■要旨
「衣」の文化は人間が生まれたときから始まる。その関係は切っても切り離しができない。なぜ「衣」をまとうのであろうか。体温調節、ウイルスやばい菌から身を守る、危険物からの保護など、外的要因から体を守る防御手段としたり、身体の一部として動作を補助したり、美意識を高めるファッションなどが考えられる。
一方、「衣」は「生地」から作られているから、少し広く解釈して、「生地」と人のかかわりを考えてみる。運ぶための物入れ、物を縛る紐、雨風、暑さを遮るもの、インテリアとして使用するもの、医療用品として利用するものなどがある。
それでは、どのようにして「生地」は作られてきたのであろうか。「生地」を作るためには原料である「原糸」が必要となる。「原糸」は動物の毛、植物の繊維、化学繊維などから紡績技術で製作され、この「原糸」を使って手製や機械で「生地」が完成される。
機械を大別すると、一つは経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が交互に組み合わさる「織機」、そしてもう一つは編目が連なって「生地」を形成する「編機」である。本報告書は、この「編機」に関する技術の系統化調査を行うものである。
調査内容として、「編機」に分類される工業用編機の種類を明確にした後に、それぞれの章で開発された歴史や「編機」の特徴や特質、技術の変遷などを報告する。さらに「編機」には「編針」という重要な部品が装備されているが、この「編針」の開発が「編機」の技術革新に大きな影響を与えていることから、別に章立てを行い報告する。
「編機」は大別すると「経編機」、「丸編機」、「横編機」の3種類に区分される。世界で初めて機械化されたのは、ウィリアム・リーが1589年に開発した靴下編機である。構造上「横編機」に分類される。この靴下編機から派生して「経編機」、「丸編機」が開発されていった。すでに機械化から4世紀以上の期間が過ぎているが、大きく技術革新がなされたのは、やはり手動機から自動機への転換以降であろう。全自動化で操作性が向上し、さらにコンピュータ化で多種多様な編成方法を可能とした。
なお「横編機」の章に関しては、少し紙面を増やし、「編地」の成形技術、「編目」の形成技術、「編地」の引き下げ技術などを報告する。
最終章では、全体を通じてのまとめと、「編機」の課題と期待で締めくくらせていただいた。
■Abstract
The culture of clothing begins the moment we are born, forming an inseparable bond with our bodies. Why do we wear clothes? Clothing serves various purposes: it protects us from external factors by regulating body temperature, shielding us from viruses and germs, and guarding against physical dangers. It can also function as an extension of the body, aiding movement, or as a form of fashion that enhances our sense of beauty.
On the other hand, since clothing is crafted from fabric, we can take a broader perspective and explore the relationship between people and fabric itself. Fabric serves many purposes: it is used for carrying items, tying objects together, shielding against rain, wind, and heat, enhancing interior spaces through decoration, and even serving as essential materials in medical applications.
So, how is fabric traditionally made? Creating fabric begins with raw thread, which is produced from materials like animal hair, plant fibers, or synthetic fibers through spinning techniques. This thread is then converted into fabric, either by hand or with the help of machines.
Broadly speaking, there are two main types of machines used to create fabric: The loom, which interlaces warp and weft threads in an alternating pattern; and the knitting machine, which uses a series of loops to form fabric. This report provides a systematic survey of knitting machine technology.
The survey covers the following topics: An overview of the types of industrial knitting machines; and the historical development, characteristics and properties, and the evolution of technology for each. An additional chapter is dedicated to the critical role of the knitting needle as a key component and driving force in knitting machine innovation.
Knitting machines can generally be categorized into three types: warp knitting machines, circular knitting machines, and flat knitting machines. The first knitting machine to be mechanized was the sock knitting machine, invented by William Lee in 1589. Structurally, this machine falls under the category of flat knitting machines. The warp knitting machine and circular knitting machine evolved from the original sock knitting machine. While more than four centuries have passed since the advent of mechanized knitting, the most significant technological advancements likely occurred with the transition from manual to automatic machines. Full automation enhanced operability, and computerization enabled a wide variety of complex knitting methods.
The chapter on flat knitting machines focuses additional attention to shaping technology, stitch formation techniques, and knitted pull-down technology for knitted fabrics.
The final chapter provides a summary of the entire book, showing both the challenges faced by knitting machines as well as future expectations.
■ Profile
今井 博文 Hirofumi Imai
国立科学博物館産業技術史資料情報センター主任調査員
| 1982 年 | 関西大学工学部管理工学科卒業 |
| 1982 年 | 株式会社島精機製作所入社EDP室配属 |
| 1984 年 | 生産技術部生産技術課 |
| 1987 年 | メカトロ開発部技術第2グループ |
| | 技術情報管理業務に従事する |
| 2006 年 | 企画部情報システムグループ課長 |
| 2011 年 | 管理本部総務人事部部長 |
| 2018 年 | 執行役員総務人事部長 |
| 2021 年 | 総務人事部顧問 |
| 2024 年 | 国立科学博物館産業技術史資料情報センター主任調査員 |
1 はじめに
私達人間は、生まれて最初に包まれるのが「衣」である。原始の時代に動物の毛皮や植物の樹皮などで作られていた衣服は、現在ではそれら動植物から繊維を抽出し、その繊維の束から細長く紡ぎ撚りをかけて強くした糸、あるいは化学合成繊維の糸などで生地を形成し、その生地を縫い合わせて「衣服」が作られるようになった。
生地には、その形成手段によって、「編物 /Knitted Fabric」、「織物 /Textile Fabric」、「不織布 /Nonwoven Fabric」の3通りの形態がある。
「編物」とは、1本の糸が連続して緯(よこ)方向に所定数の編目(ループ)の列を形成し、その編目列を縦方向に編みつないで形成する緯編(図1.1参照)、および、1本から複数本の糸が連続して縦方向につながる編目の列を形成するとともに、隣接する列の編目の糸が絡み合って形成する経(たて)編(図1.2参照)で、製作される生地である。
図1.1 緯編の編目
(JIS繊維用語-ニット部門・付図109より転載)
図1.2 経編の編目
(JIS繊維用語-ニット部門・付図109より転載)
「織物」とは、緯糸が隣接し合う経糸の表側と裏側で交互に経糸と交差して形成される生地である。その製作方法は、整列させた所定本数の経糸を、1本置きまたは任意の数本置きの間隔で、一方は引き寄せ、他方は突き出して交互に開口させる。そして、それぞれ経糸の開口時に緯糸を挿通した後、緯糸を引き締めて整列させる工程を繰り返すことで生地となる。「機織機(はたおり機、織機とも言う)」によって作られる。(図1.3参照)
図1.3 織物の経糸(1)と緯糸(2)1-1)
「不織布」とは、主に化学短繊維を吹き付けて和紙のようにシート状に形成される生地である。吸水性パンツやサージカルマスク等の機能性を発揮させる製品に用いられる。
編地や編製品について、日本では古くから「メリヤス」と呼ばれているが、現在では国際的に標準化された「ニット」、または「ニット製品」の呼称が主流となっている。
「メリヤス」の語源は17世紀半ば(1639年長崎の出島開設後)、南蛮交易で手編みの方法とともに、長崎に伝来した「靴下」を意味するポルトガル語の “Meias(メイアス)” 、またはスペイン語の “Medias(メディアス)” に由来し、漢字では「莫大小」と書いて「メリヤス」と読む。「莫」は「ない」との否定を表し、「メリヤス」は伸縮性に優れていて、サイズの「大も小も要らない」という解釈で「莫大小」の当て字を使っている。また、よく使われている「ジャージ(Jersey)」という呼称は “外衣・外装用の編んだ反物” と定義され、かつ編目が密に詰まった伸縮性のある編地、およびその編地からなる製品のことを指し、イギリスのジャージ島で編まれていたことに由来する。
「ニット」は糸を湾曲させて連続的につないだ編目の集合であって、編目を作る道具である「編針」を操作することで得られるのが「ニット」である。編針として「棒針」あるいは「かぎ針」を用いて、人の手で作るのが「手編み」(図1.4、図1.5参照)である。複数の編針で、機械的に糸を供給し、編針を操作して生地を編成するのが「編機」である。
図1.4 棒針編
(JIS編目記号(2)棒針編目・表目操作図)
図1.5 かぎ針編
(JIS編目記号(3)かぎ針編目・鎖編目操作図)
編機に装備されている編針の形態は、編針を操作する装置の基本的な構造に関連して、編機の分類・系統のいずれかに属する要因となる。
編機は、緯編機(よこあみき、Welt Knitting Machine)と経編機(たてあみき、Warp Knitting Machine)に大分類される。下位に位置する分類では、ニット製品アイテムのファッション性や機能性、および、生産性を追求して、構造的に著しく異なった編機の系統となっている。歴史的に編機は靴下用の生地を編むための機械に始まり、「経編機」、「丸編機(Circular Knitting Machine」、「靴下編機(Sock Knitting Machine)」、「フルファッション編機(Fully Fashioned Knitting Machine)」、「横編機(Flat Knitting Machine)」に分かれ、それぞれが時代とともに個々に進化・発展をたどっている。(図1.6参照)
編機の起源となるのが、イギリスの牧師見習いであったウィリアム・リー(William Lee)が1589年に発明した靴下編機で、「ウィリアム・リー靴下編機」と呼ばれている。若きウィリアム・リーは、後に妻となる女性に恋焦がれて彼女の家に行き来するが、彼女はいつも忙しく靴下を編んでいた。彼は「何とかその作業を楽にしてやろう」という彼女に対する思いから、靴下の編地を編む機械を発明し大きな功績を残したのである。
このエピソードは日本では1873年(明治6年)発行の「文部省発行教育錦絵(幼童家庭教育用絵画)」(図1.7参照)でも紹介されている。この錦絵には女性が編物台「ペグフレーム(Peg Frame)」(図1.8参照)を扱っている場面が描かれている。「ペグフレーム」は14世紀末ごろから存在すると推測されており、ペグは編目を形成する道具である。
図1.6 編機の分類(筆者作成)
図1.7 ペグフレームで編む女性とそれを見る男性1-2)
図1.8 ペグフレーム(図1.7の手元拡大 筆者作成)
ウィリアム・リーは、このペグから「ひげ針(Beard Needle)」の発明に至り、「ひげ針」を複数並べ、編目を作るための必要な装置を連鎖的に設けて編地を製作する、世界で最初の「編機」の発明という偉業を成し遂げたのである。
これらのことから「ウィリアム・リー靴下編機」は、棒針による手編みが起点と考えるのではなく、「ペグフレーム」が根底にある、と捉えるのが妥当である。
この「ひげ針」を使ったウィリアム・リー靴下編機をもとに、エドモンド・クレイン(Edmond Crane)は経編機を発明して、1775年に特許を取得している。マーク・ブルネル(Marc Brunel)は小口径の円形編機を発明して、1816年3月14日に特許出願し英国特許(GB 3,993)を取得した。さらにウィリアム・コットン(William Cotton)はフルファッション編機の原型であるコットンフレームを発明して、1864年に特許を取得している。
ウィリアム・リー靴下編機から派生し、このように新たな編機が創出されてきたが、時代の背景によって求められる機構や、手動から機械制御、電気制御、全自動化からコンピュータ制御へと移り進んでいく技術変革について、各々の編機を分類別にして第2章以降で考察する。
参考文献
コラム メリヤス機械の始祖 ウィリアム・リー物語
ウィリアム・リーの靴下編機は1589年に完成したが、彼の弟ジェームスとともに9年間も費やして編めるようになった。初期のころは1分間に約200目の編目しか編めなかったが、改良を重ねて、最後には約1,000目のループを編めるようになった。使える糸も当初は粗い毛糸のみであったが、最終的には細い絹糸でも編めるような精巧なものに仕上げた。
当時の熟練した手編み職人とウィリアム・リーの機械の生産性を比べると、熟練者は1分間に100目を編んだと言われるので、この機械の出現によって10倍になった。しかし、彼のこの偉大な発明も、当時の社会に受け入れられなかった。手編み職人たちは、自分たちの仕事が奪われることになると、ギルド組織で猛反対をした。
このためウィリアム・ リーは自らの発明に特許を与えるよう繰り返しエリザベス1世女王に申請したが、女王は彼の出願を認めることを拒否した。多くの手編み職人を保護することを選んだのである。
またこの当時は、地方から多くの浮浪者が都市に流れてきており、救貧法な徒弟条令を発布し、彼らに職をつけるよう作業場に徒弟として受け入れるように仕向けた。このような社会情勢などを踏まえて、女王は偉大なる発明家であるウィリアム・リーに特許を与えなかったのである。
エリザベス1世女王は1603年に生涯を閉じるが、その後継者であるジェームス1世も女王の遺志を継いで特許を与えず、また周りの手編み職人からの憎悪はますます激しいものとなった。
イギリスでの居場所がなくなったウィリアム・リーに、手を差し伸べたのがフランス国王のヘンリー4世である。彼をフランスに招待したのである。弟ジェームスと製造した9台の靴下機械と、8人の職工を伴ってフランスに渡り、フランス王国の保護のもとに、フランス北部の都市ルーアンで機械による靴下作りを始めた。
ところが、不運にもヘンリー4世は1610年に暗殺され、王室の保護を解かれたウィリアム・リーは再び失意の人となり、王が暗殺された同じ年に、彼もパリで亡くなるのである。
彼の死後、弟のジェームスは再びイギリスに戻り、機械をロンドンに据え付け、メリヤス工業の基礎を築くことになった。
この偉大な発明家は恵まれない一生であった。しかし、彼の発明した靴下編機は、メリヤス工業の多大なる発展に貢献するとともに、現在でもメリヤス工業の始祖として歴史上に不朽の名をとどめている。
文献出典:ウィリアム・リー物語, メリヤス週報, 1962年4月16日号
ウィリアム・リー靴下編機
(島精機製作所フュージョンミュージアム 筆者撮影)
Lee’s knitting frame
WIKIMEDIA COMMONS, Lee’s knitting frame.jpeg,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lee’s_knitting_frame.jpg(2024/4/15閲覧)
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2 靴下編機
2.1 海外の靴下編機の歴史
1589年、靴下編地の生産はウィリアム・リーの発明によって初めて機械化された。ウィリアム・リー靴下編機は、多数のひげ針(Bearded Needle)が水平のストレートバーに固定されており、靴下(ストッキング)用の生地を編む手動・足踏み式の編機であった。
その後、手動式から動力式への開発が進み、1864年には英国のウィリアム・コットン(William Cotton)が、ひげ針を埴列した垂直のストレートバーに対して編目移し装置を付加し、靴下用に成形した生地を編む動力式の編機、いわゆるコットンフレーム(Cotton Frame)を発明した。コットンフレームは現在のフルファッション編機の原形である。編まれた生地は、編目を隣の針に移す編目移し装置によって、脚部、足部の形に生地の両側で成形された編地であり、編地をカットすることなく両端同士を縫い合わせチューブ状の靴下製品を作り出した。
コットンフレームの発明によってヨーロッパと米国の編機産業の分岐をもたらすことになった。欧州ではコットン方式(Cotton Patent)の編機を受け入れ完成させることに全力を注いだ。一方、米国では主にべら針方式の丸編機を受け入れ編機の開発はすべてその方向に進んでいった。1847年に発明されたべら針(Latch Needle)は、編機の開発に新しい分野を切り開いた。
べら針を使った丸編機は上質な生地作りに関しては不向きである。 実際、ひげ針やスプリング針を使ったコットンフレームのような均整な編目の成形生地を作ることはできない。しかし、べら針を使用した丸編機の生産量はコットンフレームと比べはるかに多い。
欧州の靴下製造業者は生地の改良や成形などに注力し、ひげ針方式のコットンフレームを使用し続けていた。一方、米国では他の地域よりも多くの靴下を消費しており、編地の成形ではなく生産量と安価な商品を要望した。結果、米国の開発者は、生産量が多くコスト削減ができるべら針を使った丸編機にすべての機能を集中させたのである
2-1)。
2.1.1 米国における靴下編機の発明
1850 年以前の米国では靴下は主に手編針を駆使して手作業で編んでおり、その後、ひげ針使用の編機からべら針使用の靴下丸編機に移っていく。これらの変遷について、主だった発明内容を特許公報に基づき説明する。
(1)ダナ・ビックフォード(Dana Bickford)の発明
1868年、ダナ・ビックフォードは、べら針を小口径の針シリンダーの外周に設けた垂直溝にべら針を摺動可能に収納し、シリンダーの外周にべら針を操作するカムリングを設けた手動丸編機を発明し、米国特許“US 80,121”を取得した。(図2.1参照)この手動丸編機は針シリンダーが固定で、カムリングを回転または反転往復させてべら針を操作し、チューブ編地または成形編地の編成を可能にした。針シリンダーを備えたこの丸編機の形態が、現在の靴下編機および丸編機の原形に相当するものである。
図2.1 ダナ・ビックフォード発明の丸編機2-2)
(2)ジョージ・A.・レイトン(Gorge A. Leighton)の発明
1877年、ジョージ・A.・レイトンは、べら針を使った小口径のリブ編丸編機の特許を出願し、1878年に米国特許“US 200,463”を取得した。(図2.2参照)このリブ丸編機は垂直のシリンダーおよび水平のダイヤルに設けた溝に、摺動可能な状態でべら針が収納されている。編成するためのべら針の選択は手作業で行い、シリンダーの外周に設けたカムリングとダイヤルの上方に設けたカム円板を手動ハンドルで回転させて、リブチューブ編成、平編チューブ編成、および反転往復させて爪先および踵の成形編地の編成を可能にしたものである。この小口径のリブ編丸編機はB式靴下編機の原形に相当する。
図2.2 ジョージ・A.・レイトン発明 べら針を使った小口径のリブ編丸編機2-3)
(3)ロバート・W.・スコット(Robert W. Scott)、ルイ・ウィリアムス(Louis N.D Williams)の発明
1889年、ロバート・W.・スコットはルイ・ウィリアムスとともに、べら針を使った靴下編機で針のフックに作用させるピッカ機構、ピッカ方式の爪先部および踵部の成形編成機構を発明し、米国特許“US 407,126”、“US 410,859”を取得した。
1894年、ルイ・ウィリアムスはべら針を使った靴下編機で、上記ロバート・W.・スコットとともに改良を重ね、針のバットに作用させるピッカ方式による爪先部および踵部の成形編成機構を発明し、米国特許“US 521,066”を取得した。
(4)ルイ・ウィリアムス、ハリー・スウィングルハースト(Harry Swinglehurst)の発明
1896年、ルイ・ウィリアムスはハリー・スウィングルハーストとともに、自動靴下編機の米国特許“US 552,806”を取得した。ピッカ方式の自動靴下編機は、現在において従来型(Conventional)の機械的制御の靴下・ストッキング編機に継承されている機能の原形である。
(5)スコット&ウィリアムス社での発展
ルイ・ウィリアムスとロバート・W.・スコットはスコット&ウィリアムス社の代表者となり、靴下・ストッキング編機の進歩に大きく関わっていった。その顕著な編機の一例は、ロバート・W.・スコットが発明した、履き口がリブ編(リブトップ)の平編靴下・ストッキング編機である。B式の靴下編機とは異なり、靴下・ストッキングの履き口の編地を自動的に折り返し編(ウエルトターン/Welt Turn)で編成した後、連続して脚部および踵・爪先の成形編成を可能とした。靴下履き口の折り返し編地いわゆるダブルウエルト(Double Welt)を自動的に編成する機構や脚部に接続する機構を備えた、K式靴下編機の登場である。
2.1.2 欧米の靴下編機の特性
1950年代初期の欧米の靴下編機については、畦編の靴下機が中心となっていたが、米国の機械では、リンクス機で可能な限りリンクス柄が変化できるように工夫されていた。ドイツやイタリアでは一台の機械で各種、リンクス柄、ジャカード柄、アーガイル柄など異質的な柄が編成できるように構成されていた。これは市場の規模によるもので、その特性が表れている
2-4)。
米国の靴下機械メーカとして第一番に挙げられるのは、有名なスコット&ウィリアムス社である。他にはバンナ靴下機で知られているヘンプヒル社ならびにファイデリティ社が挙げられる。スコット&ウィリアムス社は他の2社に比べ、靴下機の本流となるべき標準的な機種を作りその種類も多く、規模として当時の世界第1位のメーカであった。
欧州の靴下機械メーカは、英国においてはスチベ、ベントレー、ウイルト、トレントという会社がしのぎを削っていた。ドイツについてはゴットリーブ・エピンガーが最有力な会社であった。同社の製品「エスターJU」は柄編成として多機能である。ダブルシリンダー2口の畦編靴下機で、ジャカード柄、リンクス柄、アーガイル式柄、3色の色糸が入る3色ジャカード柄も編成でき、いわゆる万能機に近い。従来のリンクス柄とジャカード柄をコンバインさせる機械では、「エスターJU」以外に、ベントレー社の「モデルCP」、モンセニオ社の「ユニバーサル」、サンジョージ社の「L2J2」がある。「エスターJU」を除いて他の機械はすべて柄ドラムが3つあり、2つの柄ドラムでジャカードを編成し、他の1つがリンクス柄を編成するように構成されているというものであった。「エスターJU」は2つの柄ドラムでリンクス柄とジャカード柄の編成を行った。その他に大きな違いとしては、「エスターJU」以外は2色しか色糸を用いることができないが、「エスターJU」は3色プレーティング装置が取り付けられており、美しい3色ジャカード柄を編成することができた。表2.1に欧米各社当時の新鋭靴下機を記述する。
表 2.1 1950 年代の欧米各社新鋭機2-4)( メリヤス週報を参考に筆者作成)
| 米国 |
スコット& ウィリアムス |
- A)
- ETR 機-エコノミック・ツルー・リブの略、身編とゴム編をシングルユニット式に編成するノッタがあり横段の切替ができる。既に米国では目ざしをするB式はこの種の機械に転換し編立の合理化が図られる。
- B)
- KOMET WARR -リブボスの刺繍機。
- C)
- HH-pW COLOR IN COLOR - HH 式のカラー・イン・カラー機。
- D)
- B.M.C. -B式のスパイラル機にて縦横の色糸を切替える。この機械の出現にて幾何学的対照柄は完全に編成できるようになった。
- E)
- ES Ⅱ-これはHH 式でないカラー・イン・カラー機、メッシュ・フローティング・プレイティングができ非常に編成範囲が大きい。
- F)
- JAEQUARD LINKS & LINKS -子供用、折返し部分にジャカード柄、身編にリンクス柄が入るもの。
- G)
- M.R.I -ダイヤモンドデザインを作る新鋭機。
- H)
- K.N.U -エアーコンプレッサー装置を持つ細物K式機。現在474 本まであるが将来560 本まで作られる。
|
| ファイデリティ |
マルチデザイン機-刺繍口編機、455 回転の高速、針数と同本数の刺繍糸が使用できる。ノッタにて横段切替は自由。同機は手袋・帽子・クリューソックスに利用できる。 |
| ヘンプヒル |
SCP とSCOP -完全自動アーガイル機、後者はオーバー・プレイティングができる。 |
| ドイツ |
ゴットリーブ・エピンガー |
エスターJ U・リンクス・ジャカード折衷機、52 段48 列3 色が入る。 |
| イタリア |
オフィシン・モンセニシオ |
- A)
- 2CJ-ダブルシリンダー2口畦ジャカード専門機、柄ドラムは30 段、欧州では一番広く用いられているジャカード機。
- B)
- ユニバーサル機-リンクス・ジャカード折衷機、柄ドラムは30 段。
- C)
- トリコーラダブルシリンダー3 口畦編ジャカード機、各コース毎に3 色が入る。ドラムは3 つ30 段、交換ドラムあり柄替簡単、能率8 時間8 ダース。
|
| サンジョージ |
L2J2 -リンクス・ジャカード折衷機。 |
| 英国 |
トレントエンジニア |
オウトスキフトA・S45 -針数と同本数色糸の使用できる刺繍機。 |
| ウイルト |
MODEL E -リブボスの機械。 |
| ベントレー |
MODEL C P -リンクス・ジャカード折衷機。 |
2.1.3 B式靴下編機(Model B Hosiery Machine)
B式靴下編機の呼称は、オートニッター社のリブ編機Model B、およびギアハート社製の編機マニュアルで説明されるModel 1914-B(図2.3参照)に由来する。Model BならびにModel 1914-Bは、垂直に設けた平編用のシリンダーの針とその上端部に設けた水平のゴム編用のダイヤルの針を使用してリブトップ編地を編成し、リブトップ編地のダイヤル側の編目をシリンダーの針に移した後ダイヤルを取り除き、シリンダー側の針で平編の靴下を編成する編機である。
B式靴下編機は、1945年頃に靴下の履き口部のリブ編に代わって平編のゴム糸挿入編が出現した。その一例として、ロバート・H.・ローソン(Robert H. Lawson)、スコット&ウィリアムス社が、1945年に取得した米国特許“US 2,380,768”がある。平編のゴム糸挿入編は、従来のリブ編から平編に移行する手作業の目移し工程を除外して編成の自動化を行うが、履き口のセルベージ(エッジ)が表側(外側)にカールする特性がある。特許の内容は、カールを防止する伸縮性編地の編目構成に関するものである。
しかしながら、現在ではB式靴下編機による靴下製品は減少して軍足いわゆる作業用靴下の生産に限定され、そのためB式靴下編機はほとんど製造されない傾向にある。
図2.3 ギアハート社Model 1914-B 2-5)
2.1.4 K式靴下編機(Model K Hosiery Machine)
1915年にロバート・W.・スコットは、針シリンダーとその上方に目移しジャックを放射状に配置した水平ダイヤルを備え、履き口部(ウエストバンド)のインターンウエルト(In-turned Welt)、すなわちダブルウエルト(Double Welt)を自動的に編成する機構、および脚部に接続する機構を備えた靴下編機を開発し、米国特許“US 1,282,958”(出願 1915.12.13/権利者:スコット&ウィリアムス社)を1918年に取得している。図2.4はその編成方法である。現在、その機能を受け継いだ靴下編機がK式と呼ばれている。その由来については、上記スコット&ウィリアムス社の編機型式モデルKが起源である。
図2.4 米国特許“US 1,282,958”の編成方法 2-6)
2.1.5 HH式靴下編機(Model HH Hosiery Machine)
日本靴下工業組合連合会編纂「靴下工学」の第3章、第1項のⅡ-32図、および第2項-1-1に、スコット&ウィリアムス社製HH機のダイヤル用複合針に関する記述がある。
1927年にロバート・W.・スコットおよびスコット&ウィリアムス社が米国特許“US 1,641,554”(出願1922.5.9)を取得した「リブ編地靴下編機」は、べら針のシリンダーと上部に複合鉤針(図2.5参照)のダイヤルを備え、平編のダブルウエルトからリブ編に、リブ編から平編に、ダイヤル側の編目をシリンダー側のべら針に、それぞれ目移しができる編機である。HH式靴下編機の由来はスコット&ウィリアムス社のModel HHが起源である。この機種も現在では全く見られない。
図2.5 HH式靴下編機の複合鉤針 2-7)
2.1.6 リブニッター(Rib Knitting Hosiery Machine)
リブニッターは1900年に英国レスターのストレットン(Stretton)とジョンソン(Johnson)が特許を取得した、両頭針を使用した最初のダブルシリンダーの靴下編機である。1902年にストレットンとジョンソンは、内部制御シンカーを開発したレスターのスパイアーズ&グリーブス(Spiers & Grieves)に製造を委託して、モデルXLの市販を始めた。ダブルシリンダー編機とは、垂直に設けた第1シリンダーの編成部の上方に第2シリンダーを逆向きに配置して、編成部を対向させた形態の編機である。この編機はマシュー・タウンゼンドが発明した両端にフックとべらを有する両頭針を使用し、両頭針を上下のシリンダー間を移動させて、下側で表目、上側で裏目を編成することにより、リブ編、パール編、表目平編、裏目平編の自動編成を可能にした。このリブニッターのダブルシリンダーの形態は、リンクス&リンクス(裏目柄、目移し柄)編機等、現在の丸編機および靴下編機において主要な系統を構成している。
2.2 日本の靴下編機の創成期
靴下産業は家内的手工業から発展してきたのだが、大正末期から昭和初期にかけて、わが国の靴下生産が最も軌道に乗り、昭和7年、8年頃にはピークに達したと言える。しかし、靴下の生産される工場の実態は、納屋のようなところで祖父が機械を修理し、嫁が糸巻から整理、子供が編立を行うといった状態で、家族総動員で生産が行われていた。
靴下を生産する編立機械が明治時代の手回し機や半自動機から、大正に入って米国のスコット&ウィリアムス社からB式およびK式機が輸入され、靴下の生産は家内工業から生産工場の形態に変わってきた。国産機も相次いで製造され、当初無地の靴下のみであったが柄靴下も生産できるようになった。ところが第2次世界大戦によりわが国の機械製造技術の発展が大きく阻害されてしまった。その間、欧米の靴下編機は異常なほど進歩発達を遂げた。戦後になるとわが国では、技術が進歩した新鋭外国機の輸入ブームが起こり、柄靴下の隆盛をもたらした。
新鋭外国機の輸入は1955年に始まっている。米国のカラー・イン・カラー(柄出し装置によって違った色の刺しゅう柄を編成)機が輸入され、いわゆるインカラー時代に突入した。英国ベントレーグループのコメット機、西ドイツのエスター機、イタリアのトリコーラ機も相次いで輸入された。そこで、国産機メーカはこれら高級の外来機を模倣し製造するようになった。
輸入ブームが起こった理由は、市場が大衆機による平凡な柄に満足しなくなり、より複雑で付加価値の高い商品を欲するようになったからである。大衆機は国産の靴下編機で賄えるが、高度な技術を要求される靴下編機は、欧米からの輸入に頼らなればならなったのである。国産機メーカは、欧米の機械と技術的に見劣りしない、市場ニーズに適合する靴下編機の製作が使命となった。
