国内公衆無線通信における

 アンテナ技術の系統化調査

Historical Investigation of Antenna Technology in Domestic Public Radio Communication


堀 俊和 Toshikazu Hori

■要旨

 情報通信は、社会生活を営む上で重要なインフラストラクチャーである。特に、目には見えない電波を用いた無線通信が1895年のマルコーニの発明から約130年しか経っていないにもかかわらず、現代人は携帯端末を片手に高度なパーソナル無線通信を堪能している。
 日本における国内公衆無線通信は、1908年の銚子無線局による長波(LF)および中波(MF)を用いた船舶無線電報サービス、および1940年の石崎(青森)−当別(北海道)間を結ぶ超短波無線多重電話回線として始まった。その後1950年代に入って、船舶通信は超短波(VHF)の時代を迎え、無線多重電話回線は本格的なマイクロ波通信の時代を迎えた。このマイクロ波通信が、国内電気通信ネットワークを構成する無線回線構築の主軸となり、基幹系無線通信ネットワーク全盛の時代へと繋がった。さらに1980年代に入って、電気通信ネットワークは情報通信ネットワークへと姿を変え、基幹系無線通信ネットワークは携帯端末を用いた電話・メッセージから動画像にいたる情報伝送のためのアクセス系無線通信ネットワークへと進化してきた。
 これらの無線通信においては、空間を飛ぶ電波が情報を伝送する役目を担っており、空間と送受信回路との間の電波の出入口の役目を担っているデバイスがアンテナである。アンテナは、無線通信にとって不可欠なデバイスであり、無線通信の発達とともに目覚ましい発展を遂げてきている。
 日本国内における公衆無線通信とそれらの通信に用いられたアンテナとの関わりについて、「国内公衆無線通信におけるアンテナ技術の系統化調査」と題して系統化調査を行った。この系統化調査においては、国内公衆無線通信として研究開発され実用化された固定無線通信、国内衛星通信および公衆移動通信に主眼を置いている。
 固定無線通信については、市外電話および放送テレビの長距離中継回線、市外電話の短距離中継回線、加入者無線の固定アクセス回線を取り扱っている。国内衛星通信については、国内通信衛星とこれらの衛星を用いた国内衛星通信回線を対象としている。初期の公衆移動通信については、船舶電話、無線呼出、自動車電話(第1世代移動通信)、航空機電話を取り上げている。また本調査では、ディジタル携帯端末を用いた第2世代移動通信以降をパーソナル通信として取り扱い、第2世代から第5世代移動通信における携帯電話、PHS(Personal Handy-Phone System)、高速データ伝送についても対象としている。
 これらの国内公衆無線通信には、各種の通信用アンテナが用いられた。固定無線通信および国内衛星通信には、主として開口面アンテナが用いられた。一方、公衆移動通信には、線状アンテナから始まり、平面アンテナを素子とするアレーアンテナが用いられてきている。
 本系統化調査報告は、上述の方針で行った調査の結果をまとめたものである。ここでは、国内公衆無線通信で用いる周波数に着目して、公衆無線通信に適用可能な周波数とアンテナとの関係を明らかにしている。さらに、公衆無線通信の実用化において研究開発されたアンテナの高性能化技術と公衆無線通信の変遷との関わりについてまとめている。公衆無線通信用アンテナの設計に際して、各々の無線通信システムに適したアンテナ形式が存在し、アンテナ固有の特性を活かした最適設計が図られてきた。その結果、各々の無線通信システムの高度化に応じて、高性能化および高機能化のための卓越したアンテナ技術が確立されてきた。すなわち、通信用アンテナ技術の発展は、無線通信システムとともに高度化が図られてきた結果とも言える。なお、本系統化調査で対象とした国内公衆無線通信用アンテナは、各サービスの終了とともに撤去され、殆どのアンテナは現存していない。本報告で対象とした無線通信システムおよび通信用アンテナの研究実用化における設計技術は今後の新たな研究開発にも継承されることが期待される。


■Abstract

 Information and communications are an essential part of infrastructure used for living our social lives. In particular, although wireless communication using invisible radio waves were invented by Guglielmo Marconi in 1895 only around 130 years, people in modern society grasp a mobile phone in one hand while making full use of advanced personal telecommunications.
 Domestic public radio communications in Japan began with the maritime telegram service from the Choshi coast station in 1908 using low frequencies (LF) and medium frequencies (MF), followed by the very-high frequency multiplex radio telephone link in 1940 linking Ishizaki (in Aomori Prefecture) and Tobetsu (in Hokkaido). In the 1950s, maritime communications entered the era of very-high frequencies (VHF), and multiplex radio telephone links also entered the era of full-scale microwave relay links. These microwave relay links became the backbone radio links that made up the domestic telecommunications network in Japan, and led to the golden era of backbone radio relay network. At the start of the 1980s the telecommunications network began to take the form of an information and communications network, where backbone radio communications networks began to evolve into access radio communications networks for information transmission of phone calls, messages and movies using mobile phones.
 The role of radio waves in these types of radio communications is to transmit information through space, and antennas are the devices that serve as the interface for sending or receiving radio waves between space and transmission or reception circuits. Antennas are an essential component for radio communications, and their development has advanced at a tremendous pace in line with the progress of radio communications.
 We conducted a systematic survey titled the “Historical Investigation of Antenna Technology in Domestic Public Radio Communication” to examine the relationship between public radio communications in Japan and the antennas used for those communications. This survey focuses on fixed radio communications, domestic satellite communications and public mobile communications that have been researched, developed and put into practical use as domestic public radio communications.
 Fixed radio communications covers long-distance relay links used for long-distance calls and broadcast television, short-distance relay links used for long-distance calls, and fixed access lines for subscriber radio. Domestic satellite communications covers domestic communication satellites and domestic satellite communication links using these satellites. The early type of public mobile communications covers maritime telephones, radio pagers, car phones (1G mobile communications technology), and in-flight telephones. The digital mobile communications using 2G and newer mobile communications technology are covered as personal communications, which includes Personal Digital Cellular (PDC), Personal Handy-Phone System (PHS), and high-speed data transmission systems.
 Various types of communications antennas have been used for these domestic public radio communications. Fixed radio communications and domestic satellite communications mainly used aperture antennas, while public mobile communications first used linear antennas before array antennas comprising component planar antennas began to be used.
 This systematic survey report outlines the results of the survey conducted based on the description above. A closer look at the frequencies used for domestic public radio communications reveals the relationship between the frequencies and antennas suitable for public radio communications. The report also outlines the relationship between high-performance antenna technologies developed for the practical application of public radio communications and the trends in public radio communications. Different antenna types exist to suit various radio communications systems, and the design of antennas for public radio communications involved efforts to identify the most suitable design for maximizing the characteristics specific to each type of antenna. This led to the development of remarkable antenna technology offering higher performance and better functionality to cater to the advances in each type of radio communications system. In a way, development of communications antenna technology has evolved in line with the advances made to radio communications systems. Note that antennas used for domestic public radio communications covered by this systematic survey were progressively dismantled after the termination of each type of service, and almost no such antennas exist today. It is hoped that the design technology used for the research and practical application of radio communication systems and antennas for these systems will be applied to new research and development going forward.


■ Profile

堀 俊和 Toshikazu Hori
国立科学博物館産業技術史資料情報センター主任調査員

1976年金沢大学大学院工学研究科修士課程電気工学専攻 修了
1976年日本電信電話公社 入社(横須賀電気通信研究所)
以来,主として衛星通信,移動通信など各種無線通信方式用アンテナおよび電波伝搬の研究実用化に従事
1993年金沢大学 博士(工学)学位取得
2001年日本電信電話(株) 退職
2001年福井大学 教授(工学部情報・メディア工学科)
以来、ワイヤレスブロードバンドのためのアンテナ・伝搬、メタ・サーフェス等の研究開発に従事
2009年福井大学 総合情報基盤センター長 併任
2016年福井大学 定年退職
現在福井大学 客員教授
2000年IEEE(米国電気電子学会)AP-S Japan Chapter 委員長
2007年電子情報通信学会 アンテナ・伝播研究専門委員長
2008年電子情報通信学会 フェロー称号授与
2009年IEEE AP-S Nagoya Chapter 委員長
2011年電子情報通信学会 北陸支部長
2015年IEEE Fellow称号授与
現在IEEE Life Fellow
電子情報通信学会 終身フェロー
電子情報通信学会 アンテナ・伝播研究専門委員会 顧問

■ Contents

 1. まえがき
 2. 国内公衆無線通信とアンテナ技術
 3. 固定無線通信回線を支えたアンテナ
 4. 国内衛星通信回線を支えたアンテナ 
 5. 初期の公衆移動通信のための無線基地局アンテナ
 6. パーソナル通信のための無線基地局アンテナ
 7. あとがき
 系統図



