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かはく技術史大系(技術の系統化調査報告書) 分野別全文PDF

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サブタイトル「I. 映像・情報・コンピュータ関連」

主にVTR,テレビ,カメラ等映像に係わる技術、電話,計算機,コンピュータ等情報・通信に係わる技術を掲載しています

01 「VTR産業技術史の考察と現存資料の状況」 川村 俊明 第1集 2001


 VTRは、放送用からスタートした。当初はアンペックス社の独擅場であったが、やがて、東芝のヘリカルスキャン方式など、わが国独自の技術も育ってきた。
 そのうちに製品開発の主戦場は家庭用VTRに移り、有名なVHS方式、β方式の競争時代を迎えることになる。本報告書ではVTRの主なキーテクノロジーの発展を主軸としてVTR開発史が記されている。
国産初テープ イメージ
国産初テープ
ベータ初号機 イメージ
ベータ初号機
VHS初号機 イメージ
VHS初号機
「VTR産業技術史の考察と現存資料の状況」を見る(No.002)

02 「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
 −第一世代と第二世代コンピュータを中心に−」
 山田 昭彦 第1集 2001


 コンピュータの歴史は米国が戦時中に軍用に開発したENIACとともに始まる。この機はプログラム内蔵型の初号機であるEDSACに発展していく。
 日本では1956年に富士フィルムで光路解析用に開発された真空管式のFUJICが最初のコンピュータとされている。その後阪大や東大で真空管式コンピュータの開発が行われたが、やがて電気試験所でトランジスタ式コンピュータの開発が始まり、ETL MarkIIIやETL MarkIVの実現を見るに到る。この間、日本独自の発明になるパラメトロン素子を使ったコンピュータも開発された。
 本論文では、以上のようなコンピュータ開発の初期の歴史が分かりやすく記述されている。
パラメトロン・コンピュータ イメージ
パラメトロン・コンピュータ
オフィスコンピュータ イメージ
オフィスコンピュータ
阪大真空管計算機 イメージ
阪大真空管計算機
「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について−第一世代と第二世代コンピュータを中心に−」(PDF)を見る(No.003)

03 「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
 −第3世代と第3.5世代コンピュータおよびスーパーコンピュータについて−」

山田 昭彦 第2集 2002


 第3世代は1964年にIBMがコンピュータ史上名高いシステム360を発表して膜を開けた。このシステムは小型から大型まで単一のアーキテクチャで実現されていた。「コンピュータ・アーキテクチャ」という用語はIBMがシステム360に対して使用したものである。
 このシステムでは単一アーキテクチャを実現するためにマイクロプログラム方式を採用していた。また、ハードウェア技術としてはハイブリッドICを用いていた。
 第3.5世代は1970年にIBMが発表したシステム370に始まるが、主記憶に初めてICメモリが採用された。
 IBMのこのような動きに呼応して国内企業も対応機を開発した。特に70年代に入ってからはNEC-東芝、富士通−日立のように企業連合を組んでACOSシリーズ、Mシリーズの開発を推進した。
 本論文ではそのほかにスーパーコンピュータや翻訳機などの応用システムについても触れている。
FONTAC イメージ
FONTAC
スーパーコンピュータ イメージ
スーパーコンピュータ
KTパイロット計算機 イメージ
KTパイロット計算機
「コンピュータ開発史概要と資料保存状況について−第3世代と第3.5世代コンピュータおよびスーパーコンピュータについて−」(PDF)を見る(No.006)

04 「オフィスコンピュータの歴史調査と技術の系統化に関する調査」
社団法人 情報処理学会 第3集 2003


 国立科学博物館が情報処理学会に委託して行ったオフコンの調査結果をまとめた報告書である。同学会では主要なコンピュータメーカー、大学から委員を募って歴史特別委員会の中に「オフィスコンピュータ歴史調査小委員会」を組織して調査した。
 誕生当時超小型電子計算機と称されたオフコンが登場したのは1960年代初頭であった。当時の利用形態は伝票発行機、電子会計機、超小型事務用電子計算機といったものであった。
 1970年代後半には分散処理技術を導入、末期には日本語処理技術が取り入れられ、使い易さが飛躍的に向上した。1980年代中期になると32ビット化が可能となり、やがてパソコンとの競合・並存を経てオープン化に到った。
 報告書ではこのような歴史の中に登場したオフコンの中で歴史的に注目すべき名機をメーカー別に挙げている。
TOSBAC-1100E イメージ
TOSBAC-1100E
NEACシステム100 イメージ
NEACシステム100
カシオ作表計算機 イメージ
カシオ作表計算機
「オフィスコンピュータの歴史調査と技術の系統化に関する調査」(PDF)を見る(No.008)

05 「電気試験所におけるトランジスタコンピュータの研究開発および資料保存状況」
東京電機大学大学院 特任教授 山田 昭彦 第3集 2003


 電気試験所は早くからデジタルコンピュータの開発に着手し、1952年にリレーを用いたETL MarkIをパイロットモデルとして試作し、その実用機であるETL MarkIIを1955年に完成した。
 その後トランジスタコンピュータの開発に取り組み、世界初のプログラム内蔵式トランジスタコンピュータであるETL MarkIIIを1957年に開発した。
 MarkIIIでは点接触型のトランジスタであったが、MarkVIでは安定度の高い接合型トランジスタを用いた。このシリーズはMarkVIまで続き、同機では海外の超高速コンピュータを凌駕するということを目標に開発が進められ、1965年3月に完成した。
 この調査では、このシリーズ所縁の資料の調査を行い、保管されていた初期のトランジスタ開発に関わる貴重な資料を同定し、系統化した。
ELT MarkIV イメージ
ELT MarkIV
機械翻訳機「やまと」 イメージ
機械翻訳機「やまと」
ETL MarkIII イメージ
ETL MarkIII
「電気試験所におけるトランジスタコンピュータの研究開発および資料保存状況」(PDF)を見る(No.011)

06 「テレビ技術史概要と関連資料調査」 吉野 章夫 第4集 2004


 世界で最初にブラウン管による受像を成功させたのは日本人技術者の高柳健次郎であるという。高柳によれば、それは大正天皇崩御の日であったという。世界初ということについては諸説あって、必ずしも世界的に一致して認められているわけではないが、日本が初期のテレビ開発において世界の最先端にあったことは事実である。幻に終わった1940年のオリンピック東京大会に向けてかなりのものが開発されていた。
 その後戦争による空白期があったものの、1953年にテレビ放送が開始されるや、多くの国内メーカーがテレビ開発にしのぎを削り、世界に覇を唱えるに到った。このような中から名機トリニトロン等、多くの技術開発がなされた。
初めて市販されたテレビ イメージ
初めて市販されたテレビ
トリニトロン イメージ
トリニトロン
「イ」の字 イメージ
「イ」の字
「テレビ技術史概要と関連資料調査」(PDF)を見る(No.015)

07 「矢頭良一の機械式卓上計算機「自働算盤」に関する調査報告」
山田 昭彦 第5集 2005


 計算機械の歴史の初期はパスカルやライプニッツ等の天才の名前で飾られる華やかなものであるが、わが国ではタイガー計算機が有名である。60代以上の人ならば誰でもお世話になったはずである。
 長い間、わが国の最初の計算機械はこのタイガー計算機であると思われていたが、森鴎外が「小倉日記」の中で矢頭良一と彼の発明になる自動算盤について記していたことと、1960年代になって、残されていた自動算盤の一台が発見され、一躍注目を集めるに到った。
 本論文では、計算機械の簡単な歴史と、自動算盤、矢頭良一の生涯について記述している。
タイガー計算機 イメージ
タイガー計算機
自働算盤 イメージ
自働算盤
パスカルの計算機 イメージ
パスカルの計算機
「矢頭良一の機械式卓上計算機[自働算盤」に関する調査報告」(PDF)を見る(No.019)

08 「電子式卓上計算機技術発展の系統化調査」 瀬尾 悠紀雄 第6集 2006


 電卓は日本で育った技術である。古来日本人の基本的なリテラシーとされた「読み・書き・ソロバン」のソロバンを代替するものとして、電卓に対する文化的土壌が整っていたことが背景にある。
 一方で、この電卓は、半導体とディスプレイと言う、その後の日本の電子産業の主役を育てたという上で別の大きな意味を持つ。世界をリードした電卓の技術開発史を、多面的に俯瞰した報告書である。
コンペット イメージ
コンペット
カシオミニ イメージ
カシオミニ
EL-500 イメージ
EL-500
「電子式卓上計算機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.021)

09 「移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査」 森島 光紀 第6集 2006


 現在の世の中になくてはならなくなった携帯電話、その基本となる無線技術については、日本は早くから取り組み、世界的に見ても先頭を歩んできた。
 日露戦争のバルチック艦隊迎撃の際の「敵艦見ゆ」のエピソードや八木・宇田アンテナの発明などはこの事実を物語っている。
 本論文では、携帯電話の端末側に重点を置いて記述している。携帯電話は無線通信の中でも移動通信に属するが、その初めは警察無線、内航船舶電話などであった。
 現在の携帯電話の技術に近くなるのは自動車電話からである。当初は体積7,000CC、重量7kgであった。その後日本初の携帯電話が出現するが、体積500CC、重量750gと、現在のそれと比べると今昔の感がある。
ムーバ イメージ
ムーバ
TYK式無線電話 イメージ
TYK式無線電話
大阪万博の携帯電話 イメージ
大阪万博の携帯電話
「移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.024)

10 「公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査」 森島 光紀 第7集 2007


 現在の世の中になくてはならなくなった携帯電話、本論文では携帯電話の基地局技術に重点を置いて記述している。
 警察無線、内航船舶電話、列車無線を経て自動車電話に到った移動通信はセルラ方式を採用して周波数を有効活用する技術を開発した。しかし、アナログ方式では激増する加入者数に対応できなくなったことに加え、高品質の通信への指向もあって第二世代のデジタル化に進んでいった。
 その後、第三世代に到ってグローバルサービスが実現し、マルチメディア通信が可能となりインターネットとの親和性が高くなった。これら一連の技術進歩の過程で日本は常に世界をリードしてきた。
我が国初の無線電信室 イメージ
我が国初の無線電信室
依佐美送信所 イメージ
依佐美送信所
基地局アンテナ イメージ
基地局アンテナ
「公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.028)

11 「電子管技術の系統化調査」 岡本 正 第8集 2007


 電子管の中でも特に、極管、マグネトロン、クライストロン、進行波管、ジャイロトロン等、電波に関わる電子管に焦点を当てて記述している。
 この分野における日本人の貢献は大きく、その主なものとして、戦前においては東北大の岡部金治郎による分割陽極型マグネトロンの発明があり、近年では世界で初めてのエネルギー回収型ジャイロトロンの開発がある。前者はマグネトロンの実用化への道を拓き、後者は核融合炉の加熱用として期待され、ITERの主加熱候補に挙げられている。共に国立科学博物館の未来技術遺産として登録されている。
X線管 イメージ
X線管
初期の受信管 イメージ
初期の受信管
2分割型マグネトロン イメージ
2分割型マグネトロン
「電子管技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.030)

12 「デジタル・スチルカメラの技術発展の系統化調査」 大川 元一 第10集 2008


 デジタル・スチルカメラ(デジカメ)は日本人の手によって開発され、世界初の試作機が日本企業で開発されてから僅か15年で、生産量で従来の銀塩カメラを上回るに到った。
 その重要な要素技術の一つであるフラッシュメモリも日本人の発明になるものである。JPEGを用いたデジタル・スチルカメラの統一規格も日本の提案であり、デジカメはまさに日本発の技術である。このデジカメの歴史について、デジカメの生みの親の一人である技術者が、独自の技術観でまとめている。
マビカ イメージ
マビカ
DS-1P イメージ
DS-1P
試作機「熱子」 イメージ
試作機「熱子」
「デジタル・スチルカメラの技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.039)