当初、欧米の技術の模倣で始まったが、編成技術を徹底的に調査し最適な機構の研究開発を重ねて、新鋭国産機の完成に至った。
また編立工場では、複雑な靴下編機の修理や調整は、編機の構造や機構の原理をよく習得していないと操作が不可能であり、編機を理解できる優秀な技術者を育てることが重要であった。
1960年代に入ると、わが国で生産される靴下編機は、廉価な機械の供給という意味合いではなく、技術水準も世界各国の優秀機に対抗できるまで成長している。その要因は、靴下業界全般を取り巻く一般情勢の変化からであった。
日本靴下調整組合運営会(後に日本靴下工業組合連合会)は、ブームに乗った設備過剰という面から新増設の禁止や生産時間の制限を設けて規制を行った。さらに調整の制限を受けないアウトサイダーによる過剰設備を抑止する、中小企業団体組織法第五十七条(事業者の設備の新増設禁止)、同五十八条(設備の設置禁止)の規制命令が1959年に発動された。
こうした事象から国内の靴下編機メーカは、手動機を除く31,906台という生産者設備台数の中で新機能機に入れ替えることだけが許され、外国機に匹敵する能力を持つ靴下編機の開発に取り組んだのである
2-8) 2-9) 2-10)。
2.3 外国機のさらなる発展
国産機の開発が進んでいく中で、外国機の進化はさらに進行していった。ナイロン素材を使った靴下やシームレスの長靴下の出現である。
2.3.1 ナイロン糸の出現
1935年、米国のデュポン(DuPont)社の研究者ウォーレス・カロザース(Wallace Carothers)によって、画期的な合成繊維であるナイロン(Nylon)が発明された。そのナイロンを使用した靴下の浸透は、強大な耐久力で長持ちし需要の減少傾向を導き供給の過剰をもたらした。このような市場の変化に対応するため、靴下生産者は無地靴下の生産から柄物靴下の生産への設備変更を余儀なくされ、ナイロン糸が主素材であることを目的に設計された外国新鋭機の靴下編機を輸入することになった。国産機はナイロンの出現によって技術的な改造が必須となった
2-9) 。
2.3.2 シームレス長靴下編機の登場
1960年代に入るとシームレス靴下編機の需要が急増する。シームレス靴下には、コンベンショナルストッキング(爪先、踵部を反回転で編成するもの)と、チューブラストッキング(爪先、踵部の反回転編成ではなく、筒編で編成後、爪先、踵を熱セットする)がある。米国スコット&ウィリアムス社はK式機のパイオニアであるが、コンベンショナルの1口のK式シームレス機(モデルKN)を発表した。その他の機械メーカも発表したが、このスコット&ウィリアムス社の機械をモデルにしたものであった。また、高生産性を誇る口数を4口にしたシームレス靴下編機もK式から発展した機械である
2-11)。
2.3.3 コンベンショナルタイプ
スコット&ウィリアムス社のシームレス機モデルKNの特徴は次の通りである。
- ①
- ドラムカムの変更機構によって、リンキング場所を靴下の底部に移動させ、ミシンによるオーバーロック工程によって行えるよう考案された。
- ②
- 靴下編成時に余分の編成糸を自動的に切除して外部に排出することで、編み終わった後のトリミングをなくした。
- ③
- 外部からのエアーで靴下をシリンダーから編み出される靴下を自動的に吹き飛ばし、人の手を使用せず編機から取り出すようにした。
- ④
- 糸の送りおよびテンションの調整を自動的に行うことで、一番技術を要する長靴下の長さの調整や、編目の均一化を容易にした。
2.3.4 チューブラタイプ
シームレス靴下の需要が急増する中で、高能率な靴下編機が要望された。チューブラタイプは、従来の1口靴下機の約4倍から5倍の効率とするために口数を4口に増やした。また、コンベンショナルのシームレス靴下編機と完全に考え方を変え、靴下の爪先、踵を同一方向に回転させて筒状の編地を編成し、後に熱セット処理により踵部を成形する方式をとった。
2.3.5 国産機が国際的な展示会へ出展
日本の靴下編機メーカである永田精機は、1963年にアメリカ・アトランティック市で開かれた第46回KAE(ニッティング・アーツ・エキシビジョン)にシームレス靴下編機を出展している。出展機はKC-225(2口のコンベンショナルタイプ)とKT-425(4口のチューブラタイプ)である
2-12)。
同展示会では、外国勢は2口、4口のコンベンショナルタイプや、口数を4口からさらに増やした6口、8口のチューブラタイプを出展していた。4口から8口への移行は、靴下編機メーカとしてより高速で量産タイプの機種を市場に投入しようとする現われであった。
ただし、多口数機には問題点も多々あった。編目は口数が少ないほど均一できれいであるが、8口機になると編目を調整しても解決できない原糸による問題が発生した。しかし、この問題解消の対策が、原糸の改良や工場内の温湿度管理などの技術の発展につながったことは事実であった
2-13)。
2.4 靴下編機の方向性
靴下編機は主にシームレス編機とソックス編機に分類される。特にシームレスストッキングは急速に発展しているが、フルファッション靴下(横編成形編地)やトリコット靴下(経編編地)などの製品はほとんど見られなくなった。消費者はファッション要素の高い製品を好み、ナイロンシームレスストッキングが最適であった。ソックス(短靴下)はデザインも装飾的なものが人気となり、シームレスストッキングのような大量生産方式ではなく、多品種少量生産が基本となってきた。そのため、柄出しの機能が重要ポイントとなり、多様化と精巧化のある靴下編機の開発が焦点となった。
2.4.1 シームレス靴下
シームレス靴下編機は、高生産化、自動化、高品質化の研究開発が進んだ。高生産化では給糸口数の増加による編立時間の高速化が図られた。自動化では靴下の長さの自動調節装置などが開発された。これは、靴下が機械内で編み下がり、光電管(センサ)で位置を判断して編成長を自動的に調節する装置である。また、高品質化では編目の長さを一定にするために、糸のテンションの変動を極力なくす積極送出装置の開発も行われた
2-14)。
1970年代に入ると、シームレス靴下編機は各メーカとも多給糸口化と高速回転の傾向で競い合っていた。しかしながら、4口機で400 rpmの高速で編成した1日24時間の生産高は50デカないし60デカ(1デカ=10足)で、給糸口数が8口、12口の靴下編機であっても余り生産高は変わらなかった。そのため、多口機の適応性を考えれば、4口機の編地安定性を優先したほうが良いという見解も出た。シームレスからパンティストッキングへの転換とともに、品質向上のため口数を減らし、機械の簡素化を図ることで高速化を実現し、生産量をカバーする考え方である
2-15)。
2.4.2 ソックス編機
短靴下ではデザインの複雑化のため多品種少量生産の傾向となり、靴下編機は多様な柄出しに対応するための精度の向上が開発の焦点となってきた。そのため、ダブルシリンダー(針を格納する釜が上下に設置されている)でリンクス編(パール編)、2色あるいは3色ジャカードでリンクス編、ボス柄を併用したリンクス編などを可能とする編機が開発されており、柄出し範囲の拡大ならびに高生産性の編機で短靴下が生産された。なお、柄出し機構はパターンドラム・フィンガーによる選針を行った。高速化という面では編機の回転数を上昇させ生産性の向上を図った
2-14)。
2.4.3 展示会から見えた方向性
国際繊維機械見本市(ITMA展: International Textile Machinery Association exhibition) は4年に一度開催される繊維機械の世界最大の展示会である(参照:
https://en.wikipedia.org/wiki/International_Textile_Machinery_Association_exhibition)。
1971年にフランスのパリで開催されたITMA展では、欧州のソックス編機の方向性として、高速化、省力化が注目され高生産を誇る200 rpmの高速機を出展し各社が競い合っていた。また、トラブルが多く発生していた踵、爪先部の2口編成も安定した形となっていた。シームレス編機では、ほとんどの出品機がパンティストッキングのダブルウエルト部にゴム(スパンデックス)編込装置を備えていた。後工程である縫製上の省力化に役立つ機能であり、製品の全工程を見渡した省力化機能として評価された
2-15)。
2.5 日本の靴下編機メーカ
日本の靴下編機メーカは数多くあるが、そのうちの代表的なメーカである「永田精機株式会社」が開発してきた靴下編機を参考にして、その技術的な変遷を以下に記述する。
2.5.1 外国機からの発展
永田精機株式会社は、靴下編機の開発のレベルアップを図るために、1952年10月、欧米の編機業界を視察し、当時の新型高性能な靴下編機を輸入し研究を行った
2-16)。
これらの機械と長年の経験で培った技術を融合させ、新型靴下編機の開発を行い、1955年1月に①L型リンクス・リンクス、柄リブニッター、②SC型スパイラル・コント・ラッパー、③9-F型ファンシー・トワイン・スパイラル・ニッター、④KN型ナイロン・ストッキング・ニッターの4機を発表した。業界関係者からは日本のスケールに合った機械であると好評となった。特徴は次の通りである
2-17)。
①L型リンクス・リンクス、柄リブニッター
本機は18段36分割のドラムにより表目、裏目を変更し、リンクス・アンド・リンクス柄模様を編成する。更にドラムの上下動により一足の靴下に別の柄模様も編成できる。
②SC型スパイラル・コント・ラッパー
本機は26段シリンダージャックとトリックホィールジャックおよびコントラドラムカム、またはネジの総合組合せにより、アーガイルボス、直線ボス、チェーンカラーボス等、希望のスパイラル編とからみ編柄模様を編成することができる。
③9-F型ファンシー・トワイン・スパイラル・ニッター
本機は26段シリンダージャックとトリックホィール2個および両口用糸道2個の総合組合せにより、らせん状の縦縞模様や市松模様等、各種の極めて優美な柄を編成できる。
④KN型ナイロン・ストッキング・ニッター
本機は400本、54ゲージ、26段96ステップドラムを有し、最新式のシームレス靴下を極めてスムースな運転によって編成できる。15デニールのナイロン糸編成のために製作されたものであり、シリンダーやシンカー・リングその他の主要部分は、優秀な機械設備と技術で特殊鋼を熱処理して精密に加工されている。
2.5.2 自動停止装置
高度な技術の発展とともに、一人の作業者が編機を容易に操作する台数を増やすために、電気ストップ・モーション装置が取り付けられた。操作中の事故、例えば、地糸切れ、地糸つれ、ゴム切れ、ラップ色糸切れ、針フック折損、針のベラ折損、針のバット折損などが起これば、自動的に機械を停止し傷物を防止する。機械が停止すると同時に赤色警灯が点灯し作業者に知らせるようにした
2-18)。
2.5.3 世界水準に達した国産靴下編機
永田精機のカラー・イン・カラー国産機(C.I.C)(図2.6)は、トップレベルの靴下編機として好評であった。円滑、正確な切替柄装置を装備し、各種のリンクス柄高級靴下を編成できるリンクス・アンド・リンクス・リブニッターは、切替柄ドラムと5色の主糸道と2色の副糸道およびゴム糸道を有し、これが毎コース精巧な切替を行うことでリンクス柄が編成できる。また、ドラムの上下動により1足の靴下に別の複雑な柄模様を編成できる。フロートステッチ装置(裏飛模様)、リバースウエルト(折返し、靴下の場合止めが裏側になる)およびプレスオフ(抜糸)装置などが装備されてあり、さらにダブルフィード式になっているので、極めて広範囲の高級な柄靴下を能率的に編成できた
2-19)。
図2.6 永田精機カラー・イン・カラーソックス編機(C.I.C)2-16)
図2.7 永田精機リンクス・ジャカード柄編機(R-LJ3)2-16)
図2.8 永田精機リンクス・アンド・リンクス編機(R-LL)2-16)
さらに開発が進み1958年には、新構想で設計したジャカード柄装置を装備し、従来のリンクス柄とジャカード柄を同時に編成した、斬新的かつ高級な紳士用靴下を編むことができる優秀機を提供した。リンクス柄は上釜に装備されたセレクター装置によって編成され、同時にジャカード柄は下釜に装備されたジャカード編成機構によって編成される。リンクスとジャカードが共有する編成時、輸入機は機械的な故障を起こしやすいが、永田精機の機械はタイミングが間違ってもジャカード柄が乱れるだけで機械的な故障は起こらない。このほか、編地に均一のテンションを与えるため連続巻取りの新型テークアップ装置、新型ゴム入り装置などを備えている。(図2.7は1959年製リンクス・ジャカード柄編機(R-LJ3))そのほかの靴下編機としては、両口(ダブルフィード)編装置の作動により、スパイラル編柄とからみ編柄模様を編成する機械や、2色のスパイラル柄が交差した編立て、また浮編式によってらせん状の縦縞模様や市松模様など、多様な柄を編成する機械を製造している
2-20)。
1960年台に入ると、さらに機能をアップし、はき心地の良い柄靴下を安定、高能率で生産する改良を図った
2-21)。図2.8は1965年に発表されたリンクス・アンド・リンクス編機(R-LL)である。
1963年アメリカで開かれた第46回KAEの展示会に、永田精機は高性能の4口チューブラストッキング編機(KT-425)(図2.9)を出展した。国内初の4口機ではあるものの、シリンダーの回転、カム関係、その他の機構は外国機に対抗できる性能を持っており、最高級のシームレス機であった。その主な特徴は次の通りである
2-22)。
- ①
- 光電装置を利用したオートマチック・レングス・コントロールを装備。これは同社の特許によるもので、これによりこれまで外国でも最も至難とされていたペアリングの困難さとロスが大幅に解消された。
- ②
- トリマー用糸の端末受けはスペアを備えて交換が容易に行えた。
- ③
- 自動給油装置は同社独特のもので、従来の流し込む方式と異なり、オイルを噴射する方式を採用した。これは同社の特許によるもので、世界的にも類をみない新機構である。
- ④
- 編み上がり完了時の自動停止装置が付いている。これは終業時など機械を停止させる場合、編成途上で機械を停止させることなく、編成終了と同時に機械を停止させる装置である。
図2.9 永田精機4口チューブラストッキング編機(KT-425)2-16)
2.5.4 高度化、低価格に対応
シームレス靴下の消費性向は高品質でかつ低価格が求められるようになり、それに合致した靴下編機の開発が必要となった。そこで、永田精機は、両口のコンベンショナル編機(KC-3)と4口チューブラ編機(KT-4)の双方の特色を合理的に結合する、新しい4口のコンベンショナルシームレス編機(KC-4)の開発に取り組み、各種機構の単純化を図り操作性を向上させた、安定的な機能を発揮する機械を完成させた
2-23)。
コンベンショナル編機として、踵や爪先は応用範囲が広い編成ができ、また編柄や色柄に関しても多様な編み方が可能となった。チューブラ編機で開発された機構を技術発展させて装備し、ユーザの使い勝手が良いように施されていた。
海外のコンベンショナル編機は4口の口数が最高で、それほど多くの機械は発表されていないが、それらと比べても高度な機能を備えている。経済的にも優れておりユーザ側で採算がとれる優秀機であった。
表2.2 編組機械用語(靴下編機)(日本産業規格(1.5)靴下編機を参考に筆者作成)
| 用 語 | 定 義 |
| シングルシリンダー靴下編機 | シリンダー1個を備え、平編地、変化編地の靴下を作る機械。 |
| ダブルシリンダー靴下編機 | シリンダーを2個備え、ゴム組織を主体として靴下を作る編機。 |
| B式靴下編機 | 平編靴下を作る機械。 |
| K式靴下編機 | 袋状に編んだ編地(ダブルウエルトともいう)の付いた平編靴下を作るダイヤル付き編機。 |
| リブニッター | 両頭針を用いて口ゴムおよび身部にリブ組織を作る靴下編機。 |
| アーガイル靴下編機 | 隣接する柄を各々異なった柄糸で編むことができる靴下編機。代表的な柄としてはダイヤ柄がある。 |
| カラー・イン・カラー靴下編機 | 柄出し装置によって編地の隣接したウエールおよびコースに異色の刺しゅう柄を出す靴下編機。 |
| スパイラル柄靴下編機 | 1つのフィーダに表裏2本の糸を供給し、柄糸自体が編糸の役をしながら入れ替わったり裏をとばしたりして柄を出す靴下編機。 |
| スプリットフート編機 | 靴下の足甲部および足底部に別々の糸を使用して、同時に足部を編むことのできる機械。バンナ編機ともいう。 |
| パイル靴下編機 | 地糸とパイル糸の2本で編み、シンカー又はジャックによってパイル糸のシンカループを地糸のそれより大きく編む靴下編機。 |
| ジャカード靴下編機 | ジャカード装置によってジャカード柄を出す靴下編機。 |
リンクス・アンド・リンクス 靴下編機 | 表編目および裏編目を任意に選別して柄を出す靴下編機。 |
| ボス柄靴下編機 | 地糸とは別に柄に必要な所定の本数の柄糸が用意されており、この柄糸を地編の上にたて編式に縫い付けていく靴下編機。 |
| シームレス靴下編機 | シームレス靴下を編むためのK式靴下編機で、爪先と踵を成形できるコンベンショナルタイプと単に筒状に編むチューブラタイプがある。 |
| ドラムレス靴下編機 | 靴下を編む機構部がドラムカムでなく、コンピュータ指示による圧縮空気又は電磁石によって動き、柄およびスタイルを作る靴下編機。 |
| 5本指靴下編機 | 爪先が5本の指に分かれた靴下を編む機能を備えた平床編機。 |
2.6 コンピュータ靴下編機
靴下ならびにストッキングの生産がより多様化、効率化、生産性を求められるようになり、編機自体もそれに対応する機構や装置の開発が迫られるようになってきた。しかしながら、これまでの全自動の編機では、機械の調整や柄出しのための設定などに時間をとられ生産性が悪くなる。例えば、数多くの柄やサイズ違いの製品を生産する場合、そのための選針設定や給糸の作業を行う必要がある。その間、機械は停止しているため当然稼働率は低下する。また、人手もかかるので一度調整設定を行えば、長時間、その編機で同じ柄やサイズの製品を編むようにしなければコストが合わない。これまでの技術開発では、操作性の容易化や機械の安定性をメカニカルに取り組んできたが、よりファッショナブルで均一な製品を高能率で生産する革新的な機械、すなわちコンピュータを取り入れた靴下編機の開発が望まれるようになった。
2.6.1 コンピュータ化の始まり
1971年にフランスのパリで開催されたITMA展において、多給糸化と高速回転、各種の柄編機構を持った編機で出展各社が競い合っていた。その中で、編目の粗いソックス機の分野で、小型コンピュータ直結方式の機械が出品されていた。電子制御時代の到来とはまだ言えないが、各社が靴下編機のコンピュータ化の開発を開始していたことは事実となった。この機械は、チェコスロバキア(当時)のインベスタ公団が展示した「ユニプレットD2Ve-6型、ダブルシリンダー、2給糸全自動ソックス編機」(図2.10)で、1971年9月のセンイ・ジヤァナル紙に柄出しの方法について、以下のように記述されている。
図2.10 ユニプレットD2Ve-6型2-24)
『柄出しは、これまでと異なり電子的記憶装置にもとづいている。電磁石を利用した柄出し装置の盤面は縦に24、横に24の穴があけてあり、それにピンを出し入れすることによって柄組織を決定する。ピンを出し入れすると電子的機構が働いて柄組織が記憶されることになる。調整された柄組織は、2つの電磁石によって電子的記録装置から下部のニードル・シリンダーの特殊な選択器へ伝達される。電磁石の一方は第1給糸口の針を選択し、他方は選択されなかった針に作用する。
柄出し範囲はピン穴に応じて、24コース×24ウエール。編成できる組織はリブ、ストラクチャラル・リンクス・リンクス柄、2色ジャカード柄、2色浮き編のリンクス・リンクス柄など。糸切れ、針折れの場合は自動的に停止する。
ニードル・シリンダーの最高速度は、口ゴム・レッグ・底・踵・爪先でリンクス・リンクス柄の場合は毎分120回転。その他の場合は140回転。チェンジでは、リンクス・リンクス柄の場合には毎分60回転、その他の場合は70回転。ゲージは電子的記憶装置の機構上粗ゲージである2-24)。』
2.6.2 合理化に向けた技術開発
従来の柄出し方法は、柄ドラムのピンの配列とセレクターの配列の組み合わせにより実施されていた。作業時間と労力が必要なもので、この工程をコンピュータ制御による柄出し方式に移行し迅速化を図った。
自動化や省力化などの合理化は消費構造の変化によるところが大きい。ファッション性や高級感など消費者が求めるものを提供するためには、商品企画の多様化、編成に対する高度な技術をもって、多品種少ロット対応の生産体制を実施しなければならない。靴下編機のみならず全ての編機において、コンピュータによる技術革新が必然的に起こったのであった
2-25)。
2.6.3 コンピュータ化への問題提起
コンピュータ靴下編機の導入は1980年代から本格的となるが、導入に当たっての問題点として次のようなことが考えられた。①導入コストの問題②人材の問題③流通の問題である。①に関しては、メカニクスとエレクトロニクスが融合した形での編機やシステムが必要なため、機械の償却を考えた上での導入が必要となる。②に関しては、人材の育成である。コンピュータよるシステムをよく理解しないと生産効率が上がらない。③に関しては、多様化に伴う生産→流通→販売までの流れの中で、消費者ニーズを的確に把握した計画準備が必要となる。
さらに別問題として価格競争が巻き起こってしまう可能性もあり、資本力のある大手生産者のみが生き残ることにもなりかねない。
2.6.4 国産コンピュータ靴下編機
1971年にITMA展で初めて電子制御の柄出しを採用した、チェコスロバキア製のユニプレット靴下編機「D2Ve-6」が発表されたが、他社が同機能を持つ編機を出品したのは8年後のドイツ・ハノーバーで開催されたITMA展であった。しかしながら、この展示会では編機の高速運転の安定化に主眼が置かれており、コンピュータ靴下編機の開発が軌道に乗ってはいなかったのである。一方、この展示会に初参加した永田精機はコンピュータ靴下編機を出品していた。
コンピュータ靴下編機の開発に早くから取り組んでいた永田精機は、1977年には初期型の開発を完了していたが、実用化のために2年間をかけてテストを繰り返し実施し、コンピュータ制御式ジャカード靴下編機「E-J」(図2.11)を完成させ、1979年のITMA展に出展した。この機械の仕様は2口3色ジャカード、釜径4インチ、針数176本であった。コンピュータ方式による選針機構を装備しており、停電しても入力した記憶は12時間保管できた。
図2.11 永田精機コンピュータ柄出しシステム2-16)
左:靴下編機「E-J」、中:プログラムローダ 右:タイプライター
2.6.5 柄出しのコンピュータ化
永田精機が開発した柄出しシステムは、下記の手順となる。
①柄テープ作成
特定のグラフ用紙に柄の原画を描き、コンピュータコードを内蔵したタイプライターで、各色別に照応するX、Y、Zなどアルファベットを打刻すると、柄テープが自動的に作成される。
②柄データ読み取り
柄テープをプログラムローダで読み取りローダ内に柄データとして記憶させる。
③編機に転送
読み取りローダを編機のコントローラに接続して柄データを編機に転送する。
編機に取り込んだ柄データをもとに選針を行うのだが、その方法は、アクチュエータのマグネット方式によってジャックの制御(電磁石でジャックのバットを吸着)を行い必要な針を選んで編成を行った。
これら作成した柄テープをもとに別の新しい柄を作ることもできる。タイプライターでの柄テープ作成は、柄によって異なるが数分でつくることができる。従来のパターンドラムにピンを埋め込む方式と比べて、柄作成にかかる時間は大幅に短縮された。
柄には編組織柄や色柄があり多様化しており、対応するためには常に新しい選針装置の技術開発が必要であった。この開発に多くのテストを繰り返し、問題のない選針機構の確立、選針速度を調整し編機の安定稼働につなげた。
国産として初めて発表した永田精機だが、国内の他メーカもやはり数年前からコンピュータ化の開発を進めており、永田精機に追随して発表することになった
2-26) 2-27) 2-28)。
2.6.6 制御のコンピュータ化
靴下編機のコンピュータ化はまず柄出しのシステム化から始まった。これらの技術が安定すると、次に取り組んだことは、メカニカルに動作していた機構のコンピュータ化であった。例えば、靴下の各部位のサイズコントロール、糸道の切替駆動やシリンダーの上下動、回転速度の自動変速などを、従来のチェーン式、ドラム式の機械的駆動から、電磁方式やステッピングモータ、リニアモータ駆動などがエレクトロニクス制御に置き換われば、大幅な省力化が可能となる。さらに、各々の制御によって編機の安定性が確保され、バラツキのない品質の良い製品の生産につながることになる
2-28)。
2.7 展示会で各社競い合う技術力
1983年のミラノITMA展では、永田精機に対して欧州メーカは相当な警戒感を持っており、自社の技術が盗まれないように厳重な管理を行った。言い換えれば、それだけ編機の性能を認めているということでもある。コンピュータ化に向けた最先端の技術では、日本が一歩リードしたと言えよう。
しかしながら、この展示会でも最終的なコンピュータ化まで至っていない。コントロールチェーンをマイクロプロセッサーに置き換えたチェーンレス機として発表はしているものの、コントロール機構の電子制御の究極であるメインコントロールドラムレス化は、各社とも開発途中であった。
この時代では、インバータ付インダクションモータに進展がみられ、普及してきた新機能のモータを靴下編機に採用することで、さらに高速化が進行した
2-29)。
2.7.1 パンティストッキング編機の技術開発
イタリアの靴下編機メーカが今までにない新しいパンティストッキング編機を発表した。それは、メインコントロールをコンピュータ化しドラムを除去した編機である。1987年のITMA展でイタリアのマテック社とロナティ社が発表した。機種はマテック社のモデル「HSE」とロナティ社の「L-404、L-413、L-415」である。
完全なコンピュータ制御で、メインコントロールドラムを除去し、駆動モータの配置を変更しベルトで直結することで、複雑なトランスミッションを不要とした。さらに度目(編目の大きさ)調整用レバー群も除去することができた。度目調整や度山カムの制御はステッピングモータと圧搾空気の組み合わせを使って、コンピュータによるプログラミングで行うようにしていた。
コンピュータ制御化を実施することで高速運転は可能となったが、給油する方法も変更している。従来は外側からシリンダー給油を行っていたが、これをシリンダー内側から給油する方法に変更した。この結果、粘度の低い高速型潤滑油が使えるようになった。また、油の購入費用のコストダウンにもなった。
この新しい技術開発は、次世代の靴下編機の方向性を示唆するものであり、両社の開発力を大々的に示すものとなった
2-30)。
2.7.2 ソックス編機の技術開発
ソックス編機では柄出しのコンピュータ制御と高速化は技術全盛であった。しかしながら編機全体のコンピュータ化に関しては、各メーカの方向性が違った。ソックス製品の性格上、ジャカード柄やモチーフ柄など柄の要素が重要視される。そのため、柄準備から柄編成までのコンピュータ化は絶対条件であったが、その他のコンピュータ化は技術的な問題ではなく、経済的な観点により各社で取り組む機構は違っていた。
このような状況下で、ロナティ社は1987年のITMA展で新しいコンセプト編機「L-462」を発表した。ドラムレス、チェーンレス、駆動モータ縦軸配置の完全コンピュータ制御の靴下編機である。プレーン・リブ400 rpm、3色ジャカードで350 rpmが出せる高速機で、各社を一歩リードする編機であった。
また、マテック社がソックス編機を4機種出展していたが、高速リブ・リンクス編機「MATEC2002」は、リブ編成で400 rpm、リンクス・リンクス編成時で280 rpmを出していた。この機械は完全なコンピュータ化ではないが、リンクス編の選針およびスタイルとサイズコントロールにマイコンを使用していた
2-31)。
2.7.3 来たる21世紀に向けて
1990年代に入ると、靴下編機はさらに完成度を増し引き続き高速化、省力化への技術開発が行われた。永田精機は多機能でソックス編機、パンティストッキング編機の全分野をカバーして、高速化や安定性のある編機を市場に投入した。またプレーティング(2本の糸を同時に表裏に編み分ける編み方)の良さも評判となった。イタリアのロナティ社もドラムレス、ギヤレス、チェーンレス機で、従来比40 %の生産性アップを可能にする超高速機を発表していた。また、パンティストッキング編機の超ファインゲージ新機種「L-401」は、480本という超ファインゲージのゾッキ仕様(1本の糸で編成)を投入した。商品の差別化を図る編機であった
2-32)。
1990年代の中頃からの技術開発の流れは、21世紀に向けより一層進展するよう各社が編機の多様化、完成度を高めたドラムレス化、高速化などで競い合っていった。また、編機単体ではなく、靴下製造の工程管理を考慮し、全体的な省力化に取り組む技術開発も目立った
2-33)。
2.7.4 永田精機の3機種
•
MODEL K-170E ドラムレス フルコンピュータソックスニッター
フルコンピュータ制御による1口シングルシリンダー靴下編機。ドラムレス機で、スパイラル+5色カットボス柄、または4色+ゴム柄を高速安定稼働にて実現した最新鋭機。各種編立データの集成・変更・フロッピィへの保存が操作パネル上にて可能なほか、立体(突起)柄編成も簡単に編立可能。また、オプション仕様としてパイル編成仕様も準備され、パイル無し・パイル編成の切替えも従来機と比較して、非常に簡単に組み替えが可能となっている
2-34)。
| 標準仕様: | 1.コントローラ |
| | 2.エアーティクアップ装置 |
| | 3.調整式ヤーンエンドトリマー装置 |
| | 4.自動給油装置 |
| | 5.エアー圧力センサ |
| | 6.編地搬送チェックデテクター |
| 特別装置: | 1.パイル編成装置 |
| 仕 様: | 標準釜径/ |
88.90 mm (3-1/2”) |
| | |
95.25 mm (3-3/4”) |
| | |
101.60 mm (4”) |
| | 標準針数/96N-256N |
| | 標準ゲージ/24G-54G |
図2.12 永田精機 MODEL K-170E2-34)
•
MODEL D-340Eドラムレス フルコンピュータ3口3色ジャカード編機
高能率、ドラムレス・ダブルシリンダー機。3口3色ジャカードをはじめとして、リンクス・ジャカード、リブ編を含めて、その編立可能な編地範囲の幅広さがある。また、糸道の切替えも電子制御方式を採用し、自由度が広がるメリットも付加されている
2-34)。
| 標準仕様: | 1.コントローラ |
| | 2.ターニング装置 |
| | 3.部分度目装置(パルスモータ制御) |
| | 4.自動給油装置 |
| | 5.ピンホール防止装置 |
| | 6.エアー圧力・オイル低レベルチェック装置 |
| | 7.電子式ゴム送り装置 |
| 仕 様: | 標準釜径および針数 |
| | 釜 径/101.60(4”) 88.90(3-1/2”) |
| | 針 数/120N-272N 104N-240N |
| | 回転数/リブ 250 rpm |
| | 1×1 ジャカード 230 rpm |
| | リンクス・ジャカード 200 rpm |
| | 標準ゲージ/24G-50G |
図2.13 永田精機 MODEL D-340E2-34)
•
MODEL P-440ドラムレス フルコンピュータ シームレス ストッキングニッター
度目制御を自由に設定し、高速・安定生産を主目的に、高付加価値商品の生産が可能な編立機能を持たせた21世紀に向けた新鋭主力機種である。
4口4基(各口1基)のアクチュエータを実装し、パルスモータの高分解能制御による度山上下方式を採用し、生地の安定化を一段と向上させた
2-35)。
| 標準仕様: | 1.コントローラ |
| | 2.エアーティクアップ装置 |
| | 3.ノンツイスト装置 |
| | 4.ピンホール防止装置(1・3F側) |
| | 5.自動給油装置 |
| | 6.BTSR製 糸切れ検出装置(8個) |
| 特別装置: | 1.3ポジション編成装置(工場オプション) |
| | 2.BTSR製 積極送り込み装置 |
| 仕 様: | 標準釜径/101.60 mm(4”) |
| | 標準針数/320N-432N(75G) |
図2.14 永田精機 MODEL P-4402-35)
2.8 現在(2024年)の状況
2000年代に入り、靴下編機の各メーカはコンピュータ化を完成させ、高速化、安定化、多様化を取り入れた機械に仕上げた。靴下編機の機能は成熟化してきており、靴下生産者が機械を選ぶ基準も変化がみられ、経済的に有利になるメーカの編機を選択するようになる。靴下商品単価には機械の償却費と人件費や糸代、その他間接費、そして利益を上乗せして価格設定される。生産高は機械の稼働率に影響されるため、故障がなく、高速編成で出来高が多く、商品品質の良いものが編成できる編機を選定するのであるが、機械単価が高価であれば、採算が合わなくなってしまう。各メーカは機械のコスト低減に革新的な技術開発を行うが、やはり開発資本力の高いところが優位性を持つ。残念ながら中小のメーカは淘汰されてくるようになった。この結果、また、人件費も経済活動が活発化すると高くなるので、商品価格を維持するためには、人件費の安い地域で生産するようになってくる。このような大きな問題が日本の靴下産業に降りかかり、日本での靴下編機の保有台数が、右肩下がりで減ってきた。2021年度では約8,000台の保有で下落率は落ち着いているが、その稼働率は30 %弱である。これらの諸要因もあり、日本のすべての靴下編機メーカは、事業を撤退することになってしまった。
図2.15 日本における靴下編機の保有台数
(経済産業省生産動態統計年報より筆者作成)
参考および引用文献
| 2-1) | U.S. Government Printing Office, “The Hosiery Industry: Report on the Cost of Production of Hosiery in the United States”, 1915.
https://books.google.co.jp/books?id =dYMUAAAAYAAJ&pg=PA171&hl=ja &source=gbs_toc_r&cad =2#v=onepage&q &f=false(2024/5/20閲覧) |
| 2-2) | 米国特許“US 80,121”, July 21, 1868 |
| 2-3) | 米国特許“US 200,463”, Feb. 19, 1878 |
| 2-4) | 海外の靴下機械, メリヤス週報, 1956年1月1日号 |
| 2-5) | Gearthart Knitting Machine Co., “Instructions for Operating, GEARHART’S KNITTING MACHINE, Special Work and Family Outfit and all standard machines, new edition”, 1922.
