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印刷機模型

お札の印刷に使用している機械(ドライオフセット凹版印刷機)の10分の1の模型。年代:1980

情報所有館 : お札と切手の博物館 


すき入れ美術紙

お札のすかし部分に用いられる技術で作られた鑑賞用の手すき美術紙。年代:1946

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切手版胴

図柄が彫刻された版を筒状にしたもので、これを機械に取り付けて印刷する。版は金属にグラビア彫刻したもの。

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スタンホープ印刷機

イギリスのスタンホープ伯爵によって発明された機械。版盤に凸型の版面をのせた上に紙を置き、ハンドルで圧盤の下まで版盤を移動させてからレバーを引いて圧力をかけ、印刷する。かつてAmsterdamの文字が刻まれた金属板が取付けられていたことから(現在は焼失)、オランダ・アムステルダム製とされる。年代:1850

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ベントン彫刻機

活版印刷に使用する活字を鋳造するための母型を彫刻するのに使用。5cm四方の文字盤の文字を針がなぞると、上部につけられたカッターが縮小した文字を金属材に彫刻する。もともとアメリカで製造・販売された機械であるが、特許期間終了後、日本でも製造された。年代:1956

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手回し式活字鋳造機

活字を手動で製造する機械。鋳型に溶解した合金を流し込み、一文字ずつ活字を作る。

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チャップマン転写機

お札や切手の版を製造するのに使用。別々に彫刻した模様を写してひとつの版に集合させたり、同じ図案を複数転写したりする。

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彩紋彫刻機

幾何学模様を彫刻する機械。レリーフ彫刻機と同様に紙幣や証券の地紋彫刻に使用した。

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レリーフ彫刻機

立体的な浮き出し模様を線の粗密で表現して彫刻する。紙幣や証券の地紋彫刻用として昭和40年代まで使用された。

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石版印刷機

石版印刷(平版印刷)をおこなう。勲記用紙の勲章部分を印刷したもの。年代:1923頃

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金唐革紙

和紙を用いてヨーロッパから伝わった装飾革に似せた紙。国内外で住宅の壁紙として人気を博す。印刷局では明治10年代~20年代にかけて製造。

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金唐革紙製造用版木棒

金唐革紙の模様の凹凸をつけるための棒。金属箔を貼った原紙を版木棒にのせ、刷毛で叩いて模様をつけてから彩色して仕上げる。年代:1877~1896

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最後の活版議席表

昭和61年12月の第108回国会衆議院議員仮議席表で印刷局による最後の活版議席表。現在は、コンピュータ製版によって議席表が作成されている。年代:1986

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みつまた白皮

みつまたは和紙の原料に使われるガンピと同じく、ジンチョウゲ科の木。白皮と呼ばれるのはみつまたの内皮をはいだもので、その繊維を砕いてお札の紙の原料とする。

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藩札

江戸時代に大名が発行した紙幣。240以上の大名が藩札を発行した。当時は金札、銀札、楮幣(ちょへい)などと呼ばれた。木版刷りがほとんどだが、細密な模様、すかし、着色紙を用いたものなど、端緒的ながら偽造防止の工夫のほどこされたものが多い。江戸時代は手形、商品切手などの普及もみられ、「札」を使う習慣がわが国に広まった時代でもあった。

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新紙幣

偽造防止を主目的に印刷技術の進んだ外国に初めて製造を依頼したお札。ドイツのドンドルフ・ナウマン社製造のため、ゲルマン紙幣と呼称される。地模様や主な図柄を印刷したものが日本に引き渡され、大蔵省紙幣寮(現国立印刷局)にて中央の文字や印章が加刷された。年代:1872

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国立銀行券(旧券)

国立銀行条例発布に伴い、国立銀行が発行した紙幣。アメリカ・コンチネンタルバンクノート社が製造した日本で最初の横型紙幣。図柄には、日本の風景や神話の一場面が採用されている。年代:1873

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日本銀行兌換銀券 10円

明治18年に日本銀行が発行した初めてのお札。大蔵省印刷局(現国立印刷局)製造。図柄に大黒天が描かれているため、大黒札と呼ばれる。複写防止のため水色のインキで印刷されている。年代:1885

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大明通行宝鈔

中国で明時代に発行されたお札。世界最大であり、寸法は縦338ミリ×横220ミリである。紙は桑からできており、皇帝の象徴である竜と額面を表わす1貫文の銅貨の束が図柄に描かれている。年代:1375

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世界最小の紙幣

1915年にロシアで発行されたお札で世界最小といわれる。第一次世界大戦下のロシアでは硬貨の原料の金属が不足していたため、急きょ紙幣で代用することとなったが、印刷のための版を新たに作らずに切手の版を流用したため、非常に小さな紙幣が作られることとなった。年代:1915

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世界最大の切手

モンゴルが2004年に発行した寸法186ミリ×135ミリの切手。1994年~2004年の間に世界16カ国から参加した人々が日本で作成した世界最大の曼荼羅をモチーフとしたキルトが図柄に描かれている。年代:2004