 1 まえがき

 「ワイヤレスの時代」と言われ始めて久しい昨今、スマートフォンを手にしてパーソナル通信を享受している21世紀前半に住む人々にとって、無線通信は人生を謳歌するためには欠くことの出来ないインフラストラクチャーの一つとなっている。1895年のマルコーニ(G.Marconi:1874-1937)による無線通信の発明から約130年近くが過ぎ、マクスウェル(J.C.Maxwell:1831-1879)が予言し、ヘルツ(H.R.Herz:1857-1894)が実証した電磁波*1)は、放送波や通信波などとして人々の周囲を飛び交い、電波を用いた無線通信は人と人との結びつきを大きく変化させる役目をも担うようになった。マルコーニが発明した無線通信も、1:1の通信から始まり、多数の人の情報を同時に伝送する公衆無線通信へと発展し、パーソナル通信の時代になってまた1:1のプライベート通信を担うインフラストラクチャーとして活躍の場を見いだしている*2)
 自由空間を介して情報のやり取りを行う無線通信において、情報の伝送媒体は自由空間であり、目には見えない電磁波が情報を伝送する役目を担っている。その電磁波の自由空間への出入口の役目を受け持つのがアンテナである*3)。アンテナは無線通信に必要不可欠なデバイスとして「無線通信の顔」の役目も担っている。
 「公衆無線通信におけるアンテナ技術の系統化調査」と題した本系統化調査報告は、日本国内での公衆無線通信として研究開発され実用化された固定無線通信、国内衛星通信および公衆移動通信を取り上げ、アンテナ技術の立場から公衆無線通信との関わりについて系統化調査を行った結果をまとめたものである。ここでは特に、公衆無線通信で用いる周波数に着目して、公衆無線通信に適用可能な周波数とアンテナを整理するとともに、公衆無線通信の実用化において研究開発されたアンテナの高性能化技術と公衆無線通信の変遷について系統化調査を行っている。
 公衆無線通信は対象とする範囲が広範囲であるため、本報告では、逓信省、電気通信省、日本電信電話公社(以降、電電公社と略す)および日本電信電話(株)(以降、NTTと略す)が中心となり研究開発し実用化を行ってきた国内公衆無線通信用アンテナを主たる対象とし、必要に応じて関連組織による研究開発も調査対象としている。なお、電子情報通信関連の研究開発および実用化を担当してきた研究組織の変遷については、「電子通信関係研究所の組織の変遷」として、文献(1)にまとめられているので参照されたい1)
 現在においては、あらゆる無線システムにアンテナが用いられているが、本系統化調査においては、上記の通り公衆無線通信用アンテナに限っており、放送用やレーダ用等の他のアンテナについては調査対象外としている。
 以下、2章では、アンテナ技術の概要と国内公衆無線通信システムの変遷について述べ、国内公衆無線通信とアンテナとの関わりを周波数と要求性能の観点からまとめる。3章では、基幹系国内公衆無線通信のひとつである固定無線通信を取り上げ、市外電話および放送テレビの長距離中継、市外電話の短距離中継、加入者無線の固定アクセスのためのシステムについての概要をまとめる。次に、これらのシステムに用いられたパスレングスレンズアンテナをはじめとする中継局アンテナの変遷とその高性能化、扇形ビームを用いた固定アクセスアンテナについて述べる。
 4章では、国内衛星通信を取り上げ、国内通信衛星とこれらの衛星を用いた国内衛星通信システムについての概要をまとめ、国内衛星通信を支えた衛星搭載アンテナと地球局アンテナの技術の変遷とその高性能化技術について述べる。
 5章と6章では、アクセス系国内公衆無線通信として公衆移動通信を取り上げる。5章では、初期の公衆移動通信として、船舶電話、無線呼出、自動車電話(第1世代移動通信)、航空機電話を取り上げて、それらの変遷をまとめるとともに各々のサービスを支えた無線基地局アンテナとの関わりを示す。6章では、ディジタル携帯端末を用いた第2世代移動通信以降をパーソナル通信として取り扱い、第2世代から第5世代移動通信における携帯電話、PHS(Personal Handy-Phone System)、高速データ伝送のための無線基地局アンテナ技術の変遷と高性能化について述べる。
 なお、電子情報通信学会 アンテナ・伝搬研究専門委員会の企画により、英文論文誌の2003年3月号として「日本のアンテナの歴史」特集号が発行され2)、電子情報通信学会誌の2006年8月号には「アンテナ・電波伝搬の研究開発のこれまでの50年とこれからの50年」が特集されている3)。また、1980年(第1版)と2008年(第2版)にアンテナ工学ハンドブックが発行されており、第1版の「7章 実用アンテナとそのシステム」と第2版の「10章 実用アンテナ」には、これまでに日本において実用されたアンテナがまとめられている4)5)。これらの文献は、日本におけるアンテナの歴史を概観する上で大変参考になるものである。
 今回の系統化調査の報告書の作成にあたり、公衆移動通信で用いた移動局および携帯端末用アンテナについては、すでに「移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査」で調査済であり6)、本系統化調査ではこれらを対象外とし、無線基地局アンテナを主眼として系統化調査を行っている。また、公衆移動通信システムおよび公衆無線通信の黎明期については、「公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査」で調査済ではあるが7)、本系統化調査で必要とする最低限の情報については重複を認めている。

*1) 電磁波は、電波、光、X線、ガンマ線の総称であり、周波数(波長)によって分類されている。
   ここで対象としている電波は、周波数が3 THz以下(波長100 μm以上)の電磁波である。
*2)電磁波の存在を予言したマクスウェル、電磁波の存在を実証したヘルツ、電磁波の通信への応用を図ったマルコーニは、無線通信の3祖と呼ばれている。
*3)アンテナの語源は「昆虫の触角」である。日本や中国では「空中線」や「天線」と呼ばれ、空間に存在する「線」のイメージがある。


1章の文献

1)若井登, “電子通信関係研究所組織の変遷”, 電子通信学会誌, vol.68, no.8, pp.856-859, Aug.1985.

2)Spacial Issue on “Historical Review of Antenna Systems in Japan”, IEICE Trans. Commun., vol.E86-B, no.3, pp.891-1021, Mar. 2003.

3)小特集 「アンテナ・伝搬の研究開発のこれまでの50年とこれからの50年」, 電子情報通信学会誌, vol.99, no.8, pp.789-845, Aug. 2016.

4)横井寛, 鈴木務, 佐藤郁郎, “実用アンテナとそのシステム”, アンテナ工学ハンドブック (第1版), 7章,pp.258-421,電子情報通信学会(編), オーム社, Oct. 1980.

5)堀俊和, 長敬三, 宮下裕章, “実用アンテナ”, アンテナ工学ハンドブック (第2版), 10章, pp.561-698,電子情報通信学会(編), オーム社, July 2008.

6)森島光紀, “移動通信端末・携帯電話技術発展の系統化調査”, 国立科学博物館 技術の系統化調査報告, vol.6, pp.237-301, Mar. 2006.

7)森島光紀, “公衆移動通信システムの技術発展の系統化調査”, 国立科学博物館 技術の系統化調査報告, vol.7, pp.179-232, Mar. 2007.

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 2 国内公衆無線通信とアンテナ技術

2.1 アンテナ技術の概要と変遷

2.1.1 アンテナと無線通信システム

 アンテナは「無線通信の顔」である。無線通信において、自由空間を介して情報を伝送する役目を担っている電波の自由空間への出入口の役目を受け持つのがアンテナである。
 電波は導体に高周波電流を流すことにより発生する。この導体こそがアンテナであり、送受信回路と空間との整合デバイスとして位置付けられる。アンテナの概念を図2.1に示す。図2.1に示すように、アンテナは伝送線路と空間とのインタフェース回路であり、アンテナには伝送線路としての特性と空間における特性が要求される。
図2.1 アンテナの概念

図2.1 アンテナの概念


 無線通信システムの基盤技術であるアンテナ・電波伝搬技術は、無線通信の3祖であるマクスウェル、ヘルツ、マルコーニ以来、電磁界理論、電波工学、電磁波工学、無線通信工学、アンテナ工学、等の学術分野とともに、目覚ましい発展を遂げてきている1)2)
 アンテナ工学ハンドブック3)に示されているように、アンテナは、使用周波数帯、性能、原理、および用途等によって細かく分類されるのが一般的である。ここでは無線通信システムへの応用の観点から、その構造により、線状アンテナ、開口面アンテナ、平面アンテナの3つに大別する4)。これらの各々は、その構造および動作原理から使用する周波数帯が概ね限定され、それに伴い各無線通信システムに応じた最適なアンテナ形式が自ずと決定される。また、これらを「基本アンテナ」としたとき、基本アンテナ単独での使用に加えて、基本アンテナを素子として複数配列した「アレーアンテナ」がアンテナの高性能化の一方法として研究開発され、実用化されている。

2.1.2 アンテナの研究開発の変遷

 日本におけるアンテナ研究開発の歴史において、その黎明期を先導した技術は、1925年に東北大学で発明された八木・宇田アンテナである5)6)。その後、1930年から1950年にかけて、ビーム空中線リフレクタ、放物反射鏡、折返しアンテナ、円形配列アレーアンテナ、スロットアンテナ、自己補対アンテナ等の研究開発が行われ、その後の様々なアンテナの研究開発や応用開発に繋がっている。
 2.1.1項で分類したうちの線状アンテナについては、1895年のマルコーニによる無線通信の発明以降、日本においても、八木・宇田アンテナをはじめとして、多くの研究開発がなされ実用化されて現在に至っている。開口面アンテナは、1950年代以降に無線通信システムへの本格導入が進み、無線通信システムの顔として大きな役目を担った。一方、平面アンテナは、その概念は1950年代に登場しているものの、1970年代以降になって著しく研究開発が進み、移動通信をはじめとして多くのシステムに導入されている。
 また、1990年代頃以降は、無線通信システムの多様化に伴い、高利得、任意の指向性等の高性能な特性を持つ各種アレーアンテナ、および適応的に指向性を制御できるアダプティブアンテナやMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)伝送の開発が進み、新たな無線通信システムを切り開く基盤技術としてのアンテナの位置付けも見直されてきている。
電子情報通信学会の総合大会におけるアンテナ関連の発表内容の推移を見ると、1970年代にアンテナ関連の発表件数の半分を占めていた開口面アンテナが、2000年には4 %と激減し、代わって平面アンテナが40 %近くに台頭してきている。2015年にはMIMO伝送やアレー信号処理関連の発表が全体の1/3を占めて現在に至っている7)。この発表件数の推移は、本報告書で後述するように、無線通信システムの発展の経緯と大きく関係している。アンテナの研究開発において、無線システムはニーズの坩堝るつぼである。

「Maxwellの方程式」とアンテナの研究開発

 マクスウェルは「無線通信の3祖」の1人であり、1864年に電波の存在を予言し、力学的電磁界理論を発表している。アンテナからの放射電磁界は、「Maxwellの方程式」に基づく波動方程式を解くことにより求めることが出来る。しかし、近年のアンテナ構造の複雑化に伴い、波動方程式を用いて解析的に放射電磁界を求めることは困難である。そのため、1940年代頃以降、波動方程式の漸近解を求める手法が用いられた。1970年代頃以降は、コンピュータの計算処理速度の高速化および大規模コンピュータの実現に伴い、モーメント法(Method of Moments:MoM)や有限要素法(Finite Element Method:FEM)を用いた周波数領域での数値解析、伝送線路行列(Transmission Line Matrix:TLM)法や時間領域差分(Finite Difference Time Dimain:FDTD)法を用いた時間領域での数値解析が主流となってきている。
 コンピュータを用いたアンテナ解析技術の発達により、アンテナ構造と給電法が明らかであれば、複雑な形状に対しても電磁界シミュレータを用いて簡単に放射電磁界を求めることができる。すなわち、「Maxwellの方程式」を理解せずとも、設計したアンテナの電気的特性を簡単に求めることが出来る時代が到来した。アンテナ開発技術者の中には、自作のアンテナの動作原理を理解せずにシミュレーション結果のみで実用・商用を行っている技術者も多く、アンテナの研究開発分野での大きな課題となってきている。

