■要旨
1980年を普及元年とする産業用ロボットは45年を経て、全世界で毎年およそ50万台出荷される産業となった。産業用ロボットのほとんどは製造現場で活用される製造業用ロボットであり、日本の産業用ロボットの市場は製造業の質的変化を反映して変化してきた。
1960年代初頭に世界で初めての油圧駆動型産業用ロボットが米国で産まれ、米国の自動車産業がこれに着目したが普及には結びつかなかった。1970年代に入り、電動サーボと半導体技術の進歩により、マイクロプロセッサを搭載した電動サーボ駆動型のロボットが登場し、これをきっかけとして日本の多くの機械メーカ、電機メーカがロボット開発に着手した。当時の日本の製造業は自動車と電機電子機器のハイテク製造業がけん引役となっていた。日本のロボット開発の盛り上がりとハイテク産業の自動化意欲が1980年のロボット普及元年の背景となった。
ロボット普及元年から最初の20年間は、日本国内の需要に支えられ、機械製品としてのロボットの機能・性能が著しく進歩した。1980年代は自動化意欲が高いハイテク産業からの厳しい達成要求が、初期のロボット産業を鍛え、バブル崩壊以降の1990年代は一転して厳しい価格低減要求がロボットメーカの淘汰を促した。技術的には1980年代は機械要素、電動サーボなど電動機械技術の進歩、1990年代はマイクロプロセッサと情報処理技術の進歩により、高度な演算を要する制御やプログラミング、シミュレーションツールが長足の進歩を遂げた。
2000年以降の日本のロボット産業は、バブル崩壊以降の低調な国内需要に対して、アジア需要の急増により輸出依存型の産業へと変化した。2010年代に入ると、中国向け出荷が一気に拡大し、バブル崩壊以降、長期にわたり停滞傾向にあった日本製ロボットの出荷台数は倍増した。その結果、2020年代には中国向けが半数を占める圧倒的な中国市場依存型産業へと変貌した。2000年以降のロボットメーカ間の競争は、生産機械としての機能・性能の追求から、生産システムの構成要素としての価値向上へと変化した。2000年代のロボットでは、知能化やネットワーク化が進んだ。2010年代に入ると、システムエンジニアリング、すなわちロボットを使いこなす技術が重視されるようになった。
2010年代以降、中国製ロボットのシェア拡大が著しく、かつて80%を超えていた日本製ロボットのシェアは50%を割り込んだ。日本のロボット産業は、今後激化する国際競争に備える必要がある。
なお、ロボット産業については、2003年から2005年にかけて、最初の技術の系統化調査が実施された。ちょうど生産機械としての機能・性能の開発競争から、生産システム構成要素としての開発競争に変化したタイミングであった。今回の調査は、その後の市場と技術の変化を踏まえた視点で、前回の調査期間も含めて調査した。
また、前回調査では製造業用途を中心とした産業用ロボット編と、それ以外のサービスロボット編に分かれていた。今回調査は、主としてその後も産業として拡大した製造業用途についての調査である。サービスロボットについてはその後もサステナブルな産業にはなり得ていないが、社会実装に向けた動きのある具体事例について、1つの章を興して解説した。
■Abstract
It has been 45 years since the first year of the robot market-1980. Today, global annual shipments of industrial robots have reached 500,000 units. Most of these robots are utilized in the manufacturing industry, and the Japanese industrial robot market has evolved in response to the qualitative shifts in the manufacturing industry.
In the early 1960s, the world’s first hydraulic-driven industrial robot was developed in the United States. While it garnered attention from the US automobile industry, it did not lead to widespread adoption. However, in the 1970s, advancements in electric servo and semiconductor technology led to the emergence of electro servo-driven robots equipped with microprocessors, triggering the development of industrial robots among numerous Japanese machine and electronics manufacturers. At the time, Japan’s manufacturing industry was fueled by the high-tech sectors of automobiles and electrical and electronics equipment. The enthusiasm for Japanese robot development and the push for factory automation in these industries marked 1980 as the first year of the robot market.
In the two decades after the first year of the robot market, the functions and performance of robots as mechanical products advanced significantly, driven by strong demand from high-tech manufacturing industries. In the 1980s, the high-tech industry’s push for automation imposed strict performance requirements, fostering the early development of the robot industry. However, in the 1990s, after the burst of the bubble economy, a demand for lower costs led to a shakeout of robot manufacturers. Technological progress in 1980s focused on mechanical components, electric servos, and other electromechanical innovations. By contrast, the 1990s saw advancements in microprocessors and information technologies, enabling breakthroughs in control, programming, and simulation tools that required sophisticated computing power.
Since 2000, Japan’s robotics industry has transformed into an export-driven industry, fueled by increasing demand from Asia, in contrast to sluggish domestic demand following the burst of the bubble economy. In the 2010s, exports to China grew rapidly, causing Japanese robot shipments, which had been stagnant for years after the bubble burst, to double. By the 2020s, the industry became heavily dependent on the Chinese market, with half of its products destined for China. In the 2000s, competition among robot manufacturers shifted from improving functions and performance as production machinery to enhancing the value of robots as components of production systems, with robots becoming more intelligent and networked. By the 2010s, the focus shifted toward system engineering, emphasizing the technology of utilizing robots within broader production systems.
Since the 2010s, the market share of Chinese robots has grown significantly, and Japanese robots, which once accounted for more than 80% of the market, have lost less than 50% of the market share. Japan’s robot industry needs to prepare for intensifying international competition.
The previous systematic survey on industrial robot was conducted from 2003 to 2005, during a time when competition was transitioning from enhancing functions and performance as production machinery to developing production system components. This current survey takes into account the changes in the market and technology that have occurred since then, including the period of the previous survey.
The previous survey was divided into two sections: one focused on industrial robots, primarily for manufacturing applications, and another on other types of service robots. The current survey is mainly focused on industrial robots in manufacturing, a sector that has continued to expand since then. While service robots have not yet developed into a sustainable industry, a chapter has been included to discuss specific cases where progress is being made towards their social implementation.
■ Profile
小平 紀生 Norio Kodaira
国立科学博物館 産業技術史資料情報センター 主任調査員
| 1975年 | 東京工業大学工学部機械物理工学科卒業 |
| 三菱電機株式会社入社、1978年より同社応用機器研究所にて産業用ロボットの研究開発に従事 |
| 1992年 | 事業部門に転じ、稲沢製作所、名古屋製作所にてロボット設計・開発等の管理職を歴任 |
| 2007年 | 本社FAシステム事業本部主管技師長 |
| | 2013年から主席技監 |
| 2022年 | 三菱電機株式会社退職 |
| 2024年 | 国立科学博物館産業技術史資料情報センター主任調査員 |
| 2007年~2020年 | (一社)日本ロボット工業会 |
| | システムエンジニアリング部会長、 |
| | ロボット技術検討部会長 |
| 2009年~2016年 | (一社)日本ロボット学会 理事、副会長、 |
| | 会長、監事、2023年から名誉会長 |
| 2018年~現 在 | (一社)日本ロボットシステムインテグレータ協会参与 |
| 2018年~現 在 | (一社)セーフティ―グローバル推進機構 理事 |
1 はじめに
ロボットに関する前回の技術の系統化調査は、2003年から2005年にかけて行われ、以下の3編が技術の系統化報告書の第3集、第4集、第5集に掲載されている。
① 2003年:国産ロボット技術発達の系統化に関する調査(日本ロボット工業会)(1.1)
② 2004年:産業用ロボット技術発展の系統化調査(楠田喜宏)(1.2)
③ 2005年:サービスロボット技術発展の系統化調査(楠田喜宏)(1.3)
①は一般社団法人日本ロボット工業会にて、谷江和雄氏(当時産総研知能システム部門長)を委員長として産学の有識者で構成された「ロボット技術系統化調査専門委員会」による調査報告書で、基本的に日本国内における開発事例集である。ロボット産業の揺籃期であった1960年代から、日本がロボット大国であった2000年までの各年代の代表的なロボットの開発事例が整理され、さらに当時における、製造業、非製造業、および原子力・宇宙・海洋などでの極限作業用に開発された開発事例が、合計150ほど紹介されている。
②は①の調査を踏まえた楠田喜宏氏(元安川電機)による調査報告である。調査当時にロボット産業として明確な市場を形成していたのは製造業の工場内で使用される多自由度型の産業用ロボットであり、この報告書は、この種の産業用ロボットに限定して、歴史的発展過程に加えて当時のロボット産業の実情を解説し、ロボット産業を俯瞰的に見た問題点の考察を行っている。当時の日本の産業用ロボットは「ロボット大国」と称するにふさわしい圧倒的なシェアを維持しており、2000年の全世界での年間出荷98,667台のうち、実に日本製は世界供給シェア86.2%の85,014台の出荷実績をあげていた。1
③は同じく楠田氏による調査報告で、製造現場以外で使用されるロボットをサービスロボットと総称して調査整理した報告書である。ロボットの活用分野として、宇宙空間などでの極限作業用途、土木建築・防災などの公共分野・社会インフラ用途、農業・医療などの生活関連産業用途、さらにエンターテイメントや癒し系の用途まで広範囲な適用分野についての調査・解説を行っている。当時は、ホンダの人型ロボットであるASIMO、ソニーの癒し系犬型ロボットAIBOが登場して、サービスロボットへの期待が一気に高まった時代である。時のサービスロボットは産業として市場を形成するには至っていない段階ではあるものの、各種の開発取り組み例と、産業として拡大するための課題などの考察を行っている。
その後20年が経過した。産業用ロボットの世界市場は2010年以降に急拡大し500,000台を超えた。市場の急拡大とともに国際競争の構図は大きく変化し、日本製ロボットの出荷台数も倍増して200,000台を超えたものの、アジアの新興ロボット産業の出現とともに世界供給シェアは50%を割り込んだ(図1.1)。
国内外の統計で扱われている産業用ロボットの圧倒的大多数は製造業用ロボットであり、国際市場を大きく左右するのは、世界の製造業の構図である。世界の製造業の中心は2000年を境に欧米先進国から、アジア諸国へと変化してきた。ロボットの需要も2000年以降はアジア市場が中心となり、2010年以降に中国需要が急増した。2020年代になると中国需要が世界需要の半数を占め、ロボット産業は圧倒的な中国市場依存型産業へと変貌した。これと同時に中国ではロボット産業が急速に立ち上がってきた。今後は、これまでは先行してきた日本のロボット産業と中国の新興ロボット産業との国際競争は厳しいものになることは不可避である。
また、日本のロボット産業における技術の競争軸も2000年を境に大きく変化した。20世紀中は主として生産機械としての高速高精度化を求めた激しい開発競争が展開されてきた。その結果、2000年頃には生き残ったロボットメーカ各社のロボットは機械製品としてある程度完成されたレベルに達した。しかし、それと同時にロボットメーカ各社のロボットは機能・性能面で大差がなくなってきた。同じ性能のロボットを使用しても、システムエンジニアリングの良否により完成された生産システムの価値は格段に異なる。そのため、ロボットメーカ間の競争は、機械としての機能・性能の開発競争から、2000年以降は優れた生産システムの構築に役に立つロボットを追求する方向に変化してきた。
一方、サービスロボットについては20年前と変わらず、期待は大きいものの、現在に至るまで事業的に成功した事例はこくわずかで、未だ発展途上と言える。サービスロボットは、ロボット本体の技術的な問題以前に、社会からの要請を見直し、社会実装のための現実的な環境整備が必要である。これを前提として、従来のロボットの概念にとらわれすぎず、要請に応える適切なシステムを開発する、という原点に立った取り組みが必要である。一部の限定的な用途ではこのような地道な取り組みによる展開例も見られる。
本調査報告書の主たる目的は、まず日本が得意としてきた、製造現場を支える産業用ロボットに求められる社会的価値の変化とそれを支える技術の変化を俯瞰的に捉えることにある。さらに、産業用ロボットの今後の国際競争における問題点の解析と考察も行う。また、製造現場以外で使用される産業用ロボットの現状についても、実際の産業現場に投入され事業的に維持されうるレベルに達したロボットにも触れる。具体的には、極限環境(原子力、海洋)、農業、建設、医療、インフラ保守点検分野に適用されるロボットである。なお、非産業用途である、掃除などの家事や、在宅介護のような家庭用途、アミューズメントやコミニュケーションのような民間サービス用途は今回の調査報告の対象からは除外する。
図1.1 産業用ロボットの世界市場における日本製ロボット(データ出典:参考文献1.4、1.5)
第1章 参考文献
| 1.1 |
日本ロボット工業会:国産ロボット技術発達の系統化に関する調査、技術の系統化調査報告第3集、pp.48-105、国立科学博物館、2003. |
| 1.2 |
楠田喜宏:産業用ロボット技術発展の系統化調査、技術の系統化調査報告第4集、pp.3-48、国立科学博物館、2004. |
| 1.3 |
楠田喜宏:サービスロボット技術発展の系統化調査、技術の系統化調査報告第5集、pp.3-69、国立科学博物館、2005. |
| 1.4 |
日本ロボット工業会:マニピュレーティングロボット年間統計(会員+非会員)、2024年版及び過年版、日本ロボット工業会 |
| 1.5 |
IFR:World Robotics 2024 および過年版、International Federation of Robotics |
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2 ロボット産業の概要
2.1 ロボットの概念
ロボットは人工の自動機械を指す実にアトラクティブな概念である。何らかの自動的な機能を備えた機械から、自律判断能力を備えた人造人間まで、捉え方は多種多様である。現実にも様々な分野で多様な制御方式による各種機構のロボットが利用されているが、技術の系統化にあたって、対象とする「ロボット」を明確にしておく必要がある。
2.1.1 利用分野から見たロボットの区分と今回の調査対象
現在、利用分野から見たロボットの区分としては、明確な定義はされていないが、大きくは産業用ロボットとサービスロボットの2つに区分される。世界のロボット市場は1980年代を初期成長期として、現在に至るまで、製造現場で利用される多自由度マニピュレータ
1型のロボットの普及により形成されている。日本ロボット工業会では、日本のロボット市場の出発点として、製造現場での利用が目に見えて増え始めた1980年を、ロボット普及元年と位置付けている。主として製造現場で利用されるマニピュレータを産業用ロボットと称し、それ以外の用途のロボットをサービスロボットと称することが一般的である。第1章で示した2004年の産業用ロボットに関する調査報告書
(2.1)と、2005年のサービスロボットに関する調査報告書
(2.2)はこの区分に従ってまとめられている。この場合、サービスロボットには、農業、土木建築、電力などの産業用途と、アミューズメントや掃除ロボットなどの民生用途が混在している(図2.1)。産業用途と民生用途は、それぞれが社会にもたらす価値が異なり、ビジネスモデルも異なる。今回の調査は基本的に、ロボット技術の進歩が社会の強靭化をもたらす産業用途に注目する。
図2.1 活用分野別ロボットの分類
産業用途のロボットは、顧客の財産として何らかの事業価値の向上をもたらすために導入されるBtoB(Business to Business)型の製品である。ロボット市場の根幹をなす製造業用途では、顧客の生産能力、労働生産性、製品品質、安全性向上など、競争力強化を目的として導入され、導入効果はその後の企業活動に現れる。そのため、製造業用途のロボットの進化は、技術的進歩に加え、製造業の質的な変化が強く影響している。本報告書では、製造業用途のロボットの進化の過程を製造業の質的変化と結び付けて解説を行う。本報告書では、産業用ロボットの中でも製造業用途のロボットを製造業用ロボットと称する。
製造業以外の産業用ロボットも、顧客の事業活動に何らかの価値向上をもたらすことは製造業用途と同様であるが、稼働環境が大きく異なる。製造現場は人も設備も十分に管理された環境で稼働する。新たな自動化設備導入にあたっては、製造工程やレイアウトの変更など、作業者の配置も含めて、目的とする自動化に適した環境に変更して導入することができる。一方サービスロボットは、自由に行動する人と、変化する周囲状況など、あるがままの環境にロボット側が適応する必要がある。そのため、サービスロボットは理想的には、知能化レベルの高い技術と可能な限りの社会環境整備が必要となる。2005年の調査報告書(2.2)では、この点をサービスロボットの「非構造化環境」問題として指摘している。その後もサービスロボットの普及が進んでいない理由は、この「非構造化環境」問題を解消しうる技術レベルに達していない点にある。もう一つの理由は、サービスロボットのニーズの未成熟さにある。製造業用ロボットは、日本の製造業が最も強い国際競争力を発揮していた1980年代の自動車産業と電機電子産業からの厳しい要求に鍛えられて初期の市場を形成してきたが、多くのサービスロボットのニーズは期待のレベルにとどまり、市場形成を促すような強い需要にはならなかった。しかし、2010年代以降、人手不足や災害対策、さらには公共インフラの劣化など、日本の社会基盤の脆弱さを補う自動化ニーズが切実になり、国策レベルの国内産業振興策の中でも取り上げられるようになってきた。これに、近年の自動車の自動運転技術などサービスロボットに適用可能な技術進歩も加わり、製造業以外の産業用途のロボットの社会実装も一部進み始めている。本報告書では第6章で、近年、社会実装が進み始めている産業用途のサービスロボットの現状調査と今後の課題の分析を行う。
2.1.2 ロボットの各種形態
産業用ロボットは、様々な形態の機械製品として実現されているが、用途に応じた機械構成と制御方式などについて整理しておく。
(1)規格上のロボット
一般的に「ロボット」は広く自動化機械を指すあいまいな概念として扱われているが、規格としてのロボットの定義はJIS B 0134:2015(ISO 8373:2012の翻訳規格)「ロボット及びロボティックデバイス―用語」
(2.3)に明記されている。規格上のロボットの定義は時代とともに変化しており、本報告書では現在のJIS規格を参照しつつも、実情に即した範疇のロボットを取り扱うことになるが、参考までJISで定義されているロボットの定義を表2.1に引用する。
表2.1 JIS B 0134:2015におけるロボットの定義(各表から抜粋して筆者編集)
| 番号 | 用語 | 定義 | 対応英語 |
一般 2.6 | ロボット |
二つ以上の軸についてプログラムによって動作し、ある程度の自律性をもち、環境内で動作して所期の作業を実行する運動機構
- 注記1
- ロボットは、制御システム及び制御システムとのインタフェースを含む。
- 注記2
- ロボットを産業用ロボット又はサービスロボットに分類するには、所期の用途によるものとする。
|
robot |
一般 2.9 | 産業用 ロボット | 自動制御され、再プログラム可能で、多目的なマニピュレータであり、3軸以上でプログラム可能で、1か所に固定して又は移動機能をもって、産業自動化の用途に用いられるロボット。
- 注記1
- 産業用ロボットは、次のものを含む。 − マニピュレータ(アクチュエータを含む。)。− 制御装置[ペンダント及び通信インタフェース(ハードウェア及びソフトウェア)を含む。]。
- 注記2
- 産業用ロボットは、統合による追加軸を含む。
|
industrial robot |
一般 2.10 | サービス ロボット | 人又は設備にとって有益な作業を実行するロボット。産業自動化の用途に用いるものを除く。
- 注記1
- 産業自動化の用途には、製造、検査、包装、組立などがある。
- 注記2
- 多関節ロボットは、生産ラインで使われる場合は産業用ロボットであるが、食事支援に使う場合はサービスロボットである。
| service robot |
一般 2.1 | マニピュ レータ | 互いに連結され相対的に回転又は直進運動する一連の部材で構成され、対象物(工作物、工具など)をつか(掴)み、通常、数自由度で動かすことを目的とした機械。
- 注記1
- マニピュレータは、オペレータ、プログラム可能なコントローラ、又は論理システム(カム機構、リレー制御回路など)によって制御される。
- 注記2
- マニピュレータは、エンドエフェクタを含まない。
| manipulator |
機械構造 3.10 | メカニカル インターフェース | マニピュレータの先端に設けられた、エンドエフェクタの取付面。
- 注記
- JIS B 8436及びJIS B 8441参照。
| mechanical interface |
機械構造 3.11 | エンド エフェクタ | エンドエフェクタ ロボットが作業を行えるように、メカニカルインタフェースに取り付けて用いる機器。
例 把持部、ナット回し、溶接ガン、スプレーガン。 | end effector |
一般 2.13 | 移動 ロボット | 自動制御の下に移動することができるロボット。
- 注記
- 移動ロボットには、マニピュレータをもつ移動架台も、もたない移動架台もある。
| mobile robot |
一般 2.14 | ロボット システム | ロボット、エンドエフェクタ、及び作業実行を支援する機械、設備、装置、センサなどからなるシステム。 | robot system |
JIS B 0134では産業用ロボットは製造業用ロボットを意識しており、サービスロボットは民生用途を意識している。製造業以外の産業に使用するサービスロボットに関しては明確に定義されていない。本報告書では、製造業用ロボット以外の産業用途については、ロボットとしての定義にこだわらず、例えば土木建築に関しては建設機械、農業に関しては農機具や農業機械として、それぞれの分野での何らかの自動化機材や自動化システムをロボットとして捉える。
製造業用途、非製造業用途のいずれの場合でも、社会に普及するためにはそれぞれの分野に応じた法規や規格に従った製品として展開する必要がある。例えば安全関係については、ロボットに限定した安全規格としては、製造業用途に適用する安全規格と、生活支援用途に適用する安全規格が整備されている。製造業用途で遵守すべき規格は、JIS B 8433:2015(ISO 10218:2011)「ロボット及びロボティックデバイス― 産業用ロボットのための安全要求事項―第1部:ロボット、第2部:ロボットシステム及びインテグレーション」
(2.4)として整備されている。製造業用途の安全関連規格は市場拡大と技術進歩に応じて改訂されており、関係者にも比較的周知されている。
コラム ロボット絶叫マシンの安全
ファナック、安川電機、ABBと並び世界4大ロボットメーカと称されるKUKAは、ドイツで1898年に創業され、溶接技術で成長した機械メーカで、1970年代から産業用ロボットの製品化に取り組んできたロボットのリーディングメーカの一つでもある。KUKAは、超軽量ロボットをいち早く製品化するなど、新技術による市場開拓に積極的な姿勢を示す優れたロボットメーカであるが、2016年に中国の美的集団の資本傘下に入り、今後の動向が気になるところである。
そのKUKAでは産業用の大型多関節型ロボットを転用した「KUKAコースター」と称する、アミューズメント機種も製品化されている。もともとスポット溶接用に開発された大型ロボットを改造して、先端にエンドエフェクタとして2人から4人乗りシートを装着し、ロボットで振り回すという絶叫マシンである。この製品は当然のことながら、産業用ロボットの安全規格ISO 10218から見ると、とんでもない使い方であるが、KUKAコースターは、欧州の遊具の安全規格EN 13814「アミューズメント乗り物とアミューズメント機器の安全性」に従って認定された製品である。遊具としての出荷検査や法定点検が実施され、欧州の遊園地には多く設置されているようである。遊具の安全管理基準は国ごとに異なるため、導入にあたっては各国当局の認可に従うこと、となっている。産業用ロボットの転用ではあるが、人を搬送するロボットなのではなく、メカトロニクス技術を活かした遊具なのである。
多関節型ロボットの特徴である、三次元空間で位置と姿勢と速度の自由な制御能力を活かして、いきなり天地をひっくり返したり、短距離で急加速急減速したりする、まさに絶叫マシンであることは容易に想像できる。長年安全対策に万全を期して事業に携わってきた産業用ロボット技術者にとっては、乗りたいような、乗りたくないような…。と思っている内に、絶叫マシンに搭乗できる上限年齢制限を超えてしまい、KUKAコースター経験の機会は失われてしまった。
参考文献
図C1 KUKAコースター(写真提供:KUKA Japan K.K.)
製造業用途以外のロボットに関する規定としてはJIS B 8445:2016(ISO 13482:2014)「ロボット及びロボティックデバイス―生活支援ロボットの安全要求事項」
(2.5)、さらに具体的な安全仕様としてJIS B 8446:2016の第1部、第2部、第3部
(2.6)として、それぞれ移動作業型ロボット、装着型身体アシストロボット、搭乗型ロボットに関する規格が新しく整備されてきた。家事や介護などをサポートする生活支援ロボットの実用化は、産業用途よりも古くから期待されていたが、2000年前後のASIMO、AIBOの登場を契機に、経済産業省では2009年度から5年間の「生活支援ロボット実用化プロジェクト」が展開された。このプロジェクトの成果の一つとして、これらの生活支援ロボットに限定した安全規格が制定された。
一方、土木建築や農業用途などの産業用途では産業発展のためにロボット技術を活用するというニーズ先行型の展開であり、既定のルールが必ずしも自動化やロボット活用に対応しきれていないケースが多い。そのため、その分野に応じた安全の考え方に従い、既定の安全ルールに従いつつ、自動化の進歩に応じてルールも改定していくことが必要である。
例えば、農業に関しては、JIS B 9100「農業機械―安全標識及び危険図―一般原則」
(2.7)を始め、一連の農業機械に関するJISを適用する。さらに、日本農業機械工業会からは、ロボット農機関係ガイドラインが示されている
(2.8)。土木建築については、安全に関するJISの整備は2000年代からISOとの整合を図りつつ進められ、土木機械についてはJIS A 8340-1:2011 「土工機械―安全―第1部:一般要求事項」
(2.9)が制定されている。ただし、これらの分野での自動化、ロボット化が定着するまでには、まだ時間が必要であり、各分野のルールもまだ流動的である
(2.10)(2.11)。
(2)機械構造によるロボットの分類(図2.2)
広義のロボットは、自動機械として使用目的に応じてその機構構造は多様である。産業用途として社会実装が試みられているロボットは、作業に寄与できる腕に相当するマニピュレータ型、移動することで作業目的を果たす移動型、の2種類の形態が基本である。さらに、ロボット特有のアプローチとして、人の形態と機能を模したヒューマノイド型も存在する。
図2.2 機械の形態によるロボットの分類
① マニピュレータ型
ロボットとして最もシンプルな多自由度型の機構で、製造業用ロボットはほとんどマニピュレータ型である。マニピュレータ型は、図2.3に示すような様々な構造の片腕に相当する機械で、直線移動する直動軸と回転する関節軸の組み合わせで構成される。直動軸は安価で剛性の高い機構であるが、回転軸に比べて速度が遅い、回転軸は腕を振り回す構造のため高速で動作範囲は広くなるが剛性は低い。直交座標型は3つの直動機構で構成した構造、円筒座標型は回転軸の上に上下の直動と前後に伸縮する直動を組み合わせた構造、極座標型は回転軸の上にアームを上下にあおる回転軸とアームの伸縮軸を組み合わせた構造である。現在、マニピュレータ型ロボットを代表する多関節型は、全ての軸を回転軸で構成した垂直関節型、2つの水平面内の回転軸と上下する直動軸を組み合わせた水平多関節型
2の2系統が基本形である。
図2.3 各種マニピュレータ型ロボット(参考文献2.1 p.8より引用)
一般的に3次元空間内で自由な方向の作業を行うためには、位置(X、Y、Z)を決める3自由度と、先端に取り付けたエンドエフェクタの姿勢(Rx、Ry、Rz)を決めるために合計で最低6自由度が必要である
3。そのため現在では最も汎用性が高く、高速動作が可能な6軸垂直関節型が最も多く使われている。また常に下向きの作業で良い作業、例えば垂直方向のネジ締め用途やパレット上に段ボール箱を積み上げるパレタイジング作業などでは、4自由度あれば十分なので、4軸構造の水平多関節型、あるいは4軸の垂直多関節型が使われている。2020年前後の全世界の産業用ロボット出荷台数のおよそ65%が垂直関節型、およそ20%が水平関節型ロボットである
(2.12)。なお、JARAとIFRの産業用ロボット統計は、JIS B 0134の定義にある3軸以上の機構のマニピュレータ型ロボットを対象としており、ロボットメーカから提供されるデータを基に集計されている。
② 移動型
JIS 0134にも定義されているように、移動機構、あるいはその上に様々な作業機能を組み込んだロボットで、一般的には無人搬送車と呼ばれる。最もシンプルな移動ロボットはAGV(Automatic Guided Vehicle)と呼ばれる移動台車で、1980年代から産業分野で使用され始め、例えば当時の半導体工場の前工程ではウェハカセットの工程間搬送では必需品であった。初期の移動ロボットは、磁気テープなどの誘導体を床面に設置してこれに沿って移動する有軌道移動方式であったが、2010年代後半には、画像処理やレーザースキャンにより周囲環境を認識し地図情報を作成しながら自由に移動する自律移動型に進歩している。自律移動型は初期の有軌道型と区別するためにAMR(Autonomous Mobile Robot)と呼ぶことが一般的である。移動型は、移動台車だけで搬送用途に使用することが多いが、移動台車をベースにマニピュレータを搭載したり、様々な機能ユニットを搭載して、移動型のロボットを構成する製品もある(図2.4)。
図2.4 マニピュレータ搭載型AMR
(写真提供:三菱電機株式会社)
なお、産業用途の無人搬送車は、日本ロボット工業会ではなく、フォークリフト等を管轄する日本産業車両協会の管轄下にある。日本産業車両協会が把握している無人搬送車の2020年代初頭の年間出荷台数は、2,000台~3,000台規模である
(2.13)。
移動型ロボット関しては、JIS B 0186:2020(ISO 19649:2017)「移動ロボット―用語」
(2.14)で車輪移動ロボットと脚移動ロボットが定義されている。脚移動は次項のヒューマノイド型の移動機構として特徴が発揮される機構で、一般的な移動型ロボットは車輪移動型である。
最近は産業用途でも著しく普及してきた飛行型のドローンも、一般的には移動型ロボットの一種である。移動能力を活かした搬送用途、空撮能力を活かした点検用途や状況分析用途など産業用途では期待される役割は大きく、独立した安価な機器なので導入も比較的容易で目に見える効果も上げやすい。それがため、当初は統一されたルールが無く運用上のトラブルも多かったが、2024年8月に、JIS Y 1011「ドローンサービスの品質―ドローンサービス事業者に対するプロセス要求事項」
(2.15)が制定された。ただし、水中ドローンはこの規程の対象からは除外されている。
③ヒューマノイド型
二足歩行と双腕作業能力を備えた人型ロボットである。機械による二足歩行や二足走行、様々な姿勢での双腕作業など、人の作業能力を模した動作の可能性を追求する研究は多く行われている。また、人型ではなく四足歩行動物型ロボットの研究は不整地移動機構として古くはアポロ計画の時代から取り組まれていた。