13 「透過型電子顕微鏡技術発展の系統化調査」 小島 建治 第11集 2008


 今や原子1個1個を見ることができるようになった電子顕微鏡であるが、最初に試作したのはドイツのルスカを中心とするグループであった。
 全世界で5000万人の死者を出したといわれるスペイン風邪ののウィルスはそれまでの光学顕微鏡では特定できず、さらに倍率の高い電子顕微鏡の開発が期待されていた。日本は戦前から文献や帰国留学生の情報を基に開発を進め、終戦直後には5社から商用機が発売された。
 現在ではわが国の電子顕微鏡の技術は世界最高水準に達しており、これらを使用した研究により、これも世界的レベルのカーボンナノチューブや電子線ホログラフィーの成果を生み出している。
日本初試作の電子顕微鏡 イメージ
日本初試作の電子顕微鏡
超高圧電子顕微鏡 イメージ
超高圧電子顕微鏡
水のチャンネル構造 イメージ
水のチャンネル構造
「透過型電子顕微鏡技術発展の系統化調査」(PDF41)を見る(No.041)

14 「医療用X線CT技術の系統化調査報告」 平尾 芳樹 第12集 2008


 X線CTによって医療診断技術は格段に進歩した。現在では、癌かそうでないかしばらく様子を見なければ分からないほどの小さなものまで検出できるという。
 CTは1968年に英国のEMI社のハンスフィールドによって発明されたが、これに先立つこと20年、日本の高橋信次がX線回転撮影法の研究に着手していたことはあまり知られていない。
 ハンスフィールドの発明以降では高速連続回転CT,ヘリカルスキャンという、現在のCTへの重要な貢献となった研究も日本発のものであり、この分野での日本の貢献は大きい。
 本論文ではCT装置の原理から始まって、上記のような主要な歴史的事実を中心に、CTの技術史をまとめている。
日本初のCT画像 イメージ
日本初のCT画像
国産初の頭部CT イメージ
国産初の頭部CT
「医療用X線CT技術の系統化調査報告」(PDF)を見る(No.045)

15 「フェライト技術の系統化」 一ノ瀬 昇 第13集 2009


 フェライトは金属に比して電気的な比抵抗が大きいために、高い周波数領域で優れた磁気特性を示すことから、電子部品として欠かせないものである。このフェライトは1930年に東京工業大学の加藤と武井によって発明された。
 嘗ては集積回路の弱点とされたインダクタが現在ではフェライトを使った積層チップインダクタで対応できるようになった。全体の生産量で中国に譲るようになった日本も、このような高機能デバイスでは尚他国の追随を許していない。
 本論文ではそのほかにフェライトの結晶学的な分類等、基礎的な面の解説にも触れている。
ガーネット型の結晶構造 イメージ
ガーネット型の結晶構造
小型モータとフェライト イメージ
小型モータとフェライト
電波吸収体 イメージ
電波吸収体
「フェライト技術の系統化」(PDF)を見る(No.051)

16 「テープレコーダーの技術系統化調査」 君塚 雅憲 第17集 2012


 日本の現代社会に生きる人で、テープレコーダーのお世話にならなかった人はいないであろう。それほど、ビジネスに、教育に、趣味にテープレコーダーは欠かせないものであった。ある時期以降、技術開発の面でもビジネスの面でも日本メーカーが世界的に重きをなした分野でもある。旧くは世界に誇る交流バイアス法の発明があり、80年代に到っては、世界中の文化に大きな影響力を与えた名機ウォークマンの創出があった。
 本論文では、オバリン・スミスによる磁気録音の発明、これに続くポールセンのワイヤレコーダーの発明に始まるテープレコーダーの開発史を、戦後の日本メーカーの健闘を中心に記述している。
ソニーTC-111 イメージ
ソニーTC-111
ラミネートヘッド イメージ
ラミネートヘッド
ウォークマン1号機 イメージ
ウォークマン1号機
「テープレコーダーの技術系統化調査」(PDF)を見る(No.073)

17 「ビデオカメラ技術の系統化」 竹村 裕夫 第18集 2013


 現在では、ビデオカメラはほとんどの家庭に普及しており、なじみ深い製品である。その大きさも掌に収まるサイズとなっているが、嘗ては撮像管を使った大掛かりなもので、1974年に製品化されたものは当時の価格で30万円もするものであった。
 本論文では、ビデオカメラの発展の歴史を、光学系、光電変換装置、デジタル信号処理、録画システム、高密度実装技術など、キーとなる要素技術の発展と共に記述している。
撮像管とCCDイメージ
撮像管とCCD
世界初MOSビデオカメライメージ
世界初MOSビデオカメラ
パスポートサイズカメライメージ
パスポートサイズカメラ
「ビデオカメラ技術の系統化」(PDF)を見る(No.078)

18 「ファクシミリの系統化」 小川 睦夫 第19集 2013


 最近では電子メールに主役の座を譲ったかの感があるファクシミリであるが、嘗てはテキストや画像情報の有力な伝達手段として、不可欠のものであった。家庭にも電話と共に普及し、日常生活で利用されている。
 本論文ではベインの発明に始まるファクシミリの歴史を、要素技術の発展や、ファクシミリの主要な課題の一つであった標準化の経緯を交えながら記述している。
Arlincourt のファクシミリイメージ
Arlincourtの
ファクシミリ
NE式送信機イメージ
NE式送信機
G3準拠ファクシミリイメージ
G3準拠ファクシミリ
「ファクシミリの系統化調査」(PDF)を見る(No.079)

19 「アナログディスクレコード技術の系統化報告と現存資料の状況
   〜機械式録音から電気式録音へ、そして長時間化とステレオ化へ〜 」

穴澤 健明 第21集 2014


 アナログディスクレコードというと、はてどのようなものか、と考え込む向きもあるかもしれない。つまりは昔懐かしいレコードである。CDの出現までは、磁気テープと並ぶ音楽の記録媒体であった。このようなことを記述する必要性があること自体、レコードが歴史の彼方に消え去ろうとしていることを物語るものである。一部のマニアを除き、最近ではレコードに接する人はほとんどいないであろう。
 本論文では、エジソンによる発明から電気吹き込み技術の開発、録音再生時間の長時間化、ステレオ化といったレコードに関する技術の発展過程を、興味深いエピソードと共に記述している。
蝋管シリンダと円盤レコード
蝋管シリンダと
円盤レコード
ラッパ型蓄音器 イメージ
ラッパ型蓄音器
民生用ポータブル円盤録音機 イメージ
民生用ポータブル円盤録音機
>「アナログディスクレコード技術の系統化報告と現存資料の状況」(PDF)を見る(No.083)

20 「LD(レーザディスクシステム)の開発、実用化に関する系統化調査」
松村 純孝 第21集 2014


 音楽レコードが家庭に普及するにつれて、「絵の出るレコード」に対するニーズが次第に強くなり始めた。特に米国のRCAは社運をかけるほどの勢いであった。数種類の方式が試みられた中で、勝ち残ったのはレーザによる書き込み再生方式であった。家庭用や教育用として普及したが、最も大きな市場はカラオケシステムであった。
 本論文では、レーザ方式(LD)のライバルであったCED]方式、VHD方式などの概要に始まり、DVDが現れるまでのLDの技術開発の歴史について記述している。
世界初の産業用LDプレーヤ イメージ
世界初の産業用
LDプレーヤ
LD信号面の顕微鏡写真 イメージ
LD信号面の顕微鏡写真
最後のLD/CD/DVDプレーヤ イメージ
最後のLD/CD/DVDプレーヤ
>「LD(レーザディスクシステム)の開発、実用化に関する系統化調査」(PDF)を見る(No.085)

21 「パーソナルコンピュータ技術の系統化調査」 山田 昭彦 第21集 2014


 パソコンは20世紀末の社会を、そのシステムや文化において作り変えてしまった。
 本論文は、本系統化シリーズにおいて、コンピュータ関係で4つのテーマの系統化を手掛けた著者が、パソコンの誕生時からの発展を追ったものである。パソコン誕生の経緯、ハード、ソフトの主要技術、周辺技術等の発展について丹念に記述している。
 また、上述の、パソコンが社会システムを変えたという観点から、パソコンと社会との相互作用についても掘り下げた議論を展開している。
AppleU イメージ
AppleU
トレーニングキットTK-80 イメージ
トレーニングキットTK-80
PC 8001 イメージ
PC 8001
>「パーソナルコンピュータ技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.086)

22 「公衆通信網における交換システム技術の系統化調査」 川島幸之助 第22集 2015


 今や個人が電話を持ち、ネットに書き込みをし、ホームページで情報を発信する時代となり、通信の在り様は一昔前と比べて大きく変わってきた。一家に一台の電話を取り付けるのにも長く待たされる時代を知っているものには隔世の感がある。本論文は通信システムにおいて必要とされていた交換機について、その原理と歴史について論じている。ステップ・バイ・ステップ、クロスバー、アナログ電子交換、デジタル電子交換と進んできた交換機の技術発展歴史の中で、日本人が果たした輝かしい成果についても述べている。すなわち、中島のスイッチング理論、染谷の波形伝送理論、秋山のPAM交換機、猪瀬のタイムスロット入れ替え等である。中でも猪瀬のタイムスロット入れ替えは画期的な発明であり、基本技術としてその後の世界のデジタル電子交換の発展の礎をなすものであった。
日本初OFケーブル イメージ
国産A形交換機
(中野局)
6分割OFケーブル イメージ
国産第一号小局用クロスバ交換機
(栃木・三和局)
CVケーブル イメージ
D70形ディジタル市内交換機
「公衆通信網における交換システム技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.90)

23 「液晶ディスプレイ発展の系統化調査」 武宏 共同研究編 第8集 2015


 今や通常の生活を送っていれば、液晶ディスプレイを目にしない日は一日としてないと言ってもいいであろう。テレビ、パソコン、スマホといった製品のディスプレイはほとんど液晶である。本論文では液晶の19世紀末の発見時から、日本の、特にシャープの液晶の最盛時であった1995年ころまでの液晶発展の歴史を追っている。著者はシャープの液晶立ち上げ時に入社し、一技術者として、開発責任者として液晶事業の発展を支えてきた。それだけに記述がシャープ関連の事項に偏った感はある。しかし、液晶事業の基盤をなす技術が何もないところから、世界を席巻する事業に発展させた過程が詳細に記されている。一企業が、一つの事業をゼロから起こして一大産業にまで育て上げるには、どのようなことをなさねばならないかを把握するうえで貴重な情報を含んでいる。
日本初OFケーブル イメージ
Si ウェハを用いた液晶テレビウォッチ
6分割OFケーブル イメージ
2014年度IEEE
マイルストン盾
CVケーブル イメージ
世界初壁掛けテレビ
「液晶ディスプレイ発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.92)