2.2 国内公衆無線通信の変遷

2.2.1 国内公衆無線通信の黎明期

日本における公衆無線通信サービスの提供は、1908年に開始された銚子無線局による船舶に対する無線電報サービス、1923年に神戸港内で開始された船舶に対する無線電話サービスが最初である1)。この長波(LF)および中波(MF)を用いた船舶通信サービスは、その後の電離層の発見に伴う短波(HF)通信の全盛時代を経て、1950年代に超短波(VHF)通信の時代を迎えた。
 一方、無線を用いた電気通信ネットワークの基礎である無線多重電話方式が提唱されたのは1935年である。後に日本電信電話公社の総裁となる米沢滋の提唱により始められた研究開発は、1940年2月に石崎(青森)−当別(北海道)間の61 kmを結ぶ超短波を用いた無線多重電話回線の実現により実を結んだ。その後、欧米におけるマイクロ波帯の開発を受けて、国内でもマイクロ波多重通信方式の研究実用化が行われ、1950年代にはマイクロ波通信の時代を迎えた。このマイクロ波通信の適用が、国内電気通信ネットワークを構成する無線回線構築の主軸となり、無線ネットワーク全盛の時代へと繋がった8)9)

2.2.2 電気通信ネットワークから情報通信ネットワークへ

 日本における1950年代以降の本格的な国内公衆無線通信の変遷を図2.2に示す。図2.2に示すように、日本の国内通信においては、1950年代から始まった電気通信ネットワークの時代が、1980年代には、ニューメディア、マルチメディア、ブロードバンドと呼ばれた情報通信ネットワークの時代へと姿を変えてきた。この情報通信ネットワークにおけるディジタル化、ブロードバンド化、光ファイバ化の技術の変遷ととともに、無線通信ネットワークも変化を遂げてきた。

図2.2 本格的な国内公衆無線通信の変遷

図2.2 本格的な国内公衆無線通信の変遷


 電気通信ネットワーク時代の国内公衆無線通信には、マイクロ波を用いた固定無線通信、国内衛星通信、初期の公衆移動通信があり、特に、固定無線通信と国内衛星通信は基幹無線通信ネットワークとして、主に市外電話や放送テレビの伝送のために用いられていた。一方、情報通信ネットワーク時代の無線通信ネットワークは、1980年代以降に主流となる自動車電話、携帯電話に代表されるアクセス系無線通信ネットワークであり、電話・メッセージから動画像にいたる情報伝送のために用いられてきた。すなわち、公衆無線通信ネットワークは社会インフラとして、市外電話や放送テレビを伝送した基幹系無線通信ネットワークから、携帯端末に代表されるパーソナルデータ伝送のためのアクセス系無線通信ネットワークへと変わってきている。

2.2.3 基幹系国内公衆無線通信

 基幹系国内公衆無線通信ネットワークを構築した固定無線通信と国内衛星通信については、本系統化調査の3章および4章で述べるが、本格的な基幹系国内公衆無線通信の時代を拓いたのは、1950年代に導入された4 GHz帯を用いた地上マイクロ波中継回線である。その後、市外電話中継回線として、4 GHz帯に加えて、5 GHz帯、6 GHz帯、2 GHz帯、11 GHz帯、15 GHz帯、20 GHz帯が用いられ、1980年代から1990年代にかけてマイクロ波固定無線中継回線の最盛期を迎えた。
 一方、1977年に打上げられた通信衛星CS(さくら)を用いた国内衛星通信は、当初、C帯とKa帯を用いて、非常災害時の通信および離島通信の確保を目的としていた。その後、1988年打上げの実用通信衛星CS-3の時代になって、「あふれ呼」を救済する迂回中継を目的としたDYANETシステムとして基幹系国内公衆無線通信を支えることとなり、C帯とKa帯に加えてKu帯およびS帯を加えた国内衛星通信サービスの展開により、1980年代後半から1990年代後半にかけて国内衛星通信の時代の到来を見た。

2.2.4 アクセス系公衆無線通信  

 アクセス系国内公衆無線通信ネットワークとしての公衆移動通信については、本系統化調査の5章および6章で述べるが、本格的な公衆移動通信は、1953年の内航船舶電話サービスに始まり、1960年に列車電話、1968年に無線呼出(ポケットベル)、1979年に自動車電話、1986年に航空機電話サービスが開始され、ワイヤレスの時代を象徴する1990年代前半以降のディジタル携帯電話・携帯端末の時代を迎えた。
 自動車・携帯電話システムは、1979年の大都市を対象とした第1世代のアナログ方式に始まり、中小都市方式、大容量方式を経て、1993年に第2世代のディジタル方式、2001年に第3世代のIMT-2000(W-CDMA、CDMA2000)、2006年に第3.5世代のEnhanced 3G(HSDPA、HSUPA)、2010年に第3.9世代のSuper 3G(LTE)、2014年に第4世代のLTE-A、2020年に第5世代へと発展し続けている。
 なお、自動車・携帯電話システムについては、第1世代から第5世代まで一連の変遷として語られることが多いが、本系統化調査においては、第1世代のアナログ方式については、内航船舶電話サービスから航空機電話サービスに至る初期の公衆移動通信のひとつとして分類している。一方、第2世代移動通信以降についてはパーソナル通信と位置づけている。

無線は飛行機、ひかりは新幹線

 基幹系通信ネットワークの一つである長距離伝送回線の構築において、無線通信が光ファイバー通信と競合関係にあった頃、某大学教授が、無線通信を飛行機、光通信を新幹線に例えてその優劣を述べておられたことがある。
 曰く、無線通信においては、Aが持っている情報をBに伝えるとき、Aの情報を電気信号に変え、無線装置によって電波に信号を乗せて、アンテナから空間に送り出す。Bは、空間を飛んでくる電波をアンテナで受け、無線装置によって電気信号を取り出し、Aの情報を受け取る。つまり、情報は乗客、電波は飛行機、アンテナは飛行場あるいは滑走路に例えられる。一方、光ファイバー通信においては、情報は乗客、光ファイバーは新幹線の線路、列車はその名の通り「ひかり」である。
 すなわち、「無線通信と有線通信にかかる初期設備コストや増設コスト等の比較の観点から、新たな場所に情報伝送設備を構築する場合、無線基地局を作る方が、土木工事に多大なコストを要する光ファイバーを敷設するよりも簡単な設置工事でできることから利点がある。しかし、大容量伝送という点では無線は光に負けてしまう。」と言う主張であったと記憶している。
 現在では、光ファイバー通信はインフラ系情報通信ネットワーク、無線通信はアクセス系情報通信ネットワークと棲み分けが確定され、上記のような両者の優劣を比較することも無くなっている。

2.3 国内公衆無線通信とアンテナ・電波伝搬

2.3.1 周波数から見た国内公衆無線通信

(1)無線通信に適した周波数帯

 表2.1に、無線通信で用いる電波の周波数帯と無線通信への適合性をまとめて示す。表2.1に示すように、低い周波数ほど伝搬損失が少なく、遠距離通信に適している。逆に、周波数が高くなり光波に近づくほど、電波は直進性が高くなり回折はしにくくなる。しかし、アンテナは小形で簡易になり、広帯域特性を持つことから、無線通信に用いると多くの情報を伝送可能となる利点がある。

表2.1 周波数帯と無線通信への適合性

周波数帯周波数・波長電波伝搬特性無線通信への適合性
超長波帯
(VLF)
3〜30 kHz
10〜100 km
伝搬損失が少ない
電離層の影響なし
地表波通信
潜水艦向け通信
長波帯
(LF)
30〜300 kHz
1〜10 km
電離層D層反射(昼間)
電離層E層反射(夜間)
無線電信(1930年頃まで)
中波帯
(MF)
300 kHz〜3 MHz
100 m〜1 km
電離層D層減衰(昼間)
電離層E層反射(夜間)
遠距離中波通信
昼間:数10 km
夜間:数100〜1000 km
船舶通信
短波帯
(HF)
3〜30 MHz
10〜100 m
電離層F層反射
(昼夜で変化)
全世界向け短波通信
船舶通信
超短波帯
(VHF)
30〜300 MHz
1〜10 m
電波の窓
電離層Es層の影響
山岳回折
弱い直進性
ある程度の回折
超短波固定通信
船舶電話
無線呼出
列車電話
極超短波帯
(UHF)
300 MHz〜3 GHz
10 cm〜1 m
電波の窓
山岳回折
直進性
ある程度の回折
地上固定中継回線
移動通信(第1世代以降)
移動体衛星通信
無線LAN
マイクロ波帯
(SHF)
3〜30 GHz
1〜10 cm
電波の窓
降雨減衰(22 GHz近傍)
強い直進性
地上固定中継回線
衛星通信
移動通信(第4世代以降)
無線LAN
ミリ波帯
(EHF)
30〜300 GHz
1〜10 mm
電波の窓
大気減衰
(酸素:60〜120 GHz)
非常に強い直進性
無線アクセス通信
電波天文
サブミリ波帯300 GHz〜3 THz
0.1〜1 mm
光に近い電波天文
移動通信(第6世代)

(2)国内公衆無線通信における使用周波数帯の推移

 国内公衆無線通信において用いられた周波数帯の推移を図2.3に示す。図2.3に示すように、固定無線通信は2 GHz帯から20 GHz帯の電波を用いており、国内衛星通信はS帯(2.6/2.5 GHz帯)、C帯(6/4 GHz帯)とKu帯(14/12 GHz帯)およびKa帯(30/20 GHz帯)を用いている。公衆移動通信は長波帯から28 GHz帯までを用いている。すなわち、基幹系国内公衆無線通信においては、極超短波帯(UHF)とマイクロ波帯(SHF)を、一方、アクセス系公衆無線通信における初期の公衆移動移動通信では、長波帯(LF)から極超短波帯(UHF)の電波を用い、パーソナル通信では、極超短波帯(UHF)とマイクロ波帯(SHF)を用いている。

