筆入れが発売されました。1965年(昭和40年)の10月に初代モデル(150型系)が誕生。そして、このモデルは1973年(昭和48年)にデビューした2代目モデル(250型系)です。1977年(昭和52年)に53年排ガス規制への適合化を図り、型式名を252型とした車両の1980年(昭和55年)製車です。最上級グレードとして設定された「ソブリン」は、その大きく威厳のあるスタイルに、V型8気筒OHV・4400ccのY44E型エンジン(最高出力200馬力)を搭載。公用車やハイヤーなどとして…年代:1980

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバード 1800SSS

1979年(昭和54年)11月に登場した6代目ブルーバード(910型系)は、直線基調のクリーンなフォルムをもち、名車として誉れの高い510型系(3代目)の再来といわれました。発売当初から大きな反響を獲得。歌手の沢田研二さんをイメージキャラクターに迎え、「ザ・スーパースター」、「ブルーバード、お前の時代だ。」というキャッチコピーも大好評で、1982年2月まで小型車クラス販売・27カ月連続トップという驚異的なセールスを記録しました。当初のバリエーションは、4ドアセダンと2ドアハードトップの2本立てです。1600/1800の搭載エンジンは、すべて4気筒に統一(この2ドアハードトップ・1800SSS…年代:1979

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


バイオレット

1977年(昭和52年)5月に発売された2代目バイオレット(A10型系)は、「ラリーの日産」の伝統を受け継ぎ、その名に恥じない輝かしい戦績を残し、日産自動車のラリー活動の黄金期を築き上げました。このマシンは、200馬力以上にパワーアップされたL20B型エンジンを搭載。1980年(昭和55年)の第28回サファリラリーで、シェカー・メッタ選手がナビゲーターとともに、過酷な路面に挑み、見事に優勝を果たしました。日産チームは前年に続き2年連続総合優勝を収め勢いに乗り、続く1981年(昭和56年)、1982年(昭和57年)も総合優勝という結果を残し、同ラリー史上初の4年連続制覇を成し遂げることとなった…年代:1980

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ガゼール ハッチバック ターボXE

携帯型カセットプレーヤー・ウォークマンが誕生した1979年(昭和54年)、その3月にスペシャルルティーカー、シルビアの3代目(S110型系)がデビュー。同時に姉妹車であるガゼールが「未来から大股でやってきた」というキャッチフレーズを伴って登場しました(ガゼールは、アフリカなどの草原に棲息するカモシカ類の総称、「ガゼル」を車名の由来としています)。ボディタイプは気品ある2ドアハードトップと、流麗なラインで仕上げられたハッチバックの2タイプを設定。角形4灯式ヘッドライトを採用し、鋭い表情をもったマスクや日本初のドライブコンピューターを装備するなど、新しい時代の到来を感じさせてくれました。このモデ…年代:1981

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ローレル 4ドアH/T 2000SGL-E

1977年(昭和52年)1月に発売された3代目ローレル(C230型系)は、豪華なゆとりの充実、静粛さの追求、安定した高品質の維持、省資源への配慮、積極的な安全策という、5つの開発コンセプトを高い次元でバランスさせ生まれました。ボディタイプは端正な4ドアセダン、スポーティーな2ドア・ハードトップ、そして、その双方のよさを融合させた、新設定の4ドア・ハードトップの3タイプとしました。パワーユニットは従来から好評の直列4気筒・1800cc、直列6気筒の2000ccと2800ccの3つをラインナップ。ハイオーナーカーとしての確固たる地位を確立しました。このクルマは、1980年(昭和55年)11月に発…年代:1980

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン 2000GT

5代目スカイライン(C210型系)は、1977年(昭和52年)にデビュー。「日本の風土が生んだ日本の名車」としての自負をキャッチフレーズに込めた「SKYLINEJAPAN」というメッセージとともに、新たなるグランドツーリングの世界を切り開きました。主力モデルである2000GTシリーズには、1980年(昭和55年)のマイナーチェンジで型式名を211型としたモデルでは、当時としては斬新な角形異形ヘッドライトを採用したフロントマスクが話題に。「夢のスカGターボ」というCMコピーで多くのファンを沸かせた、ターボエンジン搭載車が加わりました。このクルマは、お客様が愛用されていた2000GT(L20型…年代:1980