https://mkmanuals.com/gearhart-1914b-instruction-manual.html(2024/5/20閲覧) |
| 2-6) | 米国特許“US 1,282,958”, Oct. 29, 1918 |
| 2-7) | 米国特許“US 1,641,554”, Sept. 6, 1927 |
| 2-8) | 靴下生産の変遷史, メリヤス週報, 1960年1月1日号 |
| 2-9) | 靴下15年の歩み, メリヤス週報, 1961年5月8日号 |
| 2-10) | 画期的躍進期のメリヤス機器(靴下編機), メリヤス週報, 1962年4月16日号 |
| 2-11) | 時代の花形! シームレス名が靴下編機, メリヤス週報, 1962年1月1日号 |
| 2-12) | KAEに見るシームレス機の動向, センイ・ジヤァナル, 1963年6月17日号 |
| 2-13) | シームレス機における多給糸口機の技術的問題点, センイ・ジヤァナル, 1966年3月3日号 |
| 2-14) | 海外における編機開発の方向, センイ・ジヤァナル, 1966年7月21日号 |
| 2-15) | 多口化は必要か, 柄編機構の評価も, センイ・ジヤァナル, 1971年9月18日号 |
| 2-16) | 永田精機株式会社編, 75年のあゆみ, 永田精機,1979. |
| 2-17) | 高性能な国産靴下機, メリヤス週報, 1955年2月14日号 |
| 2-18) | 新鋭の靴下機, メリヤス週報, 1957年1月2日号 |
| 2-19) | 世界水準に達した国産靴下機械, メリヤス週報, 1957年7月30日号 |
| 2-20) | リンクスアンドジャカード新鋭靴下機R-LJを発売, メリヤス週報, 1958年8月19日号 |
| 2-21) | 近代化の原動力, メリヤス週報, 1962年1月2日号 |
| 2-22) | シームレス機トピックス国産初の4口機, メリヤス週報, 1963年4月4日号 |
| 2-23) | 4口のコンベンショナル機を完成, センイ・ジヤァナル, 1965年3月18日号 |
| 2-24) | ユニプレット靴下機4機種とも販売へ, センイ・ジヤァナル, 1971年9月1日号 |
| 2-25) | 技術革新急ピッチ, センイ・ジヤァナル,1975年7月9日号 |
| 2-26) | コンピュータ靴下編機EJ型販売活動を本格化, センイ・ジヤァナル,1979年1月22日号 |
| 2-27) | コンピュータ靴下編機実用化いよいよ“本番”, センイ・ジヤァナル,1979年1月31日号 |
| 2-28) | 清水慶二, 靴下編機におけるコンピュータの応用, 繊維機械学会誌, Vol.40, No.1, pp.40-44 , 1987. |
| 2-29) | ITMA電子化の最先端わが国がリード, センイ・ジヤァナル,1983年11月14日号 |
| 2-30) | ITMAレポート⑨, センイ・ジヤァナル, 1987年12月11日号 |
| 2-31) | ITMAレポート⑩, センイ・ジヤァナル, 1987年12月14日号 |
| 2-32) | ITMA出展各社の好評機種, センイ・ジヤァナル, 1991年10月25日号 |
| 2-33) | 機械業界この1年, センイ・ジヤァナル, 1995年12月25日号 |
| 2-34) | 永田精機広告, センイ・ジヤァナル, 1999年1月15日号 |
| 2-35) | 永田精機広告, センイ・ジヤァナル, 1999年7月26日号 |
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3 経編機
3.1 経編機とは
経編機とは、JIS編組機械用語では
「整経された多数のたて糸を用いて、たて方向に連続したループ列を作り、これとよこ方向に隣接した他のループ列とをつなぎ合わせて編地又は編物を作る機械の総称」と定義されている。
経編機の分類として、編地を形成する編針の違いや、糸ガイド筬(おさ)の数、筬の移動態様で、「トリコット機」「ラッシェル機」「ミラニーズ機」と分けられる。
経編機はいわゆる反物を作る生地編機であって、生産するスピードも速く、フィラメント(長繊維糸)を使用した比較的薄い生地を作るなど、編機と織機の中間的な特徴を持つ。また、経編機で作られた製品は、アパレル、インテリア、メディカル、産業資材など、編地の特性に応じて多種多様なところで使用されている。
3.2 経編機の歴史
経編機の歴史は、1775年イギリスのエドモンド・クレイン(Edmond Crane)が、トリコット編機を開発したのが起源である。1589年ウィリアム・リーの
靴下編機が開発されてから186年後である。ウィリアム・リーの靴下編機のそれぞれのひげ針に糸を供給する原理をもとに機械化されたものが経編機である。1855年にはイギリスのレッドゲイト(Redgate)がラッシェル経編機を開発した。ラッシェル編機は編地の多様化を目的とする機械であり、べら針を主として使用し編成している。また、1879年イギリスのバッハマン(Bachmann)によって平型ミラニーズ編機が開発された。
1900年代に入ると、ドイツで経編機の技術発展が進み、トリコット機の機構は効率的な編成方法に改良され、針床が平型から垂直型に変更が行われた。
ミラニーズ編機は1929年にべら針を使用した円型の高速機が発明され、平型に比べ約5倍の編成速度となった。
その後、ひげ針とべら針の両方の特徴を生かしたパイプニードル(複合針)を採用した高速トリコット機が1935年にイギリスで開発され、毎分1,000回転を達成した。第2次世界大戦後の1950年頃、ひげ針による毎分1,000回転の超高速トリコット機がドイツで開発され、市場に投入された。現在のトリコット機は、生産性が約3倍の毎分3,000回転まで高速化されている
3-1) 3-2)。
3.3 日本における経編機の沿革
日本に初めて経編機が輸入されたのは1899年である。ドイツから3台の機械が東京の斎藤メリヤス工場に設置された。国産機では1933年に繊維機械の輸入を営んでいた福原友輔商店(現:福原産業貿易株式会社)が、繊維機械製造工場を大阪市豊中市に創設し技師をドイツより招聘し、国産のトリコット機の製造を開始した
3-3)。1936年には永田メリヤス機械株式会社(現:永田精機株式会社)が、トリコット機の第1号機(図3.1)を完成している。
図3.1 永田精機トリコット編機3-4)
第2次世界大戦後には、政府の戦災からの復元計画のもと、軍需産業からの転換として大手の機械メーカも参入し優秀な経編機の製造を開始したが、戦後間もなくの時期に衣服の購買力は弱く、復元計画に基づいた機械需要は得られなかった。そのため1952年頃には、ほとんどの機械メーカが経編機の製造から撤退した。
ところが、同年代にナイロン糸が登場したことで経編機の良さが再認識され、海外から優秀な経編機が輸入されることになった
3-2)。
経編生地の生産が急速に高まり業界は活気づく。この状況に応じて日本の経編機メーカは再び編機の製造を開始し、1960年代には外国機の模倣ではなく、自らが技術革新を意欲的に取り組み海外機に見劣りしない編機を開発した。
日本の経編機メーカとしては、当時、大塚鉄工所、山本機械製作所、津上製作所、武田機械製作所、三浦機械などが、切磋琢磨し競い合っていた。
1960年代前半、日本の経編機メーカは成長発展してきたが、後半から1970年代に入ると経編機の設備台数は減少傾向になる。武田機械製作所はドイツのカールマイヤー(Karl Mayer)社と資本および技術提携を行って合弁会社に移行し、1977年に日本マイヤー株式会社に社名を変更し、特殊な機械の開発を担うようになった
3-5)。その他のメーカは廃業または製造を撤退した。
3.4 経編機の編成
経編機の特徴は生産性が高いところである。整経された経糸が筬に供給され、すべての筬と針が1コース(編目1列)を同じ動作で編成する。緯編は1コース内を回転運動あるいは往復運動によって各々の針を上下動させて編成するため、1コースを編み立てるスピードは経編に比べ遅い。
3.4.1 編目の形成過程
編目を形成するための要素としては、ひげ針、給糸を行う筬(ガイドバー)、ひげ針のフックを閉じるプレッサー、ひげ針の上下動時に編地を押さえるシンカーである。ひげ針は針床(ニードルバー)に、ガイドニードルは筬にそれぞれ固定されている。トリコット機での位置関係を図3.2に示す。主軸の回転により各要素が作用し、下記①~⑧の工程を繰り返し編成する。
①シンカーが前方に移動しひげ針が上昇する。旧編目がひげ針のフックから幹に移動しシンカーで保持される。
②筬がひげ針の前後左右を移動し、ガイドニードルに通された糸をひげ針に供給する。
③ひげ針が上昇し②で供給された糸がひげ針の幹の部分に移動する。
④ひげ針が下降する。ひげ針の幹にあった糸がフック内に移動する。
⑤ひげ針が下降する。下降の途中でプレッサーが作用してひげ針のフックを押さえる。
⑥シンカーが後方に移動し、保持されていた旧編目がシンカーの形状に沿ってひげ針のフック上に押し上げられる。
⑦プレッサーがフックから離れ、ひげ針がさらに下降すると、旧編目はひげ針から外れて新編目が作られる。
⑧筬が横方向に移動し前工程と違うひげ針にガイドニードルが位置する。
図3.2 編成要素の位置関係3-7)
表3.1 経編機の設置台数 ( )輸入台数3-6)
| 1955年 | 1956年 | 1957年 | 1958年 | 1959年 | 1960年 | 1961年 |
| 設備台数 | 1,005 (109) | 1,124 (154) | 1,320 (211) | 1,468 (235) | 1,771 (274) | 1,843 (425) | 2,150 (441) |
表3.2 各要素の動き(筆者作成)
| ひげ針 | 上下動 |
| プレッサー | 前後動 |
| 筬 | 針間での前後動と針の前方、後方で左右動 |
| シンカー | 前後動 |
3.4.2 経編の編目構造
経編の編目は横隣の編目と絡みあっているので、横方向に伸びず縦方向のみ伸びる。また、1本の糸が横方向に連なっている緯編とは違って、経編はほつれにくいという性質を持っている。(図3.3参照)
図3.3 緯編(左)と経編(右)の編目の違い
(JIS繊維用語付図-ニット部門・付図109より転載)
3.5 編成高速化の技術
需要の増大とともに経編機を利用する生産者が、機械の安定性や高生産性を求めたため、機械メーカは高速でかつ品質が良い商品を生み出す機構の開発を行った。その機構の技術的な変遷についてトリコット機を例に以下に記述する。
3.5.1 編成要素への伝達機構
経編機の各要素の動きは主軸の回転によって伝達するが、その機構を新しくすることで高速化が図られた。新旧の方式を比較する。
①旧式カム機構
旧式はカム機構によって各要素である筬や針の駆動の制御を行っていた。図3.4より、主軸Aに板カムCを取り付け、Aが回転するとCに接するフォロアR1、R2によりLが揺動し、ニードルシャフトSの回転でアームGが円弧に動き、Gに接続されている針床Bの針が上下運動を行う。
この伝達方式では、カムとフォロアの接地による摩耗から、発熱膨張、振動により位置制御に不具合が生じるため、高速回転が不可能であった3-7)。
図3.4 旧カム機構のモデル3-7)
②新式偏心駆動機構
経編機の編成機構は旧カム式機構を長く採用されていたが、1937年にイギリスのメーカFNF社がクランク機構による編成を実現した。FNF社が開発した方式はダブルエキセントリック(2軸2偏心)方式である。概略は次の通りである。
図3.5の右側の偏心9はシャフト11により、左側の偏心10はシャフト12によって駆動され、2つの偏心の合成動作がコネクティングロッド15、16とピン17、18で連結されたレバー19に伝達する。シャフト12の速度はシャフト11の2倍の速さで回転するようになっている。両偏心の合成動作を受けて揺動バー6によって針床に伝達する3-7)。
図3.5 新式偏心駆動機構3-7)
この偏心駆動機構の開発によってこれまでの問題が解消された。運動はスムースに行われ、回転数も旧式の約1.5倍から約2倍の1,000 rpmまでの高速化が実現された。
さらに困難であったシングルエキセントリック(1軸1偏心)方式がドイツのメーカであるリバ(Liba)社およびカールマイヤー社によって開発された。この機構での回転角度に対する各要素のストロークを示したタイミング曲線を図3.6に示す
3-7)。
図3.6 各要素におけるタイミング曲線3-7)
3.5.2 複合針使用による高速化
1589年のウィリアム・リーが発明した靴下編機にはひげ針を使用し、1847年にはマシュー・タウンゼントがべら針を発明した。トリコット機ではひげ針、ラッシェル機では主にべら針を使用していたが、フックの開閉を行うトングをもつ複合針(Compound Needle)が急速に使用されるようになった。(複合針の詳細は第6章を参照)ひげ針から複合針に置き換わることで、スピードは約2倍強の2,000 rpm~2,500 rpmに達した。
複合針による編目を作る工程は、針の上下動によって旧編目が針から脱出(クリア&ノックオーバー)し、新編目が旧編目を潜って針のフックに保持される。工程の概略は次の通りである。
①針が上昇すると旧編目は針フック内から針のトングへ移りクリア位置で保持される。
②新しい糸が針フック内に供給される。
③針が下降し同時に針フックがトングで閉じられる。
④旧編目が閉じられた針フックの上を越えて針から脱出(ノックオーバー)する。
それぞれの針フックの開閉方法は表3.3の通りである。
針の上下動のストロークでは、複合針が一番短くなる。そのため、高回転で効率が上がる編成が可能となる。
図3.7 トリコット機におけるひげ針(左)と
複合針(右)の編成比較3-8)
3.5.3 機械的構造変化による高速化
経編機の高速編成を可能にするためには機械振動を低下させる必要があった。前項で記述した内容もその一つであるが、機械的な要素として、部品の軽量化や材質変更による耐摩耗性の向上、摺動部へのベアリング使用などが機械振動の低下に効力を発揮した。軽金属を使用した箇所には、ねじの緩み防止のためコイルタイプインサートを使用した。信頼性の高い新技術で開発された部材を使用することで機械加工による精度の均一化を図り、総合的な編成時間の短縮をもたらした。
3.6 日本の経編機メーカの技術
海外の経編機の輸入で刺激を受けた国内のメーカは高速化に向けた研究開発に努めた。海外の機械に比べ価格面で優位になる国産機は経編生産業者からも強い要望があった。そこで大塚鉄工所では、技術者を総動員し約1年半の間研究開発をすすめ、1955年に最高速800 rpmのトリコット機を完成させた。編成機構部で動作する距離を極力短くし、材質を軽合金に変更して高速化を図った。最高速度ではカールマイヤー社の機械と同等の性能を有しており、単なる外国機の模倣ではなく自社開発した技術で完成させた
3-9)。
続いて津上製作所は耐久性に優れた高速シングルトリコット機を1965年に発表した。編成要素への伝達は偏心方式を採用し、振動も少なく回転数は1,000 rpmに達した
3-10)。
3.7 経編機の柄出し機構
経編機の柄出しは筬の前後運動と左右運動によって行われる。前後運動は3.5.1項で記述した機構により動作し、左右運動は機械の側部に位置する柄出し機構で制御されていた。
3.7.1 給糸動作
給糸は整経された経糸が筬の動作によって針に供給されるが、図3.3の「経編(右)の編目」の動きを図3.8に示す。筬に固定されているガイドニードルの穴に通されたコース毎の糸の軌跡である。黒丸は針を表す。ガイドニードルが針間の前後を動き、針の前面や背面を左右に動いて給糸を行っている。図3.8の前後左右の軌跡はわかりやすいように位置をずらして描いている。実際は同じ位置でガイドニードルが動作する。
ガイドニードルが針の背面(フックのない側)を左右に動くことをアンダーラップ、針の前面(フック側)を左右に動くことをオーバーラップという。オーバーラップの移動距離は原則的に1針間隔の動きであるが、アンダーラップは柄出し機構によって1針から複数針の間隔を動作する。
図3.8 コース毎の糸の軌跡(筆者作成)
表3.3 針フック開閉方法(筆者作成)
| ひげ針 | 本体と弾性フックの間に隙間があり開いており、針フックを閉じる場合は、針下降時にプレッサーが作用して弾性フックを押さえて閉じる。 |
| べら針 | 針フックを開く場合は、針上昇時に旧編目によって、閉じているべらが押されることで旋回して開かれる。さらに針が上昇して旧編目がべら上を通過してクリア位置に移る。針フックを閉じる場合は、針下降時に開いているべらが旧編目によって下からひっくり返されることで針フックを閉じ、旧編目は針フックから脱出(ノックオーバー)する。 |
| 複合針 | 針本体の上下動時にトングによって針フックの開閉を制御する。 |
3.7.2 カールマイヤー社の柄出し機構
カールマイヤー社の柄出し機構(図3.9)の伝達機構を説明する。主軸からの回転をかさ歯車1でカルダンシャフト2を駆動し、ウォームホイール4を通じてパターンホイールを回転させる。筬12に連結したプッシュロッド7の先端にローラ9がありパターンホイール6に接している。パターンホイールには給糸の順序に合わせた段差が付けられており、段差に応じた左右の動きを筬に伝達する。1段差は1針間と等しく、段差違いで最低を0段とし1段、2段、3段のように高さを変えている。
パターンホイールは同じ編組織を大量に生産する場合は良いが、違った組織を数多く生産する時には煩わしさがある。その問題を解消するために、図3.9の5にパターンチェーンを取り付け、高さ違いのチェーンリンクをはめ込んで、これにより筬の動きを制御した。
筬はパターンホイールあるいはパターンチェーンと1対になっており、編組織に応じて筬が運動するように、それぞれの段差を組み替えて動作制御していた
3-7)。
図3.9 カールマイヤー社の柄出し機構3-7)
3.8 糸の送り出し機構
整経されたビームからの糸の送り出しは、ビームの糸量が変化にかかわらず、「正確な送り出し」「糸張力の一定」が求められる。そのため、機構的には次のような方式がある
3-7)。
①消極式
②半積極式
③積極式
3.8.1 消極式
糸の送り出しは、経糸の張力によるテンションバーの作動でクラッチを働かせビームの回転を制御する。針に糸がかかれば、糸は引っ張られるのでテンションバーが下がり、クラッチが作動してビームが回転し糸を送り出す。逆に、糸が送り出されると糸は緩むのでテンションバーが上がり、クラッチが不作用になってビームは回転しなくなり糸は送り出されない。消極式はビームを間欠的に回転し糸を送り出す方法であり、低速機の旧式経編機に取り入れられていた。
3.8.2 半積極式
ビームの回転は機械的に動作するが常時動作していなく、消極式と同様に経糸の張力によるテンションバーの作動で、ある一定の値を超える張力になった場合に、ビームの駆動装置が起動するようになっている。間欠的な送り出しではあるが、高速運転となると連続的にビームは駆動した。
3.8.3 積極式
積極的にビームを駆動する方式である。積極式は消極式や半積極式のように糸の張力をトリガーにしてビームを回転させるのではない。編目形成に必要な糸長を設定し、その設定に基づいて糸を常時送り出すように作動した。
この方式は、糸に対する諸々の影響が少なく、理にかなった送り出し機構である。高速トリコットではすべての機械がこの方式を採用していた。
次のような機構が装置に組み込まれている。
①必要な編目の糸長を設定する機構
②設定した値と実編成での編目の糸長を比較する機構
③その差によりビームの回転を補正する無段変速機構
積極送り出し機構では、FNF社が電気的に制御する方式を、カールマイヤー社は機械的に制御する方式をそれぞれ開発した。
3.9 生地の巻き取り機構
編成された編地は巻き取り時、巻き取る量を少なくすると編地は緩んだ状態になり編目の密度が詰む。逆に巻き取り量を多くすると編地は引っ張った状態になり編目の密度は粗くなる。生産される編地の品質に大きく影響するので、巻き取り機構は適正な方式が求められた。機構的には次のような方式がある
3-7)。
①消極式
②積極式
3.9.1 消極式
消極式は巻き取られる編地の張力によって、巻き取り駆動を制御する方式である。編成が進行し編地は緩んでくると、主軸からの回転がクラッチの作用により巻き取りローラに伝達し回転する。巻き取りが進行して編地の張力が大きくなると、クラッチが不作用になり主軸からの回転が伝達されず巻き取りローラは停止する。間欠方式の機構であり、低速機の旧式経編機に取り入れられていた。
3.9.2 積極式
積極式は編目の糸長や糸の張力、編み立てる編地の風合いなどで、巻き取り量を決めて巻き取る回転を制御する方式である。
カールマイヤー社の積極巻き取り機構を図3.10に示す。チェンジギア装置1で巻き取り量を設定する。1からウォーム2に回転が伝わり、編地がガイドローラ3の回転で引き出されて、送り出しローラ4を介して巻き取りローラ6に巻き上げられる。2の軸から回転が摩擦板7に伝わり巻き取りローラ6が駆動する。
図3.10 カールマイヤー社の積極巻き取り機構3-7)
3.10 経編機のコンピュータ化
前項まで経編機の各機構の制御は機械式であったが、この項ではそれらのコンピュータ制御による技術革新について記述する。
3.10.1 日本における技術革新
日本における経編機のコンピュータ化は、センイ・ジヤァナル1975年7月9日号の記事によると、以下のように記述されている。
『経編機の自動化・省力化では、機構上注目すべき開発に、柄出しチェーンリンクの節約があり、チェーンレス編機の開発が当面の課題である。
最近、新しい試みとして、柄出しのエレクトロニクス化が国内技術で行われ始め、開発が終わって育成に入っている。この柄出し自動化システムは、柄ガイドのチェーンリンク制御をコンピュータ制御に変えたものである。従来、柄出しに終日を要していたものを、数分で処理することができる自動機となり、省力化効果が大きい。』3-11)
この記事から日本の経編機メーカは自動化・省力化の編機の完成を目指し、柄出し制御のコンピュータ化に取り組んでいたことがうかがえる。しかしながら、その後、国産のコンピュータ経編機が実用化されたという記事は残念ながら見当たらない。
日本マイヤーは1977年にドイツのカールマイヤー社のグループの傘下に入ったが、1995年のITMA展に出展した経編機に、ピエゾジャカードという今までにないジャカード技術を発表した。これは、セラミックの圧電素子を採用した圧電アクチュエータで、複数のガイドニードルを個別に変位させる装置である。日本マイヤーは特許を出願し、その後、特許第1770365号で登録されている。これを基本特許として、カールマイヤー社とシーメンス(Siemens)社が共同で開発した経編機を展示会に出した。今までにない魅力のある編地が生産でき、マーケットの拡大に貢献する機械となった。この基本特許から圧電素子を使用したジャカード装置が種々の開発されている
3-12) 3-13)。
特許第1770365号よりガイドニードル(導糸針)の変位方法を引用する。(図3.11参照)
図3.11 ガイドニードルの変位(特許第1770365号)
柄記憶媒体22よりの柄情報信号に基づきコントローラ21から増幅器20を介し各導管19を経て変位の必要なガイドニードル15a、15bに対応した各導線18a、18bに通電されるが、このとき導線18aが⊕側となり、導線18bが⊖側となるように制御すると、アクチュエータ16の内部の自発分極により伸縮歪が発生し、アクチュエータ16は撓んでアクチュエータ16aとなり、その先端部はガイドバー10の下方に導糸針15の本数分に対応して突設してなる当接部9のうちの当接面9aに当接し、このことによって連接してなる導糸針15aの先端は、隣接する導糸15bの先端と一致する位置にガイドバー10のラッピングに同期して変位することになる。そして、通電を解除すれば伸縮歪が消滅しアクチュエータ16aは元の位置に復帰する。このように、各アクチュエータに対し柄構成に従い編成に同期して通電あるいは非通電を制御することにより、導糸針を必要な編針間に変位させることが可能となる。
3.10.2 海外における技術革新
海外での技術革新では、1979年10月に開催されたハノーバーITMA展では丸編機、横編機、靴下編機の各メーカはコンピュータ化された機械を出展していたが、経編機では、スイスの織機メーカであるスルザー(Sulzer)社が電子制御によるレースラッシェル機を出展し注目を集めた。その他の経編機メーカはコンピュータ化の技術開発を進めているものの出展に至っていなかった。日本マイヤーは「5年を目途」に販売を開始したいと述べており、各社、コンピュータ化は先延ばしにした模様であるが、柄の多様化に伴う省力化は必須であり、実用化に向けての技術革新は進行中であることが察せられた
3-14)。
1980年代に入ると、経編機を除く他の編機のコンピュータ技術は実用化の域に入り市場に普及された。遅れていた経編機は、1983年のミラノITMA展でカールマイヤー社が電子制御の機械で最新技術を披露し、続く1987年のパリITMA展ではさらに研究開発を行った成果として、トリコット機において糸の送り出しや巻き取りをコンピュータ制御する機械を出展し編地の品質向上を図った。また多枚筬のラッシェル機では、柄出しをチェーンリンク方式からコンピュータ制御に置き換え、柄の多様化に対応する編機となった。コンピュータ化は総合的な省力化を達成する原動力であった
3-15) 3-16)。
3.10.3 柄出しのコンピュータ化
柄出しのコンピュータ化はレースラッシェルの分野で、筬の駆動をチェーンリンクから電子制御に置き換えるものとして開発された。柄作成の手順は、下書きした図柄を読み取り装置でデータ化しテープに出力、そのテープを編機のコンピュータで読み取り、柄出し機構を制御する流れであった。
従来の柄出し方式であれば、少ロット生産の場合、柄出しの変更作業で機械の停止時間が長くなり効率性が悪化する。また、多枚筬のレースラッシェルでは、それぞれの筬に対する設定作業は数時間も要したが、コンピュータ化によって数分間の作業で完了するようになった。
コンピュータによる技術革新には、次のような特徴がある。
①チェーンリンクの廃止
②柄交換作業は柄データの読み込みで完了
③生産性向上と短納期生産が可能
④魅力的な柄作成が可能
⑤柄データ保管が容易
コンピュータによって1コースごとの柄データが読み出され、その信号がデジタル柄出し機構(図3.12)に伝わり、アンダーラップの移動ピッチに対応するスイッチエレメントの駆動に連動して筬が動作し、ガイドニードルより経糸が針に供給される。各スイッチエレメントはピッチ1針用、2針用、4針用、8針用が各1個、16針用が2個設定されており、例えば14針の移動であれば、2針、4針、8針のスイッチエレメントが起動する3-17)。
図3.12 デジタル柄出し機構3-17)
3.10.4 糸送り出し、編地巻き取り制御のコンピュータ化
機械的な機構は第3.8項、第3.9項で記述した。その項にあった『積極式』の駆動タイミングについて、コンピュータ制御に置き換わると発揮する効力を以下に記述する。
①精度ある糸量をコースごとに送り出す。
②必要に応じて巻き取りを制御できる。
③生産データが収集できる。
④稼働の連続性から安定した品質の編地が得られる。
⑤糸量を把握できるため精度ある生産管理が事前に行える。
⑥安全装置により不良率の低減が図れる。
機能は優秀であり、生産性の効率化、省力化をもたらした。主にトリコット機に取り付けられた3-17)。
3.11 経編機の方向性
経編機は2000年代に入ると斬新な柄作成を可能とするコンピュータデザインシステムとの融合や、機械的には給糸から編地巻取りまでの各機構の独立駆動などが組み込まれた。また、タッチパネルによる操作作業、ネットワークを経由するシステム管理体制の確立など、操作性の向上が図られ、総合的な省力化が進んでいった。
最大の経編機メーカであるドイツのカールマイヤー社をはじめ各メーカは、専用機から汎用機まで多種多様の機械を業界に提供しているが、それらを使う生産者はトリコット機やラッシェル機などの編機の特性を活かした編地を自社で開発し、魅力のある商品を市場に送り出している。
編地は薄手編地から厚手編地まで各々の機械で作られ、例えば、各種アウターウェア、スポーツウエア、水着、毛布やタオルケット、室内内装材、自動車用の内装材やシート、カーテン生地、シューズアッパなど数多くある。また、編地の特性を取り入れた、3層構造のスペーサファブリック(ダンボールニット)はその強度から産業資材分野に使用されている。さらに医療分野でも特殊な製法で作られた編地が使用されており、国内では高度管理医療機器としての承認が得られた商品も存在する3-18)。
日本における経編機の近年の保有台数は、経済産業省生産動態統計年報より図3.13の通りである。保有台数は右肩下がりであるが、ここ数年は減少率も低下し直近では微小ながら増加となっている。稼働率は2020年からの新型コロナ感染症の影響による市場の冷え込みから、コロナ前と比べると約6ポイント減少したが約80 %をキープしている。リーマンショック以降、海外からの安価な編地に対抗できず、廃業を余儀なくされる生産業者が見られたが、付加価値の高い商品で対抗できるところは継続して事業を行っていると推測される。新しい分野の開拓や高付加価値商品の開発などの積極的な活動が、経編機の製造メーカにも大きな刺激を与えるであろう。
これらのことから、糸の特性や特殊な編成方法、異素材との融合などの技術開発、そして、編成を可能とする経編機の技術開発に、経編業界としての新たな価値創造が強く求められると推測する。
図3.13 日本における経編機の保有台数
(経済産業省生産動態統計年報より筆者作成)
参考および引用文献
| 3-1) | 伊藤俊夫, トリコット工業の生産構造, 北海道大学農経論叢, 北海道大学農学部農業経済学教室, Vol.20, pp.187-210, 1963. |
| 3-2) | 相原英勝, 「経編機の発達の歴史」, 日本ニットウエア・デザイン協会編集部編, 「経編の編成理論(ニットウエア文庫)」, 日本ニットウエア・デザイン協会, pp.2-9, 1964. |
| 3-3) | 福原産業貿易ホームページ・会社沿革,
https://www.fukuhara.co.jp/company/index_j.html#company_history(2024/5/25閲覧) |
| 3-4) | 永田精機株式会社編, 75年のあゆみ, 永田精機,1979. |
| 3-5) | カールマイヤー社ホームページ・日本マイヤー・沿革,
https://www.karlmayer.com/en/worldwide-contacts/locations/karl-mayer-japan/about-nippon-mayer/(2024/6/4 閲覧) |
| 3-6) | 経編の15年の歩み, メリヤス週報, 1961年5月8日号 |
| 3-7) | 源間一郎, たて編機の機構, 繊維工学, Vol.25, No.2, pp.56-66, 1972. |
| 3-8) | 佐藤精三, コンパウンドニードルトリコットによるパイル構造体の開発, 繊維機械学会誌, Vol.52, No.2, pp.23-30, 1999. |
| 3-9) | 待望の高速経編機完成, メリヤス週報, 1956年7月9日号 |
| 3-10) | 津上製作所で完成, 市販, センイ・ジヤァナル, 1965年10月21号 |
| 3-11) | メリヤス工業の現状と問題点, センイ・ジヤァナル, 1975年7月9日号 |
| 3-12) | ITMAレポートニット機新時代7, センイ・ジヤァナル, 1995年11月22日号 |
| 3-13) | 福井県ホームページ・産業技術課・「実は福井」の技・日本マイヤー,
https://info.pref.fukui.lg.jp/tisan/sangakukan/jitsuwafukui/fashion/041.html(2024/6/10閲覧) |
| 3-14) | ニット機器この1年, センイ・ジヤァナル, 1979年12月12日号 |
| 3-15) | ニット機器技術革新の方向, センイ・ジヤァナル, 1983年1月1日号 |
| 3-16) | ITMAレポート②, センイ・ジヤァナル, 1987年11月9日号 |
| 3-17) | 谷口正義,経編機におけるコンピュータの応用,繊維工学,Vol.40, No.1, pp.45-51, 1987. |
| 3-18) | 福井経編興業ホームページ・生地づくり,
http://www.fukutate.co.jp/works/industry/(2024/6/12閲覧) |
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4 丸編機
4.1 丸編機とは
丸編機とは円形の緯(よこ)編機で編針を円形ホイールまたはシリンダーに固定または摺動可能に配列し、筒状に連続した編目(ループ)を形成した編地を作る機械である。
丸編機の分類は数多くあるが、「台丸機」「フライス機」「両面機」「吊編機」「ジャカード機」などがある。靴下編機は「小丸機」に属しているが、第2章で報告済のため本章での詳細な報告は除く。
生産される商品は筒状の編地で裁断・縫製して最終製品となる。主にアパレル関係が多く、その他にもインテリアや産業資材等に利用される。経(たて)編機の編地と重なるところもあるが、緯編の特性を有効に活用する商品に使用されている。
4.2 丸編機の歴史と技術変革
丸編機の歴史はウィリアム・リーの靴下編機が発明されてから227年後、靴下用の筒状編地を効率よく編成するために、ひげ針を用いた卓上型の小口径の丸編機を開発したことが起源である。
その後、技術が進歩し大型の丸編機に変遷していくが、その過程について発明者別に開発の内容を以下に記述する。
4.2.1 丸編機の編針の配置方式
丸編機は冠状のニードルホイール(Needle Wheel)/ 別称ループホイール(Loop Wheel)、あるいはニードルシリンダー(Needle Cylinder)に配置された編針によって編成される。その編針の配置方式によって丸編機の系統は分かれるが、各々靴下編機として開発されたのち大型化され丸編機が発展していくことになる。編針の配置方式の概略を表4.1に示す。
表4.1 ニードルホイールの各方式(筆者作成)
| イギリス式 | ひげ針を冠状に直立固定した円筒形のニードルホイールで構成 |  |
| フランス式 | ひげ針を放射状に水平固定した円板形のニードルホイールで構成 |  |
| アメリカ式 | べら針を独立可動させる平行な縦溝を外周に設けた円筒形のニードルシリンダーで構成(上記に円板形のニードルダイヤルを付加した形態も含む) |  |
4.2.2 イギリス式による丸編機の発明
(1)マーク・ブルネル(Mark Brunel)の発明
1816年にマーク・ブルネルが発明(英国特許“GB 3,993”)した円形編機は、円筒の片側端面の外周に沿って、多数のひげ針のフックが外側向きで等間隔に配置されている。この固定されたニードルホイールを手回しハンドルで回転させて、チューブ状の靴下用の編地を連続的に編成する機械である。
丸編機のニードルホイールは水平方向(横向き)に設置され、編地は横方向に引き出される。当初は手回しの操作だったが、後に蒸気機関によって複数台の編機を回転させるようにし、靴下用の筒状編地の量産編成を可能とした。
ブルネルが発明したひげ針を円筒に直立固定したニードルホイール方式の丸編機が基礎となって、後に続く技術変革や新たな創造につながっていった4-1)。
(2)ピーター・クラウセン(Peter Claussen)の発明
ピーター・クラウセンは異なったパターン(柄)の編地を編成可能にする、カーブホイール(Carved Wheel)を搭載した丸編機を発明した。カーブホイールは外周に突起(凹凸)を施したホイールであり、ホイールの突起の有無によってひげ針が作用し、給糸された糸をニット・ミスあるいはニット・タックのパターンに編み分ける装置であった4-2)。
(3)ヘンリー・モーゼス・メラー(Henry Moses Mellor)の発明
1849年ヘンリー・モーゼル・メラーによって、ひげ針が上方に向くようにニードルホイールを垂直方向に設置し、編成編地を上方へ引き出し巻き上げる方式の丸編機が発明された4-3)。
(4)クラーク・トンプキンス(Clark Tompkins)の発明
クラーク・トンプキンスが発明したトンプキンス丸編機(Tompkins Loop Wheel Knitting Machine)(現Tompkins USA)は、ヘンリー・モーゼス・メラーによる縦型の巻き上げ式小径丸編機から、アメリカで衣類用の巻き上げ式丸編機として発展した編機である。
1846年にクラーク・トンプキンスはエンパイアマシン社を設立し、当初はカーペット織機や歯車加工機等を製造していたが、1850年代に発明家ジョン・ジョンソン(John Johnson)の助けを得て、直立型で大口径の丸編機を開発して特許を取得した4-4)。
4.2.3 フランス式による丸編機の発明
オノレ・フレデリック・フーケ (Honore Frederik Fouquet)の発明
オノレ・フレデリック・フーケはノッペル(Noppel)とともに、フランスのトロワで編機の製造会社Motte & Fouquet社を設立・創業し、1845年にクライネマイユーズ(Kleine Mailleuse)/ スモールニッター(Small Knitter)を発明しフランス特許を取得した。この編機は、靴下編地を編むための小口径の円形編機でリトルマイユーズ(Little Mailleuse)と呼ばれた。
1852年にシュトゥットガルトへ移ったフーケはFouquet & Frauz社を設立・創業し、1856年にグローセマイユーズ(Große Mailleuse)/ ラージニッター(Large Knitter)を発明した。この編機は、高品質なメリヤス生地を編成する能力を提供するフランス式丸編機(通称:吊編機)の起源となった
4-5)。
フーケが発明した吊編機から、Fouquet & Frauz社の職長であったシャルル・テロット(Charles Terrot)が、独立して1862年に設立・創業したステュックレン・テロット社(Stücklen & Terrot 現Terrot GmbH)
4-6)や、テロット社から独立したヨハン・ゲオルク・マイヤー(J・G・Mayer)が、編機修理業を経て1905年に設立・創業したマイヤー&シー社(現Mayer & Cie)によって、吊編機の形態・技術が改良され世界的に広がった
4-7)。
4.2.4 アメリカ式による丸編機の発明
ダナ・ビックフォード(Dana Bickford)の発明
マシュー・タウンゼンド(Matthew Townsend)がべら針を発明したことによって、編機は大きな変革を迎えることになった。それまでの編機はひげ針を使用し、編成時にひげ針のフックのひげを閉じるプレッサーが必要であった。一方、べら針は編目によって自動的にべらが旋回し、針フックを開閉する画期的な編針であった。
このべら針を使用して編成する丸編機がアメリカ式と呼ばれる。操作カムにより針溝内のべら針を進退動させて編成する。べら針が発明されたイギリスよりもアメリカで活用されたことで、アメリカ式という呼び名になった。
ダナ・ビックフォードが1868年に発明した靴下編地を編む小口径の丸編機
4-8)から、衣服用の生地を編む大口径の丸編機(台丸編機)へと、技術開発が進行していったのである。
4.3 発明当初の各方式の機構
前項では、丸編機の歴史と技術変革として編針配置の3つの方式を記述したが、各々の発明当初の特徴については次の通りである。
4.3.1 イギリス式トンプキンス丸編機の機構
トンプキンス丸編機はシングルセクションまたはツインセクションの丸編機である。円筒形ホイールの片方の端面にひげ針のフックを外側向きに、多数のひげ針を平行に直立固定したニードルホイールを垂直にかつひげ針を上方に向けて配置し、上部に設置された生地巻き上げ装置とともに回転させて編成生地を上方に巻き上げる編機である
4-9)。
この編機は、ニードルホイールの外周に編成用ホイール(Feed Wheel)と起毛用のホイール(Burr Wheel=Wire Wheel)を追加して設置すると、裏地を起毛したビロード調の生地の製作が可能であった。
図4.1 トンプキンス丸編機4-4)
4.3.2 フランス式吊編機の機構
吊編機は回転可能な比較的大口径の円板状ホイールに、所定本数のひげ針がフックを上方に向けて水平かつホイールの外側に向けて放射状に固定されている。そのニードルホイールに対し、ホイール外周上面の2箇所~4箇所の定位置で回転するシンカーホイール(Sinker Wheel)が搭載された編機である。シンカーホイールは多本数の薄板状シンカーがスライド可能に定間隔で略円錐状に収納されていて、ニードルホイールの回転に伴って回転するように連結されている。吊編機は、専用のスタンドまたは天井に設けた梁を用いて上方から吊り下げて設置した形から、このような名前で呼ばれた
4-10)。
この吊編機で編成された生地は、旧ループがひげ針のフックから脱出し、ニードルホイールの外周に向かってノックオーバー(針のフックをくぐる)して新ループを形成するため、裏目が表面に現れて筒状に編まれることになる。吊編機の下部には生地引き下げ装置が分割して設置されていて、編成位置で個々に設定された適度の重さのテンションを編地に与えており、編成された生地は伸縮性に富んで柔らかくなる。
図4.2 Fouquet & Frauzの吊編機4-11)
4.3.3 アメリカ式丸編機の機構
アメリカ式の丸編機は、直立したニードルシリンダー(Needle Cylinder)の外周側面に、一定間隔で多数の垂直針溝を設け、べら針のフックを上方向きかつ外側向きに収納し、べら針が独立可動するようにした編機である。
編成は、ニードルシリンダーまたはその周囲に設けた針操作カムリングのいずれか一方が回転することによって行われる。カムによってべら針が個別に進退運動をする間に編糸を供給し、編目を連続的に形成して編地を作りニードルシリンダーの内側下方に引き出される。なお、引き出される編地表面は表目となる。
アメリカで発展した靴下用の丸編機は最初の靴下丸編機は円盤型であった。その後、べら針をニードルシリンダーの溝内で操作させる円筒型となった。当初、回転動力は手回しハンドルが主体で家内工業用の編機であった。
アメリカ式の丸編機は、ドイツの伝記(Deutsche Biographie)によれば、『フーケは少なくとも1861年から最も初期のアメリカ型と同様の丸編機の開発に取り組んでおり、1880年代初頭まで「System American」に従って、そのような台丸編機(独語:Stühle 椅子=意訳:台丸編機)を供給していた』との記述がある
4-12)。フーケ社はこの時代既に大口径の吊編機を製造していたため、このアメリカ式丸編機は衣服用の生地を編む大口径の台丸編機と考えられる。
一方、テロット社の社史によれば、テロット社は1891年にアメリカ式丸編機すなわち台丸編機を製造し、1892年に最初の全自動丸編機「Boas King」の製造を開始したとなっている
4-6)。
台丸編機は吊編機の対義名称であって、吊編機は編機本体が上方から吊り下げられているのに対し、台丸編機は編機の本体であるニードルシリンダーが台の上に据えられている。また、丸編機のニードルシリンダーは通称「釜」と呼ばれているが、台の上に据えられているニードルシリンダーの形態が、丁度、竈(かまど)に掛けられた炊飯釜(羽釜)に似ていることに由来している。
4.4 日本の丸編機創生の歴史
4.4.1 海外機の輸入
丸編機が日本に輸入されたのは1870年(明治3年)11月である。靴下製造のために西村勝三氏が輸入した小口径の丸編機で、アメリカのダナ・ビックフォードが発明した編機であった。次に輸入された丸編機は肌着を製作する吊編機で1872年に導入された。当初、吊編機の操作を熟知した者がおらず、生産が開始されるまでしばらく要した。