ヒューマノイド型は研究開発対象としては魅力的であるが、社会的な価値からみると、敢えて高価な人型であることが必然的な用途は見当たらず、産業現場で活用されている例は存在しない。ただし、人型ロボットの研究開発成果から派生し、部分的にヒューマノイド型の特徴を活かした産業実用例はわずかながら見られる。
(3)制御方式による分類(図2.5)
理想として語られるロボットは自らの判断に従って動作する自律型であるが、産業用途で実用化されているロボットは基本的に、あらかじめ入力したプログムに従って動作するプログラム型である。プログラム型は最初のティーチング・プレイバック型からスタートし、ロボット言語によるプログラム型に進化し、最近の産業用ロボットでは、プログラム型ではあるが状況に応じて自律的に動作を修正する能力も実用化されてきている。
図2.5 制御方式によるロボットの分類
また、人の操作により動作する操縦型機械は、自動化機器としてのロボットとは一線を画するものであった。しかし制御技術の進歩により、人の操縦により動作する機械の適用範囲が広がり、技術的に完全な自動化が困難な用途でも操縦型ロボットの利点を生かした半自動化機械で実用効果を上げる動向も見られる。
①プログラム型
製造業用ロボットの基本型であるが、1960年代初頭に開発された最初のロボットはティーチング・プレイバック方式であった。実物のロボットを動かしてその動作を記憶し(ティーチング)、それを呼び出して繰り返し動作をさせる(プレイバック)方式である。その後、日本で急速に普及し始めた1980年代のロボットは、ティーチングした動作をそのまま繰り返してプレイバックするのではなく、プログラムによってティーチングした位置や動作経路を組み合わせて様々な作業を実現する方式になっていた。ティーチングに頼らざるを得なかった背景は、普及の中心となった多関節型ロボットは片持ち梁の組み合わせ構造で、位置決め精度が悪く、さらに機械ごとに精度の個体差も大きく、現物合わせに頼らざるを得なかったことにある。最近では機械精度が向上し、3次元シミュレーション環境も充実してきたため、プログラムはシミュレーションベースで作成し、現場では必要最低限のティーチングあるいはティーチングレスでロボットシステムを立ち上げられるようになってきた。
② 自律型4
自らの判断で行動するロボットが自律型で、究極は思考判断能力を備えたヒューマノイドある。しかし当然のことながら、そこまで望まずとも、産業用ロボットでは目的とする作業を完遂するために、状況に応じて自らの動作を修正するレベルの自律能力が有用である。周囲の状況を認識し障害物を避けながら目的地に到達する能力を持つAMRは実用的な自律型の例である。またプログラムに従って稼働する製造業用ロボットでもビジョンセンサや力覚センサが一般的に使用されるようになってきたため、作業対象物の状況に合わせた適切な作業を行える能力も自律的機能といえる。従来の産業用ロボットでは、作業対象物を正確な位置に供給するために作業対象物ごとの位置決め機構など、周辺機器のセットアップが必要であったが、このような自律的機能は、生産システムにフレキシビリティの向上とコストダウンをもたらす。
③遠隔操作型
遠隔操作型の機械は操作側の機構を人が操作し、従動側の機械がその操作情報に従った動作を行う。遠隔操作型ロボットは1950年代から研究されてきた。操作側の情報を一方的に従動側に伝えて動作させる単純なリモート制御からスタートし、操作側の操作により従動側が動作し、その動作により発生した反力を操作側で感じることができるバイラテラル制御に進化してきた。最近は、バイラテラル制御に視覚情報を加え、さらに操作側と従動側の力の伝達程度を状況に応じて変化させることにより、土木工事のようなパワフルな作業から遠隔手術のような繊細な作業まで、人の能力を活かした半自動型の遠隔操作型ロボットが実用化されてきた。
④ 装着型
人に装着して人の動作を補助する装着型の機器も、果樹園での収穫作業などの体力を必要とする作業の補助器具としての実用化が進んでいる。装着型は安価で安全性が求められるため、シンプルで信頼性の高い製品が望まれている。生体電位信号などから人の動きを検知してアクチュエータで駆動するアクティブなタイプと、人の動きに連動して機械駆動でサポートするパッシブなタイプが存在する。
2.2 ロボット産業の産業構造―ロボットとシステムインテグレーション
2.2.1 製造業用ロボットの産業構造
産業用ロボットは顧客の事業価値を高めることで価値を発揮するBtoB製品である。その中でも製造業用ロボットは多種多様な顧客の製造現場に適した自動化を実現するための生産財である。そのため、製造業用ロボットは多様な自動化に対応するために、ある程度汎用性のある半完結製品として開発されてきた。一般的な生産財は、加工機械のように生産設備として完結している製品と、モーターや通信ユニットのように機能が限定的で性能が明確な部品であるが、システムに組み込まれてはじめて価値が確定するのが半完結製品である(図2.6)。半完結製品である製造業用ロボットは、生産財としての価値は、ロボット単独では未確定である。自動化に役立つ可能性の高い機械に過ぎない
(2.16)。半完結製品としての生産財の価値が明確化されるプロセスが、システムインテグレーションである。製造業用ロボットのシステムインテグレーションとは、様々なロボットや付属機器をエンドユーザの目的と用途に応じて、適宜組み合わせる役割を担う工程である。この役割を持つ企業のことをシステムインテグレータと呼ぶ(図2.7)。
図2.6 半完結製品としての製造業用ロボット
(参考文献2.16 p.6 より引用)
図2.7 システムインテグレータの位置付け
(参考文献2.17 p.21より引用)
製造業用ロボットの可能性を引き出し、生産財として価値のあるシステムに仕上げるのが、システムインテグレータであるが、同じロボットを利用してもシステム構築の巧拙により実現できるシステムの能力には大きな差が出る。そのため、製造業用ロボットの産業構造においてシステムインテグレータの役割は非常に重要である。
システムインテグレータは必ずしも独立した企業ではなく、エンドユーザの生産システム構築部門や、ロボットメーカのシステム構築担当部門であることも多い(図2.8)。自動車メーカや電機電子機器メーカなど、もともと自動化技術に長けた製造業では、社内に力のある生産システムエンジニアリング部門を保有していることが多く、システムインテグレータ機能はエンドユーザ内にある。この場合はエンドユーザ社内で製造部門とシステムエンジニアリング部門間で綿密な仕様の検討が行なわれるため、ロボットメーカに対しては、かなり具体的な要求仕様が提示される。一方、社内に自動化技術を持ち合わせないエンドユーザは、社外のシステムインテグレータに頼ることになる。大概のロボットメーカでは、システム商談に対応するために社内、あるいは関連会社にシステムインテグレータの機能を確保している。このロボットメーカ系システムインテグレータには、そのメーカの得意分野を深堀する役割も果たしている。多様な業種の多種多様な生産システムの構築を担っているのは、独立系のシステムインテグレータである。もともと生産設備の請負製造を担当してきた設備事業者が、ロボットを使いこなす能力を得て、ロボットシステムエンジニアリングを生業とするようになった企業である。ロボット市場の初期は、エンドユーザ系、ロボットメーカ系のシステムインテグレータがロボット市場の拡大を支えてきたが、様々な製造分野に需要が広がるにつれ、独立系のシステムインテグレータが力をつけてきた。ロボット産業におけるシステムインテグレータの発展経緯もロボット市場の変化と関連技術の進歩に深く関わっている。
図2.8 システムインテグレータの属性
(参考文献2.16 p.6 より引用)
2.2.2 非製造業用途ロボットの産業構造
製造業用途では、ある程度汎用性のある半完結製品のロボットを提供するロボットメーカと、そのロボットを目的に応じたカスタムな生産システムに仕上げるシステムインテグレータという階層的な産業構造となっているが、これは製造業用ロボットに特徴的な構造である。医療用の手術支援ロボットは、ユーザである医療機関が機器としての機能・性能で評価して、医療用ロボットメーカから購入するシンプルな形態である。農業の自動化ではユーザである農業事業者は機器ごとの購入ではなく、機器や情報処理を組み合わせた自動化システムを評価して購入する形態であるが、農機具メーカがシステムを提供する形態である。土木建築の自動化は、ユーザである土木建築業者が自らシステムインテグレーションを行い自動化システムを構築する。
いずれにしろ、業界によって様々な産業形態となるが、特に業界全体の環境整備や協調が必要で、メーカ個々の活動では進めにくい産業の自動化に関しては、国策としてのロボット化振興の枠組みが組まれることにより自動化が加速される。土木建築産業のi-construction(国交省)、農業のスマート農業(農林水産業)、国際廃炉研究機構IRID(経産省)などがその例である。非製造業用途の産業ロボットの産業としての状況については第6章で解説する。
第2章 参考文献
| 2.1 | 楠田喜宏:産業用ロボット技術発展の系統化調査、技術の系統化調査報告第4集、国立科学博物館、Vol.4、pp.3-48、2004. |
| 2.2 | 楠田喜宏:サービスロボット技術発展の系統化調査、技術の系統化調査報告第5集、国立科学博物館、Vol.5、pp.3-69、2005. |
| 2.3 | JIS B 0134:2015(ISO 8373:2012)「ロボット及びロボティックデバイス―用語」 |
| 2.4 | JIS B 8433:2015(ISO 10218:2011)「ロボット及びロボティックデバイス―産業用ロボットのための安全要求事項―第1部:ロボット、第2部:ロボットシステム及びインテグレーション」 |
| 2.5 | JIS B 8445:2016(ISO 13482:2014)「ロボット及びロボティックデバイス―生活支援ロボットの安全要求事項」 |
| 2.6 | JIS B 8446:2016 「生活支援ロボットの安全要求事項―第1部:マニピュレータを備えない静的安定移動作業型ロボット、第2部:低出力装着型身体アシストロボット、第3部:倒立振子制御式搭乗型ロボット」 |
| 2.7 | JIS B 9100:2012(ISO 11684:1995)「農業機械―安全標識及び危険図―一般原則」 |
| 2.8 | 日本農業機械工業会:ホームページ・標準化等、http://www.jfmma.or.jp/standards.html (2024年5月13日閲覧) |
| 2.9 | JIS A 8340-1:2011 「土工機械―安全―第1部:一般要求事項、第2部:ブルドーザの要求事項、第3部:ローダの要求事項、第4部:油圧ショベルの要求事項、第5部:ダンパ(重ダンプトラック及び不整地運搬車)の要求事項、第6部:機械式ショベルの要求事項、第7部:グレーダの要求事項」 |
| 2.10 | 池田博康ほか:「建設用ロボットの安全制御技術に関する検討委員会の報告と今後の研究課題」、産業安全研究所特別研究報告、労働安全衛生総合研究所、2000年1月 |
| 2.11 | 松本毅:「建設機械の個別機械安全規格(C規格)作成状況」、日本建設機械化協会、Vol.701、pp.9-13、2008年7月 |
| 2.12 | IFR:World Robotics 2024および過年版、International Federation of Robotics |
| 2.13 | 日本産業車両協会:ホームページ・統計資料、http://www.jiva.or.jp/data.html (2024年5月13日閲覧) |
| 2.14 | JIS B 0186:2020(ISO 19649:2017)「移動ロボット―用語」 |
| 2.15 | JIS Y 1011:2024「ドローンサービスの品質―ドローンサービス事業者に対するプロセス要求事項」 |
| 2.16 | 小平紀生:産業用ロボット全史、日刊工業新聞社、2023. |
| 2.17 | 小平紀生:産業用ロボットシステムにおける安全技術の動向、システム/制御/情報/、Vol.64、No.11、pp.417-422、システム制御情報学会、2020. |
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3 製造業用ロボットの発展経緯と日本の製造業の質的変化
3.1 製造業用ロボットの市場推移概括
製造業用ロボットは、1980年のロボット普及元年以来40年余りの歴史を積み重ねてきた。日本の製造業が強さを発揮した安定成長期から、バブル崩壊を経てアジアの新興工業国との厳しい競争に至るまで、製造業の質的変化を色濃く反映して変化してきた産業である。またロボット普及元年以来、日本のロボット関連技術の進歩も著しく、特に半導体技術と情報処理技術の急激な進歩を活かした制御技術の向上により機能や性能の面で長足の進歩を遂げてきた。
2020年代初頭の日本の製造業用ロボットの産業規模は概ね、年間出荷台数25万台、金額7千億円で、内訳として日本国内向けが5万台、直接輸出は20万台、輸出台数比率80%の輸出依存型になっている
(3.1)。日本では毎年20兆円あまりの生産用機械器具が出荷されているが
(3.2)、ロボットの出荷金額はその内の3%にすぎない。ただし、ロボットを組み込んだ生産システムの価格は、ロボット単価の3倍~20倍となるため
(3.3)7千億円のロボットが産み出す生産システムはざっと7兆円規模であると推定される。このうち国内向けは20%、およそ1.5兆円規模がロボットを使った生産設備として毎年産み出されている。これでも日本で毎年産み出されているおよそ20兆円の生産用機械器具の6.5%にすぎない、日本の生産現場ではロボットが多く活用されている、と語られているが、まだ限定的にしか利用されていないとみるべきであろう。
3.1.1 日本製ロボットの出荷台数推移と世界の ロボット市場の変化
戦後の日本経済は現在に至るまで、高度成長期(1955年~1973年)、安定成長期(1974年~1991年)、失われた20年+α(1992年~)と全く様相の異なる3つの期間を経ている。ロボット普及元年の1980年は、安定成長期のさ中のことである。投資拡大志向の高度成長期が1973年の第一次オイルショックで終焉を迎え、効率重視の安定成長期に移行したことが、1980年にロボット普及元年を迎えることとなった経済面での背景である。ロボット産業の発展経緯は、製造業の歴史的な変化と強く関わっている。本章では日本の製造業用ロボット産業の変化(図3.1)を日本の製造業の歴史的な流れ(図3.2)と重ね合わせて概括する。
図3.1 産業用ロボットの市場の推移と日中の製造業GDPの変化(データ出典:参考文献3.1、3.5、3.6)
図3.2 日本の製造業の出荷額・製造業GDP・就業者数の推移(データ出典:参考文献3.4)
高度成長期は製造業が経済の牽引役として、GDPの30%以上を稼ぎ出していた。1950年代、1960年代の日本の製造業は、鉄鋼造船など重化学工業を中心として欧米先進国を急速に追い上げていった。1968年に日本のGDPがドイツを抜き米国に次いで世界第2位となり、このころから製造業の主役は自動車産業、電機電子機器産業のハイテク産業に変化しはじめた。オイルショックによる一時期の不況を乗り越えた後の安定成長期には、これらのハイテク産業が主役となった。欧米先進国と肩を並べる経済大国日本が実現したのが1980年代である。1980年に始まるロボット産業の初期成長の背景には、まさにこの自動車産業と電機電子機器産業の急成長があった。これらハイテク産業からロボットに対する機能性能向上要求は厳しく、初期のロボット製品はこの厳しい要求に応えられる能力は持ち合わせていなかった。しかし、ハイテク産業ユーザの自動化意欲は高く、ユーザ側では何とかロボットを使いこなして自動化を進めようという努力が続けられ、ロボットメーカに対しては次々と新たな要求仕様を提示していった。その1980年代は幸運にもロボットに関わる多くの技術が革新的に進歩した時期でもある。マイクロプロセッサ、磁石や樹脂などの材料、電力制御素子、精密機構部品、各種センシングデバイスが長足の進歩を遂げた年代である。日本のロボットメーカでは、これらの新技術をいち早く製品に取り入れ、ハイテクユーザが要求する厳しい要求仕様を実現する努力が重ねられていった。その結果、日本はロボット産業で断トツの世界シェアを獲得しロボット大国と言われるようになっていった。世界最初の実用ロボットは1960年代の米国に登場したのであるが、製造業用ロボット産業を立ち上げ成長させたのは1980年代の日本である。その原動力は、ロボットを何とか活用して強い製造業を実現しようとした、日本の伸び盛りのハイテクユーザの存在であった。
しかし、ロボット産業の初期成長は、残念なことにおよそ10年しか続かず、バブル経済崩壊で年間生産台数10万台に届かないまま1990年の71,000台をピークに急ブレーキがかかった。その後、出荷台数が10万台を超えるのは、2014年のことなので、20年以上に及ぶ市場停滞期に入った。バブル崩壊後の日本の製造業は、設備投資に慎重になり、製造現場へのロボットの導入についても、「ロボットを何とか活用しよう」から「本当に効果のあるロボットの活用とは何だろう」に変った。産業の健全な発展のためには、手堅い実需要に加えて、ある程度の期待先行需要も必要なのであるが、1990年代の製造業用ロボット市場では、期待先行需要は薄れ、活用効果が明確な実需要に絞り込まれてしまい、出荷は激減した。ロボット産業にとっては厳しい時代となった。しかし、振り返ってみれば、期待が先行しがちなロボット産業にとっては、実需要を見極めるために必要な冷却期間であったとみるべきであろう。1980年代のロボット開発の多くは、汎用的に広い用途に使える機種開発が多かったが、1990年以降は、用途に寄り添った機種開発に向かう傾向が強くなった。見かけ上は同じ垂直関節型ロボットであっても、溶接用、塗装用、組立用では、用途に応じて必要な環境対策、精度や速度などの基本性能はそれぞれ異なる。それぞれの用途に向かって仕様を絞り込み、適切な価格で適切な仕様のロボットを追求する動きが強くなった。
1990年代に伸びた特化型ロボットの端的な用途は、半導体やフラットパネルディスプレイ搬送用のクリーンロボットである。1990年代に一旦下がった出荷台数は1990年代半ばから2000年に向かって回復傾向になったが、このクリーンロボットを始めとする電子機器関連の一時的な需要拡大によるものである。ITバブルと言われる2000年にロボットの出荷台数は過去最高の85,000台を超えたものの、翌2001年にはITバブル崩壊に遭遇し、バブル崩壊時に続いて2回目の出荷激減に見舞われた。また1990年代には輸出拡大傾向が強まり20%に満たなかった輸出比率は1990年代末には40%を超えた。ロボットメーカ各社は回復の思わしくない国内需要から海外市場に目を向け、海外の販売・サービス体制を急速に強化していった。
2000年代前半はITバブル崩壊の需要減から徐々に回復し、2005年にようやく、過去最高の出荷88,000台超えを記録した。しかし、国内需要は減少の一途で、輸出は伸びたものの、総出荷台数は8万台前後で伸び悩んだ。そして、2009年のリーマンショックで三度目の需要の激減に遭遇した。2000年代は世界の製造業の中心が日欧米からアジアの新興工業国に変り始めた時期で、製造業の国際競争の構図の変化が始まった。製造業用ロボットの国際競争も厳しくなり始め、かつて90%を誇っていた日本製ロボットの世界供給シェアは、リーマンショック前年の2008年には71%まで低下した。欧州メーカは中国市場の重点強化を開始し、韓国、台湾メーカが中国市場向け事業を展開、さらに中国現地にもロボットメーカが現れ始めた。
2009年のリーマンショック時の需要激減は翌2010年にはあっさりと回復したが、リーマンショック前の輸出比率50%は、リーマンショック後には70%を超え一挙に輸出依存型産業に変貌していた。長年伸び悩んできたロボット市場はアジア向け輸出急増により拡大基調となり、日本製ロボットの出荷台数は2011年に過去最高の98,000台を記録し、2014年に12万台、2017年には21万台と順調に拡大していった(図3.3)。しかし、この間に世界市場は日本製ロボットの出荷増をはるかに超える急成長を遂げており、日本製ロボットの世界供給シェアは低下し続け2019年には、いよいよ50%を割り込んだ。また、かつては圧倒的な日本需要に支えられていた製造業用ロボット市場は、2010年代には圧倒的な中国需要に支えられた市場に変貌し、2020年の世界のロボット需要構造は日本市場10%、中国市場45%となった。図3.1において、世界の出荷台数の増加傾向には、日本の製造業GDPと中国の製造業GDPを重ね合わせたものと一致する傾向も見てとれる。ロボットの世界需要構造は日本市場依存型から中国市場依存型に移行したとみることもできるので、需要国が極端に偏在する産業であるともいえる。世界各国にあまねく広く普及すればもっとロボット産業は大きな市場になる可能性は高い。
図3.3 2000年以降の日本製産業用ロボットの出荷先(データ出典:参考文献3.1)
コラム 付加価値とGDP
製造業の活動は、社外から部品を入手し、これを加工したり組み立てたり様々な価値を付けて製品を完成し、何らかの価格で社外に販売することである。この場合、製品価格(社外から得た収入)から部品価格(社外に支払った支出)を引いた金額(社内の活動で付け加えた価値)が付加価値である。一般的には、付加価値とは企業や団体が経済活動で産み出した財とサービスから、それを産み出すために投入した財とサービスを差し引いた金額である。製造業の場合、投入側の費用としては、材料や部品などの財の購入費に加え、設計委託費や加工外注費などのサービス購入費がある。経済活動で得られた付加価値は、雇用者報酬や税金の支払いに充てられ、さらに営業剰余金が産み出され、企業活動の原動力となる。
国内のあらゆる企業、団体、官公庁の経済活動が産み出す付加価値の1年間の総計が、国内総生産GDP(Gross Domestic Product)である。そのため、GDPは国の経済活動の原動力を示す指標として重視される。本章で記載の「製造GDP」とは、GDPのうち、製造業のみの付加価値の合計で、全GDPのおよそ20%を占めている1)。
内閣府では「国民経済計算」としてGDPに関する統計値が公表されており、国連統計部(UNSD:United Nations Statistics Division)では全世界各国のGDPに関する統計値も公開されている。
以前は、国民経済の指標として国内総生産のGDPではなく国民総生産のGNP(Gross National Product)が採用されていた。日本のGNPは日本国民が産み出した付加価値の合計で、GDPは日本国内で産み出された付加価値の合計である。国民の経済活動がほとんど国内で閉じていれば、GDPとGNPは大差ないが、経済活動のグローバル化が進むと差が出てくる。国連でもこの点から、国民経済計算の指標の改訂を行い、1993年にGNPを廃止した国民経済計算体系93SNA(System of National Account)を発行した。日本では2000年から93SNAを採用してGNPを廃止した。ただし、GNPに相当する概念として国民総所得GNI(Gross National Income)が定義されている。
参考文献
2010年代の全世界におけるロボットの利用分野と作業用途の状況を図3.4に示す。2011年から2020年まで10年間の総出荷台数の利用分野と作業用途の構成比である(3.6)。製造業用ロボットが利用されている製造分野は、自動車32%、電機電子機器26%と、依然としてハイテク産業が世界全体需要の60%近くの多くを占めている。2000年代半ばまでは自動車需要はさらに支配的で、2004年の構成比は、自動車46%、電機電子機器16%だったので、自動車分野向け構成比は減少傾向にあり、逆に電機電子機器の構成比は増加傾向にある。自動車の電気製品化が進み、自動車産業の需要が電機電子機器産業に波及していったという背景があり、加えて、中国市場におけるFOXCONN1 に代表される電子機器製造委託企業(EMS:electronics manufacturing service)の需要急増がそれを加速した。その他の利用分野としては食品から化学工業まで非常に幅広いが、従来からの2大需要分野である自動車と電機電子機器の構成比が圧倒的で、需要分野はまだ限定的であると解釈することができる。
ロボットの作業用途としては、対象物の置き換え、加工機械への加工品の着脱、パッキングなどの比較的簡単なハンドリング作業が多いが、組立、検査、溶接や研削などの加工など複雑な作業にも使われている。半数近い45%のハンドリング用途は、2000年代の35%前後から増加している。これは中国需要の急増の影響である。ロボットの市場拡大は、比較的簡単な作業への適用から始まり、徐々に高度な用途へと進む。作業用途の面から見ても、製造業用ロボットの世界市場は、未だ成長過程にあり、より高度な活用への展開により市場拡大の余地は大きい。
図3.4 2011年~2020年の世界市場総計台数の用途別分野別構成比(データ出典:参考文献3.6)
3.1.2 製造業の質的変化とロボット市場
(1)設備投資と雇用
製造業用ロボットの市場を左右してきた日本の製造業の質的変化を顕著に表しているのは図3.5に見られる、日本の製造業の就業者数と設備投資額
2の推移である。
図3.5 日本の製造業の就業者数と設備投資の推移
(データ出典:参考文献3.4、3.7)
戦後の壊滅状態から復興し、高度成長期と安定成長期を通じ、バブル経済崩壊を迎える1990年代初頭までの製造業は出荷、付加価値ともに伸び続けている。ただし高度成長期と安定成長期の成長の質的違いは就業者数と設備投資の変化に現れている。1973年のオイルショックまでの高度成長期は、就業者数、設備投資も増加しており、高度成長期の製造業は、人的にも設備的も拡大しつつ生産規模を増大し、なおかつ付加価値も向上する、という投資拡大基調の成長であった。特に高度成長期の終盤は、製造業の設備投資が急激に拡大している。設備投資により大量生産能力を獲得した製造業が貢献し、日本は1968年に米国に次ぐGDP世界第2位の経済大国となった。
安定成長期は前半と後半では若干様相が異なる。前半の1970年代は、出荷、付加価値とも金額的には順調に増加しているが、オイルショックの影響から物価高騰が激しかったため、実質的経済は停滞状態であった。特に1974年と1975年の製造業は実質GDP
3 でマイナス成長であった。安定成長期前半の就業者数は減少傾向にあり、雇用も抑制されている。増加している設備投資も実質的には足踏み状態であった。1980年代に入り物価が安定すると設備投資は急激に拡大し、人的投資拡大を伴わない成長が始まった。ロボット普及元年の1980年は、まさにこのタイミングであった。
しかし、1990年代に入りバブル崩壊後の日本製造業は、各種の指標からみても成長期とは全くの別世界となった。製造業の、出荷、付加価値、雇用、設備投資全て縮小の一途であった。特に設備投資はバブル崩壊直前の急増から激減に転じた。すべての生産財市場はこの影響を受けたが、特に歴史の浅いロボットは設備投資の対象としての妥当性が厳しく問われることとなり、厳しい市況となった。
(2)製造業のグローバル化
1990年代の製造業の特徴はグローバル化である。1990年の国内生産334兆円に対して海外生産規模は26兆円で、国内生産能力の8%に過ぎなかったが、2000年には16%に倍増している。それまでの日本のグローバル化は輸出の拡大が中心であったが、1996年に海外生産が輸出を上回り、グローバル化の中心は海外生産に移行した(図3.6)。海外生産に積極的であった業種は1980年代の日本経済の牽引役であった自動車と電機電子機器産業であった(図3.7)。自動車と電機電子機器産業は、ロボットの主力ユーザでもある。ロボットの輸出比率が1990年代から高くなり始め、各ロボットメーカの海外事業体制が強化されるが、ここには自動車と電機電子機器メーカの海外展開が、少なからず影響している。
図3.6 国内製造と海外製造、輸出の比較
(データ出典:参考文献3.8、3.9)
図3.7 日系製造業海外生産の売上業種別推移
(データ出典:参考文献3.9)
2002年からリーマンショックの直前の2008年までの期間は、日本の製造業の出荷は伸び、製造業GDPも若干持ち直した。雇用にもわずかながら回復の傾向が見られ、設備投資も活発となり、海外生産、輸出、ともに拡大の傾向が見られた。これらの経済指標上で好景気とみなされたこの期間を「いざなみ景気」と名付けることが話題となったが、実感としての好景気が感じられないままリーマンショックを迎えた。実感としての好景気が感じられなかったのは、海外需要拡大により経済指標は向上したものの、足元の国内需要が戻っていなかったためである。この期間の海外需要拡大はアジアの新興国の経済拡大、特に中国経済の急激な立ち上がりによるものであった。
アジア経済圏では、1997年にタイに始まり、インドネシア、韓国に波及した「アジア通貨危機」が発生していた。経済危機はマレーシア、フィリピン、香港にある程度の打撃を及ぼし、台湾、中国には間接的な影響を及ぼした。「アジア通貨危機」は外国資本に依存して成長してきたアジア諸国において、外国資本が引き揚げられたことをきっかけとしている。アジア諸国は外国資本に依存しすぎることによる危険性を自覚し、これを機に自国経済強化に向かい、結果的に2000年代のアジア経済圏の活性化につながった。
中国の経済発展は、1980年代、1990年代の「改革開放」政策による経済力整備から始まった。その後2001年の世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)加盟を機に、内外需の拡大を獲得して、製造業を中心として圧倒的な速さで経済成長を果たした。中国はGDPで2010年に日本を抜いて世界第2位となっているが、既に製造業GDPでは、その3年前の2007年に日本を抜いており、2010年には米国を抜いて世界第1位の製造業大国となった。中国の製造業GDPは2010年には全世界の18%、2020年には29%に達していた(図3.8)。
図3.8 製造業GDP上位5ヵ国
(データ出典:参考文献3.5)
これら世界の製造業の構図の変化が日本製ロボットの出荷先の変化に結び付いており、2001年には10%に満たなかったアジア向け出荷が2010年には35%に達している。統計値には表れていないが、このころから国内向け出荷や欧米向け出荷品の一部は、間接輸出でアジア向け、中国向けに出荷されている。日本製ロボットの2014年以後の市場急拡大は完全に中国市場に依存している。2010年には全出荷台数の15%であった直接輸出による中国向け出荷は急増し、2020年には38%に達している。日本製ロボットの市場動向は中国市場次第という大変偏った需要構造に変貌した(図3.3)。
(3)製造業の国際競争力
日本の製造業GDPは、かつてバブル崩壊の直前には米国を抜いて世界一になりかかった(図3.8)。しかし、その後は全く伸びず、今や米国の半分、中国の1/4にまで引き離された。特に不振を極めるのは、1980年代に自動車と並んで日本経済を牽引した電機電子機器産業である。バブル崩壊以降、長く停滞している日本国内の製造業であるが、特に電機電子機器は、現在に至るまでの衰退傾向が著しく、付加価値は激減している。バブル崩壊以降も国内でも付加価値を伸ばしている自動車産業とは対照的である(図3.9)。日本の電機電子機器産業は、海外生産も縮小傾向にあり(図3.7)、さらに貿易でも稼げなくなっている(図3.10)。日本の電機電子機器産業の衰退はロボット産業にとっては痛手であった、それに変わって中国のロボット市場では現地の電子機器受託製造業(EMS:Electronics Manufacturing Service)からの需要が旺盛となった。そのため、ロボットの需要分野は依然として自動車と電機電子機器産業が中心であるが、日本の製造業の国際競争力の面から見ると日本国内の電機電子産業の衰退は大きな問題である。
図3.9 1980~2020年国内の業種別の付加価値増減
(データ出典:参考文献3.2)
図3.10 日本の製品分野別貿易収支
(データ出典:参考文献3.8)
3.2 製造業用ロボットの技術
3.2.1 製造業用ロボットの技術進化の概括
第4章、第5章では、年代を追って製造業の質的変化に結び付けて製造業用ロボットの技術進化について解説を進めるが、それに先立ち表3.1に技術と市場の変化を時系列で整理しておく。
表3.1 製造業用ロボットの技術進化概括
| | 日本の製造業用ロボットの技術進歩 | 製造業用ロボットの市場(3.1.1要約) | 日本の製造業(3.1.2要約) |
1960年代 (米国にて油圧駆動型ロボットの製品化) | ― | 米国の技術導入による国産機の製造開始。 | 戦後の高度成長期。鉄鋼造船などの重化学工業から、自動車・電機電子機器などのハイテク系に移行。 |
1970年代 日本市場の黎明期 | (各社でプログラマブル電動ロボットの開発に着手。) | 多くの機械、電機メーカがロボットの試作に着手。 | オイルショックにより、高度成長は終焉。製造マインドは投資拡大による機械化から効率優先を求める自動化に変化。 |
1980年代 ロボット普及元年以後の初期成長 | 主として機械系キーパーツの技術進歩により機構としての性能・信頼性が向上。 | 自動車、電機電子産業の強い自動化ニーズに鍛えられた初期成長期。年間出荷8万台規模に到達。 | ハイテク産業を中心に、日本の製造業が世界に強い存在感を示し、製造業GDPで米国とほぼ互角のレベルに達した。 |
1990年代 バブル崩壊後の国内市場停滞 | 電子デバイス技術と情報処理技術の進歩により制御性能向上。生産機械としてある程度の完成度に到達。 | 国内製造業の設備投資抑制により、年間出荷6万台規模で市場停滞。 輸出拡大傾向(輸出比率18%→30%)。 | 出荷規模、付加価値、就業者数など全てマイナス成長に陥る。 |
2000年代 ITバブル崩壊後の輸出拡大傾向 | 視覚・力覚センサによる知能化が進む。ネットワーク接続によるシステム化が進む。 | 引き続き年間8万台規模での市場停滞。アジア市場を中心とした輸出拡大(輸出比率30%→50%)。 | 海外生産、輸出拡大など、グローバル化傾向が強まる。国内製造業は引き続き低調。アジアの新興工業国の台頭。 |
2010年代 リーマンショック後、中国市場依存産業に変貌 | 多様な生産システムの構築に対応するための、各種オプションの充実。 | 年間出荷20万台規模まで急成長。中国需要を中心とした輸出依存型産業に変貌(輸出比率50%→75%)。 | 日本の電機電子産業の衰退が顕著。 中国の製造業が圧倒的に強化され、国際競争の相手は欧米諸国からアジア諸国に変化。 |
2020年代初頭 中国市場に停滞感 | (中国メーカを含め、従来のロボットメーカ以外の新規参入傾向が現れる。) | 中国需要の拡大が止まり、全世界規模での市場停滞状態に入る。 | 米中貿易摩擦、世界レベルでの感染症禍、国際政治情勢の不安定化など、不安定要因が増大。 |
製造業用ロボット産業の40年余りの歴史の流れの中で、2000年を境に技術進化の方向が大きく変化している。2000年までは生産機械としてのロボットの機能・性能を高めるための開発が中心であった。1980年代、1990年代には機械系技術、電機電子系技術、情報処理技術から成るメカトロニクス技術
4が長足の進歩を遂げた。各ロボットメーカは、これらの新しい技術を次々取り入れて、ユーザからの厳しい要求に応える開発競争により、2000年頃には、生き残った各社のロボットは生産機械としてある程度満足のいく機能・性能を実現するに至った。2000年以降の日本の製造業はアジアの新興工業国との国際競争が厳しくなり、ロボット本来のフレキシビリティを活かしたセル生産など高度な自動化への期待が高まった。高度な自動化のためには、ロボットの機能・性能よりむしろ、システム構築技術に負うところが大きくなった。そのため、ロボット産業の競争軸も機能・性能を追求するメカトロニクス技術の開発競争から、ロボットをシステム構成要素として活かすためのシステムエンジニアリング技術を重視した製品開発に変化していった。
図3.11に生産機械としてのロボットを構成するためのメカトロニクス技術と、生産システムを構築するためのシステムエンジニアリング技術の関連と、各技術カテゴリに含まれる個別技術を示す。
図3.11 ロボットに関わる技術体系
(1)製造業用ロボットのメカトロニクス技術
製造業用ロボットは、ロボット本体である機構部と制御装置であるロボットコントローラが最小限の構成要素である。図3.12に製造業用ロボットとして代表的な垂直関節型6軸マニピュレータの機構部、図3.13にこれを制御するロボットコントローラの構成例を示す。
図3.12 ロボット機構部の構成例
(イラスト提供:三菱電機株式会社)
図3.13 ロボットコントローラの構成例
(イラスト提供:三菱電機株式会社)
垂直関節型6軸ロボットのマニピュレータは6個の回転軸で構成されており、各回転軸の駆動源は、回転角度、回転速度、回転トルクなどを自由に制御できるサーボモータと、その回転角度や回転速度を検出するためのエンコーダで構成されている。毎分数千回転の高速回転で制御されたサーボモータの出力は高減速比の減速機により、毎秒数十度のロボットの軸回転速度に減速される。減速機やサーボモータはロボットのアームの中に納める必要があるため小型軽量であることが実用上重要となる。回転軸の機構部はベアリングで支えられているが、多関節型ロボットの各回転軸は、大きさも方向も変化する負荷がかかるため、これに適した多方向荷重を支えられるベアリングが必要である。これらサーボモータ、エンコーダ、減速機、ベアリングが回転関節の基本構成である。
コントローラは、プログラムの解釈、外部との通信処理、ロボットを動作させるための動作指令値の生成などの情報処理を行う演算処理部(CPU)とロボットの各軸を駆動するための制御電力を作り出すパワー制御部で構成されている。ロボットの動作能力や情報処理能力はCPU演算能力に依存する。ロボットの急加速や急減速などの動作性能はパワー制御部の能力に依存する。ロボットに動作を教え込むティーチング作業やトラブルからの回復などの時には、ロボットを手動で操作する必要があるため、手動操作用のティーチングペンダントが標準的に装備されている。