サブタイトル「II. 電気・電力関連」

主に発電等電気に係わる技術、X線,顕微鏡,洗濯機,フェライト等の技術を掲載しています

01 「電力用変圧器技術発展の系統化調査」 矢成 敏行 第4集 2004


 わが国が変圧器の製作を開始したのは明治の中期で、海外技術の模倣からスタートした。それから40年で一流国の技術と互角のレベルに達した。
 戦後、荒廃の中からスタートしたが、電力需要の伸張に伴って、変圧器の高電圧化、大容量化が追求され、部分放電の解決等、海外に遜色のない技術を身に付けた。さらに、1970年代後半から大きな問題になった流動帯電事故を独自技術で解決する等、日本の変圧器技術は世界の先端を歩むに到っている。
万博出品変圧器 イメージ
万博出品変圧器
現存最古の変圧器 イメージ
現存最古の変圧器
変圧器1939年 イメージ
変圧器1939年
「電力用変圧器技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.013)

02 「電力用タービン発電機技術発展の系統化調査」 田里 誠 第5集 2005


 火力発電及び地熱発電用タービン発電機技術の発展について、主に明治時代中期に始まる黎明期から今日までを概観している。
 最初に黎明期の、海外技術の影響を受けて発展した日本の発電技術について述べ、以下、第二次世界大戦終了まで、戦後復興の時の技術発展に触れ、発電機の大容量化を支えたサポート技術について記述している。
国産第1号機タービン発電機 イメージ
国産第1号機タービン発電機
水素冷却タービン発電機 イメージ
水素冷却タービン発電機
直接冷却ロータコイル イメージ
直接冷却ロータコイル
「電力用タービン発電機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.017)

03 「露光装置技術発展の系統化調査」 高橋 一雄 第6集 2006


 半導体事業において日本は嘗て世界を席巻したが、これを可能とした要素技術のひとつが露光技術である。
 1970年代の初めまではマスクをウェーハに密着させて露光するコンタクト・アライナー方式であったが、やがて近接して露光するプロキシミティ・アライナー方式へ、さらに縮小投影方式を採用したステッパへと進んでいった。
 現在ではステッパ時代も終わり、スキャナーが主流の時代になっている。この技術の流れの中で日本企業は常に世界をリードしてきた。
 日本の得意とする精密技術が生かせたことが大きいが、それだけではなく、露光装置の開発には軽量高剛性のエンジニアリング・セラミックス、エンジニアリング・プラスチック、などの材料技術に加えて、高速・高精度の駆動技術、精密計測技術などの総合が必要であった。
ステッパー イメージ
ステッパー
ウェーハ イメージ
ウェーハ
コンタクト露光装置 イメージ
コンタクト露光装置
「露光装置技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.022)

04 「原子力用タービン発電機技術発展の系統化調査」 田里 誠 第6集 2006


 日本の原子力発電は1967年の東海発電所の全出力運転で膜を開けた。現在では米、仏に次ぐ世界3番目の設備容量を有し、プラント容量、運転性、信頼性、運転稼働率、安全性においても世界トップクラスを誇っている。
 国、電力会社、メーカーが一体となって取り組んだ成果である。本編では、原子力発電プラントについて調査し、その関連で、タービン発電機技術進展の経緯と革新的な技術・製品についても触れている。
日本初商用原発 イメージ
日本初商用原発
美浜発電所 イメージ
美浜発電所
原子炉の燃料 イメージ
原子炉の燃料
「原子力用タービン発電機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.023)

05 「発電用水車の技術発展の系統化調査」 田中 宏 第8集 2007


 1891年に京都の蹴上でわが国初の事業用水力発電所が発電を開始したのに続き、多くの水力発電所が建設されたが、これらの発電所で用いられた水車は殆どが輸入品であった。
 大正年代に入り、1千kwを越える水車が国産できるようになり、昭和初期の、現在の北朝鮮での大規模な発電所建設に際しての国産品採用により大きく技術は進展した。続く鴨緑江の水豊発電所の建設の際には10万kw以上の単機容量としては世界最大の水車を製作できるに到った。
 戦後の電力復興はまず水力によってなされることとなり、電源開発叶ン立に伴って大容量水車が発注され、わが国の大容量水車製作技術は大きく伸びた。現在では揚水発電、可変速揚水発電の分野で共に世界をリードする技術を誇るに到っている。
黒部第4ペルトン水車 イメージ
黒部第4ペルトン水車
国産初立軸フランシス水車 イメージ
国産初立軸フランシス水車
現地溶接ケーシング イメージ
現地溶接ケーシング
「発電用水車の技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.031)

06 「一次電池技術発展の系統化調査」 吉田 和正 第9集 2007

 電池は、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置である。昔は主として懐中電灯用の電源として一般人の目に触れることが多かったが、今日ではあらゆる電子機器の電源として欠くことのできないものである。
 本論文では一次電池に限定して、その技術開発史について述べている。歴史の長いマンガン乾電池、これと互換性のあるアルカリ乾電池について、その黎明期から超高性能時代までを論じた後、電子機器の多様な進歩に伴って発展した各種ボタン電池、リチウム電池などについて触れている。
ルクランシェ電池 イメージ
ルクランシェ電池
亜鉛粒SEM イメージ
亜鉛粒SEM
空気電池 イメージ
空気電池
「一次電池技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.036)

07 「プロセス制御システムの技術系統化調査」 若狭 裕 第11集 2008


 プロセス制御という語は一般にはなじみが薄いが、「プロセスの操業状態に影響する諸変量を、所定の目標に合致するように意図的に行う操作」というものである。基本的な制御はフィードバック制御であるが、その原点は1778年にワットによって発明された蒸気機関に取り付けられた遠心調速機(ガバナ)で、回転数を制御するのに使われた。
 近代に到っては、1922年にミノルスキーによりPID制御の原理が発表され、1936年に空気式PID調節器が作られた。その後、アナログ電子式計装システムに移行し、さらにマイクロプロセッサの進歩があって1975年に分散型制御システムが開発された。
 現代ではプロセス制御技術は石油精製、化学、鉄鋼、紙パルプ、電力などあらゆる産業分野で不可欠になっている。
ワットのガバナー イメージ
ワットのガバナー
差圧伝送器 イメージ
差圧伝送器
LNGプラント中央制御室 イメージ
LNGプラント中央制御室
「プロセス制御システムの技術系統化調査」(PDF)を見る(No.043)

08 「洗濯機技術発展の系統化調査」 大西 正幸 第16集 2011


 洗濯の歴史は古く、メソポタミア時代に洗濯の様子を記した粘土板があることからもそのことを伺うことができる。近代に到って、バット、ドリー、プランジャーといった洗濯用の道具が現れ、金属製やガラス製の洗濯板や大型の絞り機が登場した。
 17世紀末には英国で手動式洗濯機の特許が取得されている。その後、シリンダー型洗濯機やアレキサンダー、ブラックストーン等による発明があったが、最初の電気洗濯機が米国のハレー・マシン社からソアー・ブランドで発売された。
 わが国では、昭和5年に東芝の前身である東京電気がハレー・マシン社から技術導入して国産第一号の電気洗濯機を完成させた。戦後は三洋がトップをきって噴流式洗濯機を開発し、わが国の洗濯機開発の口火を切った。
 以後、渦巻き式、自動一槽式、二槽式、自動二層式の開発を経て、全自動洗濯機、ドラム式に到る洗濯機の開発史の中で、我が国は世界に伍して来た。本報告書はこの間の歴史をわかりやすい筆致で記している。
国産1号洗濯機 イメージ
国産1号洗濯機
わが国初の噴流式洗濯機 イメージ
わが国初の噴流式洗濯機
わが国初撹拌式自動洗濯機 イメージ
わが国初撹拌式自動洗濯機
「洗濯機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.068)

09 「白熱電球の技術の系統化調査」 石ア 有義 共同研究編第4集 2011


 蛍雪の功なる言葉があるように、照明は人類にとって大きな課題であった。明るい照明を得たことにより、文明は飛躍的に進んだと言えよう。
 白熱電球は百数十年の歴史を持つものであるが、今なお使われているなじみの深い光源である。あまりにも身近な製品になったために、現在では白熱電球の技術開発に多大な力が注がれていたことは想像し難いが、初期の頃は多くの試行錯誤、研究開発がなされた。
 フィラメントであるタングステン線が垂れ下がる現象を回避するための結晶学的研究、封着線に使用するジュメット線の発明、ゲッターの発明のほか、タングステン線の蒸発を防ぐために少量のガスを封入し、ガスの振る舞いを仔細に調べてガス入り電球を完成させたラングミュアーの基礎的研究があった。
 また、ラングミュアーは熱損失を少なくするためにフィラメントをコイルにしたが、これを発展させた二重コイルフィラメントや、内面つや消し電球の発明には東芝が貢献した。
スワンの電球 イメージ
スワンの電球
エジソン電球110V イメージ
エジソン電球110V
藤岡式電球 イメージ
藤岡式電球
「白熱電球の技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.070)

10 「電力ケーブル技術発展の系統化調査」 吉田 昭太郎 第19集 2013


 発電所でつくられた電気はどのようにして工場や家庭などの需要地へ運ばれるのであろうか。よく目にする鉄塔に張られた送電線で運ばれてきた電気は市街地に入ってからは地下に埋設された電力ケーブルで所定のところに送電される。電力ケーブルは、一般人には目に触れることのないものであるが、数十万ボルトの高電圧で電気を運ぶ線路の長手方向に、数十kmに一箇所の欠陥も造らないほどの信頼性を要求される高度な技術をベースにしている。
 本論文では、このような電力ケーブルのうち、OFケーブル、POFケーブル、CVケーブルについて、技術の発展過程を論じている。
日本初OFケーブル イメージ
日本初OFケーブル
6分割OFケーブル イメージ
6分割OFケーブル
CVケーブル イメージ
CVケーブル
「電力ケーブル技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.80)

サブタイトル「III. 産業機械関連」

主に産業界で使用されるロボット、器具・材料等の技術を掲載しています

01 「国産ロボット技術発達の系統化に関する調査」
社団法人 日本ロボット工業会 第3集 2003


 2004年度の「産業用ロボット」、2005年度の「サービスロボット」に関する調査の魁を為すものであり、この論文を読んで予備知識をつけた上で上記の2論文を読めば理解しやすいであろう。
 最初の章は産業用ロボットの機構、制御、コンポーネント、動力源について、関連企業の製作したロボットを具体例に挙げながら時代を追って説明している。
 第2章では製造業における加工、搬送、組立ロボットについて、第3章では建築、保守・点検などの非製造業で使用するロボットについて、これも具体例を挙げながら記述している。
 その他、極限作業ロボット、国家プロジェクトについても触れている。
AIBO イメージ
AIBO
ユニマン イメージ
ユニマン
清掃ロボット イメージ
清掃ロボット
「国産ロボット技術発達の系統化に関する調査」(PDF)を見る(No.009)

02 「稲作に関する農機具類の保存状況の調査」
社団法人 農林水産技術情報協会 第3集 2003


 国立科学博物館の委託を受けて、農水省OBが委員会を組織し、稲作に関わる農機具の発展について調査した。
 調査対象器具を動力、耕起、移植〜田植、管理、刈取り、脱穀、乾燥、調整、その他(わら打機、縄ない機等)に分けて調査した。これら種々の機械器具の発展により、戦後の時機だけを見ても人の稲作10a当たりの作業時間は、1952年の196時間から1994年の46時間へと1/4以下に激減している。
 同委員会は歴史上重要な器具として56個を選定している。
稲作労働時間 イメージ
稲作労働時間
「稲作に関する農機具類の保存状況の調査」(PDF)を見る(No.010)