図2.3 周波数から見た国内公衆無線通信の推移

図2.3 周波数から見た国内公衆無線通信の推移


2.3.2 国内公衆無線通信に適したアンテナ形式

(1)周波数から見たアンテナ形式

 無線通信システムに応じた最適なアンテナ形式は、主に周波数帯で決定される。極超短波帯(UHF)とマイクロ波帯(SHF)を用いる基幹系国内公衆無線通信には、開口面アンテナが多く用いられている。長波帯(LF)から極超短波帯(UHF)の電波を用いるアクセス系公衆無線通信における初期の公衆移動移動通信には、主として、線状アンテナが多く用いられ、利得が必要なシステムでは線状アンテナあるいは平面アンテナを素子とするアレーアンテナが用いられている。また、極超短波帯(UHF)を用いるパーソナル通信には、主として、構成が簡易でかつ高利得で任意の放射指向性が求められるため、プリントアンテナを素子として用いたアレーアンテナが多用されている。

(2)アンテナ利得から見たアンテナ形式

 要求性能の1つであるアンテナ利得から見た国内公衆無線通信の推移を図2.4に示す。図2.4に書かれた式の通り、アンテナの開口能率を100 %としたとき、アンテナ利得は使用波長の2乗で規格化したアンテナの有効開口面積に比例して大きくなるため、要求利得が高利得であるほどアンテナは大きくなる。

図2.4 アンテナ利得から見た国内公衆無線通信の推移

図2.4 アンテナ利得から見た国内公衆無線通信の推移


 基幹系国内公衆無線通信の固定無線通信あるいは国内衛星通信で用いるアンテナの場合、アンテナの開口が円形であると仮定して、アンテナ利得が40 dBiとなるのはアンテナ直径が約32波長のときである。開口直径が約32波長のアンテナを構成するには、多素子のアレーアンテナを用いるか、開口面アンテナを用いる必要がある。
 一方、アンテナ利得が20 dBiとなるのはアンテナ直径が約3.2波長のときであり、このような小口径のアンテナを開口面アンテナで実現するのは適当では無い。通常、数素子程度のアレーアンテナを用いて構成する。従って、公衆移動通信に用いるアンテナは線状素子あるいは平面素子を用いたアレーアンテナを用いる必要がある。

(3)比帯域幅から見たアンテナ形式

 無線通信に用いるアンテナには、信号帯域に応じた周波数帯域が必要とされる。線状アンテナや平面アンテナは狭帯域特性を有しており、広帯域化を図ったアンテナでも、周波数比帯域幅は15 %程度である。従って、公衆移動通信において多周波数帯共用を図る場合には、周波数共用のための新たな技術が必要となる。
一方、開口面アンテナは動作原理から広帯域性を有しているため、固定無線通信あるいは国内衛星通信における広帯域にわたっての周波数帯共用が可能である。

2.3.3 基幹系無線通信とアンテナ・伝搬

 基幹系ネットワークを支えてきた固定無線通信と国内衛星通信は、アンテナ・電波伝搬の立場から見たとき、point to point(P2P)の無線システムとして考えられる。無線システムにおける送信機から受信機にいたる無線区間の回線設計においては、図2.5に示すように、送受信アンテナの利得および電波伝搬における伝搬損失は重要な設計パラメータである。

図2.5 P2P の無線システムにおける電力レベルの変化

図2.5 P2P の無線システムにおける電力レベルの変化


 初期の基幹系ネットワークにおいては、アンテナと電波伝搬の研究開発において各々が技術の最適化を図れば良かった。アンテナについては、主として開口面アンテナを用いたハードウェア中心の高性能化を追求する研究開発が行われてきた。一方、電波伝搬については、見透し伝搬が中心であり、主として大気減衰および大地反射等による伝搬損失、ダイバーシチ効果に関する研究開発が行われてきた。

2.3.4 アクセス系無線通信とアンテナ・伝搬

 アクセス系ネットワークとしての公衆移動通信は、アンテナ・電波伝搬の立場から見たとき、基幹系ネットワークとは異なり「1対多」の無線システムとして考えられる。 アクセス系ネットワークにおいては、アンテナは、線状アンテナや平面アンテナが多く用いられ、多くの端末を相手にするために広角ビームや干渉波低減等の機能が求められている。一方、電波伝搬は、直接波、反射波および回折波からなる多重波伝搬であり、フェージング対策が要求されている。さらに、MIMO伝送の時代に向けて、アンテナと電波伝搬の両方の関わりを意識した研究開発が進められてきた。
 特に、1990年代以降においては、文献(10)で述べたように、アンテナ(A)と電波伝搬(P)を同時に考慮した最適化技術に加え、通信方式(System:S)を意識した最適設計が必要とされてきた10)。このアクセス系における技術の変化を見越して、池上文夫(当時、京都大学教授)は、1981年の電気四学会連合大会のパネル討論において、A、P、Sの「三位一体」説を提唱した。その後、人体の影響(Human:H)を加えた「四位一体」説を藤本京平(当時、筑波大学教授)が追唱したが、近年のMIMO技術が導入される時代に至って、「四位一体」に止まらず、ディジタルビームフォーミング(DBF:Digital Beamforming)、ディジタル信号処理、制御アルゴリズム、ネットワーク制御、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、…等と、アンテナ・伝搬(A・P)から見たワイヤレスシステムの開発は「N位一体」ともいうべく、様々な技術が一体となって必要とされる状況に直面してきた。また、方式設計ありきのアンテナ研究開発から、システムを先導するアンテナの研究開発へと変化を遂げており、指向性ダイバーシチ、ビームフォーミング、アダプティブ等のアンテナ特性を活かす新たなシステム提案が行われてきた。特に、第4世代以降の移動通信においては、伝搬特性を考慮した空間分割多元接続(SDMA:Spatial Division Multiple Access)、MIMO伝送等のための更なる高性能なアンテナシステムの研究開発が進められてきている。

2章の文献

1)若井登[監修], “無線百話 −マルコーニから携帯電話まで−”,第3章 電波が結ぶ船と大陸, クリエイト・クルーズ, July 1997.

2)O’Hara , J. G. and Pricha, W., “Herz and the Maxwellians”, Peter Peregrinus Ltd, 1987.

3)アンテナ工学ハンドブック(第2版), 1章,pp.1-9,電子情報通信学会(編),オーム社, July 2008.

4)堀俊和, “アンテナ・伝搬研究と無線通信システム”, MWE 2017, no.FR3A-1, Dec. 2017.

5)宇田新太郎, “短波長ビームに就て(第一報告)”, 電気学会雑誌, vol.46, no.452, pp.273-282, Mar. 1926.

6)Sawaya, K., “Review of Research and Developement on Linear Antennas”, IEICE Trans. Commun., vol.E86-B, no.3, pp.892-899, May 2003.

7)堀俊和, “アンテナ技術−無線システムのための実用アンテナの研究開発−”, 電子情報通信学会誌, vol.99, no.8, pp.811-819, Aug. 2016.

8)桑原守二[編], “私たちのマイクロ波通信50年(黎明編)”, 桑原情報研究所, Mar. 2004.

9)NTT無線会[編], “私たちのマイクロ波通信50年(飛躍編)【CD】”, NTT無線会, Apr. 2004.

10)堀俊和, “技術の変遷とターゲット年”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.3, pp.4-5, Oct. 2010.

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 3 固定無線通信回線を支えたアンテナ

3.1 固定無線通信回線と無線局

3.1.1 固定無線通信システム

(1)無線多重通信

 日本における無線多重通信は、1935年の米沢滋(後の電電公社総裁)の提唱から始まる。その後の予備実験を経て、1940年に石﨑(青森)〜当別(北海道)間に初めての無線多重通信回線が開通した1)。このときに用いられた周波数は超短波帯(VHF:Very High Frequency、30〜300 MHz)の75 MHz帯であった。これ以降、マイクロ波を用いた本格的な地上固定中継回線に切り替わるまでの間、60 MHz帯および200 MHz帯等の超短波を用いた回線は全国に展開され、主に支線系向けVHF回線として実用に供された2)3)4)
 マイクロ波を用いた無線多重通信は、1950年代に入って欧米を中心に実用化が進められ5)、日本においても電電公社をはじめ、国鉄、電力会社、放送会社等で検討が進められた。当時の日本における主たる目的は、鉄道輸送の安全、電力設備の保全および放送テレビ中継であり、全国的規模での電波の周波数割当て要求と認可についての議論は、現在までも続く周波数有効利用に関する不変の問題であった6)

(2)マイクロ波を用いた固定無線中継

 4 GHz帯を用いた本格的な固定マイクロ波中継回線は、1952年から1953年にかけて新設工事が実施され、超多重電話伝送とテレビ映像中継を目的として、1954年に東京〜名古屋〜大阪間で実用に供された7)。これが本格的な基幹系公衆無線通信ネットワーク構築への第一歩であった。その後、4 GHz帯を用いた固定マイクロ波回線は、西は中国・九州、北は東北・北海道へ延び、日本全国を縦断する初めての無線通信ネットワークが実現した8)
 4 GHz帯が幹線用として用いられたのに対して、ローカル回線として2 GHz帯のシステムが開発され、1957年に実用に供された9)10)。その後の市外回線の需要の高まりに応じて、新周波数帯の開発が進められ、6 GHz帯11)12)13)および5 GHz帯14)が長距離中継用として、11 GHz帯および15 GHz帯が短距離用として実用に供されて、基幹系公衆無線通信ネットワークの全国展開がなされた。この時代の固定無線中継システムはいずれもアナログ変調を用いている。
 アナログ変調を用いた固定無線中継の初期導入時期とシステム呼称をまとめて表3.1に示す。表3.1に示す周波数帯を併用した4/5 GHz帯15)、5/6 GHz帯および11/15 GHz帯16)を用いた大容量化も図られた。また、長距離中継回線、短距離中継回線の他に、山岳回折を用いた鹿児島〜沖縄の長距離海上区間の2 GHz帯見通し外通信回線17)18)、1972年の沖縄の本土復帰に伴う本土〜沖縄間の4/6 GHz帯見通し内通信回線19)、および11 GHz帯を用いた可搬形災害対策用通信回線20)も実用化された。


表3.1 アナログ変調を用いた固定無線中継システム

適用対象使用周波数帯導入時期システム呼称
長距離中継4 GHz1954SF-B1
5 GHz1972SF-E1
6 GHz1961SF-U1
短距離中継2 GHz1957UF-B1
11 GHz1961SF-T1
15 GHz1967SF-F1
見通し外2 GHz1961OH-21
災害対策11 GHz1971

