「フジフイルム スクエア 写真歴史博物館」 に対する検索結果 : 80

情報所有館 : フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 

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アンティーク・カメラ等 ロールフィルムカメラ ザ・キングス オウン(The KING’s OWN)

英国、ロンドン・ステレオ スコーピック社製の木製ロールフィルムカメラ。精密機械と言うより、工芸品の様に美しい形のカメラである。100年以上の前のカメラだが、120ロールフィルムを使用する6×9センチ判のカメラで、現在も撮影が可能である。KOILOS社の空気作用によるシャッターは最高速1/300秒。Zeissの110ミリ、F8レンズが装着されている。年代1907年


アンティーク・カメラ等 特殊小型カメラ シュタインネックABC(Steinneck A-B-C)

独、シュタインネック・カメラワークス社製の腕時計カメラ。レンズはf=12.5ミリ、F2.5が装着されて、5.5ミリ径の丸い写真が8コマ撮影できる、当時の珍しいスパイカメラである。年代1949年


アンティーク・カメラ等 特殊小型カメラ スチロフォト・カラー(Stylo photo color)

仏、セカム社製の万年筆型カメラ。万年筆型のクリップがついているので、胸のポケットに納めて持ち歩ける。専用のカートリッジに16ミリフィルムを使用して、10×10ミリの画面を18枚撮影することが可能。ファインダー部分にあたる金属板を操作することで、フィルム送りとシャッターチャージを行う。レンズはF6.3、シャッター速度は約1/30秒の単速。年代1955年


アンティーク・カメラ等 写真鏡(カメラ・オブスキュラ)

写真鏡は写真が発明される以前に、写った画像をトレースし、絵を描く道具として活用された光学機器である。カメラ・オブスキュラ(写真鏡)はラテン語で「暗い部屋」の意味で、現在の写真機(カメラ)の語源となっている。本写真鏡は日本最古のものと推察され、本体外装は赤褐色の漆を塗った一閑張りで、雲龍模様が描かれている。大きさは縦40×横26×高さ21.5センチの長方形の箱とレンズの部分で構成されている。レンズを通った像は箱の後半分に45度の傾斜で装着された鏡に反射して、上部の焦点面に像を結び、その焦点面に薄い紙を置いてトレースできる構造である。年代 江戸時代後期


アンティーク・カメラ等 横浜写真アルバム(YOKOHAMA Photography Album)

「横浜写真」とは外国人の土産用として幕末から明治20年代頃までに、主に横浜で販売されていた彩色写真帳である。写真帳には日光、鎌倉、富士山、京都等の名所、風景や芸者、人力車等の日本独特の風俗が一冊約50枚程度の写真が台紙に貼られている。横浜以外にも開港された長崎や神戸でも販売されていたが、当時、最も大きな港である横浜に多くの写真店、写真館が存在していたため、外国人は横浜で購入する写真を「横浜写真」と呼んでいた。現在では約150年前の日本の風景、風俗が観賞することができ、写真の持つ記録性、保存性の価値が評価されている。年代 幕末から明治20年代


アンティーク・カメラ等 マジック・ランターン(幻燈機) 「Magic Lantern」

スライドフィルム(ガラス乾板)を暗くした室内で大きく投影する光学機器。多くの人々に一度に同じ画像を見せることができる特性は、映画を始めとする後の映像文化に発展して行くことになる。構造的にはスライドフィルム(ガラス乾板)を投影レンズによって拡大映写する装置で、光源にはろうそくや灯油が使用された。その為、熱を逃がす通風口(煙突)が上部に設けられている。本品は英国のカルティン・ランターンで本体は艶出しされたマホガニー材。鋼板のはまった二つの側面にガラス窓の付いた扉が付いている。年代1880年頃


アンティーク・カメラ等 ゾートロープ(ZOTOROPE)

1833年に英国のウィリアム・ジョージ・ホーナーが発明した動く絵の玩具で、世界中に広がり大流行した。円筒に縦のスリットを設け、円筒内に動きが連続した静止画を貼り付ける。円筒を回転させるとスリットから見る静止画は人間の眼の残像現象で、動画として見ることができる。円筒を大きくすれば、動画の数を増やすことができ、後に発明される映画の基礎となった。年代1840年頃


アンティーク・カメラ等 キノ-ラ(Kinora)

カードを重ねて閉じた本を親指ではじくと、中に描かれたアニメーションが動きだすフリップ・ブックと呼ばれる、いわゆるパラパラ漫画は、幼い頃に誰でも体験したことであろう。この原理をもう少し装置化し、営業用娯楽機として「キノーラ」と呼んで販売した。動きが連続した100枚程度の静止画カードの端面を円柱に貼り付ける。クランクで円柱を回転させると静止画カードが連続した動きに見える。この装置も後の映画へと発展することになる。年代1900年頃迄


アンティーク・カメラ等 ステレオ・テーブル・ビュアーズ(STEREO TABLE VIEWERS)

ステレオ・スコープの原理は、初期の写真術であるダゲレオタイプやカロタイプを使って実験が繰り返されたが、思うような立体感を得るには至らなかった。1849年、スコットランドのダニエル・ブリュースターによって発明された「ステレオ・スコープ」は湿板写真以降、ようやく「立体」に見合う写真を見ることができた。1860年代には世界各地の風景や建物を撮影したステレオ写真が販売され、爆発的なブームを呼んだ。本ステレオ・テーブル・ビュアーはクルミ材の台付きビュアーで高さが51センチ。ビュアー内部には50枚のステレオグラムが収納され、取っ手の回転によって連続してステレオ写真を観賞することができる。年代1865年


アンティーク・カメラ等 チャドウィク・ステレオカメラ

英国はマンチェスターのW・I・チャドウィツク社製のステレオカメラで、本体は艶出しされたマホガニー材。携帯性を考慮して、折り畳みができる持ち運びに便利な構造である。感光板のサイズは10.8×16.5センチで、J・H・ダルメイヤによって発明された風景写真用レンズはロータリー式の絞りが付いている。年代1885年


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