03 「産業用ロボット技術発展の系統化調査」 楠田 喜宏 第4集 2004


 ここでいう「産業用ロボット」とは工場の中で使用される製造業用ロボットを指す。米国で誕生した産業用ロボットは日本で本格的な発展を遂げ、今やわが国は世界一のロボット大国となっている。この発展の過程で、小型組み立てロボットの定番となったSCARAロボットのような大発明もわが国でなされた。
 産業用ロボットの発展にはマイクロプロセッサの導入と電気サーボ技術の発展が与って大きいが、もうひとつ逃せない観点としてロボットに対する日本人特有の親近感があると筆者は分析している。
川崎ユニメート イメージ
川崎ユニメート
Motoman-W イメージ
Motoman-W
SCARAロボット イメージ
SCARAロボット
「産業用ロボット技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.012)

04 「サービスロボット技術発展の系統化調査」 楠田 喜宏 第5集 2005


 ここでいう「サービスロボット」は工場の中で働く「産業用ロボット」以外の、一般社会で使用されるロボトの総称である。後者が工場のあらゆる分野で大幅に採り入れられ、ロボットなしでは製造業が成り立たなくなっている現状に比すれば、前者は未だ確たるマーケットを形成するに到っていない。しかし、可能性としては無限のものがあり、夢を抱かせるに十分なものがある。とりわけ子供時代に鉄腕アトムをヒーローとして育った日本人にはロマンをかきたてられる分野である。
 一方で、産業用ロボットが構造化された作業環境で働くのに対して、サービスロボットはあらゆる環境での作業が想定され、これに対応する上での技術的ハードルは高い。本論文では原子力や海洋当の極限環境でのサービスロボットのほか、公共・社会インフラにおける種々の応用についても述べている。
探傷ロボット イメージ
探傷ロボット
検査ロボット イメージ
検査ロボット
無人放水車 イメージ
無人放水車
「サービスロボット技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.016)

05 「飲料自動販売機技術発展の系統化調査」 樋口 義弘 第7集 2007


 日本は自販機大国と言われる。少しデータは古いが(2006年度末)で全ての自販機を合わせると約430万台が普及しており、そのうちの半数以上が飲料自販機である。
 このように自販機が普及した背景には、世界一安全と言われる治安のよさがある。当然のことながらこのような状況に恵まれて、検銭機構をはじめとする自販機の種々の要素技術が日本で発展した。技術の発展が社会情勢の影響を強く受けるということの好例である。
 国立科学博物館の未来技術遺産にも登録された噴水型自販機の誕生の由来や日本独自のホット飲料自販機の開発など、飲料自販機の興味深い発展史が綴られている。
自働郵便切手売下機_1 イメージ
自働郵便切手売下機
酒自販機_1 イメージ
酒自販機
ジュース自販機 イメージ
ジュース自販機
「飲料自動販売機技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.026)

06 「材料試験硬さ技術の系統化調査」 小賀 正樹 第14集 2009


 「硬さ」は大は鋼鈑から小は半導体の絶縁膜に到るまであらゆる産業分野で、物性を知る量として重要視されている。にも拘わらず通常の物理量とは異なるため、その定量化には研究者が苦労し、工夫を重ねた。
 本論文ではブリネル、ショア、ロックウェル、ビッカーズ(含ヌーブ)の4種類の硬さ試験機について、その歴史的変遷について論じている。
 「硬さ」という通常はあまり注目を浴びることのない性質について、産業の縁の下の力持ちとして欠かせない存在であることを明らかにした点で注目に値する論文である。
てこ式ブリネル硬さ試験機 イメージ
てこ式ブリネル硬さ試験機
ビッカース硬度計 イメージ
ビッカース硬度計

ビッカース圧子
ビッカース圧子 イメージ
「材料試験硬さ技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.054)

07 「圧力計技術の発展の系統化調査」 清水 明雄 第15集 2010


 圧力は日常生活でもよく体験するものであるが、その大きさを測る圧力計に注意を向けることはあまりない。ガスボンベや電車の運転室などで見かけることがあるが、実はこの圧力計、社会の隅々のあらゆるところで用いられている。爆発事故等を防ぐためにも印加された圧力を知る必要があり、そのための圧力計の重要性は言うまでもない。
 圧力計には歴史的にみて重要な、液柱形、重錘形、アネロイド形の三つの圧力計とエンジンインジケータの4種類があるが、本論文ではアネロイド形の中で、特に弾性素子にブルドン管を用いたものについて、その技術史について記述している。
デジタル圧力計 イメージ
デジタル圧力計
重錘形圧力計 イメージ
重錘形圧力計
ブルドン管 イメージ
ブルドン管
「圧力計技術の発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.062)

08 「油圧ショベルの技術の系統化調査」 生田正治 第22集 2015


 建設現場で忙しく働いている機械類、そのほとんどが油圧ショベルである。その応用範囲は極めて広く、大きさでは家庭菜園用のものから800トンを超える鉱山採掘用まで、用途別では掘削から超高層ビルを含む解体用、林業用、さらには地雷処理機まで様々な大きさ、用途のものがある。油圧ショベルは1960年代の初めに技術導入により国産化されたが、その後の日本の技術の発展は目覚ましく、80年代後半にはすでに世界シェアの70%以上を占めるに到った。 2000年代に入ってからは80%以上に達している。この間、世界中のショベルカーの稼働状況をGPSによって把握したり、同じくGPSにより盗難防止のシステムを開発したり、独自の技術開発で常に世界をリードしてきた。また、近年に到っては環境負荷軽減への圧力が強まる中、この面でも世界をリードしている。
叩きダイス
解体用ハイリフト
ロックドコイルロープイメージ
世界で最も大きい大型油圧ショベル
若戸大橋 イメージ
双腕型油圧ショベル
「油圧ショベルの技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.088)

サブタイトル「IV. 自動車・船・一般機械関連」

主に自動車・船等に係わる技術、エレベータ・ボイラー等の技術を掲載しています

01 「戦後建造大型タンカー技術発展の系統化と資料調査」 吉識 恒夫 第4集 2004


 戦前の日本の造船は軍艦建造技術に重点を置いていた。戦後はタンカーをはじめとする各種船舶の建造技術の確立に励んだ。
 戦前・戦後の技術上の違いで最も大きなものは鋲接に変わる溶接技術の採用である。造船技術開発上の特徴的なことは、この溶接技術をはじめとする各要素技術の確立のために、造船協会(現造船学会)の中に産学協同の研究委員会を設置したことである。参加企業はここで得た成果を広く活用し、技術向上に結びつけた。このような努力が実り、後年の世界に冠たる造船王国発展するわけであるが、日本的な研究体制の良い面が現れた典型といえよう。
 このような日本の造船技術発展の過程を、戦後需要が飛躍的に伸びたタンカーの建造技術に焦点を当てながら分析している。
水槽試験 イメージ
水槽試験
省エネ船尾_1 イメージ
省エネ船尾
出光丸 イメージ
出光丸
「戦後建造大型タンカー技術発展の系統化と資料調査」(PDF)を見る(No.014)

02 「専用船建造技術発展の系統化調査」 吉識 恒夫 第5集 2005


 2003年度に調査した大型タンカー以外の主要な専用船であるコンテナ船、液化ガス運搬船、ばら積み貨物船、自動車運搬船の建造技術について記述している。
 積載物の特性に応じた船の構造、設備が必要であるが、造船基盤技術は1960年頃までには整備されており、後はそれぞれの固有技術を開発することで対応できた。
 とはいえ、固有技術はどれをとっても解決には大きな努力を必要とした。特に異なる技術を要する船は液化ガス運搬船であり、格納容器の収縮、断熱、対低温材といったことへの対応が求められた。
二重反転プロペラ イメージ
二重反転プロペラ
コンテナ船 イメージ
コンテナ船
モスLNG船 イメージ
モスLNG船
「専用船建造技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.018)

03 「ボイラー技術の系統化調査」 寺本 憲宗 第7集 2007


 ボイラーは産業革命の推進力であり、性能向上を求めて不断に高圧化がが図られた。しかし、常に破裂の危険と隣り合わせであり、20世紀初頭には米・英の年間事故件数は1,000件を超える状況であった。
 ボイラーの開発の歴史は高圧との闘いの歴史であったが、多くの人々の創意工夫により、1800年代の初めには0.05MPa程度であったのが、現在では31Mpaで蒸気温度590℃を超える超々臨海圧を得るに到っている。
 本論文では、ボイラーの主要技術と関連技術の開発過程のほか、上述のようなその技術開発の特殊性を踏まえて、主要国における規格についても1章を割いて述べている。
スコッチボイラー イメージ
スコッチボイラー
宮原式水管ボイラー イメージ
宮原式水管ボイラー
ベンソンボイラー イメージ
ベンソンボイラー
「ボイラー技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.025)

04 「舶用大形2サイクル低速ディーゼル機関の技術系統化調査」
田山経二郎 第8集 2007


 船舶は長い間動力源を蒸気に頼っていたが、1897年にルドルフ・ディーゼルによってディーゼル機関が完成されると、船舶用としての期待が高まった。本格的に使用され始めたのは第二次世界大戦後、特に石油ショック後であった。蒸気タービンと比較して圧倒的に燃料消費率が優れている点が魅力であった。
 ディーゼル機関の特徴はガソリンなどの軽質油を採った後の残渣油を燃料として使用していることである。この種の燃料は、安くて世界のどこでも入手が可能と言う、船舶の燃料として必要条件を満たしている。
 本論文では、舶用ディーゼル機関の技術開発史を大形2サイクル低速機関に絞って述べている。
セランディア号主機関図 イメージ
セランディア号主機関図
三菱MS機関 イメージ
三菱MS機関
過給機 イメージ
過給機
「舶用大形2サイクル低速ディーゼル機関の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.032)

05 「ロープ式エレベーターの技術発展の系統化調査」 三井宣夫 第9集 2007


 若い世代には経験のないことであろうが、50〜60年前のエレベーターは、加速,減速のときになんとも表現できない身体的不快感を与えたものである。それが、70年代の後半には分速600mの高速でありながら、この様な問題は解消されていた。
 このような高速運転のもとでは、これを可能とする技術のほかに安全を確保する技術も必要である。また、多数のエレベーターが運転されているとき、待ち時間が少なくなるよう最適の運用システムを群管理制御で行うなど、エレベーターには広範な技術が取り入れられている。
博覧会公開実験 イメージ
博覧会公開実験
赤レンガ倉庫巻上機 イメージ
赤レンガ倉庫巻上機
マイコン制御エレベーター イメージ
マイコン制御エレベーター
「ロープ式エレベーターの技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.034)

06 「4サイクルディーゼル機関の技術系統化調査」 佐藤 一也 第12集 2008


 ルドルフ・ディーゼルは独自の熱力学理論を構築し、これに基づいて1893年に実験機を、1897年に実用機を製作した。ディーゼル機関の誕生である。
 2006年度の2サイクルディーゼル機関についての調査に引き続き、本論文では4サイクルのディーゼル機関について記している。2サイクルが1回転に1回爆発するのに対し、4サイクルは2回転に1回爆発する。このため、出力は2サイクルに比べて落ちるが、4サイクルは技術的に無理なく確実な燃焼をさせることができる。
 本論文では4サイクルディーゼル機関のうち、舶用、陸用、鉄道車両用の3用途に絞って、その技術史を記述している。
ディーゼル機関第1号機 イメージ
ディーゼル機関第1号機
本邦初の国産ディーゼル機関 イメージ
本邦初の国産ディーゼル機関
国産初のガス発動機 イメージ
国産初のガス発動機
「4サイクルディーゼル機関の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.044)