(2)システムエンジニアリング技術
ロボットを利用したシステムのシンプルな例として、工作機械への加工品着脱システムの構成例を図3.14に示す。作業としては供給された加工対象品を工作機械に装着し、加工終了後に工作機械から取り出し、加工品排出ステージで洗浄や検査などを行う例である。ロボットの応用技術としては、作業に適したエンドエフェクタの設計製造、作業を実現するためのロボットの動作や工作機械との情報通信など、システムの中でのロボットが役割を果たすためのプログラムの作成が中心となる。
ロボットを利用したシステムエンジニアリングで重要なのは、ロボットの応用技術よりは、むしろ顧客の期待する生産能力を顧客の実情合わせて合理的な自動化システムとして実現するための生産技術である。自動化に必要な生産技術には、製造業に共通する製造現場の合理性を高めるための汎用的な生産管理技術と、各製造業種に対応したモノづくりに関わる生産技術がある。顧客の期待を満足させる生産システムを設計製造するためには、顧客と同等以上の生産技術力を持つことが理想である。システムエンジニアリングはシステムインテグレータの役割であるが、システムインテグレータが必要とするシステム構築に役立つ機能・性能の供給がロボットメーカの役割で、両者の連携強化が、製造業用ロボットの普及拡大には不可欠である。
図3.14 ロボットセル構成例
(イラスト提供:三菱電機株式会社)
3.2.2 製造業用ロボットの制御
ロボットの性能面での進化は主として制御技術に依存する。参考として現在の一般的な電動型6軸垂直多関節型ロボットの制御方法について解説する。
(1)垂直多関節型ロボットの運動学
6軸垂直多関節型ロボットの関節構成例を図3.15に示す。6軸垂直多関節型ロボットは、6つの回転関節軸で構成されており、各関節のサーボモータを回転することにより、ロボットの先端を目標とする位置に移動する。最も初期のティーチング・プレイバックロボットは、実際にロボットを手で動かし、各軸の角度を記憶し、記憶を順次読みだして各軸の角度をそのまま再生するだけなので、特に複雑な制御演算は不要であった。ロボットが広く普及するきっかけとなったプログラマブルロボットでは、ロボットの動作の位置情報を、実際に作業する3次元の直交座標系で記憶し、プログラムの中から位置情報を呼び出し、そこにロボットアームを移動させることにより様々な作業を実現する。
図3.15 ロボットの構造と各関節の動き(イラスト提供:三菱電機株式会社)
図3.16 ロボットの運動学演算による座標変換
(参考文献3.3 p.62より引用)
図3.17 2軸ロボットの運動学演算
標準的な6軸垂直多関節型ロボットでは、各関節角度がJ(j
1、j
2、j
3、j
4、j
5、j
6)の時、先端の位置と姿勢の直交座標値をP(X、Y、Z、Rx、Ry、Rz)
5は一意に決まり、XからRzまでの6つの各成分はそれぞれj
1からj
6の6つの変数から成る関数で算出することができる。この関節角空間Jから直交座標空間Pへの座標変換演算を順運動学演算という。逆に、ロボットの先端の位置と姿勢Pから、それを実現する各関節角度Jを算出することもできて、この直交座標空間Pから関節角空間Jへの座標変換を逆運動学演算という(図3.16)。多関節型ロボットの動作制御は、直交座標系で指示された動作を、逆運動学演算で各関節角の角度に変換し、これに応じて各軸のサーボモータを回転させることにより、目的とする動作を実現する方法が基本である。
具体的な運動学演算の例として、簡素化した2軸のロボットの運動学演算式を図3.17に示す。極端に簡略化したにもかかわらず逆運動学演算は、意外と複雑である。これが6軸となると相当に複雑な演算となるが、これを数ミリ秒ごとのリアルタイムで演算する必要がある。そのため、非常に演算負荷が高い逆運動学演算は、ロボットコントローラのCPUの演算能力が低い時代には重荷であった。
(2)ロボットの動作制御演算
図3.18 にプログラマブルロボットのコントローラの基本的な構成を示す。
図3.18 ロボットコントローラの構成
①演算部
演算部(CPU)が担当するのは、プログラムを解釈し、ロボットの動作を作業空間の3次元直交座標系で決定し、各軸の回転指令値を作成するまでの動作制御演算である。この一連の制御演算の手順を先ほどの2軸ロボットを例として解説する。
| a) | 動作計画:次の動作命令を読み込む。例として、現在位置C(Xc、Yc)から目的位置D(Xd、Yd)までの直線移動。 |
| b) | 軌跡演算:直線移動をさせるため、パワー制御部に動作指令を与える一定の時間間隔ΔT(例えば5 msec)ごとに通過させる中間点(図3.19の、Pn(Xn、Yn):n=1~5)を、直線補間により算出。 |
| c) | 座標変換:最初の目標点P1(X1、Y1)について、逆運動学演算で各関節J1軸とJ2軸の目標角度J11、J21を算出(図3.17の逆運動学の式)。 |
| d) | 各軸の回転指令値の算出:現在角度J1c , J2cと目標角度の差から各軸のサーボモータの回転指令値Δθ1、Δθ2を算出。 |
| | Δθ1=(J11-J1c)/J1軸の減速比 |
| | Δθ2=(J21-J2c)/J2軸の減速比 |
図3.19 2軸ロボットの直線補間
各軸の回転指令値を各軸のサーボプロセッサに伝達することにより、ΔT後にJ
1, J
2各軸が目標角度になるように制御され、ロボットの先端はP
1に到達する。演算部では、さらに入出力処理、精度向上のための補償演算などを行っており、演算負荷が非常に高く、高い演算能力を必要としているため、ロボットの機能・性能は演算部のCPU能力によって大きく異なる。
②パワー制御部
各軸の回転指令値を受けたサーボプロセッサ部とサーボアンプ部によるモータの回転制御システムを、図3.20に示す。Δ
T 時間でサーボモータをΔθ回転させる回転指令値を受けとったサーボプロセッサ部はエンコーダからの情報によりフィードバック制御演算を行う。これに従ってサーボアンプ部でサーボモータへの供給電力を制御することにより、指令値に従った回転制御を行う。
サーボアンプ部では、電源から供給される交流をコンバータにより直流に整流し、これをインバータで目標とする回転に必要なパルス列に加工して(PWM:Pulse Width Modulation)、サーボモータに供給する。PWMは一定の周波数(例えば200 kHz)で電力を作り出す技術で、パルス幅の広さでモータに供給する電力の強さを変えることにより、サーボモータの回転を制御する。パワー半導体はサーボアンプを構成する電力制御素子で、小型で高い電力を扱え、高速に応答する能力が求められるため、パワー半導体の能力によってサーボアンプの応答性や大きさなどコントローラの構造と性能に大きく関わる。
図3.20 各軸のパワー制御部の処理例
第3章 参考文献
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4 生産機械としての製造業用ロボットの発展経緯
(製造業用ロボットの誕生から2000年まで)
製造業用ロボットの源流は1960年代初頭の米国にあったが、その後の米国では広く普及するには至らなかった。一方日本では、米国からの技術導入をきっかけに多くの機械メーカ、電機メーカ各社で開発が始まり、ロボット普及元年とされる1980年以後、日本の国内需要を中心に市場の拡大が始まった。2000年頃までの日本のロボット産業は「ロボット大国」と言われるように、圧倒的な世界シェアを獲得していた。この頃までの製造業用ロボットの産業史は、2004年の産業用ロボットに関する系統化調査報告書に多くの製品開発事例が丁寧にまとめられている(4.1)。
4.1 製造業用ロボットの起源からロボット普及元年まで(1960年代、1970年代)
4.1.1 日米の製造業用ロボット事始め
製造業用ロボットの起源は、1954年の出願で1961年に米国特許2988237号として登録されたデボル(Geroge Charles Devol Jr.)による特許「プログラム可能な物品搬送装置」(PROGRAMMED ARTICLE TRANSFER)にある。この特許は、ロボットを手動で動かしてその動きを記憶させ(ティーチング)その記憶を再生する(プレイバック)ことで人の作業を自動化できるというティーチング・プレイバック・ロボットの原案であった。1956年のカクテルパーティでデボルに遭遇したエンゲルバーガー(Joseph Frederick Engelberger)
1がユニメーション社(Unimation)
2を起業し、1962年に発表したユニメート(Unimate)が世界最初の産業用ロボット製品となった
(4.2)。ほぼ同時期に当時の有力な米国レクリエーション機械メーカであったAmerican Machine and Foundry社(後のAMF)からもロボット製品としてバーサトラン(Versatran)が発表されている(図4.1)。
図4.1 世界最初の産業用ロボット製品、ユニメートとバーサトラン
ユニメートとバーサトランはともに油圧駆動型のティーチング・プレイバック方式で、ユニメートは極座標型の3軸+手首2軸、バーサトランは円筒座標型の3軸+手首2軸の5軸型ロボットである。1960年代初頭の時点では、位置や速度を自由に制御できるサーボ機構として、電動サーボモータは普及しておらず、油圧駆動が一般的であった。また、ロボット制御の頭脳部を構成するマイクロプロセッサも半導体メモリーもまだ存在していない時代である、各軸に取り付けた回転角センサの値を磁気記憶装置に記録し、読み出した値を目標値として各軸の回転をアナログ制御する方式である。当時の回転角の検出センサは磁気式のレゾルバや抵抗式のポテンショメータなどのアナログセンサである。
ユニメートのティーチング作業は、ティーチングペンダントでロボットを目標とする作業位置まで手動操作で動かして、記録ボタンを押すことにより、磁気ドラムに記録する方式である。プレイバックは、磁気ドラムから記憶した各点のデータを順次呼び出してその点に移動させるPTP(Pointo to Point)方式で、記憶容量180点、11.4 kgの荷物を0.75 m/secで移動する能力、位置決め精度は±1.27 mm、本体重量1,600 kgという仕様が公開されている
(4.3)。
バーサトランは、ユニメート同様のPTP方式に加え、ロボットの手先を直接持って動かして各軸の回転角センサの値を連続して磁気テープに記憶するダイレクトティーチも採用しており、これを順次呼び出して移動経路を再生するCP(Continuous Path)方式も装備していた。最大6.5分の動作を記憶することができ、9 kgの荷物を0.914 m/secで移動する能力、位置決め精度±3.17 mm、本体重量500 kgなどの仕様が公開されている
(4.4, 4.5)3。
1960年代の米国は、第二次世界大戦後の1950年代の戦後好景気を引き継ぎ、民間消費が拡大し米国民の生活は急速に豊かになっていった時代である。米国の自動車産業は、ジェネラルモーターズ(GM)、フォード、クライスラーのビッグ3に集約され、ビッグ3間で生産技術を競う状況になっていた。ユニメートの最初のユーザはGMであった。GMは1961年に最初のユニメートをダイカスト作業に導入した(4.1, 4.7)。その後のユニメーション社については、エンゲルバーガーが1980年に自ら執筆した“Practice in Robotics”の序文で生々しく述べているので、該当箇所を邦訳版「ロボット応用工学」長谷川幸男監訳
(4.2)から一部引用する。
| 最初の産業用ロボットが1961年に設置された後、“差し迫ってなすべきこと”がたくさんあった。技術的問題が残されていたのみならず、手に負えそうもない企業組織上の障害がいくつもあった。多くの生産会社の役員たちにとって、ロボットは依然として科学的空想物語の中に留まっていたのである。ユニメーション社も、1975年に至るまでは利益を計上できなかった。 |
参考文献4.2 序文p.viより引用
製造業の役員にとって、ユニメートはロボットとはいうものの思ったより単純な機械という印象で、役に立つとは思えない割に高額だったようである
4。また、欧米人はロボットに対してマイナスイメージが強く、労働組合との雇用問題など、日本のように労使ともに大歓迎とはいかなかったようである。引き続く序文では、このような状況下での米国のロボット産業と日本の積極的な受け入れ姿勢に言及している。
| 1960年代に、多くの一時的な、競争力のあるロボットを開発しようとする試みがあったが、初期の企業としての重荷を担ってゆく助けを欠いたために、全く実を結ばなかった。それもなおロボットはしだいに時宜を得た概念となっていった。1970年代初めまでに、人工知能研究の仲間の人たちが、いくつかの学会にロボットに注目するように促した。このような関心が、多くの国の政府から助成を得られるようにした(そして関心は、今日高まりつつある)。日本人は、夢中でこの中に飛び込んでいった。そして1971年に日本産業用ロボット工業会(JIRA)が発足した。それより以前の1968年に、川崎重工はユニメーション社から技術導入をしていたのである。 |
参考文献4.2 序文p.viより引用
1960年代の後半に入ると自動車の生産機種数が増え、同一車種の生産効率を求めた量産機械化の限界が見え始め、NC工作機械の導入など自動化への動きが始まった。この流れでロボットも徐々に受け入れられるようになり、1970年にはGMのローズタウン新設工場には、26台のユニメートがスポット溶接ラインに導入された。ただし、時間当たりの生産能力は向上したものの、ロボット製品としては未成熟で不具合が多く、期待されたほどの自動化効果は得られなかったようである
(4.7)。
1960年代の米国において科学技術の急速な進歩を促進したのはアポロ計画である。1961年4月にソ連でボストーク1号に搭乗したガガーリンが人類初の宇宙有人飛行を達成したことを受けて、5月には、すかさず米国でケネディ大統領が「10年以内に人間を月に着陸させ安全に地球に帰還させる」と宣言した。そして、1969年7月にアポロ11号の月面有人着陸を成功させている。アポロ計画のために投下された巨額の国家予算は、情報処理、機械、電気電子、など多くの科学技術の進歩を促し、工学的な実用成果に結び付いた。ロボットに関しても、NASA(米国航空宇宙局:National Aeronautics and Space Administration)のJPL研究所(ジェット推進研究所:Jet Propulsion Laboratory)でも宇宙開発関連課題としてロボットの研究開発が始まっている。またマサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学の人工知能研究所が設立されたのも1960年代で、ロボットは人工知能研究の格好の研究対象として取り上げられるようになった。これらの米国研究機関では、アポロ計画で力を発揮しその後の社会に大きなインパクトを与えることとなったメインフレームコンピュータを駆使して、ロボットの制御やロボットに作業指示を与えるための言語開発など、多くの研究成果が得られた。また、日本のアカデミアでも1960年代、1970年代には、東京大学、早稲田大学、東京工業大学、後に産業技術総合研究所に統合化された電子総合研究所と機械技術研究所などで、ロボットに関する研究が始まっていた。当時は現物のロボットは実用機械として能力が不十分であったため、理論をシミュレーションで検証する研究が先行していた。後に実用ロボットの機能・性能開発において、当時の研究成果は大いに参考となっている。
エンゲルバーガーが言及している1968年の川崎重工業株式会社によるユニメーション社からの技術導入は、日本の産業ロボットの幕開けであった。それに先立つ1966年にエンゲルバーガーは日本に招かれ、産業用ロボットに関する講演会を実施している。エンゲルバーガーが驚いたのは、米国では10人以下しか集まらなかった講演に、日本では700人の参加者を得て、2時間以上の質疑応答が続いたことである。その後、油圧制御技術力のある川崎重工業(当時は川崎航空機工業)がユニメーション社に積極的にアプローチして技術提携が実現した
(4.8)。技術提携翌年の1969年には、国産ロボットの1号機として川崎ユニメート2000が製品化された(図4.2)
5。社団法人としての日本産業用ロボット工業会の設立は1973年であるが、それに先立って1971年には30社余りの会員を得て、任意団体日本産業用ロボット懇談会が立ち上がっている。米国や英国におけるロボット業界団体が設立されるのは1975年以後のことで、しかも日本のロボット工業会よりはるかに規模は小さい。エンゲルバーガーが見た「日本人は夢中でこの中に飛び込んでいった」のは、このような景色である。
図4.2 国産1号機、川崎ユニメート2000
(写真提供:川崎重工業株式会社)
コラム 日本人のロボット観
世界最初の実用ロボットは1960年代の米国に登場したが、産業として定着したのは1980年代の日本においてである。1980年代のロボット産業は世界全体で見ても、需要、供給とも日本のシェアは圧倒的で、見方によってはユーザ側メーカ側とも日本だけで盛り上がっていたようにも見える。日本でロボットが大歓迎で受け入れられた背景には、日本人の欧米人とは異なるロボット観がある。
まずは労働問題である。欧米の労組と日本の労組はロボットの導入による自動化の推進に対しては全く逆の姿勢をとる。欧米の労組は産業革命以降に組織化された産業別、職能別のクローズドショップが主流である。そのため、例えば溶接工の労組は、溶接工の就業機会喪失につながる溶接の自動化には反対である。一方、日本の労組は第二次世界大戦後の混乱期からの復興のため、労使協調しやすい1企業1労組のユニオンショップが取り入れられ、企業体質の強化は労使共通の認識となるため、経営強化のための自動化には賛成である。1980年代には、まだ労組の力が強く影響力があり、ロボット導入が日本では大歓迎され、欧米では警戒されていた。現に筆者は1990年代初頭代に、欧州の精密機器メーカで大きな商談を労組の反対にあって失注した経験もある。
次はロボットに対する親近感問題である。日本では、古くはからくり人形、新しくは鉄腕アトムをはじめとするロボットアニメがロボットのプラスイメージを作り上げていた。一方欧米のロボットは古くは神話の中に登場するゴーレム、フランケンシュタイン博士の産み出した怪物のように、人工生命は命令に反し狂気に走る話が多い。ロボットの語源とされるカレル・チャペック(Karel Čapek)の戯曲ロッサム万能ロボットは、労働を担っていたロボットの反乱の話、最初のロボット映画と言われるメトロポリスは、ロボットが反乱を誘導する話とマイナスイメージが作りこまれていった。
日本人にとってはロボットは「愛すべきもの」であり、生産現場に導入した武骨な製造業用ロボット各台に愛称をつけるのも日本人だけである。
4.1.2 電動多関節型ロボットの登場
1970年代に入ると、日本の機械メーカ、電機メーカでは、各社各様のロボット開発が数多く進められたが、その後のロボット産業に大きな影響を与えた製品が1973年に欧州メーカから発表された。1973年にスウェーデンのASEA社(現在はスイスに本社を置くABB社)から発表されたIRB 6は、現在でも世界の製造業用ロボットの70%を占める電動垂直多関節型ロボットの原型である(図4.3)。IRB 6は搬送能力6 kgの5軸多関節型ロボットで、マイクロプロセッサとサーボモータを採用した、当時としては大変先駆的な製品であった。その後あらゆる工業製品の頭脳になるマイクロプロセッサであるが、1971年にインテルから最初の製品Intel 4004が発表されたばかりで、1973年当時はまだ産業用途として普及する以前のことである。また、産業機械の駆動系として当時の主流は油圧であり、電動のサーボモータは非力で、パワーの割には重く大きいため、多関節型ロボットのアーム内に駆動系を内蔵するには不向きであった。そのため、IRB 6では、重く大きなサーボモータをアーム内に内蔵せず、アーム全体を駆動する3つのモータは機械の根元に配置し、平行リンク構造で離れたアームを駆動する方式を採用していた。また、手首部は狭い構造の中に3つの小型のモータを内蔵する余裕が無いため2軸とした5軸構成であった。
IRB 6(写真提供:ABB Japan K.K.)
図4.3 電動垂直多関節型ロボットの原型IRB 6
IRB 6の垂直関節型機構は、人の腕に近い動きが可能で、様々な作業を実現するための使い勝手が良く、ロボットアームとしてはごく自然でシンプルな構造である。IRB 6の登場により、これまで多く取り組まれていた油圧駆動型ロボットの開発に対し、電動型垂直関節型ロボットの開発が加速された。
4.1.3 日本のトップメーカによる電動型ロボットの開発競争
1970年代の電動サーボ技術の急速な進歩を背景に、IRB 6の出現以後、油圧駆動型に代わって電動駆動型ロボットの開発が優位となっていった。現在日本の上位ロボットメーカである株式会社安川電機とファナック株式会社は偶然にも同じ1976年に、その後両社のロボットビジネスに大きな影響を及ぼす電動型ロボットの開発を手掛けている。両社はともにサーボビジネスに取り組んでいたという共通点はあるが、ロボットビジネスへの入り口は異なる
(4.6)。
サーボモータを主力製品としていた安川電機は、1960年代からサーボモータを活用した自動化機械の受注生産販売ビジネスも展開していたが、これに代わり汎用の電動型ロボット製品化に進んだのはごく自然な展開であった。ユニメートタイプの極座標型ロボットの電動化などの模索を経て、1976年に5軸の垂直多関節型ロボットMotoman-L10型を開発した(図4.4)。日本の電動垂直多関節型ロボットの最初期の製品で
6、翌1977年に大分の自動車部品メーカでシーリング、アーク溶接に採用された。Motoman-L10は、その後1980年代初期までに改良を繰り返し、製造業用ロボット市場の初期成長を支え、現在も主要な用途である自動車のアーク溶接への普及拡大に大きく貢献した。
図4.4 Motoman-L10(写真提供:株式会社安川電機)
コラム アシモフとエンゲルバーガー
ユニメーション社を興したエンゲルバーガー(Joseph Frederick Engelberger、1925年-2015年)は1980年に“Robotics in Practice”を著している。その日本語版は『応用ロボット工学』
1)として、早稲田大学の長谷川幸男教授の翻訳で1984年に朝倉書店から出版されている。ユニメートの活用事例集のような、かなり生真面目な本である。当時、筆者は既にロボット開発に携わっており『応用ロボット工学』を書店で一度は手に取っていたと思うが、残念ながら印象にない。電動多関節型ロボットの開発競争の真っただ中に身を置いていたため「今更油圧のユニメーションでもないなあ」ということだったのだと思う。現在『応用ロボット工学』は国会図書館で既にデジタルコレクション化されており端末から閲覧できる。
『応用ロボット工学』のエンゲルバーガーの序文は、本報告書でも引用させていただいたが、その序文の前に「ロボットの時代がやってくる」という1ページ余りのエッセイ風イントロダクションが掲載されている。恥ずかしながら最近まで気づかなかったが、その執筆者はアイザック・アシモフ(Isaac Asimov、1920年-1992年)であった。このイントロダクションでアシモフは「十代でロボット物を書き始めてロボット三原則を考えたころには、ロボットが使われるようになることなど、まともに信じてはいなかった。今はまだ、十代のころに想像していたロボットではないが、これから進歩は続くだろう。そしてロボットが骨の折れる仕事を引き受け、人間は創造的で楽しさに満ち溢れた仕事に携わるだろう。」とまとめている。多少ではあるが、ロボットは骨の折れる仕事を引き受けるようにはなった。しかし、人間が創造的で楽しさに満ち溢れた仕事に携わっているようになったかどうかはかなり疑問である。ロボット開発に携わった技術者としては、アシモフの期待に応えられていないことに恥じ入るしかない。
アシモフはロシアで生まれ3歳で米国に移住し、ブルックリンで育ち、コロンビア大学で学び博士号を取得している。エンゲルバーガーもブルックリンで生まれ、コロンビア大学で学んでいる。年齢差はわずか5歳なので、どこかですれ違っているかもしれない
2)。55歳のエンゲルバーガーが60歳になったアシモフに、一文の執筆をどう依頼したかはわからないが、個人的には、是非、2人のレジェンドは既に旧知の仲になっていた、と言って欲しいところである。ロボットレジェンドのコラボレーションが見られる書籍を、当時の筆者は「今更…」といって粗末に扱ったのは若気の至りそのものであるが、40年近くの時を経たからこそ貴重に思える。
図C4.1 アシモフとエンゲルバーガ
(イラスト:高橋祐紀(日本ロボットシステムインテグレータ協会))
参考文献
| 1) | 4.2 Joseph F. Engelberger: Practice in Robotics, Management and applications of industrial robots, KOGAN PAGE, 1980.
ジョセフ・F・エンゲルバーガー:応用ロボット工学、朝倉書店、長谷川幸男監訳、1984. |
| 2) | アイザック・アシモフ:アシモフ自伝、早川書房、山高昭訳、1983, 1985. |
ファナックは、1974年にモータの部品加工機への部材供給の自動化に川崎ユニメートを採用した。当時ファナックでは複数工作機械の群管理による自動化を試みており、ユーザとしての経験を積んで、1976年に富士電機株式会社、山武ハネウエル株式会社(現アズビル)の協力を得て電動型ロボットの試作を行った。翌1977年にはファナック単独で工作機械への部材供給に特化したロボットとしてFANUC ROBOT Model 1を完成している(図4.5)
7。機械の信頼性を高めるためボールねじを用いた電動円筒座標型の構造を採用した。また、円筒座標の3軸を、1台のサーボアンプで切り替えながら駆動するようにして徹底的に価格を抑え、同様機種の半額以下の製品としている。ファナックのロボットビジネスの大きな転機となったのはこの機種がGMの目にとまったことである。1981年にGM日本支社からのテレックスをきっかけに、翌1982年のGMFanuc Roboticsの設立に至り、ファナックの製品開発と海外市場展開が加速された
(4.9)。
図4.5 FANUC ROBOT MODEL 1
(参考文献4.10より引用)
4.1.4 水平関節型ロボットの原型SCARAの登場
2020年初頭の全世界の製造業用ロボット年間出荷はおよそ50万台で、そのうち65%がIRB 6を嚆矢とする垂直関節型ロボットであるが、それに次いで多いのが19%を占める水平関節型ロボットである。水平関節型ロボットの原型となったのは、1978年に山梨大学牧野洋研究室で開発されたSCARA型ロボットである(図4.6)
8。牧野教授は電器メーカの研究所で自動組み立て機の開発に携わり、その後山梨大学に着任し、組み立てに特化したロボット機構としてSCARA(Selective Compliance Assembly Robot Arm)型ロボットを開発した。SCARA型ロボットは、方向により機械の剛性が異なる構造を特徴としている
(4.11)。電機電子製品の組み立ての多くは、上から下に組み付ける作業が多いことに着目して、上下方向の剛性が高く、水平方向の剛性が低い機械構造としたことがSelective Complianceの由来である。例えば、ネジ締めやピン挿入などの作業では、上から下には推進力が必要であるが、水平方向には、ネジやピンの位置が多少ずれていても相手の位置に倣ってくれれば良い、という考え方である。回転軸は高速であるが剛性が低く、直動は剛性は高い、という特徴をもっており、SCARA型ロボットは上下方向をボールねじによる直動軸、水平方向を2軸の回転関節構造とすることで、方向による機械剛性の違いを実現している。牧野教授は、直ちに実際の製造ラインでの実証を目的として、精密機器や電気機器メーカの生産技術部門からの参加募り「SCARAロボット研究会」を立ち上げた。SCARAロボット研究会では、評価と改良開発を進め、その後まもなく、研究会の会員企業から製品としてのSCARA型ロボットが発売された。会員企業であったヤマハ発動機とセイコーエプソンは現在でも多様な小型ロボット製品を製造販売するロボットメーカである。SCARA研究会は、アカデミアの成果から製品が産まれ、その後の産業として拡大する産学連携の好例となった。
SCARA 型ロボット1 号機(4.6 p.44 から引用)
Selective Compliance(4.1 p.25 から引用)
図4.6 水平関節型ロボットの原型 SCARA
SCARA型ロボットの出発点は、組立に適したSelective Complianceであったが、4軸構造で垂直関節型に比べて安価であること、水平方向の動作が回転関節2軸の合成速度になり高速であることから、むしろ比較的簡単な移載作業に適した水平多関節型ロボットとして、市場に広く受け入れられるようになっていった。世界市場の20%を占める機種となった水平関節型ロボットは日本発のロボットである。
4.1.5 樹脂成型機取り出しロボット
ロボット産業の歴史の中で、汎用性を求めるか、専用能力に絞り込むかは悩ましい選択で、製造業の状況や技術進化に応じて変化してきた。その中で、1970年代から現在に至るまで、40年以上にわたって安定した市場を形成してきた専用ロボットである樹脂成型機取り出しロボットは、年間出荷台数5,000台から10,000台の出荷台数を維持し続けている(図4.7)。ロボットの出荷台数が年間20万台を超える現在では、台数構成比としては数%と小さいが、ロボットの出荷台数が数万台にすぎなかったロボット普及元年前後の時代にも現在と同程度の出荷台数が記録されており、実は樹脂成型機取り出しロボットは、ロボット普及初期の大きな市場貢献機種であった
(4.6)。
樹脂の射出成型機は、製造業にとってはあらゆる製品の樹脂部品を製造する必需品なので、成型された製品を取り出すロボットも必需品であり安定した市場である。成型機からの取り出しはごく簡単なハンドリング用途で、スター精機、ユーシン精機などの専業のロボットメーカが、いわば成型機の付属部品として徹底して専用化を図ったシンプルな直交型ロボットである。作業用途に見合う徹底した仕様の絞り込みによるコストパフォーマンスの維持は、専用ロボット普及の最大の要件である。樹脂成型取り出しロボットはロボット普及元年の1980年以前は空圧駆動型からスタートしたが、1980年代以降は電動型に進化した
(4.12)。
図4.7 樹脂成型機取り出しロボットの今昔
(写真提供:株式会社スター精機)
4.1.6 1960年代、1970年代のロボット関連技術の進化
1960年代は高度成長の最盛期である。1964年の東京オリンピック、1968年にドイツを抜いてGDP世界第二位の経済大国となり、1970年の大阪万国博覧会と、日本経済が最も元気な時代であった。次いで1970年代は、オイルショックによる物価高騰と、円の変動相場制への移行など経済的なマイナス要因を克服して、高度成長から安定成長へと移行していった時代である。製造業の中心も鉄鋼船舶の重化学工業から自動車、電機電子機器のハイテク産業へと変化し、技術的なキーワードも大量生産から多品種少量生産へ、重厚長大から軽薄短小へ、アナログからディジタルへ、油圧から電動へと変化していった。「メカトロニクス」がこの時代の技術の流れを象徴したキーワードで、マイクロプロセッサ、電動サーボ、精密機構などのメカトロニクス技術の充実がロボット普及元年へと繋がっていった。
(1)マイクロプロセッサ
1947年にAT&Tベル研究所のバーディーン(John Bardeen)、ブラッテン(Walter H. Brattain)がトランジスタ効果を発見し、1948年にショックレー(William Branford Shockley)を加えた3名の連名で増幅素子としてのトランジスタが発表された。その後電子回路は従来の電子管から半導体素子であるトランジスタに置き換わり桁違いにコンパクトで消費電力の小さなものとなっていった。さらに、1959年のテキサス・インスツルメントのキルビー(Jack St.Clair Killby)の半導体集積回路の基本特許を経て、電子回路は集積回路(IC:Integrated Circuit)で構成される時代となった。半導体集積回路の集積密度は1960年代、1970年代と一気に高まり、マイクロプロセッサの誕生へと繋がった。最初の民生用マイクロプロセッサとされるIntel 4004が発表されたのは1971年で、電卓用途を目的とした4-bit CPUであった。引き続きインテルから1974年に汎用のマイクロプロセッサを意識した8-bit CPUのIntel 8080が発表され、初期のパソコンに採用された。このあたりからマイクロプロセッサの開発競争は激しくなり、インテルからは8080の改良型のIntel 8085、ザイログから8080の上位互換製品であるZ80、ミニコンのアーキテクチャをベースとしたモトローラのMC6800など8-bit CPUが次々と発表された。次いでインテルのIntel 8086(1978年)、モトローラのMC68000(1979年)など、16-bit CPUも発表されたが、初期のロボットコントローラへの採用は、安定供給が可能な8-bit CPUで、産業機器への組み込み性能に優れたZ80が優勢であった。
ロボットはマイクロプロセッサを搭載することにより、プログラマブルな能力を得て、生産機械として広く受け入れられるようになった。従来の生産機械は、目的に応じて機械と制御回路を作りこむ専用機であったが、プログラマブルな能力により汎用性が高まった。ロボットメーカにとってプログラマブルであることのメリットは、様々な機能の実現や様々な制御を組み込みプログラムにより実現できることである。ユーザやシステムインテグレータにとってのプログラマブルであることのメリットは、目的とする作業を実現するためにユーザプログラムを書き込むことで自分の目的に合わせて自由にカスタマイズできることである。
(2)電動サーボ
回転方向や回転速度、回転角度を自由に制御することができるモータがサーボモータである。サーボモータをアクチュエータとして機械を思い通りに制御するためには、サーボモータの回転状況を検出するセンサ、サーボモータを駆動する電力制御(パワーエレクトロニクス)で電動サーボシステムを構成する必要がある。1960年代から1980年代にかけて電動サーボシステムの構成要素であるサーボモータ、回転センサ、パワーエレクトロニクスが揃って進化することにより、ほとんどの産業機械は従来の機械的なカム機構や油空圧サーボから、電動サーボに変わっていった。ロボットの実用化には電動サーボ技術の進化が不可欠であった。
初期の電動ロボットに採用されたのはDCサーボモータである(図4.8)。DCサーボモータは永久磁石と電磁石が引き合う力と反発する力で回転する。そのため、強力な永久磁石と強力な電磁石が得られれば、小型でパワフルなサーボモータが実現する。従来のフェライト磁石に対して桁違いに強力な希土類磁石の研究開発は、1960年代半ばから始まっており、最初の希土類磁石であるサマリウム・コバルト磁石は1970年代に日米の磁石メーカで製品化されている
9。一方電磁石には、巻線と鉄心の2つの要素がある。鉄心については、一般の鉄材に比べ圧倒的に鉄損
10の小さな電磁鋼板が使われる。日本では、モータの鉄心として使われる無方向性電磁鋼板の量産製造は1950年代から始まっていたが、1970年代初頭のオイルショックを契機として、エネルギー損失をさらに小さくする材料や製造法の開発が加速された。巻線側にも銅線内に電流が流れることで発熱によるエネルギー損失である銅損がある。鉄心の形状や巻線方式など、銅損の少ないモータを実現する研究開発も重要視された。また様々な形状の鉄心に銅線を巻き付ける自動巻線機が開発されたのも1970年代である。これらの磁性材と巻き線技術の進化により、非力であった電動サーボモータはロボットの駆動に使える能力を得た。
回転検出センサとしては、電磁誘導方式のレゾルバ、電気抵抗方式のポテンショメータなどのアナログ検出器が使われていたが、1970年代から光学式エンコーダが使われるようになった。光学式エンコーダは、ガラス円盤上に微細なスリットを作る必要があったが、半導体製造等に使用する成膜装置の発達により微細なパターン形成が可能となり、安価で小型な回転検出センサとして採用されるようになった。当初採用されたのは回転方向が判別できて、回転量がパルス数で得られるインクリメンタルエンコーダである(図4.9)。インクリメンタルエンコーダでは、電源投入時にはロボットの機械的な原点位置からの回転位置がわからず、機械原点を探す原点出し動作が必要であった。
なお、現在でも電気的なノイズ環境の悪い現場ではレゾルバが採用されることもある。
図4.8 サーボモータの構造
(図提供:三菱電機株式会社)
図4.9 光学式インクリメンタルエンコーダ
(図提供:多摩川精機株式会社)
電動サーボでは、サーボモータの回転角度と回転速度は、供給電力を変化させることにより制御される。この供給電力を制御する技術がパワーエレクトロニクスである。ロボットに関連するパワーエレクトロニクスは電力変換、電力のON/OFF、電力増幅などの技術で、その機能の中心となるデバイスがパワー半導体である。サーボモータの回転力を与える電力制御方式としては、モータに供給する電力をパルス列で与え、そのパルス列の周波数を変えずパルス幅を変化させるPWM方式(パルス幅変調方式:Pulse Width Modulation)やパルス列の幅を変えず周波数を変化させるPFM方式(パルス周波数変調方式:Pulse Frequency Modulation)が採用される(図4.10)。両方式とも、供給される交流電力を整流して直流に変換し、これをON/OFFのスイッチングにより所望のパルス列を生成する技術である。
図4.10 パルス幅変調方式PWMとパルス周波数変調方式PFM
