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バヌアツのシングルアウトリガーカヌー

バヌアツ ペンテコスト島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。1950年頃に建造され、ペンテコスト島北部の漁村で70年代まで使用されていた交易用カヌーです。木をくり抜いた実用的なカヌーで、目的地が比較的近いせいか帆はつけていません。当時は4人以上の村人が乗って漕ぎ、竹の板の下には交易品の豚を入れ、その上にバスケットなどを置いたといいます。この種の伝統的な丸木船はペンテコスト北部には収集当時すでに4隻しかなく、完全に 原型を保っているのはこの1隻だけでした。アウトリガーや竹の板の結び方を知っている村人もわずかでした。

情報所有館 : 海洋文化館 


タオ(ヤミ)族のタタラ船

タタラ舟は、台湾南西沖にある蘭嶼(ランユウ)島に居住するタオ(ヤミ)族の個人漁労用カヌーで、主にトビウオ漁で使われています。舟の構造は、船底、船首、船尾3本の竜骨を含めて、合計21枚の板を組み合わせて作られており、使われた材料は、全て島に自生する木材を使用しています。板の接着には島の桑の木を使った釘で固定しています。 船体は、赤・白・黒の顔料で彩色されいます。船首、船尾には、モロンと呼ばれる鶏の羽をあしらった装飾がなされており、 彫刻は各集落においてデザインが決まっており、どの集落所属の舟なのか一目で分かるようになっています。本資料は、東清集落の伝統的なデザインです。

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シューテン諸島のシングルアウトリガーカヌー

パプアニューギニア東セピック州シューテン諸島のシングルアウトリガーカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。シューテン諸島の人々は、こうしたカヌーでニュ一ギニア本土と交易をしたり、子どもたちは学校に通学していました。船には水よけの板と帆がつくようになっていますが、主にパドルで漕ぎます。船体は内湾し、乗り手はカヌーにまたがるようにして乗ります。このカヌーは船体の舳先とスキー板状の薄い浮き木の先端がともに鰐のような彫刻が施され、船体にも特有の螺旋模様が彫刻や魚のような模様など芸術性の高い様々な模様が施されています。

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セピック川のカヌー

パプアニューギニア・セピック川流域のカヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。漁業ばかりでなく、川の上流と海岸沿いの間で、交易にも使われました。河川で使用されるカヌーでは一般的なアウトリガーを持たない細長い船体をしています。カヌーの長さは、通常5~6メ 一トル程ですが、30メートル程の長さのものもあります。船首にはそれぞれの部族を表す彫像が取りつけられており、このカヌーにはワニの彫像が取りつけられています。船外エンジンがセピック河地域にもたらされたのは、第二次世界大戦後のことである。船尾の割れ目はこの船外エンジンを取り付けるためのものです。

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リエン・ポロワット号-カロリン諸島の航海カヌー

カロリン諸島のポロワット島で2013年に製作され、島からグアム島まで約800キロを5日間かけて実際に航海を行いました。材料は島で採れる樹木・植物のみを使用し、船体の船底部や舷側板はすべてパンノ木を使用し、部材はすべてココヤシの実の繊維を撚った紐で結縛されました。帆は伝統的なパンダナスから作られ、船名のリエン・ポロワットとはポロワットの美しい女性を意味し、帆作りなどに貢献した女性たちを称えています。島の首長テオ・オノペイ氏ら8人の島民が航海を成し遂げ、その後解体して輸送し本船を館内で再組み立てました。カロリン型航海カヌーの特徴である前後同型であるが、アウトリガー側が若干膨らんでいます。

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ラカトイ

パプアニューギニア ポートモレスビー地区の大型交易カヌーで、1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。モトゥ族の女性たちがつくる大量の土器を積んで運ぶための交易用の船で、季節風を利用し9月~10月に西に航海し、11月~12月にはココヤシ、サゴヤシ、タロイモ、ビンロウジ、バナナなどを船に満載して帰郷しました。3~4艘の大型カヌーを結束して組み立て、積載量に優れ、カニ爪型の帆が特徴です。実際には舟の全長と同じくらいの高さをもつ巨大な帆ですが、展示用に縮小してあります。ラカトイによる交易は、20世紀半ばには衰退しましたが、このカヌーは島の人々が海洋文化館に出品するため建造したものです。

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クラカヌー

パプアニューギニア・トロブリアンド諸島キリウィナ島のカヌーで、島民の好意により贈られた1975年の沖縄国際海洋博覧会当時の資料です。「クラ」とは、トロブリアンド諸島の人々が島の間で行う、貝製の首飾りや腕輪を交換する儀礼のことで、このカヌーはその航海用のもので、近くのクラパートナーの島々との間を行き来しました。実際のクラ交易に使われ、帆まで残る完全なもので、今では現地でも見られなくなった貴重な資料です。精緻な彫刻と彩色、美しいタカラガイの飾りが施され、装飾のためであると同時に、船を守る呪術的なものでもあります。こうしたカヌーは、現在、本来の目的ではほとんど使用されなくなりました。

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タタナー

タタナーは「ターチ(二つ)」「タナ(棚=舷側材)」という意味です。琉球王国時代や明治時代の記録に「二棚船」や「四棚船」という舟が現れますが、そのうちの「二棚船」にあたります。20世紀のはじめに「伝馬船」という別の舟と混同されるようになり、忘れられていきました。板材を鉄釘でつないだ平底の舟で、前後の区別がつけにくく、安定性や操作性がよいのが特徴です。その性能を生かし、おもに移動・運搬に使われました。

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マチキフニ

マチキフニは松木舟の意味で、リュウキュウマツで作った丸木舟です。2012(平成24)年に約3か月かけて、西表島の祖納集落で樹齢約70年のリュウキュウマツを使用し造られました。祖納集落では、丸木舟のことを材料の名を取って呼び、他にアカンギフニ(赤木舟)などがあり、戦後までは耕作地への往復や漁労などに使用しました。その集落に専門の船大工はおらず、住民がユイ(結)と呼ばれる共働関係を結び、協力して造りました。

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本ハギ

明治時代以降、糸満で杉材を接ぎ合せたハギンニ(接ぎ船)をつくるようになり、ほかのサバニから区別するため「本ハギ」と呼ばれました。部材を接ぎ合せるのに鉄クギを使わず、フンドゥー、フンルーと呼ばれる木製の接合材やルークギと呼ばれる竹釘を使用しています。このサバニは2012に約3か月かけ、大城清が中心となって糸満市で建造したものです。1950年代を境にエンジン付きの漁船が普及し、ずいぶん少なくなりましたが、その後も各地のハーリー競漕で本ハギが求められたこともあり、その建造技術は、糸満市以外にも沖縄島南部の奥武島や石垣島の白保、伊江島など県内各地で受け継がれ、新たな製作者も現れています。

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