07 「製鉄業における輸送技術の系統化調査」 川合 等 共同研究編第2集 2008


 鉄1トンを作るためには10トンの輸送が必要であるといわれ、輸送技術は製鉄業にとっては重要な周辺技術である。特に輸送の対象が重量物であるだけに他産業の技術の転用によるのでは難しい面があり、製鉄業に適応した設備開発が必要であった。
 例えば、大きな牽引力、低速であるが起動・停止の頻度が高いといった特徴がある。これに対応すべく、トルクコンバーターを採用したディーゼル機関車が開発された。その他、製鉄業に関連する主要な輸送技術と特殊な設備について、その歴史を追っている。
グラブバケット イメージ
グラブバケット
スタッカリクレーマ イメージ
スタッカリクレーマ
溶銑鍋車 イメージ
溶銑鍋車
「製鉄業における輸送技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.048)

08 「貨車の技術発達系統化調査」 荒井 貞夫 第13集 2009


 SLや特急列車のファンは多い。偶にSLが走るとカメラの砲列が敷かれる。これに比して貨車はあまり注目されることのない地味な存在である。
 本論文は長年貨車の開発・設計に当たってきた技術者が貨車への愛情をこめながらその技術史を綴ったものである。貨車の車体に記されたカタカナの「ワム」、「シキ」といった記号が何を表すのかといった疑問も本論文により解消する。
 より多くの荷物をより速く運ぶことの追求の中で、今日の主役であるコンテナ車は50トン積み近くまで大型化され、速度は110km/hにまで達した。また、近年では環境への配慮からトン・km当たりのCO2排出量の少ない貨車が見直されている。
南満州鉄道の有蓋車 イメージ
南満州鉄道の有蓋車
ブレーキマン搭乗貨車 イメージ
ブレーキマン搭乗貨車
130トン貨車 イメージ
130トン貨車
「貨車の技術発達系統化調査」(PDF)を見る(No.049)

09 「産業用大型ガスタービンの技術系統化調査」 池上 壽和 第13集 2009


 ガスタービンが発明されたのはワットの蒸気機関に遅れること15年というから、かなり古いことになる。わが国では戦前に航空機用ガスタービンの研究がなされていたが、本格的な開発が始まったのは戦後の商用向けである。
 一般家庭への電化製品の普及に伴って最大電力の夏季ピークへの対応が大きな課題となるなか、建設期間が短く、起動停止の容易なガスタービン発電所の需要が大きくなった。これに伴い、ガスタービンの大型化や複合サイクル発電が促進され、わが国のガスタービン技術は世界最高レベルに達した。
 この発展は、超耐熱合金の開発、材料強度の向上、高度な冷却技術、世界に先駆けた予混合燃焼技術などに負うところが大きい。
高効率ガスタービン イメージ
高効率ガスタービン
ホルツヴァルトのガスタービン イメージ
ホルツヴァルトのガスタービン
国産発電用1号ガスタービン イメージ
国産発電用1号ガスタービン
「産業用大型ガスタービンの技術系統化調査」(PDF)を見る(No.050)

10 「エスカレーター技術発展の系統化調査」 後藤 茂 第14集 2009


 エスカレーターの原理的アイデアは1850年代に米国で誕生したが、日本への輸入は1914年であった。戦後需要の拡大とともに本格的な国産が始まったが、これに伴い技術開発も大きな努力が払われることとなった。
 基本的な技術の確立の後は、日本人独特の繊細な美意識に基づくユーザーの要求とこれに応えようとするメーカーの相互作用の中から、それまでの外観を一新する欄干意匠の全面照明か、透明化といった世界に先駆けた製品が生まれた。現在ではわが国のエスカレーター技術は世界をリードするレベルのある。
パリ万博 自動階段(1900年) イメージ
パリ万博 自動階段(1900年)
調速機 イメージ
調速機
スパイラルエスカレーター イメージ
スパイラルエスカレーター
「エスカレーター技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.055)

11 「自動車用液圧ブレーキ技術の系統化調査」 林田 吉弘 第14集 2009


 およそ車と名のつくものにブレーキが装着されないことはあり得ない。正しく働くブレーキの保証があってはじめてスピードを楽しめる。自動車のブレーキは入力及び変換部、制御部、ホイールブレーキ部の3要素で構成されている。
 本論文では、液圧ブレーキが登場するまでのブレーキ前史、自動車揺籃期のブレーキ技術、戦後のモータリゼーション期のブレーキ技術開発、個別のブレーキ要素と摩擦材、ブレーキ液、ゴムカップといったブレーキの重要部材の発展状況について記述している。
 ABSやEBD、ESCといった技術は基礎的なブレーキ技術と内容が異なる関係上触れていない。
タンデムマスターシリンダ イメージ
タンデムマスターシリンダ
オポーズド型ディスクブレーキ イメージ
オポーズド型ディスクブレーキ
「自動車用液圧ブレーキ技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.057)

12 「汎用中型ガスタービンの技術系統化調査」 星野 昭史 第15集 2010


 ガスタービンは起動からピーク出力までの時間が短いことから、産業用の大型は夏季ピークへの対応等、発電所の動力源として重宝されているが、中小型については航空用途を別にすれば、熱効率が低くコストも高いことがあって普及が進まなかった。
 しかし、1970年代に大きなビル火災が連続して多数の死者を出したことを契機に消防法の改正があり、自家発電システムの設置を義務付けられた頃から非常用電源として立ち上がり、また、オイルショック後に強く求められるようになったコージェネレーションシステムへの採用もあって需要が拡大した。
 本論文では、このような汎用中小型ガスタービンの発展の跡を時代を追って記述している。
インペラ イメージ
インペラ
SMGT発電装置 イメージ
SMGT発電装置
マイクロガスタービン イメージ
マイクロガスタービン
「汎用中型ガスタービンの技術系統化調査」(PDF)を見る(No.064)

13 「自動車車体技術発展の系統化調査」 山口 節治 第15集 2010


 日常お世話になる乗用車をはじめとして、バス、トラック、ダンプ、タンクローリー、消防車、クレーン車、高所作業車、放送中継車、レントゲン車、世の中には実に多くの車が走っている。これらの車の全てを自動車メーカーが造っていると誤解している人も結構多いのではないかと思われる。
 自動車は大きく原動機、シャシ、走行装置、車体に分けられ、この車体の部分は自動車メーカーだけでなく車体メーカーがかなりの割合で製造している。直接人間が接して利用する部分は車体であり、自動車としての役割を特徴付ける部分である。
 本論文は、上記の種々の車体の主要なものについての技術史を記したものである。
アロー号 イメージ
アロー号
三輪ダンプ イメージ
三輪ダンプ
初期のじん芥車 イメージ
初期のじん芥車
「自動車車体技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.065)

14 「排気ガスタービン過給機の技術系統化調査」 今給黎 孝一郎 第16集 2011


 過給機はエンジンに比して脇役に追いやられている感があるが、両者は唇歯輔車の関係にあり、内燃機関の重要な技術である。太平洋戦争における航空機が、零戦以降劣勢になったひとつの要因が過給機の遅れにあると言われているほどである。
 過給機には用途に応じて大小さまざまのものがあるが、本論文では舶用2サイクルディーゼル機関用の過給機を主とする開発史について記述している。
 わが国の過給機の開発は戦前から取り組まれていたが、本格的な開発は戦後になってからである。当初は海外からの技術導入で始まったが、三菱重工は途中から自主技術開発路線を歩み始めた。
 その中から、無冷却過給機を開発するまでに力をつけた。この技術開発により、従来大きな課題となっていた硫酸による腐食を回避することができるようになり、過給機開発の歴史に大きな足跡を記した。現在は海外メーカーも三菱の方式に倣っている。
アロー号 イメージ
国産初の過給機
三輪ダンプ イメージ
試作1号水冷型過給機
初期のじん芥車 イメージ
バックワード羽根車
「排気ガスタービン過給機の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.067)

15 「ガス機関技術の系統化調査」 岩渕 文雄 第17集 2012


 ガス機関は一般的な知名度はガソリン機関やディーゼル機関に較べると高くないが、これらと同じ内燃機関であり、内燃機関としては最もも古い機関である。
 1910年代には3000馬力ものガス祈願が作られるほどであったが、移動動力用として取り扱いやすい液体燃料を使うガソリン機関やディーゼル機関に押されて次第に表舞台を去っていった。しかし、戦後、中東の油田が発見され、同時に産出する天然ガスを有効に活用するために、再びガス機関が注目されるようになった。
 本論文では、このようなガス機関の歴史を、わが国の主要な開発を中心に論じている。
オットー型のガス機関 イメージ
オットー型のガス機関

パイロット燃料噴射方式 イメージ
パイロット
燃料噴射方式
コモンレールシステム イメージ
コモンレールシステム

「ガス機関技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.072)

サブタイトル「V. 金属関連」

主に銅・チタン・鉄鋼等金属の技術を掲載しています

01 「銅精錬技術の系統化調査」 酒匂 幸男 第6集 2006


 ハ、焼ノ、真吹、灰吹といった語に通じた人はそれほど多くはないであろう。全部江戸時代の銅精錬に関連したものである。  人類と銅のかかわりは古く、6000年以上の歴史を有している。わが国では、8世紀のはじめに自然銅が発見されてからであり、このとき最初の貨幣である和銅開珎が作られた。
 江戸時代には世界の主力銅生産国となり、輸出国でもあった。明治になって、近代化のために銅鉱山を官営とし、外国人技師を招聘して技術の確立に努めた。
 20世紀に入ってパーキンスにより浮遊選鉱法の大発明がなされ、それまで低品位鉱として捨てられていた鉱山が注目を浴びるようになり、つぎつぎと開発された。
 戦後の銅精錬にエポックを齎したのはオートクンプ社の自溶炉技術である。現在銅生産は世界の40%、わが国の60%が自溶炉方式に依っている。
電解精製アノード イメージ
電解精製アノード
真吹法 イメージ
真吹法
銅溶鉱炉 イメージ
銅溶鉱炉
「銅精錬技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.020)

02 「缶用表面処理鋼鈑技術の系統調査」 池田 昌男 共同研究編第1集 2007


 缶詰は携行が容易な保存食として重宝されているが、そのはじめはナポレオンが各地を転戦した際に、兵食として美味しく腐らないものを政府に要求し、これを受けたニコラ・アペールが10年を費やして開発した瓶詰めにあるという。この技術を基に、イギリスで缶詰が実用化された。
 このときから錫を材料とするブリキ缶が使われていたが、1960年頃になると錫の供給不足が問題となり、錫に依らない材料の開発が求められるようになった。このニーズに応えて開発されたのがわが国のTFS(Tin Free Steel)で、缶詰業界にとっての救世主となった。わが国の独自技術として世界に誇れる技術である。
1700年代のブリキ製造 イメージ
1700年代のブリキ製造
サニタリー缶の巻締機 イメージ
サニタリー缶の巻締機
日本初のトーヨーシーム缶 イメージ
日本初のトーヨーシーム缶
「缶用表面処理鋼鈑技術の系統調査」(PDF)を見る(No.037)

03 「チタン製造技術の系統化」 伊藤 喜昌 第13集 2009


 チタンは強度が高い割りに軽量であり、耐腐食性も高いことから航空機産業、化学工業等に不可欠の素材となっている。身近なところではゴルフシャフトや歯科の材料としても重宝されている。日本は世界の全生産量の30%を生産しているが、品質の高さでは世界でも一級である。
 本論文では、18世紀末から19世紀初頭にかけて鉱物学的に注目され始めたチタンが、19世紀終盤に分離され、20世紀中ごろから漸く研究が盛んになったチタンの技術史について、チタンの父と言われるクロールをはじめとする研究者のエピソードを交えながら興味深く纏めている。
タービンブレード イメージ
タービンブレード
チタン外壁 イメージ
チタン外壁
チタン精密鋳造品 イメージ
チタン精密鋳造品
「チタン製造技術の系統化」(PDF)を見る(No.052)