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバード スーパーシルエット

6代目ブルーバード(910型系)は、そのクリーンなイメージのスタイルや高性能な走りを武器に、小型車のベストセラーモデルとして高い評価を獲得しました。また、国内のモータースポーツでも活躍。このマシンは市販車のおもかげを残した、スーパーシルエットというモンスターマシンで速さを競うレースに出場しました。搭載エンジンは、直列4気筒DOHC、2082ccの排気量にターボチャージャーをドッキングし、最高出力を570馬力としたレース専用のLZ20B型です。この大パワーは当時のF1をも凌ぐほどでした。実際のレースにおいて、このブルーバードスーパーシルエットは、1980年(昭和55年)と1982年(昭和58…年代:1983

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


グロリア 4ドアH/T 200E GL

6代目グロリアにあたる430型系は、1979年6月に登場。同時に姉妹車であるセドリックも、同時にフルモデルチェンジされました。この430型系は、直線を基調とした優雅で気品漂う4ドア・ハードトップと、伝統的な風格をもつ4ドアセダンの2タイプのボディ形態でした。2ドア・ハードトップモデルは廃止されました。当初のエンジンラインナップは直列6気筒OHCの2000ccと2800ccをメインに構成し、のちに、日本初の市販車ターボエンジンとなるL20ET型も加わりました。また、430型系は、より高級車にふさわしい高い静粛性を実現しており、CMのキャッチフレーズに「サイレント・グロリア」を採用。イメージキャ…年代:1980

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


シルビア

3代目シルビア(S110型系)は、シャープで未来的なフォルムをもった新時代のスペシャルティーカーとして、1979年(昭和54年)3月にデビュー。のちに1800ccのターボエンジン搭載車や4バルブDOHCエンジンを搭載した2000RSシリーズも加わり、当時の若者たちの憧憬の的になりました。モータースポーツでは、国内のスーパーシルエットレースと海外ラリーへ挑みました。このマシンは、ラリーの王者として数々の実績をあげたバイオレットの後を継ぐかたちで実戦に投入。1982年(昭和57年)に開催されたサファリラリーでは、総合3位を獲得しました。エンジンは直列4気筒DOHC・1975ccで、最高出力215…年代:1982

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン H/T ターボ2000GT-ES

日本を代表する高性能車として、高い人気を誇るスカイラインは、1981年(昭和56年)8月、6代目(R30型系)へと進化を遂げました。スカイラインは代々、オーナーの方や多くのファンの方々から、その時代ごとにニックネームを授かっていましたが、このモデルでは、米・映画俳優の大御所で、カーマニアでもあるポール・ニューマン氏をイメージキャラクターに起用。このことから「ニューマンスカイライン」と愛称されました。主力となる2000GTの上級モデルに、量産市販車としては世界初となる、足まわりのセッティングを室内のスイッチで選択できるアジャスタブル・ショックアブソーバーなどの革新技術を惜しみなく投入していまし…年代:1981

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイライン スーパーシルエット

スカイラインGT-Rの生産終了以来途絶えていた、DOHCエンジンが8年ぶりに復活。レース界にも復帰を果たしたことでも、6代目スカイライン(R30型系)は注目を集めました。直列4気筒4バルブDOHC・2000ccのFJ20E型エンジン(最高出力150馬力)を搭載した2000RSシリーズです。RSとはレーシングスポーツの略で、このエンジンは1983年にターボ仕様のFJ20ET型(190馬力)が加わり、最終的にはインタークーラー付き仕様に進化。最高出力を205馬力にまでアップしました。レースの世界へは、このRSシリーズがもつ基本スタイルに、LZ20B型という2000ccターボ付きのレース専用エンジ…年代:1983

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ブルーバード2000SSS-EX

空前の大ヒットカーとなった6代目ブルーバード(910型系)は1600cc、1800cc、2000ccという3タイプの直列4気筒OHCエンジンをラインナップ。伝統的なスポーティーモデルである、SSSシリーズも、もちろんバリエーションの中心として展開されました。この1981年(昭和56年)式の2000SSS-EXは、1気筒あたり2本のスパークプラグもったZ20Eエンジン(最高出力120馬力)を搭載しています。外観では精悍なハニカム状のフロントグリルを採用。安全面の充実策として、ハロゲンヘッドランプや衝撃吸収ウレタンバンパーなども標準装備。インテリアは、7つの調整機能を持つ7ウェイの運転席を筆頭に…年代:1981

