「」 に対する検索結果 : 26836件

大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは、第7図 ”光明丹製造の鉛切りの様子”の再現です年代:1991
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは、第4図 ”魚油以外の油の精製法”の再現です年代:1991
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

大正~昭和時代、大阪の漫画家界をリードした藤原せいけん氏に描いていただいた創業当時の製造法の漫画をベースに土人形で原寸大で製作したもの。これは第13図 “ペンキの溶解と濾過作業”の再現です年代:1991
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治14年(1881年)から同30年頃 樹脂と顔料の練り合わせや、溶解色物ペンキ練り用として使用しました。生産能力は1日3人がかりで、28ポンド入り5缶分=約63kg でした年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治41年(1908年)頃よりコーパル(半化石化した植物性樹脂)焚き用として使用した鍋です。1日約20ポンド(9kg)の製造能力でした年代:1908
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

創業者:茂木重次郎は、亜鉛華精製法はじめ研究開発に意欲的で、明治43年(1910年)には、エナメル代用の新塗料を完成し「モテキ塗料」と命名しました。用途の特殊性から200ccの小缶入りが普及しました。代替製品に変わってからもこの容量の缶を「モテキ」と呼ばれました。これは同塗料の看板製作に使った捺染用のブリキ型です年代:1910
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治14年(1881年)の創業当時から、鉛丹製造作業中に火床に飛んだ鉛をコークスと分別し再利用するときに使用しました。また、石搗で粉砕したあと、粒径を分別するときにも使われました年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治14年(1881年)から同30年(光明社時代)にペンキの練り合わせ作業に使った鍬です。2尺×3尺(61cm×91cm)角の箱に、1回15貫(56kg)を入れて練り合わせました。年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

米国「ANSONIA」社製 30日巻き振り子式ボンボン掛け時計です。ANSONIAは、明治から大正時代にかけて世界を風靡した時計で、このクラシック時計は明治後期に製造されたものです
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治14年(1881年)から同39年頃まで、ブリキ製丸缶の蓋や底を作る時、コンパスで描いた円形に沿って刃をあてがい、手で引き回して切ったので、その輪型が残っています。 年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

小口丸缶の蓋を製作する際にプレス機に固定した凹型、円形のブリキ平板をプレス成型した後、ハンドルを回わして開いて取り出しました 年代:1901
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治31年(1898年)、株式会社に改組した時に東京事務所守衛室用に作られた最初の見回り用の江戸張提灯。工場の出火・近火あるいは明治41年(1908年)の目黒川大出水時にも周辺の巡回に活躍しました 年代:1898
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

光明丹の製造時、石搗で粉砕したリサージ(一酸化鉛)を水簸して細かい粉を乾燥させ、再び鍋で加熱して色づけしました。できあがった光明丹の塊を砕いた鉄製の臼です 年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

明治14年(1881年)から同30年頃まで、亜鉛華の製造時に坩堝として使われた漁業用の常滑焼きの壺です。口の上に素焼きの皿を載せ、粗く砕いた亜鉛を入れて、壺の下から当初は木炭で加熱し、亜鉛が溶けたら皿を割って一気に灼熱した壺の中に落として、気化させたものを布袋で回収しました 年代:1881
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

当社「中興の祖」小畑源之助氏は、大正2年(1913年)に営業部長に就任直後から流通網整備を進め、共存共栄の理念を説いて廻りました。大阪地区の有力特約店は「大黒会」を結成して連帯意識を高め、同会のシンボルとして大黒様の木像をつくりました。右手には槌印商標(別項参照)を立体化した打出の小槌を振っています。 年代:1913
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

昭和47年に飛鳥高松塚古墳で発見された彩色豊かな西面の壁画「吉祥天女」。画材に使われたのは、丹土・緑青・黄土・群青などで、1300年前の日本人のカラフルな生活が偲ばれます。昭和56年に創業100周年記念事業として歴史館を全面改装した際に、インクジェットプリンターによって麻の布に再現したものです 年代:1981
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

中央の穴から一定時間に試料液が落下して、ガラス版の上に広がる面積により、粘度を測定する塗料検査機器です。 (東京牛込 上島製作所製) 年代:1975
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

皿の上に分胴を乗せて荷重を掛けたレコードの針先を塗り板に当てて、ハンドルを回して板を水平移動させ、引っ掻きキズがついたときの荷重により、塗膜の固さや付着強度を測定する塗膜試験器です 年代:1960
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

塗料が入った容器に回転翼を漬け、糸の先のおもり(分銅)が降りる力で回転翼を廻して、その回転数と重さによって液体の抵抗値を換算し、粘度数値(ku値)を算出する塗料粘度測定器です。(米フィラデルフィアの アーサー H. トーマス社製) 年代:1935
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

有機溶剤や溶剤型塗料などが引火する温度を測定する試験機。消防法により引火点21℃未満の第1石油類から、200℃以上の第4石油類まで4段階に分類され、輸送・保存条件や数量が規制されます。 年代:1950
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

粘度検査用カップの一種で、上のカップを液体で満たした後ガラス板で蓋をし、計測開始と同時にガラスを外して、底の穴から液体が落ちきるまでに要する時間で粘度を測定します。日本工業規格(JIS)に準じた計測法です 年代:1960
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

板面に塗料を置き、このゲージを滑らせるように動かして、一定の厚みの塗膜を塗装する器具です。隠蔽に必要な膜の厚みを判定する時などに使用します。このブレードは100μm・150μm・200μm・250μm・300μmの5種類の膜厚を一度に塗れます 年代:1975
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

大阪工場で、昭和40年から平成10年までの33年間使われていた基準手動天秤です。工場内の多くの計量秤に使用する分銅(おもり)の重量検査に使用し、品質管理に使われました。今ではデジタル秤にとって代わりましたが、このように保存されているのは珍しいそうです。この天秤は、秤量20kg、感量200mgの精度で量れます。(京都 関西精機株式会社製) 年代:1965
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

大阪工場で、昭和40年から平成10年までの33年間使われていた基準手動天秤です。工場内の多くの計量秤に使用する分銅(おもり)の重量検査に使用し、品質管理に使われました。今ではデジタル秤にとって代わりましたが、このように保存されているのは珍しいそうです。この天秤は、秤量5kg、感量50mgの精度で量れます。(京都 関西精機株式会社製) 年代:1965
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第1図 「光明社の外観」です。 明治14年から同30年ころ正面は8寸の角材を用い西向きでした。向かって左側が事務所、右側が倉庫で、事務所の奥が練り場でした。始業・終業の合図には拍子木をカチンカチンとならして巡回していました 年代:1940
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()

漫画家:藤原せいけん氏によって描かれた、当社の前身「光明社」時代の塗料製法の漫画の内の第2図 「油の天日晒し」。 明治14年から同30年までの光景です。石油缶を2つに切ったような容器を5個5列1組として並べ、その中に油を入れて天日により漂白していました。持ち運びに手間がかかり、「サァー夕立だ!!」という場合は大変でした 年代:1940
情報所有館 : 日本ペイント 歴史館 ![]()