「日産ヘリテージコレクション」 に対する検索結果 : 318

情報所有館 : 日産ヘリテージコレクション 

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サニー 1000 スポーツデラックス

1966年(昭和41年)4月に誕生した初代サニー。当初はダットサン・ブランドとしてリリースされました。開発主査を務めた園田善三をはじめ、若手が開発の中心を担いました。搭載されたOHVのA型エンジンは988ccから56馬力を到達し、直線基調のスポーティなスタイル、SS1/4マイル20.6秒、最高速度135km/hの高性能が幅広いユーザーを獲得します。翌1967年4月には、4ドアセダン発売し、4速マニュアル・フロアシフトのスポーツ・シリーズとクラス初の3速オートマチック車が追加されました。エクステリアでは、グリルデザインの意匠変更が特徴です。また、クーペやセダンのほかにライトバンやトラックなど…年代:1967


プリンスR380-I

スカイラインGTを擁し、1964年(昭和39年)の第2回日本グランプリに出場したプリンス自動車工業。ポルシェを1周パスするも、レースでは惜敗した悔しさをはらすため、プリンスが総力を挙げて開発した日本初の本格的レーシングカー。開発を指揮したのは、スカイラインの生みの親である桜井真一郎。ブラバム社のシャーシーにアルミ製ボディを載せ、プリンス・グロリア用のG7型直列6気筒をベースとしながらも、専用設計といえるGR8型2000ccエンジンを搭載しました。1965年(昭和40年)の日本GPが中止になったため、レースデビューは1966年(昭和41年)の第3回日本GP(富士スピードウェイ)。この記念車は、…年代:1966


ニッサンR380-II

プロトタイプのレーシングカーとして誕生したR380は、レースでの華々しい活躍だけでなく、当時の最高速記録にもチャレンジしています。最初の挑戦は、日本グランプリが中止になった1965年(昭和40年)10月。ドライバーの横山達により、R380-IIは5つの世界記録を樹立します。R380-IIでチャレンジした2回目は、日本グランプリで勝利を上げた翌年の1967年(昭和42)年10月8日。記念車はそのR380-IIで、茨城県谷田部のコースで国際記録を達成しました。50km/50マイル/100km/100マイル/200km、200マイル/1時間という距離と時間別に7つの記録が打ち立てられました。年代:1967


ニッサンR381

1968年(昭和43年)の日本グランプリで優勝したニッサンR381は、ユニークなエアロスタビライザーというウイングを装着しています。これは、コーナリング中にイン側のグリップを強化するため、走行中にブレーキ、リヤサスペンションと連動し、左右が独立して角度変化すると従来にも先にもない発想によって作られました。エアロスタビライザーと命名されたこの特徴的なウイングを持つR381は、「怪鳥」という異名を取りました。エンジンは、日本GPに合わせて日産が大幅に手を入れたシボレー製5.5LV8エンジンを搭載。レースには3台が投入され、R381がレースを終止リードします。記念車は、北野元選手がドライブした…年代:1968


ブルーバード1300

1963年(昭和38年)9月に発売されたブルーバード410型の最終モデルです。メキシコオリンピックで公式車として日本選手団に提供されたため、選手のサインが残されています。メキシコ日産のクエルナバカ工場で生産されたため、左ハンドルになります。この410型は、1966年(昭和41年)4月マイナーチェンジで、リヤエンドなどのスタイルを変更しています。スポーティな「1300SS」と「1600SSS」は、専用フロントグリルに前輪ディスクブレーキを装備していました。なお、メキシコ五輪では男子体操、レスリング、重量挙げなどで大健闘を見せ、金11、銀7、銅7のメダルを獲得。中でも男子サッカーの銅メダルは、…年代:1968


ローレル 1800デラックスB

初代ローレル(C30型)は、1968年(昭和43)4月にデビュー。「ハイオーナーカー」の先駆けとして、ブルーバードとセドリックの間を埋める車種として開発されました。セダンが単に排気量やボディサイズだけで分類される時代から、ライフスタイルやボディスタイル、コンセプトなどで差別化する時代の扉を開いたモデルです。直列4気筒SOHCの1815ccエンジンは、グロリアやスカイラインなどでも積まれたプリンス系のG18型です。サスペンションはブルーバードと同様で、前がストラット、後がセミトレーリングアームを搭載。2年後の1970年(昭和45)6月には、日産初のピラーレスハードトップである2ドアハードトップ…年代:1968


ブルーバード 1600SSS

初代(310型系)、2代目(410型系)に続き、1967年(昭和42年)8月、ブルーバードは3代目となる510型にフルモデルチェンジを果たしました。このモデルも先代たちと同様に、国際ラリーでそのポテンシャルの高さを実証し、過酷な走行シーンの連続の中で鍛えていく道を選びました。そして、1970年(昭和45年)の第18回東アフリカサファリラリーにおいて、1600SSSをベースにしたラリーマシン(直列4気筒1595cc・130馬力)が、総合/クラス/チームの各部門を征し、国産車として初の3冠完全制覇を達成。日産自動車が同ラリーに初挑戦してから、8年目にしての快挙となりました。ブルーバード(510型…年代:1970


スカイライン 2000GT-R

高性能なクルマであり続けるために、スカイラインはサーキットを周回するレースで、常に勝つことを鍛錬の場に選びました。その情熱を具体的な形としたのが、3代目スカイライン(C10型系)に設定されたスカイラインGT-Rという特別なモデルです。その初代は、4ドアセダンのボディにレース専用マシン・R380の心臓であるGR8型と基本設計を同じとする、直列6気筒DOHC・2000ccのS20型(160馬力)を搭載。これに5速マニュアルトランスミッションを組み合わせ、レース仕様に改変しない状態でありながら、停止状態から400mの距離を全力疾走する加速タイムは16.1秒。最高速度は200km/hをマークする、当…年代:1969


ニッサンR382

1969年(昭和44年)に開催された、日本グランプリに勝つために開発されたプロトタイプのレーシングカーです。その実戦で見事に優勝を果たしました。エンジンは新たに開発されたV型12気筒DOHCで、5054ccという大排気量をもち、600馬力以上を発揮するGRX-3型を搭載。日本グランプリは、この年で最後の開催となりましたが、ライバルたちを退けて、トップでチェッカーフラッグを受けました。そして、もう1台のR382が2位に入り、1-2フィニッシュを飾り、その強さを多くの観衆の目に焼き付けました。この日本グランプリ優勝車は、歴史上貴重なモータースポーツ資産を後世に伝える目的で、他のR380シリーズと…年代:1969


ブルーバード1600デラックス

リカちゃん人形が発売された1967年(昭和42年)の8月に、3代目ブルーバード(510型系)が誕生しました。このクルマはいまもなお、多くのファンの方々から「ゴーイチマル」という型式名で親しまれ、名車と賞賛されています。直線を基調としたスタイルが特徴的で、運転席と助手席のガラス部分に三角窓がない伸びやかなデザインは、超音速機とハイスピード時代の到来をイメージして、「スーパーソニックライン」と名付けました。このモデルは、直列4気筒・1595ccのL16型エンジン(92馬力)を搭載した1969年(44年)式の4ドアセダン・1600デラックスという仕様です。ファミリーカーでありながら当時としては贅沢…年代:1969


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