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


マーチ

1981年(昭和56年)に開催された第24回東京モーターショーに、1000ccエンジンを搭載したコンパクトカーが参考出品されました。このクルマは後に、一般公募により車名を「マーチ」として、1982年(昭和57年)10月から販売を開始しました。これが日産自動車を代表するコンパクトカー、マーチの誕生ショートストーリーです。マーチといえば小回りが利いて経済的。そして扱いやすい。といった特徴がありますが、これは軽快な運動性能をもっている。ということでもあります。そうしたことから、マーチはモータースポーツへも参戦。全日本ラリー選手権のクラス制覇など、未舗装路でも高いポテンシャルを発揮しました。年代:1982

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


マーチ スーパーシルエット

初代マーチは、歌手で俳優の近藤真彦さんをイメージキャラクターに迎え、「マッチのマーチ」や「スーパーアイドル」といったキャッチコピーで、若い女性を中心に高い関心を集め、一躍人気モデルの仲間入りを果たしました。このマシンは、イメージキャラクターの近藤真彦さんのために、当時スカイラインやブルーバード、シルビアなどのモンスターマシンが速さを競い、花形レースとして人気が高かったスーパーシルエット仕様を模した、スペシャルモデルです。エンジンはチューンナップされたE15型(1500cc、最高出力160馬力)を搭載。コンパクトカーとは思えない、迫力のボディは多くの男性の目を釘づけにしました。年代:1982

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


サニー1500 SGLエクストラ

誕生以来、日本のマイカー時代をリードし続けてきたサニーは、1981年(昭和56年)11月にフルモデルチェンジを果たし、5代目(B11型系)に進化しました。このモデルの最大の特徴は、省資源・省エネルギー時代の到来にいち早く応えるため、駆動方式をFF(フロントエンジン・フロントドライブ)とし、搭載されるエンジンやサスペンションなどもすべて一新したことです。なめらかで親しみやすいボディに広い室内空間を作りだし、騒音や振動の低減や空調システムの改良なども積極的に実施しました。また、のちに経済性とスポーティーな走りを両立させた、1500ccターボエンジン搭載の「ルプリ」シリーズもラインナップに加わりま…年代:1982

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


フェアレディZ 300ZX

日本が生んだ世界のスポーツカー、フェアレディZは、1983年(昭和58年)、3代目となるZ31型に生まれ変わりました。伝統のロングノーズ・ショートデッキスタイルを受け継ぎつつ、鋭さを増したボディが与えられ、エンジンは従来の直列6気筒から、当初は新設計のV型6気筒OHC2000cc/3000ccのターボチャージャー付きエンジンを搭載していました。このマシンは、1985年(昭和60年)全日本ラリー選手権の第3戦から途中参戦し、第6、7戦での連続優勝を筆頭にポイントを重ね、同年のシリーズチャンピオンに輝いた、VG30ET型エンジン(最高出力230馬力)を搭載したラリー仕様の300ZXというモデルで…年代:1983

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


パルサーミラノX-1

1980年代に入り、モータリゼーションのさらなる普及とともに、モータースポーツもますます盛んになりました。1978年(昭和53年)に登場した初代パルサー(N10型)は、サニーと並んで人気を博した小型車で、サーキットでのワンメイクレースも行なわれていました。2代目となるパルサーミラノX1(RHN12型)は、1984年(昭和59年)3月に登場。スタイリッシュな2ボックスとして多くの若者の支持を得ました。また、富士フレッシュマンレースなど、ワンメイクレースを行うためのレース車両も同時に供給されました。それが、2ドアハッチバックをベースに、標準車と同じ1500cc・95馬力のエンジンを搭載し、サスペ…年代:1984

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


スカイラインGTパサージュ・ツインカム

「7thスカイライン」のキャッチフレーズで親しまれたスカイライン(KRR31型)は、1985年(昭和60年)8月にデビューしました。スカイラインでは伝統の6気筒エンジンを搭載。その誕生は多くのファンを魅了しました。同年秋の東京モーターショーには4ドアをベースに製作されたレーシングカーを出品。レースへの参戦はありませんでしたが、エンジンは2000ccの直列6気筒DOHCターボを搭載し、300馬力以上の最高出力が可能でした。年代:1985