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世界最小の切手

ドイツ北部のメクレンブルグ・シュベリンで発行された切手で、4枚1組で使われた。寸法は12ミリ×12ミリで世界最小である。図柄には牛の頭部が描かれる。年代:1856

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世界最初の切手

イギリスのローランド・ヒルが世界で初めて近代的な郵便制度を確立させた。その時に郵便料金支払い証明として作られたのが切手であり、世界で最初の切手はイギリスで発行された。時の君主、ヴィクトリア女王の横顔が描かれ、黒いインキで印刷された1ペニー切手は、「ペニーブラック」と呼称された。年代:1840

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竜文切手

前島密の建議によって日本の郵便制度が発足したことに伴い、明治4年に日本で最初の切手が発行された。図柄に竜が描かれ、額面単位が文であったため、竜文切手と呼ばれる。図版彫刻は京都の銅版師の松田敦朝が手がけた。1シート40枚分の切手図版を一枚一枚手彫りしているため、それぞれの図柄が微妙に異なる。年代:1871

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明治天皇大婚25年記念切手

明治天皇の銀婚式を記念した切手で、日本初の記念切手である。菊の紋章とつがいのタンチョウの図柄を凸版方式で印刷している。年代:1894

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世界最初の記念切手

ペルーが1871年に鉄道開通20周年を記念して発行した切手が世界最初の記念切手である。鉄道開通にちなみ、蒸気機関車が図柄に描かれている。年代:1871

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日本で最大の切手

昭和22~23年にかけて切手の収集が盛んになった。「切手趣味週間」は、昭和22年に切手の文化的価値の認識と切手趣味の普及を図るため制定され、昭和23年の「切手趣味週間」記念切手として発行された菱川師宣画「見返り美人」がモチーフとなった切手は、寸法67ミリ×30ミリで日本で最大の切手として知られる。年代:1948

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第一回四分利付英貨公債

明治32年、日本はイギリスの国際金融市場で主に鉄道建設用資金として総額1千ポンドの利付債券を募集した。これはその時の50ポンド債券の見本。年代:1899

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関東大震災時の応急官報

官報印刷は印刷局大手町工場で行っていたが、関東大震災によって工場が甚大な被害に遭ったため、官報印刷が行うことが困難になった。応急措置としてガリ版刷りで緊急勅令の公布を行った。年代:1923

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コンテ画

コンテと呼ばれるクレヨンの一種を使ってデッサンしたもので、細部の陰影や濃淡を諧調豊かに表現できる。お札の肖像彫刻にあたり、彫刻画線の構成の参考とするのに肖像のコンテ画が描かれる。年代:2005

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銅版画(大久保利通肖像)

お雇い外国人のキヨッソーネは、印刷局においてお札や切手をはじめとする製品の原版彫刻・製造に携わっていたが、明治の元勲たちの肖像画も彫刻した。これは、明治12年に制作された肖像画でエングレーヴィングやエッチングなどの技術が巧みに用いられている。年代:1879

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キヨッソーネのチョッキ

イタリア人の銅版画家エドアルド・キヨッソーネが着ていたチョッキ。キヨッソーネは、ドイツの紙幣印刷会社で日本の紙幣(ゲルマン紙幣)製造に携わったことが縁で、明治8年にお雇い外国人として来日し、大蔵省印刷局(現国立印刷局)に奉職した。印刷局では、紙幣や切手などの原版を製造し、またその技術を指導した。

情報所有館 : お札と切手の博物館 


国華余芳

明治12年に印刷局職員が行った東海・近畿地方の文化財調査旅行の際に見学した古美術品を現地でスケッチしたり、写真撮影したものを元に多色石版印刷し、折本仕立ての図集にまとめたものである。正倉院御物・伊勢内外神宝部・古書之部に分かれている。年代:1882

情報所有館 : お札と切手の博物館 


関東大震災で燃えたお札の束

大正12年の関東大震災によって、印刷局の大手町工場で製造していたお札の束が被災の際に焼け固まったもの。年代:1923

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パワートレイン

レガシィのパワートレイン。水平対向4気筒エンジンにターボチャージャーを搭載した、レガシィモデルのシンメトリカルAWDを紹介。

情報所有館 : スバルビジターセンター 


清掃ロボット

宇都宮製作所にて製造。従来人手に頼っていたビル等の清掃を、エレベーターに設置された装置と通信し、自動乗降を行い、各フロアーを移動しながら清掃を行う最先端の無人清掃ロボットシステム。ロボットの活用により、夜間自動で確実なコスト削減や、負担が大きい作業のサポートを行う。

情報所有館 : スバルビジターセンター 


T-1

宇都宮製作所にて製造。航空自衛隊の中等練習機。愛称は初鷹。プロペラ機による初等訓練を終えたパイロットが、引き続いてジェット機による中等訓練を行うために造られた。第二次大戦後、初の実用国産飛行機であり、日本初の実用ジェット機。1962年に航空自衛隊に納入され、2006年まで約43年5ヶ月の間、6823.5時間飛行を続け、静岡県浜松基地にて引退を迎えた。年代:1958年~

