「佐賀県立九州陶磁文化館」 に対する検索結果 : 316

情報所有館 : 佐賀県立九州陶磁文化館 

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白磁 碗

高台に砂目跡が5つあり、重ねて焼成されたことがわかる碗。碗の上に他の製品を重ねて焼成する例はなく、この資料も見込 には砂目はあらわれない。陶器皿もしくは磁器皿を重ね積みした上にこの碗は置かれて焼かれたものと推測される。この碗も磁器製造の草創期に生産されたもの と考えられる資料。(柴田夫妻コレクション9-2) :肥前・有田 / 1610~40年代


染付 山水文 散蓮華形鉢

散蓮華は、散った蓮華の花弁に似た形からついた名称である。中国が起源で、日本では、江戸時代後半以降に清朝磁器の影響 を受けて肥前や関西で多く生産され、卓袱(しっぽく)料理や宴席で多く使用された。本資料は、内面の全面に染付で家屋と山水図が繊細に描かれ、外面把手部 に「酒井田 柿」の銘、箱書きには「庚戊(1850)」の墨書がある。(柴田夫妻コレクション9-254) :肥前・有田 / 1840~50年代


色絵 網人物文 輪花皿

口縁部を四稜花形に作った輪花形の皿。見込中央には船上で投網(とあみ)をする人物と、櫓(ろ)をこぐ二人の人物を染付 で描く。皿の周辺部四方には染付で如意頭形の窓を配置して、その中に色絵で人物文と唐花文を交互に描く。裏面周囲には四方に染付で小花を描き、赤の色絵で 唐草文をめぐらす。(柴田夫妻コレクション9-80) :肥前・有田 / 1700~40年代


染付銹釉 獅子牡丹菊文 重箱・瓶

三段の重箱に蓋を兼ねた瓶(徳利)を重ね、格段は独立して使用できるように高台が付いている。瓶の上面には獅子と牡丹唐 草文が描かれ、側面は銹釉をめぐらし二分割し上半部に雷文が描かれている。瓶の側面下半部と段重の側面には連続した菊文が描かれている。江戸時代中期以 降、漆器の重箱を模して磁器の重箱がつくられるようになった。(柴田夫妻コレクション9-257) :肥前・有田 / 1840~60年代


染付 羽団扇鳥宝文 輪花大皿

見込と側面の間をまりばさみ文で区画し、内側面の宝珠形区画内に八宝文などを描く意匠は、芙蓉手の一種であり、明末の中 国景徳鎮窯でヨーロッパ向けに多量に作られた。この意匠は名山手(めいざんで)とも呼ばれる。(柴田夫妻コレクション9-115) :肥前・有田 / 1750~70年代


染付 菊舟波文 小皿

京都の朝廷は、江戸中期になると禁裏用の磁器を有田の辻家に注文してくる。さらに辻喜平次は安永3年(1774)に朝廷 より「常陸大掾」の官位を授かる。異例のことであったが、当時、辻家の技術は高く評価された。菊花の紋は天皇家の菊紋のほか、皇族閑院宮の例がある。本例 のような葉を持つ菊紋も京都公家町遺跡で出土している。(柴田夫妻コレクション9-135) :肥前・有田 / 1770~1810年代


銹釉染付 唐花文 小皿

光沢のつよい銹釉(褐色に発色する鉄を多く含む釉薬)を巧みに使った製品で、裏面も畳付(たたみつき)を除いて全面に銹 釉が塗られている。精緻な唐花文が二種類、八方に交互にほどこされている。呉須および銹釉の発色の良い上質な製品。(柴田夫妻コレクション9-33) :肥前・有田 / 1670~90年代


染付銹釉 仏手柑唐花文 小皿

呉須が上質な青い発色を呈する上手の製品である。口縁を折縁とし、そこに銹釉をほどこしている。有田の南川原地区で生産 されたものと考えられる。仏手柑(ぶっしゅかん)と唐花を交互に配置し、見込中央は正方形に波状の文様を描く。波状の線は先に墨で引かれ、その中を濃 (だ)みしており、墨の線は消えているが、線の上に呉須が乗った部分は墨弾きのような状態に白く線がぬけている。(柴田夫妻コレクション9-32) :肥前・有田 / 1670~90年代


色絵 猩猩文 皿

猩猩は、猿に似て体は赤い長毛でおおわれ、顔は人に、声は子供の泣き声に似て、酒を好むという想像上の獣。そのために酒 壺や柄杓とともに描かれる。能や歌舞伎、狂言の題材となり、江戸時代には有田焼でも描かれた。(柴田夫妻コレクション9-151) :肥前・有田 / 1780~1820年代


色絵 団龍雲波文 小皿

素地が柔らかい軟陶胎に色絵を施した皿。見込中央に黒の輪郭線で団龍を描き、顔と胴を黄色の上絵具で彩り、たてがみや背 びれを紫の上絵具で彩る。その周囲は白抜きで波涛文をめぐらす。見込の周囲と裏面の周囲には黒の輪郭線で青海波と雲を描き、青海波は黄と緑、雲は紫の上絵 具で彩る。高台内に黒の色絵で二条の圏線と銘「元禄歳製」。(柴田夫妻コレクション9-92) :肥前・有田 / 1710~50年代


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