トランジスタの発明からスタートした半導体技術は、微小電力の情報処理デバイスとしては、集積回路へと進みマイクロプロセッサやメモリーに到達したが、一方で電力を制御するパワー半導体への道も開けていった。パワー半導体の歴史は、1957年に米国General Electric社(GE)におけるサイリスタの発明から始まった。サイリスタはp型半導体とn型半導体の3層で構成されたバイポーラトランジスタより1層多い4層構造にした構造の半導体デバイスで、アノードとカソード間で電流OFFの状態から、ゲートに電流を流すとアノードとカソード間に電流が流れるというON機能を持っている(図4.11)。その後、サイリスタの改良、パワーバイポーラトランジスタ、電界効果トランジスタなど、1960年代から1970年代にかけて、パワー半導体の技術が一気に進化し、それまでの電子管型の電力制御装置はパワー半導体に置き換わっていった。パワー半導体の出現は、電力制御に小型化低価格化をもたらし、大掛かりな電力制御に限られていた技術を、一般の産業機械の駆動制御技術へと展開させた(4.13, 4.14)。
図4.11 パワー半導体サイリスタの構成
このように、電動サーボに関わる技術もほぼ1970年代後半までに出そろい、1980年のロボット普及元年の準備が整った。これらの電動サーボ技術は、ロボットをはじめ多くの産業機械からのニーズを背景に1980年代にさらに進化することとなる。
(3)精密機構
電動サーボモータは数千rpmの高速回転で安定した性能を発揮するので、ロボットの関節に必要な数十rpmの回転速度に落とすために1/100レベルの高い減速比の回転減速機が必要となる。一方ロボットに採用するためには小型軽量化が必須である。一般的に減速機は歯車の歯数の少ない小口径の歯車を入力軸として、これにかみ合わせた歯数の多い大口径の歯車を出力軸とするが、入力軸と出力軸が同軸上に並ぶコンパクトな減速機が求められた。入力軸と出力軸が同軸となる歯車減速機としては、遊星歯車機構が古く知られている。遊星歯車機構の場合は、単なる小口径歯車と大口径歯車のかみ合わせより、大きな減速比が得られかつ高い剛性も得られるため、ロボットの減速機としては望ましい構造である。遊星歯車の原理から展開された実用減速機としてはサイクロイド型と波動歯車型がある
(4.15)(図4.12)。
最も古くから使われてきたのが商品名サイクロ減速機として1926年にドイツのローレンツ・ブラーレン(Lorenz Braren)が考案し、1931年にドイツで生産がはじめられたサイクロイド型の減速機である。日本国内生産は1939年に住友重機械工業株式会社で始まり、1961年から本格的な量産体制が整い、初期の製造業用ロボットに採用された
(4.16)。一方、波動歯車型は1955年に米国のマッサー(C. Walton Musser)から特許申請された「たわみ波動歯車装置」が、現在でもロボットに多用されているハーモニックドライブ®の出発点となった。日本では株式会社長谷川歯車(現ハーモニック・ドライブ・システムズ社)が1964年に米国から技術提供を受け1965年に国産1号機を出荷している
(4.17)。機械部品では基本的に材料の変形を極力抑制するための苦労を強いられることが常であるが、ハーモニックドライブは、金属材料の弾性変形を活用するという逆転の発想の製品であった(図4.13)。1970年代初頭に、欧州ロボットメーカでハーモニックドライブの採用が始まった。欧州ではハーモニックドライブのドイツ法人が大学や企業にサンプル品を提供しており、ASEAやKUKAなどロボット開発に着手していた企業の目に留まった。しかしロボット用途では、加速減速反転など負荷の高い苛酷な動作が繰り返される。そのため、ロボット用途に適合する仕様の開発が必要となり、ロボット専用に新たにRシリーズを開発し、1977年から発売を開始した。以後、さらにロボット用に改良を重ね、1980年代には、ほとんどのロボットメーカがハーモニックドライブを採用するようになっていた。
図4.12 ロボットに使われる減速機の機構
(図提供:株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ)
図4.13 ハーモニックドライブ®減速機の機構
(図提供:株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ)
4.2 機電技術の進歩による多関節型ロボットの充実(1980年代)
1973年に設立された日本ロボット工業会(当時は日本産業用ロボット工業会)の機関誌「ロボット」の1980年7月号巻頭言のタイトルは「産業用ロボット“普及元年”を迎えて」となっている。当時のロボット出荷台数は、年間1万台にも満たない規模にすぎなかったものの、日本の製造業はオイルショックを克服し勢いのある時代であった。特に当時の日本の製造業を牽引していた自動車産業や電機電子機器産業では国際競争力強化のための自動化機運も強く、製造業用ロボットへの期待も大きかった。ロボットに必要なメカトロニクス技術の進歩も著しい時代であり、機械メーカと電機メーカのロボット市場への参入意欲も高く、ニーズとシーズの一致したスタート宣言となった。
4.2.1 ロボット普及元年からバブル崩壊までの初期成長の背景
1980年代はロボット産業の初期成長期である。日本製ロボットの年間出荷台数は1万台にも満たないわずかな規模から10年間で55,000台を超える規模に成長し、全世界での供給シェアは90%近くに達した(図4.14)
11。プラザ合意による円高ドル安の影響で1986年には若干の出荷台数減となったが、基本的に右肩上がりの成長である。米国のユニメート、欧州のIRB 6などエポックメーキングな製品が海外で産まれた製造業用ロボットであるが、産業としては日本で開花した。
図4.14 1980年代の製造業用ロボット市場の推移
(データ出典:参考文献4.18、4.19、4.20)
日本における製造業用ロボットの初期成長は、先進的なユーザから厳しく鍛えられた成果である。1980年代の安定成長期の日本経済を牽引していたのは自動車と電機電子関連のハイテク産業である。これらハイテク産業における国際競争力強化のためには、生産の自動化は強力な武器であるため、ロボットの採用には積極的であった。一方、ロボットに必要なメカトロニクス技術は出揃ったとはいえ、発展途上である。ロボット普及元年当初のロボットは、ハイテク産業の期待に応える十分な機能・性能を備えているとは言い難かった。そのため、ユーザ側ではその時点で入手可能なロボットの能力を最大限に活かすように使いこなす努力を重ねつつ、ロボットメーカに対しては次々と開発目標を提示していった。ロボットメーカ側では、引き続き進歩を続けるメカトロニクス技術を取り入れてその期待に応える努力を重ねた。このようなユーザとロボットメーカ間の協力と牽制の関係が、日本における製造業用ロボットの初期成長をもたらした。
1980年代には、ロボットのみならず、あらゆる生産機械がマイクロプロセッサを搭載することにより、プログラマブル化されていった。また、コンピュータのダウンサイジングも進み、ファクトリーコンピュータ、オフィスコンピュータのような、身近な現場レベルのローカルコンピュータが現れ始めた。そのため、日本の製造業では、プログラマブルな生産機械と情報処理を結び付けた自動化に対する期待が高まり、FA(Factory Automation)、FMS(Flexible Manufacturing System)、CIM(Computer Integrated Manufacturing)などの概念がハイテク産業を中心に議論されるようになった。FAは、従来の専用機による機械化生産に対してNC工作機械やロボット等の汎用性の高い生産財を活用した多様な生産を意味しており、FMSはその多様な生産を実現するための具体的な方法論、CIMはこれら自動化機器で構成された生産現場の情報をオンラインで収集しリアルタイムに生産管理に反映するというイメ―ジである(4.21)。ロボットをはじめとして当時の生産機械、ローカルコンピュータ、ネットワークの能力は、これらの理想的概念を十分に満足するレベルには足らなかったものの、FMS、CIMは、その後の日本の生産財産業の向かうべき方向を示唆していた。製造業用ロボットの初期成長期におけるユーザとメーカの協力と牽制の関係はこのような、生産現場と生産財産業双方の進化を促す原動力であった。
コラム 1980年代の自動車産業と電機電子産業
1980年代の米国経済は双子の赤字と言われる、財政赤字と貿易赤字が問題となり、特に対日貿易赤字の元凶として自動車と電機電子機器に関する日米貿易摩擦が発生した。この時の貿易摩擦への対応は、その後の自動車産業と電機電子機器産業に大きな影響を与えるものとなった1)。
日本の自動車産業は1970年代後半から輸出を伸ばし、1980年に生産台数100万台を超え、世界一の自動車生産国となった(図C4.2)。
対米輸出の拡大は、時宜に応じた日本車の技術力が米国市場で広く受け入れられことが背景となっている。日米ともに1960年代のモータリゼーション急拡大により自動車の排気ガスによる大気汚染が問題となった。これを解決するために、1970年代に日米双方で自動車排ガス中の一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物の排出量を制限する厳しい規制が進められた。この規制に対して米国のビッグ3(GM、フォード、クライスラー)は反発する傾向が強かったが、日本の自動車企業は技術開発を進め、相次いで規制をクリアしていった。また、1973年のオイルショック以降は、燃費を重要視する傾向も強くなった。もともと燃費が良かった小型の日本車ではさらなる省エネ開発が進められた。これらの技術開発の成果として、低燃費を実現して排ガス規制をクリアした日本車は、米国市場において広く受け入れられ、対米輸出は急拡大した。1980年代に入ると、米国では、対日貿易赤字の元凶として日本車の米国市場急拡大が問題視され、日米貿易摩擦に発展した。米国側の強い圧力に対し、日本側は「自主規制」として輸出規制枠を設けることで対応することとなった。一方、輸出を制約するかわりに、米国現地での生産体制を整えることとなり、これがそれ以降の日本の自動車産業の海外生産拡大の起点となった。
図C4.2 日本の四輪自動車生産台数(データ出典:参考文献2)、3))
1980年代の日本の電機電子機器産業で象徴的だったのは、半導体産業である。日本の電機電子機器メーカは、その半導体をいち早く活かして民生機器から産業機器まであらゆる電機製品のプログラマブル化、ディジタル制御化が進み、「軽薄短小」と言われる小 型化と高性能化を同時に実現した様々な製品で世界市場で広く認められ国際競争力を発揮していった。
1970年代の半導体市場は、技術開発で先行する米国の半導体専業メーカが事業的にも優位性を保っていたが、1980年代に入り日本の電機電子機器メーカが、総合技術力と投資能力を活かしてシェアを上げ、1986年に米国を抜き、1988年には世界シェア50%に達した(図C4.3)。当時の日本は半導体メモリーの大量生産などで強みを発揮し「電子立国」
12を自称するほどの自信を見せていた。米国では日本の半導体産業に対する警戒感から、1985年に日本メーカに対するダンピング訴訟を起こし、日米半導体協議を展開した。協議の結果、1986年に締結された日米半導体協定では、日本企業によるダンピング防止策として、実質的には最低販売価格が決められ、日本市場の海外メーカへの開放策として、海外製のシェアを実質的に20%以上にすることを求められた。それでも日本製半導体のシェアはすぐには下がらなかったため、米国側は協定不履行を強弁し、カラーテレビ、パソコンの関税引き上げの制裁にまで進んだ。やがて、度重なる強い制約を課せられた日本の半導体産業は競争力を失い、アジアの半導体産業では韓国、台湾が力をつけ始めた。ちなみに、現在世界最大の半導体ファウンドリー
13であるTSMC(台湾積体電路製造股份有限公司 Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd)は1987年の創業である。日本の半導体産業の衰退には、日本の半導体産業構造の問題やその後のバブル崩壊による設備投資意欲の減退など様々な要因が重なっており、必ずしも日米半導体協定が主原因とは言い切れないが、きっかけとなったことは事実である。
なお、1980年代の日本の半導産業を担っていたのは、総合電機メーカである。米国の半導体産業は専業メーカが支えていたこととは大きく異なる産業構造である。この点はその後の日本の半導体産業の衰退の一因であるという議論もあるが、1980年代の時点では、これは強みになっていたと考えられる。総合電機メーカの広範な技術力は自社の半導体製造工場内に、独自の量産設備をいち早く実現することを可能とし、これが圧倒的な強さを発揮するに至ったという見方もできる。
図C4.3 日本の半導体世界シェアの推移 (参考文献5) p.7より引用)
参考文献
4.2.2 製品開発競争とロボットメーカの淘汰
1980年代の日本のロボット産業の競争の構図は、前半と後半で多少景色が変わる。日本ロボット工業会の会員数は、1980年の36社から5年間で倍増して1985年には75社のピークに達し、その後減少に転じている
(4.22)。日刊工業新聞社の調査によると、1983年に国内でロボット製品を製造販売しているメーカは84社、各社から発売されているロボット機種数は299機種で、機械構造や制御方式など多種多様であった
(4.23)。この年の日本のロボット出荷台数はようやく20,000台を超えたレベルにすぎず、過当競争になっていたことがうかがえる。
1980年前半には日本の主要な生産機器メーカ、機械メーカ、電機電子機器メーカ、精密機器メーカのほぼすべてが、何らかの形でロボットの開発に着手していたと言っても過言ではなく、開発に成功したメーカが次々とロボット市場に参入していった。1985年のプラザ合意に起因する円高により、増加を続けたロボットの出荷台数は一旦減少に転じた。過当競争になっていたロボット市場はこの時期に、価格競争が一段と厳しくなり、これがロボットメーカ淘汰の一因となった。その結果、1980年代後半になると淘汰が進み、ほぼ現在の日本の製造業用ロボット産業を形成する生き残り企業が明確になっていった。それと同時に、各社各様の機械構成や制御方式を採用して多種多様であった機種は、電動でロボット言語を搭載したプログラマブルな6軸垂直多関節型と4軸水平多関節型に集約されていった
14。
最大のユーザである自動車産業ではロボットメーカの選別が、1980年代の早い時期に発生している。自動車メーカはロボット選定のためのコンペティションを行っており、これに勝ち残ったメーカは、株式会社安川電機、ファナック株式会社、川崎重工業株式会社、不二越機械工業株式会社などで、自動車溶接用途を中心にその後市場を拡大し、現在のロボット産業のリーディングカンパニーとなっている。
一方、電機電子機器、精密機器メーカは自社内の搬送や組立ニーズをきっかけとしてロボットを開発し、外販に展開するプロセスで市場に参入するケースが多かった。三菱電機株式会社、セイコーエプソン株式会社、ヤマハ発動機株式会社、株式会社デンソー
15などがこのパターンで参入した有力なロボットメーカである。いずれにせよ、過当競争で始まったロボット市場で生き残るロボットメーカとしては、急速に進化し続けるメカトロニクス技術をいち早く取り入れる技術力のみならず、厳しい開発を継続的に求めてくる先進ユーザとの強い関係維持が必須条件であった。
なお、三菱重工業株式会社
16、株式会社東芝
17、石川島播磨重工業株式会社(現、株式会社IHI)、株式会社日立製作所など、製造業用ロボット製品の外販による事業展開ではなく、社会インフラの保守等公共性の高い自動化のために、ロボットの研究開発色の強い事業に向かった企業もある。これらのもともと社会インフラに強く関わる企業は、主として電力・交通・宇宙開発などに関わる特殊なロボット開発に携わり、現在に至るまでロボット技術の進化に貢献している。
コラム 米国市場を圧倒した日本製ロボット
現在の世界のロボット市場の勢力図では、日本勢が最大勢力を形成し、欧州系メーカそれに続き、新興中国勢が急速にキャッチアップしているという構図である。そこに製造業用ロボット発祥の米国勢の影は薄い。2021年の米国ロボット市場向け出荷台数35,000台のうち、日本からの輸出台数は33,000台で、実に米国市場の94%は日本製である。中でもファナックは圧倒的なシェアを占めているが、その源流は1982年のGMFanuc設立にある1)。
1980年代初頭の米国では、米国勢のロボットの元祖ユニメーションと工作機械の名門シンシナチ・ミラクロンがロボット製品を発売し、欧州からASEAが輸出で参入することで、米国市場が形成されつつあった。米国市場は、その他多くの中小のロボットメーカも加え、およそ1億米ドルの規模からスタートしていた。そこに新興勢力としてGMFanucが参入した。
ユニメーションでは、1977年に既に電動型の6軸垂直関節型ロボットPUMAを製品化していた。PUMAは電動型6軸垂直関節型ロボットとして技術的完成度が高く、小型コンパクトな機械構造や搭載していた組み立て向けのロボット言語VALは多くの日本のロボットメーカが参考にした製品である。シンシナチ・ミラクロンも電動6軸の垂直関節型ロボットT3を製品化していた。こちらは大型のロボットで、構造的に弱くなりがちな手首部3軸に特殊な3ロール・リストという構造を採用して重可搬の6軸ロボットを実現していた。両社とも技術的な理想を追求した特徴のある製品で市場拡大を目指していた。
しかし、最有力なエンドユーザであるGMとの協業で急速に製品力と販売力を高めたファナックの市場浸透力は強力で、1984年には早くも米国市場での売上1億ドルを超え、シェア25%を獲得して黒字化を果たした2)3)。その後、GMFanucの勢いは止まらず、ユニメーション、シンシナチ・ミラクロンともに1980年代末までにロボット事業から撤退している。ユニメーションは1984年に米国ウエスチングハウスに買収され、さらに1988年に欧州のストーブリに売却されている。シンシナチ・ミラクロンは、本業の工作機械でも日本メーカに苦戦を強いられるようになり、ロボットメーカとしては姿を消した。日本のロボットメーカの多くが、1980年当時の技術レベルに応じて5軸のティーチングプレイバックロボットからスタートしたことに対して、米国メーカは最初から理想とする6軸のプログラマブルロボットを目指していた。初期のロボット産業では、理想を追求する製品よりは、エンドユーザの要望を満たすためにある程度の妥協も容認しながら実用的な価値を求めることが、市場の形成に結び付いた。
米国市場で生き残っているロボットメーカは、組立や物流系の搬送に特化しSCARA型ロボットを製品化しているアデプト・テクノロジー、半導体製造装置事業の一部として真空内搬送ロボットを製品化しているブルックス・オートメーションなど、ロボットメーカというよりは、分野に特化した生産設備メーカである。両社とも1980年前後の創業であり、対象分野の用途を深堀した生産設備の一つのカテゴリーとして、規模は小さいながらロボット製品を維持している点も象徴的である。
ユニメーション PUMA シンシナチミラクロン T3
図C4.4 1980年代米国製ロボット4)(p.30より引用18)
なお、GMFanucは黒字化を果たした1984年に、ドイツにGMFanuc Europeを設立し、欧米にまたがる販売、サービスチャンネルの充実を図っており、日本のロボットメーカの海外展開の先駆けとなった。1991年にGMは自動車産業への資本集中のため資本を引き揚げ、GMFanucはファナックの100%子会社、Fanuc Robotics North AmericaとFanuc Robotics Europeとなった
1)。
参考文献
| 1) | FANUC:ファナックの歴史1955-2019 沿革編/資料編/開発編、ファナック株式会社、2021. |
| 2) | ダイヤモンド社編:“ロボット世界一”へ突っ走るGM=ファナック 合弁子会社を全米トップにした“経営力”、週刊ダイヤモンドVol.73、No.43、1985.11.9号、pp.112-114、1985. |
| 3) | 実業往来社編:GMと組んだファナックの世界制覇戦略 80年代に世界シェアの80%を目指す、実業往来、No.401 、pp.40-43、1985. |
| 4) | A.Gasparetto、L.Scalera:A Brief History of Industrial Robotics in the 20th Century、Advances in Historical Studies Vol.8、No.1、pp.24-35、2019. |
4.2.3 1980年代のロボット関連技術の進化
1980年代の初期の技術的に未成熟なロボットは、生産技術力に長けた自動化意欲の高いハイテクユーザとロボットメーカとの間の協力と牽制の強い関係により、1990年までに機械製品としての完成度を高めていったが、その背景には1980年代の産業機械に関係するメカトロニクス技術の急速な進歩があった。
(1)ロボットコントローラの演算能力向上
1971年にはじめて登場した商用マイクロプロセッサの演算能力は4-bitから、8-bit、16-bitと急速に向上し、1980年代後半には32-bitプロセッサが登場している(表4.1)。
1980年当初のロボットは、8-bit CPUを搭載したロボットコントローラからスタートしたが、1980年代末には16-bit CPU搭載が主流となり、一部では32-bit CPU搭載機種も現れている。ロボットコントローラのCPU能力はロボットの制御能力に直接結びついている。
多関節型ロボットの制御では、3.2.2で解説したように数ミリ秒間隔の位置制御演算サイクルごとに各関節の回転量を算出するための逆運動学演算を行う必要がある。逆運動学演算には多くの三角関数などの関数演算も必要で、演算負荷が高く8-bit CPUでは、位置制御演算サイクルを長めにとる必要があった。位置制御演算サイクルは短いほど、軌跡精度が良く、制御時間遅れも小さくなるためきめの細かい制御ができる。そのため最初の8-bit CPU機では能力不足で、1980年代半ばまでに、ほとんどのロボットメーカのロボットコントローラには16-bit CPUが採用されていた。CPUのbit数が上がると、演算能力はけた違いに大きくなる
19。
表4.1 1970年代~1980年代の代表的マイクロプロセッサ発表年
| 発売年 | 名称 | 諸元 | メーカ名 | 備考 |
| 1971年 | Intel 4004 | 4-bit | Intel | 世界初の商用 |
| 1972年 | Intel 8008 | 8-bit | Intel | |
| 1974年 | Intel 8080 | 8-bit | Intel | 組み込み用途 |
| 1974年 | MC6800 | 8-bit | Motorola | |
| 1976年 | Intel 8085 | 8-bit | Intel | |
| 1976年 | TMS9900 | 16-bit | TI | |
| 1976年 | Z80 | 8-bit | Zilog | 8080上位互換 |
| 1978年 | Intel 8086 | 16-bit | Intel | |
| 1979年 | Intel 8088 | 8-bit | Intel | 8086の外部バス8bit |
| 1979年 | MC6809 | 8-bit | Motorola | |
| 1979年 | MC68000 | 16-bit | Motorola | 内部は32-bit |
| 1982年 | Intel 80286 | 16-bit | Intel | 8086後継 |
| 1984年 | MC68020 | 32-bit | Motorola | 68000の外部バス32-bit |
| 1985年 | Intel 80386 | 32-bit | Intel | 80286の32-bit後継 |
| 1986年 | R2000 | 32-bit RISC | MIPS | 最初のRISC 20 |
| 1987年 | MC68030 | 32-bit | Motorola | |
| 1989年 | Intel 486 | 32-bit | Intel | 80386後継 |
16-bit CPU採用により、位置制御演算サイクルは短縮化され、さらに基本的な位置制御演算以外の機能を実装する余力が生まれた。基本的な位置演算制御以外の機能とは、外部との入出力、センサの活用、その他の情報処理演算、さらに位置制御の精度向上のための補償演算などである。マイクロプロセッサによるディジタル制御では、これらの機能に対応した多くのタスクを、限られた演算サイクルの中で適正にスケジューリングする必要がある。16-bit CPUでは数多くのタスクを走らせることが可能となったため、その多くのマルチタスクをそれぞれ許容時間内に確実に実行できるように管理するリアルタイム・オペレーティング・システム(RTOS)が必要となった。あらゆる機器がマイクロプロセッサを搭載して組み込みソフトウエアの優劣が製品の機能・性能を左右するようになった1980年代には、組み込みソフトウエア用のRTOS製品も多く発売された。ロボットコントローラも16-bit CPU化とともにRTOSを導入することにより、本格的なリアルタイム・マルチタスク・コントローラとしてのソフトウエア・アーキテクチャが整備されていった。以後、ロボットコントローラのソフトウエア規模は、飛躍的に巨大化していくこととなるため、ソフトウエアの開発能力も1980年代後半のロボットメーカ淘汰の一つの要因となった。
(2)ロボット言語によるプログラマブル能力の向上
教えられた動作を繰り返すだけのティーチング・プレイバックからスタートしたロボットであるが、ロボットの動作をユーザプログラムで記述できるロボット言語を導入することにより、本格的なプログラマブルロボットになる。CPUを搭載したロボットがロボット普及元年を開いたとはいえ、当初のロボットは実現が容易なティーチング・プレイバック方式の方が多かった。ロボット言語を開発するためには、コンピュータ言語の開発と同等のソフトウエア開発能力が必要であるため、当時市場に参入していたロボットメーカの多くは開発能力不足であった。しかし、ロボット言語に関しては、1970年代に欧米のロボット関連技術の研究機関で先行研究が行われ、技術的内容も公開されていたため、参考となる事例は多かった。
例えば、油圧駆動でロボットの先駆者となったユニメーションでは、1977年にGMの生産技術研究者からの要請で開発した電動型の6軸垂直多関節型ロボットPUMA(Programmable Universal Machine for AssemblyまたはProgrammable Universal Manipulation Arm)は、VAL(Variable Assembly Language)というロボット言語を搭載していた。VALはロボットによる組み立て作業のプログラミングに適したロボット言語で、非常に合理的に設計された言語であり、多くのロボットメーカのロボット言語開発で参考とされた。VALはもともと1970年代にスタンフォード大学の人工知能研究所(AIラボ)で開発された研究者用ロボット言語ALのサブセットである。1970年代のスタンフォード大学AIラボでは、ロボットの機構開発、自動組み立て、ハンドアイシステムなど多くの研究を盛んに行っており、これらの研究を進めるために研究者が利用する開発環境としてロボット言語ALを開発した。スタンフォード大学AIラボで研究されていた自動組み立ては、作業記述、例えば完成品の状態とそれを組み立てるために必要な部品の置かれた状況を入力することにより、ロボットに組み立て作業を行わせる人工知能研究であった。作業記述は、図4.15に示すように、対象物状態記述、例えば部品の状態をどう変化させると完成品が組み立てられるかに分解され、さらに動作記述、その変化を実現するために実際の作業空間で、どのようにロボットを動作させればよいか、といった言語の階層化研究でもあった。ALはそれに必要な動作記述言語として大型計算機上で使用する言語として開発された。ユニメーションでは、AL開発者の協力も得て、実用的な組み立てロボットに搭載するためにALのサブセットとして開発したのがVALである。
図4.15 ロボット言語処理系の枠組み
(参考文献4.6 p.42から引用)
しかし、日本のロボットメーカ各社は、ロボット言語の開発において各社独自の開発を進めたため、よく言えば各社の特徴を活かし、悪く言えば何とも不統一なスタートとなってしまった(4.25)。1980年代は産業としても過当競争下にある発展途上であったため、ロボット言語の開発も競争の一環であった。ロボット工業会では1980年代に、業界統一のロボット言語としてSLIM、ロボット言語の統一中間コードとしてSTROLICを開発して、JIS化
21もされたが、ロボットメーカー各社では活用されなかった。
なお、その後のロボット言語は、言語そのものの記述能力を競うよりは、図4.15の対象物記述言語のレベルに相当するプログラミングをサポートするシミュレーション機能を強化したグラフィックス技術を活用した使いやすいツールの開発を競う方向に変化していった。
(3)電動サーボ
1980年当初のロボットのアクチュエータとしては制御のしやすいDCサーボモータとインクリメンタルエンコーダの組み合わせでスタートしたが、1980年代後半には、ACサーボモータとアブソリュートエンコーダの組み合わせに変った。ACサーボモータはDCサーボモータと比べ制御は難しくなるが、小型軽量で高トルクの高速動作に優れており、保守性信頼性にも優れるため、もともとロボットには向いていた(図4.8)。1980年代にはモータの電力制御のためにパワーエレクトロニクス技術の進歩も続いており、所望の交流電力を作り出すインバータ技術の進歩、パワー半導体としてパワーバイポーラトランジスタと電界効果トランジスタの双方の良いとこどりをするIGBT(Insulated-Gate Bipolar Transistor、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)の実用化などの成果が上がっている。これらの成果を活かすことで、ACサーボモータの難しい制御も問題にならなくなり、ロボットのACサーボ化が進んだ。また、エンコーダとしては常にモータの絶対回転位置が読み取れるアブソリュートエンコーダが標準的に採用されるようになった(図4.16)。もともと電源投入時に原点出しが必要なインクリメンタルエンコーダより、絶対位置がわかるアブソリュートエンコーダが望まれていたが、ガラス円板上に微細な2進法のパターンを描き込む必要があるアブソリュートエンコーダは高価であった。1980年代には半導体製造技術として微細なパターンを形成する成膜技術も進歩し、アブソリュートエンコーダの価格も下がった。
さらに、1982年に発明された現在でも最強とされるネオジム磁石により、サーボモータの小型化が一段と進んだ。サーボモータの小型化は、ロボットのアームの設計の自由度を向上させ、部品点数を減らす効果もあった。そのため、1980年代後半にはロボットアームとして使い勝手の良い6軸垂直多関節型ロボットがドミナントデザインとなり、これを競争力のある価格で実現することが、その後も生き残るロボットメーカの条件となった。
図4.16 光学式アブソリュートエンコーダ
(図提供:多摩川精機株式会社)
(4)機械要素部品
1980年代のロボットメーカは生産技術力が高く自動化意欲の強いハイテク産業に鍛えられたが、ロボットに必須の機械要素部品も、ロボットメーカとの協力と牽制の関係により鍛えられ、ロボットに適した機械要素部品も新たに開発された。ロボットに多用されたハーモニックドライブの信頼性も格段に向上し、特にロボットの手首軸などの狭隘な空間に収容する必要がある駆動軸の減速機として実質的に標準採用されるようになった。長い歴史を持つサイクロ減速機も1984年にはロボット向け仕様製品が発表された。また、1985年に帝人製機(現ナブテスコ株式会社)はロボットに特化して新たにプラノセントリック方式の減速機構を採用した精密減速機RVTMを市場に投入し、こちらもロボット駆動軸の減速機として広く採用されるようになった
(4.26)(図4.17)。
図4.17 精密減速機RVTM
(図提供:ナブテスコ株式会社)
4.3 制御技術と情報処理技術の進歩による高速高精度化(1990年代)
1980年代にはユーザ、メーカ双方の積極的な姿勢により、初期成長を果たした製造業用ロボット産業であったが、1990年代に入りバブル崩壊に遭遇し状況は一変した。年間出荷台数は、1990年に71,000台を超えた後に減少に転じ、1994年にはピーク時からマイナス35%の46,000台まで低迷した。輸出は緩やかに増加傾向が続いていたが、国内製造業の設備投資急減速による国内需要の減退が大きく影響した。ロボット産業拡大の推進力であったハイテク産業も、ロボットを使いこなそうという積極性から、投資効果を厳しく評価する姿勢に転じた。ロボットメーカにとっては事業環境の厳しい時代となってしまったが、振り返ってみれば、改めてロボット産業の市場性を直視する絶好の機会となったと捉えるべきであろう。
図4.18 1990年代の製造業用ロボット市場の推移
(データ出典:参考文献4.18、4.19、4.20)
市場の停滞感とは裏腹に、技術的には急速な進歩が続いた。特に1990年代は電子デバイスと情報処理技術の進歩の恩恵を受け、ソフトウエアによる制御技術や各種のソフトウエアツールが著しく進化した。その結果、2000年頃には、製造業用ロボットは生産機械として機能、性能面での完成度が高まりさらにロボットメーカの淘汰が進んだ。高度な制御技術を実現できたメーカが生き残ったが、生き残ったメーカ間では機能・性能面での製品格差が少なくなっていった。
4.3.1 市場停滞下のロボット産業の行方
1980年代のロボットメーカは、汎用性の高い生産機械を目指した開発競争を進めてきた。しかしバブル崩壊以降、汎用性よりは目的用途に必要とされる仕様に絞り込むことによりコストパフォーマンスを高める傾向が強まった。例えば、同じように見える6軸垂直関節型ロボットであっても、溶接用と組み立て用の設計思想は異なる。アーク溶接では軌跡精度や等速性が重要で防塵対策も必要であるが、組立作業では移動速度や停止精度が重要であり使用環境は比較的清浄である。顧客の厳しい投資対効果の評価に応えるために、使用用途を絞り込み、それぞれの用途において必要にして十分な仕様の用途特化製品企画が重視されるようになった。
用途特化製品といっても、製造業用ロボットの場合は用途ごとに全く設計の異なる製品ということではない。初期成長期を生き残ったロボットメーカ各社では技術蓄積が進み、要素技術の標準化や設計基準の整備が進んでおり、標準化された技術を適用して用途特化製品に仕上げる体制が整備された。技術は手堅く標準化し、製品は用途ニーズに合わせた特化製品に仕上げる能力は、1990年代のロボットメーカの重要な競争力である。1990年代の用途に特化した製品開発の事例を以下に紹介する。
(1)高速化競争から用途特化仕様への変化例-パレタイジング専用ロボット
ロボットのシンプルな用途に、パレタイジング作業がある(図4.19)。パレタイジング作業は、例えば、製造ラインから次々と送り出されてくる段ボール箱を搬送用パレットに高く積み上げる作業である。あらゆる製造工場の出荷工程で必ず行われる作業であるが、かなり重労働であるため、早くからロボット化が期待された用途である。パレタイジング作業は要求される作業速度は速いが、段ボール箱の水平方向の向きを変えるだけで良いので6自由度の必要性は少なく、4自由度のロボットで十分である。ただし高く積み上げる必要があり、大きな上下ストロークが必要なので、1990年代のパレタイジング専用ロボットとしては、可搬質量100 kgクラス
22の4軸の垂直関節型ロボットが定着した。3次元空間で動作するための3軸の垂直関節と、リンク構造で常に鉛直方向を維持する先端の回転1軸の4軸構造である。高速作業が求められるパレタイジング専用ロボットの初期の開発では、いかに荷積み完成時間を短縮するか、を競う典型的な高速化競争となった(4.27)。おりしも1990年代は制御技術の進歩により高速化が進んだ時代である、コンベア上から段ボールをつかみ上げ、パレット上の所定の位置に置いてコンベアに戻ってくるまでの所要時間は1990年の4秒から1990年代半ばには2秒にまで短縮された。しかし、これ以上ロボットの動作速度の高速化は技術的に困難であるうえに、作業速度向上にあまり有効ではなくなった。作業速度を律速するのはロボットの動作速度だけではない。パレタイジングの作業時間は、ロボットの移動時間に加え把持ハンドの開閉時間が必要になる。一回の作業でロボットの動作は2秒であるが、空気圧で開閉するハンドの開閉時間が1秒ほどかかり、作業時間全体では3秒となる。例えばこの作業を0.2秒短縮するためには、ロボットの動作時間を10%短縮するよりは、ハンドの開閉時間を0.2秒短縮する方が実現しやすい。もっとも、荷物がコンベア上で送り込まれてくる時間間隔が3秒以上かかるようであれば、作業時間を3秒以下に短縮しても、ロボットがコンベア上で荷物の到着を待つ状況が多発するだけで、パレットの荷積み完成時間は短縮されないので、高速化する意味がない。
図4.19 ロボットパレタイジングシステムの例
(図提供:三菱電機システムサービス株式会社)
高速作業が求められるパレタイジング作業では、ロボット動作の高速化は必要であるが過剰であることに意味はなく、扱いやすい速さのロボットをシステムエンジニアリング技術で荷積み時間の短縮を図ることに意味がある。パレタイジング専用ロボットとしての製品力としては、意味のあるレベルまでの高速化に加え、コンベアとパレットを作業に有利な配置にレイアウトができるようなアーム構成、様々な積み付けパターンに対応しやすいプログラミングツールなど、パレタイジング作業に徹底的に寄り添った仕様が評価されるようになった。また従来より、ハンドなどのエンドエフェクタは物件ごとの設計が必要となるため、ロボットメーカは供給せず、システムインテグレータの業務範囲としており、パレタイジングロボットの場合も同様である。ただし、ロボットメーカでは専用ロボットを開発する段階で、ロボットの能力を活かすハンドの構造や開閉速度の短縮方法なども構想しており、この情報をユーザやシステムインテグレータと共有することも用途特化ロボットの価値を高めた。