(3)ディジタル変調を用いた固定無線中継

 アナログシステムの多中継時における回線品質の劣化に対して、1963年にディジタル化の検討が開始された*1)。理論検討、試作装置を用いた実験、商用試験を経て、1969年に世界に先駆けて、2 GHz帯ディジタル無線方式を実用化した21)。その後、11 GHz帯、15 GHz帯もディジタル化され、1984年に市外電話中継回線である4/5/6 GHz帯もディジタル化されて全周波数でのディジタル化が完了した22)23)24)。これにより、全国レベルの非電話系のサービスが可能となり、電電公社が提唱した高度情報通信システム(INS:Information Network System)構想への無線通信ネットワークとしての寄与が可能となった。
 ディジタル変調を用いた固定無線中継の初期導入時期とシステム呼称をまとめて表3.2に示す。表3.2に示すように、1976年には20 GHz帯を用いた大容量ディジタル回線も世界に先駆けてサービス開始された25)。これは電話を中心とした電気通信ネットワークからデータ・画像通信を中心とする情報通信ネットワークに変身するための高品質・大容量化のための施策の一つであった。20 GHz帯を用いたシステムは、1969年に電気通信研究所において研究が開始され、約7年の歳月をかけて実用化されたものである26)27)28)
 また、鹿児島-沖縄間の長距離海上区間へもディジタルマイクロ中継回線が導入され、1987年にサービス開始された29)
 このように、1980年代から1990年代にかけて最盛期を迎えたマイクロ波を用いた固定無線中継回線も、光ファイバ回線の台頭により2006年にはサービスを終了することとなった。

*1) 「 digital」に対する日本語表記に「ディジタル」と「デジタル」がある。情報通信に関する学術領域では、「ディジタル」がよく用いられ、日常生活では「デジタル」が使われることが多いようである。また、通信領域では「ディジタル」が、放送領域では「デジタル」が使われたこともある。本系統化調査報告においては、主として「ディジタル」を用い、参考文献等で固有名詞的に「デジタル」が用いられている場合はそのまま「デジタル」として用いている。

表3.2 ディジタル変調を用いた固定無線中継システム

適用対象使用周波数帯導入時期システム呼称
長距離中継4 GHz帯19824L-D1
5 GHz帯19815L-D1
6 GHz帯19826L-D1
20 GHz帯197620L-P1
短距離中継2 GHz帯19692S-P1
11 GHz帯197311S-P1
15 GHz帯197315S-P1
長距離海上中継4/6 GHz帯1987LS-200M

(4)固定アクセス通信

 電話を中心とした電気通信ネットワークからデータ・画像通信を中心とする情報通信ネットワークへの変遷に伴い、高速データや広帯域画像等の高速ディジタル信号や広帯域アナログ信号を経済的に伝送出来る加入者伝送サービスが求められた。この加入者無線システムの開発は、先に述べたINS実現に向けたシステムの実現にも繋がっていた。
 加入者無線システムには、帯域幅、既存方式との干渉、稼働率、無線装置の小型化等を考慮して、26 GHz帯が選ばれ、1984年に時期を前後してアナログシステムとディジタルシステムの両システムが実用に供された30)。さらに、地方都市における小規模需要のために、簡易な装置構成の可能なポイント−ポイント(P-P)形送受信装置を開発し、実用に供された31)。加入者無線の初期導入時期とシステム呼称をまとめて表3.3に示す。

表3.3 加入者無線システム

適用対象使用周波数帯導入時期システム呼称
アナログ加入者無線26 GHz198426SS-A1
ディジタル加入者無線198426SS-D1
1985P-P

3.1.2 長距離中継システムと無線中継局 

 1954年に東京〜大阪間に開通した4 GHz帯を用いたマイクロ波回線(SF-B1方式)の無線局の位置を図3.1に示す7)。図3.1に示すように、無線局は10局あり、無線局間の距離は40〜60 km程度となっている。その後の回線網の全国展開により、県域をまたがる長距離中継回線は全国の主要都市間を結ぶ巨大なネットワークへと変わっていった。さらに、1970〜1980年代に問題となっていた過剰変動トラヒックに対処するために、地上通信網と衛星通信を組み合わせて全国規模での変動トラヒックに対処可能な衛星中継網方式(4章参照)が1988年に導入され、地方の主要都市間は地上の長距離中継回線に加えて衛星を介しても接続されていた。

図3.1 初期の4 GHz 帯マイクロ波回線の無線中継局

図3.1 初期の4 GHz 帯マイクロ波回線の無線中継局7)


 アナログテレビ放送終了時点(2011年)における4 GHz帯を用いたアナログ放送テレビ中継用マイクロ波回線のルート図を図3.2に示す。図3.2から、放送テレビ中継回線は地方の各都市を結んで全国展開されていることが分かる。回線の故障対応として、回線はループ接続され冗長化が図られている。また、1989年にはKu帯衛星を用いた放送テレビ中継網(4章参照)が構築され、地方の主要都市間は地上系に加えて衛星を介しても接続されていた。

図3.2 4 GHz 帯を用いたアナログ放送テレビ中継回線

図3.2 4 GHz 帯を用いたアナログ放送テレビ中継回線


3.1.3 短距離中継システムと無線中継局 

 1957年に実用に供された2 GHz帯のシステムは、ローカル回線として開発された9)10)。それ以前においては、家庭の電話からの市外電話は有線系の中継回線で伝送されており、近くの市外電話局から相手の市外電話局まで地下に埋設された同軸ケーブルが使われていた。これに対して、県内の市外電話局間の短距離無線中継回線が実用に供されて、有線と無線の二重化が図られた。これに伴い、短距離無線中継回線に用いる周波数帯も増え、県域をまたがる長距離中継回線との無線接続も高まって、日本全国の市外電話局間を結ぶ無線中継回線網が確立した。すなわち、日本国中何処に行っても電話局の上には鉄塔があり、そこには無線中継回線用のアンテナが並んでいる風景を見る時代を迎えたのである。

3.1.4 固定アクセスシステムと無線固定局

 3.1.1項に示したように、26 GHz帯を用いた加入者無線回線は、サービスのユーザと無線固定局(電話局)を結ぶ回線であり、1984年にサービスを開始した。加入者無線システムの概念を図3.3に示す33)
 ポイント−マルチポイント(P-MP)システムにおいては、複数のユーザとの間に回線を設けるため、無線固定局はサービスエリアを4つに分割し、それぞれを90°の扇形状エリアとしている。一方、ポイント−ポイント(P-P)システムにおいては、基本的にはユーザとの間のみの回線を独自に設けている。

(a)P-MP システム

(a)P-MP システム

(b)P-P システム

(b)P-P システム

図3.3 加入者無線システムの概念33)

3.2 初期の固定無線中継のための中継局アンテナ

3.2.1 固定無線中継に適した中継局アンテナ

 固定無線中継は1:1の通信回線であり、狭ビームのアンテナが適している。また、2.3.2項で述べたように、回線設計から中継局アンテナには40〜50 dBiの指向性利得が求められ、大容量伝送のために広帯域特性が求められた。このため、周波数としてはマイクロ波帯が用いられ、狭ビーム、高利得、広帯域特性を有するアンテナとして開口面アンテナが採用された。
 マイクロ波を用いた初期の固定無線中継に用いられた中継局アンテナを表3.4に示す。表3.4に示すように、適用対象、使用周波数帯および要求性能によりアンテナ形式が異なっている。初めての中継局アンテナにはパスレングスレンズアンテナ32)が用いられたが、その後、長距離中継用アンテナは、パラボラアンテナ15)に替わり、1960年台に入って、ホーンリフレクタアンテナ34)が主流となった。短距離中継用アンテナは、パラボラアンテナが主流で、その後カセグレンアンテナ35)が用いられている。また、本土と沖縄間の見通し外通信用アンテナには、バックネットアンテナや大口径パラボラアンテナが用いられた。なお、カセグレンアンテナについては、3.3.2項で述べる。

表3.4 初期の固定無線中継に用いられた中継局アンテナ

適用対象使用周波数帯適用可能なアンテナ形式
長距離中継4 GHzパスレングスレンズアンテナ
パラボラアンテナ
ホーンリフレクタアンテナ
5 GHz
6 GHz
短距離中継2 GHzパラボラアンテナ
カセグレンアンテナ
11 GHz
15 GHz
長距離海上中継2 GHzバックネットアンテナ
大口径パラボラアンテナ

3.2.2 パスレングスレンズアンテナとパラボラアンテナ

 1954年に実用に供された初めての固定マイクロ波中継回線に用いられたアンテナは、コック(W.E.Kock)により提案されたパスレングスレンズアンテナである36)。1951年に実用化計画が決定され、研究開発期間も短いため、当時の基礎研究部門においてモデル実験を行っていたパスレングスレンズアンテナが、最も実用化に近いアンテナであるとして選ばれた。
 このアンテナは、平行金属板を用いた電波レンズを用いて、レンズの焦点から開口面(レンズアンテナの前面)に至る光路長が等しくなるように電波レンズを構成することにより、焦点から出た球面波を開口面において平面波になるように変換する機能を有している。しかし、大口径のアンテナの実用はされていず、理論検討、試作実験を行って、実用の可能性を明らかにする必要があった。
 図3.4に、実用化されたパスレングスレンズアンテナの構造と外観を示す32)。アンテナの開口径は3.3×2.7 mで、電波レンズの焦点距離は3.7 mであった。電波レンズを構成する平行金属板(ブレード)は、厚さ1 mmのアルミ板で構成され、間隔29 mmで75枚が並べられていた。アンテナとしての3.7〜4.2 GHz帯の広帯域における電気的性能は、指向性利得は37.7〜38.7 dBi、3 dBビーム幅は電界面内で1.1〜1.2°、磁界面内で1.7〜2.1°、最大サイドローブレベルは ‒15〜‒19 dBであった。しかし、アンテナ重量は3.4トンであり、構造的にも大きく小型軽量なアンテナが望まれていた。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

(c)局舎上設置時外観

(c)局舎上設置時外観

図3.4 パスレングスレンズアンテナ32)