また、欧米使節団の全権大使であった岩倉具視は、1873年イギリスのノッティンガムの新式のサーキュラーウェブマシン(巻き上げ式と称する丸編機:イギリス式)を購入し帰国した。翌年の1874年、蒸気原動力を使用して機械の運転を試したが本来の能力を発揮することはできなかった。このまま不成功と思われたが、メリヤス製造に精通していた田村喜三郎が研究し蒸気原動力の装置による運転に成功した
4-13)。
4.4.2 日本での丸編機の製造
日本におけるメリヤス製造業が順調に伸張していくことになったが、機械需要に対応したのは主に横浜にあるファブル・ブラント(Favre Brant)商館が輸入しその供給を行っていた。
1873年にオーストリアのウイーンで万国大博覧会があり、当時、参議の大隈重信、議官の佐野常民が同年6月に出発してウイーンに赴き翌1874年3月に帰国した。佐野常民は海外各国の展示品と最先端の技術を詳細に調査し、その技術を学び日本へ持ち帰ることで、技術者が研鑽に励むと期待し活動していたのであった。
この時、佐野常民はウイーンからメリヤス製造機械(小口径の丸編機=並径4寸・針数84本・上釜なし)を買って帰り、これを博物館に陳列して一般に観覧させた。当時、編機の価格は高くて容易に手に入らないことから、楠本正隆(新潟県令、後の東京府知事)は、日本で編機を製造する事ができれば国富が増進するはずと、メリヤス機械の製造を成し遂げる技術者を探していた。丁度その時、相馬家(福島県)のお抱えである銃砲鍛冶名人の国友則重が適任とわかり、直ぐに東京に出頭を命じ呼び寄せた。楠本正隆は自ら機械を示し、その機械より大きな径(小丸の2倍=8寸)の中丸編機の模造を国友則重に委嘱した。
国友則重は弟の河上義光と共に編機の製造を開始し、5ヶ月後の1874年9月、遂に直径8寸(26.4 cm)の円筒形に290本の溝を切った編機を完成させた。これが国内におけるメリヤス編機製造の起源である。使用した針は自作であるが洋傘の丸骨を加工して製作した。国友則重は針を1本ずつ細いヤスリで削るなどの仕上げを担当し、熱処理は河上義光が行った。2人掛かりで仕上げる針本数は1日に僅か4~5本程度であった。なお、佐野常民が持ち帰った小丸編機はべら針を使用していたことから、製作した針はべら針であると推測される
4-14)。
その後の日本における丸編機の製造は、1892年に合資会社西尾メリヤス機械製造所が大丸編機(図4.3)を完成、1910年には永田メリヤス機械株式会社(現:永田精機株式会社)が大径の吊編機(図4.4)を完成させた
4-15) 4-16)。
図4.3 メリヤス編立大丸機械4-15)
図4.4 永田式大臍吊機械4-16)
4.4.3 編針の製造
編針が消耗する頻度は国内でメリヤスが盛んに生産されるにつれて多くなり、外国製の機械に付属していた予備の針だけでは数量不足となった。外国商館を通じて針を仕入れようとしても大量発注が必要で納期も長く掛かっていた。1875年、瀧澤新太郎は国友則重から針の製法を伝授してもらい編針の製造を開始するが、外国製に比べて品質は劣悪で価格は倍以上もした。窮地に陥ったメリヤス業者を見ていた杉浦市太郎は、品質の良い針を製作しようと編針の製造法の研究を始めた。
杉浦市太郎は研究を開始してから5年後の1880年に針製造機を作り上げてメリヤス針を完成させたが、未だ外国製の品質には及ばなかった。自製の針を編機に使用したところ、編地に縞筋が表われ見映えが良くなかった。そのため、杉浦市太郎はメリヤスを知らずして良い針はできないと考え、試験用に編機を作り上げこれに自製の針を用い、息子の小太郎と共に研究を積み重ねた結果、品質の良い編針の製作に成功し1884年4月より国産初の編針の製造を開始した
4-17)。
4.5 丸編機の分類
丸編機はプレーンな生地を編む平編機ではひげ針を使用した吊編機、巻上機(トンプキンス機)、ベラ針を使用した台丸編機 (大丸機、中丸機、小丸機、台丸アイレット機)などがある。ゴム編機ではひげ針を使用するクーパー機、ベラ針を使用するフライス機、アイレット機、両面機がある。これら以外では各種柄編機および口ゴム編機がある。
メリヤス肌衣の製作に使用している各々の丸編機の特徴を以下に記述する。
(1)トンプキンス機(巻上機)
トンプキンス機は編成した生地を上部に設置された巻取機に巻き上げる。巻上機とも言われ生地を編み下げる吊編機とは対極である。通常1台のフレームに左右に2機が取り付けられている。天竺(平編)、裏毛の何れも編むことはできるが、裏毛生地は吊裏毛に比べ裏糸のパイルが短いのが特徴である。下から上へゆっくりと編むので独特の風合いとなるが編成時間が長く、現在日本に設備されている数は非常に少ない。
(2)吊編機
編機が1本のシャフトにより梁に吊り下げられており、主として冬物裏毛生地を編成するが、夏物用の天竺や装置を付加することによって各種編柄もできる。吊編機の天竺は一般に吊天竺と呼ばれており、編地が台丸天竺よりも美しい特徴がある。
(3)台丸編機
比較的安価な肌衣用の天竺生地を主体として段縞、針抜、各種タック柄、立毛生地等を作ることができる。給糸口が多く高能率だが編目が斜行しやすく、吊編機の生地と比べて粗雑になる。台丸編機はニードルシリンダー径(釜径)の大小によって、大丸機、中丸機、小丸機と別名で呼ばれているが、構造の原理は同じものである。
(4)フライス機
ゴム編その他畦編を編む編機をフライス機と呼ぶ。ニードルダイヤル(上釜)とニードルシリンダー(下釜)の針溝に、それぞれ互い違い(テレコ)に半ピッチずれた位相で挿入された上針と下針によって編成されるダブルニット丸編機である。フライス機で編成された生地(テレコリブ)は伸縮性に富むので、これを利用して首回り、袖ゴム等に用いられる。また、特殊装置を付けて多柄を出すことも可能である。
(5)両面機(インターロック機、スムース機)
ダイヤル針とシリンダー針が同位相の針溝に挿入され、少なくとも1本ごとのダイヤル針とシリンダー針を交互に使用して2重リブ編地を編成する。生地の表裏ともに同一の組織であるところから両面と言われ、肌触りが滑らかであるところからスムースとも呼ばれる。一定間隔をあけて針を抜いた針抜両面生地、肌衣生地、ジャージィ生地など用途は広い。
なお、上記以外にも丸編機は存在するため、日本産業規格より発行されている「編組機械用語(丸編機)」に基づき、その分類を表4.2 に記述する。
表4.2 編組機械用語(丸編機)(日本産業規格(1.3)丸編機を参考に筆者作成)
| 用語 | 定義 |
| シングルニット丸編機 | シリンダーに編針とシンカーを備え、筒状の編地を作る編機の総称。ただし、編針だけを用いるものもある。 |
| ダブルニット丸編機 | シリンダーとダイヤルの両方に編針を備え、筒状の編地を作る編機の総称。ただし、これにシンカーを備えたものもある。 |
| 流し丸編機 | 連続的に同一組織の編地を作る丸編機。ガーメントレングス丸編機に対していう。 |
| ガーメントレングス丸編機 | 製品1枚ごとに止め編などの編地を自動的かつ連続的に編む丸編機。流し丸編機に対していう。 |
| 吊編機 | 本体が1本のシャフトに吊られ、ひげ針を放射状に配列し、シンカーホイールを備え、編地を下方に巻き取る丸編機。 |
| トンプキンス丸編機 | ひげ針を垂直円形に配列し、編地を上方に巻き取るシングルニット丸編機。 |
| 両頭丸編機 | 両頭針を用いたガーメントレングス丸編機又は流し丸編機。 |
| ジャカード丸編機 | ジャック、パターンドラム、パターンシート、パターンホイール、電子装置などの柄出し装置を用いてジャカード柄編地を作る丸編機。ダブルニット丸編機、シングルニット丸編機、両頭丸編機などがある。 |
| フリース丸編機 | 特殊なシンカーを用い、3本の糸でフリース編地を作るシングルニット丸編機。 備考:フリース編地は、裏毛生地の一種である。 |
| 糸切換丸編機 | 糸切換装置を使用して数種類色糸を必要に応じて交換し、横縞編地を作る丸編機。ストライパ丸編機ともいう。 |
| メッシュ丸編機 | パターンドラム、パターンホイールなどの柄出し装置と、目移し針及びラッチオープナーとを使用しメッシュ編地を作る丸編機。 |
| たて糸ラップ丸編機 | 地糸とは別に、柄に必要な本数のたて糸による編組織を地編に編み込む丸編機。 |
| スライバー編機 | スライバーを編み込み、毛皮に似た編地を作るシングルニット丸編機。ハイパイル編機ともいう。 |
| アイレット丸編機 | ペレリンジャックを使用し透かし目小穴のあいた編地を作るダブルニット丸編機。 |
| ゴム丸編機 | ゴム編を主体とし編地を作るダブルニット丸編機。フライス機、リブ機ともいう。 |
| シール編機 | 編針と刃の付いた針とを使用し、パイル編のパイルを切り、立ち毛状の編地を作るダブルニット丸編機。 |
| インターロック丸編機 | 主としてインターロック編地を作るダブルニット丸編機。スムース機ともいう。 |
| パイル丸編機 | 地糸とパイル糸によって、パイル編の編地を作る丸編機。 |
4.6 トンプキンス機(巻上機)の機構の詳細
トンプキンス機は希少な編機であって国内で現在稼働している台数は数台である。吊編機と同様に現在では編機を製造しているところはなく、問題発生時には生産者自らが修理を行って稼働を続けている。吊編機と対照的に生地を巻き上げて編成するので「巻上機」とも呼ばれている。その機構について、著者米田英夫による「編組工学」(1953年出版)ならびに、著者岡本恒彦による「新しいメリヤス学」(1965年出版)を参考に、機構の詳細を以下に記述する
4-9) 4-18)。
4.6.1 編目形成装置
トンプキンス機は2機が1台のフレームに取り付けられおり(図4.1)、1個の駆動装置を共有して2機が編成するようになっている。針筒の径の大小によって編目形成装置の数量が変わる。針筒にはひげ針がフックを外側向きかつ垂直に固定されている。各編目形成装置は針筒の内側の固定円盤に、その他は針筒の外側に固定して取り付けられ、各装置にはひげ針とかみ合う輪状に多数の羽状片が斜めに取り付けられている。これらは取り付け位置の調整が可能になっている。それぞれの装置の説明は下記の通りである。
(1)編目車(Loop Wheel)
ひげ針とかみ合う羽車は、図4.5に示すような一端にカギ形状1を有する羽状片2を、輪状Aの周囲に斜めに切った溝に装着したものである。その軸Bはひげ針に対して傾斜して支持され、糸道装置から供給された糸をカギ形状1で引っ掛けてループを形成し、ひげ針のフックの中に移す作用をもたらす。取り付けは図4.6の位置Aで針筒の外側である。
図4.5 編目車(羽車部)4-9)
図4.6 トンプキンス機編目形成装置4-18)
(2)分割車(Dividing Wheel)
この羽車の羽状片にはカギ形状はなく、数本のひげ針とかみ合い新たに作られたループのバラツキを均整化する。取り付けは図4.6 の位置Bで針筒の外側である。
(3)ひげ押え車(Presser Wheel)
この装置は円盤状でひげ針のフックのひげを押えて閉じる作用をする。取り付けは図4.6 の位置Cで針筒の外側である。
(4)押上げ車(Landing Wheel)
ひげ針のフックのひげが閉じられている間に、羽車で旧ループをフックの上に載せる作用をする。取り付けは図4.6 の位置Dで針筒の内側である。
(5)脱出車(Knocking Over Wheel)
これも羽車であって、フック上に載せた旧ループを上昇させてひげ針から脱出させる作用をする。さらに上部の巻き上げ装置により脱出作用は助長される。取り付けは図4.6 の位置Eで針筒の内側である。
(6)押下げ片(Holding Down Iron)
円弧形状で針筒の内周に沿って斜めに設置され、先端は少し尖った金属の棒であって、ループを針幹部に押し下げる作用とともに、押上げ車に移行するまで新旧のループが接近しないように分離する作用をする。取り付けは図4.6 の位置Fで針筒の外側であるが作用部は内側にある。
(7)完了車
これも羽車であって、ひげ針の幹部とかみ合って回転することで新ループをひげ針から完全に脱出させ、次の引き下げ金が作用する位置まで編地を引き下げる。取り付けは図4.6 の位置Gで針筒の外側である。
4.6.2 編成順序
それぞれの装置の編成作用は表4.3で、編目形成の流れは図4.7で示す。
表4.3 編目形成の編成順序(筆者作成)
| 順序 | 装置 | 作用 |
| ① | 編目車 | 糸がひげ針のフック内に送られる。 |
| ② | 分割車 | ループ長を均一にする。 |
| ③ | ひげ押え車・ 押上げ車 | フックのひげを押さえて旧ループをフック上に載せる。 |
| ④ | 脱出車 | 旧ループをひげ針から脱出(ノックオーバー)させる。 |
| ⑤ | 完了車・ 押下げ片 | 糸道装置に移動する前に旧ループを針から完全に脱出させて、新ループをひげ針の幹部に移動させ適当な位置に保つ。 |
図4.7 編目形成の流れ4-18)
(英文字は図4.6と関連性はない)
4.7 吊編機の機構の詳細
吊編機は1960年代まで全世界で活躍していたが、1970年代に入ると丸編機の生産性の向上という流れから各機械メーカは吊編機の製造を中止した。しかしながら、吊編機で生み出される生地の風合いから商品には根強い人気がある。稼働している機械の台数は少ないが、現時点でも和歌山県では1960年代の機械を使って世界で唯一生産を行っている。機械メーカは製造を中止しているので供給される部品などはなく、生産者自らが修理を行って編機の稼働を継続している。機構的にも4.3.2で説明した部分と技術的な変化はないが、米田英夫による「編組工学」(1953年出版)、岡本恒彦による「新しいメリヤス学」(1965年出版)を参考に、その機構の詳細を以下に記述する
4-10) 4-19)。
4.7.1 編成の各装置
吊編機の各機構は中心にあるシャフトに支えられ、このシャフトが室内の梁に固定されている。主な機構の装置は編成部にニードルホイール、編糸調整装置・給糸装置、押戻し車と押え金、シンカーホイール、ひげ押え車、編目脱出カム、完了車、停止装置がある。編成された編地は自重で下がるが、その下方に放射状に取り付けられた針布によって編地を掻き下ろす引き下げ装置、また機械に不具合が生じた場合にストップする停止装置がある。吊編機の構造ならびに各々の装置の説明は下記の通りである。
(1)吊編機の構造
吊編機の全体構造は図4.8である。本体はシャフトSで梁から吊り下げている。梁に取り付けられた回転軸よりベルトでプーリAに伝達し傘歯車Bを経てシリンダーDを回転させる。シンカーホイールEは吊編機独特の重要な部分であり、この内部にループ形成のシンカーがある。シリンダーの下部にはともに回転する水平レバーに針布が設けられ、これが上下に動作して編地を掻き下げる。
図4.8 吊編機の全体構造図 4-19)
(2)シンカーホイール
シンカーホイールは俗に「臍(へそ)」または「臍車」と呼ばれ、その大きさによって小臍・中臍・大臍に区分されている。その構造はシンカーホイールの径によって違うが、ここでは大臍の構造で説明する。大臍は径が8インチ程度で300枚ほどのシンカー(俗に「臍板」という)を備えている。図4.9は大臍の断面を示し、2個の砲金製円盤1および2はそれぞれ軸3に固定され水平面に対し約15度~20度の角度で取り付けられている。この軸は針筒Cの上面に設けられた環状のラックとかみ合って伝動される。シンカーSは、図4.10に示すような形の薄板状で内方に向かう端にカギ状をした部分があり、またその後端には切り込み部が設けられカム2'の周囲にはまっている。シンカーによるループ長形成(度目)は、編糸がひげ針Nとシンカーのカギ部との間に供給され、シンカーのカギ部端を押し下げることでループ長が定まる。これと同時にシンカーを外方に移動させてループをひげ針のフック内に移動させる。またループの長さを定めるシンキングカム(度山)は、メスネジによって上下し任意の位置に設定することができる。この調節はシンカーホイールでループ作成に要する糸の長さと、前述の給糸歯車で供給される糸の長さとが一致するように定める。
図4.9 シンカーホイールとシリンダー部の拡大図4-19)
図4.10 シンカー部拡大図4-10)
(3)針筒
針筒(図4.9 C)は機械の中心のシャフト上を水平に回転する針盤であり、その上面にはひげ針がフックを上方向き放射状に配置固定されている。針盤の側面周囲には、ノックオーバープレート(プラテン、俗にノックオーバーフランチンとも称する)(図4.9下部p)が刻まれた溝内に、垂直より少し中心側に傾いた円錐台の形でひげ針の間に配置されている。
(4)編糸張力調整装置・給糸装置
編糸張力調整装置・給糸装置(図4.11、取付位置は図4.12のA)は、編目を形成するための必要な糸量を計ってシンカーホイールに供給するもので、糸に過度の張力を与えない構造になっている。2つの給糸歯車a、bがかみ合って両歯車の間に糸を挟み込んで供給する。歯車bはニードルホイールの旋回によって伝導される。供給する必要な糸量は給糸歯車のかみ合いの調整によって決定するが、その構造はメスメジeを回し、歯車aを上下させて調整する。
図4.11 編目張力調整装置・給糸装置4-19)
(図中文字a,b,eは不明瞭のため筆者加筆)
図4.12 吊編機の平面図4-19)
(5)押戻し車と押え金
押戻し車(取付位置は図4.12のB)は、次のコースの編成を開始する準備として編地をひげ針の針幹部に押戻す作用をする。弧状片の押え金(取付位置は図4.12のC)は、新旧のループを隔離する作用をする。
(6)ひげ押え車
ひげ押え車(取付位置は図4.12のF)は、ひげ針のフックのひげを押さえて旧ループを針から脱出させるための準備をするものである。円盤状でフックのひげに外接して押さえるように取り付けている。この車はシンカーホイールの内側に位置する。ひげ押え車でフックのひげを押さえるまでは、シンカーでループとなる糸を支えている。なお、シンカーホイールは図4.12のDに位置する。
ひげ押え車の位置は調整できる。糸切れなどで糸が供給されないような時に、ひげ押え車が作用すると編地はひげ針から落ちてしまうので、ひげ押え車が少し上がってその作用を停止するようになっている。
(7)編目脱出カム
編目脱出カム(取付位置は図4.12のG)はひげ押え車の後方ひげ針に位置し、各ひげ針間にあるノックオーバープレートpの上方を順次前方に押し出して、旧ループをひげ針からノックオーバーさせる。自動停止装置が作動するとカムが内側に移動し動作を停止するようになっている。
(8)完了車
完了車(取付位置は図4.12のH)は、編目脱出用カムでノックオーバーできなかったループを、完全に編針から脱出させるために設置されている。
(9)停止装置
糸切れや糸が無くなってしまった時やひげ針が破損した場合に、運転が自動的に停止するよう駆動部にクラッチを設けて運転を制御する。吊編機の回転速度は25 rpm~30 rpmと遅いが、この装置を設けることで問題発生時の不良率を低減させる。
4.8 台丸編機の機構の詳細
台丸編機は大丸編機とも言われているが、針筒が回転しカム筒が静止する方式と針筒が静止してカム筒が回転する方式がある。給糸装置を多数取り付けることが可能で、例えば給糸装置を40口取り付けると1回転で40コースが編成できるという、非常に生産性の高い丸編機である。(図4.13参照)トンプキンス機や吊編機では給糸口は多くて4個程度なので、その生産性の違いは歴然たるものである。しかしながら、編み上がる商品品質には明確な違いがあり、商品の用途別で編機の使い分けがされている。
図4.13 1回転におけるコース編成4-22)
4.8.1 編成機構
それぞれの機構については、米田英夫による「編組工学」(1953)、岡本恒彦による「新しいメリヤス学」(1965)を参考に、その機構の詳細を以下に記述する
4-20) 4-21)。
(1)べら針編成
編目形成に関する機構については、トンプキンス機や吊編機で使用していたひげ針ではなく、編針はべら針を装着した編成機構である。
べら針はひげ針とは違い編目脱出時に「べら」がひっくり返ってフックを閉じる機構になっている。そのため、編機にはひげ針のようにフックのひげを押さえるプレッサー機構が要らない。べら針は針筒の外側側面に溝を切って装着されている。べら針の下部にはバットと称する突起部があり、この部分に針筒の外側に固定されているカム筒の内面に設置された、クリアリングカム(上げ山)や隣接してノックオーバーカム(度山)にバットが接し、針筒が回転することでベラ針を上下動する。べら針の動作・作用を表4.4に記す。
表4.4 べら針の動作・作用(筆者作成)
| 順序 | 動作 | 作 用 |
| ① | 上昇 | フック内ある旧ループが「べら」を開放して針の幹部に移動する。 |
| ② | 上昇 | 糸がフック内に供給される。 |
| ③ | 下降 | 旧ループが「べら」を押し上げフックが閉じられる。 |
| ④ | 下降 | 旧ループはフックを越えてノックオーバーし、供給された糸で新ループが形成される。 |
(2)シンカー機構
ループの大きさは、べら針の下げ量すなわち針のフック内頭部から針筒の上端までの距離によって決まる。これはノックオーバーカム(度山)の取り付け位置の調整によって変わる。さらに、針筒の位置調整でもループ長は変わる。また、編地のテンションすなわち編地を強く引くとループ長は長くなる。
べら針を装着したシンカー付きの編機ではループ長を一定にすることができ、べら針上昇時に編地が一緒に上昇させない作用もある。シンカーSとべら針Nの関係は次の通りである。(表4.5、図4.14参照)
図4.14 シンカーカム機構とシリンダーカム機構4-23)
表4.5 ベラ針とシンカーの位置関係(筆者作成)
| 順序 | 作用 | 位置関係図 |
| ① | べら針Nが上昇し糸の供給を受けるとき、シンカーSは針筒内方に移動しシンカーSのK部で編地を保持して上昇を防ぐ。 |  |
| ② | べら針Nが新ループを形成のために下降するときに、シンカーSは針筒外方に移動する。 |  |
| ③ | シンカーSが針筒内方に移動し、べら針Nが下降して編糸を捕捉するとともにノックオーバーを開始する。 |  |
| ④ | シンカーSはさらに針筒内方に移動し、べら針Nは下降して旧ループはノックオーバーを完了し、新ループが形成される。 この時シンカーと針の下降位置との間でループ長が決定される。 |  |
(位置関係図は「編組工学」p.125第62図を参考に筆者作成)
(3)カム機構
図4.15は針とカムの関係図である。針筒が回転(図では右行)することで、固定されたカム筒内にあるそれぞれのカムによってべら針Nは上昇する。上げ山Cによってべら針NのバットBがカム傾斜に接しべら針Nは上昇し、度山Eに移動してバットBがカム傾斜に接しべら針Nは下降する。
糸道G、編糸P、上げ山C、度山Eで1給糸口を構成する。これらの口数を多数備えているほど針筒1回転で編成するコース数が多く作られる。但し、口数が多くなれば編地が螺旋状にねじれる問題が発生する。
図4.15 シリンダーカム機構4-21)
(4)巻取装置
編針が上昇するときに、編地が一緒に持ち上がらないようにシンカーで保持すると同時に適切な張力を編地に与えると良い。巻き取り張力は、編目の大小や編成の容易化にも関係するので巻き取り張力の調整は重要である。
巻取装置は針筒の回転と同時に回転する。その回転軸をベベル歯車で90゜変更し、編み下がった編地を1対のローラーの回転で引き下げ、その下方で巻取ローラーを回転させて編地を巻き取る。巻き取り時の編地へのテンションは調整可能である。
(5)停止装置
編成途中で供給する糸がなくなった場合、そのまま編み続けると「釜落ち」(編地が編針から脱離して落ちる)になる。これを防ぐために、編針への糸の供給がなくなった時点で上げ山を不編位置に移動させ編目形成動作を中止させる。同時に、機械を電気的に自動停止する。
図4.16 クローズドカムを搭載したシングルニット丸編機
(XL-3FA)(福原産業貿易提供)
4.9 その他の丸編機
前節までとは違う丸編機で編目形成部分に特徴がある機械について記述する。編目形成以外の装置は台丸編機と概ね同じである。
4.9.1 ダブルニット丸編機
ダブルニット編機は、針筒(シリンダー)の上部に円盤状の針床(ダイヤル)を設置(図4.17参照)し、べら針を装着するように溝が切ってある。そのピッチはシリンダーと同じである。ダイヤルとシリンダーの針溝は半ピッチずれて交差する「リブ出合い」と、ピッチをずらさずに対向する「インターロック出合い」がある。「インターロック出合い」の場合、ダイヤル側とシリンダー側の対抗したべら針が同時に動作して衝突しないように設定されている。
図4.17 ダイヤルカム機構とシリンダーカム機構4-23)
ダブルニット編機では、リブ編(フライスまたはゴム編とも呼ぶ)や両面編(インターロックまたはスムースとも呼ぶ)などを編むことができる。ダブルニットはシングルニットに比べ編地に厚みがあり型崩れが起きにくく伸縮性も少ない。また表面と裏面を違った編目で編成することも可能である。多種多様の編地が製作できる機械である。
4.9.2 両頭丸編機(リンクスアンドリンクス)
両頭丸編機の編目形成装置は上下垂直に2つのシリンダーが設置されており、その両シリンダー内の針溝を両頭針が上下動して編目を形成する機構である。パール編(1コースごとに表目と裏目が交互に編成)が可能である。
4.9.3 ガーメントレングス機
今まで記述したそれぞれの丸編機から得られる製品は、流し編された筒状の編地であって、衣服を作る場合には開反して型紙に合わせて裁断し、そして身頃や襟、裾、袖口などのパーツを縫製する作業が必要である。(図4.18参照)
ガーメントレングス機とは、裾や袖口のゴム編から身丈の長さに抜き糸を挿入し、1着分のごとに分けて編み立てができる省力化を目的とした編機である。ダブルニット機で編成が可能である。(図4.19参照)
図4.18 カットソーの工程4-22)
図4.19 ガーメントレングス機編成後の工程4-22)
4.10 柄出し技術
丸編機の柄出しの技術については、編針の動作により柄を出していく方法、糸の色によって柄を出す方法、またその組み合わせによって柄を出す方法がある。台丸編機の機構による柄出し方法について、岡本恒彦による「新しいメリヤス学」(1965)を参考にその機構の詳細を以下に記述する
4-24)。
4.10.1 編針の動作による柄出し
ニットの基本的な編み方は、ニット、タック、ウエルト(ミス)である。これらは針の上昇する高さすなわち編針における旧ループの保持位置によって決定される。ニットの場合は編針が最も突出した位置、タックの場合は中間位置、ウエルトの場合は基底位置になる。(表4.6参照)
表4.6 編針動作と編目組織の状況(島精機製作所提供)
柄出しのために編針を選針する場合、バットの位置が異なるジャックを用いることになる。編針の上昇を制御するために、例えば、通常用バットと低バット付のジャック、通常用バットと高バット付のジャックの2種類を針筒(シリンダー)に装着し、低バット用補助上げ山と高バット用補助上げ山(図4.20)をカム筒に装着して編成すると、図4.21のような編針位置となる。システムⅠでは通常上げ山が「出」の状態で、すべて編針は「ニット」の位置である。システムⅡでは通常上げ山は「没」の状態で、低バット用補助上げ山で低バットの編針は「ニット」の位置、高バットの編針は上げ山が作用しないので「タック」の位置となる。システムⅢでは通常上げ山は「没」の状態で、高バット用補助上げ山で高バットの編針は「ニット」の位置、低バットの編針は上げ山が作用しないので「タック」の位置となる。図4.22の編目であるポロシャツなどに使用されている鹿の子編の編地を製作するときに、システムⅡ、Ⅲの配列で繰り返し編成を行う。
図4.20 低・高バット用補助上げ山4-24)
図4.21 編針の上げ位置4-24)
図4.22 鹿の子編目4-24)
このように、ジャックにおける高・低バット、通常用バット使用の組み合わせや、カムの配列変更によって編針が選択され多様な編柄模様が可能となる。但し、より複雑な編柄を編成しようとすると、選針するジャックの段数が多くなってシリンダーの高さが伸長し、丸編機本体も合わせて大きくなる。
4.10.2 色糸給糸による柄出し
次に色糸の使用について、各給糸口に色糸を挿入すると柄ができるが、例えば奇数コースでは色糸A、偶数コースでは色糸Bを使用し、交互に2ウエールずつ「タック」を行うと、奇数コースでは1ウエール、2ウエールは「ニット」で表目に色糸Aが表れ、3ウエール、4ウエールでは「タック」で裏面に色糸Aが浮く。偶数コースでは1ウエール、2ウエールでは「タック」で裏面に色糸Bが浮き、3ウエール、4ウエールはニットで表目に色糸Bが表れる。すなわち、1ウエール、2ウエールは色糸Aで3ウエール、4ウエールは色糸Bで編目が作られ、色糸A、色糸Bの縦縞を表現する編地が得られる。その編目を図4.23に示す。
図4.23 タックを利用した色柄編地4-24)
(太線が色糸A、細線が色糸B)
4.10.3 ウエルト編
ウエルト編は浮き編(フロート)とも呼ばれている。「タック」によっても浮き編となるが、ウエルト編は糸を編針のフックに供給する位置まで上昇させない「ウエルト」する編成方法である。例えば、図4.24のように、1コース目で色糸Aは1ウエール、2ウエールでは「ニット」、3ウエール、4ウエールでは「ウエルト」、2コース目で色糸Bは1ウエール、2ウエールでは「ウエルト」、3ウエール、4ウエールでは「ニット」とすると、色糸Aが「ニット」、色糸Bが「ウエルト」で編成すると、裏面で浮いた色糸Bが見えずに編地の表面からは色糸Aだけが表れる。その逆で編成すると編地の表面からは色糸Bだけが表れる。色糸A、色糸Bの縦縞を表現する編地が得られる。
図4.24 ウエルトを利用した色柄編地4-24)
(太線が色糸A、細線が色糸B)
4.10.4 柄車(パターンホイール)による柄模様
複雑な編柄を表現するためにはジャックの段数が多くなってしまい、シリンダーの高さが伸長する問題を前述したが、その問題を解消する方策として柄車(パターンホイール)による選針方式が考えられた。
この方式は、パターンホイールがシリンダーの編針にかみ合って回転すると、パターンホイールに埋め込まれたジャックが斜上方に昇ることで、かみ合っている編針を上昇させる。上昇させる開始位置から終了位置は、ウエルト位置からタック位置、タック位置からクリアリング位置、またはウエルト位置からクリアリング位置までである。
編柄の基準組織のサイズによって、コース数×ウエール数の数字が大きくなるに伴い、パターンホイールの直径も大きくなってしまう。そこで、パターンホイールを数個設置してジャック取り付けの切り込み数を分担させることもできる。例えば、基準組織が40ウエール×32コース=1,280編目からなる編柄に対して、4個のパターンホイールを使用すると、1個のパターンホイールの切り込み数Sは、S=1,280÷4=320となり、シリンダーの針数Nは、N=320×t±40(tは任意の整数)を満足するものとなる。
基準組織の32コースを4個のパターンホイールで分担するので、1個のパターンホイールの分担コース数は320÷40=8セクションである。それぞれのパターンホイールが分担するコースを確定し編柄に合わせたジャックを配列する。
このようにして編成すると縦方向の編柄がシリンダーの周りに1,240÷40=31できる。しかし、パターンホイールのセクション1が終了すると同一コースの隣接する柄は、次のセクション2のジャック配列となるため柄が4コース上がる形になってしまうという欠点がある
4-24)。
図4.25 日本初のパターンホイール機構を搭載した
大口径丸編機(PFW)(福原産業貿易提供)
4.10.5 パターンドラムによる選針方法
パターンホイールによる欠点を解消したのがパターンドラム式であり、大柄を作成できることが特徴である。これはドラムの表面に多数の穴が開いており、そこにペッグを差し込むようになっており、もしペッグがあるとこれに相当する水平ジャックを介してシリンダーにあるジャックのバットが溝の中に押し込まれる。押し込まれたジャックと接続する編針は作用するようになっている。ドラムにおけるペッグの配置とシリンダーのバットの並べ方によって多様な柄出しができる
4-24)。
4.10.6 パターンホイールによる選針方法の問題点を解消
隣接する柄においてズレが生じる問題について、シリンダーの回転とパターンホイールの各々のセクションの動きが同期しているためである。そのため、選針の機構を機械の動作から分離する方式を採用すれば問題は解決する。編針の選択は給糸口数とシリンダー針数によって、その同一コース内のそれぞれの編針と柄信号が対応すればよいので、選針をする動作を別の機構に置き換えても問題はない。また、選針位置をシリンダーの周りに等間隔で配置すれば、各給糸口部で編成する柄コースを統一することができ、ある時点においてはどの編成領域でも同じ柄信号を扱うことが可能である
4-27)。
パターンドラム式は、ペッグの“無”か“有”でジャックの溝への押し込みを行い、“編む”か“編まない”の編針の動作を選択しているので、同一コース内における選針を柄信号で対応していることと同じである。
4.11 柄出しの電子化
丸編機の編目形成については、単純な平編から多段ジャック式やパターンホイール式の柄出し、そして柄ズレ防止やデザイン拡大の要望によってパターンドラム方式が開発された。これらの編目形成は機械式の機構であったが、機械の構造上、編成可能な柄範囲の制約、柄組作成や柄変更の時間的な問題などがあり、丸編機業界の発展には、この問題の解消が重要なポイントとなってきた。
そこで、編成工程やデザインの作成など総合的な面から、編成の効率性、編柄の多様性、機械の均一性などを充足させる、エレクトロニクスを採用した機構の開発が行われた。それらの技術的な変遷について記述する。
4.11.1 電子化の歴史
丸編機の柄出し電子化はすべての編機の中で最も早くから開発が始まった。1963年には、ドイツ・モラート社のモラトロニックMK1形が柄出し機構に電子化を採用した。その機構は、ジャカード選針に従ってフィルムに明暗のマークを付け、そしてフィルムに光を当て通過する光をフォトダイオードによって電気信号処理を行うものであった。この電気信号に従ってエレクトロ・マグネット機構が作用し、コントロールカムを通じて電磁的にシリンダー内のジャックを動作させ編針の選針を行った
4-25)。
1971年には、ノース・アメリカン・ロックウェル社のエレクトロニット48型がエレクトロニック選針を紹介した。マグネチック・テープを媒介とし、エレクトロ・マグネットを用いてロッキング・ジャックを直接作用させる方法で編針を選針した。米国の企業が欧州メーカの技術レベルに追い付いたのであるが、これは同社の親会社が持っている電子技術を融合させて開発した選針機構であった
4-26)。
電子化による選針方法は高速、高精度で作用するので、これらの方式は各種編機の編成要素の制御機構開発の注目の的となった。
1971年の第6回国際繊維機器展(ITMA)展では、主だった各メーカは電子化された丸編機を出展していた。
4.11.2 柄出し方法
柄出しの選針とは、1コース内で各給糸口に供給される色糸は決まっているので、柄の組織図に従ってそれぞれの給糸位置に対応する編成域に入った時に、編むか編まないかの選択を行うことである。
デジタル信号はオン“1”かオフ“0”で表すので、「編む」ことを“1”、「編まない」ことを“0”として定義する。この編針の動作を指定する信号を柄信号と呼んでいる。
編針の動作は「ニット」、「タック」、「ウエルト」が基本動作である。また「トランスファー(目移し:シリンダー針編目をダイヤル針編目に移す)」、パール編(コース別に表目と裏目を編成)などの動作もある。
色糸の供給については、給糸口数を編柄の色数で割った本数の各色糸が必要で、それらが個々に別の給糸口から供給される。たとえば、24口の丸編機で3色の柄糸編地をつくる時には、3種類の色糸がそれぞれ8本ずつ合計24個の給糸口から供給される。
これら編針の動作と色糸を組み合わせると種々の柄が表現できることになる
4-27)。
4.11.3 モラトロニックの選針機構
エレクトロニクスを使用したモラトロニックMK2形の選針機構(図4.26参照)について、表4.7に選針方法を記述する
4-28)。
表4.7 コントロールピン選別による選針方法(筆者作成)
| 動作 | 説明 |
| 1 | 定常位置から案内カム②によって制御磁極③に案内する。 |
| 2 | フィルム信号 | 無 | 保持磁極④に保持され直進する。 |
| 有 | 制御コイル⑤で消磁されて定常位置⑥になる。 |
| 3 | フィルム信号 | 無 | カム⑦の下部(シリンダーの周辺方向)を通過し、ジャックのバットはそのままの位置で、上げ山によって編針は上昇し「ニット」される。 |
| 有 | カム⑦の上部(シリンダーの中心方向)を通過し、ジャックのバットはシリンダーの溝に沈み込み、上げ山の作用がなくなり、編針は上昇せずに「ウエルト」となる。 |
| 4 | 定常位置に戻る。 |
図4.26 コントロールピンの選別機構4-28)
4.11.4 コンピュータを利用した技術の進展
丸編機の電子柄出しは1960年代後半に開発され、1970年代には大手各メーカから製品化されたものの市場への普及は進まなかった。機械が高価格(3,000万円以上)である理由から、機械を償却するためには生産高・販売高を今まで以上に伸ばす必要があった。生産過剰による値崩れや編立工賃の低下などの不安定要因もあり、需給バランスを考えた生産・販売体制が取れる大手企業への導入に限られていた。
丸編機は給糸口が多く多数の編針の動作を制御することから、電子装置もコスト高となっていた。1980年代に入ると、マイコン技術の進展によって簡素化が図られるようになり、既存の丸編機にマイコン柄出し装置を接続し、コスト要因を解消する動きが見られるようになった
4-29)。
給糸関係では、オートストライパー(糸切替装置)という機構が開発され、1つの給糸口に複数の色糸を保持させて、コンピュータから送られてくる柄情報から機械的な動作で色糸フィンガーを選択し、切り替えられた色糸で横縞柄を形成した
4-22)。
1987年のITMA展では、ダブルニット機に装着されているシリンダー針、ダイヤル針の双方とも電子選針が行えるようになり、編地の表裏を別柄で表現することも可能となった。
4.11.5 電磁制御の技術革新
従来の電子選針装置は永久磁石と電磁石を併用し、電磁石で永久磁石の磁力を消磁する制御方法であったが、強い磁力を持つ永久磁石と電磁石で吸着力を安定させる構造が必要であった。そのため、寸法的な問題が発生し、多数の選針装置を必要とする機械への取り付けは困難で、新しい装置の開発が求められた。
福原産業貿易、福原精機製作所は、1999年のITMA展でコンピュータダブルニット機「V-LEC4DS」(図4.28)を出展し、多品種少量生産と高い創造性が発揮できる機械であると市場から評価を得た
4-30)。
この「V-LEC4DS」の開発に当たり、上記問題を解消する技術革新が生まれた。小型で吸着力の強い電磁制御の選針機構が発明され、その特許は1995年10月9日に出願、特許第3576664号として2004年7月16日に登録された。同特許公報から【課題を解決するための手段】を引用し下記に示す。
【課題を解決するための手段】
本発明の電磁選択装置は、揺動片母材に揺動可能に嵌合され、かつ、左右端部に設けられた第1、第2被吸着部を有する揺動片と、前記揺動片の第1、第2被吸着部を選択的に吸着する磁石部材からなる編機用電磁選択装置であって、前記磁石部材は、永久磁石と、その両側に直列に接続された第1、第2電磁石からなり、前記各電磁石は、前記永久磁石の両隣に位置する第1、第2励磁コイルと、その励磁コイルの内部及び左右両端に位置する第1、第2コアから構成されていることを特徴とする。好ましくは、揺動片の左右端部に設けられた第1、第2被吸着部は外方へ向かう下り傾斜部を有し、永久磁石の外側先端部はキノコ型断面である。
本発明はまた、編みツールが移動可能に装着された、丸編機におけるジャカード編地の制御装置であって、前記編みツールと同一溝に装着され、編みツールを制御する揺動片母材と、前記揺動片母材により揺動自在に支持された少なくとも1個の揺動片と、前記揺動片の両端にそれぞれ対応した、少なくとも一対の吸着部材を有する磁石部材と、前記揺動片を上昇させる少なくとも1個の揺動片レージングカムと、前記編みツールを制御する制御カムと、揺動片母材を制御する中間カムからなる丸編機におけるジャカード編地の制御装置において、前記磁石部材は、永久磁石と、その両側に直列に接続された第1、第2電磁石からなり、前記各電磁石は、前記永久磁石の両隣に位置する第1、第2励磁コイルと、その励磁コイルの内部及び左右両端に位置する第1、第2コアから構成されていることを特徴とする。編みツールは、例えば、シンカー、編針(ラッチ針、複合針)、中間部材(ジャック等)、フック部材等である。
図4.27 4色オートストラバー付シングルニット
電子丸編機(SEC-24)(福原産業貿易提供)
図4.28 ダブルニット両面選針電子柄編機
(V-LEC4DS)4-31)
図4.29 電磁選択装置側面図(特許第3576664号)
4.12 丸編機の方向性
丸編機は2000年代に入ると、これまで技術革新が行われてきた編目形成を行う給糸装置、編針やカム配置、選針機構による高速化・生産性の向上に加えて、デザインシステムと機械機構が融合した全く新しい編柄の編成が可能となった。
各メーカはダブルジャカードの両面選針機を市場に投入し、横編機に比べ多品種小ロット生産には不利な面を持っているものの、柄変更などの準備作業の省力化の機能を取り入れ、短納期を求める消費地型生産に対応した。
この時代になると、先進国の人件費高騰などから繊維の生産地が安価な労働力を提供する新興国にシフトしている。生産地の世界的な移動ということで、高級品は消費地、低価格品は新興国という生産の分散化が行われるようになった。これに対応するために、各メーカも進化し続けるCPUやモータ、センサなどエレクトロニクスを多分に利用し、メンテナンス強化も含め機能強化を図るとともに、機械のコストダウンを積極的に行った。
国内の繊維産業を見ると、2003年の経済産業省の産業構造審議会繊維産業分科会報告においては、
「国内需要の低迷、中国からの安価な輸入品の増加、産業の高コスト構造から各繊維産地は縮小傾向にあり厳しい状況となった」とある。2007年のITMA展では、機械需要の高い新興国に向けた量産型の提案が行われ、ますます繊維産業の地域移動が顕著に見られるようになった。
丸編機の国内保有台数と輸出台数は、経済産業省生産動態統計年報ならびに財務省貿易統計より図4.30の通りである。保有台数は右肩下がりではあるが減少率は落ち着いている。輸出台数は2007年の大きな世界需要のあと落ち込んでいたが回復しつつある。現在、数多くあった日本の丸編機メーカは福原精機製作所のみとなったが、高性能な電子柄編機では世界のトップに君臨している。
吊編機を作っているメーカはなくなってしまったが、その編地の風合いは感性のあるもので他の編機では表現できないニット商品を作り出している。生産性は最新鋭の機械に比べかなり劣るが機械式の技術が結集した編機となっている。ファッションでは感性を重んじるので、吊編機で編成された繊細な編地は付加価値を高める一つの要因になっている。
丸編機は全編機の中で生産性が最も高い。現在では、ファッション性や機能性を求めたデザインや編組織の開発や、また産業用資材用として素材の特性を活かす編成技術を開発し新たな分野にも進出している。
図4.30 丸編機の国内保有台数と輸出台数
(経済産業省生産動態統計年報より筆者作成)
参考文献
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| 4-2) | William S.Murphy, The Textile Industries, Forgotten Books , Vol. 7 (Classic Reprint), pp.58-59, 2018.
