「電気の史料館(休館中)」 に対する検索結果 : 300

情報所有館 : 電気の史料館(休館中) 

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猪苗代第一発電所 水車ランナ

・猪苗代第一発電所と高電圧長距離送電 ・駒橋発電所から始まった高電圧長距離送電をさらに大規模化し、「水主火従」時代の到来を決定づけたのが、1915(大正4)年に完成した猪苗代第一発電所(猪苗代水力電気)の成功であった。猪苗代湖の豊富な水力を利用し、最大出力は37500kW。115kVの送電電圧、 東京までの226kmの送電距離、ともに当時世界有数の規模であった。水車には、ドイツの Voith社製11250馬力、横軸フランシス水車6台(うち予備1台)が採用された。発電機は、イギリスのDick、Kerr社製の同じタイプのもの6台で、各発電機の発電電圧は6.6kV、最大出力は9250kVAだった。この史料は、磨耗交換された2代目で、1987年まで使用されていたものである。


信濃川発電所(新潟県) 立軸フランシス水車発電機

・1939(昭和14)年に建設された信濃川発電所で使用されていた水車発電機。信濃川発電所は千曲川を源流とする信濃川の豊富な水を利用する水路式発電所で、5基の水車発電機により、建設当時には東洋一の発電所出力165000kWを誇った。この史料は2号機で、2000年から始った改造工事に伴い取り外されたものである。この展示では、限られた展示スペースで水車発電機の全体構成を示すために、主要部を分解加工して構造模型に組み込んである。 ・水車<メーカー/Voith 型式/立軸フランシス水車・単輪 最大出力/39000kW 最大使用水量/39.2m3/S 回転数/214rpm> ・発電機<メーカー/AEG 型式/立軸回転磁界 最大出力/39000kVA 定格電圧/11kV 冷却方式/水冷熱交換器形> ・総重量:23t ・大きさ:5.3m(長さ)×3.2m(幅)×2.6m(口径) ・輸送条件:横に転倒して輸送(高さ1m) ・その他:主弁サーボは、東芝で取替(日本製)


今井発電所(群馬県) ペルトン水車

・発電所で使う油圧装置用の圧油をつくることを目的に、今井発電所で1925(大正14)年から1979(昭和54)年まで使用されていた。 ・出力/30馬力 ・回転数/450rpm


芝変電所(東京都) 22kV油入遮断器

・この史料は開閉器、導体を鉄函に収めた装甲型開閉装置用に作られたものである。装甲型開閉装置は普通の開閉装置に比べ専有面積が少ないので、地価の高い都市部で使われた。イギリスの代表的な電機メーカーであったMetropolitan Vickers社が1924(大正13)年に製造し、芝変電所で使用されていたものである。 ・遮断容量/22kV 400A


旭変電所(神奈川県) 同期調相機

・1926(大正15)年に、東京電燈が電力ネットワークの電圧調整のために輸入したGE社製同期調相機。設置以来、老巧化で1988年に運転を停止するまで63年間にわたって使用された。同期調相機は、無効電力の発生や吸収を行う装置で、系統の電圧調整維持に使われる。1918(大正7)年の初導入以来、需要増に伴うネットワークの拡大とともに設置台数がふえ、最盛期には、25変電所、41台、出力合計361000kVAになった。戦後は、設備の老巧化などに伴い、電力用コンデンサー、分路リアクトルなどの静止型調相設備に置き変わっていったが、調相機の機能が見直されるとともに1990年から新型の同期調相機が主要変電所に設置されている。 ・周波数/50Hz ・電圧/11kV ・回転数/600rpm ・容量/進み 25000kVA~遅れ 18000kVA ・変電調相機器 調相装置 ・旭変電所で大正15年(1926年)使用開始 ・平成5年11月19日運転停止 平成6年11月21日廃止。 ・横軸回転界磁水冷熱交換器形 励磁方式 直流機直接励磁始動方式 ダンパ始動


66kV 1×675mm2 OFZケーブル (筍形サンプル)

日本最初のOFケーブル,東尾久変電所


22kV 3×150mm2 HLケーブル (筍形サンプル)