04 「鉄鋼業の計測・制御技術の系統化」 岩村 忠昭 第13集 2009


 戦後の荒廃の中から出発した日本の鉄鋼業は30年を経て世界に技術を発信するリーダー的存在にまでなった。その陰に優れた計測・制御技術があったことは、一般人にはあまり知られていない。とりわけ1975年から1995年にいたる20年間はIT技術を活用した計測制御によって、日本の鉄鋼業を大きく飛躍させ、海外への技術供与の件数も増大した。
 本論文では、非接触計測、in situセンサ等を採用した計測技術、DCS、PLC等の制御技術、圧延機電動機の交流化といった関連技術を豊富に挙げながら、それらの総合になる鉄鋼業の計測・制御の歴史について考察している。
日本初の熱管理センタ イメージ
日本初の熱管理センタ
初期の炭素量測定器 イメージ
初期の炭素量測定器
「鉄鋼業の計測・制御技術の系統化」(PDF)を見る(No.053)

05 「高炉技術の系統化」 彼島 秀雄 第15集 2010


 「鉄は国家なり」と言われた時代があった。世の中の全てのものが直接鉄から作られるか、間接的に鉄の介在を得て作られており、現代の人間生活は鉄なしには成り立たない。
 わが国の製鉄業は1857年に大島高任が釜石に洋式高炉を建設してから本格的に始まった。第二次世界大戦による蹉跌はあったが、その後世界最高の技術を確立した。今日では世界最大の生産量を誇る中国も、わが国の指導なしにはここまで到達することは不可能であったであろう。
 本論文は、このような鉄の技術史の中で、製造の最も上流に当たる高炉技術について触れている。
田中製鉄所の高炉 イメージ
田中製鉄所の高炉
コークス炉 イメージ
コークス炉
ステーブ温度分布 イメージ
ステーブ温度分布
「高炉技術の系統化」(PDF)を見る(No.061)

06 「ワイヤロープ技術発展の系統化調査」 谷口 運 共同研究編第5集 2012


 近代的なワイヤロープは、金属鉱山用に開発された。わが国では小栗上野介が作った横須賀造船所に於いて、幕府の艦船用綱索として繊維ロープを製造したのが最初である。その後、国内メーカーが鋼索ロープ事業に進出し、構成の簡単な交差よりの普通よりに始まり、ラングより、フラット形、平行より、と次第に技術を確立して行った。戦前は大砲の保護用としてガンワイヤーなども製造された。
 戦後のワイヤーロープ応用で最も注目されるのは本四架橋等のつり橋用であるが、その他にも、道路の保護用施設でガードレールにない特性を発揮し、見えないところでは岸壁の固定用とし使用されるタイロープなどがある。
叩きダイス イメージ
叩きダイス
ロックドコイルロープ イメージ

ロックドコイルロープ
若戸大橋 イメージ
若戸大橋
「ワイヤロープ技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.076)

07 「鉄鋳物の技術系統化調査」 中江 秀雄 共同研究編第6集 2013


 鋳物技術は5000年の歴史を有し、社会の隅々にまで浸透している幅広い応用分野をもつ技術である。特に自動車産業では、鋳物生産量の60〜70%が使われている。

 このような鋳物技術の中で、本論文では鉄鋳物を中心として、主に幕末以降の技術史をまとめているが、主な内容としては、原材料の鉄源、溶解炉、鋳型などについて、個々の技術の変遷を軸にして議論を展開している。
甑(たたら)の操業 イメージ
甑(たたら)の操業
可鍛鋳鉄の継手 イメージ
可鍛鋳鉄の継手
鋳鉄製の大砲 イメージ
鋳鉄製の大砲
「鉄鋳物の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.081)

08 「アーク溶接技術発展の系統化調査」 三田 常夫 第23集 2016


 小型の電子機器から自動車や航空機まで、今日の工業製品にとって金属を接合する溶接技術は不可欠のものである。19世紀後半に実現されたアーク溶接は、優れた適応性や経済性から現代においてもあらゆる産業分野で主要な地位を占めており、日本の産業の興隆にアーク溶接技術の進化が大きな役割を果たしてきたことは間違いない。 本報告では1〜2章で溶接技術の概要、アーク溶接の原理や特徴について述べ、3章以降でアーク溶接技術の発展と日本における技術開発についてまとめた。アーク溶接技術を構成する溶接機、溶接電源、溶接棒など要素技術についても発展過程を追った。


アーク溶接

初のティグ溶接
航空機XP-56
(US Government)

溶接電源とロボット
制御装置
「アーク溶接技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.096)

09 「コークス技術の系統化調査」 中村 正和 共同研究編第9集 2016


 日本における近代的な製鉄業は西欧からの技術導入で始まり、数々の試行や技術開発を経て世界一の技術を有するまでに成長を遂げた。製鉄といえば先ず高炉を思い浮かべる方がほとんどではないだろうか。しかし銑鉄を得る高炉の性能は、鉄鉱石と一緒に投入されるコークスの品質・性能に大きく依存していることは意外と知られていないようにも思える。高炉におけるコークスの役割の説明に加え、製鉄技術と軌を一にして発展してきたコークスの技術について、導入期からの技術発展を次世代コークス炉への展望も含めてまとめた。


野焼きコークスの原型

釜石コペー式
コークス炉

SCOPE21
大分第5コークス炉
「コークス技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.097)

サブタイトル「VI. 化学関連」

主に塩化ビニル・塗料・洗剤等の技術を掲載しています

01 「塩化ビニル技術史の概要と資料調査結果」 宮本 眞樹 第1集 2001


 現在の生活になくてはならない塩ビであるが、工業化されたのは1930年代にドイツと米国においてであった。
 日本では日本窒素肥料が1937年に研究に着手し、1941年に工業化した。ほぼ同じ時期、古河理化試験所や横浜護謨製造でも研究・製造されたが、戦争により中断された。
 戦前の重合は乳化重合法であったが、戦後懸濁重合法を確立して国際的に肩を並べるに到った。
 本論文では、このほかに超大型重合器、乾燥機、モノマー合成技術、特殊塩ビ樹脂等の発展を含む、塩ビの戦前、戦後の技術史について記している。
最初の塩ビ重合器 イメージ
最初の塩ビ重合器
 第1号塩ビ樹脂
硬質塩ビプレス機 イメージ
硬質塩ビプレス機
「塩化ビニル技術史の概要と資料調査結果」(PDF)を見る(No.004)

02 「塩化ビニル技術史の概要と資料調査結果(2)」 宮本 眞樹 第2集 2002


 2000年度の調査では、塩ビ製法技術の歴史についてのものであったが、本調査では塩ビの具体的な製品についての歴史を記述している。
 塩ビ製品には大別して可塑剤を多く配合した軟質分野と、これを使用しない硬質分野がある。前者は電線被覆、レザー、床材、ラップフイルム等であり、後者はパイプ・継手、建材・窓枠材等である。
 電線被覆は1949年に米国から装置を輸入して製造が開始され、軟質フイルムは1951年に量産が開始されている。硬質塩ビパイプは1951年に始めて試作された。また、射出成形は戦前に輸入装置により取り組まれていたが、戦後本格的な取り組みが開始され、最初の製品として塩ビパイプの継手を生産するに到った。
初期の塩ビ電線 イメージ
初期の塩ビ電線
ISOMA射出成形機 イメージ
ISOMA射出成形機
初期の射出成形機 イメージ
初期の射出成形機
「塩化ビニル技術史の概要と資料調査結果(2)」(PDF)を見る(No.007)

03 「ソーダ関連技術発展の系統化調査」 相川 洋明 第8集 2007


 塩素と苛性ソーダ、この現代にとって不可欠の二大基礎化学材を生成するソーダ工業には電解法と非電解法があるが、本論文では電解法に焦点を当てて、その技術発展の歴史を記述している。
 戦後の石油化学勃興の中で、電解法の中でも水銀法の比率が高くなっていったが、水俣病の原因が有機水銀にあることが判明するに及び、無関係の無機水銀を使用しているにも拘らず、水銀法は批判に曝された。マスコミや漁民の圧力の前に屈する形で、行政指導の下、イオン交換膜法の開発に取り組み、世界で初めてこれに成功した。ここに技術開発史上有名な事例が誕生することとなった。
水銀法電解槽 イメージ
水銀法電解槽
水銀法用電極 イメージ
水銀法用電極
イオン交換膜法電解槽 イメージ
イオン交換膜法電解槽
「ソーダ関連技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.029)

04 「石鹸・合成洗剤の技術発展の系統化調査」 中曽根 弓夫 第9集 2007


 石鹸(Soap)の語源はサポー(Sapo)の丘から来ているという。この丘では昔、羊を焼いて神に捧げる儀式が行われていたが、このときに滴り落ちた羊の脂と草木の灰がその場で固まり堆積した。古代ローマ人がこの丘の土でものを洗うと汚れがよく落ちることを発見した。
 本論文では、明治初期に始まる石鹸時代から、合成洗剤の時代に入り、世界的のも注目される無リン化洗剤、コンパクト洗剤を創出したわが国の洗剤開発の歴史について、その技術的背景と共に述べている。
ゼオライト イメージ
ゼオライト
鹸化釜 イメージ
鹸化釜
木綿繊維 イメージ
木綿繊維
「石鹸・合成洗剤の技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.033)

05 「塗料技術発展の系統化調査」 大沼 清利 第15集 2010


 この世に塗料がなかったならば、と考えるとどうであろう。街の建物、行き交う車、全てが無色、風景は全く殺風景なものとなり、人心もざらつき、或いは沈んだものとなりかねない。
 しかし、塗料には人の目を楽しませる以外にもうひとつ、ものを保護するという重要な機能がある。塗料なしではあらゆるものが錆付き、腐食してしまう。
 このように重要な働きをする塗料は基本的にバインダー(素材表面に膜を形成する成分)、顔料、添加剤、有機溶剤、水などで構成されている。本論文では、塗料の基本的な性格を決定付ける重要な構成要素であるバインダーを中心として、塗料の技術史を纏めている。
余部鉄橋 イメージ
余部鉄橋
現存最古の塗り見本 イメージ
現存最古の塗り見本
フッ素樹脂塗装 イメージ
フッ素樹脂塗装
「塗料技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.060)

06 「タイヤ技術の系統化」 石川 泰弘 第16集 2011


 タイヤと言えば自動車の一部品で、どちらかと言えば脇役しか与えられていない感があるが、その技術は実に奥が深い。単に荷重を支える、ばねとして働く、駆動/制動力を伝える、車を操縦しやすくする、といったタイヤとしての基本的性能を満たす、という観点からはタイヤ技術はすでに完成の領域に近づいているといえる。 しかし、環境に配慮し、より安全に、より快適に走るためにはさらなる技術開発が必要で、あくなき追求がなされている。  
 本報告書では、タイヤ技術を、黎明期、成長期(技術導入、国産化期)、成熟期(モータリゼーション期)の三つに分け、成熟期をさらに新規材料時代、構造変更時代、ラジアルタイヤ時代の三つに分け、ラジアルタイヤ時代をさらに三つに分けるという、分かりやすく且つ説得性のある時代区分の下に、その発展過程を興味深く論じている。
日本初の自動車タイヤ イメージ
日本初の自動車タイヤ
ゼロ戦タイヤ イメージ
ゼロ戦タイヤ
ランフラットタイヤ イメージ
ランフラットタイヤ
「タイヤ技術の系統化」(PDF)を見る(No.066)