(2)特殊環境特化型ロボット-クリーンルーム用ロボット
1990年代の特殊環境用途特化型ロボットの端的な例は、半導体製造工場やフラットパネルディスプレイ(FPD:Flat Panel Display)の製造工場などクリーンルーム内で稼働するロボットである。クリーンルーム内で稼働するロボットの作業は、製造装置への半導体用ウエハやFPD用ガラス基板の搬入搬出作業や、製造装置間でウエハやガラス基板のカセットの搬送作業である。作業そのものは比較的簡単なマテリアルハンドリングであるが、クリーンルームの清浄度
23を保つための特殊環境対策が必要である。
半導体の製造工程は、シリコンウエハ上に成膜、露光、エッチング、洗浄などの微細な物理化学プロセスで多量の半導体チップを作りこむ前工程と、シリコンウエハ上に作りこまれた多量の半導体チップをひとつひとつ切り離しICパッケージに納める後工程で構成されている。前工程はナノメータ級の微細加工工程で1990年代には数100 nmから数10 nmへと微細化が進み、クリーンルームに要求される清浄度は微細化が進むにつれて高くなっていった。さらに、前工程ではシリコンウエハ、あるいはシリコンウエハを複数枚収容したウエハカセットを扱うことになるが1990年代に入ると量産効果を上げるために、シリコンウエハのサイズが150 mm(6インチ)から200 mm(8インチ)、さらに1990年代末には300 mmへと大型化が進み、重量化も進んだ。これらを背景として、1990年代の半導体製造工場では人の介在を極力排除した自動化が推進され、ロボットの需要も大きくなった。
フラットパネルディスプレイ(FPD)は、1990年代の研究開発期間を経て1990年代から量産が始まった。FPDには様々な方式がある
24。代表的なFPDである液晶ディスプレイの製造工程は、複数パネルを同時に作り込めるように大型のマザーガラス基板上に物理化学プロセスで微小な画素を作り込む前工程と、画素が作り込まれたマザーガラスをパネルサイズに分割して、TFTガラス、カラーフィルタ、バックライトなどを組み合わせ、制御回路を組み付けてディスプレイパネルとして完成させる後工程で構成されている。半導体製造と同様に、量産効果をあげるために前工程ではなるべく多くのパネルをまとめて製造できるようにガラス基板の大型化が図られた。さらにディスプレイの大型化ニーズも重なって、マザーガラスの大型化は急速に進んだ。前工程に投入されるマザーガラスは1990年初頭には第一世代と呼ばれる300 mm×400 mmから始まり、1990年代末には第四世代と呼ばれる680 mm×880 mmまで大型化し、ガラスの厚みも1.1 mmから0.7 mmへと薄くなっている。1990年代半ばころの第三世代の550 mm×650 mmのマザーガラスあたりから人手では扱いにくくなり、ロボットによる搬送自動化が始まった。
フラットパネルディスプレイのマザーガラス搬送用、半導体のウエハ搬送用ロボットの例を図4.20に示す。クリーンルーム内の搬送ロボットは、ロボット自体が清浄度を低下させるゴミ(クリーンルームではコンタミネーション、略してコンタミと呼ぶ)を排出しないようにすること、万が一排出してもウエハやマザーガラスを汚染しないような構造にすることが求められる。まず、コンタミを排出しない方策である。動く機械には必ず摩擦部位がありそこから粉塵が発生する。機械内で発生する粉塵を外に出さないためのシール構造に工夫が必要である。高い清浄度が要求される場合は、磁気シールなどの非接触シールを採用するが、次善の策としては、機体内を陰圧にして機体外から機体内への空気の流れを確立する方法もとられる。また、万が一機体外へコンタミが漏れ出てもクリーンルーム内のダウンフロー
25により、ウエハやマザーガラスに付着しないように、機械構造が、搬送するウエハやマザーガラスより必ず下になるような構造とすることも必要である。さらに、クリーンルーム外からロボットを搬入する際に、機械表面に付着したコンタミを持ち込まないように、機械表面を鏡面に仕上げたり、搬入時の表面清浄方法を標準化する工夫も行われた。なお、クリーンロボットでは、ハンドは搬送するウエハやマザーガラスのサイズに合わせ、クリーン度確保のための仕組みや材質の特殊性など、ロボットの機能や性能を左右する要素になるため、ロボットメーカがロボットとセットで供給するようになった。この点で、クリーンルーム用ロボットは、ハンドの設計製造がシステムインテグレータに委ねられる他の製造業用ロボットの事業とは異なり、ハンドの設計能力も大きな製品競争力である
(4.28, 4.29)。制約の厳しい用途では徹底してその用途に寄り添った製品とすることが競争力となる事例である。
図4.20 クリーンロボットの例
(写真提供:三菱電機株式会社)
4.3.2 市場のグローバル化
バブル経済崩壊後、1990年代の日本製造業の設備投資意欲の減退は激しかった。日本の製造業設備投資総額は1990年に20兆円を超え、1991年に22兆円を超え過去最高のピークに達した後減少に転じ、2002年にはピーク時の半分まで落ち込んだ。その後回復はしたものの、現在に至るまで20兆円を超えたことは無い。製造業用ロボットの出荷台数はこの傾向を反映しており、1990年のおよそ6万台をピークに、現在に至るまでこれを超えたことは無い。国内向け出荷は1990年代の10年間では40%のマイナスとなったが、輸出は1.9倍まで増加し、輸出比率は15%から47%に拡大し輸出依存傾向が始まった。1990年代の輸出先としてはアジア向けはまだごく少数で、欧米向けが中心である。この時期の輸出拡大の背景は、海外市場が拡大した結果というよりは、日本のロボットメーカの海外への事業展開強化の結果とみる方が妥当である。
裾野の広い自動車産業の海外生産拡大においては、現地では自動車の生産工場のみならず、部品・部材などの関連メーカの現地製造体制も伴うため、多くのロボット活用現場が海外に展開する。これにロボットメーカが対応するために重要なのは、保守・サービスチャンネルの現地体制強化である。自動車関連工場では、ロボットに関するトラブル発生に対しても即応性が要求されるため、ユーザ工場側の保守部門が、モータ交換などのある程度の保守作業を行う能力を確保することは多い。しかし、その場合でも保守部品の供給能力も含めて、現地でのロボットメーカ側の保守体制は必須である。生産財の場合ほ、販売チャンネルが保守チャンネルも兼ねることが一般的であり、ロボットメーカの海外営業拠点は最初から強力な保守部門を備えることが理想である。ただし、日系企業の海外工場の立ち上がり当初には、日本側の本社企業からシステムで搬入されることも多く、この場合はロボットメーカから見ると国内出荷品の間接輸出となる。間接輸出の場合は、ユーザ企業とロボットメーカ間で実情に合わせ個別に保守契約を交わすことになる。いずれにせよ、間接輸出、現地販売に関わらず、現地での保守対応能力はロボットメーカとしての信頼性を大きく左右する。
一方、ロボットメーカの日系以外の海外顧客への拡販活動においても同様で、販売体制より保守体制が先に問われることが多い。1990年代にはロボットメーカ各社は競って欧米の販売、保守拠点の充実を図ったが、日系企業の海外工場に対応して立ち上げたロボットメーカ各社の現地対応体制はそのまま、地場顧客への拡販にも有効に働いたため、自動車産業に強いロボットメーカが、海外展開で先行した。
4.3.3 1990年代のロボット関連技術の進化
1990年代はロボット産業にとって事業的には試練の時代であったが、現在のように身の周りのいたるところにコンピュータが存在する情報化社会の入り口になった期間である。第一にハードウエアの進歩によるコンピュータのダウンサイジングと演算能力の高速化が進み、第二にハードウエアの高性能化に伴う情報処理技術の進歩により大量のデータ処理や複雑な演算が可能となり、第三にネットワークの普及が始まりリモートでリアルタイムな情報の共有化が始まった。ロボット産業にもこれらの技術進化の恩恵が及び、製造業用ロボットは機能、性能面で完成度が高まった。
(1)モーションコントロール26の高度化
製造業用ロボットにとって高速高精度化は、普及元年当初より常に求められてきた開発目標である。1990年代も引き続き高速高精度化開発が進み、2000年頃のロボットの基本性能は多くの用途で目標をクリアできる水準に達した。制御技術的には、ロボットコントローラに搭載するマイクロプロセッサが32-bit、64-bit RISC、と進化し、演算能力が格段に進歩したことにより、様々な状況に適応する制御や、機械の特性をソフトウエアで補償するなどの複雑なモーションコントロールが実現された。ただし、マイクロプロセッサの圧倒的な演算能力の進化とともに、制御ソフトウエアの開発量は膨大な規模になり、ロボットメーカの競争力としては、基本的な制御技術のみならず、ソフトウエアの開発管理や、開発プロジェクト管理能力も問われることとなった。
1980年代の産業用ロボットの機械としての性能向上は、サーボモータや減速機などの機構要素の小型軽量化や信頼性向上などの機械技術面によるものが中心であったが、1990年代の高速高精度化は、コントローラの演算能力が格段に向上したことにより各種の制御補償が可能となったことによるものである。制御補償とは機械としての弱点をソフトウエアで補うという機能で、様々な補償が組み込まれることにより、機械構造の工夫だけでは実現できない機能性能を備えたロボットが実現する。もともと垂直多関節型ロボットは、片持ち梁を組み合わせたアーム型構造なので、工作機械などの門型構造に比べて機械としての剛性が低い(図4.21)。アーム構造は、たわみが大きく、振動も大きく、絶対位置精度が低く、高速動作時には軌跡精度も悪い。制御補償はこのような軟構造のアーム構造の機械であっても、剛構造の機械のような高速高精度性能を発揮させる技術である。
図4.21 剛性の異なる門型構造とアーム構造
(参考文献4.6 p.70から引用)
各種の制御補償が可能となった最大の技術的背景は、ロボットコントローラが制御対象となるロボットの機械としての特性モデルを持つことができるようになったことである。機械としての特性モデルとは、ロボットの各部の寸法や軸構成を表現した幾何モデルと、駆動部のばね特性やダンピング特性などを考慮した各軸の挙動のモデルがある。幾何モデルは、例えばアーム長さに誤差があればそれが絶対位置精度にどのくらい影響があるか、といった静的な特性の表現の運動学モデルである。挙動モデルは、ロボットを構成する各軸のサーボモータに回転指令値を与えた場合に負荷の回転がどのように追従するか、という各駆動軸の動的な特性を表現する動力学モデルである(図4.22)。
図4.22 ロボット関節各軸の動力学モデル
(参考文献4.6 p.94から引用)
各軸の挙動モデルをロボットの構造に応じて組み合わせることで、プログラムを実行したときのロボットの実際の挙動を推定することができる。この挙動モデルにより、アームのたわみの補償、動作軌跡の精度を確保するための補償、加速時や停止時の振動を抑制するための振動抑制制御など、様々な補償を実現することが可能となり、1990年代のロボットは機械としての本来の基本性能である高速性能・高精度性能において格段の進歩を遂げた。以下に具体的な成果を示す。
①高精度化実現の例
直交座標型ロボットで直線移動をさせるには、各軸を直線的に動作させればよいが、多関節型ロボットで直線移動をさせるには、3.2.2で解説した直線補間演算と逆運動学演算により算出される各軸の複雑な動作パターンを合成して実現することになる。さらに各軸の動作パターンにおける動作特性も逐次変化するので、動作中には複雑な軌跡誤差が現れる。正確な軌跡での動作を実現するためには、この複雑な軌跡誤差を補償する必要がある。軌跡精度の補償方法は、例えば、目的とする動作の指令値を各軸に与えた時のロボットの実際の動きを各軸の挙動モデルから推定して、結果的に目標とする軌跡線上で動作できるように指令値の修正分をフィードフォワードで加える方法である。軌跡精度補償は狭隘な隙間でワークを直線移動させる場合、溶接やシーリングのように軌跡精度が作業品質に直接影響するような作業で効果を発揮する。
②高速化実現の例
ロボットを高速で移動させて目的位置で停止させるときの重要な問題として振動問題がある。剛性の低い多関節型ロボットでは、急加速、急減速、急な方向変換には必ず大きな振動が発生し、特に停止時の残留振動は、振動が静定しなくては次の作業ができず、結局ロボットの高速化を疎外する大きな要因となる。振動を抑制する制御も各軸の挙動モデルを使用することで実現できる。振動が発生しないような滑らかな加減速パターンを算出し、発生した振動は早く収束させるための動作を追加することで、実質的な高速化が実現される。
③ソフトウエアによる機械剛性の可変制御
SCARA型ロボットが組立作業に適した構造として、水平面方向に柔らかく、垂直方向に硬い機構を採用したように、作業によっては方向に応じた適切な剛性配分がある。そのため、ロボットの柔らかさをプログラマブルに変えることができればロボットで対応できる作業の幅を広げることができる。このような制御をコンプライアンス制御と称するが、これも1990年代に実現できるようになった。もともと各関節ごとであれば、柔らかさをプログラマブルに変えることは容易である。しかし、多関節型ロボットでは、各軸ごとの柔らかさの制御ではなく、作業空間の三次元の座標軸に沿った柔らかさを制御したい。コンプライアンス制御の実現には、作業を行う三次元空間で制御したい剛性、例えばSCARA型ロボットのように、水平面の剛性を小さく、垂直方向の剛性を大きくするなどの剛性配分を各軸の制御に展開する必要がある。そのため、三次元座標系と関節座標系相互の座標変換である正/逆の運動学演算を高速に行うことが必要となるが、これも1990年代に格段に進歩した高速演算能力により実現することができた。
コラム RISCプロセッサとCISCプロセッサ
コンピュータのプログラムは、プログラマがコンピュータに実行させたい演算をプログラミング言語で書き連ねるものである。プログラミング言語は、思い通りの演算をさせるための記述能力や、いかに高度な演算を簡単に記述できるか、といったプログラマの意図を表現するためのものである。プログラミング言語としては目的に応じて様々な言語が開発されており、例えば組み込みソフトウエアではC言語、手軽なパソコン用ではBASICなどが広く使用されている。プログラミング言語は、コンパイラ、インタープリータと呼ばれる翻訳ソフトウエアにより、プロセッサが直接実行できる0と1で書かれた機械語で構成される命令セットに翻訳される。
プロセッサは内部のクロックサイクルごとに、命令セットを所定のbit数で読み込むので、プロセッサのbit数があがると、一度のクロックサイクルで処理できる命令数が増え、さらに年代とともにクロックサイクルも早くなるので高速な演算ができるようになっていった。マイクロプロセッサの命令セットはbit数が上がるにしたがって、より高度な処理を実行できるような命令が加わり、だんだん複雑になり、処理に複数クロックを費やすような長い命令セットも増えた。このような命令セットを使用する従来のプロセッサをCISC(Complex Instruction Set Computer)プロセッサと称する。
CISCプロセッサでは、ビット数の少ない短い単純な算術演算の命令セットもあるが、複雑な間接アドレス指定と複雑な演算を組み合わせたビット数の多い長い複雑な命令セットも混在している。そもそも複雑な命令セットであっても最終的にプロセッサが実施しているのはレジスター間での算術演算やビット操作、メモリーへのアクセスなどシンプルな操作の組み合わせなので、一つの複雑な命令セットは、複数の短い命令セットで記述できる。かつてはメモリーの値段が高く記憶するプログラム全体もなるべく小さくしたいというニーズから、なるべく多くの処理をまとめた複合的な命令セットにする方が有利とされていた。しかし、メモリーが安くなり、わざわざ長くなる複合命令セットを作る必要がなくなってきたこと、さらに複雑な命令セットは使用頻度がかなり低いという現実もあった。
もともと複数のクロックサイクルを消費するような長い複雑な命令セット1つを解釈して実行するより、1クロックサイクル以下で実行できるように長さをそろえた単純で短い命令セットを複数実行した方が、プロセッサはシンプルになり処理が速くなるという考え方はあった。この考え方で設計されたプロセッサが、RISC(Reduced Instruction Set Computer: 縮小命令セット型プロセッサ)プロセッサである。クロックサイクルが短くなり、処理bit数が大きくなって1クロックで処理できる命令セット数が増えたことで、1990年代後半の32-bit CISCプロセッサから、64-bit RISCプロセッサへの進化は圧倒的な高速化効果をもたらした。
なお、現在ではCISCプロセッサでもハードウエア内部ではRISC型処理となっていたり、RISCプロセッサにも、結局新しい命令セットが次々と加わっており、RISCとCISCを区別することに意味は無くなっている。
(2)知能化とシステム化への動向
製造業用ロボットの基本性能が高まり、ロボットの能力はほとんどの用途に対して十分な能力に達すると、それ以上の機能・性能は製品競争力としての意義が薄れてきた。開発競争に生き残ったメーカ間の製品性能に大きな差がなくなってくると、次は生産財としての広義の使い勝手の良さを競うこととなる。1990年代の情報処理技術と通信技術の進歩は、生産設備のシステム化を促進し、ロボットにも他の生産財や生産管理システムなどと連携する機能が求められるようになった。各社の開発力は、外部のセンサや他の機器との情報連携、そのためのネットワーク技術、さらにこれらの技術進化により複雑化するロボットプログラムのプログラミングやシミュレーションなどソフトウエア環境の充実に注がれるようになっていった。
① 視覚センサと力覚センサ活用への期待
ロボットが知覚能力を持つことにより、適用できる作業が格段に増えることは古くから理解されており、特に、視覚センサと力覚センサについては、ロボットに関する研究対象としては重視されていた。例えば、整列されていない状態の作業対象物の種類と位置を認識してロボットが把持し、力覚センサで把持状況を確認するような能力があれば、ロボットの適用範囲は広がるという期待があった。
しかし、実際の現場への視覚センサと力覚センサの導入は、すぐには進まなかった。初期の視覚センサとしては、アナログカメラの2次元2値画像から対象物の面積や方向を検出し、対象物の識別や位置の計測を行うことができるビジョンセンサは、すでに使えるようになっていた。しかし、照明条件の調整が難しく、対象物が重なると認識できないなど、製造現場での使い勝手はあまり良くなかった。また、3次元情報が認識できる視覚センサとして、スポット光やスリット光を対象物に照射し、反射光から得られた距離データを合成して対象物の形状を認識する光切断法の開発も進んでいたが、こちらも製造現場での使い勝手の問題から実際の導入は限定的であった。製造現場側では、技術的なリスクが高い高度な設備を求めるよりは、シンプルで信頼性の高い設備が求められ、位置決め治具などによる安定した手段が好まれてきた。
高解像度のディジタルカメラと大量な画素情報の処理能力を備えた多量のビジョンセンサが製造現場で活躍するのは2000年以降のことになるが、1990年代から電子デバイス技術と情報処理技術の進化の恩恵を受けて、ディジタル画像処理によるビジョンセンサの高性能化と低価格化が始まった。ディジタル画像処理によるビジョンセンサでは、基本的な画像処理演算を行うハードウエアがカメラに組み込まれ、多様な画像情報を簡便に使えるようになってきた。またカメラのディジタル化により照明やノイズなどの使用環境に対する頑強性も高まり、それまで専門性の高かった画像処理技術が使いやすく身近な技術になりはじめた。
視覚とともにロボットへの活用が期待された力覚も、手首部に取り付ける6軸力覚センサは1980年代から既に製品は存在していた。しかし、こちらも製造現場への導入はすぐには進まなかった。初期の市場ではロボットの機能性能は、力覚センサを活用した高度な作業には不十分で実用にはならなかった。力覚の利用はしばらくは研究的な取り組みに留まっていたが、1990年代のロボットの性能向上により、力覚センサを活用した高度な作業の可能性も見えてきた。
②FAネットワーク
1980年代に盛んに議論されたCIM(Computer Integrated Manufacturing)は、生産設備相互をネットワークで接続し、さらに上位の生産管理システムと接続して、合理的な生産を追求する考え方であったが、その前提として生産設備間や上位計算機とのネットワークが必要であった。
コンピュータ間のネットワークとしては、1980年にIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)から規格IEEE 802.3として公開されたイーサネットがコンピュータの普及とともに標準的なローカルエリアネットワークとして広く普及していった。しかしロボットなど生産現場のFA(Factory Automation)機器レベルのネットワークは、一般的な情報処理に関する情報とは異なり、生産機械の状態や制御情報など、フィジカルな状況情報をリアルタイムに共有できるネットワークが望まれた。さらに、各種各様の生産機械間のネットワークとなるため、標準化が必要である。FA用ネットワークの標準化活動としてはGMが提唱して、1982年に仕様が公開されたMAP(Manufacturing Automation Protocol)がいち早い活動であった
27。しかし、MAPは標準体系として重厚になりすぎ、研究的な意義に留まり普及には至らなかった。
コラム FAネットワークの普及経緯
コンピュータが身近な財産になり始めた1980年ころから、ネットワークに関する国際標準化活動が盛んになり始めた。1973年に米ゼロックスが特許登録したイーサネットは、その後特許解放され、さらに1980年にIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)から規格IEEE 802.3として公開され、多くの製品に採用されるようによった。現在のローカルエリアネットワークの主流となっている。
ネットワークの通信は電気信号を処理するハードウエアに近い処理階層から、アプリケーションに応じた情報処理階層まで、それぞれの階層での処理が必要になるが、乱立を避けるため国際規模での標準化は早くから望まれていた。ISOでは、通信処理階層を定義することを目的として1977年から1983年にかけて、7階層のOSI参照モデル(Open Systems Interconnection Reference Model)(表C4.3)を作成し、ISO 7498として国際規格化した。ただし、実用的にはイーサネットや、米国国防省が策定したTCP/IPなどが先に普及し、OSI参照モデルは標準として広く普及することにはならなかった。しかし、体系的に整理された考え方のため、現在でもネットワークを構成する基本的は考え方として普及している。
表C4.3 ネットワークプロトコルの7階層OSI参照モデル
| 階層 | OSI参照モデル | 役割 |
| 第7層 | アプリケーション層 | アプリケーションプログラムとのデータ交信 |
| 第6層 | プレゼンテーション層 | 通信用とプログラム用のデータ表現形式の変換 |
| 第5層 | セッション層 | 通信の開始から終了までの手順を確保 |
| 第4層 | トランスポート層 | 通信の信頼性を確保し通信品質を維持する |
| 第3層 | ネットワーク層 | 通信相手との通信経路の選択や中継 |
| 第2層 | データリンク層 | 隣接する接続機器間の通信仕様 |
| 第1層 | 物理層 | 上位層の情報と物理的な信号の変換による送受信 |
FA用のネットワークとして最初の標準化活動となるMAP(Manufacturing Automation Protocol)は、自動化先進ユーザであるGMが提唱し、1982年に初版の仕様書が公開された。MAPは、ほぼ同時期に標準化活動が進行していたOSI参照モデルに準拠したもので、体系的に整理された通信仕様モデルであったが、それがため重厚な規格となりすぎ、標準として広く普及するには至らなかった。MAPは工場全体に共通の通信仕様を目指したものの、工場内のネットワークでも、現場の機器のレベルと、上位の情報処理システムのレベルでは重視される通信仕様が異なることも普及に至らなかった理由である。そのため、少し遅れて現場の機器にも適用しやすいように軽量化したMINI-MAPも公開されたが、MAPの普及を促すものにはならなかった。実用的には、それぞれのレベルに応じたパフォーマンスを、それぞれの機器相応の価格で提供できなければ普及は難しいという点で、MAPはOSI参照モデルと類似の普及しない顛末になった。
1980年代後半に入ると、工場に新たに導入される生産機器のほとんどが、CPUを搭載した製品にかわり、実用的な機器間ネットワーク(フィールドネットワーク)へのニーズが現実のものとなった。ドイツの企業や研究機関の活動をドイツ政府が支援して確立したPROFIBUSが1989年に公開され、その後FA機器メーカによるDeviceNet(Rockwell Automation)、cc-Link(三菱電機)、Mechatrolink(安川電機)、などが続き、業界団体からもFL-net(日本電気機械工業連合会)などが登場し、乱立状態となり現在に至っている。
ごく現実的で時代とともに進化する製造現場にとって、具体的な仕様を標準規定として永続的に定着させることは難しいようである。特にロボットを始め多くのFA機器は1980年代、1980年代に進化し続けたため、ISOの国際規格としても、その発展途上の状況で、個々の仕様を細部にわたり具体的に規定することは困難であった。
現場に導入される機器間のネットワークは、センサなどのデバイスからロボットなどの生産設備コンポーネントまでをカバーするネットワークで、一般的な情報通信よりも高速で安価であることが求められた。このレベルの生産現場のネットワークは、フィールドネットワークと総称され、1990年代に、PROFIBUS、DeviceNet、cc-Link、Mechatrolinkなどが次々と登場した。残念ながら、FA用フィールドネットワークは20を超える多種多様な仕様の乱立状態となり、それぞれが普及推進団体等を通じた勢力争いの様相を呈していった
28。もともとロボットの外部との通信は、ON/OFFのパラレルIO通信や、プログラミングツールとのRS-232Cシリアル通信などから始まったが、1990年代に入って外部のビジョンセンサなどインテリジェントなデバイスや、ロボット間の情報交換、生産管理システムとの接続などネットワーク通信への期待が広がり、各社のロボットコントローラはこれらのフィールドネットやイーサネットとの接続をオプションとして製品化していった。
③プログラミングツール
1990年代のコンピュータハードウエアと情報処理技術の進歩は、ロボットのプログラミングツールにも劇的な進歩をもたらした。最も大きな進歩はシミュレーション機能である。そもそもロボットの動作は立体的なので、プログラムの検証には、周辺の設備情報も含めた三次元のグラフィックシミュレーションが欠かせない。1980年代にも3次元グラフィックシミュレーションシステムは存在したが、高価な専用ハードウエア製品であった。ロボットメーカ各社でも、プログラミング、シミュレーション・ツールの開発は進んだが、1980年代の実用技術では、ワイヤーフレームで簡略化したロボットの3次元モデルを動かすシミュレーションをプログラミングツールに組み込む程度が限界であった。
1990年代にプログラミングツールのシミュレーション機能が格段に向上した技術的背景は、ハードウエアと情報処理技術の進歩による3次元CADのダウンサイジングである。それまで3次元CADは、専用家のための高価な設計環境であったが、1990年代半ばにはパソコン用3次元CADが登場した。1995年に発売され、現在でも広く普及しているSolidWorksはその代表例で、Windowsアプリケーションにより、3次元CADはパーソナルな環境になった。パーソナルな3次元CADは、設計と機能検証を同時に進めることができるコンカレントエンジニアリング環境として期待され、以後急速に機能性能が向上した。物理的・論理的なシミュレーション能力が向上し、アニメーション機能が強化され、さらに各種の3次元データ変換機能を備えることにより、3次元CADは設計ツールというよりはむしろ物理世界を表現するプラットフォームとして進化していった。1990年代後半以降は、各社のロボットのプログラミングツールは、3次元CADをプラットフォームとした、ロボットシステムプランニングシステムへと進化しはじめた。
第4章 参考文献
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| 4.2 | Joseph F. Engelberger: Practice in Robotics, Management and applications of industrial robots, KOGAN PAGE, 1980. ジョセフ・F・エンゲルバーガー:応用ロボット工学、朝倉書店、長谷川幸男監訳、1984. |
| 4.3 | 山根謙二:川崎ユニメート、オートメーションVol.14、No.5、pp.53-56、日刊工業新聞社、1969. |
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(2024年5月20日閲覧) |
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| 4.12 | スター精機:製品沿革ホームページ、https://www.stertec.co.jp/~star/company1.html
(2024年8月10日閲覧) |
| 4.13 | 高田育紀、ゴーラブ・マジュムダール:パワーモジュールの発展と動向(Ⅰ)~パワーデバイス発展の歴史~、電気学会誌、電気学会、Vol.129、No.12、pp.817-820、2009. |
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| 4.19 | 内閣府:2022年度国民経済計算、https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/2022/2022_kaku_top.html および過年度データ(2024年5月31日閲覧) |
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| 4.25 | 日本産業用ロボット工業会編:ロボット言語特集、ロボット No.39、日本産業用ロボット工業会、1983. |
| 4.26 | ナブテスコ:RV紹介サイト、https://precision.nabtesco.com/ja/products/introduction/ (2024年8月1日閲覧) |
| 4.27 | 日本ロボット工業会:特集 物流におけるロボットシステム、ロボット 123号、日本ロボット工業会、1998. |
| 4.28 | 日本ロボット工業会:特集 クリーンルーム用ロボット、ロボット 125号、日本ロボット工業会、1998. |
| 4.29 | 日本ロボット工業会:特集 クリーンルームロボット、ロボット 140号、日本ロボット工業会、2001. |
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5 生産システム要素としての製造業用ロボットの発展経緯
(2000年以降)
20世紀末までに生産機械としての機能・性能が一通りの完成度に達した製造業用ロボットは、21世紀に入り新しい競争局面に入った。21世紀の製造現場は、情報処理系技術の進歩により生産設備全般の知能化、ネットワーク化が進み、システム化志向が強くなった。それに伴い、製造業用ロボットに求められる価値も、独立した自動化機械としての機能・性能から、生産システムを構成する要素としての有用性へと変化していった。システム構成要素として価値を高めるための重要な技術は、まず知能化である。生産システムに必要な知能化とは、段取り変更が容易で、多少の外乱があっても安定した生産を可能とするような効果のある知能化である。このようなロボットの知能化機能は最終的にユーザの製造現場の状況に合わせてシステムに組み込むことにより真価が発揮される機能であり、知能化を含め、様々なロボットの機能・性能を引き出し、ユーザの期待に合致した生産システムの価値を作り出す技術がシステムエンジニアリングである。21世紀のロボット産業においては、システムエンジニアリング技術やシステムエンジニアリングを担当するシステムインテグレータの役割が重視されるようになっていった。
一方、市場としては引き続き停滞の続く国内市場に対し、アジア製造業の活性化に伴い輸出の急増が続き、ロボット産業は、もはや完全な輸出依存型産業となった。さらに、リーマンショックを境として中国のロボット需要が急増し、製造業用ロボット産業は圧倒的な中国需要に支えられた産業に変貌していった。
5.1 知能化・ネットワーク化によるシステム価値の追求とアジア需要の拡大(2000年代)
2000年代の日本のロボット産業は、2001年にITバブル崩壊、2009年にリーマンショックと市場のマイナス環境に遭遇し、引き続く市場停滞期となった。ITバブルはインターネットやソフトウエアのIT関係企業への過剰投資による経済バブルであったため、製造業についても国内外の半導体などの電子デバイス関連、情報機器関連企業が影響を受けた。ロボットの出荷台数は2001年に対前年比でマイナス40%の普及元年以来最大の減少規模となった。その後2000年代半ばまでには回復したが、それ以後、輸出は増えたものの、国内向け出荷は相変わらず停滞し、出荷8万台規模が続いた。さらに、2009年のリーマンショック時には、過去最大の減少規模を更新する出荷台数マイナス55%となった。しかし、その後は急回復し2010年代のロボット市場急拡大へと繋がっていった。2000年代の日本のロボット産業の特徴はアジア向け輸出の拡大により、輸出比率が50%を超えて輸出依存型産業となったこと、さらに、かつては80%を下ることがなかった日本製ロボットの世界供給シェアの低下が始まったことである(図5.1)。
一方、2000年代の技術トレンドを代表するのは、ロボットによるセル生産である。従来のロボットの使い方としては、作業を分業する複数台のロボットを並べたライン生産が多かったが、ロボットの知能化やネットワーク化が進んだ結果、複数台のロボットの協調作業によるコンパクトな設備で製品の組み立てを行うセル生産へと進化した。
図5.1 2000年代の製造業用ロボット市場の推移
(データ出典:参考文献5.1、5.2、5.3)
5.1.1 グローバル化が進むロボット産業
製造業用ロボットの従来の輸出先は、ほとんどが欧米向けであったが、2000年代からアジア向けの輸出が増え始めた(図5.2)。
図5.2 2000年代の日本製の産業用ロボット出荷先
(データ出典:参考文献5.1)
2000年代は、従来の先進工業国である日欧米の製造業の海外生産が本格化し、その生産拠点となった新興工業国の存在感が大きくなった時代である。2001年にゴールドマン・サックス社がレポートしたBRICs(Brazil、Russia、India、China)が当時の状況をよく物語っている。BRICsは特定国の経済振興としてではなく、北米の製造圏が南に拡大し、西欧の製造圏が東に拡大し、アジア圏が世界の製造業の中心となっていく、というトレンドとして捉えると現在に至る流れが理解できる。ロボットの出荷先も、北米ではメキシコ、欧州ではチェコ、ポーランド、アジアではタイ、台湾、韓国、中国、シンガポールへの出荷が増え始めた。
アジア地区の製造業の急成長の背景には、1990年代末のアジア通貨危機を契機としたアジア諸国の経済自立努力がある。
アジア通貨危機は、米国資本に大きく依存した経済環境にあったタイにおいて、1998年に米国の機関投資家が投機的資金を一気に引き揚げたことでバーツの暴落が発生したことから始まった。海外資本への依存度が高かった韓国とインドネシアにもこれが波及し、その影響がシンガポール、マレーシア、フィリピン、香港に及んだ
(5.4)。アジア経済の混乱は2000年まで続いたが、アジア諸国ではこれを機に、それまでの海外資本への極端な依存体質を改め各国独自の経済強化に向かうきっかけとなった。その結果、タイ、台湾、韓国、シンガポールの製造業は強化され、ロボットの需要増につながった。タイには日系企業の海外製造拠点も多く、日本的な自動化を受け入れる姿勢が強い。台湾、韓国は半導体やフラットパネルディスプレイなどの電子デバイス、情報電子機器のサプライチェーンとして台頭し、シンガポールはハイテク産業での産業振興を図っており、各国各様のロボット需要となっている。
通貨危機の影響をほとんど受けなかった中国では、改革開放政策により先進国の技術を積極的に取り入れた経済振興策を続けてきたが、2001年の世界貿易機構(WTO:World Trade Organization)加盟を機に、独自の技術強化に転換し、内需拡大と貿易強化双方を進める経済大国へと進み始めた。中国のロボット需要も2000年代から始まったが、当初は日系企業の中国製造拠点へのロボット導入から始まり、半ばからは中国の先進ユーザが導入し始めた。爆発的な巨大市場となるのは2010年代に入ってからである。
コラム アジア製造業の発展経緯とロボット需要
