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ユリア樹脂製四寸丸三段重箱

プラスチック製食器のカラフルな色合いは、従来の食器素材にはなかったもので、当時の人々には新鮮な驚きを持って迎えられたものと推察される。製造者不明 1957年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


ポリエチレン樹脂製品

明治大学商品陳列館創設当初における新素材収集の一環として収集。化繊の見本類がその中心であるが、ビニール、プラスチック、合成ゴムなども含まれ、食卓用品や玩具などへの広範な使用・普及が図られていたことがわかる。これらのジャンルの商品は、今日ではむしろガラス・金属製品が主流になっている。製造者不明 1957年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


プラスチック製氷削り

蓋はスチロール樹脂、本体はユリア樹脂製。1950年代に普及し始めた当初にポピュラーであった2種のブラスチック素材を組み合わせている。 製造者不明( 「I.KK」のマーク入り)1957年収集 

情報所有館 : 明治大学博物館 


プラスチック製ペリカン・ジャー

ガラスの代替品として透明な素材を実現している。蓋:ユリア樹脂 本体:スチロール樹脂 積水化学株式会社 1957年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


スチロール樹脂製容器

パールエッセンス入りの樹脂。プラスチックならではのデザイン。 製造者不明 1957年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


メラミン樹脂製人形食器

メラミンは広く食器生産に用いられるようになる。この頃は質感として他のプラスチックとの区別はつきにくい。理研合成樹脂株式会社 1957年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


塩化ビニール樹脂製給食袋

合成樹脂の中では柔軟性・伸縮性があり布地の代用として使用された事例。製造者不明 1957年収集 

情報所有館 : 明治大学博物館 


硬質漆器 菓子器

硬質漆器は大正15年(1926)に名古屋市中区の黒田忠譲店によって開発された。パルプを原料とする器胎を用いる。木胎のように歪みが出ないため輸出用に注目された。高度経済成長期まで名古屋は有数の輸出漆器の産地であった。1961年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


硬質漆器 盆

硬質漆器は大正15年(1926)に名古屋市中区の黒田忠譲店によって開発された。パルプを原料とする器胎を用いる。木胎のように歪みが出ないため輸出用に注目された。高度経済成長期まで名古屋は有数の輸出漆器の産地であった。1961年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


金属カトラリー

新潟県燕市の金属製洋食器生産は、明治44年(1911)に「捧(ささげ)商店」が東京の貿易商十一屋商店から受注したことを契機に発展。第2次大戦後は輸出産業として1954年に輸出量が急増、1958年にアメリカ政府から輸出制限勧告が出される騒ぎとなる。1980年頃には輸出は衰退。収集当時は国内生産の95%を占める新潟県の代表的な地場産業だった。 燕振興工業株式会社 1964年収集

情報所有館 : 明治大学博物館 


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