情報所有館 : スバルビジターセンター 


スバル360

日本のモータリゼーションの普及を考え、国民に広く愛される身近な車をテーマに発売した車。航空機技術が随所に活かされた軽量のモノコック構造を、ユニークな卵型スタイルで包み込んだ車は、「世界的水準を行くミニカー」として世間の絶賛を浴びた。「てんとうむし」という愛称でも呼ばれ、皆様に愛される存在となった。昭和33年に発売された初代モデルで初年度65台生産した中の貴重な1台。年代:1958年~

情報所有館 : スバルビジターセンター 


スバルR-2

スバル360の後継車として発売。モダンなデザインを身にまとい、走りの高性能をセールスポイントに「ハードミニ」というキャッチフレーズで登場。発売後の2週間で2万6千台受注という新記録を樹立した。年代:1969年~

情報所有館 : スバルビジターセンター 


サンバー

好評だったスバル360をベースに、貨物車・商用車として開発された。1961年2月にトラック・9月にライトバンが発売された。軽快によく走る「大鹿」(SAMBER)の名にあやかってネーミングをされ、その名の通り、現在に至るまで小さな働き者として全国で活躍している。年代:1961年~

情報所有館 : スバルビジターセンター 


REX COMBI

スバル360以来20数年間、スバルの軽自動車はRR(リアエンジン・リアドライブ)方式をとってきたが、1981年に登場した新型レックスからFF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式を採用している。女性ユーザーの増加にしたがい、軽3ドアハッチバック(ボンネットバン)ブームが到来した。 名称の由来は、ラテン語で「王様」の意味をさす。年代:1972年~

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スバル1000

1966年FF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式+水平対向エンジンという画期的なメカニズムを持つ本格的小型車「スバル1000」を誕生させた。当時からFF方式は優れた操作性と走行安定性を持つことで知られていたが、技術的課題が多く、まだ日本ではどこのメーカーでも本格的な量産化に成功していなかった。走りの良い車作りを目指していたスバルはそれらの問題を解決し、優れた素質を持つ水平対向エンジンと組み合わせ、FF方式量産小型車の開発に成功した。年代:1965年~

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レオーネ4WDエステートバン

日本初の乗用タイプの4輪駆動車。オフロードタイプばかりであった当時に、乗用車の快適性と4WDの踏破力をあわせ持った4WDを発売。水平対向エンジンは4WDとのマッチングは良く、シンプルでバランスの取れた構造をしている。その利点を活かし、スバル4WDは、高速性能を重視したレオーネ4WDターボ、ドライビングの楽しさと安全性を追求したレガシィへと発展していった。イタリア語で「雄ライオン」の意味年代:1971年~

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レガシィ

スバルの新時代を象徴し、全世界で販売される世界戦略車として位置づけられスバルの車造りが大きく変わった。ドライビングの楽しさを徹底的に追求し、エンジン・ボディ・サスペンションすべてが一から考え出された新型車。レガシィツーリングワゴンは、一大ワゴンブームを巻き起こした。レガシィとは、英語で「大いなる伝承物」を意味する年代:1989年~

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ステラ

背高系軽乗用車という最大ボリュームゾーンに向けて、スバルが送り出した軽自動車。振動の少ない4気筒エンジンと、新開発i-CVTによる走りのよさに加えて、お子様のいるご家庭も満足いただけるようにインテリアの使い勝手に工夫を凝らしている。使いやすい機能を満載し「楽しい関係空間」を作りだした。2006年~

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スバルブラット

アメリカで企画され、1977年から日本(群馬製作所本工場)で生産された2シーターのレクレーショナルビーグル。輸出専用車として北米や豪州で販売されたが、日本国内では正規に販売されることはなかった。荷台には、補助シートやFRPカバーが用意され、1981年にモデルチェンジしたときには、ガラス・ハッチルーフも装備された。年代:1977年~

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SUBARU B9 SCRAMBLER

2003年秋の東京モーターショーで発表された、次世代型ハイブリットカー。環境性能と走行性能と高次元で融合した新世代のドライバーズカーとして誕生。時速80km前後までの実用領域の大部分を高性能モーターで駆動する、SSHEV(シーケンシャル・シリーズハイブリット電気自動車)と名づけられた新開発のハイブリット方式により、スムーズな加速と優れた燃料性能や環境性能を実現。年代:2003年

情報所有館 : スバルビジターセンター 


SUBARU R1e

2003年秋の東京モーターショーに出品された、都市型電気自動車。高度な高性能電池の特性を活かすことで、都市型ミニカーの理想系であるZEV(排出ガスゼロのクルマ、ゼロ・エミッション・ビーグル)として完成させた。年代:2003年

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スバル-1500(P-1)

中島飛行機からの技術者達が飛行機作りの優れた技術を活かして、高性能な小型乗用車「すばる1500」を完成させた。モノコックボディやウイッシュボーンタイプの独立式サスペンションなど画期的な先進機構を採用。しかし、諸般の事情で発売されず「幻の名車」として後世に伝えられている。そこで培われたクルマ作りの経験は、「スバル360」に引き継がれていった。

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スバル360石膏原寸大モデル

スバル360を開発した当時の石膏実寸大モデル。日本の自動車界でも大変貴重な財産として扱われている。

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