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| 4-22) | 大西康司, 中村保雄, 武内俊次,「電子制御ガーメントレングス丸編機」, 繊維機械学会誌, Vol.62, No.11, pp.49-53, 2009. |
| 4-23) | 山岡高志, 武内俊次, 「シングルニット丸編機におけるウルトラファインゲージの開発」, 繊維機械学会誌, Vol.61, No.3, pp.40-44, 2008. |
| 4-24) | 岡本恒彦, 「新しいメリヤス学」, 繊維研究会出版局, pp.299-324, 1965. |
| 4-25) | 海外における編機開発の方向, センイ・ジヤァナル, 1966年7月21日号 |
| 4-26) | 丸編柄出しの新方向, センイ・ジヤァナル, 1971年7月5日号 |
| 4-27) | 相坂昇 編, 「帝人タイムス」, 帝人社, Vol.39, No.4, pp.42-53, 1967. |
| 4-28) | 服部裕 編, 「帝人タイムス」, 帝人社, Vol.42, No.6, pp.20-28, 1972. |
| 4-29) | 丸編機業界の実態, センイ・ジヤァナル, 1983年8月22日号 |
| 4-30) | 省エネ対策編ツール電磁制御装置, センイ・ジヤァナル, 1999年7月16日号 |
| 4-31) | 福原産業貿易ホームページ・機械開発の歴史
https://www.fukuhara.co.jp/company/f-seiki_j.html#machine_history (2024/7/29閲覧) |
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5 手袋編機
5.1 手袋編機とは
手袋編機は、緯(よこ)編機に大分類される。針床は横長形で複数の溝が垂直方向に切られ、その溝に編針を摺動可能に配列されている。針床は山形に機械の前後に配置されその針床上部をキャリッジ(編針を上下させるカム等が配置)が左右に動作し手袋の形に成形して編成する。編幅は狭く小横機に分類される。
一般的に、手袋は布帛や革を裁断し縫製して成形する「縫い手袋」と、編地で作られている「メリヤス手袋」がある。「メリヤス手袋」も編地を裁断して縫製する「縫い手袋」と、手袋の形に成形して作る「編み手袋」がある。「編み手袋」の形もいろいろあるが五本指手袋やミトンなどが代表的である。
現在では、全く縫製することなく成形編成を行う手袋編機となっているが、ここまでに至る技術の変遷について調査報告する。
5.2 手袋の生産
日本におけるメリヤス手袋の生産は、香川県出身の両児瞬礼(フタゴ シュンレイ)が大阪に移り住んで1888年(明治21年)に始めたのが最初であった。当時は指なしで「手靴」と呼ばれており、メリヤス生地を型紙に合わせて裁断し縫製したものであった。現在、香川県東かがわ市周辺は手袋の一大産地となっており、その歴史は同市の「香川のてぶくろ資料館」で紹介されている
5-2)。
作業用として分類される手袋は明治時代から旧日本軍が使っており、戦後は一般的に使用されるようになった。軍用手袋を略して軍手と呼ばれていた。(以下作業手袋と記す)
作業手袋は1918年(大正7年)に和歌山県有田市初島町の川端力松(現:日出手袋工業創業者)が、横編機(小横機)を使って生産したのが始まりであり、同県は国内でも有数の作業手袋の産地である。
同県は温暖な気候から綿花栽培に適しており、江戸時代中期から同県北部の紀の川流域で多く栽培されていた。粗紡綿糸を使った厚手の綿織物を松葉などで起毛させ保温性のある「紋羽織」の生産が盛んで、明治の頃、この技術を改良し「紀州ネル」で有名な綿フランネルの生産に移行した。その際に生じる「落綿」を紡績し作業手袋編成用の糸とした。「落綿糸」は短い繊維長だが、編むと屈曲して隣接の編目と絡み合うので強度が保たれ、また価格的にも安価なため手袋の生産に適していたからである。
現在、作業用手袋は輸入品が大多数を占めている。しかしながら、日本の産地として和歌山県有田市や愛知県岡崎市の手袋メーカは、付加価値の高い商品を市場に提供しモノづくりを継続している。
5.3 手動式の手袋編機
手袋を生産する小横機は1871年(明治4年)頃から日本に輸入されていた。小横機の国内製造は欧州機械を模倣して製作していたが、作業用手袋編機は専用機の開発に移行し日本独自の進歩を遂げることになった。
図5.1 永田信一(現永田精機の創業者)が製作した
永田式軍手小横機械5-1)
5.3.1 指取り式手袋編機
小横機で作業用手袋の生産を開始したのち、1926年頃に小横機の機能を省略した手袋専用編機「指取り式編機」(図5.2)が開発された。編成方法を以下に記述する。
操作レバーを手で動かすことで、キャリッジが針床上を左右に動作するようになっている。各々の部位で図5.3に示す編目段数をもとにキャリッジを往復させて編成する。
- ①
- 各々の部位によって針を選び(図5.3針本数)、針のバッドがカムで作用する位置に置く。
- ②
- 親指、人差し指、中指、薬指を順次編成し、各々の部位編成後、編目を拾って編機から取り外す。
- ③
- 小指を編成した後に、取り出した薬指、中指、人差し指の順に編機の所定の位置に戻す。この時に指と指の間(指股部)にマチに相当する編目を2目重ね合わせて、編機に戻した4本の指から親指の付け根の部分まで(4本胴)の掌部を編成する。
- ④
- 親指を同じく編目を重ね合わせて編機に戻し、親指から手首の部分まで(5本胴)を編成する。
- ⑤
- 5本胴の編成時、手の形に合わせるように、手作業で親指側の端前後2目隣の針に目移しして5コース、次に親指側と小指側の端前後2目隣の針に目移しして5コース、編目を減らし狭くするように編成する。
- ⑥
- 編成が終了すると編機から取り出し、ゴム編機で編んだ手首部分と縫製する。
図5.2 指取り式手袋編機(島精機製作所提供)
図5.3 編目段数(カッコ付は針本数)
(島精機製作所ミュージアム展示物より筆者作成)
5.3.2 佐野式手袋編機
佐野式手袋編機は、先に編成した指袋編地の指股に相当する針に掛かっている編目2目を手作業で一旦専用の目移し部材に移し取って編成済みの指袋側に退避させた後に、隣接する次の指袋の編成を行う。指袋は取り外すことはしない。手順は次の通りである。
- ①
- 親指、人差指、中指、薬指の順に、各々の指袋編成後2目を指袋側に退避し、次の指袋を編成する。
- ②
- 小指を編成した後、親指の指股以外の3箇所の指股編目を元の針に戻して、4本胴の編成を行う。
- ③
- 親指の指股編目を元の針に戻して、親指から5本胴を編成する。
- ④
- 5.3.1指取り式⑤と同じ
- ⑤
- 5.3.1指取り式⑥と同じ
佐野式手袋編機は佐野作松が開発し、その選針方法は現在でも同様の機構が使用されている。その方式は特許として1930年10月8日に出願され、特許第96379号として登録されている。その内容は次の通りである。
手袋の7編成部位(親指A、人差指B、中指C、薬指D、小指E、4本胴F、5本胴G)を順に連続編成可能にするため、7編成部位の編針列を連続および循環的に選択する突起を設けた、「選針ドラム式の機構」を備えた手袋編機である。
図5.4、図5.5の番号9は選針ドラム、番号10は編針を選択する突起で編成する部位別にある。突起があるところでは、番号4ジャックは押されて番号5の編針のバットが針床より出るのでカムにより選択され編まれる。突起がないところでは番号4が沈み、番号5の編針のバットは針床に没してカムに選択されないので編まれない。次の部位に移行するときは選針ドラムを回転させて突起の並びを変更する。
図5.4 選針機構①(特許第96379号)
図5.5 選針機構②(特許第96379号)
5.3.3 石川式五指連続手袋編機
「指取り式手袋編機」が創出されてから数年後、「佐野式手袋編機:指股編目取り式五指連続編機」が開発され、1932年には「石川式五指連続手袋編機」が開発された。「指取り式」の手作業から「五指連続」の機械編みが可能となって編成時間の短縮が図られた。
この石川徳三が発明した「手袋編機指取不要機構」の技術が主体となって、現在の全自動手袋編機に繫がっている。なお、同氏は1932年3月1日に特許出願し特許第100340号として登録されている。その特許内容の概略を以下に記述する。
手袋の指股に相当する編目を針幹に保持させるそり状カムと、保持した編目を隣接する指編地の最終編目と複合させるカム斜面を設けた棒または板状部材である。針床の歯口部で針底面に添って水平方向に摺動可能に設け、指編地を編機から取り外すことなく手袋編成を可能にする編目保持複合装置(通称:カミソリ)である。
図5.6 編目保持複合装置(特許第100340号)
さらに「手袋編機における指編変換機構」を1934年1月17日に出願し特許第107150号として登録されている。その特許内容の概略を以下に記述する。
手袋編機指取不要機構(通称:カミソリ)の移動と連動させた2枚の摺動板カムを備えた、各指編成針および各胴編成針の選針機構である。摺動板カムにより編成する編針のバットは針床より出し、編成しない編針のバットは針床内に没する。
図5.7は指取り不要の五指連続手袋編機にゴム糸挿入装置を取り付けたものであるが、図中番号①のレバーを操作することでカミソリが作用する。
図5.7 指取り不要ゴム挿入機5-3)
5.3.4 二重環かがりミシン
手袋は手首部分にかけ筒状の編地の両端で編目を減らして手の形に合わせていた。そしてゴム編機で編成した手首部分の編地を縫製して完成させた。この縫製を単環かがりミシンで行うと縫製部分での伸びがなくなり容易に手の抜き差しはできない。また縫製した糸がほつれてしまうと簡単に手首部分が分離してしまう。これを二重環かがりミシンで縫製を行うことで改良した。縫製部分に伸縮性を持たせることができ、糸が切れた場合でもほどけにくく縫製の強度を上げることを可能とした。
図5.8 島正博が開発した二重環かがりミシン
(池永製作所製)(島精機製作所提供)
5.3.5 ゴム糸挿入装置
作業用手袋は「指取り式」から「五指連続式」に技術革新され生産性が大幅に向上した。しかしながら、手首の縫製作業をなくし一体化した手袋を連続編成するという課題があった。そこで考案されたのが「ゴム糸挿入装置」である。1955年に島正博(島精機製作所創業者)が考案した。
作業用手袋を手首の最終部分まで継続して編成を行い、掌から手首に移行した編成位置からゴム糸を挿入して編み込む装置を開発した。手首部分はゴム糸によって締め付けるようになり、ゴム編の手首よりもフィット感があるようになった。手首形状に合わせた目減らしの作業も不要となった。手袋の脱着も容易で、手袋の指先が機械に巻き込まれた際にも容易に手が抜ける安全性も兼ね備えた。市場では「ゴム入り安全手袋」として大きく受け入れられることになった。
装置にはゴム糸を供給する糸道と、編針を上げ下げしてゴム糸を挿入させるカムをキャリッジ内に配置した。
その編成方法は、次の通りである。適宜コース毎にゴム糸供給口(ゴム糸キャリア)をキャリッジで編成口に連れていく。キャリッジ内のカムにより編針をタック位置に上げ、ゴム糸を編針フック内に挿入して下げる動作を適宜数繰り返す。そして隣接する編針はウエルトとし、同一コースで通常ニットを行えばゴム糸は伸長状態で挿入することになる。これにより、平編だった手首部分が縮められ平編がゴム編のようになる。(図5.9参照)
図5.9 ゴム糸挿入詳細図(実公昭34-5645)
図5.10 ゴム糸挿入装置付き五指連続手袋編機
(島精機製作所提供)
5.3.6 半自動動力装置付手袋編機
手袋の小指から人差し指まで編成し4本胴、親指、5本胴、ゴム糸挿入と編成していく工程に対して、それぞれのコース回数は決まっている。そのため、人がその回数を数えながらレバーを動かし編成していた。この一連の作業を、各指および胴の編成部位切替え時は手動で操作を行い、以降の連続編成部分をモータによる自動運転に切替え、所定コースの編成が終わると自動的に停止させる半自動動力装置が開発された。従来の手動式手袋編機では一人当たりの操作台数は1台であったが、半自動動力装置を使った五指連続手袋編機では2台、または3台の編機の操作が可能となった。
半自動動力装置は松谷(まつや)鉄工所(愛知県安城市)ならびに島正博(和歌山県和歌山市)が開発しており、前者は横型式(図5.11)、後者は縦型式(図5.12)であった。
(1)横型半自動動力装置(松谷式):1958年(昭和33年)
この装置は手袋編機の右側に直列させて設置するタイプの横型の半自動動力装置である。同装置を編機と連結した場合、設置に必要な幅は1.35 m、2台分のスペースは2.7 mとなる。作業者の移動範囲を2.7 mとすると1人で2台の編機を操作できる。
図5.11 半自動動力式手袋編機(松谷横型式)5-4)
(2)縦型半自動動力装置(島式):1960年(昭和35年)
この縦型半自動動力装置は手袋の生産性向上を考え、操作する作業者の編機間の移動距離を最短にするように、設置に必要なスペースの縮小化を意図したものである。装置は扇状に往復運動させる駆動アームとキャリッジを連結することで、編機の右側下部に入り込むように配置した。設置に必要な幅は0.9 mに縮小でき、縦型では3台で2.7 mのスペースとなる。移動範囲から作業者1人で3台の編機操作が可能になった。
図5.12 半自動動力装置付手袋編機(島縦型式)
(島精機製作所提供)
5.4 全自動手袋編機
ゴム糸挿入装置付五指連続手袋編機を作動させる半自動動力装置が開発され、手袋製作の生産性は大幅に向上した。しかしながら、機械を操作する手作業の編成部位切替え工程が残っており、全自動で編成する編機の開発が待望された。競い合ったメーカ別にその開発技術を記述する。
5.4.1 島精機製作所の全自動手袋編機
島精機製作所は1963年4月に全自動シームレス手袋編機(初期型)を開発した。手袋編成部位はキャリッジの往復位置変換式であった。
従来の手動式編機で編む指先は角形であったが、この編機は指先を丸く編成する方式を開発していた。しかしながら、部品精度のバラツキから製品不良となることが多く、機能を落とすことになるが従来方式の指先を角形に変更し、1964年12月全自動手袋編機(図5.13)を開発した。指先を絞って丸くする手作業は必要であったが、従来の半自動動力装置に比べ効率性は大幅に上昇した。性能は次の通りである。
【性能】
1枚当たり編立時間:2分15秒
1人当たり操作台数:10台~30台
【仕様】
操作方式:押しボタン方式
電動機:極数変換モートル4P/8P 3相 200 W/100 W
駆動装置:クランク方式
指、胴切替装置:単式ピン出没クラッチ式
支点移動:カムリンク方式
ゴム送り:積極式ギア方式
制御装置:プログラムコントロール方式
編成装置:シンカーニット方式
総重量:200 kg
寸法:奥行325 mm×幅840 mm×高さ1,200 mm
回転数:L80 rpm -S160 rpm
ストローク:270 mm - 125 mm
図5.13 島精機製作所・全自動手袋編機
(島精機製作所提供)
5.4.2 初島鉄工所の全自動手袋編機
1964年に初島鉄工所(和歌山県有田市)が全自動手袋編機を開発し数十台出荷された。しかしながら、その後他社が開発した機械に押され製造は短い期間であった。この編機の特徴は手袋編成部位が針床位置変換式で編成される。生地引き下げについては、指編は鉤錘方式、胴編は製品挟持板引き下げ方式である
5-5)。
図5.14 初島鉄工所・全自動手袋編機5-6)
5.4.3 松谷鉄工所の全自動手袋編機
松谷鉄工所は1965年1月に初号機を完成、2月の展示会で発表し1966年1月から販売を開始した。手袋編成部位は針床位置変換式で編成される。生地引き下げについては、指編は鉤錘方式、胴編は巻き下げローラ方式である。作動装置はカム方式、電動機は8分の1馬力リングコーン無段変速モータ、ストップモーションが付いている。指先のかがりと手首部のオーバーロック止めを除いて全自動で手袋を編成する。主な特徴は次の通りである
5-7)。
- ①
- 作動装置はカム方式
- ②
- リングコーン変速機を採用して、編みはじめはゆるく次第にスピードを出し編み終わりはゆるく衝撃を少なくしている。
- ③
- ストップモーションを付け、針折れ、糸切れ、キャリッジに負荷がかかった時、自動的に停止する。
- ④
- 主要の摺動部にはボールベアリング、ニードルベアリング、オイルレスメタル、ユニボールを採用し、焼入れ加工も実施しているので耐久力はある。
- ⑤
- 1枚当たり編立時間:2分15秒、1人当たり操作台数:10台~15台
- ⑥
- 総重量:150 kg
- ⑦
- 寸法:奥行400 mm×幅1,000 mm×高さ1,500 mm
- ⑧
- 回転数:L80 rpm-S160 rpm
- ⑨
- ストローク:260 mm-110 mm
図5.15 松谷鉄工所・全自動手袋編機5-6)
5.5 全自動シームレス手袋編機
全自動手袋編機が市場に送り出され作業用手袋の生産は概ね自動となり順調に生産されていたが、指先を丸形にする工程と指股の穴をかがる工程が手作業として残っていた。時代の変化とともに作業用手袋の需要は拡大化する一方、労働力の確保が困難になってきた状況で、手作業を不要とした「全自動シームレス手袋編機」の開発が急がれた。
この課題に対して、島精機製作所と松谷鉄工所が行った「全自動シームレス手袋編機」の技術開発について以下に記述する。
5.5.1 島精機製作所
島精機製作所は手袋編機の開発にあたり、指先を丸く編成する機構の編機で全自動化を図ったが、部品加工精度のバラツキ等で製品不良の発生が生じ、指先を角形に機能を落とし市場に提供した経緯がある。全自動シームレス手袋編機については、角形タイプの発売から5年経過した1970年3月に開発・発表した。その技術的な内容については次の通りである。
(1)指先丸形編成方法
各指を編成する方法として、第1コースはゴム編(前後の針で編成)により編み出しを実施し、次のコースからは袋編を任意に減少させた針数で編成し、順次針数を増加させて指先を渦巻き状に編んで球面状とした。この時に、第1コースから袋編の数コースまでは編目を詰め指先の強度を高めて編成するようにした。(図5.16参照)
初期型の全自動シームレス手袋編機の編成方式(ピッカ方式)ではなく、選針ドラムによる個別選針を行う方法で指先を丸形に成形した。
図5.16 指先編成編目図5-8)
(2)指股編成方法
手袋の編成は小指から人差し指の4本の指、4本胴、親指と順に編んでいくが、それぞれの指の表裏両側のコース数を同数とすると、最後のコースの端目は前後の渡りがなく次の指の編成に移るので穴があく状態になる。この穴あきをなくすために各指の編成において、その最終コースでは一方側を1コース多く編成し、既に編成が完了している隣接指袋側で編成を中止し、反対側のコースを編成することなく次の新しい指袋の編成に移るようにした。この編成方法で各指股に穴あきがない手袋となった。
4本胴の編成時に、後針床の4本の指に掛かっている編針が作用状態で、前針床の各指股に相当する各1本の編針も作用状態で1コース編成して指股を閉じる。この編成方法は特許第526266号で登録されている。(図5.17参照)
図5.17 指股編成編目図(特許第526266号)
(3)シンカーニット方式
全自動手袋編機においてもシンカーニット方式による編成を採用していたが、指先を美しく丸形に成形するためには、このシンカーニット方式が最も有効な機構であった。
全ての編機において編成する時には、編目の浮き上がり防止のために編地を引っ張る必要がある。そのため、手動式の手袋編機では編地に錘を掛けて下から引き下げていた。
島精機製作所は各々の編針に対して上から各編目単位に編地を押し下げる方式を開発した。各編針に対する編糸による抵抗が軽減され、また編地も編目ごとに押し下げられるので、伸縮性とともに均一性のある風合いの編地を容易に編成することができるようになった。
この機構はキャリッジ上部にシンカーを動作させるシンカーカムを配置し、キャリッジの動作による編目形成機構と同調して針床上にあるシンカーを上下動させ、編地を押し下げる方式のものであった。(図5.18参照)
図5.18 シンカーと編針のタイミング5-8)
(4)選針方式
選針方式は佐野式手袋編機の方式で、針床の編針に対応した選針ドラムが針床の下部前後2箇所に設置され1コースごとに1ステップ回転する。編針を作用させるためにその編針と対応した選針ドラムの位置に突起がある。その突起に乗ったコントロールジャックによって連結されたジャックが持ち上げられ、バットが針床から浮き出し編針が作用状態となる。突起がない場合は、ジャックのバットは針床内に没し編針は不作用状態となる。キャリッジが針床上を左右動することで、作用状態の編針はキャリッジ内のカムにより上下動し編成する。なお、選針ドラムと突起は一体型であったが、1974年選針ドラムに溝を切りその溝にピンを埋め込む方式に変更された。これにより、ピンの位置は容易に変えられ編針を随意に選択することが可能となった。
図5.19 選針機構5-8)
図5.20 選針ドラムピン埋め込み式
(島精機製作所提供)
(5)主要装置
①駆動部 各装置への動力伝達は駆動モータよりクラッチおよびチェーンを介して行われる。
②指胴切換ブロック部 動力はクランクを介してブロック部に伝達され、ここで大小2種類の往復運動に変換し駆動アームでキャリッジを動作させる。
③支点移動装置 手袋の各部位の編成に対応した針床の位置でキャリッジを動作させるために、駆動アームの支点を移動する。
④カム軸 この軸には複数枚のカムが取り付けられており、各部位の編成の1工程が完了するとカム軸が1回転し、カミソリの操作のほか指および胴の切り替え時の制御動作を行う。
⑤計数装置 各部位を編成する順序に従ってチェーンを送ることで編立コース数をカウントし、チェーンの突起で計数ドラムを回転させ、ドラムの突起によってワイヤーの動作および電気スイッチを介して各々の装置に制御指令を出す。
⑥転換装置 計数装置からの指令で各部位の編成時に編糸またはゴム糸を給糸する。
⑦カミソリ 手袋の指股に相当する編目を針幹に保持させ、保持した編目を隣接する指袋の最終編目と複合させる装置で、針床内を支点移動に同調して動作する。
⑧ルーパー・はさみ 各部位の編成がすべて完了後、編糸を針床の歯口直下で切断し端糸を保持する。
【仕様】
回転数:85 rpm−175 rpm
電動機:2スピードモータ(4P, 6P)交流3相 200 V, 200 W
原動方式:クランク方式
制御方式:プログラムコントロール方式
寸法:奥行680 mm × 幅1,220 mm × 高さ 1,740 mm
重量:285 kg
1枚当たりの編成時間:2分
図5.21 島精機製作所・全自動シームレス手袋編機
(島精機製作所提供)
(6)世界へ手袋編機発信
1971年5月の米国アトランティックシティで開催された第50回ニッティング・アーツ・エキジビジョン、ならびに同年7月のパリで開催された国際繊維機械見本市(ITMA展)に、島精機製作所は全自動シームレス手袋編機を初出展した。
手袋編機は欧米には存在せず次から次へと完全自動で編まれる編機は、その生産能力の高さ、および省力化した編成方法、そして高水準な技術に起因するものであり、結果的に島精機製作所の手袋編機は世界に広く知られることになった。
図5.22 操作パネル(島精機製作所提供)
(7)機械制御の電子化
手袋各部の編成はチェーンの駒で区切りキャリッジ駆動の回数を制御していたが、1982年チェーン方式から電子方式に制御を変更し、電子式プログラム方式と機械式計数ドラムを併用した。コントローラでは操作性や視認性を向上させ、タッチ式数字キーでデータ入力を可能にした。なお、最新式の手袋編機はコントロール方式をすべて電子プログラム方式とし、耐久性、高生産高品質を実現する編機として、度目調整(編目の大きさ調整)や自動給油装置、編成完了後の端糸処理装置等の電子制御を行っている。
(8)各種手袋への対応
人の手のサイズはそれぞれ違うので、JISで成人用手袋のサイズを男女別に決められているが、メリヤスの手袋はある程度の伸びがあるため手にフィットする。しかしながら、編機はサイズによって編幅や位置(支点移動量)が変わるため、SSサイズからLLサイズまで展開する必要があった。そのため、機械の仕様を2サイズ(例えばMサイズとLサイズ)のように兼用できるように設定した。それ以上のサイズ間対応(例えばSサイズからLサイズまで)となると、編機の効率性や経済性が悪くなってしまうので、工場からの出荷は2サイズ兼用の仕様とした。
作業手袋の形状だけでなく、ファッション手袋としての展開もある。ファッション用手袋では、ミトン手袋、パイル手袋、指切り手袋、加えて色糸転換装置(2色から4色)を使用したカラー手袋などの機種展開が図られた。
5.5.2 松谷鉄工所
松谷式全自動シームレス手袋編機は1970年に発表しており、指先および指股のかがり工程が一切不要という編機であった。その特徴は次の通りである
5-9)。
①新しい編成方法で指先をきれいに編成
②ストップモーション機能で、糸切れ、盛り上がり、針折れ、糸のもつれ、針折れ等に対応
③編成時間は1ダース50分、1人50台まで操作可能
④指先の成形は、X状・八の字状に変化する鉤重り方式(特許第845723号、特公昭51-19052 昭46.8.4 出願)
図5.23 指先成形(特許第845723号)
図5.24 松谷鉄工所・全自動シームレス手袋編機5-9)
(1)指先編成方法
指先の新しい編成法は、針数10・8・10のへらしのみで、編みはじめの編目が編成コースとともにX状から八の字状に変化する鉤重り方式で、指先が丸味をおびフィット性が一段と優れたものとなる。
(2)ツインキャリッジ方式
手袋編機業界では初の試みで、キャリッジや針床などの主要編成部分が1台の機械の中に2セット組み込まれたツインキャリッジ方式で、1台で2台分の生産能力を発揮する5-10)。
図5.25 ツインキャリッジ方式の手袋編機5-10)
5.6 全自動五本指靴下編機
第2章の靴下編機については、小丸編機タイプでつま先をリンキングした靴下を編成する機械である。ここでは、島精機製作所が開発した全自動シームレス手袋編機を発展させた全自動五本指靴下編機について記述する。
五本指の靴下編機の始まりは、スペインの手袋メーカが指先のみを手袋編機で編成し、胴体部を別の編機で編んで双方縫製していた。これを拇指と小指の編幅を逆に製作する要望があって専用の五本指靴下編機の開発に至った。
五本指靴下編機は踵の有無によって機械が分かれる。
5.6.1 踵なし五本指靴下編機
このタイプの機械は手袋と同じように足の指の形状に合わせて編針を選択し、五本指の編成後は袋編を繰り返しゴム糸挿入で完了する。但し、靴下の踵部分は編成されない。また土踏まずの部分にゴム糸を挿入したサポート機能や、指先が拇指と他の指の部分に分かれている足袋形状の編成も可能とした。
踵付きの五本指の靴下を製作するために、手袋編機で指部からリングトウのあたりまで編んだ編地と、靴下小丸機で製作したつま先のない踵付の編地を双方リンキングして完成させていた。
5.6.2 踵付き五本指靴下編機
踵付き五本指靴下編機は左右で踵に対して拇指の位置が違うため、踵を編成するためのピッカ装置(編針を目減らしまたは目増やし時に、休止位置または作用位置に移動させる装置)を前後キャリッジのどちらか一方に設置することで、右足用あるいは左足用の専用機とした。踵編成時、ピッカ装置が設置されている
キャリッジのみで編成を行い反対側のキャリッジでは編成しない。踵の編成が完了後に前後キャリッジで袋編を再開する。ピッカ装置は特許第2779862号で登録されている。ピッカ装置は左右両方でも稼働するように設計されていて、現在では、ピッカ装置を前後のキャリッジに取り付け1台の機械で両足の五本指靴下の編成を可能とした。
ピッカ装置について図5.26で説明する。図中中央よりにある番号4が編針減少ピッカ、その両側にある番号5が編針増加ピッカである。それぞれ右行用、左行用として2箇所に設置されている。番号10の編針バットが編針減少ピッカと接して編針をニットしない位置に誘導し、番号8のジャックバットが編針増加ピッカと接して編針をニットする位置に誘導する。ピッカはキャリッジ内にある減少用、増加用の2つのソレノイドの作動により操作される。
図5.26 ピッカの配置状態と針の位置関係概略図
(特許第2779862号)
図5.27 踵付き五本指靴下編機(島精機製作所提供)
5.7 全自動ジャカード手袋編機
この機械は、1975年島精機製作所が開発したもので、親指が掌の内側になる(図5.28)ように自動的に編むことができるように開発された画期的なファッション手袋編機(図5.29)である。
従来の作り方では、親指なしで編んで親指位置の編目を編針に移し戻して親指を逆(付け根)から編成していた。この方法の自動化は難しいと思われていたが、これを実現したことで日本の技術力は世界から賞賛された。なお、この機械は1975年の旧東ドイツライプチヒ展で「ゴールドメダル賞(図5.30)」を受賞した。展示会に参加した約6,000社より21社が選ばれるという高い評価を得たものであった。
制御方式は、プログラムドラムおよびジャカードフィルムを使用して機械の動作制御を行うようになっており、機械的な変更は行わなくともミトン手袋や靴下も編成することができた。
その後、機械式からエレクトロニクス方式に変更しコンピュータジャカード手袋編機が開発されたが、2000年前半には、より広範囲な小物のニット製品をつくる横編機の系統に移行した。
図5.28 全自動ジャカード
手袋編機の製品・親指の編成位置
(島精機製作所ミュージアムで筆者撮影)
図5.29 全自動ジャカード手袋編機
(島精機製作所提供)
図5.29 全自動ジャカード手袋編機
(島精機製作所提供)
5.8 手袋編機の方向性
手袋編機は指取り式から全自動シームレス手袋編機と、完全化に向けての技術開発が行われてきた。その後、機械的制御からエレクトロニクス制御へと変化してきたが、安定した品質と作業用手袋のみならず機能性やファッション性を生み出す機械に発展している。
手袋編機は機械式の要素が強くあると思われる。複雑な手袋編成を行うために、高速回転で駆動し機械的な伝動機構を駆使して動作させている。課題解決のために研究してきた技術開発と精密な加工技術が、今日の手袋編機の存在となっている。
市場に出回っている作業用手袋で編目が粗いミドルゲージものは、海外からの輸入品が多く製品価格は非常に安価なものである。日本での生産でこの輸入品との価格だけの勝負となると全く対抗できない。
手袋とは人の手を保護する機能を持つものであり、用途に応じた手袋を市場に供給することが重要である。その目的に沿って、日本の生産者は責任をもって品質にこだわりコストを極力抑えた商品を提供しようと努力する。生産する設備も稼働率が高く信頼のできる機械が必要となってくる。
上記のような背景もあり、残念ながら今日では日本で手袋編機を製造している会社は島精機製作所のみとなった。日本のメーカは手袋編機の自動化を目指し世界発の技術で開発し編機を作り上げてきた。開発当時は編目の粗い手袋を編成する機械であったが、加工技術、組立技術、編立技術などの経験則から、編目が細かい13ゲージ、15ゲージ、18ゲージとファインゲージ化が進み、さらに超ファインゲージの21ゲージという世界で最も薄くて軽い手袋を作る編機も開発した。編目が細かくなり指の感覚で作業する精密機械などに使用することが可能となった。
このように日本独自で開発された手袋編機は、『手の保護』という目的のもと機械の耐久性を高める機構を創造し、操作性やメンテナンス性の向上を図ってきた。今後、現状にこだわらず、新たな視点でイノベーションを生み出す手袋編機の出現に期待したい。
参考文献
| 5-1) | 永田精機株式会社編, 75年のあゆみ, 永田精機, 1979. |
| 5-2) | グローブミュージアム(香川のてぶくろ資料館)・人物紹介
https://www.glove-museum.com/keyperson/ (2024/7/30閲覧) |
| 5-3) | 合理化に貢献する新鋭機, センイ・ジヤァナル,1964年1月3日号 |
| 5-4) | 和歌山県繊維産業史, 和歌山県繊維工業振興対策協議会, p.469, 1977. |
| 5-5) | 和歌山県繊維産業史, 和歌山県繊維工業振興対策協議会, p.488, 1977. |
| 5-6) | 和歌山県繊維産業史, 和歌山県繊維工業振興対策協議会, p.470, 1977. |
| 5-7) | 完全自動機手袋編機メーカの現況, センイ・ジヤァナル,1966年3月21日号 |
| 5-8) | 機械振興, 機械振興協会, Vol.5, No.4, pp.35-40, 1972. |
| 5-9) | ものづくりを支える新鋭機器, センイ・ジヤァナル,1971年7月31日号 |
| 5-10) | 手袋編機で世界初のツインキャリッジタイプ誕生, センイ・ジヤァナル,1999年5月26日号 |
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6 編針
この章では編機で最も重要な部品である編針の開発と編機との関連性について報告する。編針はその種類によって編機の系統が変化し、手編みを超え機械編みでしかできない編地の編成を可能にさせた。
6.1 編針とは
編物は編針によって編目を作りそれらを縦方向、横方向に連ねて形成されている。編針は編目を作るという工程で、クリア(編目がフック内から針幹に脱出)やノックオーバー(編目がフックを越す)、また別の編針にトランスファ(編目を移す)などを可能にする機能を持たせ、機械編成で多彩な編柄の製作を実現させた。編機の開発とともに創造された各々の編針について説明する。
6.1.1 ひげ針
ひげ針(図6.1)はウィリアム・リーがペグフレームのペグから発明した。このひげ針から世界初の靴下編機が開発された。手作業でフレームに固定されたペグに糸を絡ませてそしてペグ上で編目を作る方式を、ペグをひげ針に置き換え編目の形成作業を機械式とする編機を開発した。
ひげ針を使用する編機には、ノックオーバーして編目を作る機構にプレッサーというフックのひげを押さえて閉じる部品が必要であった。(「第3章 3.4.1 編目形成過程」参照)
6.1.2 べら針
1589年にウィリアム・リーによって発明された靴下編機のひげ針は、1775年に経編機、1816年には円形編機に使用されてひげ針の活用範囲が拡大したが、ひげ針による編地は平編が基本であった。そのため別の編み方の研究が行われて、その過程で様々な編針の発明があった。以下に、江尻久次郎著『横編技術入門:9.べら針』を参照し記述する
6-1)。
靴下製造業を営むマシュー・タウンゼンド(Matthew Townsend)は、靴下・ストッキングの新たな編成方法である表編・裏編を交互に編むパール編の研究中に「べら針」を発明した。
そのきっかけとなったパール編を編成するための針および装置は、1847年10月7日に特許出願、1848年4月7日に英国特許“GB 11,899”として登録された。特許出願以後も装置に用いる針幹に溝を設けたフックニードル(鉤針)やひげ針の更なる改良を継続した。
その後、仲間のデビッド・モウルデン(David Moulden)の協力を得て、元の発明(GB 11,899)の改良を重ね、べらでフックを開閉させるべら針、べら針の操作手段、および応用に関する特許出願書類等、6項目に及ぶ発明の明細書と図面を完成させた。そして、両者連名による名称「Machinery for the Manufacture of Looped Fabrics」の英国特許(GB 12,474)が1849年2月13日付けで出願が受理され、6ヶ月の猶予期間を経て1849年8月13日付けで特許登録された。
その6項目の発明の特許請求範囲の要約は以下の通りである。
- ①
- 単頭のべら針、および両頭のべら針
- ②
- 両頭のべら針を水平移動させる構造、および該構造で編成するパール編の製造法
- ③
- 単頭のべら針を交差対向(V型)配置して進退移動させる構造、および該構造で編成するリブ編の製造法
- ④
- 単頭のべら針を独立可動にした構造の丸編機
- ⑤
- 2重のシームレス編地(チューブ編地)編成を行う2列のべら針バーの配置、および弾性を有する2つの糸キャリアを用いた編機の構造
- ⑥
- 単頭のべら針を用いた経編機の構造
べら針は編地に柄・組織を発現させるために機能的に進化してきた。手編みでは可能な柄の編成や編目の移動を、編機でも同様の作用をさせなければならなく、編機上で編目を移動させる機能を持った編針が必要になる。それを可能にしたのが、「両頭針(Double Head Needle)」であり、編目渡し用の羽根(クリップ)又は切欠きを備えた「目移し針(Transfer Needle)」である。しかしながら、「両頭針」を使った編機と「目移し針」を使った編機では、編目の移動手段が全く異なり、編機の系統が分かれることになる。
Ⅰ.べら針の種類
(1)ノーマル針
① 線針:鋼線を塑性変形させてフック、シャンク、バットを形成したべら針(図6.2)
② 板針:鋼板を型抜きしてフック部、シャンク、バットを形成、フックは塑性変形させて形成したべら針(図6.3)
(2)両頭針:シャンクの両端にフックを形成したべら針(図6.4)
(3)目移し針:編目を受け渡し可能にしたべら針
① 羽根針:シャンクの側面に編目渡し用のクリップ(羽根)を設けたべら針(図6.5)
② えぐり針:シャンクの側面及び底面に編目渡し用の切欠き(えぐり)を設けたべら針(図6.6)
図6.1 ひげ針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.2 線針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.3 板針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.4 両頭針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.5 羽根針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.6 えぐり針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.7 複合針 (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
図6.8 複合針とべら針のストローク差6-2)
図6.9 スライドニードル (島精機製作所フュージョンミュージアムにて筆者撮影)
Ⅱ.べら針の特許について
べら針に関して次のような特許がある。フランスでは1806年にピエール・ジャンドー(Pierre Jeandeau)が、べら針のフランス特許“FR 1,900”を取得しているがその詳細は不明である。また、アメリカでも1848年にジェームス・ヒッバート(James Hibbert)が、べら針の特許を出願し1849年に米国特許“US 6,025”を取得しているが、この特許で開示されているべら針は、フックとフックを開閉するべらの構成のみでべら針を個別に操作するための機構や摺動ガイドの開示はない。