07 「染料技術発展の系統化調査」 瀧本 浩 第16集 2011


 塗料と同様、染料は色彩を提供することにより、人の生活に潤いを齎すものである。
 染料の分類は化学構造、染色対象物の両側面から行われるが、本論文では、対象物として木綿繊維・紙、アクリル繊維、羊毛・絹・ナイロン繊維、ポリエステル繊維、プラスティック等を挙げて、それぞれに対応した染料についてその特性と開発史について記述している。
 また、着色力について、イエロー系、レッド系、ネイビープルー系の各染料について、化学構造式とともに説明している。近年は応用範囲がエレクトロニクス分野に拡大しており、むしろ開発の主戦場はこの分野に移行している。
 電子写真用の有機半導体、トナー、インクジェットプリンター用インク、リライタブル・ペーパー、液晶といった分野で開発が盛んであるが、その基礎技術は染料の開発で培われたものである。
 本論文ではこれらについても概観するとともに、その開発史について触れている。
ジーンズのインジゴ染料 イメージ
ジーンズのインジゴ染料
CD-R、DVD-Rのピット イメージ
CD-R、DVD-Rのピット
「染料技術発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.069)

08 「カラーネガフィルムの技術系統化調査」 久米 裕二 第17集 2012


 今やデジカメの時代となり、銀塩写真フィルムは忘れ去られようとしているが、曾てはこの分野の技術開発とビジネスに多くの人々がロマンを追い、生き残りに命を賭けた。
 20世紀の後半に到るまでは、この分野はコダックの独擅場であった。学術的価値の高い多くの技術開発を成し遂げた。しかし、80年代以降は日本メーカーが追い上げ、肩を並べ、いくつかの技術開発において抜き去る場面が生じた。二重構造粒子や、第4の感色層などはその例である。
 本論文では、この間のことを、開発のエピソードも交えながら興味深く記述している。
フジカラーF-U400 イメージ
フジカラーF-U400

フィルム断面の電子顕微写真 イメージ
フィルム断面の
電子顕微写真
第4の感色層技術 イメージ
 第4の感色層技術
「カラーネガフィルムの技術系統化調査」(PDF)を見る(No074)

09 「接着剤技術の系統化調査」 柳澤 誠一 第17集 2012


 今日では、建材、自動車、航空機にまで幅広く使われるようになった接着剤であるが、その歴史は古い。わが国では縄文時代に、狩猟用の弓矢や槍を天然アスファルトで固めていたし、奈良・平安時代には布を漆で塗り重ねていく技法が確立していた。
 本論文では、上記の接着剤のほか、膠、でんぷん、天然ゴムなどの天然素材の接着剤に次いで、フェノール樹脂系の接着剤に始まる各種の化学合成になる接着剤の開発史を記述している。さらに構造用接着剤や環境規制に対応した接着剤についても論じている。その中には、日本発で、世界に誇り得るイソシアネート系接着剤も含まれている。
ストラディバリウス イメージ
ストラディバリウス
ガラスビーズ工法 イメージ
ガラスビーズ工法
ハニカムパネル イメージ
ハニカムパネル
「接着剤技術の系統化調査」(PDF)を見る(No075)

10 「農薬産業技術の系統化調査」 大田 博樹 第18集 2013


 現在の農業には農薬が不可欠である。作物によっては、農薬なしには、減収どころかそもそも収穫までたどり着けないものもあり、その数も一つや二つではない。一方では、農薬に対する負のイメージは根強く、マスコミは「農薬まみれ」などという言葉で大衆の不安を助長している。
 本論文は日本の農薬のルーツから説き起こし、近代、戦中戦後における技術開発と筆を進め、最近の農薬開発までをカバーしている。このような、時代を追った開発とは別に、農薬の開発において世界有数の実績を持つわが国の農薬開発について、日本発の20種類の農薬の開発プロセスを記しながら、その特徴について論じている。
「家伝殺虫散」の薬方 イメージ
「家伝殺虫散」の薬方
棒状香取線香 イメージ
棒状香取線香
有機合成農薬 イメージ
有機合成農薬
「農薬産業技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.077)

11 「銀塩カラー印画紙の技術系統化調査」 梅本 眞 第21集 2014


 デジカメの普及に伴って、印画紙の市場は急速に縮小してきた。パソコンに取り込んで、見たいときに開いてみる、という行動が定着しつつあることに起因していると言われている。廃れつつある商品であるが、その最盛期には如何に実物に忠実な色を再現するかということに多くの技術者が心血を注いだ。その中で世界に誇る日本の技術も生まれた。
 本論文では、銀塩カラー印画紙の色再現原理について述べた後、カプラーの発展を中心に、その技術発展史を論じている。日本独自の現像システムであるミニラボもかなりの紙幅を割いている。
国産初カラー印画紙 イメージ
国産初カラー印画紙
単分散塩化銀乳剤 イメージ
単分散塩化銀乳剤
世界初デジタルミニラボ イメージ
世界初デジタルミニラボ
「銀塩カラー印画紙の技術系統化調査」(PDF)を見る(No.084)

12 「イオン交換樹脂技術の系統化調査」 草野 裕志 共同研究編第7集 2014


 イオン交換樹脂という物質は日常生活の表舞台に現れることはほとんどない。しかし、実はこれなくして現在の社会は成り立たないほどの不可欠の物質なのである。その応用範囲は半導体製造や原子力発電に必要とされる純水の製造、医薬品の原料や分離精製、酵素の固定化、砂糖をはじめとする食品の製造と分離精製と、極めて広い産業分野にわたっている。
 本論文では、イオン交換樹脂の動作原理にはじまり、製造技術、応用技術についての歴史的展開について論じている。この中で著者は随所で日本の技術開発の強みの源泉にも触れており、技術革新事例の分析資料としても興味深い。
国イオン交換樹脂 構造模型図 イメージ
イオン交換樹脂
構造模型図
従来樹脂と均一粒径樹脂 イメージ
従来樹脂と
均一粒径樹脂
ウラン濃縮用イオン交換体ウラン濃縮用
イオン交換体
「イオン交換樹脂技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.087)

13 「石油化学技術の系統化調査」 田島 慶三 第23集 2016


 石油化学から産み出される各種の基礎製品は社会のあらゆるところで重要な役割を果たしており、石油化学工業はまさに現代の基幹産業といえよう。石油化学は米国で1920年代に始まったが、石炭化学や木材化学など従来の量産型化学産業と並存して有機工業製品を提供する一分野であった。1950年代に石油化学は伝統ある欧州の化学技術との融合が進み、化学産業の基幹的な地位を占めるに至った。日本でもその時期に石油化学が本格的に始まり、それ以前の化学工業の基盤を活かして積極的な技術革新で石油化学の進歩に大きな貢献を果たすと同時に、高度経済成長を支える産業へと成長させていった。1970年代以降、環境問題やオイルショックなど石油化学への逆風は強まったものの、日本の石油化学は独自の技術開発によって新たな変貌を遂げている。

エチレンとベンゼン

エチレンからの
主要製品
1950年代日本の
主要高分子
「石油化学技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.094)

サブタイトル「VII. 繊維・紙・木材関連」

主に繊維・木材・新聞等紙の技術を掲載しています

01 「衣料用ポリエステル繊維技術の系統化調査」 福原 基忠 第7集 2007


 ポリエステル繊維は綿をしのいで最も多く生産されている繊維である。現在ではその生産量の殆どを中国が占めているが、嘗ては日本がその位置にあった。生産量でこそ中国に抜かれたが、最新の技術では未だ日本の優位は揺るがない。
 現在では新幹線の走行速度を越える400kmに達する速度で連続的に巻き取る技術が確立されている。中国の追い上げの中で、日本はその卓越した技術に頼って、新合繊など独自の分野で生きる方向を目指している。
 本論文では日本人独特の繊細な感覚に磨かれて発展してきた繊維技術の歴史を見ることができる。
蓄熱保温素材 イメージ
蓄熱保温素材
紫外線遮断繊維 イメージ
紫外線遮断繊維
分割型複合繊維 イメージ
分割型複合繊維
「衣料用ポリエステル繊維技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.027)

02 「新聞用紙製造技術の系統化調査」 飯田 清昭 第10集 2008


 新聞用紙には薄く、腰が強い、不透明性が高く、断紙率が低いことが求められる。このすべてにおいて世界一級の品質を有する新聞紙を、10m幅、分速1800mで抄紙する技術を日本の製紙企業は確立した。
 また、日本の新聞用紙での古紙パルプの使用率は70%に達しており、これも世界最高レベルである。日本の製紙技術の特徴は、これらを可能とする生産設備を効率よく操業しているところにある。本報告書はここまでに到った製紙技術の歴史を述べている。
新聞紙の断面 イメージ
新聞紙の断面
連続蒸解釜 イメージ
連続蒸解釜
抄紙機 イメージ
抄紙機
「新聞用紙製造技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.038)

03 「情報用紙製造技術の系統化」 飯田 清昭 第17集 2012


 情報用紙とは、情報処理の発展により生まれ且つ消え、また新たに生まれてきた紙の総称である。今日、オフィスで毎日大量に費消しているコピー用紙、印刷用紙は、情報用紙である。本論文では、製紙技術の概説に続き、年代を追って変遷してきた各種情報用紙について、その歴史を記述している。
 この技術史の中で特筆すべきは、日本で完成した配向性管理の技術である。ノンインパクトプリンターでプリントアウトされ、ファンフォルドに積み上げられた紙が少しずつ斜めに傾き、突然崩れるというトラブルがあったが、日本の製紙メーカーは、これがパルプの配向性と関連していることを見出し、その管理をきちんとする技術を開発して問題を解決した。
 その他に、感熱紙やインクジェット用紙などの技術史も扱っている。
感熱紙の断面 イメージ
感熱紙の断面
NCRのメカニズム イメージ
NCRのメカニズム
高分子系光沢紙断面 イメージ
高分子系光沢紙断面
「情報用紙製造技術の系統化」(PDF)を見る(No.071)

サブタイトル「VIII. 鉱業・建設・窯業関連」

主にガラス・セラミック・耐火物の技術を掲載しています

01 「板ガラス製造技術の系統化調査」 森哲 第9集 2007


 ガラスのない世界を想像するとどうなるか。建築物の内部は暗く、乗り物に乗って景色を楽しむことはできない。乗用車の利用は寒風、熱風、雨に曝されながらの難行苦行となり、ドライブを楽しむなど思いもよらないことになる。
 改めてガラスの恩恵を再認識させられるが、これらに使用される板ガラスは、現在、溶融した錫の上に、これも溶融したガラスを浮かべて造るフロート法に依っている。
 本論文は、この驚異的な革新技術に到る歴史を、長年板ガラスの製造現場で苦労した技術者がまとめたものである。
シリカ結晶、ガラス イメージ
シリカ結晶、ガラス
手吹円筒法 イメージ
手吹円筒法
「板ガラス製造技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.035)