最初に新興工業国として発展を始めたのは、香港、シンガポール、韓国、台湾の4か国で、1970年代からNICs(Newly Industrialized Countries)と称され、存在感を示し始めた。シンガポール、韓国、台湾は、1980年代から1990年代にかけて、ともに半導体や電機電子機器系の産業を中心に経済を成長させた。さらに、シンガポールでは化学、医療関連を含む先端技術製造業の強化、韓国は自動車産業強化により鉄鋼などの素材産業までを含む機械製造業が強化され、台湾では液晶・半導体のクリーン製造の強化、といったようにそれぞれ特徴的な産業構造での経済成長である。一方、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピンでは1990年代から、日欧米諸国の海外生産拠点として製造業が発展し始めた。1997年に発生したアジア通貨危機を機にその後のアジア各国では、それぞれの国状に応じて、自国の実力での経済強化とバランスの良い海外投資を求める経済政策に転換していった。この流れにより、2000年代からアジア経済圏の実体経済の成長が始まり、アジア各国の製造業が実力をつけてきた。これと同時にアジアのロボット需要は急拡大し、2020年代には世界需要の50%はアジア需要となっている。
(中国)
中国は、文化大革命終結後1980年代から1990年代にかけて改革開放政策により中国独自の市場経済政策に進むことにより、国内経済の基盤強化を図ってきた。2001年に念願のWTO加盟を果たしてからは、製造業を中心として爆発的な経済発展を遂げ、一気に「世界の工場」とまで言われるような製造業立国となった。中国のロボット需要は2000年代半ばから自動車、電子・電気機器産業の先進的なユーザによる導入に始まり、2010年代に爆発的に拡大した。
(インド)
インドでは製造業より先にサービス業、IT産業を中心とした経済成長から始まっている点が、中国やその他の東アジア諸国と異なる発展経緯となった。インド政府は健全な経済成長のためにはバランスの良い産業構造が必要であるという考え方から、2010年代に、あらためて製造業の振興政策を打ち出している。その結果、2022年には米ドル換算の製造業GDPで韓国を抜いて世界第5位になっている。産業用ロボットのインド需要は、2020年代には年間3,000台を超え、アジアで主要なロボット需要国になりつつある。
(韓国)
韓国では1970年代から1980年代にかけて、軍事政権下の国家統制による強力な重化学工業推進により輸出依存型経済が形作られ、1988年のソウルオリンピック以降、民族財閥系による自動車産業、電気電子系産業を中心として高い経済成長を遂げてきた。特に、電気機器製品、半導体などでは低価格を武器に、バブル崩壊後の苦境にある日本を凌ぐ勢いで世界市場での存在感を示すようになった。しかし、1990年代末にアジア通貨危機に遭遇し、国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)による救済を受けざるを得ない重篤な状況に陥った。IMF管理下で財閥解体再編、財政再建、構造改革が進められ、その結果、統制的な経済から自由度の高い経済に転換が進んだ。製造業は一部の痛みを伴う改革にはなったものの、自動車産業と電機電子系産業が一層強化された。
ロボット市場としては中国、日本に次いで大きく、半導体、フラットパネルディスプレイ工場用のクリーンロボットの輸入が多い。ただし韓国国産のロボットは安価な直交座標型と水平関節型が多い。
(台湾)
台湾は、1990年代からハイテク技術をベースとして電子機器のサプライチェーンとして世界の製造業で重要な役割を担っている。台湾のハイテク技術の源流は、1970年代に新竹県に設立された台湾工業技術研究院(ITRI:Industrial Technology Research Institute)にある。ITRIはもともとは材料・エネルギー系の研究所を統合して1973年に設立された研究所であるが、1975年にアメリカに立ち上がり始めた半導体産業の製造体制への協力要請に応じたことから、ハイテク産業立国への道が開け始めた。ITRIは国立の科学技術開発を担当する研究機関ながら、研究開発のみにとどまらず、研究開発成果を実際の産業として立ち上げるところまでをミッションとする機関であることが、以後の台湾の産業に大きな影響を与えた。ITRIは1980年から台湾の半導体製造業を立ち上げに着手しており、UMC、TSMCなど、今や世界の半導体産業に欠くことができない半導体受託製造企業が、新竹地区に次々と誕生した。さらに、1983年にはIBMパソコン互換機の開発から、パソコン関連メーカも多数立ち上げている。このようにしてパソコン、IC製造に強いハイテク産業国家としての台湾の基礎づくりは、国策として進められた。ノートパソコンの主要キーパーツであるフラットパネルディスプレイも台湾のハイテク製品として定着しているが、1990年代に日本の電機メーカが台湾を製造パートナと位置付けて技術供与したことに端を発している。その後2000年代には日本メーカは順次撤退し、台湾が韓国と並ぶフラットパネルディスプレイの供給国となった。このような背景により、台湾のロボット需要は電子機器製造関連がほとんどで、中でもクリーンルームにおける半導体、フラットパネルディスプレイ搬送用のクリーンロボットが大きなウエイトを占めている。
(タイ)
タイの、ロボット需要の大多数は日系企業の自動化需要である。そもそもアジア通貨危機以後のタイの製造業は電機電子機器、自動車のグローバル企業の製造拠点としての役割が強くなっており、特に日系企業は現地の有力企業となっている。タイのモノづくりは日本に見習う傾向が強く、日本の生産設備をそのまま移転しても問題なく運用できることが多く、日系の製造業にとっても事業展開しやすい国である。そのため、タイには、国内向け出荷から移転される間接輸出品が多く出荷されている傾向がある。
5.1.2 ロボット産業の国内外の競争構図
2000年時点での世界のロボット産業の構図は、年間出荷台数およそ10万台の市場規模の中で、多数の日本企業と欧州のABB、KUKAの2社が存在感を示していた。
日本企業としては、自動車産業向けの垂直関節型溶接ロボットを中心とした安川電機、ファナック、川崎重工業、不二越など、組立用小型ロボットでは垂直関節型を中心とした三菱電機、デンソーウエーブ、水平関節型を中心としたエプソン、ヤマハ発動機など、直交型を中心としたIAI、その他専用ロボットメーカとしては、樹脂成型機からの取り出しロボットのスター精機、ユーシン精機、ハーモなど、半導体専用ロボットのロ―チェ、JELなど、およそ20〜30社がロボット事業を展開していた。日本のロボットメーカは伸び悩みが続く市場の中で各社とも新たな市場開拓のために、製品の幅を広げる傾向が強くなっており、大型垂直関節型ロボットを中心としたメーカが、小型機種や水平関節型機種を製品化し、小型組立ロボットを中心としたメーカが大型機種を製品化し、水平関節型ロボットを中心としたメーカが垂直関節型機種を製品化するなど、メーカによる品揃えの特徴的な差異も小さくなっていった。これは、製造業用ロボットの需要もシステム化志向が強くなっており、複数の工程で構成される生産システムの商談においては、ピンポイントの得意機種だけでは有利に展開ができなくなってきたことも反映している。一部では競合企業間で機種を調達するような協業も見られた。
ロボット産業の国際競争面では、それまで圧倒的であった日本の優位性は、アジアの製造業の活性化に伴い低下が始まった。2000年の日本製ロボット供給シェアは86%を超えており、ロボット大国を維持していたが、韓国、台湾、中国などのアジア製ロボットが登場し、欧州ロボットメーカのアジア市場対応も強化され、2000年代末には日本製ロボットのシェアは70%を割り込んだ。それまでの日本が世界の供給シェア80%以上を維持してきたことは、見方を変えれば、需給状況が日本に限定的で特異な状況であり、シェアダウンはむしろ産業としての魅力が拡大し、国際競争が本格化していった結果とも解釈できる。
韓国では、アジア通貨危機後に財閥解体が進んだとはいえ、依然として経済の牽引役である三星、現代などの旧財閥系企業がロボット産業の強化を試みている。2000年代初頭には、日本製よりはるかに安価であることを売りとして、垂直関節型ロボットの製品を発表したが、性能と信頼性の面で市場には受け入れられず、普及はしなかった。しかしその後韓国では、技術的に垂直関節型より取り組みやすい、水平関節型ロボットや直交座標型ロボットの生産を拡大し、国内外での出荷を伸ばしていった。
台湾では、スライド軸を組み合わせた直交型ロボットなど専用機的な生産機械を販売する中小機械メーカが1990年代から現れていた。2000年代には、その中からHIWIN(上銀科技/ハイウイン)のように、スライド軸やサーボモータなどのメカトロ部品の供給を本業としながら、直交関節型を手始めに汎用ロボットの製品化をするメーカが現れてきた。
中国では、ロボット産業の先駆者となる沈阳新松机器人自动化股份有限公司(SIASUN)が2000年に設立されている、SIASUNは、中国科学院の瀋陽ロボット研究所の研究員が設立したロボットメーカである。SIASUNは、溶接ロボットから組立ロボット、クリーンルーム用ロボット、さらには自動搬送車AGVまで幅広く手掛けており、国策により多様なロボット産業の立ち上げを先導する役割を担っていた。その後2000年代半ばには、FA機器メーカや総合電機メーカがロボット事業を開始し、さらに新たなロボット専業メーカの参入も始まっている。ただし、2000年代のアジア系新興ロボット企業の初期の製品は、サーボモータ、減速機などの機械関係のキーパーツのほとんどを日本製、ドイツ製に依存しており、組み合わせ製品のレベルを出ていない。さらに、ユーザの厳しい目で鍛えられた日本製ロボットに比べ、特に多関節型ロボットの完成度は低かった。
欧州の有力ロボットメーカであるABBのロボティクス部門は、中国需要、アジア需要の立ち上がりを見通して、いち早く2006年に本社工場機能を上海に移している。その後ABBロボットの大半を中国工場から世界に供給する体制となり、中国市場のみならず、拡大するアジア市場への体制強化の布石を打った。当時の中国市場は1万台に満たないわずかな規模であったが、欧州グローバル企業としては、地理的に遠いものの成長が期待される市場に対応する徹底した戦略例と言える。
5.1.3 2000年代のロボット及びロボットシステムに関わる技術進歩
2000年代の産業用ロボットの技術開発は知能化の追求へと進んだ。ロボットの知能化には、独自の判断能力を持ち独立して行動できるような自立のレベルから、不測の状況に陥らないように自らを律する自律のレベルまで、幅広いイメージがあるが、予定された生産計画を確実に実行することが求められる製造現場にとって有用な知能化は、自律レベルの知能化である。
(1) ロボットの知能化とセル生産
2000年代初頭から、知能化が効果を発揮する具体的なロボットシステムとして、ロボットによるセル生産が注目されるようになった。従来の、ロボットによる典型的な自動化は、搬送ラインに沿ってロボットを配置し、製品を順送りしながら分業化された作業をロボットが順次行って製品を完成させるライン型生産である。ライン型は、基本的には量産型の生産システムとしては合理的な使い方であるが、小ロット生産や多品種生産には向かない。製品の切り替えサイクルが短くなり、生産設備の更新頻度が高くなると、リードタイムが短かくコンパクトで融通の利く自動化が期待され、この点ではセル生産が優位である。しかし、生産能力の面では数秒単位で完成品が出来上がるライン生産に比べて、セル生産は数十秒から数分かかる。そのため、1本のライン生産と同じ生産能力を得ようとすると、複数のセルが必要となる。ただしこれは、多品種生産ではメリットにもなる。多品種生産ラインでは、複数の製品機種の混相流に対応した設計とするか、品種ごとにライン全体で段取り替えをする必要があるが、セル生産の場合は、各セルに担当するする品種を割り当てて、必要に応じてセルごとの段取り替えで対応ができる。また、新製品の立ち上げから生産量の増大に対しては、セルの数を順次増やすことで対応でき、製品切り替え時にも、旧製品を担当するセルを新製品を担当するセルに順次変更することで、旧製品の減産と新製品の増産が同時に可能となる。
ロボットによるセル生産では、コンパクトな空間で、複数の掛け持ち作業を行うロボットが、複数台で協調作業する方式で、ラインに並べたロボットによる分担作業より、ロボット本来の使い方と言える。ロボットによるライン生産では、部品の組付け、ネジ締め、コネクタ挿入などそれぞれの作業を確実に実施するために、それぞれのステージで作業用のエンドエフェクタ、位置決め治具、部品供給のためのパーツフィーダなどが準備され、これらの周辺機器のセットアップがロボットによる早いタクトタイムでの安定した作業を支えている。一方、少数のロボットで構成するセル生産では、ロボットが複数の作業をこなす必要があり、基本的な方針としては、位置決め治具やパーツフィーダに頼らず、ロボットの器用さとフレキシビリティを活かすようにシステムを設計する必要がある。そこで、ロボットによるセル生産では、ビジョンセンサや力覚センサを活用したロボットの知能化を活用することになる。ハンドアイ(ロボットのハンド部にビジョンセンサを取り付ける構成)(図5.3)と手首部に力覚センサを装備したロボット(図5.4)を標準的に使用し、必要に応じて固定ビジョンセンサを配置することで、柔軟性を重視したセル生産システムが構成できる(図5.5)。
図5.3 ロボットの手首部に装着したビジョンセンサ
(写真提供:三菱電機株式会社)
図5.4 ロボットのメカニカルインターフェースに装着した力覚センサ
(写真提供:三菱電機株式会社)
図5.5 3台のロボットによる電気部品の組立セル
(写真提供:三菱電機株式会社)
ロボットの制御技術としては、セル生産を実現するためにクリアすべき技術課題も多い。複数台のロボットが同じステージで複数の作業を行うセル生産では、時には各ロボットがそれぞれ並列して個々の作業を行い、時にはロボット同士で協調作業を行う使い方になるため、ロボット相互の干渉回避や複数ロボットの協調制御などの機能が必要となる。
なお、典型的な組み立てのセル生産は、セル内で製品を完成させる、あるいはモジュール部品の完成品を組み立てる方法であるが、ラインをある程度まとまった工程グループに分断し、工程グループをセル生産で構成する、言い換えればセルの組み合わせでラインを構成するような生産システムの考え方もある。いずれも知能化ロボットの器用さを活用することにより大量生産能力と多品種少量生産能力を併せ持つ生産システムの実現を目指した取り組みである。
以下にセル生産に必要な知能化の具体例を示す。2000年代のロボットメーカ各社はこれらのロボットの知能化開発への取り組みを強化していた。
① 部品供給とビジョンセンサによる知能化
セル生産では、部品供給方法がシステム全体の構成を大きく左右する。一般的に自動化組立システムの部品供給方法は、部品供給コンベア、パーツフィーダなどの部品供給装置、部品を整列したトレーでの供給、ばら積み状態で供給する方法
1がある。多種類の部品を扱うコンパクトなセル生産では、引き回しが必要な部品供給コンベアや、部品ごとに調整が必要なパーツフィーダは向かない。部品を整列したトレーや、必要部品をキッティングしたトレーで供給するか、小物部品をばら積み状態で供給する方法がとられる。いずれにせよ、部品供給方法は、セル生産に供給する部品の製造工程も含めて生産システム全体の合理性を左右するので、システムエンジニアリングの重要課題である。
セル生産ではビジョンセンサの搭載はほぼ必須で、作業対象部品の認識、トレーの位置ずれや、整列部品の多少の乱れ、あるいはばら積み状態をハンドアイや固定ビジョンセンサで認識することにより、部品供給部では位置決め治具が不要となり簡略化される。ビジョンセンサの導入により、個々の部品ごとに必要になる位置決め治具やパーツフィーダを使用しない生産システムを構成することが可能となり、システムのコストダウンとフレキシビリティ向上効果が期待できる。
コラム ばら積みピッキング
ロボットによるばら積みピッキングは、セル生産と機を同じくして2000年代から実用化研究開発が盛んになり、システム製品として提供する動きも始まった。ばら積みピッキングとは、ばら積み状態の部品の山から部品を一つ取り出す方法である。ばら積みピッキングができれば、自動化のために手作業で部品を整列する作業、あるいはパーツフィーダなどの部品整列供給機の導入などが不要となるので、実現への期待は高い。
3次元の立体的な情報を得るための3次元画像処理技術としては、対象物を見込む角度が異なる複数のカメラでのステレオ視で対象物の3次元形状を得る方法が一般的である。2次元画像処理では、カメラから得られた2次元画像に目的とする対象物の形状のテンプレートを全域にわたって当てはめてみて、一致するところを発見するテンプレートマッチング法が一般的である。ところがこれを3次元に拡張して部品の山のばら積みピッキングに展開しようとすると、部品の方向はバラバラの上、重なり合ったり絡み合ったりしているので、時間がかかる上、信頼性の高いマッチングは難しい。棒材、球材などシンプルな形状であれば3次元のテンプレートマッチングは比較的簡単で画像処理時間も短いが、複雑な形状になると飛躍的に難しくなり、認識時間も極端に長くなる。ロボットによるピック&プレースのような使い方であれば1秒単位で次々と部品を認識する必要があるので、認識に何秒もかかるようであれば使い物にならない。このように、ばら積みピッキングは、画像処理技術として解決すべき課題は多かった。2000年代には、3次元画像認識技術は大きく進歩し、3次元のパターンマッチングを高速化する方法や、対象物にあえて特徴的な模様をつけるために特定のパターン光を投射する空間コード化法など、様々な工夫により、実用化が進み、ばら積みピッキングに使える技術も見えてきた。
しかし、ばら積みピッキングには画像処理技術上の課題だけではなく、ロボットシステムとして解決すべき課題も多くある。例えば、ばら積みの山から次にピッキングできる部品が画像処理としては見つかったとしても、それが目的とするつかみ方でピックアップできるとは限らない。場合によっては、一度ピックアップした部品を仮置き台に乗せてつかみ直すことが必要になるかもしれない。一つだけピックアップするつもりが他の部品が絡まって付いてきてしまったり、部品の方向が悪くピックアップできそうな部品が見つからないことも頻繁に発生しそうである。いずれにせよ、ロボットシステムとして解決するための工夫が必要になる。これらのシステム的課題の多くは、対象部品の特徴や目的とする作業に応じた方法で解決すべき課題である。対象部品の特徴や目的とする作業によっては、画像処理やピックアップ方法を簡略化して実用性を高めるようなシステム上の工夫も考えられる。例えば、ばら積みの山から適当な一掴みを仮置き台に落として、画像処理しやすくするアイデア、ピックアップできる部品が見つからないときは部品箱をゆすって山積み状態をかえるアイデアなどである。板材であればばら積み山の一番高いところだけに着目する、あるいは長物材であれば並行した隙間を見つけて、そのあたりだけテンプレートマッチングすればよいというアイデアも出てくる。
一般的にも、ビジョンセンサを応用したロボットシステムでは、ビジョンセンサの機能性能に頼り切るのではなく、ロボットシステム全体で必要な仕様に落とし込むことにより、機能性能コストが大きく変わる可能性がある。ばら積みピッキングは、どんな部品でも対応できる技術ではなく、対象物に応じた画像処理とピッキング方法を組み合わせ、技術的コスト的に見あうシステムを構築する技術として実用化された。ビジョンセンサの能力とシステム設計上の工夫により、目的に対して妥当なロボットシステムを実現するシステムエンジニアリングの格好の事例にもなった。
図C5.1 ばら積みピッキングの例 (写真提供:三菱電機株式会社)
② 作業品質と力覚センサによる知能化
ロボットの手首部にかかる3次元方向の力と3軸周りの回転力を検出する6軸力覚センサは、ロボットの動作と組み合わせて初めて機能を発揮する点で、単独でも機能を発揮するビジョンセンサとは利用価値が異なる。例えば、コネクタ挿入作業において、正しくソケット内に挿入できたか、正しい位置まで挿入できたか、引っ張っても抜けないか、などの状況は力覚センサでモニタリングすることができるが、全てロボット動作に応じた力覚センサからの情報により判断する。そのため、力覚センサの活用には、ロボットにはある程度の高い制御能力が必要で、ロボットの制御機能が充実した2000年以降にようやく普及し始めた。
コネクタ挿入の例は、ロボットの作業結果の良否を判定する使い方であり、いわばロボットの作業品質を高めるための使い方である。その他の使い方としては、ネジ締めや部品挿入などを行っている最中の負荷力の監視や、材料表面のバフ掛け(磨き)作業を一定の力で行う、といった作業条件の監視など、リアルタイムで作業品質を監視する使い方もある。
なお、ビジョンセンサや力覚センサは、それぞれ専門のセンサメーカが製品化しており、ロボットメーカ側では、センサメーカの製品との接続機能や、アプリケーションソフトウエアをパッケージ化したオプションなどの形態での製品化となる。
③ 複腕協調と干渉回避
セル生産では、時には複数のロボットがそれぞれ独立して作業を行い、時には2台あるいは3台で力を合わせて作業を行う。このような独立動作と協調動作の組み合わせにより、治具に頼らない高度な作業を実現することが可能となる。複数ロボットによる協調作業として最もシンプルな例は、一方のロボットの作業を、他方のロボットが位置決め治具の役割になるような協調である。例えば、一方のロボットのワークの把持状態を他方のロボットのハンドアイで確認したり、一方のロボットが把持した部品に他方のロボットがネジ締めをするような使い方である(図5.6)。この場合は、ロボット相互の位置関係を精度よく管理し、必要なタイミングで双方のロボットの動作を同期する必要がある。ロボット相互の位置関係を精度よく管理する手段としてもビジョンセンサは有効に活用される。ビジョンセンサを使ってロボットの設置位置のキャリブレーションを行うことにより、ロボット間の相対的な位置が管理される。ロボット間通信についても、フィールドネットワークでロボット間の接続を行う方法から、複数台のロボット制御に対応したマルチロボットコントローラを採用するなどの方法がある。ロボット間の通信が高速化されることで相互の状況が共有され、またロボットの精度が確保されることにより協調作業が実現されるようになった。
図5.6 2台のロボットによる協調作業の例
(写真提供:三菱電機株式会社)
セル生産ではロボットを近接して利用することとなるので、ロボット間相互の干渉回避への配慮が必須である。従来の干渉回避は、干渉の可能性がある干渉領域への同時進入を避けるようなシンプルな排他的なインターロックで十分であったが、セル生産では、複数のロボットをコンパクトな空間に配置し、協調作業も行うので、排他的なインターロックではまともな生産ができない。協調作業のために、ロボット間で相互の状況は共有化はされているので、アーム同士が干渉する可能性を事前に把握することは可能である。この時代のロボットは3次元の動作空間内にソフトウエア的にバリアを設定する機能は既に実現している。例えば、ロボットの動作範囲内に壁がある場合、壁の少し手前に平面を数式的に設定し、ロボットの一部がその平面を超えるようであれば直ちに停止するような機能である。この機能は、特にシステム立ち上げ時など、ロボットを手動で操作するときに、うっかりと周辺機器などにぶつけないようにするためには便利な機能である。ロボット相互の干渉回避機能としては、バリア機能を応用して、例えば相手側のロボットのアームを円筒のバリアで覆い、相手側のロボットの動作とともに動くバリアとの干渉を検知することで、アーム同士の干渉の可能性を検知するなどの方法がある(図5.7)。
図5.7 2台のロボットの干渉検知機能のモニタ画面
(画像提供:三菱電機株式会社)
④ セル生産の欠点とそれ補うシミュレーションとオフラインプログラミング
複数のロボットで構成するセル生産は有用性は高いが、1台で同じ繰り返し作業を行うロボットシステムと比べて、システム構想からプログラミングまでの設計や、ティーチングや動作確認などの立ち上げ作業まで、格段に手間がかかるという大きな欠点も持っている。そのため、システム全体のシミュレーション機能を備えて事前のプログラム検証が行えるオフラインプログラミングシステムは不可欠である。幸いにして1990年代後半から2000年代にかけて、プラットフォームとしての3次元CADの発達は著しく、これらのプラットフォームの上にロボットのオフラインプログラミングシステムを構築するようになった。ロボットのプログラミングシステムは、単なるプログラム作成ツールではなく、システムを設計しその妥当性を評価するロボットシステム開発環境として進化した(図5.8)。
図5.8 2000年代のロボットシステムのエンジニアリングツールの例(画像提供:三菱電機株式会社)
(2) システムエンジニアリング技術とロボット技術
2000年代に入り、各ロボットメーカはユーザが望む生産システムを実現するためにロボットの能力を最大限に引き出すためのシステムエンジニアリングを重視するようになった。ロボットのユーザとしては、依然として自動車や電機電子機器などハイテク業種のパワーユーザが多いものの、食品や薬品などの必ずしも自動化経験が多くない業種へも広がっている。
多くのロボットメーカは、各社の得意分野に対するアプローチを強化するため、システムエンジニアリング関連会社を保有しているが、多くの業種への広がりに対応するために、独立系のシステムインテグレータとの協業関係を強く意識し始めた。ロボットシステムは、エンドユーザに製造競争力の強化をもたらすものであるが、同時にシステムインテグレータとロボットメーカ双方に事業価値をもたらすことでロボット産業は健全な事業として継続発展できる。そのため、ロボットメーカではシステムインテグレータパートナ会を設置する等、システムインテグレータとのビジネスパートナとして関係強化を図る活動が進められた。このようなチャンネルを通じて、ロボットメーカではシステムインテグレータからの要望を反映した開発が重視されるようになった。特に、システム設計を容易にして、ティーチングやプログラミング負荷を軽減し、現地立ち上げ時間が短縮されるような仕様の開発が強化された。例えば、知能化センサを含め多くのFA機器との接続の容易化、プログラミングツールやティーチングツールのシステムインテグレータ向け仕様の強化、様々なアプリケーションのために必要な機器とソフトウエアのパッケージ化などである。
5.2 システムエンジニアリング指向と圧倒的な中国需要(2010年代以降)
2009年はリーマンショックの影響により、ロボットの出荷台数は過去最大の出荷激減となったが、翌2010年には一気に回復した。同時に輸出比率はついに70%を超えた。その後の2010年代のロボット産業は、バブル崩壊後20年続いた長い停滞期を脱出し、待望の市場拡大期を迎えた。リーマンショックからの回復後間もない2011年には3月に東日本大震災、7月にタイの大洪水と、製造拠点やサプライチェーンを毀損するような自然災害が発生したものの、製造業用ロボットの出荷台数は過去最大の9万台超えを記録した。続く2012年、2013年は、自然災害の余波からか、わずかに減少したが、2014年に出荷10万台を超えると、2018年の20万台を超えまで、4年間で出荷規模は倍増した。しかし、その後米中貿易摩擦、新型コロナ感染症禍と経済状況を停滞させる事変があり、さらに中国経済の減速感、中国製ロボットの台頭など日本のロボット産業を取り巻く状況は不透明感を増した。日本製ロボットの出荷台数は2019年に一旦減少し、その後は20万台プラスマイナス5万台の規模に留まっている(図5.9)。
図5.9 2010年代以降の製造業用ロボット市場の推移
(データ出典:参考文献5.1、5.2、5.3)
世界のロボットの出荷台数は2021年に50万台を超えたが、その半数以上は中国向け出荷であり、製造業用ロボットは圧倒的な中国市場依存型の産業へと変貌した。また、世界最大の中国市場に中国製ロボットが登場し、年々販売実績が拡大し始めた。他のアジア諸国でもロボット産業新興の動きもあり、日本製ロボットの世界シェアはいよいよ50%を割り込んだ。
2010年代以降のロボット産業は、普及拡大とともに、用途分野や適用作業の多様化が進み、機種としてのロボットも多様化の傾向が強くなった。機種としてワンポイントの特徴を強調した製品や、用途特化を徹底した機種、さらにはシステムインテグレータによるカスタマイズなど、多様性の幅も従来の機種のバリエーション展開を超えた広がりを見せ始めた。また、時代とともにさらに進んだ情報処理技術、人工知能(AI:Artificial Intelligence)技術をロボットやロボットシステムに取り入れる動きも進んだ。
2010年代以降になると、関係省庁において産業の自動化、インテリジェント化、ロボット化に関わる政策方針が相次いで推進されるようになった。日本の産業において長引く生産性の低下を克服し、国際競争力を改めて強化することを意図した動きである。首相官邸から出されたロボット新戦略、農水省のスマート農業、国交省のi-Construction、さらにこれらを含む内閣府のSociety 5.0など、ロボットを含み情報化、自動化が社会にもたらす価値を論じ、具体化する活動が見られるようになり、ロボット産業への社会からの期待は質的に変わった。
5.2.1 圧倒的な中国市場依存型産業へ
2010年代初頭の日本製ロボットのうち中国向け出荷台数比率は15%であったが、2020年代には35%まで拡大した(図5.10)。ただし日本国内向け出荷や他国向けに輸出された後に、中国向け生産システムに組み込まれて出荷される間接輸出も多く、実際には日本製ロボットのおよそ半数は中国市場に投入されているものと推定される。
(1)中国市場拡大の背景
中国市場でも自動車産業と電機電子機器産業が主なユーザで、2000年代から自動車産業のロボット需要が先行した。2000年代の中国市場向け日本製ロボットの輸出は日系企業の中国生産に対応したものが中心であったが、リーマンショック以降から、中国地場企業からの引き合いが目立ち始めた。特に、FOXCONN
2などの電子機器の製造委託企業(EMS:Electronics Manufacturing Service)が大量にロボットを採用し、自動化を進めたことが、2010年代の中国市場急拡大のきっかけとなった。
もともと中国の製造業の急伸を支えてきたのは、農民工
3であったが、流動的な農民工の大量確保が難しいこと、農民工の賃金改善が必要なこと、農民工雇用のための費用負担が大きいこと、熟練工が育たないこと、などから2000年代半ばから製造業の自動化志向が強まり、2010年代には自動化投資が本格化した。中国EMSからのロボットの引き合いは、日本国内からの引き合いに比べて、大きなロットとなる傾向があり、日本のロボットメーカは競って中国における事業展開を進めた。
中国製造業では2010年代から自動化導入が促進されており、ロボット市場の拡大はそれに応じたものである。中国の産業政策は基本的に5カ年計画に従って進められる。2011年の第12次5カ年計画
4では、国内産業振興による内需拡大が打ち出されている。ここでは「最先端の製造業」が謳われており、自動化を進めインテリジェントプラントの実現を目標として示されている。第12次5カ年計画は2015年までの計画であったが、この終了年の2015年に「中国製造2025」が発表された。雑然としながらも力を得て来た中国の製造業を自ら「大きくなったが強くはない」と評して、建国100年の2049年までに製造強国としてリーダーシップを発揮することを目指した長期的な目標提示である。最初の10年の目標が「中国製造2025」である。その後の第13次(2016年〜)、第14次(2021年〜)5カ年計画には製造業の技術による強化策として引き継がれている。国策は各地方行政の具体的な政策として展開され、自動化技術の研究開発強化や自動化投資への補助金政策などが各地で実施され、中国製造業の自動化推進の原動力となっている。
図5.10 2010年代以降日本製の産業用ロボット出荷先
(データ出典:参考文献5.1)
(2)中国ロボット産業の勃興
「中国製造2025」の中で飛躍的発展を目指す10項目の重点分野の第2項に「先端ディジタル制御工作機械とロボット」が明記されている。中国ではロボットの市場拡大とともに、新たにロボット産業が立ち上がり、急速に実力を付け実績を上げつつある。
中国で製造業用ロボットの産業振興政策が明確に動き出したのは、2006年の第11次5カ年計画あたりからである。第11次5カ年計画では、あまりに急激に進み始めた経済発展に伴う歪を是正するために、工業構造の最適化などの方向が示された。自国の技術革新により合理的な製造業の姿を求める一連の政策は、必然的に国内の生産財の発展を求める流れとなった。2006年の時点で既にロボット事業を興していたのは、中国技術院から産まれたロボット専門メーカのSIASUN、NC工作機械メーカの广州数控设备有限公司(GSK)など数社でロボットの販売規模はごくわずかであった。その後自動化機器メーカのロボット事業開始や、新たなロボットメーカの創業が始まったが、出荷台数が統計数値として明確に現れるのは、2013年以降である。
図5.11に中国市場の拡大状況と、中国製ロボット、日本製ロボットの台数シェアの変化を示す。2010年代前半の中国市場では日本製ロボットの輸出品が40〜50%を占めており、中国製は25%であった。その他には、ABB中国工場や日本のロボットメーカの現地生産の製品、韓国からの輸出品などが含まれている。当初の中国製ロボットは技術的な難易度が低い直交座標型ロボットが大半であった。
図5.11 中国ロボット市場の構成
(データ出典:参考文献5.3)
「中国製造2025」が示された2015年以降、日本製、中国製、その他、が市場を3分する状況が続いたが、2020年代に入り、中国製が急速にシェアを伸ばし、2023年には47%に達した。また、中国製のロボットとしては高度な技術を必要とする垂直関節型ロボットが増え始め、2020年代には中国製ロボットの大半が垂直関節型ロボットとなっている
(5.3)。
なお、世界の大手ロボットメーカであるドイツKUKA社は、2014年から中国生産を開始していたが、2016年に中国の大手家電メーカである美的集団に買収され中国資本傘下となった。その後広東省に新工場を開設し、中国での増産体制を強化している。また、2006年に既に本社工場機能を上海に構えたABBは、上海に新たな大規模な工場とR&Dセンターを開設し、2022年12月から稼働を開始し、中国での体制を強化した
(5.5)。
2020年代初期の段階で、日本製ロボットは、中国製ロボットより若干の優位性を維持しているが、中国製ロボットは基本的な機能・性能面で急速に日本製をキャッチアップしている。2010年代の中国市場では、組み立てや溶接など、高い性能が必要な用途には日本製や欧州製のロボットを採用し、さほど高い性能を必要としないピックアンドプレースには中国製を採用する使い分けがされていた。日本製ロボットと中国製ロボットの基本的な機能・性能の差は、中国製ロボットはキーパーツを日本製かドイツ製の輸入品に依存している点と、中国ロボットメーカのアプリケーション経験の浅さの2点に起因している
(5.6)。2020年代初頭の段階で中国製ロボットに多く採用されていた日本製キーパーツは、サーボモータや減速機である。日本製のロボット用キーパーツは、1980年代の日本製ロボットが日本の厳しいユーザに鍛えられた時期に、そのロボットメーカの厳しい要請により鍛えられた。このような状況で重要なのは、ロボットメーカがキーパーツを使いこなす技術の蓄積である。機械製品は見様見真似で全く同じ部品を使って作り上げると70%製品が出来上がる。中国製垂直関節型ロボットは日本製ロボットに対してこの70%製品からスタートしている。残り30%は主にキーパーツを使いこなす技術である。しかし、2020年代には中国ではロボット用キーパーツの国産化も進みつつあり、中国製キーパーツを搭載した中国製ロボットの基本的な機能・性能は日本製ロボットに近づきつつある。アプリケーション経験の違いについても、既に世界最大のロボット需要国になっている中国市場で急速に蓄積されつつある。さらに中国のロボットメーカは海外市場も狙い始めており、今後の世界市場では日本製ロボットと中国製ロボットの国際競争の激化が予測される。
2020年代前半で中国市場における中国製ロボットのシェアは、確実に50%を超える。全世界のロボット出荷台数50万台のうち半数が中国市場向けで、その半数が中国製ロボットという構図である。2023年上期半年間の中国市場での上位10社中2位、6位、8位の3社が中国企業になっているという調査報告も公開されている
(5.7)。2位は自動化機器メーカからロボット事業に進出した南京ESTUN自動化股份有限公司(ESTUN)、6位は総合FA電機製品メーカがロボット事業に参入した深圳市匯川技術股份有限公司(INOVANCE)、8位はロボット専業メーカのEFORT智能装備股份有限公司(EFORT)の3社である。いずれも2000年代後半から2010年ころまでにロボット事業に参入した新興メーカである。同じ調査会社の報告では、2017年の中国製ロボットのシェアはわずか8%で、上位10社中、中国企業は10番目に上海新时达电气股份有限公司(STEP)1社のみであった。その後6年間でESTUNは出荷台数を8倍、INOVANCEは15倍、EFORTは8倍に伸ばしてそれぞれベスト10入りしている。
コラム 中国のロボット振興策の推移(改革開放から中国製造2025へ)
文化大革命が終焉した1978年に鄧小平指導体制が提示した「改革開放」が中国の近代化が始まった。「改革開放」政策の提出に先立つ10月に日中平和友好条約の批准書交換のために鄧小平は日本を訪問しており、その際に産業振興政策の参考として日本の工業技術に触れるため、新日鉄君津工場、日産座間工場、松下電器門真工場を見学している。日産座間工場ではカワサキユニメートが並んだ車体のスポット溶接自動化ラインを見学しており、これを見て「現代化を理解した」という旨のコメントを残している1)。帰国後、12月の中国共産党中央委員会で「改革開放」政策を提出した。「改革開放」は共産主義経済から、市場主導型経済への移行を目指したもので、具体的には、企業経営の自主権拡大、地方分権の拡大等により国内に市場を形成することを目的とした国内体制「改革」と、外資や海外技術の導入を促進し先進国の力を利用して産業振興を図る「開放」政策である。「改革開放」は基本的に「経済発展は科学技術に依存する」という考え方に基づくことも提示されており、以後の中国における工業技術を重視する流れが形作られた。最初の体系化された研究開発プロジェクトとして1986年に、バイオ、宇宙航空、オートメーションなどのハイテク分野の、国家ハイテク研究発展計画(通称863計画)がスタートした。