これらの特許はあるものの、べら針と詳細な操作手段や応用を具体的に開示したマシュー・タウンゼンドが、べら針の発明者として伝えられている。
6.1.3 複合針(コンパウンドニードル)
複合針(図6.7)とは針本体とスライダーの2つの部品で構成されており、双方とも個別に動作可能な機構を備えた編針である。べら針のフックの開閉はべらを旋回して行っているが、編目のクリアあるいはノックオーバーが作用する時に、べら針は一定距離をストロークさせる必要があった。このストローク距離を短縮し編成効率を高めようと考え出されたのが複合針である(図6.8参照)。フックの開閉をべらの旋回からスライダーによる直線運動に置き換え、スライダーを独立して動作できるようにした。スライダーを作用させる機構は別途必要であるが、編成効率に与える影響は編針のストロークに比べ極少である。また目移し用のクリップも配置可能である。(「第3章 3.5.2 複合針使用による高速化」参照)
6.1.4 スライドニードル
スライドニードル(図6.9)は島正博によって1997年5月に開発された編針である。(特許第2946323号)スライドニードルは、島精機製作所が開発したホールガーメント横編機に搭載され、立体的な編成を可能とする重要な機能を持っている。
複合針と同じく針本体とスライダーで構成されており、2枚組のスライダーが針フックの上部に突き出すことで目移しを可能にした。そのため、スライドニードルは目移し用のクリップが不要で、針床のピッチ中心に配置することができるため、左右対称の編目(図6.10参照)を形成し風合いの良い編地が編成される。
スライドニードルの編成テクニック(編柄を作る技法)は従来の6種類から12種類に増加した(図6.11、図6.12参照)。べら針では不可能であった編成を可能とし、アパレル市場に対し洋服感覚の三次元ニットを提供するに至った。
図6.10 編目形成比較(島精機製作所提供)
図6.11 従来の編成テクニック(島精機製作所提供)
図6.12 従来の編成テクニックに加え増加した編成テクニック(島精機製作所提供)
コラム べら針の開発者 マシュー・タウンゼント
マシュー・タウンゼントが、1847年に「べら針」を発明した経緯については、次のような開発秘話がある。
レスターシャー州クロップストンで生まれ、レスターに移り靴下製造業を営んでいたが、靴下・ストッキングの新たな編成である表編・裏編を交互に編むパール編の研究を行っていた。
パール編の編成とは、対向させた2枚のニードルバーを使用し、一方で形成した編目(例えば裏目)を対向する他方の針ですくい取り、その後、編成して編目(例えば表目)を形成し、その表目を対向する一方の針ですくい取り、その後、編成して裏目を形成する一連の操作を繰り返すことが必要で、手操作では非常に効率が悪い作業であった。
そのため、手間のかかるこの手操作を機械操作にできないかと試行錯誤をしていた。装置の改良中に、編目をすくい取る用具の先が模型の針に設けた溝に挟まって折れてしまった。ところが、偶然その折れた用具の残片が、挟まった針上で旋回したことで、残片によって針のフックが閉じた。これを見たタウンゼントは、残片の背面傾斜に沿って編目がフックの前方にノックオーバーできることに気づいたのである。そして、仲間のデビッド・モウルデンの協力を得て「べら針」を開発した。
しかし、当時のイギリスでは「ひげ針」を使った編機が主流であった上に、1825年頃から始まった生産過剰恐慌が、以後10年毎に繰り返して起こり、画期的な発明であった「べら針」は、不運にも編機に活用されなかったのである。
1858年、タウンゼンドはアメリカに渡り、アイザック・ウィリアム・ラム(Isaac William Lamb)のVベッド型の横編機の開発に協力している。「べら針」を使用した横編機は、キャリッジのカムで「べら針」を作用させ、平編だけでなく多彩な編み方ができる画期的な編機となった。さらに、「べら針」を使用した丸編機はアメリカ式と呼ばれ、欧州よりも早くから開発され、現在の丸編機の基礎となった。
現在では、「べら針」は編機全般に使用されており、編地の多様化につながっている。「べら針」の発明によるニット産業への貢献度は多大である。
【発明した時期】
マシュー・タウンゼンドが「べら針」を発明した時期について、国内外の文献には1847年説と1849年説の2説がある。これは「べら針」単体が発明されたとする時期と、「べら針」およびその応用の発明6項目を完成して特許出願書類を提出した時期と解釈する。
1849年出願の“GB 12,474”については、先ず、「べら針」が第1の発明であって、その針に基づいて他の5項目の発明が連鎖的にもたらされたのである。当然、「べら針」を使った他の5項目の発明を実証し、実現可能な特許出願に至る過程には相当な期間を要した。マシュー・タウンゼンドはパール編を実現するための発明、英国特許“GB 11,899”(特許登録:1848年4月7日)を1847年10月7日に特許出願したが満足できず、その出願中にも研究し、「べら針」を発明していたのであって、この「べら針」を核として、パール編、リブ編、チューブ編の製造方法及び装置、さらに丸編機の構造、および経編機の構造の発明を完成させ、英国特許(GB 12,474)を協力者デビッド・モウルデンとの連名で1849年2月13日付けの特許出願に至ったのである。
イギリスの特許制度は古く、1624年には「専売条例」(The Statute of Monopolies,1624)が制定され、この条例は先発明主義の制度である。(後の1852年の特許法では、特許出願日が特許成立の基準日となり、先に出願した者に特許を認める先願主義となる)
以上の時代背景を認識し、「べら針」は1847年、及び「べら針を利用した編機」は1847年~1849年に
マシュー・タウンゼンドによって発明された、とするのがより正確で、かつ妥当である。
(島精機製作所フュージョンミュージアム館長藪田正弘 手記より転載)
参考文献
| 6-1) | 江尻久治郎, 横編技術入門, センイ・ジヤァナル,pp.98-110, 1970. |
| 6-2) | 小松義也、佐藤精三, (Ⅲ)ニットの技術変化を探る, 繊維工学, Vol.40, No.8, pp.9-26, 1987. |
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7 横編機
7.1 横編機とは
横編機とは編機の分類では「緯編機」に分類されるが、発音では同じ「よこあみき」となるので、ここで「よこ」の定義をする。編機で編成された編目が横方向につながって形成されているのが「緯編機」である。その「緯編機」に分類される編機で、針床は横長形で複数の溝が垂直方向に切られ、その溝に編針を摺動可能に配列した針床をもつ機械が横編機である。
横編機の分類も複数あり、「大横機」、「小横機」、「両頭機」、「ジャカード機」、「フルファッション機」などがある。本章では「大横機」を中心に報告する。なお「小横機」に分類されている手袋編機は第5章でその詳細を記述している。
他の編機と大きく違う特徴は、横編機は成形した編地の編成ができるところである。編目を移動させる目移し技術が確立しており、編地の成形編成および目移し柄の編成が容易で、使用する編針の働き幅を自動で変えられる。また、糸のセッティングなどの編成準備工程の時間も短く、少ロット多品種生産に実力を発揮する。これらの利点から応用性のある編成に優れている。生地編(流し編)も可能であるが、経編機、丸編機に比べ生産効率は悪い。
横編機は成形編が主流となった現在に至るまで、手動操作から半自動化、電気機械的制御による全自動化、さらに電子制御によってシステム化されたコンピュータ横編機へと進化を遂げてきた。
7.2 横編機の歴史
ウィリアム・リー靴下編機が1589年に発明された以後、1775年に経編機、1816年に丸編機が発明されている。しかし、これらの編機から編成される生地は平編のみであって、違った編地の製作方法の研究が始まった。一例を挙げると、手編みでは編成可能な伸縮性に富んだリブ編を編む機械の開発である。
7.2.1 アイザック・ウィリアム・ラムの横編機開発
アメリカのアイザック・ウィリアム・ラム(Isaac William Lamb)牧師は、べら針を使用した世界初の横編機を発明し、1863年に米国特許“US 39,934”、1865年に米国特許“US 50,369”を取得した。べら針を発明したマシュー・タウンゼントは、1858年にアメリカに渡り、ラムの横編機開発に協力している。
ラムが発明した横編機は、針床の等間隔の溝にべら針が摺動可能な状態で収納され、2枚の針床を逆V型に対向に配置されている。編成方法はべら針を操作するカムを装備したキャリッジを針床上で左右に作動させ、編針の選択操作、編目の増やしおよび減らしは手動で行う。チューブ編やリブ編などの編成を可能にした編機である。
1867年、ラムはラム編機製作会社(現Lamb Knitting Machine Corporation)を設立し、上記US特許に基づく横編機の製造を開始して、同年に開催された第2回パリ万国博覧会に出展した。
図7.1 ラムの横編機①(米国特許“US 39,934”)
図7.2 ラムの横編機②(米国特許“US 50,369”)
7.2.2 エドゥアール・デュビエ社の設立
スイスのアンリ・エドゥアール・デュビエ(Henri Edouard Dubied)は、第2回パリ万国博覧会に参加した後、ラムから横編機の製造権を購入した上で、エドゥアール・デュビエ社(Edouard Dubied & Co. 1867年創業−1987年廃業)を設立し、ヨーロッパで最初に横編機の製造を開始し、以来世界でも有数の横編機メーカとなった
7-1)。
図7.3 アンリ・エドゥアール・デュビエと息子の
ポール・エドゥアール7-1)
7.2.3 パール編機の開発
パール編とは、編目が表目と裏目が交互に出現する編み方(図7.4参照)で、多くの技術者がパール編の編成方法を研究していた。
図7.4 パール編・編目記号(JIS編組織の表示方法・参考編目記号による表示例パール編)(表目裏目は筆者追記)
ラムが発明した横編機でパール編を編成する場合、V型に対向させた前後2枚の針床を交互に使って、表目と裏目を互い違いに編成させるため、前針床または後針床の各々編針の編目を、編成毎に対向側の編針に移す手作業が必要となる。この非常に手間のかかる操作を、効率よく編成しようとする技術研究が、パール編横編機の開発に至った。
ドイツのストール社(現Stoll by KARL MAYER)は、1878年にハインリッヒ・スト-ル(Heinrich Stoll)が設立し、1892年に2枚の針床を水平に対向させた、世界初のパール編横編機を発明した。
このパール横編機は、マシュー・タウンゼンドが発明した両頭針を、水平に対向させた2枚の針床間で移動させ、表目コースと裏目コースを交互、または任意に繰り返し編成ができる編機である。編目を針幹に保持した状態で、両頭針と連結または分離を可能にしたスライダーをそれぞれの針床に設け、キャリッジにスライダーを相互移動させるカムを配置し、手動でキャリッジを操作し編成する方式であった。
7.2.4 目移し横編機の開発
2枚の針床を逆V状に対向配置した横編機の自動化とともに、編目の目移し技術も進歩した。編針本体に編目を移す機能を持たせた目移し針が開発され、カムによる編針のストロークで、対向する針床への目移しが可能になった。この技術が開発されたことで、両頭針を対向針床に移動させるパール編横編機は、徐々に衰退することになった。
7.2.5 現在までの流れ
横編機は全自動化が施されたあと1970年代後半にコンピュータ制御方式となった。1980年代に入ると、丸編機や経編機の生地編に対抗した、生産性の高い編機も開発された時期があった。しかし、横編機は、編目を移動させる目移し技術が他の編機に対し優位性を持つ特性から、それを活かした成形編成や編柄の多様化などで、編成の応用範囲が大きく広がった。1990年代では、ITの発展とともに操作性が向上し、モータやセンサー技術も一段とレベルが上がり、コンパクトでかつ高性能な横編機がその特性を十分に発揮するようになった。2000年代になると、市場でのデザインの多様化が伸展し、デザインシステムと横編機の編成技術の融合で、手編み感覚を越えた商品を生み出すまでに発展してきた。このように次々と新しい技術が開発されており、現在では横編機の特徴を活かしつつ、全体を見据えた省力化の技術にも取り組んでいる。
7.3 日本の横編機の歴史7-2)7-3)
日本に編機が伝来したのは、江戸時代末期の慶応年間にイギリス、アメリカ、スイス等の外国商館が横浜に開設されて以降のことである。最初に輸入された編機は、アメリカ商館が見本として陳列していたアメリカのヒンクレー(Hinkley)社の鋸歯(きょし、のこぎりの歯)横機械(1868年製)で、1866年米国特許“US 55,103”で
開示される1本針のストレート編機であった。これを靴下を作るために試用したが、この編機は単に平編地が編めるだけで、靴下の生産には適さなかった。そのため、アメリカ商館を通じて小口径丸編機と小幅の横編機が発注されていた。小口径丸編機が1870年(明治3年)11月に到着し、続いて、小幅の横編機が1871年(明治4年)初頭に到着した。この横編機はイギリスのハリソン(Harrison)社製で、靴下の履口を縮めるリブ編地が編成できる小幅の編機であった。日本における横編機の歴史はここから始まった。
7.3.1 横編機の自作
靴下の生産が増大するとともに、編針の需要が喚起された。しかしながら、編針は輸入品のため、容易に入手できなかった。そこで、杉浦市太郎は国産の針を製作したが、劣悪で価格も輸入針の2倍もするものであった。編機を買い入れ編針の改善を行うとしたが、購入は簡単ではなかった。そのため、編機を自らが製造し、これに自製の針を用いて研究を積み重ね、完全な針の製造に努めた。1873年頃で、この自作の編機が横編機であった。
1884年頃、国友則重が絹メリヤス機械の製作を試みた。当時、編目の粗い(1インチ内に針7本から9本)横編機はあったが、絹を編むためには編目(1インチ内に針12本)の細かい編機が必要であり、自らその横編機を造り上げた。
研究熱心な関根半三郎は、製造工場に訪ねた時に、1本の両頭針が落ちているのを見つけ拾って家に持ち帰った。見たこともない形状であり、どのような機械で如何なる編地を作り出せるか研究にふけり、機械の製作に思いを凝らせた。そして、遂に両頭針を応用した新しい編機の完成に至ったのである。この機械は針が1インチの中に2本半の割合で配置されたもので、非常に粗い横形編機であった。
市場にある横編機はそれほど多くなく、また、輸入品は高価で容易に購入できず、国内で製造を行っているところもないため、技術者は編機を自作して研究しなければならなかった。このことで、横編機の基礎的な能力が日本の研究熱心な技術者に備わっていった。
国産横編機の最初の特許(特許第740号)は、松原久兵衛が1887年11月29日に出願した。「平行莫大小(メリヤス)製造機械」という名称で、発明内容は「編物を作る際に太さを加減することができる編機の発明である」と記述されているが、これは、インチ内の針間を変換できる編機の開発のことである。
続いて、村瀬忠房がべら針を使用した成形を可能とする「平行莫大小製造機械」を発明し、1891年6月30日に特許出願をしている(特許第1268号)。これは、靴下の踵部および爪先の縫合を省くことを目的に開発された横編機である。
図7.5 平行莫大小製造機械・松原久兵衛(特許第740号)
図7.6 平行莫大小製造機械・村瀬忠房(特許第1268号)
7.3.2 国産の横編機の量産化
1904年、永田信一(現永田精機の創業者)は、3カ月ほど要して手動式横編機を完成させた。スイスのデュビエ社の横編機を模倣しての製作ではあったが、精巧であり海外品と遜色のない編機であった。また、従業員の平野光五郎をイギリスのレスター市のメリヤス学校に留学させており、永田自身もイギリスを視察している。国産機の量産化のために、その製造技術を海外から吸収し、従来の鍛冶屋的生産方式ではなく、工作機械を使った近代的な生産方式を取り入れた。なお、永田は、靴下編機、吊編機と幅広くメリヤス編機を手掛けていた。製作した横編機を図7.7、図7.8に示す
7-4)。
図7.7 永田信一が製作した手動式大横編機7-4)
図7.8 永田動力横編機械7-4)
海外では1886年頃より動力式の横編機が発明され、チェーン操縦による自動機も製作されるようになった。日本においても手動式から動力装置が付いた横編機が出現した。
第1次世界大戦(1914年-1918年)で繊維製品の需要は増加したが、大戦により海外製の横編機が輸入できず、国内での編機の製造を余儀なくされた。国産横編機の製造が始まったものの模倣品が大半を占めていた。この戦争が終結するとヨーロッパでの生産が回復し、日本は不況に見舞われることになる。繊維産業も苦境に陥り、経営の合理化や生産効率の向上が求められた。各横編機製造者もこの点を改善するために、国内事情に合った独自の技術を取り入れた編機の開発に向かっていった
7-5)。
7.4 日本における横編機業界の発展
第2次世界大戦中、編機は供出対象となり、また戦火により多くの機械が喪失してしまった。昭和初期の不況から、日本独自の技術開発で危機を乗り越えた繊維産業であったが、戦後では物資の調達も充分に行えず、しばらく混乱した時期となった。
戦後5年を経過した1950年、地方の横メリヤス産地(新潟、長野、山梨など)が、積極的な生産活動を行う傾向が見え始め、国内の横編機製造業者は、高度化、自動化、効率化を実現する性能の高い機械を提供することになった
7-6)。
横メリヤスを生産する業者数(図7.9)と横編機設備台数の推移(図7.10)を下記に示す。戦後15年間での地方産地の発展と手動機から自動機への合理化が読み取れる。
図7.9 戦後の横メリヤス生産業者の推移7-7)
図7.10 横編機設備台数(1955年~1960年)7-7)
7.5 横編機の種類と特徴
横編機はサイズや編成機構によって分類される。それぞれの分類と特徴について、『メリヤスハンドブック新版』
7-8)を参考に説明する。
(1)大横機
編幅41 cm(16インチ)以上の横編機。外衣用であり、成形編や流し編の生地を編成する。
(2)小横機
編幅41 cm(16インチ)未満の横編機。衿編機、手袋編機、口ゴム編機など小物を編成する。
(3)多山機
前後のキャリッジ内のロック(一連のカム配置)の数で表す。(図7.11参照)左右2ロック(Wカム)の場合、1回のキャリッジ走行で2コース編成できる。また前(あるいは後)キャリッジ内に上下2段のロックを持つ場合は、長針(バットがフックより遠い位置にある)、短針(バットがフックより近い位置にある)などを使って多彩な編柄を編成する。
図7.11 カム配置図7-8)
(4)両面横編機
両面編(インターロック、スムース編)の編成を行う編機で、キャリッジ内の2段のロックより、針床に長針、短針を交互に配列し、短針は上部ロックで先行ゴム編を行い、続いて長針は下部ロックで後行ゴム編を行う。(図7.12参照)前後針床の出合いは同位相で互いに編針は向かい合っている。
図7.12 両面横編機の複式カムと長短針7-8)
(5)ラーベン編機
特定の編針で編目をタックさせて、厚手の編地や透かし柄、ふくらみのある柄を出すことのできる横編機である。キャリッジ内では、特定の編針をタック位置に置くために、ニット位置とタック位置を選別するタックカムTcが、「出」「中間」「没」の出没を可能にして、編針上昇カムの頂点中心に設置されている。また編針には長バット、短バットの2種類があって、タックカムTcを「出」にすると、長・短バットの編針は、ともにクリアリング位置まで上昇してニットループを作る。タックカムTcを「中間」にすると、長いバットの編針は、クリアリング位置まで上昇してニットループを作り、短いバットの編針は、タック位置で止まりタックループを作る。タックカムTcを「没」にすると、「休止位置」になり、長いバット、短いバットともにタック位置で止まり、タックループを作る。(図7.13参照)
図7.13 タックカム位置と長短バット針の軌跡7-8)
(6)両頭横編機
両頭横編機は、2枚の針床を水平に配置し両頭針を使用した横編機である。詳細は7.2.3を参照されたい。
(7)ジャカード横編機
ゴム編と浮き編を組み合わせた柄模様でジャカード柄を編成する。この編成方法は、編針の選択をパンチカードの孔の有無によって行い、カードに孔があると編針は不作用のカム位置へ、カードに孔がないと編針は作用のカム位置を選択する。
ジャカードとは、柄を織り込んだり編み込んだりする方法であって、フランスの発明家であるジョセフ・マリー・ジャカール(Joseph Marie Jacquard)が1801年に発明した装置を織機に取り付け、パリ産業博覧会で発表した。これをジャカード織機と呼び、複雑な模様柄をジャカード柄という。紋紙(パンチカード)の孔の有無によって柄糸を選択制御する方法である。柄を変更する場合は、パンチカードを差し替えることで完了する。この方式はいわゆるプログラムをカードによって製作されることから、のちにコンピュータに応用されることになった
7-9)。
図7.14 ジョセフ・マリー・ジャカール7-10)
(8)フルファッション機(コットン機)
1864年、イギリスのアイザック・ウィリアム・コットンがフルファッション機(図7.15)を発明し、彼の名前からコットン機と呼ばれている。ひげ針を使用し、4セクションから24セクションまであり、同時に複数の編地を生産する。編地の成形は、ひげ針上部に特殊形状の目移し針が配置されており、これで編目をすくいとり、別のひげ針上に移動し編目を編針のひげ内に送り込む。編地は平編のみであるが、編機の構造上編針が一度に動作するのできれいな編地ができる。
元来、靴下(ストッキング)編地を編成するための編機であったが、ニット外衣用の成形編地の編成に使用され、別の機械で編成したリブトップ編地を自動的に編針へのセットを行い、引き続き平編成形編成を行って、リブ編地と接続した袖編地や見頃編地を成形編成する。
図7.15 フルファッション機7-8)
(9)ロータリ編機
横編機の生産性は丸編機と比較すると劣る。一方、横編機では編地のサイズは、編成範囲内で自由に指定できるが、丸編機では機械の直径で決定されてしまう。これらの点を改善しようとして開発されたのが、旧東ドイツ、ディアマント社のFRJという横編機(図7.16)である。2対のVベッド編成部を互いに外側に向けて平行に配置した編機で、15個のキャリッジが長円形の軌道を一方向に循環運動して編成を行う横編機である。横編機と丸編機を折衷した系統にあたる。旧西ドイツのユニバーサル社もこのタイプの横編機を製作していた。
図7.16 ディアマント社の循環キャリッジ横編機7-8)
(10)全自動横編機
全自動横編機は、ジャカード編機にトランスファ(目移し)機構やラッキング(振り)機構、色糸転換機構等を装備した横編機で、糸切れ、糸替え、あるいはトラブル対応以外に手操作を必要とせず自動的な編成ができる。
7.6 全自動横編機の構造
全自動横編機の構造は、筐体が本体フレーム、本体ベッドで組み立てられ、針床、ガイドレール、キャリッジ、道糸装置、振り装置、駆動装置などが組み付けられ構成されている。それぞれの機構について、『メリヤスハンドブック新版』
7-8)を参考に説明する。
(1)本体フレーム、本体ベッド
本体フレームは、横編機の筐体を構成する鋳鉄製の基礎部材である。本体ベッドは、横に長い山形の形状で、両側を本体フレームに支えられ、針床やガイドレール、転換レール等の機構を取り付ける。本体ベッドは、精密に各機構を動作させるため、撓むことのないように剛性を高くするとともに、水平な据付も重要となる。
(2)針床(ニードルベッド)
針床は編成機構が作用する重要な部品が収まっており、針床の最上位部は、編みを形成する天歯を構成し、編糸に抵抗がかからないように加工されている。天歯Kは、シンカーループ(編地は編目が山・谷と連なって形成されるが谷部の編目をシンカーループと呼ぶ。なお山部の編目はニードルループと呼ぶ)を作る重要な役割がある。また、編針が浮き上がりや脱落しないように、帯金B、押え金Pを取り付けて防止している。(図7.17参照)前後針床の取り付けの際、歯口調整、編針の出合い調整が重要なポイントとなる。
図7.17 針床詳細図7-8)
(3)キャリッジ
横編機はキャリッジが針床上を往復運動して編成するが、キャリッジには、針床と向かい合う裏面側に、編針を上下動させるカムが収納されており、表面側には、編目の大きさを調整する度目装置や、給糸口が取り付けられている。カム配置は基本的に編針を上下動させるためのバット進路を、上げカム、下げカム、天山、中山の各々のカムで形成する。(図7.18参照)キャリッジは本体ベッドと平行に取り付けられた前後ガイドレール上に乗せ、滑らかに作動させるためにベアリングを使用する。キャリッジの調整では、カムの位置、前後の平行度、編針に糸を供給する給糸口、べら針のべらを開かせるブラシの位置などの設定が重要である。(図7.19参照)
図7.18 カム、編針、給糸口の関係図7-8)
図7.19 編針とブラシの位置関係図7-8)
(4)導糸装置
糸を給糸口に供給するまでの装置で、糸のコーンから横編機の上部に取り付けられた天バネ装置を経由し、横編機両端につけられたサイドテンション装置を経て、給糸口に糸を導く。編成するときに糸がたるまないように、各々の装置にはたるみ取り用や張力調整用の機構がある。図7.20の天バネ装置では、糸調子cのナットeを回転させて糸張力を調整し、鋼線dでは糸のたるみを取る。
図7.20 天バネ装置7-8)
(5)振り装置(ラッキング)
山形の本体ベッドの前後に取り付けられている針床の内、主に後側の針床をゲージ(1インチ内の針本数)に対応して左右に移動させて、振り組織柄を編成するための装置である。現在の横編機では、前後または後ろの針床が動作するようになっている。
(6)駆動装置
キャリッジを往復運動させる装置で、クランク式、チェーン式、ベルト式などモータを動力にして起動する。ベルト式の場合、必要な編幅のみ往復運動させる制御も可能である。
7.7 目移し機構
目移し機構の自動化については、島正博が発明した特許第630497号(出願日1967年4月28日)にもとづき説明する。
横編機におけるこの発明は、前後の針床に目移し兼用編針を挿入し、一方の針床には、通常の編成位置を中心に左右の目移し位置まで移動できるような振り装置を装着する。キャリッジには、編成カム群の両外側に編目移し用カム群を設ける。キャリッジの移動によって、目移しに必要な編針のみを、編目移し用カム群により構成された編目移し軌道内に誘導し、さらに編目授受を完了した編針を不作用位置まで下げる。針床の左右方向への振りとあいまって、自動的に前から後へ、あるいは後から前へと、自在にかつ完全に編目の授受を行えるようにした自動目移し機構である。
7.7.1 目移し工程
目移しの工程を以下に記述する。なお、文中にある英数字は特許公報に記載されているものを使用する。
- ①
- ラッキングカム5がR位置に揺動し、前側針床2が編成位置M、M′(前側編針が上昇した場合、前側編針の真中に後側の編針がある位置)から約1/4ピッチ(針間間隔)右に移動するようにする。(右目移し位置R、M′とする)前後の両編針8、8′が上昇すれば針間が互いに接触する程度に接近し、編目拡大保持器内に針頭部が突入しえる状態になる。(図7.21参照)
図7.21 ラッキング部詳細図(特許第630497号)
- ②
- キャリッジを図面上左に移動させると、図7.22、図7.27で示す誘導ピッカ11、11′の切欠部に編成針群の先頭の編針が衝突し、前後の針各1本が目移し軌道s、t内に誘導され、ラッチ開放カム23、23′の突き上げにより目移し針のラッチが開放される。
図7.22 目移しカムルート詳細図(特許第630497号)
図7.23 編目拡大保持器内にループ移動
(特許第630497号)
図7.24 編目拡大保持器内に編針突入
(特許第630497号)
図7.25 目移し完了
(特許第630497号)
- ③
- 前側編針8(図7.26)には前側選択カム24が作用し、さらに編針8は編目渡し突上げカム25に案内されて上昇し、編目が編目拡大保持器により拡大される。(図7.23参照)
図7.26 目移し針(特許第630497号)
- ④
- 後側編針8′は後側選択カム24′が没入しているから、これを通過し編目受け突上げカム26′により突上げられて、拡大された前側の編目に突入する。(図7.24参照)
図7.27 編目誘導ピッカ(特許第630497号)
- ⑤
- 前側の編針不作用位置選択カム27は没入しているから、誘導カム28により上昇している前側編針8は、編針不作用位置誘導ピッカ29に衝突し、後に続く編針群を横切って案内カム30に誘導され、編目を後側の編針8′に移して下降し、編成不作用位置の編針群に合流する。
- ⑥
- 後側の編針8′には編針不作用位置選択カム27′が作用し、編針8′は回避軌道へ誘導され編成編針群に合流し目移しは完了する。(図7.25参照)
- ⑦
- 前側の誘導ピッカ29が不作用位置に誘導された際に、ピッカアーム32のカム部33によってスイッチ34(図7.28)が作動し、編針群先頭が編成位置にかかる直前までにラッキングカム5をM位置に揺動して、前側針床2が編成位置M、M′に自動的に復帰し、前後の編針群が編成カムを通過して1コースを編成する。
図7.28 ラッキング復帰スイッチ(特許第630497号)
7.7.2 自動目移しによる効果
横編機の特徴は成形した編地を製作することである。成形をするためには、編目を増減させて編成しなければならない。これを編成中に効率よく編目を移して増減させる機構の開発が課題であった。上記の方式では、新たに目移し用のカムをキャリッジ内に設けている。そして、キャリッジの走行に伴って、編目を移し減らす工程を効率的かつ自動的に行うことを可能とした。これら一連の発明がされたことで、生産性の向上や多様なファッション性のある編地の製作に貢献する形となった。
7.8 各製造業者の全自動横編機
横編機の自動化については戦前から取り組まれてきたが、大半の編地生産工場では、工員一人が1台の手動式編機を操作する非効率的な労働環境であった。
多種多様の産業が発展していくと人手不足が深刻化となり、手動から自動化への機運はますます高まってくる。しかし、人間の手による編みの操作は巧みであり、機械編みでは対応できないという部分もある。手動式横編機を使用した、職人による特殊技能を活かした生産の継続性も必要という課題があった
7-6)。
解決に向けては段階的に進められた。まずは手動によるキャリッジ駆動を単に動力化に改良し、目移しや生地の払いなどは手作業で行う半自動化を実施した。そして次に編機を起動するだけで連続して編成する、全自動の開発へ移行した。さらに、全自動化された横編機に対し、機能性、効率性、メンテナンス性などの向上を図る全く新しい機構を組み込んでいった。
以下に1955年から1970年の15年間で、主だった製造業者が発表した全自動横編機の特徴を記述する。
7.8.1 井門工作所7-11) 7-12) 7-13)
井門工作所の創業者である井門定水は研究熱心であった。編機は手袋の口編機の製作から参入していた。横編機の自動化に取り組んだのは大正末期である。1人で1台の手動式横編機を手作業で動かす非効率な運用を、機械式で自動化するという目的で技術研究が始まった。特徴のある次の横編機を発明している。
(1)天竺コットン自動ヘラシ、フヤシ装置付き横編機
ヘラシ装置は精密な機構(特許第99237号)であり、また自動変速装置(特許第100379号)や自動停止装置も取り付けられている優秀機であった。図7.29はスムース自動ヘラシ・フヤシ装置付き横編機である。
①ヘラシ装置
先端を斜めにカットし5本ならべた「ヘラシ針」を、編針の「べら」の下へ少し挿入して編針と共に上昇させ、「べら」より外れた編目を「ヘラシ針」に移す。編針5本を休止点まで下降させる。端の一本を休止点に残し、4本を上昇させる途中で隣の1本を加えた5本の編針を、5本の「ヘラシ針」の編目に突き入れて、「ヘラシ針」を休止位置まで後退させる装置。
②フヤシ装置
休止位置にある編針を運転中に一本ずつ突き上げて編幅を段々広くしていく装置。
図7.29 井門式スムース自動ヘラシ・フヤシ装置付き横編機7-14)
(2)天竺セーターヘラシ、フヤシ自動編機
この横編機は既に開発済のヘラシ、フヤシ装置付き横編機を改良して、平編セーターの自動編成に応用し、両側ヘラシが行え、ゴム編から平編に10秒で自動的に切り換わる。フヤシは1本で走行中に行う。ヘラシは2本重ね、左右両側ヘラシの所要時間は3.5秒で、この間編成は一時停止する。手動式の編機と比較すると能率は20 %上昇する。編幅の変化に応じて自動的に無段変速する。井門式Vベッド・フルファッション機と呼ばれた。
7.8.2 久野製作所7-11) 7-15)
(1)横自動口編機
1925年創業で、始まりは作業用手袋やメリヤス肌着の口編部の編地を、自動的に口ゴムの編成を可能とする横編機を製造した。編成コース数は、制御チェーンの操作によって決まり連続的に編むことが可能である。制御チェーンの組替えは作業者が行える。編地を引き下げる巻き取りローラが装備されており錘が不要である。工員1人で8台の編機操作が可能であった。
(2)特殊柄自動横編機
外衣用としての横編機では、カム形状の改良や摺動部をベアリング入りにして、円滑な運転で効率化を図った。編柄でもラーベン柄(鹿の子編など平編やゴム編にタック編を組み合わせた柄)やスムース柄(ゴム編を裏合わせで両面とも表地となる柄、両面編)を編成できる、ファッション性のある特殊柄を得意とした横編機であった。
7.8.3 富重製作所7-16) 7-17)
(1)富重式全自動万能横編機
突上装置によるフヤシ、ヘラシのキャリッジの運転停止、1枚編成後の生地払い、捨糸および編出しなどの作業を、自動で連続的に編成することを可能とした編機であった。操作性は良く、編機に給糸を行えば自動的に編成されるので、不慣れな作業者でも操作可能となった。その特徴は以下の通りである。
- ①
- チェーンとチェーン歯車によってキャリッジの往復運動が行われ、一定速度で編成するため編目がきれいに出る。
- ②
- フヤシ、ヘラシの手操作と同じ動作を機械式に置き換え、フヤシはキャリッジが動作する方向の編目が増える。針落としはカムの作動で可能、任意数のヘラシはラチェット(刻み歯車)を交換することで可能となっている。
- ③
- 編成時の切換操作は、それぞれのカムで自動切換になっているため、手操作は不要である。また、各種の編柄も自動操作で編成できるとともに、ゴム編では1×1の針立に編成され、振りを作用した後、総ゴムに移ることができる。
(2)自動式3色ジャカード柄横機(図7.30)
編目の細いジャカード機として製作され、ジャカード柄板で柄出しを行い、細物特有の柄が編成できた。色数は3色または2色使用。裾ゴム編から連続して編成できるため、横編機ジャカードの特徴ある高級柄の編成が可能であった。
図7.30 富重製作所自動式3色ジャカード柄編機7-17)
図7.31 Wカム方式自動ジャカード機7-19)
7.8.4 佐藤メリヤス機械製作所
佐藤メリヤス機械製作所は、特殊横編機に独特の技術を持っており、スムース自動編機、ジャカード柄編機など、自動化された柄編機の研究を進め新鋭機を発表していた。
(1)全自動ジャカード機7-18)
この編機はジャカード柄のみではなく、ラーベンや鹿の子など、種々の編地が自動で編成できる。その特徴は以下の通りである。
- ①
- 始動時にパンチカードに記録すれば、編機始動後はカム操作、切換操作などは自動的に作動する。
- ②
- 1×1ゴム、2×1ゴム、鹿の子、ラーベン、ジャカード、片畦、両畦、袋などがパンチカードの指示により自動的にカム操作される。
- ③
- 止め振り、ラーベン振り、畦振りなど、パンチカードの指示により自動的にできる。
- ④
- チェーンドライブ式を採用のため、キャリッジの駆動は円滑である。
- ⑤
- 編地巻取りは耐油耐熱の硬質ゴムを使用し、常に一定の張力で巻き取られるため、編上がり生地は美麗である。
- ⑥
- 六色の糸切換装置は、パンチカードの指示で色糸が選択され編成される。
- ⑦
- 糸切れ、回転ストップ、針折れ、抵抗巻取りは、瞬時に電気ストップモーションが作用し機械をストップする。
(2)Wカム方式自動ジャカード機(図7.31)7-19)
高能率特殊ジャカード機を継続して研究し、Wカム方式のジャカード機を開発した。その特徴は以下の通りである。
- ①
- Wカム方式のため、従来のジャカード機と比較し能率は、2色柄の場合は3倍、3色柄の場合は2倍となっている。
- ②
- 柄板は2段窓と特殊で、柄出しの箇所に爪を埋め込む。
- ③
- 始動前にチェーンと駒の組み合わせを指示装置にセットすれば、自動的に糸を切換え、ジャカード編成が行える。
- ④
- 転換レールに給糸口が10個備えられており、同時に2個の給糸口が動作する。多色の糸が給糸でき複雑なジャカード柄も編成できる。給糸口の切り換えは、チェーンと駒の指示で任意にできる。
7.8.5 巽メリヤス機械工業
巽メリヤス機械工業は広幅の針床を持つ横編機が特徴で、海外の編機と比較しても見劣りしない高性能な製品を開発していた。
(1)全自動ジャカード横編機(TAJN型)7-13)
編幅が72インチ、ゲージ4本から12本の横編機、特徴は以下の通りである。
- ①
- 編幅が72インチと広いため、1回の編成時に、セーター前身頃の編地の3枚取りが可能で生産性が高い。
- ②
- 紋紙(制御カード)と柄板によって、2色から3色のジャカード柄、ラーベン柄、特殊ラーベン柄等あらゆる柄出しが可能である。
- ③
- 柄板の埋金は押し込み式の簡単なピンなため、柄組の能率は良い。
- ④
- 裾ゴムから胴ゴム、柄、抜糸まで自動的に編成可能である。
- ⑤
- 糸切れ、生地落、目落ち、カブリ、針の損傷等で自動的に停止する。
(2)全自動特殊ラーベン横編機(TFAN65型)(図7.32)7-20)
全自動ジャカード横編機(TAJN型)からさらに開発を進め、輸入機よりも高性能な全自動特殊ラーベン横編機を開発した。その特徴は以下の通りである。
- ①
- 多数の柄編成が可能であり、ゴム編装置により2×1、2×2裾ゴム付が自動的に編成できる。
- ②
- モータ直結式(クラッチモータ、無段変速プーリ付)、チェーン駆動式、自動巻取式、電気ストップモーション付きで、色糸転換、カム切換、度目切換、五段振、柄編切換(カード式)などがすべて自動になっている。
- ③
- キャリッジの両端(スライド面)に、縦横とも計8個のベアリングを取り付けてガイドレールに安置しているため、運転は極めて軽く滑らかである。
- ④
- ストップモーションは低電圧回路電磁作用によって、編糸の結び目、糸切れ、空ボビン、針折れ、生地落ち、生地盛り上がり、キャリッジの抵抗による障害などが生じた場合、電磁作用の働きでクラッチモータ内のクラッチが切れ、極めて敏速に停止する。
図7.32 全自動特殊ラーベン横編機(TFAN65型)7-20)