02 「「多孔質ファインセラミックス」の産業技術の系統化」 金野 正幸 第12集 2008


 多くの製品分野で、その基本的技術を欧米に負っているのに比して、ファインセラミックス技術においてはわが国発の独自技術が多い。その淵源が、日本人が古来培ってきた陶磁器の技術にあることが与って大きいのであろう。
 ファインセラミックスは、電子・半導体、情報・通信、環境・エネルギー、自動車、医療・バイオなど現代の重点戦略技術分野の基盤となる必須材料であり、その製品分野は極めて多岐に亙る。
 本論文では、近年環境への関心の高まりのなかで大きな注目を浴びている多孔質ファンセラミックスを中心とした技術史について記している。
セラミックハニカム第1号 イメージ
セラミックハニカム第1号
高温集塵機 イメージ
高温集塵機
光触媒フィルター イメージ
光触媒フィルター
「「多孔質ファインセラミックス」の産業技術の系統化」(PDF)を見る(No.046)

03 「鉄鋼用を中心とした耐火物技術の系統化調査」
平櫛 敬資 共同研究編第3集 2009


 耐火物とは1500℃以上の高温に耐える工業用材料である。このような高温での操業は鉄鋼業の他、セメント、ガラスなどの高温化学、焼却炉等にみられるが、耐火物の需要は鉄鋼業に於いて圧倒的に高く、全体の70%を占める。耐火物は鉄鋼業とともに発展してきた。
 わが国の鋼材は他国の追随を許さないレベルにあるが、このことは高耐食性技術によって造られた耐火物なくしては不可能なことである。
 本論文は耐火物の原材料や製造のプロセス技術について、長年耐火物一筋に歩んできた技術者が纏めたものであり、味わいのあるものである。
電融マグネシア イメージ
電融マグネシア
成形プレス イメージ
成形プレス
焼成窯 イメージ
焼成窯
「鉄鋼用を中心とした耐火物技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.059)

04 「日本の工業化住宅(プレハブ住宅)の産業と技術の変遷」 東郷 武 第15集 2010


 プレハブ住宅(工場量産住宅)は第二次世界大戦後の住宅需要に応えるべく、研究が活発となり、企業化されたが、わが国以外の殆どの国で住宅の主要な工法として育つに到らなかった。
 日本でのみ低層住宅の分野で定着したのは、日本人の主要な生活様式が欧州諸国に比して都市でも低層戸建が中心であり、アメリカのように市場が散在しておらず、比較的狭い地域に集約されるという条件によるものであろう。
 本論文では技術史というよりも産業技術史的視点を中心にすえて、鉄骨系、コンクリート系、木質系のそれぞれについて論じている。
スーパーミゼットハウス イメージ
スーパーミゼットハウス
小堀ハウス イメージ
小堀ハウス
システムラーメン構造 イメージ
システムラーメン構造
「日本の工業化住宅(プレハブ住宅)の産業と技術の変遷」(PDF)を見る(No.063)

05 「セメント製造技術の系統化調査」 下田 孝 第23集 2016


 現代の建築やインフラを成す構造物にセメントは欠かせない素材である。セメントは石灰石と粘土などを焼成したものであり、技術自体の歴史は古く、ローマ時代にはすでに盛んに使われていたが、近代的なセメントは19世紀の初頭に英国で確立した。明治期に欧米からの技術導入で始まった日本のセメント技術は、昭和初期から徐々に独自技術に磨きをかけ、昭和40年代以降の大きな発展へとつながっていった。大型化、熱効率、連続運転性能に優れた独自の「NSPキルン」の開発等の実績を積み重ね、効率や品質で世界をリードするまでになった。1970年代以降セメント業界が直面した環境問題や省エネへの対応においても、独自技術の進化による取り組みが続けられている。

セメント工場全景

改良焼成法用石灰窯

NSPキルン
「セメント製造技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.093)

サブタイトル「IX. 食品・農林漁業関連」

主に食品およびそれに関連する技術を掲載しています

01 「醤油製造技術の系統化調査」 小栗 朋之 第10集 2008


 日常使われる「くだらない」という言葉は、醤油が本場であった上方から、下り醤油として江戸に送られていたころの「下るに値しない」という表現に由来するという。
 醤油の歴史の長さは、「醤」という文字が最初に現れたのが3000年前の周王朝の時代であるということから推察できるが、現在の基本的な醤油の製造法が確立したのは18世紀後半であると言われる。
 本論文は、いまやsoy sauce として世界中に広まった醤油の製造法の歴史を、緻密な文献調査によりまとめている。
醤油麹菌 イメージ
醤油麹菌
自動醤油詰機 イメージ
自動醤油詰機
NK式濾過機 イメージ
NK式濾過機
「醤油製造技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.040)

02 「アミノ酸発酵技術の系統化調査」 中森 茂  第11集 2008


 アミノ酸はタンパク質の構成成分で20種ある。その多彩な生物学的・化学的機能により、うま味調味料、医薬品、サプリメント、飼料添加物、化粧品等種々の分野で活用されているが、世界で初めて商品化されたのはグルタミン酸ナトリウムである。
 1908年に池田菊苗によって小麦のタンパク質、グルテンから製造する方法が発明され、商品化された。今日の「味の素」の誕生である。
 これらアミノ酸の生産法には現在、タンパク質の加水分解法、化学合成法、発酵法の3種があるが、中心は発酵法である。この発酵法は日本企業により開発された世界的レベルの技術である。本論文ではこの発酵法の技術史をまとめている。
グルタミン酸 イメージ
グルタミン酸
リジン塩酸塩 イメージ
リジン塩酸塩
池田菊苗博士の具留多見酸 イメージ
池田菊苗博士の具留多見酸
「アミノ酸発酵技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.042)

03 「肥料製造技術の系統化」 牧野 功  第12集 2008


 19世紀末にクルックス管で有名なウィリアム・クルックスは人口の爆発的増加に伴う食糧危機を訴え、これを解決するには空中の窒素固定から得られるアンモニア肥料による食糧増産以外にないと、警告と希望を述べた。
 それから十数年後、ハーバー法によるアンモニアの直接合成法が実用化された。結果として世界の人口は20世紀初頭の16億人から100年間に65億人に達した。
 本論文では、アンモニア合成とアンモニアを原料として製造される尿素合成についてその技術史を調査している。
旭化成の合成管 イメージ
旭化成の合成管
尿素 イメージ
尿素
アンモニアプラント イメージ
アンモニアプラント
「肥料製造技術の系統化」(PDF)を見る(No.047)

04 「酵素の生産と利用技術の系統化」 中森 茂  第14集 2009


 酵素はタンパク質を主成分とする生体触媒である。常温常圧の穏やかな条件下で反応を進める、生体から取り出しこの反応を試験管の中で再現できる、基質(原料素材)を厳密に選択する、熱などの過酷な条件下では失活する、などの特徴を有している。
 人間は酵素の実体を知らなかった古代から酵素を利用しており、チーズ、酒などのすばらしい製品を生み出した。日本は温暖湿潤なモンスーン地帯にあることから、特有のカビが生育し、醸造技術が発達した。清酒、ミソ、醤油などはその賜物である。
 本論文では、デンプンおよび糖質関連、タンパク質関連、アミノ酸関連など、現在工業化・市販されている酵素について、生産株、用途、酵素反応式等について記述している。
タカヂアスターゼ イメージ
タカヂアスターゼ
ガラクトシダーゼ イメージ
ガラクトシダーゼ
「酵素の生産と利用技術の系統化」(PDF)を見る(No.056)

05 「ビール醸造設備発展の系統化調査」 藤沢 英夫 第14集 2009


 仲間と誘い合って一杯やるときも、「とりあえずビールを」と言われるほど、ビールは最も親しまれているアルコール飲料である。
 ビールは5000年の歴史を持つと言われるが、日本で最初にビール作りが試みられたのは1853年、三田藩の蘭学者川本幸民にものとされる。本格的にビール生産が始まったのは明治期に入ってからである。当初はイギリスのエールタイプが大半を占めていたが、次第に日本人の口に合うドイツビールが台頭してきた。
 ビールの技術史を大きく分ければ、製造設備の発展を追うハード面とスーパードライ、一番絞り等に代表される品種の開発であるソフト面になるが、本論文では前者について記している。
酵母 イメージ
酵母
明治後期のビール濾過機 イメージ
明治後期のビール濾過機
仕込室(1960年) イメージ
仕込室(1960年)
「ビール醸造設備発展の系統化調査」(PDF)を見る(No.058)

06 「医薬品創製技術の系統化調査」 梅津 浩平 第22集 2015


 今までの人生で薬の世話になったことがない人はほとんどいないであろう。人類と密接な関係にある医薬であるが、その歴史は古い。本論文は医聖ヒポクラテスや古代中国の時代の医薬の記述から始まっているが、その中心はパスツール、エールリッヒ等によって拓かれた近代創薬にある。構成は大きく2つに分けることができる。3章までの、近代創薬にいたる一般的歴史と、4章の、生活習慣病の薬についての歴史記述である。因みに4章の対生活習慣病薬としては、糖尿病薬、降圧薬、高脂血症薬、血液系作用薬、痛風・高尿酸血症薬の創薬の歴史を綴っている。本論文を通して読んで感じることは、創薬の歴史には病原菌説、免疫、抗生物質などといった明確なパラダイムが存在することである。当然のことながら他の分野にもパラダイムは存在するはずであるが、医薬の歴史には明確にそれが見て取れる。このあたりを念頭に読めば、読み物としても結構面白く読める。
アスピリンの構造図 イメージ
アスピリンの構造図
ピタバスタチンの構造図 イメージ
ピタバスタチンの
構造図
生薬から現代薬までの流れ イメージ
生薬から現代薬までの流れ
「医薬品創製技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.089)

07 「反転鋤込み耕(ボトムプラウ耕)技術の系統化調査」 田辺 義男 第23集 2016


 「農業は耕すことから始まる」といわれるように、耕起は農作業体系の中で非常に重要な工程である。耕起は潜在地力を引出し作物の健全な生育を実現するが、耕起の成否は耕す道具によるところが大きい。北海道では明治以来、西欧技術者の指導により畑作畜産を中心に畜力機械化農業が行われてきたが、昭和30年ころから食料確保という社会情勢に応える形で、トラクタによる機械化が急激に進んだ。本論文では耕起方法の一つである反転耕(ボトムプラウ耕)の技術について、農耕の歴史から機械化技術の進化までがまとめられている。

再墾型プラウ

3連リバーシブルプラウ

半直装式プラウ
移動風景
「反転鋤込み耕(ボトムプラウ耕)技術の系統化調査」(PDF)を見る(No.095)

サブタイトル「X. その他」

01 「産業技術資料の系統化と技術革新研究」 寺西 大三郎 第1集 2001


 「技術の系統化」という語は一般には耳慣れないものであろう。この語を最初に用いたのは国立科学博物館であり、実際にそれを実施したのも同館が初めてであることを思えば当然であるとも言える。
 本論文の著者は、「技術の系統化」を国立科学博物館で取り上げるに際して、外部有識者として議論に加わり、その骨格を形成する上で貢献した。「技術の系統化」について、その意味するところ、意義について論じた最初の論文であると思われる。
 そもそも何故系統化が必要なのか、から始まって、意義、課題について論じ、産業技術史研究の今後のあるべき方向をも呈示している。
「産業技術資料の系統化と技術革新研究」(PDF)を見る(No.001)

02 「系統化研究による技術変化の解明」 寺西 大三郎 第2集 2002


 国立科学博物館で「技術の系統化」に着手して一年が経過した時点で、「産業技術資料の系統化と技術革新研究」の著者が、この間の系統化経験を踏まえた上で、系統化研究の問題点について述べている。
 技術発展の類型化を著者の視点から行っており、4つの型に分けている。最後に、著者の持論であり、上述の論文でも触れている「技術革新学」の必要性を系統化と関係付けて訴えている。
「系統化研究による技術変化の解明」(PDF)を見る(No.005)

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