22kV3芯150mm2 H形紙絶縁鉛被ケーブルである。(Hochstadter type Lead sheathed cable) 導体上に絶縁紙を巻き、その上に金属遮蔽テープを巻いた線芯3芯を、撚添えジュートと共に撚り合わせた上に金属帯を巻き付け、乾燥浸油して鉛被を施したもので、導体を扇形としてケーブル外径を小さくしている。 Hケーブルは、ベルトケーブルの欠点を補うため芯線絶縁層の上に金属テープを巻いたもので、1913年(大正2年)に発明され、我が国では1926年(大正15年)より製造された。 このケーブルは発明者のドイツ人Hochstadter氏の頭文字をとってHケーブルと名付けられた。 Hケーブルは、SLケーブルに比して外径が小さくなるが、電気的ストレスはかからないとはいえ撚添部を持っているためケーブルの通電による温度上昇に起因し油の粘度が下がり、高低差がある部分で絶縁油の流下が起こり、絶縁性能がやや不安定な嫌いがあるため、使用区分を限定しながらも比較的多く使われた。しかしながら、近年はCVケーブルに殆ど置き変わっている。


22kV 3×150mm2 PTAケーブル (筍形サンプル)

22kV3芯150mm2 ベルト紙絶縁鉛被鋼帯がい装ケーブルである。(Paper insulated lead sheathed and steel Tape Armoured cable) 導体上に絶縁紙を巻いた線芯3芯を、撚添えジュートと共に撚り合わせた上にさらに絶縁紙を巻き付け、乾燥浸油して鉛被を施し、ケーブル防護のためにその上に鋼帯を鎧装したもので、導体を扇形としてケーブル外径を小さくしている。別名ベルトケーブルとも呼ばれている。 このベルトケーブルは、充電部(導体)からアース(金属被)に対する電気的ストレスの方向が絶縁紙層に直角でないため、また芯線絶縁層の上に遮蔽層がないため絶縁紙より弱い材質で構成されている撚添部にもストレスがかかるので絶縁耐力が低く、1935年(昭和10年)頃まで使われていたが、次第にこの欠点を改良したSLケーブルやHケーブルにとって替わられていった。ちなみにベルトケーブルの名称は、3芯を撚合わせた上に巻かれた絶縁紙が帯に似ていることからつけられたものである。


22kV 3心 PTAケーブル (筍形サンプル)

22kV3芯150mm2 ベルト紙絶縁鉛被鋼帯がい装ケーブルである。(Paper insulated lead sheathed and steel Tape Armoured cable) 導体上に絶縁紙を巻いた線芯3芯を、撚添えジュートと共に撚り合わせた上にさらに絶縁紙を巻き付け、乾燥浸油して鉛被を施し、ケーブル防護のためにその上に鋼帯を鎧装したもので、導体を扇形としてケーブル外径を小さくしている。別名ベルトケーブルとも呼ばれている。 このベルトケーブルは、充電部(導体)からアース(金属被)に対する電気的ストレスの方向が絶縁紙層に直角でないため、また芯線絶縁層の上に遮蔽層がないため絶縁紙より弱い材質で構成されている撚添部にもストレスがかかるので絶縁耐力が低く、1935年(昭和10年)頃まで使われていたが、次第にこの欠点を改良したSLケーブルやHケーブルにとって替わられていった。ちなみにベルトケーブルの名称は、3芯を撚合わせた上に巻かれた絶縁紙が帯に似ていることからつけられたものである。 導体が扇形であるため、ケーブル接続時の導体接続作業のスリーブ挿入に苦労した。 また、長期間使用されたケーブルは、絶縁紙の絶縁油が脱油、ワックス化により耐圧試験を実施すると度々絶縁破壊を起こした。このため、耐圧試験時には事故復旧の体制を整えて試験を実施した。耐圧試験で絶縁破壊した線路の事故点調査は、ケーブル外部に兆候が出ていないので測定が正確でも発見までには長時間を要した。


66kV  1×300mm2 OFLLケーブル 大師線 (筍形サンプル)


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