 このパスレングスレンズアンテナの小形軽量化、高能率化を意図して、パラボラアンテナの研究開発が進められた。パラボラアンテナは、当初のパスレングスレンズアンテナの導入に際して比較対象となっていたが、一次放射器がパラボラ鏡面の前面にあることから、インピーダンス整合が悪く、アンテナ相互の干渉の点で問題があり、実用化が見送られていた37)。その後、英国S.T.C社の無線伝送装置の導入とともに、パラボラアンテナが導入された経緯もあった38)。 
 このインピーダンス整合の劣化に対して、頂点整合板を用いた広い周波数帯域でのインピーダンス整合技術と測定技術が新たに開発され、パラボラアンテナの性能が大きく改善されたことにより、1955年の東京と仙台の間での導入を最初として、その後のマイクロ波中継システムにおいて多く実用されることとなった。図3.5にパラボラアンテナの構造と外観を示す15)
(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.5 初期のパラボラアンテナ15)

 パスレングスレンズアンテナと初期のパラボラアンテナとの特性比較を表3.5に示す。表3.5から明らかなように、指向性利得(開口能率)やVSWR特性が大きく改善されているとともに、重量が大きく軽減されていることが分かる。

表3.5 パスレングスレンズアンテナと初期のパラボラアンテナの性能比較

項目 パスレングスレンズアンテナ パラボラアンテナ
周波数帯3.7〜4.2 GHz3.6〜4.2 GHz
開口径3.3 m×2.8 m3.3 m
指向性利得37.7〜38.7 dBi39.8〜40.2 dBi
前後利得比65〜75 dB≧ 65 dB
側面相互結合減衰量85〜90 dB≧ 85 dB
VSWR≦ 1.15≦ 1.07
重量約3,400 kg約500 kg

 また、パラボラアンテナを用いる上で、雨雪氷による影響と対策が、もう一つの大きな課題であった。これに対して、従来の直線偏波では無く、円偏波の適用が検討された。利得特性と広角放射指向性が大きく改善され、1958年に開発された円偏波アンテナのVSWR 特性は、周波数帯域3.6~4.2 GHzで1.035を下回る良好な結果を得ている39)40)。この後、北海道や北陸地方では円偏波パラボラアンテナが、その他の地域では直線偏波パラボラアンテナが長い間使われた。さらに、6 GHzを用いた中継システムにおいて、直径4 m、指向性利得44.5 dBi、VSWR 1.025、軸比1.1 dBの円偏波パラボラアンテナが1960年に実用化されている41)42)
 しかし、1970年前後のチャネル容量の増大に対応するアンテナの偏波共用化に当たって、円偏波の右旋と左旋の円偏波の偏波識別度が悪く、より偏波識別度の高い垂直と水平の直線偏波を用いることになり、円偏波アンテナは次第に用いられなくなった。
 なお、中継システムによって用いるパラボラアンテナの開口径は異なっているが、2 GHz帯、11 GHz帯、15 GHz帯においても、多種のパラボラアンテナが実用に供された。

3.2.3 ホーンリフレクタアンテナ

 ホーンリフレクタアンテナは、開口能率が高く、アンテナ間の相互結合度が低く、広角放射指向性が低く、VSWRが低く、周波数共用が可能であるという多くの利点があり、マイクロ波中継回線への適用が当初から検討されてきた43)。しかし、重量と製作の困難性および導入コストの問題から研究開発が見送られ、パスレングスレンズアンテナとパラボラアンテナが先に導入された経緯がある。しかし、チャネル容量の増大に伴い、多周波数共用が可能である点が重要視され、1960年代になって研究開発が進められて、1964年度末に東京・大阪間の回線に実用されることとなった34)。その後、1972年の5 GHz帯を用いた新たな回線の導入に伴い、4/5/6 GHz帯を共用するアンテナとして、ホーンリフレクタアンテナが用いられた14)。以降、長距離基幹伝送路用アンテナとして、2006年まで実用に供された。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

(c)鉄塔設置時外観

(c)鉄塔設置時外観

図3.6 ホーンリフレクタアンテナ14)


 ホーンリフレクタアンテナの構造と外観を図3.6に示す。また、性能を表3.6に示す。なお、ホーンリフレクタアンテナは3.3.3項で述べるオフセット給電タイプのアンテナの一種である。

表3.6 ホーンリフレクタアンテナの性能43)

項目4 GHz帯6 GHz帯
周波数帯3.6〜4.2 GHz5.925〜6.425 GHz
開口面積8.75 m2
指向性利得40.4〜41.9 dBi44.4〜45.6 dBi
サイドローブレベル≦ -70 dB (@ θ>60°)
VSWR≦ 1.03≦ 1.02
重量1.69 ton

3.2.4 バックネットアンテナ

 1953年12月25日の奄美群島の本土復帰当時に設置されていた鹿児島-奄美大島間の超短波帯(VHF帯)の見通し外中継回線の更改に伴い、1961年に新たに山岳回折伝搬を用いた見通し外中継回線の導入が進められた17)。この大浦-名瀬間の回線では、700 MHz帯の水平偏波、800 MHz帯の垂直偏波、2 GHz帯の垂直・水平偏波の共用が求められた。これに対して、横幅25 m、高さ16 mの多帯域共用見通し外通信用大口径パラボラアンテナが開発され、実用に供せられた44)45)。多帯域共用見通し外通信用大口径パラボラアンテナの構造と外観を図3.7に、性能を表3.7に示す。図3.7に示すように、形状からバックネットアンテナと呼ばれた。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.7 多帯域共用見通し外通信用大口径パラボラアンテナ44)45)


表3.7 多帯域共用見通し外通信用大口径パラボラアンテナの性能44)45)

項目700 Hz帯800 MHz帯2 GHz帯
周波数帯698〜737.6 MHz749.2〜896 MHz,/2.115〜2.300 GHz
偏波水平垂直水平垂直
一次放射器ダイポールアレーホーンアレー4分割ホーン
反射鏡面方形 回転放物面 金属網(透過率 -11〜-15 dB)
開口径25 m×16 m
指向性利得39.4〜39.8 dBi42.0〜42.8 dBi50.2〜50.7 dBi50.9〜51.0 dBi
VSWR≦ 1.5
電力容量≧ 2 kW≧ 5 kW≧ 1 kW
耐風速瞬間最大風速75 m/sec

 その後、1972年5月15日の沖縄の本土復帰に先駆けて、沖縄本島と宮古島、石垣島間に対流圏散乱伝搬を用いた見通し外中継回線の導入が進められ、図3.8に示すように、豊見城~平良間に16 m角形大口径空中線が、平良~石垣間には10 m大口径パラボラアンテナが導入された46)

図 3.8 対流圏散乱伝搬を用いた見通し外通信用アンテナ

図 3.8 対流圏散乱伝搬を用いた見通し外通信用アンテナ46)


3.2.5 初期の固定無線中継局アンテナの研究開発と実用化

 パスレングスレンズアンテナに始まる初期の固定無線中継局アンテナは、前述の通り、海外での技術をトレースしながらも、新たな工夫を加えた日本独自の技術として研究開発され、実用に供されてきた。特に、パラボラアンテナ、ホーンリフレクタアンテナについては、1980年代から1990年代にかけての最盛期を迎えたマイクロ波を用いた固定無線中継における中継局アンテナの主流として実用され、光ファイバ回線の台頭により2006年にサービスを終了するまで実用され続けた。
 また、海上中継回線用に導入されたバックネットアンテナは、アンテナ形状、利用形態を含めて、ユニークなアンテナであったが、海底光回線の導入によって実用を終え、現存もしていない。
 なお、11 GHz帯を用いた山岳中継回線では、反射板を用いた中継47)48)や回折網を用いた中継49)50)も行われていたが、本報告では文献引用に留める。


3.3 高性能化を図った固定無線中継局アンテナ

3.3.1 固定無線中継に新たに用いられた高性能中継局アンテナ

 初期の固定無線中継局アンテナに対して高性能化を図った高性能中継局アンテナを表3.8に示す。表3.8に示すように、従来のパラボラアンテナに比べて低交さ偏波化および高能率化を図れる双反射鏡アンテナ技術が1960年代半ばから研究開発され、カセグレンアンテナが実用された35)。また、広角放射指向性およびVSWRの改善を図れるオフセット給電技術も1970年代半ばに新たに研究開発され51)、オフセット給電アンテナの実用に繋がった。

表3.8 固定無線中継に新たに用いられた高性能中継局アンテナ

適用対象使用周波数帯適用可能なアンテナ形式
長距離中継4 GHzオフセット給電アンテナ
折曲げホーンリフレクタアンテナ
5 GHz
6 GHz
20 GHzカセグレンアンテナ
短距離中継2 GHzカセグレンアンテナ
オフセット給電アンテナ
11 GHz
15 GHz

3.3.2 双反射鏡アンテナ

 双反射鏡アンテナは、複反射鏡アンテナとも言い、カセグレンアンテナやグレゴリアンアンテナのように、放物面を用いた主反射鏡と、双曲面あるいはだ円面を用いた副反射鏡の2枚の反射鏡を用いた鏡面系を有するアンテナで、望遠鏡に用いられた技術が採用されている。副反射鏡を用いることにより、放物面の焦点距離と開口径の比()が大きい1枚の放物面鏡と等価となるため、鏡面系による交さ偏波成分の発生が低く抑えられる利点がある。また、開口の大きな一次放射器を使用できるために低交さ偏波および広帯域化が可能となる利点を有している。なお、副反射鏡の口径が大きいとブロッキングが増大し、利得の低下、サイドローブ特性の劣化に繋がる欠点がある。
 カセグレンアンテナは、15 GHz帯の短距離無線中継回線に新たに導入され、1967年に実用に供された35)。15 GHz帯カセグレンアンテナの構造と外観を図3.9に示す。また、電気性能を表3.9に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.9 カセグレンアンテナ35)

表3.9 カセグレンアンテナの性能35)

項目性能
周波数帯3.7〜4.2 GHz
開口径3.3 m
指向性利得51.8 dBi
開口能率57 %
サイドローブレベル-40〜-50 dB(0〜30°)
-50〜-60 dB(30〜90°)
≦ -65 dB(90〜180°)
交さ偏波≦ -40 dB
VSWR≦ 1.055