(南巡講話と科教興国)
1989年の天安門事件で「改革開放」は一時停滞したが、1992年に鄧小平が中国南部を巡回し「市場主義にも計画があり、社会主義にも市場がある」と市場主導型経済を説いてまわった(南巡講話)。これにより、再び「改革開放」が加速され、1990年代から中国経済羽目に見えて上向き始めた。日本はバブル崩壊のさ中で、このころから製造業の中国生産が盛んになり始めた。中国政府は、90年代後半から市場経済の本格化に併せて、科学技術と教育により国を興すという「科教興国」を推進した。
(WTO加盟と輸出による経済強化)
中国は2001年に世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)への加盟が認められた。中国政府は「改革開放」政策の延長線上に自由貿易圏諸国との輸出による経済振興を描いており、早くも1986年にはWTOの前身であるGATTへの加盟を求めていた。そのため、待望のWTO加盟以後、輸出を中心として経済振興が加速され、中国は経済大国へと進み始めた。しかし、一方ではあまりに急激な経済発展進んだ結果、地域間格差拡大、農業の弱体化、環境・エネルギー問題の深刻化などのひずみが無視できなくなってきた。2006年に示された「第11次5カ年計画」では工業構造の最適化など産業是正の方向が示され、同じく2006年に以後15年にわたる技術開発の方向を示した「国家中長期科学技術発展規画綱要」が公表され、11の重点分野が設定された。さらにここでは、海外技術の積極的な導入する「改革開放」ではなく、独自技術を強化すべきという「自主創新」が前面に押し出されていた。この規画綱要の製造業関連項目では、「VLSIの設計製造技術」、「ハイグレードNC工作機械」などが挙げられており、さらに製造業で取り組むべき先端技術としては、「寿命予測技術」などと並んで「知的サービスロボット」が挙げられていた。ここでいうサービスロボットは日本でいう非製造業用途のロボットと言う意味ではなく、製造業などの産業用途から民生用途までを含むあらゆる社会サービスに対応するロボットと言う意味である。これ以降は国の大号令下で中国製NC工作機械やロボットの開発が急ピッチで進み始めた2)。これにより、2000年代半ばから、ロボットの製品化に着手するメーカが現れ、新たなロボットメーカを創業する動きも活発になり始め、中国ロボット産業は日本より30年遅れて黎明期を迎えた。ただし、既に世界市場は立ち上がっており、日本から完成度の高いロボットの入手や、研究開発情報を入手することが可能だったので、急速なキャッチアップが可能であった。
(内需拡大とロボット業界)
リーマンショックで中国の輸出中心で成長してきた上海、広東などの東部沿海産業はダメージを受けたが、これを機に中国経済は輸出依存型経済から、内需拡大に向かった。2011年の「第12次5カ年計画」では、合理性の高い投資、輸出のみではなく輸入も重視した貿易バランス、そして所得の拡大により消費主導の成長を目的として、内需拡大に向けた政策転換を打ち出している。ここでは「戦略的新興産業」として「最先端の製造業」が謳われており、これを受けて、2012年に策定された「智能製造装置産業発展計画」では、センサ、自動制御システム、産業用ロボット、サーボ機器などを基礎技術として、産学研の共同チームを組織化し、インテリジェントプラントを実現するとしている。中国では国の研究機関である中国科学技術院は、研究開発段階のみならず、事化促進のための出資に至る産業振興支援までを役割としているため、産学官の連携は強力に機能する。例えば、中国ロボット産業のリード役であった沈阳新松机器人自动化股份有限公司(SIASUN)は、中国科学院瀋陽自動化研究所を母体として2000年に設立されたロボットメーカである。
なお、中国ロボット産業連盟(CRIA:China Robot Industry Alliance)が2013年に、中国機械工業連合会(CMIF:China Machinery Industry Federation)内にオフィスを構え設立された。
(製造強国を目指す中国製造2025)
第12次5カ年計画の最終年にあたる2015年に「中国製造2025」が公開された。この時点で中国は製造業のGDPで既に世界一となっているが、「中国の製造業は規模は大きいが強くはない。イノベーション能力、資源利用効率、産業構造、情報化、品質、生産効率で後れを取っている。」という問題意識から発案された製造業強化計画である。「中国製造2025」は、建国100年の2049年までに世界を率いる製造強国とするための計画で、その最初の10カ年計画という位置づけで、「2025」としている。
「中国製造2025」には戦略任務と重点として
(1)イノベーション能力の向上:産学官の連携、製造業イノベーションセンター構想など
(2)情報化と産業化の融合:情報技術と製造技術の融合による製造のインテリジェント化
(3)産業の基礎能力強化:基礎部品、基礎工程、基礎材料など、産業の基礎イノベーション
(4)品質・ブランド力の強化:品質制御、品質管理、品質改良技術強化による中国ブランド強化
(5)グリーン製造の全面的推進:省エネ、環境保護技術の向上によるグリーンな製造体系構築
(6)重点分野における飛躍的発展:
①次世代情報通信技術 ②先端ディジタル制御工作機械とロボット ③航空・宇宙設備
④海洋建設機械・ハイテク船舶 ⑤先進軌道交通設備 ⑥省エネ・新エネルギー自動車
⑦電力設備 ⑧農業用機械設備 ⑨新材料 ⑩バイオ医療・高性能医療機械
(7)製造業の構造調整推進:大企業と中小企業の協調発展の促進、製造業配置の最適化
(8)サービス型製造と生産者向けサービス業:生産型製造業からサービス型製造業へ
(9)製造業の国際化発展レベルの向上:国際協力のレベルアップ、企業個々の国際競争力向上
が示されている3)。(6)重点分野として「②先端ディジタル制御工作機械とロボット」が明記されており、以後、第13次5カ年計画(2016-2020)、第14次5カ年計画(2021-2025)では、製造業のコアコンピタンス強化、イノベーション駆動型科学技術推進、の方向が維持され、各地方行政に展開された具体的政策により、ロボット産業振興策、自動化導入補助金などの政策が展開されている。中国における2010年代以降の産業用ロボット市場の拡大と、現地ロボット産業の勃興はこのような国策の流れを背景としてる。最近は「中国製造2025」が直接語られることは少なくなっており、若干の軌道修正があったと思われるが、本質的に製造業において技術的にも世界のリーダシップを発揮する製造強国を目指していることに変わりはない。
参考文献
| 1) | 田島高志:外交証言録 日中平和友好条約交渉と鄧小平来日、岩波書店、2018. |
| 2) | 小平紀生:中国におけるロボットの研究開発動向について、CISTEC journal、No.131、p37-42、安全保障貿易情報センター、2011. |
| 3) | JST研究開発戦略センター 海外動向ユニット:「中国製造 2025」の公布に関する国務院の通知の全訳(2015/7/25)、CRDS報告書サイト、https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/FU/CN20150725.pdf、2023年8月20日閲覧 |
| 4) | 21世紀中国総研編:中国情報ハンドブック2021年版、蒼蒼社、2021. |
| 5) | 日中経済協会:中国経済データハンドブック2022年版、日中経済協会、2022. |
5.2.2 官公庁によるロボット政策の新展開
2011年にドイツ政府はIndustry 4.0
5を発表した。情報処理を最大限に活かしてスマートファクトリーを形成することにより、製造業の強靭なバリューチェーンとサプライチェーンを形成するシステムの提案である。スマートファクトリーは、製造現場の作業と情報収集の自動化を進め、実際の作業現場とコンピュータ上に展開される仮想空間を統括するサイバーフィジカルシステム(CPS)による意思決定を可能とする「考える工場」を意味している。作業の自動化とデータ収集の自動化、データを活用した最適な工場オペレーションの追求というイメージは、日本で1980年代に盛んに論じられたCIMと類似の考え方である。Industry 4.0では、バリューチェーンとして、スマートファクトリーを研究開発、製品設計から販売、保守に至るすべての事業活動と結び付け、サプライチェーンとして企業間での情報の共有による「つながる工場」とすることに意義があるとしている。
Industry 4.0は、日本の産業政策へも刺激となった。日本ではサイバーフィジカルシステムにより産業や社会全体を最適化する議論に展開し、2016年内閣府では全ての社会活動を最適化する概念のSociety 5.0
(5.8, 5.9)、経済産業省では、製造業の現場の自動化と情報集約による製造企業の「スマートマニュファクチャリング」化を打ち出している。Society5.0を受けて、各官公庁からは、それぞれの管轄分野でサイバーフィジカルシステムにより最適化を促進する政策が展開され始めた。
ロボットに関しては、2014年に首相官邸に「ロボット革命実現会議」が立ち上がり、製造業用ロボットについては、世界トップシェアは維持しているものの未だ普及が限定的であることから、未展開分野や中小企業への普及促進、製造業以外の産業への普及促進の検討を開始した。2015年に首相官邸よりこれらを折り込んだ「ロボット新戦略」が発表された
(5.10)。これを受けて、ロボット革命・産業IoTイニシアチブ協議会(RRI:Robot Rvolution and Industrial IoT Initiative)が日本機械工業連合会を取りまとめ事務局として立ち上がり、WG1:IoTによる製造ビジネス変革、WG2:ロボット利活用推進、WG3:ロボットイノベーションの活動、を開始し現在に至っている。同時に経済産業省製造産業局内のロボット政策室
6に専任の室長が就任し、製造産業政策としてのロボット強化を図ることとなった。
以上のように、2010年代以降、欧米では旧来の製造業の形がアジアの新興工業圏に対して競争力を失う危機感から「Industry 4.0」に代表されるような新たな切り口を求め、一方アジア新興工業国では「中国製造2025」に代表されるような新たな胎動を求める動きが活発となった。日本でもこれと同期して、製造業の形を見直す議論が展開され、その中で製造現場の自動化を担う典型的な産業としてロボット産業の在り方についての議論が活発となり、各種の政策に展開されていった。製造業用ロボットに関しては、未活用分野への導入促進、システムインテグレータ協会の設立、高校生高専生など次世代若年層へのロボットシステム教育など、より広い視点での活性化政策が展開されていった。製造業以外の分野では、国交省のi-Construction
(5.11)、農水省のスマート農業
(5.12, 5.13)など、産業の生産性向上を目的とする活動の中で自動化に関わる主要な技術としてロボット技術が捉えられるようになった。
5.2.3 システムインテグレータ協会の設立
ロボット新戦略を受けて、経産省では2015年から3年間にわたり、未活用分野で新たなロボットによる自動化への挑戦的な取り組みや、高い目標のシステムコストダウンに挑戦する取り組みに対する補助金活動である「ロボット導入実証事業」が実施された
(5.14)。さらに2017年には、新たにシステムインテグレータ事業への参入や拡大、システムインテグレータによるロボット技術センタの開設を支援する補助金活動「ロボット導入促進のためのシステムインテグレータ育成事業」が実施された
(5.15)。これらの活動を通じて、全国の多くのシステムインテグレータの活躍が認められた。しかし、システムインテグレータは、ロボット産業において最終的なロボット活用の価値を左右する役周りでありながら、相互の連携機械が薄く、情報共有や技術研鑽の場や、同業者の意向を集約する場が乏しいことが見えてきた。そこで、経産省ロボット政策室と日本ロボット工業会の間で、これらの多くのシステムインテグレータを組織化する構想が持ち上がった。システムインテグレータは、多様で定義しにくい業種ではあるが、生産システム構築業者としての業界団体を設立することが、日本の製造業全体の自動化レベルアップに直結するという認識が固まり、2018年7月に、日本ロボット工業会内の組織として、FA・ロボットシステムインテグレータ協会が設立された。
協会の果たすべき役割として、
• 業界ネットワークの構築:情報共有、営業チャンネルの拡大、協業機会の拡大
• 事業基盤の強化:中小企業が多い業態ながら共通する事業基盤を強化する
• 技術基盤の強化:新しい技術の散り入れ、人材育成など共通する技術基盤を強化する
を掲げた。当初120社余りのシステムインテグレーションを生業とする正会員を得たが、その後正会員は200社を超え、2023年6月に、一般社団法人日本ロボットシステムインテグレータ協会として独立した。協会の活動により、エンドユーザと生産財メーカの間に挟まれ、両者のしわ寄せを被りやすく、一般的には目立たない事業ポジションであったシステムインテグレータが、コンサルティング能力を発揮する生産設備に関わる専門家企業としての地位を明確にしつつある。さらに、会員企業が全国に及ぶことから、各地域の地方行政とも連携し、各地域の製造業の特性に応じた産学官金の連携体制を担う新たな役割にも発展しつつある
(5.16)。
図5.12 ロボットシステムインテグレータ協会設立の経緯(参考文献5.6 p.171より引用)
5.2.4 2010年以降のロボット及びロボットシステムに関わる技術進歩
2010年代のロボット製品の特長は多様化である。1980年代、1990年代には製造業用ロボットの圧倒的分野・用途であった自動車分野の溶接用途向けの出荷台数の構成比は徐々に下がり、分野・用途の多様化が進んでいる。2000年代と2010年代の全世界総出荷台数の分野別、用途別構成比の変化を図5.13に示す。総出荷台数は3倍以上に増加しているので、どのカテゴリも台数としては増加しているが、構成比として自動車産業分野(輸送機械)は、37%から32%、溶接用途は29%から22%へと減少している。増加傾向にあるのは、分野としては電機・電子が18%から26%に大幅に増加、その他が20%から22%へと増加、用途としてはハンドリングが39%から45%と大幅に増加、組立が10%から11%と微増である。増加傾向にあるカテゴリーはいずれもアプリケーションとしては多種多様である。ロボットメーカとしては、標準製品が大量に捌ける方が利益を産みやすいものの、ニーズの多様性に応えるために、様々な使い方に適したロボットの品ぞろえを増やす傾向はさらに強くなった。
図5.13 世界市場の各種構成比の10年変化
(データ出典:参考資料5.3)
(1)機種の多様化
多様な自動化課題を解決するためのシステムインテグレータにとっては、様々な使途それぞれに最適なロボットが選択できることが望ましい。2010年代以降は、新たな機械的特徴を追求した機種や新たな使い勝手のロボットなど、機種の多様化がますます進み選択肢は拡大した。
① パラレルリンクロボット(パラレルメカニズムロボット)
パラレルリンクロボットは2000年代終盤に、日本のロボットメーカ各社から製品発表が始まり、2010年代にロボットの新しい機構として定着した機種である。パラレルリンクロボットの原理は、1965年に英国機械学会で発表されたスチュワート・プラットフォームである。スチュワート・プラットフォームは6本の直動軸で先端部を支え、各軸の伸縮で先端部の位置と姿勢を制御する6自由度機構で、フライトシミュレータの操縦席を支え機体の6次元の動きを模擬する機構として採用されている。これを、直動軸ではなく回転軸で構成する機構が1983年にスイス連邦工科大学ローザンヌ校で開発され、ABBが1990年代に技術購入して製品化していた
(5.17)(図5.14)。垂直関節型ロボットのように、根元から順に関節軸を連ねるシリアルリンク機構と異なり、先端をすべての駆動軸で一斉に駆動するのがパラレルリンク機構の特徴である。そのため、パラレルリンク機構は軽量で高速性に優れている。これに関連する特許が2007年に失効したことを機に、日本メーカ各社が製品化した
(5.18)。あまり精度を必要としない高速ピック&プレースに向いた機種として、単価の安い対象品の高速移載、例えば食品をコンベアからピッキングし容器にパッキングする作業、などに多用されている。ただし、2020年の出荷台数は、全世界で年間7,000台とごくわずかなので、非常に特徴的とはいえ、ニッチな製品となっている。
図5.14 パラレルリンクロボット
(写真提供:ABB Japan K.K.)
② 協働ロボット
製造業用ロボットの安全確保策は基本的に隔離である。ロボットの動作領域を防護柵で隔離し、ティーチング作業、保守点検作業など、駆動電源が入った状態で防護柵内に作業者が入って操作する場合は、ロボットの動作速度などの制限があり、作業者の遵守事項も労働安全衛生規則で規定されている。しかし、作業者とロボットの協働作業を行いたいとの要望は古くからあった。例えば、大型の対象製品に複数の作業者が同時作業を行う自動車の艤装のような生産現場では、作業サポート用のロボットを導入して作業者とロボットの協働作業ができれば生産効率の改善が期待できる。
製造業用ロボットの安全を規定した国際規格ISO 10218
7では、2006年版で人とロボットの協働作業の安全規定が追加され、さらに2011年の改定で、人とロボットが協働作業を行うシステムにおける安全確保の考え方が明確に示された。
ISOによる人とロボットの協働作業に関する議論と同一時期に、デンマークで人との協働作業に限定したロボットの開発を目的としたユニバーサルロボット社(Universal Robots)が設立され、2008年に初号機が出荷された(図5.15)。
図5.15 協働ロボット
(写真提供:UNIVERSAL ROBOTS)
2011年のISO改訂以後、日本のロボットメーカでも協働ロボットの製品化の動きが始まった。日本では2013年に隔離を原則としている労働安全衛生規則に関して、リスクアセスメントを実施し記録を保管すること、あるいはISO 10218の措置を施し技術ファイルと適合宣言書の作成すること、を条件に協働作業を可能とすることが通達
8され、協働ロボットの製品化が加速された。
協働ロボットは、ISO 10218-1の協働作用の要件を満たす仕様をロボットとして実装したものである。ただし、協働ロボットは安全性確保と引き換えに、パワーに関するパフォーマンスの一部を犠牲にした仕様となるため、必ずしも生産性向上に役立つわけではない。また、たとえロボット本体がISO 10218-1に適合していても、最終的なシステムに組み込まれた後にシステム全体のリスクアセスメントを確実に実施する必要があるが、大多数のシステムインテグレータとユーザにとっては不慣れな作業である。現在の協働ロボットは、使い勝手の面で必ずしも使いやすいとは言えず、生産システムの構成要素としては発展途上の製品である。むしろ協働ロボットにこだわらず、人の所在のセンシングやロボットの動作監視、人とロボットの近接時の安全制御など、協働作業の安全を確保するためのシステム構築技術から考えた方が、合理的である。協働ロボットは、協働作業のための選択肢の一つに過ぎない。
③コントローラの多様化
ロボットは機械と制御が一体となった典型的なメカトロニクス製品である。そのためロボットメーカの多くは、ユーザ側での機械の改造やコントローラのカスタマイズは認めてこなかった。ところが、2010年代になると、技術力が高いユーザでは、ロボットメーカが供給するロボットの機能・性能に飽き足らず、独自の制御方式でロボットを制御したいという要望が顕在化してきた。例えば独自のロボット言語による制御、ビジョンセンサなどの外部センサの情報により独自技術による動作の指令、独自のAIアプリケーションによる動作計画など、独自の動作指令方式によりロボットを制御するイメージである。図5.16で示すように、ロボットコントローラの動作計画部を使用せずこれに相当する機能を外付けのパソコン上で独自の制御方法で実装することができれば、独自のロボット制御が実現できる。実際にこのような独自の外付けパソコンコントローラで、ロボットメーカが供給する仕様には無い独自のシステムを販売するシステムインテグレータが現れてきた
9。この場合、ロボットコントローラ側には、制御演算部への入力を外部に開放する必要がある。ほとんどのロボットメーカのコントローラでは、この機能が開発検証用、あるいはロボットの研究開発者向け仕様として実装されており、多くのロボットメーカはこれを開放することに同意し、外付けパソコンコントローラの製品化が可能となった。ロボットコントローラに技術蓄積をしてきたロボットメーカにとっては、多少微妙な製品であるが、専門家との協業によるカスタム製品の可能性を広げる考え方である。
図5.16 外付けパソコンコントローラによるロボット制御
その他にも、類似の外付けコントローラとして、ロボットコントローラとしてはパワー制御部のみとして、演算部をPLC(Programable Logic Contoroller)ユニット化することで、生産機器の汎用コントローラとして多用されているPLCの持つ、多様な機器制御能力や通信機能をそのまま活用することが可能となる製品も登場した
10。この製品では、複数のロボットコントローラユニットを同じベースに装着することによりバス接続されたマルチロボットコントローラを手軽に実現することも可能である。
また、特定大口顧客向けの特殊仕様を限定的に供給することは、従来より行われていたが、顧客ごとのシステムに合わせたカスタムロボットコントローラの提供を製品として展開するビジネスも登場した
11。
これらは、従来のロボットメーカごとに独自の制御世界を築いてきた流れと異なり、制御機能のオープン化、カスタマイズを指向する新たな流れである。ロボットメーカでの製品作りこみ開発だけで、多様化する自動化ニーズに応えるには限界があり、制御機能のオープン化により多方面の専門家との協業によるカスタム製品の普及は、市場拡大のための一つの選択肢である。
(2)システムエンジニアリングとサイバー系技術
2010年代以降、機械学習、仮想現実感(VR:Virtual Reality)、クラウドコンピューティングなどサイバー系の情報処理系の技術進歩が著しい。これらのサイバー系技術は様々な試行や検討を伴うシステムエンジニアリング面で効果を発揮し始めている。特に設計段階から現場への据え付けティーチングの時間短縮、稼働後のユーザとの情報共有などへの有効活用が期待されている。例えば、ビジョンセンサでは、光学的環境や対象物の状況にあわせた条件パラメータやアルゴリズムのチューニングに時間をかける必要があるが、ここでは機械学習を活用することで時間短縮が可能である。VRの応用としては、設計段階で現場の仮想現実モデルを用いて設計内容の検証を行うことができる。クラウドコンピューティングは、リモートメンテナンスや現場モニタなど稼働後のユーザの状況把握等に展開できる。2015年にファナックがリリースした故障予知・通知システムZDT(Zero Down Time)を初めとして、現在これらの開発は、ほとんどのロボットメーカで様々な形で開発が進められている。
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6 その他の産業用ロボットの社会実装
2005年のサービスロボット技術発展の系統化調査(6.1)では、原子力、宇宙、土木建設、防災、農林水産、医療、福祉、エンターテイメント、教育など幅広い調査が行われた。当時は、本田技研工業のASIMO 1、ソニーのAIBO 2など、従来の実用的な製造業用のロボットと異なり、かつてイマジネーションの世界にあった人型ロボットや、ペットロボットが現れて間もないタイミングであった。その時代背景により、サービスロボットとして、製造業以外への産業用途でのロボット活用、生活空間でのロボット活用が盛り上がりを見せ、開発品の発表が活発となっていた。20年前の調査でピックアップされたロボットは、製造業用のように定義の決まった製品群ではなく、機械形態も制御技術も多種多様な自動機械であった。
その後20年経過して、新たに市場を形成したごく一部の製品もあったが、多くの開発品は、確固たる需要に結び付かず期待先行に終わった。しかし、一部のカテゴリーでは技術進歩と社会情勢の変化により、改めて具体的な自動化需要が形作られ、社会実装に結び付いてきたサービスロボットもある。本章では、前回調査後の各種カテゴリーのうち、産業用途のサービスロボットとして、単なる期待を超えて社会実装に結び付いた、あるいは結び付きつつある具体例について紹介する。
6.1 極限環境下の作業自動化とロボット
6.1.1 原子力関係
前回の調査報告では、特に原子炉内の点検ロボットの試作品が多く紹介されていたが、この背景には、 8社2法人2国立研究機関で極限作業ロボット技術研究組合を結成して1983年から1990年の8年、およそ200億円をかけて大がかりな研究開発プロジェクトが実施された経緯がある
(6.2)。このプロジェクトの開発目標は、1.原子力発電施設作業ロボット(原子力ロボット)2.石油生産支援ロボット(海洋ロボット)3.生産施設防災ロボット(防災ロボット)の3項目であった。特に原子力ロボットについては、過去にスリーマイルアイランド(1979年)、チェルノブイリ(1986年)の原子炉事故の教訓から、原子炉の巡視点検用ロボットを中心とした開発成果がプロジェクト報告書
(6.3)で多く報告されていた。前回の調査報告書には、このプロジェクト成果に加え、その後の開発成果が紹介されていた。
しかし、2011年の東日本大震災における福島第一原発事故の際に即時に投入できるロボットが無く、最初に投入されたのは米国iROBOT社
3のPakbotであった。当時は、なぜ日本製が即座に投入できなかったのか、という落胆を招いたが、これは実証機と実用機の違いが現実の場面で現れた結果である。Pakbotはもともと米国防省がiROBOT社に開発依頼した軍事用多目的ロボットで、原子炉対応の耐放射線能力は無いが、マニュアルや訓練プログラムが完備されており、既に戦場に投入されている市販品であった。この実証機と実用機の違いは多くのサービスロボットが抱える問題である。実証試験あるいは試験的使用まで進めても、実際の現場に投入され、事業的にも見合う製品にならない限り、社会的な価値に結び付かず、期待倒れに終わってしまう。
その後、福島第一原発の廃炉処理のための技術開発を目的として、2013年に技術研究組合国際廃炉研究開発機構(IRID)が結成され、廃炉作業に特化したロボットの開発が行われた。遠隔操縦型のクローラ走行車にマニピュレータやカメラを搭載して階段や瓦礫の隙間など狭隘な不整地空間を移動できるロボット、カメラを搭載して原子炉内の水中を遠隔操作で移動できるロボットなどが開発され、炉内の状況把握と分析のため、次々投入された
(6.4)。炉内調査が進んだ段階から、デブリ取り出しのために、炉外から炉内に進入する超ロングアーム型ロボット(図6.1)などの開発に進み、さらに2022年に東京電力ホールディング傘下に、燃料デブリ取り出し作業開始のため、専業の子会社(東双みらいテクノロジー株式会社)が設立された
(6.5)。今後とも、廃炉の現場状況に応じた様々な専用ロボット開発が継続される。
図6.1 デブリ取り出し対応の超ロングアーム調査装置(写真等提供:IRID)
6.1.2 海洋関係
前回の調査報告では、海洋資源探査や海底ケーブル検査などに用いる遠隔操縦型のROV(Remotely Operated Vehicle)とプログラムにより稼働する自律型のAUV(Autonomous Underwater Vehicle)が紹介されていた。これらの機器は、その後も無人潜航機材として改良され活用されていた。
しかし、2020年に国土交通省にて初回の「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」が開催され、海洋ロボットの社会的価値を見直し、産業としても定着させる動きが始まった
(6.6)。協議会の目的は、日本の沿岸・離島の、交通、水産業、インフラ維持管理、さらには地球温暖化等に伴う海洋環境変化の海洋調査等、様々な海洋活動に、ROV、AUV、ASV(小型無人ボート:Autonomous Surface Vehicle)の海洋ロボットの開発促進と産業化である。2021年からは「海の次世代モビリティの利活用に関する実証事業」も実施されている。特に水中ドローンと言われる小型のROVについては、市販品が流通し始めており、2019年に水中ドローン協会が設立され、協会活動として海洋に限らず河川やプラントの水中調査点検などへの広い普及活動と利用者教育が実施されている
(6.7)。
図6.2 水中ドローン「DiveUnit300」
(写真提供:株式会社FullDepth)
6.2 建設の自動化とロボット
建設ロボットへの期待は早くからあり、製造業用ロボットとほぼ同時期からスタートしている。ロボット普及元年当初の産業用ロボットへの最大の期待は生産現場における生産性向上による国際競争力強化にあり、製造業用ロボットはこの期待に沿って進化してきたが、ロボットへの期待のもう一つは、3K(きつい、汚い、危険)職場からの作業者の解放であった。建設現場はまさに3Kに相当していたことから早くからロボット化が期待されていた。しかし、2005年の前回調査の時点では、専用機に相当する施工機械の紹介に留まっている。ある程度管理された空間で作業を行う製造業用ロボットとは異なり、工事の進捗により変化する環境下で、主に移動を伴う作業を行う土木建築用途のロボットは普及に至っていなかった。
土木建築に関わる自動化の流れは2つある。災害復旧に対応した無人化施工の流れと、建設施工の生産性向上のための建設施工のインテリジェント化の流れである。
6.2.1 無人化施工
無人化施工の流れは、1991年の雲仙普賢岳の火砕流災害への対応のため、1993年に建設省(現国交省)の民間技術公募に「無人化施工」が採択されたことで、建機の遠隔無線操縦技術開発が加速された。その後、有珠山噴火後復旧工事を契機に、災害復旧へ迅速に対応する仕組みとして、2000年に建設無人化施工協会が設立された。協会の最大の機能は、災害発生時に復旧工事のための無人化施工システムの迅速な供給である。無人化施工システムとしては、無線操縦機能とGPSを搭載したバックホー、ブルドーザなどの建機と、これを操作する操作盤と映像モニタ類を搭載した遠隔操作室、伝送用無線器を搭載した遠隔操作中継設備、などが工事内容に応じて構成される。出動要請に応じて協会に登録された無人化施工用機材の中から必要な機種を調達してシステムとして構成し、現場に適用する仕組みである
(6.8)。希少機種で、所有者も多様な遠隔操縦機種を、必要に応じて迅速に調達することができる優れた仕組みである。
協会には現在100台余り登録されているが、レンタル事業者の会員もいるので調達の幅は広いようである。先の東日本大震災の際にはいわゆるロボットの投入は遅れたものの、実は震災発生の直後の福島第一原発における、構内のズリ・がら等撤去と建屋のカバーリング工事に無人化施工システムがいち早く投入され、協会の仕組みが奏功した例となった(図6.3)。
協会のホームページ
(6.10)には登録機の活動状況などが公開されており、現在も有効活用されている様子を確認することができる。
図6.3 福島第一原発災害現場に投入された無人化施工(6.9より引用)
6.2.2 生産性向上のための建設施工のインテリジェント化の流れ
建設業の生産性向上は古くからの永続的な課題であるが、建設技能者の離職進行が不可避である状況に鑑み、国土交通省では2016年からICTを全面的に活用するi-Constructionへの取り組みを開始した
(6.11)。i-ConstructionはICT技術系に主眼を置いた活動で、建設現場の自動化を直接的に推進する枠組みではないが、自然の成り行きとしてICTとロボット技術による現場の自動化推進機運に結び付いた
(6.12)。これに応じた動きの一つが、2021年にゼネコン16社が参加して設立された建設RXコンソーシアムである。RXはロボティクス・トランスフォーメーションを意味しており、これまで各社が個別に開発してきた建設用ロボットについて協調領域を見極め、業界横断的な体制で取り組むことを意図している。2019年に鹿島建設と竹中工務店が業界全体の生産性向上と魅力向上を目指して技術提携を開始し、2020年に清水建設がこれに加わり、他のゼネコンからの関心も得たことが設立の発端となっている。RXコンソーシアムは、2024年10月18日現在正会員29社、協力会員244社の大所帯となっており、資材の自動搬送システム分科会、墨出しロボット分科会など具体的なテーマを展開している14分科会で活動を推進している
(6.13)。
一方、建設関係の業界団体として、2011年に日本建設業団体連合会、日本土木工業協会、建築業協会の3団体が合併して新たに日本建設業連合会(日建連)が結成されている
(6.14)。日建連においても、建築技術開発委員会内に建築ロボット専門部会が設けられ、2024年に「建築現場におけるロボット導入ガイドライン」を作成するなどの、新たな活動を開始している
(6.15)。
これらの業界横断的な活動が新たなロボット産業を産み出す可能性に期待したい。
6.2.3 現場の工場化に成功した成瀬ダム堤体打設工事
現在進行中の優れた建設自動化現場として、秋田県雄物川水系成瀬川に建設中の成瀬ダム堤体打設工事現場が注目されている。成瀬ダムは、建設現場周辺で採取できる石や砂れきとセメント、水を混合した環境配慮かつ低コストの材料であるCSG(Cemented Sand and Gravelの略)を打設して堤体を形成する工法で2027年の完成予定である
(6.16)。
成瀬ダム堤体打設工事は、鹿島建設、前田建設、竹中土木のジョイントベンチャーが工事を担当しており、鹿島建設が開発した建設機械の自動運転を核とした自動化施工システム「A
4CSEL」を導入している。熟練オペレーターの操作を基に作業効率を最大化する運転技術をプログラミングされたブルドーザ3台や振動ローラ4台、ダンプトラック7台の計14台を、現場から400 km離れた神奈川県小田原市の実験フィールドで3名のITパイロットで管制している。工事開発当初は、現場サイトに設置していた管制室を2023年に現場から400 km離れた神奈川県小田原市の鹿島の実験施設に移設。作業改善と、移動時間の短縮など一層の省人化が図られている
(6.17)。
図6.4 成瀬ダム秋田県の工事現場と神奈川県の管制室
(写真提供:鹿島建設株式会社)
6.3 農業の自動化とロボット
前回の調査報告時の農業におけるロボット化の話題は、整地作業、収穫作業、栽培作業といった農作業個々の自動化の状況が調査され、実態としては進んでいないという報告となっていた。その後、農業政策上の自動化キーワードとして、農業にIoTやロボット技術など先端技術を導入することにより生産性向上など合理性を追求するという意味の「スマート農業」が使われるようになってから、農業の自動化についての様相は大きく変化した。きっかけは、2016年に内閣府の第5次科学技術基本計画書で提示されたSociety 5.0に関連して、農業においてもサイバー・フィジカル技術の活用が議論され始めたことにある
(6.18, 6.19)。もともと日本の農業は、小規模の自営農家が多く自動化機械化は進みにくかった。しかし、近年は農業従事者の高齢化による離農が進み2000年の240万人から20年後の2020年には136万人まで激減しており、日本の農業の維持のためには圧倒的な生産性向上が迫られる切実な状況となっている。その一方で、農地の集約化と担い手農家
4の比率が拡大する傾向にあり、農業の生産性向上等のための設備投資が進みやすいトレンドにもなりつつある
(6.20)。
6.3.1 スマート農業
農水省が2019年に策定した「農林水産研究イノベーション戦略」では、欧米における先端技術を活用したスマート農業へのアプローチが紹介されている。生産性向上と環境保全を目的とした精密農業、大型スマート農機の開発、小型農機による協調作業研究、農業データプラットフォームの開発などである
(6.21)。その上で、日本でも既にロボット技術、ICT技術を活用したスマート農業の研究開発が進行中であることを紹介し、これらの成果の社会実装を加速することを目的として、2019年からスマート農業実証プロジェクトを実施することを示している。スマート農業実証プロジェクトは、現在に至るまで毎年継続実施されている。
さらに、2024年には、スマート農業技術の活用の促進に関する関係府省庁連絡会議が設置され、スマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)が成立し、10月1日に施行された。この法律は「スマート農業技術の活用及びこれと併せて行う農産物の新たな生産の方式の導入に関する計画(生産方式革新実施計画)」と「スマート農業技術等の開発及びその成果の普及に関する計画(開発供給実施計画)」の2つの認定制度を設けるものである。
スマート農業は、農業経営の高度化、農作業の自動化と知能化を含む産業としての農業のグランドデザインに相当する。農作業の自動化は、以前より必要な技術課題とされており、多くの研究開発例は存在するものの、2000年代初頭の前回の報告時点では実用には至っていない。作業を自動化する個々の機器開発では大きな流れにはなり得なかったということである。農作業の自動化は、単なる省力化目的だけでは設備投資効果は期待できない。しかし、需要や流通に応じた生産、天候など自然環境の変化への対応、農作物の生育状況に応じた農作業など、産業としての本質的な生産性向上を目的とすることにより、設備投資効果が期待できるようになる。これを前提とした、農業機械の自動化、生育状況や環境のセンシング、情報の共有化と活用、へのロボット技術、IoT技術活用が引き続き望まれる。