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


EVガイド-II (電気自動車)

1986年(昭和61年)の第26回東京モーターショーに参考出品されたEVガイド(II型)は、画期的なワンボックスタイプの6人乗り電気自動車でした。7.5kw(1馬力)を発生する直流直巻モーターを原動機として使用、最高速度は16km/h、1回の充電で約60kmの走行が可能でした。モーターショーののちに屋根付きに改造され、実際に日産自動車の工場施設内で使われました。電気自動車ならではのクリーンな特性を活かし、工場見学に訪れた皇族や国賓の方々を乗せて案内するガイドカーとして長いあいだ大役を務めました。環境保護の重要性から電気自動車は次世代のクルマとしてますます注目されています。日産自動車では、19…年代:1985

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


パルサー エクサ コンバーチブル

パルサーエクサは1982年(昭和57年)から4年間製造された、パルサーのクーペモデルです。リトラクタブルヘッドライトを採用したエクステリアは、セダンとは一線を画するものでした。このスタイリッシュなクーペボディが人気となり、また、1500ccのコンパクトなスポーティカーとしてサーキットのワンメイクレースでも大活躍しました。パルサーエクサコンバーチブルは、1985年(昭和60年)に登場した、日産チェリー系販売会社創立15周年記念特別仕様限定車です。全国で100台の限定販売となりました。5速フロアシフト車をベースにしたオープンモデルで、耐候・耐熱性に優れた専用のクロス地を採用したソフトトップには同…年代:1985

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサンR85V

日産自動車が1986年(昭和61年)、ワークスとして初めてフランスのル・マン24時間レースに参戦したグループCカーと呼ばれるプロトタイプのレーシングカーです。ニッサンR86Vニチラ(星野一義/松本恵三/鈴木亜久里組)と、ニッサンR85Vアマダ(長谷見昌弘/和田孝夫/Jウェーバー組)の2台体制で過酷な24時間耐久レースに挑みました。3000ccのV型6気筒DOHCターボエンジンを搭載した680馬力以上のハイパワーマシンの性能を活かし、予選でニッサンR86Vニチラが日本勢トップの25位となりました。しかし、決勝で惜しくもリタイヤしましたが、ニッサンR85Vアマダが総合16位で完走し、当時の話題…年代:1985

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサン GTP ZX-Turbo

1985年(昭和60年)から、米国のIMSA(インターナショナル・モータースポーツ・アソシエーション)のレース、IMSAGT選手権のGTPシリーズに参戦していたマシンです。マシンの開発とレース参戦は米国のエレクトラモーティブ・エンジニアリングが担当。3000ccのV型6気筒SOHCターボエンジンを搭載したプロトタイプのレーシングカーで、1988年(昭和63年)にはドライバーズタイトルを獲得(ジェフ・ブラバム組)。さらに1989年(平成元年)~1991年(平成3年)の3年連続でドライバーとメーカー両方のシリーズタイトルの栄冠に輝きました。年代:1985

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサンR86V

グループCカー(プロトタイプのレーシングカー)によって争われる、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)の、1986年(昭和61年)シーズン向けに作られたレーシングカーです。英国のマーチ製86Gのシャシーに、680馬力以上のVG30ツインターボエンジン(3000ccのV型6気筒)を搭載しています。サイドラジエーター方式を採用して空力性能を向上させているのが特徴でした。1986年のル・マン24時間レースに出場、星野一義/松本恵三/鈴木亜久里組で、予選は日本勢でトップでしたが、決勝では惜しくもリタイヤとなりました。全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権では星野一義/高橋健二組のマシ…年代:1986

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサンR88C

1986年(昭和61年)にル・マン24時間レースに初参戦した日産チームが、1988年(昭和63年)のレースに照準を合わせて新たに開発した、3000ccでV型8気筒DOHCターボのVRH30エンジンを搭載したプロトタイプのレーシングカーです。750馬力以上のハイパワーとなったエンジンのほかに、ホイールベースを長くして操縦安定性を向上させ、日産自動車独自のカウルデザインを採用するなどして進化させました。戦績は、ル・マン24時間レースで総合15位の結果となり、全日本スポーツプロトタイプカー選手権では最高3位の成績を残しています。年代:1988