 その後、20 GHz帯を用いた大容量無線中継回線用アンテナとしても導入された52)53)。このときの検討項目は、交さ偏波の要因と低減方法54)、降雪・積雪に対する劣化の問題であった。
 双反射鏡アンテナの高能率化および低サイドローブ化の手法として、主および副反射鏡の鏡面修整による開口分布の制御を行う方法がある55)。これは、一次放射器の放射指向性を主反射鏡開口面での所望の電界分布に変換するために、反射の法則、光路長一定の条件、エネルギー保存則を適用して主および副反射鏡の鏡面座標を決定する手法である。この手法により、高能率、低サイドローブな特性を持つ双反射鏡アンテナの設計が可能となる。この鏡面修整を用いた鏡面設計技術は、後述する4/5/6 GHz帯鏡面修整オフセットアンテナや、衛星通信地球局アンテナに適用されている。

3.3.3 オフセット給電アンテナ

 軸対称パラボラアンテナや軸対称双反射鏡アンテナにおいては、一次放射器や副反射鏡が主反射鏡の前面に位置するため、それによるブロッキングの影響で、開口能率の低下や広角放射指向性の劣化を招くという欠点があった。これに対して以下に示すようなオフセット給電アンテナが提案され、実用化された。
 なお、3.2.3項で述べたホーンリフレクタアンテナはオフセット給電タイプのアンテナの一種である。

(1)オフセットパラボラアンテナ

 パラボラアンテナについては一次放射器の給電角を主反射鏡の軸から傾けるオフセット給電を行う手法が提案され、オフセットパラボラアンテナが実現した。 オフセットパラボラアンテナは、1978年に11 GHz帯を用いた短距離中継回線用として導入された51)56)57)。11 GHz帯オフセットパラボラアンテナの構造と外観を図3.10に示す57)。また、電気性能を従来のパラボラアンテナおよびカセグレンアンテナと比較して表3.10に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.10 オフセットパラボラアンテナ57)


表3.10 オフセットパラボラアンテナの性能

項目オフセットパラボラ
アンテナ
カセグレン
アンテナ
パラボラ
アンテナ
周波数帯3.7〜4.2 GHz
開口径4 m
一次放射器コルゲートホーン円錐ホーン
指向性利得49.0 dBi50.8 dBi50.8 dBi
開口能率57 %
サイドローブレベル≦ -20 dBi≦ 0 dBi≦ 0 dBi
交さ偏波≦ -40 dB≦ -35 dB≦ -30 dB
VSWR≦ 1.06≦ 1.055≦ 1.07

(2)折曲げホーンリフレクタアンテナ

 3.2.3項で述べたホーンリフレクタアンテナの欠点であるアンテナ高を低くするために、折曲げホーンリフレクタアンテナが開発され、1976年に実用に供された58)。これは、主反射鏡に放物面、副反射鏡に双曲面を用いたオフセットカセグレンアンテナであり、それに加えて平面反射鏡を用いて、折曲げタイプの3枚鏡オフセットアンテナとしたものである。
 折曲げホーンリフレクタアンテナの構造と外観を図3.11に示す58)。電気的性能は、3.2.3項で述べたホーンリフレクタアンテナとほぼ同等である。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.11 折曲げホーンリフレクタアンテナ58)


(3)オフセット3枚反射鏡アンテナ

 長距離基幹伝送路用アンテナとして実用化された4/5/6 GHz帯を共用するホーンリフレクタアンテナに比べて、優れた電気的性能、特に中継リンク数を増大するためのルート間干渉をより小さくするための良好な広角放射指向性、およびディジタル通信に要求される優れた交差偏波弁別度 (XPD)を実現するために、オフセット3枚反射鏡アンテナが開発され、1982年にサービス導入された59)。このオフセットアンテナは、主反射鏡を放物面、副反射鏡を平面反射鏡、集束反射鏡を楕円面とした2次曲面から構成されていた。アンテナの開口径は3.6 mである。このアンテナの開発により、広角放射指向性が改善でき、ホーンリフレクタアンテナよりも低姿勢なアンテナが実現された。オフセット3枚反射鏡アンテナの構造と外観を図3.12に示す59)。また、電気性能を従来のホーンリフレクタアンテナと比較して表3.11に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.12 オフセット3 枚反射鏡アンテナ59)


表3.11 オフセット3枚反射鏡アンテナの性能59)

項目3枚反射鏡オフセット
パラボラアンテナ
ホーンリフレクタ
アンテナ
周波数帯3.6 GHz6.425 GHz3.6 GHz6.425 GHz
指向性利得40.4 dBi45.4 dBi40.6 dBi45.5 dBi
交さ偏波レベル-24.4 dB-28.0 dB-18.5 dB-18.5 dB
正面方向XPD≧ 43 dB≧ 41 dB
VSWR≦ 1.025≦ 1.035
高さ5,600 mm7,482 mm
3,926 mm4,016 mm
奥行き4,663 mm3,299 mm
重量2.0 ton2.8 ton

(4)鏡面修整オフセット3枚反射鏡アンテナ

 2次曲面で構成したオフセット3枚反射鏡アンテナの広角指向性と交さ偏波特性をさらに改良するために、鏡面修整を適用した。これは、256 QAMマイクロ波中継システムの開発に伴い、通信路容量の増大に対応するものであった。このシステムには、交さ偏波特性が優れたアンテナが必要であり、低レベルの広角放射指向性により、雑音や他の経路からの干渉の低減を目的としていた。これらの要求に向けて、1984年に鏡面修整技術を用いたオフセット3枚反射鏡アンテナの研究が開始され、1989年に256 QAMマイクロ波中継回線に導入された。この開発においては、オフセット反射鏡の表面を高精度に成形する高度な製造技術と、反射鏡鏡面の設計と電気的性能の計算の両方を行うコンピュータの進化によって可能よって可能となったと言える。
 鏡面修整オフセット3枚反射鏡アンテナの構造と外観を図3.13に、アンテナの電気性能の実測結果を表3.12に示す60)。、アンテナの開口径は3.6 mである。主および副反射鏡の鏡面修正により、高能率でかつ広角放射指向性および交さ偏波特性が従来のアンテナに比べて10 dB優れた特性が得られ、世界最高の電気的性能を実現した。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.13 鏡面修整オフセット3 枚反射鏡アンテナ60)


表3.12 鏡面修正オフセット3枚反射鏡アンテナの電気性能60)

項目性能
周波数帯3.6〜6.175 GHz
開口径3.6 m
指向性利得39.9~45.0 dBi
開口能率53〜64 %
交さ偏波レベル≦ -38 dB
VSWR≦ 1.03

3.3.4 高性能固定無線中継局アンテナの研究開発と実用化

 1960年代以降にアンテナ技術の主流となってきた双反射鏡アンテナと、1970年代以降のオフセット給電アンテナは、卓越した設計技術とともに、世界に比類の無いアンテナを実現させてきたといえる。固定無線中継局アンテナの主流となったアンテナの比較を図3.14に示す。図3.14は同じ開口面積を持つホーンリフレクタアンテナ、オフセット3枚反射鏡アンテナ、および鏡面修整オフセット3枚反射鏡アンテナを比較したものである61)。世界最高の電気的性能を持つ鏡面修整オフセット3枚反射鏡アンテナは、形状の上でもバランスの良いコンパクトさを有していることが分かる。
 3.2節で述べた初期の固定無線中継用アンテナとともに、固定無線中継用アンテナの開発経緯を周波数の面から見ると、

 4 GHz帯(1954年)⇒ 2 GHz帯(1957年)
⇒ 6 GHz帯(1961年)⇒ 11 GHz帯(1961年)
⇒ 15 GHz帯(1967年)⇒ 5 GHz帯(1972年)
⇒ 20 GHz帯(1976年)

のように、長距離中継回線用アンテナおよび短距離中継回線用アンテナともに、伝送容量の拡大にあわせて使用周波数帯も増えていることが分かる。

 一方、アンテナの高性能化技術の面から見ると、
利得の向上 ⇒ VSWR低減
⇒ 広角指向性改善 ⇒ 偏波共用
⇒ 多周波数帯共用

と、多くの要求条件に合わせて新たな技術が開発され、多くのアンテナが新規導入されてきたことがわかる。マイクロ波を用いた固定無線中継の最盛期の頃に日本中の至るところで見られた無線中継所の鉄塔に搭載されたアンテナの外観を図3.15に示す。
しかし、前述の通り、1954年に開始されたマイクロ波を用いた固定無線中継回線も光ファイバ回線の台頭により2006年にサービスを終了し、それに伴って固定無線中継を支えてきた中継アンテナも撤去され現存していない。
なお、本報告では、固定無線中継を支えてきた空間ダイバーシチ技術62)については省略した。

図 3.14 高性能固定無線中継局アンテナの比較

左から(a)ホーンリフレクタ (b)オフセット3 枚反射鏡アンテナ (c)鏡面修整オフセット3 枚反射鏡アンテナ

図 3.14 高性能固定無線中継局アンテナの比較 61)


図3.15 鉄塔に設置された各種マイクロ波中継用アンテナ

図3.15 鉄塔に設置された各種マイクロ波中継用アンテナ



3.4 固定アクセスサービスのための無線固定局アンテナ

3.4.1 固定アクセスに適した無線固定局アンテナ

 3.1.1項および3.1.4項に示したように、26 GHz帯を用いた加入者無線回線には、ポイント−マルチポイント(P-MP)システムとポイント−ポイント(P-P)システムがある。固定アクセスサービスに用いられた無線固定局アンテナを表3.13に示す。表3.13に示すように、P-MPでは無線固定局のサービスエリアを4つに分割し、それぞれを90°の扇形状エリアとしているため、基地局アンテナの水平面内放射指向性には90°の扇形ビームが求められる。一方、P-Pでは、基本的にはユーザとの間の回線であり、簡易で高性能な指向性アンテナとしてカセグレンアンテナが用いられている。なお、加入者側には、P-Pの無線固定局に用いるカセグレンアンテナが用いられている。

表3.13 固定アクセスに用いられた無線固定局アンテナ

適用対象使用周波数帯開口径適用可能な
アンテナ形式
P-MP26 GHz60 cm×50 cm90°扇形ビームアンテナ
P-P26 GHz30 cm
60 cm
120 cm
カセグレン

