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金沢 辰巳用水の石管(パイプのミニ博物館より)

辰巳用水は金沢城の防水用水と堀を満たすための水を得ることを目的に、寛永9年(1632年)三代藩主、前田利常の時に完成したものである。当初は木樋が使用されていたが、天保14年(1834年)からの工事で凝灰岩をくり抜いた樋石に交換された。漏水を防ぐために継手には厚く松脂が塗られている。展示の樋石は昭和36年(1961年)金沢市、中警察署の工事中に出土したものである。

情報所有館 : 国立科学博物館 


赤穂の旧上水道(パイプのミニ博物館より)

赤穂では慶長19年(1614年)から簡便なろ過装置をもち、各戸給水の上水道建設を開始した。工事は元和2年(1616年)一応の完成を見た後、度重なる改造を加えながら昭和19年(1944年)まで上水道として使われていた。これは昭和56年(1981年)赤穂市街下水道工事中に大量に発掘された各種形状土管で各年代のものが混在している。

情報所有館 : 国立科学博物館 


江戸 玉川上水用木管

江戸時代(17世紀中頃)、江戸、玉川上水に上水用として設置された木管。2寸(6cm)厚管6本、1寸(3cm)厚管1本。玉川上水は、承応3年(1652年)竣成された一大プロジェクトで、明治23年(1890年)、東京市の上水道ができるまで市民の大切な飲料であった。展示の木樋の内、中央の大きい木樋は昭和29年に四谷付近で、小さい木樋は昭和33年に三宅坂付近で工事中に出土したものである。

情報所有館 : 国立科学博物館 


薩摩藩 鹿児島旧水道管の石管(パイプのミニ博物館より)

この石管は享保8年(1723年)に作られたとされ、冷水御用水道に使われていたものである。明治になって配水池新設・送水路大改修が完成した後も、このまま市民に愛用されていた。展示の管は昭和25年(1950年)に水源地付近および市中において工事中に発掘されたものである。

情報所有館 : 国立科学博物館 


十二貫野用水系、竜の口用水の伏せ越し用石管(パイプのミニ博物館より)

富山県、黒部川左岸の十二貫野と呼ばれていた扇状地は灌漑する水が無く、長い間荒蕪のまま放置されていた。しかし、加賀藩の裁許役、椎名道三の設計、管理の下に天保12年(1841年)完成した用水によって、初めて田畑が開拓された。展示の石管はこの第一分水に当たる竜の口用水が谷を横断する場所に設置されていた伏せ越し(逆サイホン)用の石管で、昭和46年(1971年)ヒューム管に交換されるまで使用されていた。

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パリ中央市場(パイプのミニ博物館より)

展示物は設計者の名を取ってパビリオン・バルタールと呼ばれたパリ中央市場の遺構で、1850年代に立てられた19世紀の純鋳鉄製構造物として貴重なものである。再開発のため取り壊されることになった時、一部がパリ市当局により横浜市に寄贈され、更にその一部が「パイプのミニ博物館」に寄贈された。当博物館の他、横浜市によって「港の見える丘公園」フランス山地区に復元されて市民に開放されている。

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横須賀造船所水道の土管(パイプのミニ博物館より)

展示の土管は横須賀市三春町より出土したもので、明治9年(1876年)に布設された横須賀海軍造船所用の水道管である。土管の内径は5インチで、製造元は尾州(愛知県)常滑の鯉江家といわれている。形態は京浜間鉄道建設に伴う配水用として英国より輸入したアースン・パイプ(土管)を模して造られたもので、継手部のペーストには低温焼成の輸入セメント、継手部以外には火山灰・石灰・砂を混合したモルタルが使われている。

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横浜外国人居留地の下水道用赤レンガ積管(パイプのミニ博物館より)

横浜の旧外国人居留地に布設された下水道管で、現存する日本最古の洋式水道管といわれている。英国人のRHブラントンが明治3~4年(1870~71年)に布設し、明治13~20年(1880~87年)に展示の赤レンガ積み管に布設換えされた。総延長は約4,000mといわれている。展示の管は中華街市場道りで発掘されたもので、明治17~20年(1884~87年)に布設されたものと考えられている。

情報所有館 : 国立科学博物館 


東京市蛎殻町赤レンガ積管(パイプのミニ博物館より)

東京水天宮~箱崎間の地下鉄工事で発掘された下水管で、明治22年(1889年)頃に布設されたと思われる。東京の下水道史に欠落している珍しいものである。

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長崎水道用鋳鉄管・リベット打鋼管(パイプのミニ博物館より)

展示の400mm両フランジ鋳鉄管は英国DYステュワード社製水道管で、明治中期のコレラ大流行を契機に明治24年(1891年)長崎で建設された創設近代水道に使用されたものである。450mmリベット打ち鋼管は明治37年(1904年)の拡張工事で使用された最初の国産の鋼管で、鋼板製造は官営八幡製鉄所、製管は三菱・長崎造船所といわれている。約50年間使用された後の昭和28年(1953年)に撤去された。

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