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


シルビア 200SX

1988年(昭和63年)の第36回サファリラリーで総合2位となり、A4クラス(2000cc以上の2WD車)優勝を成し遂げたシルビア(RVS12型)です。ベースは輸出仕様(車種名はダットサン200SX)で、最高出力が250馬力以上となる3000ccのV型6気筒OHCエンジンを搭載していました。ドライバーはマイク・カーランド組です。なお、第36回サファリラリーは、大会前の大雨の影響で完走したマシンが14台という過酷さでしたが、シルビア200SXのほか、A3クラス(排気量1600-2000cc)にエントリーした日産マーチもクラス優勝し、日産チームは2階級制覇の偉業を成し遂げました。年代:1988

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


Be-1

1985年(昭和60年)の第26回東京モーターショーに参考出品したBe-1(ビーワン)は、“ノスタルジック・モダン”をデザインテーマに、やすらぎ・安心感を追求したクルマとして登場、会場で大きな話題となりました。車名は、開発記号の「B1」を「Be動詞化」したことから名づけられました。発売されたのは、その翌々年の1987年(昭和62年)1月です。発売前から評判が高く、そのうえ限定生産であったために、購入者を抽選で決定しました。さらに、市場ではプレミアまでつくという人気ぶりでした。1000ccエンジンを搭載したマーチ(K10)がベースとなっており、丸みを持たせた愛くるしいフォルムが特徴です。パオ、…年代:1987

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


Be-1 キャンバストップ

第26回東京モーターショーで話題となった「パイクカー」第1弾、Be-1は、1987年(昭和62年)1月にデビューしました。丸型基調となったデザインのランプ類をバランスよくレイアウトしたエクステリアは、個性的であり、多くのファンを魅了しました。インテリアもニットのフルクロスシートの採用や、丸型のベンチレーショングリルなどエクステリアに通じる心地よさと楽しさがその特徴でした。また、リサイクル可能な熱可塑性樹脂も、Be-1が世界に先駆けて採用した技術です。記念車は発売2か月後に追加されたモデルです。開放感とカジュアルな雰囲気が楽しめ、キュートな雰囲気が倍増するこの電動キャンバストップ仕様も大きな話…年代:1987

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサンR88C

1988年(昭和63年)のル・マン24時間レースに照準を合わせて新設計した、3000cc・V型8気筒DOHCターボのVRH30エンジンを搭載したプロトタイプのレーシングカーです。24号車YHPは、1988年-1989年(平成元年)の第2戦まで長谷見昌弘選手が第1ドライバーとして全日本スポーツプロトタイプカー選手権(JSPC)に参戦。1988年は第1戦・富士と、第5戦・鈴鹿でともに3位に入賞。翌年の第1戦・鈴鹿も3位に入賞を果たしています。また、この年に始まった世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)の第1戦・鈴鹿では4位に入りました。年代:1988

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


シルビア Q’s

1988年(昭和63年)5月のフルモデルチェンジで登場した5代目シルビア(S13)は、均整のとれたクーペらしい美しいボディラインが受け入れられ、日産自動車を代表する「スペシャリティカー」として、若者を中心に多くのファンを獲得しました。フロントエンジン・リヤドライブの、FRの駆動方式ならではの走りの楽しさから、とくに若い世代に人気が集まりました。エンジンは1800ccのCA18型直列4気筒DOHCを搭載。グレードは3タイプあり、Q’sとJ’sが135馬力のNA(自然吸気)エンジンで、K’sが175馬力のハイパワーなターボを装着しています。ちなみに、シルビアとプラットフォームが共通の180SXも…年代:1988

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


ニッサンR90CP

1983年(昭和58年)に始まったグループCカー(プロトタイプカー)によるレース(全日本耐久選手権。のちに全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権という名称に変更)で、日産チームは同シリーズで1990年(平成2年)から3連覇の偉業を成し遂げることになりますが、その初代チャンピオンマシンがニッサンR90PCです(ドライバーは長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン組)。3500cc・V型8気筒DOHCターボであるVRH35型エンジンを改良型のVRH35Zとして搭載しています。シャシーは英国ローラ社製を採用していますが、パーツの約70%が日産自動車とNISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナシ…年代:1990

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 


前の50件 (6001-6050/26836)    次の50件