スマート農業に関わる製品および技術情報については、農水省のスマート農業ホームページで数多く紹介されている
(6.22)。
主な農機メーカからは自動運転機能が付いた無人仕様のトラクタが発売されている。代表例を図6.5(クボタのアグリロボットMR1000AHの無人仕様機)に示す。同機は、衛星測位システム、自動操舵技術、対人・対物安全センサシステム等により無人運転
5を可能とした製品で、圃場
6のマッピング、作業ルートの自動生成、リモコンによる遠隔操作、様々なインプルメントとの適合、有人トラクタとの協調作業などが可能な機種である
(6.23)。
図6.5 自動運転機能付きトラクタKubotaアグリロボトラクタMR1000A(写真提供:株式会社クボタ)
図6.6 自動航行複数ドローンによる協調作業例
(参考文献6.24より引用)
農業用ドローンの活用は、農薬散布・肥料散布・播種・受粉・農産物等運搬・圃場センシング・鳥獣被害対策・情報の収集と発信など多様な用途で急速に進んでいる。2019年から農林水産省HP上に「農業用ドローンの普及拡大に向けた官民協議会」が開設され、取組や知見についての情報共有、連携の場として300以上の法人団体会員が活用している(6.24)。
過去の農業自動化は農作業の自動化が中心であったことに対して、現在のスマート農業の最大の相違点は、農業支援サービスが重視されていることである。農機の自動化による省力効果だけでは、設備投資効果は期待薄であったが、現場の自動化に加え、農作業のサービスを農業経営に強化に結び付けられれば、投資の促進も期待できる。
既にサービスを開始している、農機具メーカによる農業経営・サービス支援システムの例としてクボタのKSAS(Kubota Smart Agri System)システムの概要を図6.7に示す。KSASの目指すところは日本型精密農業を目指した、営農支援と農機稼働支援のためのクラウドサービスである。営農支援は、良質な農作物の高収量を確保し、農業経営基盤鵜を強化することを目的とした支援サービスで、圃場ごとの収量と食味を計測し施肥を管理する施肥計画や、作付計画、作業計画、作業日誌自動作成、進捗管理、圃場管理機能を備えており、さらに生育のばらつきを把握した土壌や水の管理、病虫害の把握による施薬管理などにも展開している。農機稼働支援としては、機械の位置や稼働状況のモニタリング、交換部品の通知などの修理対応、診断レポートによるメンテナンスプログラムの提案などの支援機能を備えている
(6.25)。
自動農機などの農業用ロボットは、単なる農作業の自動機械化製品ではなく、農業に関わる生産システムの中の生産財として位置付けられることにより、期待される社会的価値を発揮し始めているものと考えられる。
図6.7 営農・サービス支援システムKSAS
(図提供:株式会社クボタ)
6.4 医療の自動化とロボット
前回の報告時には、医療における内視鏡手術に関する機器と、福祉における義肢とリハビリテーション機材の開発状況が紹介されたが、その後これらに関連する分野で大きな動きがあった。
6.4.1 装着型ロボットスーツHAL
前回の調査ではリハビリテーション用機材の開発例として「筑波大学山海研究室は、人体の足・腕に装着して力を補助する増力ロボット「ロボットスーツ」の開発、事業化を図っている。」という活動が紹介されていた。これは、前回調査とほぼ同時期の2004年に山海嘉之教授により創業されたCYBERDYNE株式会社の活動への言及であったが、同社は、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる、装着型のHAL(Hybrid Assistive Limb)の事業化に成功した。
HALは、人間が動作を意図した際に脳から神経を通じて筋肉に信号が伝わる時に体表面に観察される微弱な生体電位信号を検出し、電動アクチュエータを駆動する装着型ロボットスーツである
(6.26)。装着型ロボットスーツはパワードスーツなどの名称で米国では軍事用途、日本では作業支援用途で古くから研究が続けられていたが、生体電位信号を駆動情報源とする方式で製品化、事業化では先駆者であり、2014年に上場された。CYBERDYNE社では、身体機能回復用途としての製品とサービスの提供を中心事業とすることで、会社の社会的価値を明確にした企業経営としている。HALの技術的優秀さは注目されており、国内外の医療施設への納入は続いており、経営的に先駆者としてのチャレンジが続いている。
図6.8 CYBERDYNE社のHAL医療用下肢タイプ
(写真提供:CYBERDYNE株式会社)
6.4.2 手術支援ロボット
医療用ロボットとして、米国インテュイティヴ・サージカル社が開発し、2000年米国FDA(食品医薬品局)の承認を得た、外科手術用ロボットda Vinci Surgical System(ダビンチ)が登場した。内視鏡手術支援ロボットで、3D内視鏡、と3本の鉗子や電気メスなどのインスツルメンツの計4本の手術具をコンソールから操作する操作型ロボットである。日本でも2000年から治験が開始され、2009年に厚労省の承認を得て国内での販売が開始された。その後急速に普及し、2023年1月までに全世界でおよそ7,500台。日本では570台以上が導入されたと報じられている
(6.27)。特に2012年に保険収載術式となった前立腺摘除については、最初の承認から10年後の2019年には90%以上がダビンチによるロボット手術となっている。
一方日本国内でも、1990年代半ばから手術支援ロボットの研究が進められた。まず内視鏡手術において、内視鏡を保持し執刀医が自ら視野を確保するために手元で自在に操作できる内視鏡マニピュレータNaviotが実用化された。内視鏡手術は、手術補助者が保持する内視鏡の画像を見ながら術具を操作して施術を行う術式で、執刀医は視野の確保のために補助者に内視鏡の操作を指示する必要があった。Naviotは執刀医が術具に装着した操作器により単独で内視鏡を操作することができる手術支援ロボットで、東京大学と日立製作所の共同開発、九州大学の臨床協力により実用化され、2002年に厚労省の認可を受け、2003年には51症例に適用された
(6.28, 6.29)。その後、施術そのものも遠隔操作で行うダビンチの国内普及が急速に進んだため、しばらくは、ダビンチ1強時代が続いた。2010年代にダビンチ対抗の日本製手術支援ロボットの開発が進み、製品化が相次いだ。2020年に薬事承認を得たメディカロイド社(2013年設立の医療機器のシスメックス社と産業用ロボットの川崎重工業の共同出資会社)のhinotoriサージカルロボットシステム、2023年に薬事承認を得たリバーフィールド社(2014年起業の東京工業大学と東京医科歯科大学のベンチャー)のSaroaサージカルシステム、である。hinotoriは実績のある産業用ロボットの技術を応用した電動型、Saroaは力感覚が得られる空圧式とそれぞれ特徴は異なる。
6.4.3 国産手術支援ロボットhinotoriの概要(6.30, 6.31)
手術支援ロボットの国産化の最大のアドバンテージは、日本の執刀医からの評価を徹底して得ることにより、医師のノウハウの取り入れや改善要請への即応性である。hinotoriは、日本国内で既に多くの医療機関で導入が進んでいた米国製ダビンチに対抗した国産製品で、2020年に初号機が開発に協力してきた神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターに出荷され、最初の手術となる前立腺がんの全摘手術が成功した。その後hinotoriの出荷は進み、2024年6月時点で累積導入施設数58、累積症例5,241まで拡大している
(6.32)。またトレーニングセンターを神戸、東京、名古屋に展開しており2023年までに類型740名の医師に対して所定の訓練プログラムの修了認定を発行している。
hinotoriは図6.9に示すように、執刀医の操作席であるサージョンコックピットと内視鏡手術支援機構のオペレーションユニットで構成されている。サージョンコックピットとオペレーションユニットは基本的には有線接続である。オペレーションユニットには3D内視鏡と鉗子や電気メスなどのインストゥルメントを装着する4本のオペレーションアームが装備され、これが患者の腹壁の数mmの開口部から挿入する施術の機構となっており、サージョンコックピットで執刀医が3D画像を見ながら両手のハンドコントロールと足元のフットユニットで、オペレーションアームを操作する方式で、ダビンチと基本構成は同一である。1本のオペレーションアームは、直動軸を含む8軸構成となっている(図6.10)。通常の3次元空間での作業に必要な6軸に対して、2軸多い軸構成となっているが、これは、アーム同士の干渉を回避したり、施術中にアームの肘などが外に広がらないコンパクトさを維持するために持たせた冗長度である。制御面では、内視鏡やインストゥルメントの振動抑制や意図しない動作に対する安全の確保、機構面では執刀医の操作性や操作感覚を向上させるための機械構成、機械構造への工夫が施されている。
図6.9 メディカロイド社の国産手術ロボットhinotori
(写真提供:株式会社メディカロイド)
図6.10 hinotoriのオペレーションアーム
(写真提供:株式会社メディカロイド)
メディカロイド社では、情報プラットフォームMINS(Medicaroid Intelligent Network System)も立ち上げており、クラウドサーバ上にhinotoriによる施術情報、その他関連手術情報を蓄積している。今後の展開としては、MINSを活用したリアルタイムサポート、データ解析による術式の効率化など、サービス能力の向上としている。
さらなる今後の展開としては、遠隔手術の実現も目指している。当面の目標は、主治医の施術を遠隔地のサージョンコクピットの指導医がサポートする遠隔手術支援方式で、国内の医療機関同士をネットワークで接続した実証実験を実施している。さらに、シンガポール国立大学
7と藤田医科大学の国際間での実証実験も実施している。
6.5 インフラ保守点検とロボット
日本の社会インフラの多くは、1960年代から1970年代の経済成長期に整備されたが、現在、老朽化が社会問題となっている。2012年に発生した中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故が一つの契機となり国土交通省は2013年を「社会資本メンテナンス元年」と位置付けた。さらに社会資本の老朽化対策を継続的に行うための産学官民の知恵を総動員するための活動プラットフォームとして、「インフラメンテナンス国民会議」を設置している。ここで対象としているのは、道路、河川、港湾、鉄道、空港などの国土交通省管轄下の公共インフラであるが、これに加えて設備としては民間企業に属するものの交通、電力設備など重要な社会インフラの維持に関しては、検査と保守作業へのロボット技術の活用が期待されている
(6.33)。検査に関しては導入しやすい空中あるいは水中ドローンとカメラや計測器との組み合わせが様々な実績を上げている。しかし、実際に保守作業を行うロボットに関しては、研究対象にはなり得てもその作業や環境の多様性から、汎用性の高い自動化は現実的ではなかった。むしろ、自動にこだわらず遠隔操作による機械化の方が現実的である。土木工事の無人化施工用の遠隔操縦重機がその例であるが、保守点検となると要求される作業は多様でデリケートである。一般的に操作機の操作に作業機が追従する遠隔操縦システムでは、デリケートな作業は難しい。特に操縦型の大型重機では、その実行難度の高さが顕著である。そのため、操縦型の重機にデリケートな作業を可能とするロボット制御技術を導入する考え方が現時点での合理的な解答となりうる。
6.5.1 多機能鉄道重機の現場投入(6.34)
2024年7月20日にJR西日本で鉄道架線の保守点検作業に操縦型の「多機能鉄道重機」が投入された(図6.11)。多機能鉄道重機はJR西日本、日本信号、と立命館大学発のスタートアップ人機一体3社による共同開発の成果をベースとして日本信号が製品化し、JR西日本の鉄道電気工事担当会社のJR西日本電気システムが購入し、保守設備としての実運用に至った。
図6.11 JR西日本和歌山線での初作業2024年7月20日
(写真提供:西日本旅客鉄道株式会社)
「多機能鉄道重機」は、機械が得る力感覚を操作者が感じ取ることで、大出力を発揮する機械でありながら一定のデリケートな作業への対応も可能とする人機一体の技術に、JR西日本が着目し、2020年から実作業に適用できる製品に仕上げてきたロボットである。人機一体は、もともと立命館大学で力学ベースのロボット制御の研究者であった金岡博士が2007年に設立した大学発スタートアップで、東日本大震災時にロボット技術が実用的に無力であったことから、社会実装を強く求めて2015年に社名を人機一体に変更している。製品化を目指したのは人間と機械の力学的な協調作業が可能な人間機械相乗効果器(人機)である。自然な操作感覚を得ながら、現場状況に応じて作業を実施するのは人間で、自然な操作感覚を実現するのが機械の役割というロボットで、いわば身体能力の拡張機能ロボットある。技術としては、大出力のロボットを操作者が直感的で安全に操縦できる力順送型バイラテラル制御、出力側の力フィードバックにより緻密な力制御ができるプロクシベースト・アドミタンス制御という独自の制御技術を活用している
(6.35)。環境と作業がともに多様な既設インフラ設備の保守作業用ロボットとしては、合理的で事業とし維持できる可能性の高い機械化の考え方と言える。
「多機能鉄道重機」の構成は、図6.12のように、道路と線路の両方を走行可能な鉄道工事用車両に人型重機を乗せたブームと、操縦席を備えた設備構成で、最大40㎏の可搬質量、12 mまでの高所作業が可能で、VRゴーグルを通じてロボット目線での作業が可能である。
人機一体では鉄道分野に加えて、土木分野では竹中土木、電力分野では東北電力ネットワークとの共同研究開発も進めており、「人機」が多様なインフラ保守作業の設備プラットフォームとなるような事業展開を試みている。
図6.12 多機能鉄道重機の外観
(写真提供:西日本旅客鉄道株式会社/日本信号株式会社)
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7 おわりに
日本製の製造業用ロボットは、現在の世界市場でおよそ半分の供給シェアを占めている。かつて、ロボット大国と言われた時代の供給シェア80%からは大幅な後退であるが、トップシェアは維持している。現在の日本のロボット産業の課題は、「市場の拡大」と「国際競争力強化」の2点である(7.1)。今後のロボット産業振興のための技術展開のあるべき姿を探るために、今回の調査を踏まえ、これらの課題解決についての考察を行う。
7.1 市場の拡大
現在の全世界のロボット出荷台数は、およそ50万台余りであるが、これは期待に反したかなり小さな数値にすぎない。市場は拡大してきたとはいえ未だに潜在需要は多く、実際の活用は、ごく限定的である。ロボットが導入されている分野としては、世界需要のおよそ60%を、自動車関連産業と電機電子機器産業向けが占めている。また、世界の出荷台数のうち半数以上が中国向けである。かなり需要の偏った産業といえる。市場拡大のためには、ロボットが有用に適用できる用途分野を拡大し、広く潜在需要を掘り起こすことが必要である。
7.1.1 先進製造現場での徹底した自動化推進
自動車関連産業と電機電子機器産業は、ロボット普及元年当初より現在に至る主要ユーザ企業であることに変わりはない。しかし、これらのビッグユーザ分野でも、実際にロボットを活用している現場は思いのほか限定的で、ロボット化未開拓の職場は数多く存在する。用途拡大の方法としては、これらの圧倒的なビッグユーザで徹底してロボットアプリケーションを磨き、ここで得られた成果を他分野に適用するという展開が考えられる。これまでの市場展開でもこのようなプロセスを経て他の分野に展開されていった用途も少なくない。特に世界の製造業の景色を変えてきた中国製造業が成長の変曲点を迎えつつある現在、日本の製造業の行く末を左右するこれらハイテク産業の国内生産を見直すことと、ロボットの新たな市場拡大は強くつながるものである。現在の日本では、成長期に目指されたような24時間無人稼働のような力業は強さを産まない。機に応じた合理性と将来にわたって改善し続けることができるフレキシビリティを求めることが、ロボットの本来の価値が発揮される新たな用途拡大につながっていく。特にかつての勢いを失いつつある電機電子機器産業は製品が多様なだけに、社内にフレキシブルな自動化が競争力となる宝の山が数多く発見できるはずで、それを貪欲に発掘していくべきである。
7.1.2 未開拓分野への市場拡大のアプローチ
市場拡大のために多く語られるのは未開拓分野の新規開拓である。製造業用ロボットは普及以来既に半世紀近く経過しており、それでも初期のころから変わらず期待は大きいものの未開拓となっている分野は多い。長らく未開拓であり続けている分野では、活用されていない理由を広い視野で考える必要がある。単にロボットの機能・性能の問題だけではないはずである。これまでの製造業用ロボットが普及してきたのは、主としてある程度寸法精度など物理的な品質が管理された硬い材質の作業対象物を扱う工程である。非定型で個差のある作業対象物を扱う自動化は、格段に難しく、大きな未開拓分野である。
労働集約的な製造業の代表格である、食品分野へのロボットの活用は、ここ10年程は全ロボット需要の概ね3%で推移しているが、これは食品分野の中でも主に梱包や箱詰めされた製品を扱う工程への導入である。柔らかい非定型の食材を直接扱う工程は代表的な未開拓分野である。技術的な難しさは、ハンドの機構やハンドリング方法など、基本的にはロボットよりシステムエンジニアリングの課題である。近年、ロボットによる食材や調理品のハンドリングに関する研究開発も進められているが、広く普及するにはまだ解決すべき課題は多い
(7.2)。
また、未開拓分野への用途拡大には、ロボットの多様性が今以上に求められる。ロボットメーカが供給する機種揃えの中で多様化に応えるには限界がある。個々の現場への多様性への対応は、もともとシステムインテグレータの役割である。ただし、現在のロボット製品に関しては、システムインテグレータがカスタマイズできる余地はほとんどなく、オプション選択のレベルである。今後未開拓分野への普及促進には、用途の多様化に対応するためのカスタマイズについてロボットメーカは従来の製品企画の枠を広げる必要がある。
未開拓である理由には、自動化技術以外の要因もある。生産財の場合は、導入ユーザ側がその生産財を使いこなす技術レベルに達していることが前提である。しかし、現在の未開拓分野ユーザの場合、既存の製造現場が、質的に自動化とは縁遠いことが多い。例えば、先の食品分野でも、食材の盛り付けのように、もともと人手作業に依存した製造現場では、人手作業を前提として完成された生産ラインとなっており、そのまま各工程をロボット化しても、合理的な自動化ラインにはならない。人手作業で長らく事業を続けてきた生産現場は自動化に向かない製造インフラになっていることが多いためである。このような生産ラインで合理的な自動化を実現するためには、ロボットに向いた工程に変更し、場合によって補完的に人手作業も取り入れることで、高い能力を発揮する自動化生産システムに設計しなおす必要がある。また、情報管理や物流、レイアウトなど製造現場の各種環境を、自動化に備えて整備することも必要である。例えば、伝票処理、各種データの管理方法、材料や製品の動線、棚やコンベアなどの高さ規格など、情報系から物理的な環境まで、まずは生産現場全体を自動化に対応しやすいように改変することが必要となる。このためには、ロボットによる自動化を検討する以前に、生産システム設計あるいは、インダストリアル・エンジニアリング(生産工学)からのアプローチが必要である。
7.2 国際競争力強化
産業用ロボット市場における国際競争は1990年代には多くの日本企業と数社の欧州企業に絞り込まれていたが、2000年代に入り韓国、台湾、少し遅れて中国が存在感を示し始めた。既に世界の半数を占める最大の中国市場において、中国のロボット産業は確実にシェアを拡大しつつある。今後の中国ロボット産業は、中国国内に留まらず、世界市場に進出し、日本のロボット産業と競合してゆくことは確実である。今後のロボット産業において、日本が存在価値を高め発展し続けるためには、何を指向していくべきか、喫緊の課題である。
7.2.1 国際競争力の根源
中国製ロボットが今後どのような進化を遂げてくるのかは未知数であるが、価格面では中国製が優位な上に、日本製ロボットの機能・性能面でのアドバンテージはかつてほど大きくはなくなりつつある。今後の日本製ロボットの国際競争力は機能・性能に頼るのではなく、今後は「日本ならでは」の競争力の根源を開拓していく必要がある。
現在の日本は幸いにして、ほとんどすべての製造業種を国内に保有しており、幅広い要素技術を持ちあわせている。これを活かすことができれば「日本ならでは」の競争力になりうる。「日本ならでは」の競争力の根源は、図7.1に示すように基礎基盤技術から生産システムまで幅広くとらえる必要がある
(7.1)。
図7.1 ロボット関連技術と国際競争力
(参考文献7.1 p.236より引用)
産業用ロボットの基本的な技術構成は1990年代から大きくは変わっていない。中国製ロボットに対して優位に立つために、今後重要になるのは基礎基盤技術の革新と実用化のスピードアップである。日本には基礎基盤技術や工業技術が豊富に蓄積されており、異分野間での技術交流などを進めることにより、新たな技術展開が産まれる可能性も十分にある。これまでのロボット産業は実績のある部品や材料にこだわることで信頼性を確保してきた。これは生産財産業としては正しい選択であったが、今後はこの制約を超えて、新たな展開を求める活動を強める必要である。日本が保有している良質な基礎基盤技術に対して産業用ロボット側からのアプローチを強め、新たに産業用ロボットに適した材料や部品の実用化を促進することで、まだまだ国際競争力向上が図れる可能性は開ける。これが図7.1の左側、材料・要素技術の軸である。この軸では、従来の産業用ロボットの欠点を徹底的に排除するような大胆な課題設定をすべきで、例えば、ケーブルレスロボットのためのロボット用非接触給電と機体内無線通信、ボルトレスロボットのための材料の接合技術、大幅な軽量化のための構造体・機械部品の樹脂化、ロボットのあらゆる部分にセンサを組み込むためのセンサデバイスの材料への組み込み技術など、解決できればロボットの基本的な構成・構造に大きなアドバンテージをもたらすような課題設定が必要である
(7.3)。
一方、これまでの産業用ロボットの技術の変遷で見てきたように、時代とともに個々の機械としての機能・性能の追求から、同じ機械を使ってもより高い効果を上げるというシステムインテグレーション指向に進んでいる。ロボット産業には優れたシステムインテグレーション技術が不可欠で、ロボット産業の枠組みの中でどのように技術強化をして、どのように体制づくりをしていくかがこれからの国際競争力を大きく左右する。これには、単にロボットの応用技術力を高めるということではなく、成長期の製造業の原動力として世界からも注目されてきたような日本の自動化技術の視点から、ロボット産業を見直すことが必要である。これが図7.1の右側、システムエンジニアリングの軸である。こちら側の軸では、経験に頼りがちになるシステムエンジニアリングを、ロボットによる生産技術として理論的に体系化する取り組みも必要である。
7.2.2 ロボット産業における競争と協調
日本では、従来は自前技術にこだわる傾向があったが、技術の複雑化が深まるにつれてオープンイノベーション指向が強まっている。これまでの日本のロボット業界は必ずしも協調性に富む業界とは言い難かった。市場初期の過当競争時の雰囲気をそのまま継承しているともいえる。もちろんロボットメーカ各社間の基本的な関係は競争関係であり、競争に勝ち残ることで強さが得られる、しかし、国際競争が激化する現在は、業界共通の課題解決に割り切った協調体制をとることにより、業界としての競争力を確保することも必要である。
図7.2にロボット業界に望まれる技術面での競争と協調の構図を示す。協調領域への期待は、業界共通の仕様の設定と運用(協調領域【1】)と、個社ではできない活動の協働実施(協調領域【2】)、の2通りの領域がある。協調領域【1】は、産業用ロボットに関しては日本ロボット工業会、あるいは日本ロボットシステムインテグレータ協会が担う範疇の協調である。業界団体の役割は、これまで以上に協調領域で果たすべき役割が大きいことを再確認することが必要である。技術革新に直結し国際競争力を左右する可能性の高い協調領域【2】は、国内の競合各社の共同体制が必要になるが、運用は非常に難しく、競争と協調の線引きにあいまいさが残ると、うまくいかない。まずは、業界内での確実な共通認識の下で運用されるべきものである
(7.4)。2020年に設立されたROBOCIP
1はこれに相当する組織として初めてロボット業界に導入された協調開発体制である
(7.5)。
図7.2 産業用ロボット技術の競争領域と協調領域
(参考文献7.1 p.239より引用)
図7.3 ロボットの機械要素技術イノベーションのための垂直協業
(参考文献7.1 p.238より引用)
競争と協調は、ロボット業界の水平協業に関する議論であるが、競合各社間の水平協業の下で、日本の豊富な基礎基盤技術を活かすためには、異業種間との垂直協業が必要である。機械要素に関する垂直協業のイメージを図7.3に示す。産業用ロボットというシステムを構成するエレメントとマテリアルの3者による協調体制で、実績のある部品や材料のみを求めるのではなく、ロボットに適した部品や材料の開発まで踏みこんだ活動を期待するものである。従来より生産財産業には、製品の信頼性がユーザの生産に直結するため、部品や材料に対しては枯れた技術を求める保守的な傾向があった。これは正しい選択ではあるが、国際競争力強化においては、部品や材料に関しても革新技術を求めていくところも必要である。ロボットに特化した部品やロボット専用材料をそれぞれの業界に求めるには、ロボット市場規模はあまりに小さく、部品メーカや材料メーカにとって、これまでは魅力的ではなかった。そのため、ロボット業界側から、一般的な材料や部品メーカへのアプローチはあまり積極的ではなかった。しかし、近年は材料や部品の業界でも、アプリケーションとの協業を重視する傾向は強まっている。
これらの競争環境下にありながらの水平、垂直協業の体制は「日本ならでは」の一つの競争力につながるものであると考えられる。
7.3 ロボット産業から見た日本の製造業
ロボット産業は製造業の動向を強く反映する産業である。結局のところ国内需要が過去30年にわたり低迷し続け、海外需要に依存した産業に変貌してしまったのは、日本の製造業の設備投資意欲の低迷に原因がある。かつて日本の製造業は欧米を追従した高度成長期、肩を並べた安定成長期を通じて、強さを発揮してきたが、バブル崩壊後には、アジア諸国からの追従を受ける立場になり弱さを露呈している。欧米を追従してきた時の強さは、価格と品質であったが、これはアジア諸国の追従に対しては強さにはなり得ない。バブル崩壊以降、日本の製造業は、アジア製造業に対面した際に、人件費も含めて高コスト構造を問題視し、それを解消する手段としての海外生産も多くみられたが、単なるコスト問題に帰結してしまうのは、一時凌ぎにはなっても解決策とはなっていない。また近年は、自動化を人手不足解消の手段とする傾向も強い。人手不足の進行は事実であるが、足らない手を補填するという手段はいわば消極的な自動化にすぎず、本来の自動化は競争力強化という積極的な手段であることを再認識すべきである。1980年代のロボット市場初期は製造業の積極性により、当時の未成熟なロボットであっても使いこなす努力をすることで日本に安定成長をもたらし、ロボット産業を立ち上がらせたことを思い出すべきである。
合理的な自動化であれば、結果として省力化に結び付くことも多いが、競争力がつくのであれば、自動化とともに優秀な人材を優遇して確保する方が、むしろ重要である。そもそも人件費削減は自動化の間接的な目的であって、直接的な目的とするのは誤った経営判断である。いずれにせよ、設備にも人にも投資を抑制する負の循環から、本来の競争力を求める正の循環への転換を求めて、日本の製造業が強さを取り戻す議論を進めるべきである。
7.4 今回の調査の最後に
前回の調査報告書は、日本が供給面でも需要面でも圧倒的なロボット大国であった姿の記録である。その後20年を経て、ロボット産業の姿は大きく変貌していた。製造業用ロボットに関しては、技術の競争軸はメカトロニクス技術からシステムエンジニアリング技術へと変化し、市場は国内需要中心からアジア・中国市場を中心としたグローバル化が進み、そして新たな競争相手として中国にロボット産業が立ち上がり急速に力をつけつつある。
ロボット産業はこれからも変化が続く発展途上にあり、ロボット産業がどちらに向かうかは未知数である。特に中国のロボット産業と日本のロボット産業が、どのように関わりを持ち、どのような国際競争になるかは、日本の製造業の将来像と無縁ではない。また20年後に、時のロボット産業が何らかの成熟した姿に達したのか、依然として発展途上にある流動的な姿が続いているのか、俯瞰的な調査をあらためて実施することを提案して、今回の調査を終了する。
第7章 参考文献
| 7.1 | 小平紀生:産業用ロボット全史、日刊工業新聞社、2023. |
| 7.2 | 内閣府:CPS構築のためのセンサリッチ柔軟エンドエフェクタシステム開発と実用化、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期 フィジカル空間デジタルデータ処理基盤 最終成果報告書、pp.46-65、2023. |
| 7.3 | Kodaira, Norio:Expected Innovation in Industrial Robots、Advanced Robotics、Vol.30、No.17、pp.1088-1094、the Robotics Society of Japan、2016. |
| 7.4 | 小平紀生:産業用ロボット市場の現状と産業用ロボット技術のイノベーション、機械設計、Vol.64、No.1、pp.12-18、日刊工業新聞社、2019. |
| 7.5 | 技術研究組合 産業用ロボット次世代基礎技術研究機構:ホームページ https://www.robocip.or.jp/ (2024年9月18日閲覧) |
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8 謝辞
本報告書作成にあたり、情報提供、資料提供、内容に対するご指摘、執筆にご協力、ご指導いただいた全ての皆様に感謝いたします。
産業用ロボットの技術の系統化調査報告としては、20年前に引き続き2回目です。20年前の前回の調査において、日本がロボット大国であった時代を生々しくまとめられた楠田喜宏様には敬意を表すとともに深く感謝いたします。日本ロボット工業会の矢内重章様はじめ職員の皆様、日本ロボットシステムインテグレータ協会高本治明専務理事はじめ職員の皆様には、ロボットおよびロボットシステムに関連するデータや新旧の業界情報の提供をいただきました。ファナック、安川電機、川崎重工業、三菱電機、三菱電機システムサービス、スター精機、ABBジャパン、KUKAジャパン、ユニバーサルロボットジャパン、ナブテスコ、ハーモニック・ドライブ・システムズ、多摩川精機各社には製造業用ロボットに関する情報および資料の提供をいただきました。
非製造業用ロボットについては、インタビューに応じていただきました、東京電力ホールディングス戸島英治様、高守謙郎様、日本建設業連合会塚越章様、鹿島建設柳田克己様、竹中工務店宮口幹太様、東急建設中村聡様、鹿島建設三浦悟様、小野かよこ様、クボタ飯田聡様、山田浩平様、メディカロイド木場睦様、人機一体金岡克弥様から、貴重な生の情報および資料のご提供をいただきました。さらに、FullDepth、IRID、サイバーダイン、成瀬ダム事務所、鹿島建設各社からも情報および資料の提供をいただきました。
なお、現在に至るも依然として日本がロボット産業において世界のトップシェアを維持できていることは、過去から現在にわたりロボット産業に携わってきた全ての方々の活動成果として誇るべきものです。ロボット産業発展の歴史に関わる全てのステークホルダーに感謝するとともに、今後とも時代の要請に応じて国際競争力を発揮し続けることを祈念します。
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産業用ロボット技術の系統図
画像をクリックするとPDFが開きます。
産業用ロボット技術の系統化調査 産業技術史資料 所在確認
| 番号 |
名称 |
製作年等 |
製造社 |
所在地 |
選定理由 |
| 1 |
ハーモニック・ドライブ ・Rシリーズ |
1977年 |
株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ |
ハーモニック・ドライブ・システムズ有明工場 |
長野県安曇野市穂高有明5103-1 |
(ロボット用減速機)ハーモニック・ドライブ減速機は、現在産業用ロボットに標準的に使用されている代表的な減速機である。産業用ロボットの普及元年以前の1977年にロボット向け仕様品として開発されたRシリーズは、電動サーボ式産業用ロボットの実用化に大きく寄与し、1980年代のロボット産業初期成長の原動力となった。Rシリーズは小型軽量でありながらロボット特有の急加減速に耐えられる製品として、多くのロボットメーカに採用された。 |
| 2 |
精密減速機RVシリーズ RV-135 |
1985年 |
帝人製機株式会社(現ナブテスコ株式会社) |
ナブテスコ津工場 |
三重県津市片田町壱町田594番地 |
(ロボット用減速機)精密減速機RVは、現在産業用ロボットに標準的に使用されている代表的な減速機である。産業用ロボットの初期成長期の、1985年にロボット専用品として開発され、多くのロボットの機械としての性能向上に寄与した。もともと建機に使用されていた減速機をロボット向けに開発した製品で、特に衝撃や急加減速の高負荷に強く、重可搬ロボットの実用化に貢献した。 |
| 3 |
ZDT (ゼロダウンタイム) |
2015年 (サービス開始) |
ファナック株式会社 |
ファナック 本社 |
山梨県南都留郡忍野村忍草3580 |
(故障予知・通知ネットワークサービス)稼働中のロボットの状況診断から故障予知を行い、予防保全を可能としたサービスである。多くのロボットメーカが試行錯誤していたが、世界に先駆けた最初の商用サービスとして実現したネットワークサービス製品である。 |
| 4 |
A4CSEL (クワッドアクセル) |
2015年 (クワッドアクセル発表) |
鹿島建設株式会社 |
鹿島建設 西湘実験フィールド |
神奈川県小田原市羽根尾200 |
(建設自動化システム)クワッドアクセルは自動運転建機を複数台同時に監視し状況に応じた制御を遠隔地の少人数で実施できる自動化施工を可能とした、次世代建設自動化システムであり、施工マネージメントシステムと自立自動運転システムで構成されている。成瀬ダム工事現場における提体打設工事への投入を皮切りに、トンネル工事さらには月面での拠点建設工事などへの展開が進められている。 |
| 5 |
成瀬ダム (A4CSELによる提体打設工事) |
2020年 (クワッドアクセルによる成瀬ダム提体打設工事開始年) |
鹿島建設株式会社 |
成瀬ダム |
秋田県雄勝郡東成瀬村田子内字宮田97-1 |
(自動化による遠隔管理ダム工事)鹿島建設開発の建設自動化システム、クワッドアクセルは数件の試行工事を経て完成度が高められ、最初の事業現場として秋田県雄物川流域の成瀬ダム工事に投入された。現場の14台の自動建機による工事を小田原市の3人のオペレータで管理する、世界に先駆けた遠隔管理による自動化ダム建設工事現場となった。 |
| 6 |
HAL-3 |
2002年 (試作3号機) |
CYBERDYNE株式会社 |
CYBERDYNE STUDIO |
茨城県つくば市研究学園5-19 |
(医療用装着型ロボットスーツ)HALは微弱な生体電位を検出することにより装着者が意図した動作を支援する装着型のロボットスーツとして、医療現場に広く使用されるようになった製品である。現品は、実験室モデルであるHAL-1、HAL-2を経て、コンピュータを内蔵した最初の実用試作機である |
| 7 |
hinotori |
2020年 (出荷初号機) |
株式会社メディカロイド |
神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター(ICCRC) |
兵庫県神戸市中央区港島南町一丁目5番地1号 |
(手術支援ロボット)医師が一人で電気メス、鉗子、立体視カメラなどを操作する内視鏡手術を支援するロボットシステムであり、先行した米国製品ダビンチに対抗する製品として、広く普及した国産品である。現品は出荷初号機で、開発に協力してきた神戸大学医学部附属の医療施設に導入された。 |
| 8 |
零式人機 ver.1.3 |
2023年 |
株式会社人機一体 |
福島ロボットテストフィールド エントランス |
福島県南相馬市原町区萱浜新赤沼83 |
(インフラ保守用操縦型ロボット)零式人機は操縦者が作業感覚を感じ取りながら操作できる操縦型ロボットで、下記「多機能鉄道重機」の原型となった。その他土木作業用製品化などへも展開されている。 |
| 9 |
多機能鉄道重機 |
2024年 (出荷初号機によりJR西日本にて架線保守工事開始) |
日本信号株式会社 (JR西日本、日本信号、人機一体の共同開発) |
JR西日本電気システム |
大阪府吹田市南吹田1-5-25 |
(インフラ保守用操縦型ロボット)人機一体の技術を基に、日本信号、JR西日本、人機一体の共同により鉄道設備保守専用機として製品化され、JR西日本電気システムが購入した。2024年7月のJR西日本和歌山線における架線保守工事を皮切りに運用が開始された。操縦型の力感覚を持つ大型ロボットとして商用製品化された先駆的な製品である。 |
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