7.8.6 島精機製作所7-21)
島精機製作所は、世界的に評価されている全自動手袋編機に続き、横編機への参入を行った。手袋編機の開発で培った技術を横編機の開発に活かし、既発表の横編機を模倣するのではなく、今までとは違う方式で新しい編成技術を開発した。1967年に発表した2機種の仕様と特徴を以下に記述する。
(1)全自動衿編機(FAC型)(図7.33)
図7.33 全自動衿編機(FAC型)(島精機製作所提供)
この編機は全自動フルファッション横編機で、国内で初めて開発された目移し装置付きゴム編を可能とした機械である。島精機製作所が持つ特許も含めて約30件の新しい機構が取り入れられた横編機であった。
【仕様】
- ①
- 編幅:60 cm、ゲージ:12ゲージ(8ゲージ~14ゲージも可)
- ②
- キャリッジ:従来の上げカム、下げカムに加えて、トランスファカム(目移し成形用)を装備し、ボールベアリングで円滑な往復運動を行う。
- ③
- 色糸転換装置:4色の色糸転換装置が1コースごとの切り替えを行う。
- ④
- 編針とジャック:目移しや多種類の変化編を行うために、特殊羽根針がジャックと併用され、しかも、この両者のバットは2段バットであり、あわせて高低バットとなっている。
- ⑤
- ラッキング(振り):前針床より後針床、またその反対に編目を移すためにラッキングを行い、羽根針を操作しての目移しは、狭幅(目減らし)のほか移し柄もでき、1/4ピッチ、1ピッチの振りカムを備えている。
- ⑥
- ジャカード装置:編機の前面にジャカードカード(柄板)が付設され、色糸づかいの模様編や移し柄ができる。
- ⑦
- コントロール:コントロールカードは編機の右側に設置され、すべての編成指令が行われる。
【特徴】
- ①
- 目移し装置:衿の耳端の成形や移し柄に、編目の針床前後左右への移動が容易である。
- ②
- 編目増減装置:キャリッジのカムボックスに内蔵されているピッカで編目の増減を行う。編端の編針およびジャックのバットがピッカにより誘導され、編目増減時の編針の動作が変化する。これらが作用する時でも回転速度を落とさず、編成速度は一定である。(特許第630497号)
- ③
- 針床はプレートを埋め込んで針溝を形成しているため、誤操作による衝突での針床損傷時には、プレート交換だけで済み、修復は簡単である。また、プレートの強度を高めるために、表面に仕上げ加工や焼入れを施している。(実用新案登録第0959164号、図7.34)
図7.34 ニードルプレート形状
(実用新案登録第0959164号)
- ④
- プレートに編糸係止ワイヤー(図7.35番号29)を通す穴を、編針が出没する位置の下部に設け、ワイヤーを針床幅方向に取り付ける。針床と編糸との摩擦を少なくすることで、編地の下がりを良くし、編目の綺麗な編地が編成できる。(特許第777175号)
図7.35 編糸係止ワイヤー取付詳細図
(特許第777175号)
(2)自動セミフルファッション横編機(SF型)(図7.36)
目移しに寄らない編目のオトシ(目外し)、フヤシ(目増やし)操作を自動的に行って、成形機と同じような効果を持つ。そのためセミフルファッション横編機と呼ぶ。ミラノリブを効率よく編成する特殊3カム機・SF-3Fと、ラーベン柄等の柄組が容易にできるパターンドラムを搭載したシングルカム機・SF-1Fの2機種があった。
図7.36 自動セミフルファッション横編機(SF型)(島精機製作所提供)
【仕様】
①- 編幅:90 cm、ゲージ:5ゲージ~16ゲージ
②- 編成速度:150~225コース/分(SF-3F)、
- 60〜80コース/分(SF-1F)
③- ラッキング:左右自動5段振り
④- 成形:ピッカにより運転中に行う。
⑤- 運転方式:クラッチで正逆交互回転を切り換え、Vベルト方式でキャリッジを動作させる。
⑥- コントロール:編機の右側にある樹脂製コントロールチェーンに樹脂製カムを埋め込み、振り、糸切替え、成形用フヤシ、オトシ、ミラノリブなどの制御を行う。
【特徴】
①- 成形編に関するフヤシ、オトシについて、フヤシでは編針を増やして編幅が広くなるに追随して、駆動幅、編糸キャリアストッパー位置及び編地引き下げ張力が自動的に拡大し、オトシでは目増やし分の編目を目払い(オトシ)した後、自動的にキャリッジの駆動を一時停止させ、駆動幅、キャリアストッパー位置及び引き下げ張力を自動的に縮小して原点に戻す。その後、自動的に次の編地編成を繰り返す。
②- ピッカ操作によるフヤシ成形は、両サイドの編端も各1本ずつ各コースに分けて行われるので、移し目式と同様な風合いを持つ。
7.8.7 三星製作所7-22)
三星(ミツボシ)製作所は、国内市場では高級ニットと低価格ニットの2極化が始まると予想し、横編機の開発方針を高級品対応の上位機種と、普及品レベルの下位機種に分けた。上位機ではスイスのシャファーゼ社と技術援助契約を行い、高級横編機の製造を開始した。同社はスイスのセルボストップ社と技術提携を行ったこともあり、他製造業者と少し違った形で技術の蓄積を形成してきた。下位レベルの横編機は今までの技術をもとにコストを抑えた経済的な価格で市場に提供した。この下位レベルの機種は、急速に産地が拡大している東南アジアへの輸出を担うことになった。
7.9 全自動横編機からコンピュータ制御横編機へ
新鋭の全自動横編機が数多く発表される中で、やはり、自動機には編柄の制約があり、高級品などの少量生産には手動機で生産する風潮があった。生産体制では小ロット多品種という方式を得意とする横編機は、他の編機との差別化を図り、完全自動機で種々の編柄に対応し、しかも高効率である横編機の特性を発揮させる開発が求められた。
全自動横編機は一旦起動すれば、ほとんど人の介入を受けずに連続して編地の生産を行うが、熟練者が手動機を使うように、全自動機への動作指示の準備作業をしなければならない。さらに、均一性のある高品質な編地を連続編成するためには、機械の調整やメンテナンスの容易性も重要となる。次のステップとしては、このような編成担当者が取り扱う一連の作業を、容易な操作で編成の開始ができる新たな機構の開発に着手した。
7.9.1 新しい編成方法を可能とした横編機7-23)
1971年、第6回国際繊維機器展(ITMA展)がパリで開催され、多くの横編機製造者が自らの技術力を競い合った。日本からは島精機製作所と巽精機(旧社名:巽メリヤス工業)が出展をしていた。この展示会での傾向は、①電気、電子的制御方式の採用、②多カム化(マルチカム化)、③超成形の登場などであったが、①、②については、4年前のバーゼルITMA展で既に開発されており、後発メーカが追い上げて出展してきたような感じであった。価格的に高価な電子制御や多カムの横編機は、費用対効果の観点で投資対象となるのかという課題を、技術開発者に対して喚起するような内容であった。③については、ステレオニット(図7.37参照)と呼ばれる編成方法で、チェコスロバキアのインベスタ社が出品した画期的な横編機であった。1台で袖から身頃まで、編成方法を駆使して編み上げる独創的なものであって、機械技術と編成技術を融合させた将来を感じさせるものであった。
図7.37 ステレオニット編地展開図と縫製後製品図7-24)
7.9.2 世界における電子制御横編機のスタート
横編機の電子制御化は、操作性向上や高生産性、均一品質性を期待するものであるが、その技術を紹介する展示会等で発表された電子制御の横編機について報告する。
(1)マッキーン・サイバーネット社7-25)
まず、イギリスのマッキーン・サイバーネット社から1961年4月に「電子頭脳を用いたメリヤス機」の公開運転が行われた。当時のセンイ・ジヤァナル紙に紹介された文章を引用すると「立体的に成形されたドレス、スーツ、水着、下着などを作るための全く新しい技術を用いた全自動の電子編機が英国の発明者により完成され、商業ベースで売り出されている」となっている。
電子化された横編機は、編成の要素(編目の数、組織)は数値によって設計され、そのデータをテープに穿孔し、テープを読み取って主管制装置に保管する。保管されたデータをサブの管制装置に移送し命令を出す。そしてキャリッジ内にある継電器を通じてカムを動作させ編成を行った。
この電子制御の横編機は画期的な開発であったが、経済的に成り立たないことから、試作のみで終了してしまった。
(2)コッポ社7-26)
イタリアのコッポ社は、1964年4月にミラノで開催された展示会において、世界で初めて電子制御を装備した全自動横編機を発表した。機械制御を穿孔方式でテープに記憶させ、テープを編機の読み取り装置にかけて、通過する光をフォトトランジスタで電流に変換し、各々の機構を動作させた。また、電磁作用でキャリッジ内のカムを制御する方式も取り入れた。これまでのパンチカード方式と比較して、テープの穿孔操作は容易で、柄替えも簡単になり、またテープ価格はパンチカード方式の10 %と安価であった。図7.38は1971年のITMA展に出展した電子制御式全自動横編機である。
図7.38 イタリアコッポ社電子制御式全自動横編機(AL185C)7-27)
(3)1975年のITMA展7-28)
1975年のミラノITMA展では、各社の電子制御の横編機が出揃ってきた。4年前のパリITMA展で発表した先発企業に加えて、日本の巽精機やスペインのアブリブ社、西ドイツのストール社などが、電子制御式の横編機を出展した。電子制御化は丸編機に先行されていたが、横編機でも新たにエレクトロニクス技術の導入が本格的に始まる展示会となり、次回4年後のITMA展には、各社が総力をあげて電子制御式の横編機を作り上げてくると予感させる展示会であった。電子制御式が初出展となった各社横編機の特徴は下記の通りである。
①アブリル社:JTL-90
特徴的な横編機として、柄範囲と編組織を意識することなく製作でき、それを磁気テープに記憶させ、1台のコントロールコンポーネントで4台の編機を連結稼働する群制御方式を提案した。
②ストール社:ANV
完全自動複式カム(ダブルカム)横編機で、パンチテープ制御エレクトロニックメモリー付を発表し、針床には6段に振り分けたセレクターと、キャリッジ前側には、エレクトロニクス制御の6個のアクチュエータを対峙させた選針機構を装備し、自動目移し装置が前後キャリッジに配置していた。柄情報はパンチテープに穿孔し、柄は訂正することも可能、大柄のデータにはメモリーの増設で対応した。
③巽精機:JUST1WE
コンピュータ方式による目移しジャカード横編機のプロトタイプを出展した。コンピュータ横編機の本格普及に向けてさらなる技術開発を進めていく計画であった。
7.9.3 柄出し電子制御化への展開
ジャカード機では柄出し範囲の拡大が課題であった。柄板使用の横編機では、縦方向に大きな柄の編地はほとんど編成されなかったが、その理由は柄板製作の経済性であった。大規模な柄となると、柄板の費用や穴埋め作業など時間とコストがかかり、たとえ製作しても、同じ編柄を大量に生産しないと採算が合わなかった。この問題を改善したのが、柄出しのエレクトロニクス化である。
以下に、繊維機械学会誌『電子式柄出し技術の研究』(第3報)で発表された文献中の図(図7.39)が大変わかりやすいので、本文記載の参考として、以下に転載する
7-29)。柄板による選針機構ならびにコントロールカードによる機械制御機構が電子制御となり、柄出し準備の作業時間の短縮が図られたことが読み取れる。
図7.39 ジャカード横編機のコンピュータ選針と従来の柄板を使用した選針の比較7-29)
7.9.4 日本における電子制御の横編機
1975年にプロトタイプの電子制御横編機を発表した巽精機に加えて、島精機製作所や三星製作所、光星舎、平工製作所が電子制御の横編機を登場させた。その特徴について以下に記述する。
(1)島精機製作所
1978年3月、東京晴海の東京国際貿易センター新館で開催された国際ニット技術展で、島精機製作所はコンピュータ制御横編機(SNC)(図7.40)を出展した。コントローラ部分は立石電機(現オムロン)との共同開発で、経済性も非常によく、特に編成のための準備作業の時間を短縮できる機械であった。
図7.40 コンピュータ制御横編機(SNC)(島精機製作所提供)
輸入される電子制御の横編機は、編み込みジャカード柄の柄組の部分のみをコンピュータ化したもので、実際に編成する場合は、タック柄や目移し柄に対して、大半の編機が柄に合わせてバット位置違いの編針やジャックに入れ替える必要があった。編地サンプルを編成する場合では問題はないが、本格生産を行う時には針の入れ替え作業を実施しなければならなく、相当な作業時間を費やした。
展示会で発表した島精機製作所のコンピュータ制御横編機は、ニット・タック/トランスファ・ウエルトの3ウエイ選針方法を編針入れ替えなしで、編柄データをもとに、図7.41にある選針アクチュエータ部50に接続したレバー48で選択できるように開発した。(特許第1161064号)
図7.41 選針機構(特許第1161064号)
各装置の制御はすべてデジタル化を図った。制御データは紙テープで、1コース毎に編機の動作に合わせて孔を開けて指令を作成した。その紙テープを編機のコントローラにかけ指令を読み出し編成するものであった。
上記説明したこのコンピュータ制御横編機は、公益社団法人発明協会の記念事業である「戦後日本のイノベーション100選」に「全自動横編機」で選出されている
7-30)。
(2)三星製作所7-31)
三星製作所は1978年低価格の新型コンピュータ横編機(MAC-2型)を公開している。この新型機は両面目移しフルジャカードの横編機で、提携しているシャファーゼ社の編機の能率を組み入れた機械である。
【新しい機能】
横編機の新しい機能として、三星製作所はイギリスのコートルズ社が開発したプレッサーフットの独占製造・販売権を取得し、横編機への取り付けを開始した。
横編機で編成する場合、編地はローラによって引き下げられ、編針に保持された編目に対して、編成作用を確実に行うための張力を与えている。これと合わせて、プレッサーフットは、キャリッジの走行時に針床部にある編地を上から下に押し下げる働きをするものである。従来のジャカード横編機では得られない柄組織および風合いを可能とした。プレッサーフットの働きによって、引き下げ張力が及ばないフヤシ・ヘラシを自由自在に取り入れた様々な形状の編地を連続して編成できるようになった。ステレオニットのように編地を展開した成形編を行うことによって、カットロスを3%以内に抑えることも可能とした。
(3)光星社7-32)
光星社では、インターシャ編成のコンピュータ制御を、国産で初めて実用機として開発した。インターシャは色柄を表現する編み方であるが、平編ジャカードと違い渡り糸はない。糸が切り替わる箇所の編地の裏面で、先の柄の糸と引き継ぐ柄の糸を絡ませてつなぐ方法で、表面と裏面が同じ柄に見える。アーガイル柄など、編地に凹凸感がなくきれいな色柄が表現できる。インターシャ編成ができる横編機では、色糸転換に専用の装置が必要であった。
(4)平工製作所7-32)
平工製作所は柄組の簡易化を図った横編機を製作した。その特徴は指令装置にマークリーダ(光電読取式制御)を採用し、マイラー紙にマークシールを張って光電読取を実施し、キャリッジ内蔵のソレノイドによってカムの制御、色糸制御などを行った。マークシートを張り付けるだけで柄組ができるため、作業時間の短縮が図られ、低コストであった。
7.10 機能追及
日本の経済社会の変化について、『厚生労働省の平成23年度版労働経済の分析』では次のように紹介されている。
「1980年代に入ると前半は内需に停滞がみられ、輸出に頼る傾向があった。そのため海外諸国との貿易摩擦が拡大し、内需拡大への期待が内外ともに高まった。1985年5月のプラザ合意により円は対ドルで大幅に円高となり、景気は後退過程に入ったが、積極的な内需振興策がとられた1986年の末には景気は回復過程に入るとともに、1980年代後半の実質経済成長率は年率で5.0 %と再び上昇した。この過程で株価や地価などの資産価値が急騰したが、これはのちにバブルと呼ばれ、1991年以降の長期の経済停滞の要因となった7-33)。」
社会情勢の変化と横編機業界の動向を重ねてみると、1960年から徐々に始まった生産工場の海外移転が1980年前半はやや減少したが、プラザ合意後は再び活発化し、同業界の空洞化が見られた。人件費高騰の対応のため、効率化の技術開発を進めてきたが、人材はより魅力のある産業にながれたことも、国内アパレル生産業の縮小化の要因となった。
こうした状況下、横編機製造業者は海外への輸出に活路を見出そうと努めるが、機能的に海外製を上回らないと対等に勝負はできなく、またプラザ合意後の円高は競争力を多大に失わせた。また、国内のニット製品は安価な輸入品に押され、アパレル生産者は利益確保が難しく、設備投資に資金を回すことができなくなった。さらに厳しい状況に陥った横編機製造業者は、資金力と併せて、技術開発を継続できないところは淘汰されることになった。
このような経済状況の変化の中で行われた技術開発を以下に記述する。
7.10.1 新機能デジタル・ステッチ・コントロール・システム(DSCS)
ニットの編成は、湿度や気温などの天候、糸のコーン量、糸の種別(柔らかい糸、硬い糸等)、編成速度、往復運動での張力変化などによって、編目の大きさが変化する。また横編機は、給糸が左側面(右側面)から行う場合、キャリッジが右行(左行)するときは糸を引っ張りながら編成するので度目(編目の大きさ)は詰むが、左行(右行)するときは糸を置きながら低張力で編むことになり、度目は粗くなるという特性がある。
様々な要因を加味し、度目値(下げカムの位置調整、編針の下降値)を決定するが、熟練編成技術者でも編地の寸法誤差を3%~4%発生させる。生地編であればカット時に寸法調整をすればよいが、成形編の場合は乱寸になると各パーツを縫製後、ふぞろいの製品が発生し不良品となってしまう。
これら一連の作業負担を解決しようと開発されたのが、島精機製作所が1985年に発表したデジタル・ステッチ・コントロール・システムである。編み上がり寸法誤差を±1%以内にとどめる装置である。その方法は、糸コーンから糸供給装置(天バネ装置、サイドテンション装置)を通じて給糸されるところで、糸長をエンコーダで測長し、入力した糸長に合致するように、下げカムの位置調整を自動的に動作させるものである。以下にシステムの内容とその略図(図7.42)を示す。
図7.42 デジタル・ステッチ・コントロール・システム(特開昭62-62977)
このシステムは、編成すべき所定コース編目を構成する1つ以上の所定数の基本編目の総延長を、指定値長LAとして予め決定しておき、その指定値長LAと、編地編成時に、所定数編目を編成するために使用された糸の実測値長LBを比較し、(LA-LB)/ LAの絶対値が、補正の最小の限界量βより小さくなるときは度目の補正をしない。(LA-LB)/ LAの絶対値が補正の最小限界量βよりも大なるときは度目の補正をし、LA>LBのときはループ長が長くなる方向に、LA<LBのときはループ長が短くなる方向に、それぞれ度目を調整する。
7.10.2 ニットランシステム
横編機での生産性の向上を図るために、島精機製作所は1984年にニットランシステムを採用した横編機を開発した。ニットランシステムとは1コース内における、ニット、タック、ウエルトの3ポジションに加え、目移し、目受け機構を同じロックに配置したカムシステムである。
従来の方法では、目移しを行うためのカムおよび目移しの前後方向が、キャリッジの走行方向によって限定されていた。例えば、キャリッジが左行するときは、後針床側の編目を前針床側の編目に目移しが可能、またキャリッジが右行するときは、前針床側の編目を後針床側に目移しは可能であった。しかしながら、キャリッジが左行するときに前針床側の編目を後針床側に目移ししたり、キャリッジが右行するときに後針床側の編目を前針床側に目移ししたりすることはできなく、目移し、目受け機能を作用させるためは、別途キャリッジの空走行が必要であった。
これをカム構成の改良によって、1ロック内に3ポジションと目移し、目受けを備えたニットランカム方式を発明した。(特許第1437851号、特許第1588246号)キャリッジが、小型軽量となって編成速度は向上し、さらに、全カムロックで目移しまたは編成が可能となり、空コースの不要な動作をなくしたことで、高い生産効率を発揮することになった
7-34)。
図7.43 ニットラン方式と従来方式の比較7-34)
7.10.3 展示会における新機能
1985年のプラザ合意により円高が急速に進行したことによって、日本の繊維産業は、輸出品の伸び悩みと輸入品の増加への対応が必要となった。さらに、市場におけるファッションの多様化、短サイクル化の傾向が高まり、生産体制の確立が急務となった。
この状況を踏まえて、国内では流通革命が進行する。それは、個別ファッション衣料と流通品衣料の2極化への合理的な変革である。個別ファッション衣料は、編立技術がハイレベルで小ロット・短納期の商品で、輸入品にあまり影響を受けない。流通品衣料は、編立技術が一般的なもので消耗品的なロースペックの価格競争商品であり、新興国からの輸入品との競合する商品である。これらの状況から、この両局面を打開する新機能開発の必要性が高まった。
1987年のパリITMA展では、世界的な繊維産業の状況を意識して、コスト競争力強化、多品種小ロット生産対応、高付加価値商品開発を可能とすることをポイントとして展開された。また、インドネシア、タイ、中国、台湾、香港、韓国からの来場者が多く、繊維産業への関心が高く、世界的な生産地の構図変化が進行していることが読み取れた。同展示会での横編機に関する新機能について、以下に示す。
(1)スプリング・ローデッド針7-35)
ストール社とユニバーサル社が、ニット針メーカのグロッツ社と共同開発で新しいトランスファ針(図7.44参照)を採用した。これは編針のべらの支点部分にスプリング8が組み込まれたものである。べらが開閉時にスプリングによって若干戻る(スプリングバック)ため、次のようなことを目的としたものであった。
・旧編目のクリア後に若干べらが起き上がってクリア不全をなくす。
・目移し時の目受け針の閉じたべらが若干開いているのでラッチオープナーが不要となり、編目の受け取りは無理なく行われる。
図7.44 スプリング・ローデッド針 (特許第3857100号、ドイツ特許DE10051029C1)
(2)コンパウンドニードル(複合針)7-36)
島精機製作所は世界で初めてコンパウンドニードルを使用した横編機を参考出品した。コンパウンドニードルを使用した場合、編針のストロークが約半分となる。カム形状を含めキャリッジを軽量化、コンパクト化することで高速編成が可能となり、生産性が高まった。また、フックがスライダーで確実に閉じるため、目落ちがなく風合いの良い編地の編成を可能とした。図7.45の上図は、コンパウンドニードル番号1とジャック番号4がセットされた状態で、コンパウンドニードル本体は番号2、スライダーは番号3である。下図はスライダー単体の側面図である。
図7.45 コンパウンドニードル一式とスライダー(特許第2531535号)
(3)多カム化、横編機の大型化
コンピュータ制御の横編機の主流は2カムであったが、高生産性を実現する方針として、各社4カム機を展示会に出展しており、島精機製作所は1歩先をいく5カム機を紹介し、横編機の多カム化を提案する場となった。編成カム数が多くなると、1回のキャリッジ走行で編成できるコース数が複数となり、生産時間の短縮が図れる。丸編機との生産性競合、多品種少量生産、短サイクル化に対する施策だと考えられる。しかしながら、多カム化は横編機の横幅サイズの拡大につながる。針床の編幅は84インチから90インチと大型化され、さらに多カムを配置するキャリッジの横幅も長大するため、両端でのキャリッジの抜け幅を考慮した横編機のサイズが必要であった。
技術的な面では、島精機製作所の5カム機は、ニットランカムの配置や傾斜角度を再設計し、キャリッジのサイズをコンパクト化することに成功、4カム機と同じ機械幅で設置面積を節約できるようにした。編み込みジャカード等色柄の編成では、丸編機の生産性に及ばないものの、横編機が得意とする目移し等を取り入れた組織柄の編成では、高い生産能力を発揮した。一方、ストール社は2カムのタンデム型の横編機を、必要に応じて2つのキャリッジを連結して、4カム機として使用する特徴を持っていた。
7.11 新世代への転換
1987年のITMA展の横編機は多カム化、大型化にスポットをあて、その技術を発信していたが、これらは手動式から全自動化そしてコンピュータ制御という開発の中での延長線上の横編機であった。横編機は目移しおよび成形編ができ、他の編機では不可能な編柄ができるという大きな優位性を持っている。多品種小ロット短納期の生産体制の構築には、当時のアパレル業界での慣習に従い、1点サンプルを無駄なく作る必要性があった。それはキャリッジが編幅全域を一定速度で動作し、編成するパーツの多数枚取りする編幅の長い横編機ではなく、編幅がコンパクトでかつ1着分の各パーツを無駄なく成形して編成する、多品種小ロット生産型の横編機という発想である。
本節では、島精機製作所が開発した横編機に基づき、新世代への転換について報告する。
7.11.1 第2世代のコンピュータ横編機
島精機製作所は1988年に第2世代のコンピュータ横編機を開発した。編幅が非常にコンパクトで、1点サンプルだけでなく量産化にも対応した、今までとは違った発想で開発された横編機である。また編成データをもとに、工場における生産管理システムとつながり、総合的な支援システムとなってきた。
このコンピュータ横編機は用途に応じてシリーズ化されている。
(1)高性能なコンパクト機
編幅は100 cm、120 cm(主に輸出用)の2カム機で、ニット工場での設置スペースは広く取らず、非常にコンパクトな横編機であった。編成時間を大幅に短縮する機構が随所にみられる。主な特徴を以下に記述する。
- ①
- 従来の2カム機に対して、キャリッジ幅は78 %に短小化、重量では40 %の35 kgと非常にコンパクト化されている。キャリッジの反転が軽快で、駆動には小型のサーボモータを採用し、編成の高速化を実現した。
- ②
- ベルト駆動で、編幅に応じて反転ストロークが自由に設定可能なので、編成時間を大幅に短縮した。
- ③
- ステッチプレッサー、サブローラー、メインローラーなどの有効な働きによって、今まで困難であった編地や、縫製の省力化に対応する編成方法などが可能となった。
- ④
- 消音・防塵・安全等の対応、自動給油やダストクリーナーの設置などでメンテナンスの効率アップとなった。
- ⑤
- デジタル・ステッチ・コントロール・システムの装備により、寸法通りの編成を保証した。
これらの特徴に加えて、編地の全幅に均一な張力を与えて引き下げを行う新しい編出し装置が搭載された。編出し装置の要約について、特許第1711936号に基づいて、以下に記述する。
編出し方法は、1往復コースを、前後両方の針床間にジグザク状にかけ渡して給糸された往コースの止め編の糸と復コースの止め編の糸が、口あきの上方位で互いに交差されるように編成し、その交差されている部位に編出し櫛の針先を作用させて編地を引き下げる。(図7.46参照)その後、編出し糸を給糸し袋編をした後、続く編地の編成に移る方法であるため、編地にかかる張力は均一になる。
図7.46 編出し糸交差部位
(特許第1711936号)
また、あらかじめ形成した往復コースの止め編の糸が、前後の針床間の口あきにおいて交差させている部位に、後から編出し櫛を作用させて引き下げする方法であるから、編出し糸を編針に供給する際、編出し櫛を口あきの上方位に突き出す必要はない。任意の位置にある給糸口を使って形成した往復コースの編出し糸に、後ろから編出し櫛を引っ掛けて編出し糸を口あき下方に引き下げると編地を編出すことになる。
編出し針は、その上端部に前向きのフック格納用突起を備えた針本体と、この針本体に摺動自在に組み合わされた、その上端部に前向きのフックを有するスライダーとで構成されている。編出し櫛が上昇しているときは、スライダーのフックは針本体の格納用突起内に格納され、編出し櫛が編出し糸の交差部位の上方に位置したときに、スライダーの昇降駆動装置を作動させて、編出し櫛の下降時にフックを格納突起から露出させ、編出し糸の交差部位に引っ掛け編地を引き下げる。(図7.47、図7.48参照)編成された編地から編出し櫛を外す際には、スライダーの昇降装置を作動させてスライダーを上昇させて格納用突起内にフックを没入させることで、フック部分に引っ掛かっている編出し糸はフックから外れ、突起の斜面に沿って上方に離脱する。
図7.47 編出し針の編出し糸に対する係合動作①~③
(特許第1711936号)
図7.48 編出し装置・横編機の縦断側面図
(特許第1711936号)
(2)デザインシステムとの連携
横編機は成形編でカットロスがほとんど出ない。デジタル・ステッチ・コントロール・システム(DSCS)を使用すれば編立寸法精度を±1%以内に編成できる。原料である糸の無駄を排除すれば生産コストは抑えることができる。
成形編の編成データはデザインシステムで作成する。そのデータ作成の概略は、まず、使用する糸でテストピースを編み風合いを確認する。問題なければ単位当たりの編目数と糸の重量が決定される。このデータをデザインシステムで作成したサイズの型紙に落とし込むと、編成データが作成されるとともに、1着当たりの編立時間と糸使用量が計算される。
編立時間は生産計画に利用し、糸使用量は生産枚数に応じた糸発注情報になる。これらの情報から事前に生産管理システムが動き出す。
編成データはスケジュールして編機に転送すると、DSCSを使用し適正な糸量で編立を開始する。糸交換や偶発的な事故以外は編機をストップさせることなく、1日フルタイムでの稼働が可能となった。
(3)シリーズ化したコンピュータ横編機
横編機は機能別(高性能機、汎用機等)、ゲージ(編目の粗さ)、サイズ(針床の編幅)、カム数(1コースの編針作用ロック数)によって標準仕様が決定し、さらにオプション装置の付加によって特殊な編成が可能となる。ニット製品の特性は、これらの組み合わせで構成されるため種々の横編機が生まれるが、特徴的なものを紹介する。
- ①
-
コンパウンドニードル横編機
コンパウンドニードル搭載の横編機は、1987年のITMA展でプロトタイプ機として出展されたが、量産型は1990年に出荷された。5ゲージ(1インチ当たり編針5本)の編目の粗いタイプ横編機である。従来のべら針と比較して編針のストローク長が半分でよく、キャリッジへの負担が少なくサイズもコンパクトにできるため、編成効率が良い。スライダーによってフックが確実に閉じるため、本来の5ゲージ風合いを生かした編地が得られる。コンパウンドニードルはコースゲージ(3ゲージ~5ゲージ)に搭載された。
- ②
-
4面ベッド方式横編機(図7.49、図7.50、図7.51参照)
図7.49 キャリッジ上部の目移し装置(特許第2794144号)
図7.50 編針からトランスファジャックへ目移し動作
(特許第2794144号)
図7.51 トランスファジャックから編針へ目移し動作
(特許第2794144号)
-
4面ベッド方式横編機は横方向の目移しを可能にした機械である。従来の前後針床の上方に、前後水平対向の目移し用ジャック29A,29B(トランスファジャック)を搭載したトランスファジャックベッド27A,27Bを装着し、前編針の編目を後トランスファジャックに、また後編針の編目を前トランスファジャックに一旦目移しし、トランスファジャックを介して編目を横移動するものである。
従来の一般的な横編機は、前後の編針を用いて編まれるゴム編などの両面内減らしができなかった。これを対処するため、上記説明したトランスファジャックベッド方式で編目を横方向に移動させる方法は既に存在していたが、他の装置との干渉を防ぐ機構による機械の大型化や編成効率の悪さが課題となっていた。
この課題を解決する方法として、キャリッジ2A, 2Bの上部空間部に目移し装置を配置してコンパクト化を図った。アクチュエータ45によりトランスファジャックのバットを個別に選択し、目移しカム31でトランスファジャックを進退操作させる。トランスファジャックの選択手段をキャリッジ内の編成用カムの先行側に位置することで、選択されているトランスファジャックは復帰カム42により元の状態に復帰されていることから、キャリッジはその場所から折り返して編成走行ができるので効率がよい。なお、図7.50、図7.51は編針とトランスファジャックの目移し工程を示したものである。(特許第2794144号)
- ③
-
長尺タイプ横編機
長尺タイプの横編機は、軽量コンパクト化されたキャリッジ、ベルト駆動方式を採用し、編幅が必要なニット製品用として開発された。編幅180 cmは2カム機、3カム機、編幅230 cmは4カム機、6カム機、編幅254 cmは4カム機であった。4カム機はキャリッジが2カム×2カム、6カム機はキャリッジが3カム×3カムで、タンデムのセパレート編成も可能となっていた。編出し装置は装備されていないが、高速性でコストパフォーマンがよく、多様な編地の生産に応じる横編機である。
(4)スプリング式フル可動シンカー搭載横編機
この横編機のコンセプトは、今までになかったような魅力的な編地の編成、品質の安定化、今後注目される立体的な編成にも対応できる機能の確立である。特徴としては、前述の(1)高性能なコンパクト機と同機能を備え、加えてスプリング式フル可動シンカー(以後可動シンカーと呼ぶ)を搭載した。従来、編地編成の引き下げは、サブローラーとメインローラーと編出し装置で生地を下から引き下げる方法と、編地の編成中にステッチプレッサーで押し下げる方法であった。これに可動シンカー装置を装備し、編目の1目単位で押さえ込むとともに編糸を編針フックに納め編目形成を確実に行って、品質の高い編地の製作を可能とした。なお、この可動シンカー装置付きの横編機もシリーズ化されている。(外観は図7.52)
図7.52 コンピュータ横編機(SES122-S)(島精機製作所提供)
可動シンカー装置の基本特許は特許第1872251号、改良した特許が特許第2618312号である。その要約について、特許第2618312号に基づいて以下に記述する。(図7.53、図7.54参照)
針床上のニードルプレート3とニードルプレートの間に、可動シンカー24、編糸ガイド片32ならびにスペーサ34が装備される。可動シンカーは回動枢支部31とニードルプレートの半円状33で支承されている。ニードルプレート、編糸ガイド片、スペーサはそれぞれ係合溝47に押え金38で固定されている。
キャリッジ5が移動すると、可動シンカー制御用の前部カム8は可動シンカーの当接部28と当接し、可動シンカー制御用の後部カム7は可動シンカーの当接部25bと当接し、可動シンカーは回動枢支部を回転中心として作用する。その工程を編針4の出退に合わせて、下記①~⑥(図7.54図中①~⑥に対応)に示す。
図7.53 可動シンカー部の分解図(特許第2618312号)
図7.54 可動シンカー作用位置①~⑥
(特許第2618312号)
- ①
- 可動シンカーの当接部が可動シンカー制御用カムによって左回りに回動し、編糸保持部27が編針の上方に位置する。
- ②
- 編針のフック4aが針床2から少し突出した状態で、可動シンカーは線バネ29の弾性力で右回りに回動し、先端の編糸保持部27で旧編目の編糸40を保持した状態で編針の下方に押し下げられる。
- ③
- 編針のフックが針床の先端から最大に突出した状態で、編糸保持部に掛止している旧編目の編糸と線バネの弾性力が釣り合う状態で保持されている。
- ④
- 編針のフックに給糸口41から給糸された編糸42を係合させた状態で、編針は押し下げられていく。この時、可動シンカーも当接部25bが後部カムによって押し下げられ、可動シンカーは左回りに回動し、編目保持部は編針の上方近くにまで上昇して旧編目を外し、べら43の外方でノックオーバー待機位置になる。
- ⑤
- 編針がさらに押し下げられべらが閉じて旧編目の編糸がノックオーバーされ、フックは針床から所定量を引っ込んだ状態(度決め位置)となる。この位置で給糸口から可動シンカーの先端を越えて隣接する編針のフックへと順次給糸される編糸は、編糸ガイド片の先端部の編糸ガイド面37に当接し、その面上を終端部37aに滑り下ろされるので、フックに確実に給糸される。
ノックオーバーされる編目はフックを通過するときに大きく引き延ばされるため、編糸保持部に掛止している旧編目の編糸の張力も異常に高くなろうとするが、線バネの弾性力により可動シンカーは左回りに回動して高い張力を緩和する。
- ⑥
- キャリッジが進行し編針が最下に位置するところから少し上がった状態になると、編針のフックが針床の先端側に少し進出し、フックに係合している旧編目の編糸を緩めようとするが、可動シンカーの線バネの弾性力で編糸保持部を下方に押し込み弛みを防止する。
可動シンカー装置は特許第2700204号で編糸落下防止の技術改良を実施した。
7.11.2 各社のコンピュータ編機
島精機製作所は第2世代のコンピュータ編機として発表したが、その他の横編機製造業者も高性能なマシンを発表している。1991年のITMA展で出展された横編機について、以下に各社別で記述する。
(1)三星製作所
1923年創業の三星製作所(本社:東京都豊島区池袋本町)は、海外企業との提携で新しい機構を取り入れ横編機を開発してきたが、1990年9月にニット工場の環境に意識したスマートなデザインの横編機「TSC-X2」を発表し、ファッショナブルな機械で人手不足のニット業界のイメージを一新させようとした。さらに従来の横編機では給糸口(キャリア)はキャリッジの走行と一体移動していたが、自走式のアクティブキャリアを世界で初めて搭載したインターシャ横編機「INS-40型」を開発した。柄作成デザインシステムと合わせて、高級品であるインターシャ柄を効率的に編成する機械であった 7-37)。
(2)ストール社
1991年のITMA展では、ストール社(ドイツ)は高度で複雑な柄出しができる横編機や、また、機械幅を狭め軽量化を図り機能を簡略化するなど、経済性に配慮した横編機も紹介していた。高性能なダブルカムのタンデム機「CMS422」は最高32色の配色が可能で、インターシャ柄、ジャカード柄、ゲーブル柄など複合した編成ができた。経済性が特徴である3カム機「CMS430」は、成形、ジャカード柄、インターシャ柄などの編成機能を持っているが、必要な機能のみに限定した編機であった。ダブルカム成形機「CMS320」は、編幅115 cmのコンパクトな小型機でキャリッジも軽量化された7-37) 7-38)。
(3)ユニバーサル社
ユニバーサル社(ドイツ)では小型化された機種が紹介された。ダブルカム機「MC-721」は、編幅120 cmの小型機でシンカー、補助巻取りが標準装備されていた。ダブルカム成形機「MC-725」は、編幅110 cmで3段度違い、編下げ櫛、補助巻取り装置が標準装備され、シンカーやインターシャ装置も取付可能となっていた7-37)。
(4)アブリル社
アブリル社(スペイン)は横目移し機能(特開平01-168943)やオプション装置として編幅調整を可能とする横編機を紹介した7-37)。横目移し機能(図7.55参照)とは、従来の前後編成針床2A,2Bの上部に補助目移し針床5A,5Bを設け、横目移しする場合、編成針床の編針から補助目移し針床の目移し針に編目を移し、補助目移し針床を横移動させ、補助目移し針床の目移し針から編目を編成針床の編針に移す機構である。なお、補助目移し針床はステッピングモータ9A,9Bを使用し移動させた。
図7.55 横目移し機構(特開平01-168943)
7.12 無縫製横編機の開発
1990年後半に入ると、先進国でのアパレル産業は海外移転による空洞化、輸入品の急増という危機的な状況に陥り、横編機製造業者は消費地型の生産体制を構築する総合的な編成システムの開発が急がれた。消費地型はこれまでも言われてきた多品種、小ロット生産に加えて、クイックレスポンス(QR)に対応した、必要な時に適正な量を生産する体制を構築し、付加価値を高める構造変革が重要なポイントとなった。手編み機から機械式へと技術の進化とともに編成できるニット商品は、カットソーから成形へ、さらに手編み技術を超える機械編みへと変化し、ファッションの個性化に対応してきた。また編立工程の中での省力化として、衿、前立て、ボタンホールやポケット付けなどを一体編成するインテグラルニットが普及した。次世代の技術革新は、縫製工程を省き1着丸ごと完全成形する究極の横編機の開発であった。その技術変遷について本節で報告する。
7.12.1 完全無縫製型横編機の開発
島精機製作所は1995年のITMA展に2タイプの完全無縫製型の横編機(SWG-V/SWG-X)を世界に先駆けて発表した。SWG-Vは2枚ベッドタイプで隣り合う2本の針を編成針と預け針とした。そのため編成ゲージは1本置きのハーフゲージであった。SWG-X(図7.56)は4枚ベッドタイプで、上ベッドの針を預け針に使用し、編成針は下ベッドを使用した。従って編成ゲージはリアルゲージであった。この横編機の完成に至るまでには、これまで開発されてきた多くの機構が継承されていた。その技術やノウハウについて、以下に記述する。
図7.56 1995年ITMA展でのSWG-X
(島精機製作所提供)
(1)デジタル・ステッチ・コントロール・システム
1985年の展示会で発表し、横編機に装備して編地の乱寸を防止する機能であったが、無縫製で各パーツを編み上げていく編成工程では、各パーツの型紙寸法を誤差なく編成できないと製品不良となる。乱寸防止の必要不可欠なシステムである。
(2)針床4枚方式(4枚ベッド方式)
4枚ベッド方式(図7.57参照)については1987年9月4日に特許出願し特許第1573804号で登録されている。その後、特許第2794144号で目移し装置を有する横編機として、通常の前後針床の上方にトランスファベッドを前後に装備し量産化している。この量産化から得られた技術情報が4枚ベッド方式のノウハウの一助になったと考えられる。
図7.57 4枚ベッド・縦断面図(特許第1573804号)
(3)コンパウンドニードル
4枚ベッド方式では各針床が編成部(歯口)を極力一致させて配置しているため、べら針では下側ベッドの編針のべらが旋回するスペースがない。これを回避するために編針はコンパウンドニードルを採用した。編針の出退が短いストロークでスライダーがフックを開閉する機構は精巧なカム配置となるが、キャリッジをコンパクトにするものだった。
(4)デザインシステム
ニット製品の各パーツの型紙を作成し、それぞれの型紙に単位当たりの編目数を落とし込み編成データを作成する。1着当たりの糸使用量や編立時間も算出される。編機内で各パーツを合体して編成するため、その編成方法は今までと比べ難しくなるため、編成技術者の育成も必要であった。
同展示会では「縫製をなくす」という革新的なソリューションで業界に歴史的なインパクトを与え、「東洋のマジック」と呼ばれていた。糸から1着のニット製品を編み立てるこの編機は「ホールガーメント(WHOLEGARMENT)横編機」と名付けられた。
7.12.2 スライドニードル仕様のホールガーメント横編機
従来のニット商品は各パーツを平面的に編んで縫製する2次元のものであった。無縫製という価値を「縫製工程を省く」ということに求めてしまうと、生産される商品は2次元的なニットということになる。ニットは横にも縦にも伸びる特性を持っているので、人間の体型に伸ばして合わすのが一般的な考え方であった。しかし、布帛のスーツなどは、体型に合わせた型紙を作り、型紙通りに生地を裁断し、そして立体縫製を行う洋服で、曲線美が出せるファッション性の高い特徴を持っている。3次元感覚のニットが製作できれば、ファッション性が高く、体にフィットし動きやすく、着心地感のよい魅力のある商品となる。このような観点に立って、立体編成を可能にするホールガーメント横編機の開発に取り組んできた内容を以下に記述する。
(1)スライドニードルの開発
1997年に開発されたスライドニードルについては、第6章で説明しているが、この編針を開発したことによって、編成テクニックが従来の6テクニックの倍の12テクニックとなった。2枚組のスライダー機構は威力を発揮し複雑な目移しに対応し、立体編成に不可欠なダーツ(丸みやふくらみを出す)等の編成法を容易にすることを可能とした。
(2)コンパウンドニードルからスライドニードルへ
1995年に発表された4枚ベッド方式の「SWG-X」にスライドニードルが搭載されることになった。各針床が近接していることから、スライダーが直線的に動作するコンパウンドニードルを採用していたが、スライドニードルも同じような動作をしフックの開閉を行うため、上下ベッド間のスペースの問題はない。コンパウンドニードルでの目移し動作は、べら針と同様にトランスファクリップを使い編目の移しを行うのでフックの位置は偏っていた。これがスライドニードルの場合は、針フックが天歯間の中心に位置しスライダーで編目を移すので、編目が左右対称となる品質のよい編地の編成が可能となった。(第6章6.1.4参照)
(3)ホールガーメント横編機「SWG-FIRST」の開発
1997年「第6回大阪国際繊維機械ショー」でスライドニードルを搭載したホールガーメント横編機「SWG-FIRST」(図7.58)が発表された。同機は前後の針床にスライドニードルを装着し、その上方に編目を横に移すトランスファジャックベッドと、編目の浮き上がり防止や糸を導くループプレッサーベッドを装備していた。スライドニードルは1インチ当たりの針本数で決まるゲージという概念ではなく、ニット製品の中で異なるゲージを組み合わせることや多彩な編組織表現の製作を可能とした。特徴を以下に記述する。
図7.58 ホールガーメント横編機(SWG-FIRST)(島精機製作所提供)
図7.59 引き下げ装置側面図(特許第3757036号)
図7.60 編地捕捉面の基本ストローク図
(特許第3757036号)
図7.61 ホールガーメント横編機(SWG021)(島精機製作所提供)
図7.62 ホールガーメント横編機(MACH2X)(島精機製作所提供)
- ①
-
トランスファジャック
トランスファジャックベッドは、7.11.1(3)②で記述した横編機では、下部前後針床の上方に前後水平対向にトランスファジャックベッドを設置されていたが、SWG-FIRSTでは上部前方にトランスファジャックベッドを設置し、下部前後針床の編針からトランスファジャックに目移しし、トランスファジャックから下部前後針床のどちらか一方の編針に目移しを可能とした。(特許第3226873号)
- ②
-
ループプレッサー
ループプレッサーベッドをトランスファジャックベッドの対向に設置し、ループプレッサーにより、編目の安定的な押さえ込みで浮き上がりを防止した。また多数のループプレッサーの中から所要のループプレッサーのみを選択して、編目を押さえ込むことを可能とした。
- ③
-
引き下げ装置
前側編地と後側編地からなる筒状の編地を引き下げる編地引き下げ装置7(図7.59 参照)である。前後の独立したパネルに、編地を引っ掛けるための小さなピン19(図7.60参照)が並べられ、前後の引き下げ張力は個別に細かく設定することができ、それぞれのパネルは一定間隔で作用範囲を調整できるようになっている。
編地の引き下げユニットは、編出し時の編糸を編出し装置5で所定の長さになるまで編地に下向きの張力を付与して引き下げ、編地をローラに挟み込んで引き下げる引き下げローラ装置6、およびこの引き下げローラ装置と協働してもしくは単独で編地を引き下げる編地引き下げ装置で構成されている。
(4)コンパクト・ホールガーメント横編機の開発
このコンパクト・ホールガーメント横編機(図7.61)は、スライドニードルを搭載した編幅が25 cm、40 cm、
60 cm、90 cmと短い編機である。小物類のニットである手袋、ネクタイ、帽子や子供服など、編幅に適応するその他のニットアイテムの編成が可能となっている。特徴としては、次のようなことが挙げられる。
- ①
機械の側面から糸を供給するのではなく、上方の天バネ装置から直接給糸口へ糸を供給することで張力が安定する。
- ②
サーボモータによる自走式給糸口は独立駆動を行うようになっており、空コースがなく効率的である。
- ③
モータ駆動の端糸フック装置は指先や指股の端糸、その他編糸切り替え時に生じる端余糸を挿入する。
- ④
袋や靴下は専用機として存在しているが、スライドニードルを使用した多様なデザインで高品質な商品を生産するときに威力を発揮する。
7.12.3 ストール社のニット&ウエア
2003年はITMA展と横編機械を中心とするIKME展(国際ニット機械見本市)に分離開催となった。IKME展でストール社は、専用機だけではなく1台で成形やインターシャ、ニット&ウエアタイプの無縫製、マルチゲージなどが行える特徴のある横編機を紹介した。新機種としては、ハーフゲージ(針抜き方式)で無縫製のフレンチショルダーを作ることのできる「CMS340TC-Mニット&ウエア」、4枚ベッドで総針での無縫製可能な「CMS330TC-Tニット&ウエア」など新開発機を披露していた。先進国には消費地型生産に対応したニット&ウエア横編機、生産国にはスタンダードタイプの横編機と機械ニーズに合わせての開発が明確になった
7-39)。
7.13 横編機の方向性
4年に1回開催されるITMA展は繊維機器メーカが自社の技術を披露する展示会である。欧州繊維機械連盟が主体としてヨーロッパの地で開催されているが、2007年のミュンヘンで開催されたITMA展は中国、台湾、韓国のアジア勢の展示者の台頭が目立った。しかしアジアからの来場者は日本を含め少なかった。理由は、ITMAアジアという展示会が2001年よりシンガポールで開催されており、アジア圏内で情報を得ることができるようになったからである。3回目の2008年からは中国上海で開催されるようになった。ニットの生産国であるアジア地域に産業が移動し、繊維機械展としては影響力のある中国を中心として、アジア地域への比重が大きくなってきた。
このような状況の中で、横編機メーカは消費地型と生産国型の2つの領域に分けた技術開発を明確した。前者は高度な品質性を求めてQRで市場に提供できる機械であり、後者は生産性を重視した機械である。また両者とも技術だけでなく、人件費や機械の償却費など、コストパフォーマンスを考慮した開発が強く求められた。
7.13.1 大河内記念生産特賞
島精機製作所は1995年に開発した「SWG-X」の改良を重ねてきたが、使用部品の点数が多く、また製造する時間的なコストも必要なため、費用対効果の面で厳しいものがあった。この課題を解決するために、1着当たりの編立時間を短縮すれば1日当たりの生産高も上がり、コストパフォーマンスが高くなるという思考で機械の高速化に取り組み、2007年のITMA展でプロトタイプマシンを発表した。最高編成速度を1.3 m/sから1.6 m/sに上げたホールガーメント横編機で、のちに「MACH2X」(図7.62)と命名している。キャリッジの速度上げると、摺動部品の摩耗や焼き付きなどが問題となるため、材質や焼入れ等の見直しなどを行っていた。また、編成データの作成については3Dシミュレーションが行えるようになり、機械による試編みを極力なくして時間短縮を図った
7-40)。このようにして、高度なニット生産方式を構築したことが評価され、2007年に大河内記念生産特賞を受賞している
7-41)。
この生産システムを支える4つのコア技術については、(i)4枚ベッド横編機、(ii)スライドニードル、(iii)デジタル・ステッチ・コントロール・システム(DSCS)、(iv)コンピュータによるデザインシステムである。これら4つのコア技術は、7.12.1 完全無縫製型横編機の開発(1)~(4)で報告した内容から技術的に大きく進歩している。編針はコンパウンドニードルからスライドニードルへ、デザインシステムはコンピュータの進化とともに3次元化されたシステムとなっている。次の2つの技術革新もあった
7-42)。
- ①
i-DSCS + DTC(インテリジェンスDSCS + ダイナミックテンションコントロール)(図7.63)
DSCSは前コースの糸測長数と編目数から得た編目長を、フィードバック制御しながら、編成コースの編目長を調整するパッシブなシステムに対し、i-DSCS + DTCはフィードフォワード制御であった、型紙データから導きだした編目数と編目長に対して、必要に応じて糸送りと戻しの両方向で給糸張力まで電子制御するアクティブなシステムである。編成が困難な糸やデリケートな糸を使用した高速編成が可能になる。
図7.63 i-DSCS + DTC装置(島精機製作所提供)
- ②
R2キャリッジ(R2=Rapid Response)
編成速度の高速化では、各コース編成後のキャリッジの反転速度を上げる変更がされていた。(図7.64参照)従来のキャリッジは減速域とキャリッジリターンに必要なスペース(図中B)が大きいため、実際に設定速度で編成できる部分(図中A)は狭くなる。一方、小型・軽量キャリッジでは、編成コース毎のキャリッジの反転に必要となるスペースが少なく済み、設定速度で編成する部分が拡がり、生産性の向上が得られることになった。
図7.64 設定速度の範囲域比較(島精機製作所提供)
7.13.2 中国メーカの追い上げ
島精機製作所とストール社の2社は、横編機のブランドを高め技術を競い合っていたが、その他の欧州や日本のメーカが衰退していく中で、中国の企業が脅威となってきた。中国機は模倣した機械であり故障も多く稼働率は低かったが、価格帯が極端に低く市場でのシェアを徐々に奪い始めた。ブランド企業も意識せざるを得なくなり、ニット生産国型の横編機の更なるコストダウン機に着手し始めることになった。島精機製作所では市場調査を行い、製作するニット商品に合わせて機能を絞り込み、また編機組立リードタイムの短縮を図り、ブランドとしての品質は落とさず価格競争に負けない横編機を開発した。ストール社も同じくエコノミークラス横編機を開発していた。
7.13.3 高級機での技術開発
高級機に関して、中国機はまだまだ技術的に追いついていないところもあり、島精機製作所、ストール社とも新技術の開発を進めていった。
(1)ホールガーメント横編機のスプリング式可動シンカータイプ
島精機製作所は、ホールガーメント横編機が発表されて20年経過した2015年、スプリング式可動シンカーを搭載した機械「MACH2XS」(図7.65)を発表した。2枚ベッドタイプの横編機ではすでに搭載済み(7.11.1(4)参照)であったが、その利点は、編成状態に応じて編目を理想的なテンションで保持し、立体的で複雑な編地でも風合いよく編成ができることである。スプリング式可動シンカー(図7.66)は編目に対して負担をかけないので、編地を無理して編成を行う状況下で威力を発揮する7-42)。
図7.65 ホールガーメント横編機スプリング式可動式シンカー搭載(MACH2XS)(島精機製作所提供)
図7.66 スプリング式可動シンカー(図中央)搭載部(島精機製作所提供)
(2)ストール社の編機とシステムの機能
ストール社は2007年のITMA展で、エコノミーラインと先進国向けラインの明確化を図った。2009年にはHP(高生産性)マシンを提供し、2018年にはソリューションとして「Knitelligence」というIoTテクノロジーを提案しており、2019年では「New Knitelligence」に発展させて、横編機の高度な技術でデジタル時代の要件を満たすという考え方になっていた。その特徴を以下に記述する7-43)。
- ①
Knitrobotic-Kit
横編機の拡張機能で編立における手動操作をロボット機能に置き換えるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のキットである。
- ②
Yarn Carriers(給糸口)
給糸口は自走式で自由に、水平に、垂直に動かすことができる。すべての編成技術に対して給糸口を交換する必要がない。
7.13.4 これからの横編機
横編機は手動式から全自動化そしてコンピュータ化を実施し、編成作業の効率化と編地の多様化に対応してきた。次に無縫製での編成技術を確立してきた。そして、アパレルの特質に合わせた生産体制が取れる機械を提供した。しかし、これからは環境問題を意識した生産方式が重要なカギとなる。横編機としての機能だけでは満足されないかもしれないが、繊維産業における循環型の取り組みの一部として、横編機の特性を生かした技術開発が求められるであろう。世界人口は右肩上がりで増加しており、アパレル数量の増加は必至である。環境問題をクリアにする行動が大切である。
参考および引用文献
| 7-1) | Edouard Dubied & Co, WIKIPEDIA, https://en.wikipedia.org/wiki/Edouard_Dubied_%26_Co(2024/8/23閲覧) |
| 7-2) | 藤本昌義 編, 「日本メリヤス史」, 栗山安平商店, 1934. |
| 7-3) | 江尻久次郎, 横編技術入門, センイ・ジヤァナル,pp.9-12, 1970. |
| 7-4) | 永田精機株式会社編, 75年のあゆみ, 永田精機, 1979. |
| 7-5) | 内田豊作 等編, 「紡織機械」,日刊工業新聞社, 1953. |
| 7-6) | 戦後20年のメリヤスと編機, センイ・ジヤァナル,1966年5月9日号 |
| 7-7) | 横編15年の歩み, センイ・ジヤァナル,1961年5月8日号の数値をもとに筆者がグラフ化 |
| 7-8) | メリヤスハンドブック新版, 日本繊維研究会, 1975. |
| 7-9) | ジャカード織機, WIKIPEDIA, https://ja. wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AB%E3%83%BC %E3%83%89%E7%B9%94%E6%A9%9F#(2024/9/9閲覧) |
| 7-10) | A la mémoire de J.M. Jacquard.jpg, WIKI MEDIA, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:A_la_m%C3%A9moire_de_J.M._Jacquard.jpg?uselang=ja (2024/9/9閲覧) |
| 7-11) | 横機を語る(中部), センイ・ジヤァナル,1955年7月18日号 |
| 7-12) | 自動横機の実演展示会, センイ・ジヤァナル,1957年1月22日号 |
| 7-13) | 新鋭メリヤス機器紙上見本市, センイ・ジヤァナル,1962年4月16日号 |
| 7-14) | 井門式横編自動装置機, センイ・ジヤァナル,1957年1月3日号 |
| 7-15) | 新型自動ゴム編機, センイ・ジヤァナル,1953年5月24日号 |
| 7-16) | 中部地区の最新鋭機を見る, センイ・ジヤァナル,1958年1月3日号 |
| 7-17) | 東京特集, センイ・ジヤァナル,1958年2月25日号 |
| 7-18) | 全自動・自動ジャカード機, センイ・ジヤァナル,1961年4月27日号 |
| 7-19) | 驚異的な高能率誇る特殊ジャカード横編機,センイ・ジヤァナル,1964年11月26日号 |
| 7-20) | 横編機特集革命期を迎える横編機, センイ・ジヤァナル,1965年9月16日号 |
| 7-21) | 画期的な全自動フルファッション横編機完成, センイ・ジヤァナル,1967年9月11日号 |
| 7-22) | 高級機と経済期の両極展開, センイ・ジヤァナル,1971年8月11日号 |
| 7-23) | パリ展を終わって 横編機, センイ・ジヤァナル,1971年8月11日号 |
| 7-24) | 第3次元の編機ステレオニット, センイ・ジヤァナル,1971年5月20日号 |
| 7-25) | マッキーン・テイラー・ニッティング機を見学して, センイ・ジヤァナル, 1961年9月28日号 |
| 7-26) | 最新の自動横編機紹介, センイ・ジヤァナル, 1967年3月6日号 |
| 7-27) | 『輸入機械ダイジェスト』1970年版, 日本情報センター, p.204, 1970. |
| 7-28) | ミラノITMAニット機器が人気独占, センイ・ジヤァナル, 1975年11月14日号 |
| 7-29) | 宮下利平、松崎良作、一丸義次、真田外一, 電子式柄出し技術の研究(第3報)電子式横編機の設計試作, 繊維機械学会誌, Vol.31, No.8, pp.17-25, 1978. |
| 7-30) | 戦後日本のイノベーション100選,
https://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00040&age=stable-growth(2024/09/16 閲覧) |
| 7-31) | プレッサーフットの製造・販売権取得, センイ・ジヤァナル, 1979年2月7日号 |
| 7-32) | 大阪ニット機器ショー, センイ・ジヤァナル, 1979年3月7日号 |
| 7-33) | 厚生労働省, 平成23年年度版労働経済の分析, -世代ごとにみた働き方と雇用管理の動向-, 第2章経済社会の推移と世代ごとにみた働き方, 第1節我が国の経済社会の変化, https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/11/dl/02-1-1.pdf(2024/9/18閲覧・引用) |
| 7-34) | 『機械振興』, 機械振興協会, Vol.22, No.3, pp.26-29, 1989-3. |
| 7-35) | ITMAレポート④, センイ・ジヤァナル, 1987年11月18日号 |
| 7-36) | 第10回ITMA出展編機の印象, センイ・ジヤァナル, 1987年11月9日号 |
| 7-37) | ITMA開幕迫る, センイ・ジヤァナル, 1991年9月18日号 |
| 7-38) | ITMA出展各社の好評機種, センイ・ジヤァナル, 1991年10月25日号 |
| 7-39) | 横編機の主役無縫製編機, センイ・ジヤァナル, 2003年10月22日号 |
| 7-40) | 横田直子(取材・文), 株式会社島精機製作所 和歌山の編み機が世界のファッションを変える (ほっとカンパニー〜世界で活躍する元気な特別員を紹介〜),日本機械学会誌, 120巻, 1189号, pp.32-33 , 2017. |
| 7-41) | 第53回(平成18年度)『大河内記念生産特賞』受賞のお知らせ, 『無縫製コンピュータ横編機およびデザインシステムを活用したニット製品の高度生産方式の開発』(株式会社島精機製作所), https://www.shimaseiki.co.jp/irj/library/pdf/20070207data.pdf (2024/9/30 閲覧) 大河内賞について, 受賞業績【生産特賞】,
http://www.okochi.or.jp/hp/gyoseki53_1.html (2024/9/30 閲覧) |
| 7-42) | 島精機製作所ホームページ, 製品情報, ニットマシン, 特長,
https://www.shimaseiki.co.jp/product/knit/feature/ (2024/9/30 閲覧) |
| 7-43) | STOLL Home Page, Milestones,
https://www.stoll.com/en/about-us/milestones/ (2024/10/1閲覧) |
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8 おわりに
今回、技術報告書では編機に関する系統化調査を行ったが、機械で編物を作る以前では、何らかの道具を使って手編みで編物が製作されていた。この「編む」という手法が世の中に出現し、手編みから現在の機械編みに至るまで、種々のイノベーションが生み出されてきたのである。
「編む」という手法が始まったのは旧石器時代である。遺跡の発掘調査で編まれた網が発見された。日本でも縄文時代の早期に漁網を編んでいたとのことである。堅牢な網の製作のために編むという行為を採用したのであろう。さらに生活の中に取り入れられていき、伸縮性のある編物が作られた時期は、年代が確定された最古のものとして、3世紀ローマ時代であろうと言われている。編みの技術はヨーロッパで作り上げられ、編物産業も栄え16世紀にはギルドが形成されている。そして1589年、イギリス人牧師のウィリアム・リーによって靴下編機が発明されたのである8-1)。
ここから編機技術の系統化調査が始まる。筆者は編機の系統として、経編機、丸編機、横編機という分類は概略把握していたものの、今回の調査を通じて、その起源がいつの時代から、どのように開発されてきたのか、という詳細な事実を知ることができ、編機技術に対する知見を深められたことに喜びを感じるものである。
機械化は単なる改善ではなく、時には産業の構造変革を起こすことにもなる。エリザベス1世は、素晴らしい開発を成し遂げたウィリアム・リーに特許を与えなかった。女王は産業を刷新するのではなく、ギルドや手編み職人を守る政策を取ったのである。産業が切り替わるタイミングではなかったのであろう。
産業は構造変革があって発展するという考え方に立てば、機械化によって安定した産業構造が形成され、さらに発展し豊かになる。そして次の新しい技術が生まれてくる。現に、ウィリアム・リー靴下編機の発明から166年後に経編機、その41年後に丸編機が開発されている。当時は材料や加工技術も乏しかったので、開発まで長期間となったのであろうが、諸々の要因がクリアになると、次々と新技術の形成に至っている。産業構造は、既成概念にとらわれることなく、技術と技術が結合して誕生するイノベーションが継続して発生するようになれば、好循環な産業が形成されていくということではないであろうか。
さて、日本で衣といえば和服の着物であろう。着物は織物であり、経糸と緯糸が交差して織られる生地でできている。織機技術の系統化調査も遠からず報告されると思うが、生地を作る機械は総じて織機であると認識している人が多い。ただ、日本における編機と織機の歴史は全く違う。編機が日本に初めて輸入されたのは明治の初期、古墳時代に伝えられ広まった織機と比べると歴史は非常に浅いのである。本報告書によって、歴史は浅いが奥深い編みの技術を開発してきた編機に対する知識を深めてもらえればありがたい。
文明開化というべき、西洋の編機が日本に輸入され編物が徐々に広まっていくのであるが、産業拡大のために、編機製造がまもなくして開始された。モノづくりの出発点である。日本には「からくり」という文化があり、動作させる機構の理解力は高かったと推測するが、精密である機械を短期間で作り上げた職人の技に感嘆する。当初は模倣であったが、手袋編機のように手袋に特化した機構を組み込んでいく技術も生まれた。創意工夫を凝らしてモノを作り上げていく日本人の気質を誇らしく思う。
最後になるが、日本における繊維機械は非常に厳しい状況である。数多く存在していた経編機、丸編機、横編機のメーカも現在では各1社のみとなっている。ニットの本場である欧州の老舗企業も廃業や資本提携を受けているところもある。世界の工場といわれる中国で繊維産業が盛んになるとともに、自国での編機製造にも力を入れた結果である。中国機はもとより価格帯が魅力であったが、一部の機械では品質レベルも上昇し遜色ない状態になってきている。競合する日本のメーカは厳しいであろうが、価格競争だけではなく、市場に受け入れられるイノベーションを生み出し勝負してもらいたい。これからは、環境を意識した循環型経済になっていく。材料素材、機構開発、編成技術など、Society5.0を実現する編機の開発に期待する。さらに繊維産業の枠を越えて、「編み」という要素技術を発展させて、世の中に役立つ機械を創出してもらいたい。
参考文献
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9 謝辞
本報告書を作成するにあたり、株式会社島精機製作所が運営するフュージョンミュージアム館長である藪田正弘氏に大変お世話になった。心より感謝を申し上げる。同氏は長年開発職に従事され、その後、知的財産部で特許にかかわる仕事を務められておられた。専門とされている分野は横編機であるが、編機全般とその歴史変遷にも精通されており、過去の編機の機構、特許関係の解釈などをまとめて著述されておられる。筆者の執筆作業においても、手掛かりになるところを教示していただいた。また、横編機関係に関する特許情報については、同社開発本部知的財産開発チームマスターの和田敏英氏に調査を依頼し、貴重な情報をいただいた。感謝を申し上げる。
編機の系統も広範囲となるため、参考にする文献の判断に迷いを持ったが、戦後の混乱期である1946年から2010年まで発刊されていたセンイ・ジヤァナル紙を選択し、編機における技術変遷の理解が深まり、執筆作業に役立たせてもらった。特に4年に一度、編機の技術を披露する欧州で開催される国際繊維機械機器展については、詳細な記事が毎回掲載されており、国内外の技術変革の調査に重宝した。残念ながら、2010年11月29日付けで廃刊となり、発刊社であるセンイ・ジヤァナルも2011年に経営を断念することとなったが、様々な面から記事を書いていただいた記者諸氏に感謝を申し上げる。
また、一般社団法人日本繊維機械学会発行の学会誌では、企業の研究員や大学の教授が執筆されておられるので、編機の詳細な機構への理解、客観的な見解として参考にさせていただいた。
本調査報告の筆をおくに際し、一般社団法人日本繊維機械協会の萬井正俊氏には、このような報告書の執筆の機会を与えていただいたことに深く感謝の意を表する。
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編機技術の系統図
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編機技術の系統化調査 産業技術史資料 所在確認
| 番号 |
名称 |
初出年 |
製作者 |
資料現状 |
所在地 |
選定理由 |
| 1 | ゴム糸挿入装置 | 1955 | 島正博 | 装置 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 五指連続手袋編機に「ゴム糸挿入装置」を備えた。指先から手首までを連続して編む五本指手袋は、手首の形状に合わせた目減らしは大変な手間を要し、さらに伸縮性がなく、手袋が機械に巻き込まれた際に手から脱げにくいために巻き込み事故が多発した。この課題を解決するために「ゴム糸挿入装置」を開発した。手首部分にゴム糸を編み込むことで、目減らしの手間を省き、手首へのフィットと安全性を同時に実現した。 |
| 2 | パターンホイール式 シングルニット ジャカード丸編機 PFW | 1961 | 株式会社 福原精機製作所 | 機械 | 展示 | 株式会社福原精機製作所 (兵庫県神戸市) | パターンホイール機構を搭載した日本初の大口径のシングルニット・ジャカード丸編機。パターンホイールとは複雑な編柄を表現するための選針方式である。大口径の丸編機の楚となった。 |
| 3 | 角型全自動手袋編機 | 1964 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 指先を角型に編む全自動手袋編機。世界初のシンカーニット方式は、錘で編目が引き伸ばされた従来品とは違い、非常に伸縮性に富んだ、はめやすくて手にフィットする手袋を編むことができた。指先と指股のかがり作業は必要であるが、1枚2分15秒というスピードで編むことができ、さらに一人で30台もの編機を操作可能で、驚異的な生産性の向上を果たした。 |
| 4 | 全自動フルファッション衿編機 FAC | 1967 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 当時の業界の課題であった衿の編み立ての省力化に成功した衿編機。海外大手企業の製品が衿編において12分の所要に対し、この機械はわずか5分で編み上げた。キャリッジを小型化して往復運動距離を短くし、独自に開発した編針とカムを複合化して、先行で目移ししながら後行で編むことにより、大幅な時間短縮が図れた。 |
| 5 | 全自動シームレス手袋 編機 SFG | 1970 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 手袋編成の完全自動化を実現させた全自動シームレス手袋編機。作業用手袋を1枚あたり2分(1ダース48分)で編成し、納期短縮とコストダウンを実現、さらに指先が丸く指の感覚が伝わりやすい手袋となり、作業現場の安全性と生産効率の向上に貢献した。 |
| 6 | シングルニット丸編機 XL-3FA | 1975 | 株式会社 福原精機製作所 | 機械 | 非公開 | 橘織物株式会社 (大阪府和泉市) | クローズドカムを搭載したシングルニット丸編機により、編針の円滑な動作が得られ、丸編機の高速運転が可能になった。 |
| 7 | シマトロニック ジャカードコンピュータ 制御横編機 SNC | 1978 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 横編機のエレクトロニクス化という新分野に第一歩を記したコンピュータ制御横編機。従来は半日以上かかっていた編成柄に合わせて行う針やジャックの入れ替えを不要にし、多品種少量生産を可能にした。度目切り替え、糸切り替え、ラッキング、その他の制御をすべてデジタル制御で行い、誰でも手軽に使え、他社に比べて機能は数倍、価格は半分と高く評価された。公益社団法人発明協会『戦後日本のイノベーション100選』に選出されている。 |
| 8 | 4色オートストライパー付 シングルニット 電子丸編機 SEC-24Y | 1980 | 株式会社 福原精機製作所 | 機械 | 非公開 | 株式会社ソトージェイテック (岐阜県安八郡) | 世界初のオートストライパーを搭載したシングルニット電子丸編機により、フルジャカード柄などの多種多様な編地に、4色の糸の切り替えを電子制御で自在なストライプ柄を組み合わせた編地が得られる。 |
| 9 | DSCS(デジタル・ステッチ・コントロール・ システム)装置 | 1985 | 株式会社 島精機製作所 | 装置 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | DSCS(デジタル・ステッチ・コントロール・システム)装置。ニットは、その日の温度や湿度、糸にかかる張力によって編み上がり寸法にバラツキが生じる。DSCSは、横編機に供給する糸長を測定し、適正なループ長を設定すればコンピュータが計算処理を行い、編み上がり寸法が±1%以下という高精度の編成を可能にした。本場イギリスの専門紙からは『ニット機器では20世紀最大の発明』と賛辞をもらった。 |
| 10 | コンピュータ横編機 SES | 1988 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 第2世代のコンピュータ横編機。キャリッジの超小型化を実現し、ベルト駆動により、多品種少量生産を可能とした。また、世界に先駆けて開発したDSCSの搭載により必要糸量を計算して編成を行うことで型紙通りの均一な商品を生産でき、さらにフルシンカーシステムが搭載されたSタイプでは、1目1目をシンカーで抑えることにより、高度なインテグラルガーメントの編成を可能とした。 |
| 11 | ホールガーメント横編機 SWG-X | 1995 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 世界で初めての4枚ニードルベッドの横編機。これまでは2枚ニードルベッドの構造であったが、上部に2枚のベッドを追加した画期的なアイデアの4枚ベッドの構造で、未知なるニット製品の領域開拓に貢献した。1995年のITMA展では、「縫製をなくす」という革新的なソリューションで「東洋のマジック」と呼ばれた。1999年にはスライドニードルが搭載された。 |
| 12 | スライドニードル | 1997 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 パーツ | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | 約150年使用の「ベラ針」の歴史を塗り替えた、スライダー機構による目移しを行う編針。柔軟な2枚組のスライダー機構は複雑な目移しに威力を発揮する。スライダーで目移しを行うことで、トランスファークリップが不要となり、針溝中心への配置が可能となったため、左右対称のループを作り、高品質できれいな編地が編成できる。また、編成テクニックの大幅増加により、魅力的なデザインとシルエットのニット製品作りを可能にした。 |
| 13 | ホールガーメント横編機 MACH2X | 2007 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | スライドニードルを搭載した4枚ニードルベッドのホールガーメント横編機。1着当たりの編成時間を短縮して1日当たりの生産高を上げると、コストパフォーマンスが高まるという思考のもとで開発された機械である。従来の最高速度 1.3 m/sから1.6 m/sへと高速化が図られた。デザインシステムと合わせて高度なニット生産方式を開発したことで、第53回『大河内記念生産特賞』を受賞している。 |
| 14 | ホールガーメント横編機 MACH2XS | 2015 | 株式会社 島精機製作所 | 機械 | 公開 | 株式会社島精機製作所 フュージョンミュージアム (和歌山市) | スプリング可動式シンカー搭載の4枚ニードルベッドのホールガーメント横編機。スプリング式可動シンカーは、編成状態に応じて編目を理想的なテンションで保持することができ、スライドニードルの編成テクニックと合わせて、立体的で複雑な編地を高品質に編成することを可能にした。 |
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