3.4.2 マルチポイントアクセスと扇形ビーム

 90°の扇形状エリアを照射するために、無線固定局アンテナには90°の扇形ビームを持つアンテナが望まれた。90°の扇形ビームを実現する方法としてはいくつかあるが、ここでは、26 GHz帯を用いることから、開口面アンテナを用いて、水平面内は扇形ビーム、垂直面内はコセカント2乗ビームを持つアンテナを開発した63)。扇形ビームおよびコセカント2乗ビームを持つ無線固定局アンテナの構造と外観を図3.16に、放射指向性を図3.17に示す。図3.16に示すように1枚の反射鏡で水平方向に扇形ビームおよび垂直方向にコセカント2乗ビームという異なる放射指向性を実現するために、新たな鏡面修整法を開発して所望の放射指向性を実現している。実現したアンテナは、図3.17に示すように水平方向に扇形ビーム、垂直方向にコセカント2乗ビームを有していることが分かる。
(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図3.16 扇形/コセカント2 乗ビームを持つ無線固定局アンテナ63)


(a)構造

(a)水平面内放射指向性

(b)外観

(b)垂直面内放射指向性

図3.17 扇形/コセカント2 乗ビームを持つ無線固定局アンテナの放射指向性63)

3.4.3 固定アクセス用無線固定局アンテナの研究開発と実用化

 3.2節および3.3節で述べた固定無線中継用アンテナとは異なり、ポイント−マルチポイント(P-MP)システムでは、固定局周辺にいる多くの加入者を相手にするために、従来のマイクロ波回線に用いられてきた1:1の通信とは異なる要求がアンテナに課された。これは、後に5章および6章で述べる公衆移動通信回線用のアンテナとも共通する点があるが、周波数の点では大きく異なりアンテナ構成技術も異なっている。 しかし、1984年に開始した固定アクセスサービスもサービスを終え、固定アクセスサービスに用いられていた無線固定局アンテナも撤去され、現存していない。

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53)橋口幸生, 井上武夫, 香川哲, 高松泰男, 堤隆, “20 GHz帯カセグレンアンテナの特性”, 電子通信学会 アンテナ・伝播研究会資料, A・P72-39, Sept. 1972.

54)高野忠, 進士昌明, “開口面アンテナの交さ偏波特性”, 電子通信学会論文誌B, vol.J59-B, no.6, pp.341-348, June 1976.

55)Galindo, V., “Design of Dual-Reflector Antennas with Arbitrary Phase and Amplitude Distrinbutions”, IEEE Trans. AP, vol.AP-12, no.4, pp.403-408, July 1964.

56)杉田裕次, 山田吉英, 高野忠, 倉島徳幸, “11/15 GHz帯オフセットパラボラアンテナの特性”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P79-64, Sept. 1979.

57)中谷清一郎, 丸山弘之, “11 GHz帯オフセットパラボラアンテナ”, 電気通信施設, vol.33, no.8, pp.129-134, Aug. 1981.

58)大井次郎, 及能調, 山前瑞穂, 阿部久, 水沢丕雄, “4・5・6GHz帯共用折曲げホーンリフレクタアンテナ”, 電子通信学会 アンテナ・伝播研究会資料, A・P76-78, Dec. 1976.

59)中嶋信生, 島貫義太郎, 阿部紘士, 古野孝允, “広角指向性と交さ偏波特性の優れた4,5,6 GHz帯共用オフセットアンテナ”, 電子通信学会論文誌B, vol.J67-B, no.2, pp.194-201, Feb. 1984.

60)苅込正敞, 山田吉英, “鏡面修整オフセット3枚鏡アンテナの設計と特性”, 電子情報通信学会論文誌B, vol.J71-B, no.2, pp.277-284, Feb. 1988.

61)Hori, T., “Antennas for Terrestrial Microwave Relay Links”, IEICE Trans. Commun., vol.E86-B, no.3, pp.900-908, Mar. 2003.

62)牧野英夫, 諸墨忠雄, 森田和夫, 沼野雄司, “見通し内マイクロ波回線におけるスペースダイバーシチ方式”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.13, no.8, pp.1127-1204, Aug. 1964.

63)山田隆, 鹿子嶋憲一, 伊丹裕司, “扇形/コセカント2乗ビームアンテナの設計と特性”, 電子通信学会論文誌B, vol.J67-B, no.12, pp.1454-1461, Dec. 1984.

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 4 国内衛星通信回線を支えたアンテナ

4.1 国内衛星通信回線

4.1.1 国内通信衛星

(1)初期の通信衛星

 世界初の通信衛星は、1960年に米国NASAが打ち上げたエコー1号である。エコー1号は直径30 mの表面をアルミ箔で覆った風船衛星であり、増幅器を有しない受動型の通信衛星であった。
 1962年には、米国Bell研がテルスター1号を打上げ、米国と欧州の間でテレビ伝送と多重電話信号の伝送実験に成功した。同年、米国NASAはリレー1号を打上げ、1963年11月には米国と日本との間で初めてのテレビ伝送実験に成功した。この伝送実験で日本に送られてきた映像がケネディ(J.F.Kennedy)米国大統領の暗殺事件を伝えるニュースであったことは、よく知られた事実である。これらの衛星は、増幅器を持つ能動型の通信衛星ではあったが、地球の周りを約3時間で周回する周回型衛星であったため、通信衛星を介して地球上の2点間を結ぶ通信が可能となる時間は限られていた。
 これに対して、赤道上空を地球の自転と同じ周期で動き、地球上から見たとき静止しているように見える衛星、すなわち静止衛星が提案され、1963年に初の静止衛星としてシンコム2号が打上げられた。これが静止衛星を用いた衛星通信の始まりである。その後、インテルサット1号を初めとして多くの静止衛星が打ち上げられ、国際通信および国内通信用として用いられている。
初期の通信衛星については、若井登[監修]の「無線百話−マルコーニから携帯電話まで−」の第7章に詳しく紹介されているので参照されたい1)

(2)日本の国内通信衛星

 国内衛星通信用として打ち上げられた国内通信衛星の変遷を表4.1に示す。他に、JCSATの後継機や、SUPERBIRDがあるが、ここでは省略した。表4.1に示すように、1977年に打ち上げた実験用中容量静止通信衛星(CS:さくら)が、日本における国内通信衛星の最初である。実験用通信衛星CS打上げ計画およびCS実験計画については、電波研究所ニュースNo.12(Mar.1977)に詳しく書かれているので参照されたい2)

表4.1 国内通信衛星の変遷

衛星名称打上げ時期衛星重量周波数帯特徴
実験衛星
CS
1977.12約350 kgKa帯
C帯
・スピン安定衛星
・CS実験を1978.3に開始
実用衛星
CS-2
CS-3
CS-2a:1983.2
CS-2b:1983.8
約350 kgKa帯
C帯
・スピン安定衛星
・国産化
CS-3a:1988.2
CS-3b:1988.8
約550 kg・スピン安定衛星
・国産化
実用衛星
JCSAT
JCSAT-1:1989.3
JCSAT-2:1990.1
約1.37 tonKu帯・スピン安定衛星
・JCSAT調達
実験衛星
ETS-VI
1994.8約2 tonKa帯
C帯
S帯
・3軸姿勢制御衛星
・2 ton級衛星実現の実験用
・移動体衛星実験
実用衛星
N-STAR
N-STAR a:1995.8
N-STAR b:1996.2
約2 tonKa帯
Ku帯
C帯
S帯
・3軸姿勢制御衛星
・NTT国際調達(米国SSL)
・2002にJSATに資産譲渡
N-STAR c:2002.7約1.6 tonC帯
S帯
・3軸姿勢制御衛星
・NTTドコモ調達
(米国ロッキード・マーティン)
・2010.6にスカパーJSATに移譲
N-STAR d:2006.4・3軸姿勢制御衛星
・JSAT調達
(米国ロッキード・マーティン)

 日本の国内通信衛星の特徴は、世界に先駆けて準ミリ波(30/20 GHz帯)を用いたことであった。しかし、2002年にJSAT(株)への衛星資産譲渡に伴い、NTTとしての準ミリ波を用いた商用サービスは終了した。現在も国内通信衛星として使用されている衛星はN-STAR c/d、およびその後継機であり、準ミリ波は用いられていない3)
なお、N-STAR cはN-STAR bの後継機として東経136°の、N-STAR dはN-STAR aの後継機として東経132°の静止衛星軌道上に打ち上げられている。

4.1.2 国内衛星通信システム

(1)静止衛星を用いた衛星通信ネットワーク

 静止衛星を用いた衛星通信ネットワークの可能性を示したのは、イギリス出身のSF作家クラーク(Arthur C. Clarke:1917-2008)である。1945年に科学雑誌「Wireless World」に寄稿した論文の中で、地球から36,000 km離れた静止衛星軌道上の3つの人工衛星を介して、電話中継が可能であることを提案している4)。その後、前述の通り1963年に静止衛星が通信に用いられるようになってようやく、クラークの予言が正しかったことが証明された。

(2)国内衛星通信ネットワーク

 日本国内を対象とした国内衛星通信ネットワークは、日本から南方向にある静止衛星軌道上の衛星と日本国内に置かれた地球局から構成される。通信衛星は、予備あるいは冗長化のために2衛星同時に用いられることが多い。
 実用衛星CS-2とN-STAR c/dを例にとり、各々の通信衛星のアンテナの照射エリアを図4.1に示す。図4.1に示すように、初期の実用衛星CS-2では成形ビームを用い、N-STAR c/dではマルチビームを用いてネットワークを構成していることが分かる5)

(a) CS-2

(a) CS-2

(b)N-STAR c/d

(b)N-STAR c/d ,sup>5)

図4.1 実用衛星アンテナの照射エリア

 36,000 km離れた静止衛星軌道上の東経135°にある衛星から見た日本の領海は、±2°の視角の範囲内にある。一方、日本の領海内にある地球局から東経135°にある衛星を見る仰角は35〜60°程度である。また、地球局から見る静止衛星軌道は地球局の位置の経度に応じて傾いて見える(コラム参照)。アンテナ設計の観点から、これらの数値は、衛星アンテナのおよび地球局アンテナの放射指向性、衛星追尾方法や地球局アンテナの設置方法を考える上で重要なパラメータである。

(3)主な国内衛星通信システム

 電電公社の電気通信研究所において、静止衛星を国内通信に用いることを目的として1967年に衛星通信システムの研究が開始された。1972年には横須賀電気通信研究所に衛星通信実験所が開設され、通信衛星および地球局の設備に関する研究実用化が進められた。その後の多くの研究者の努力に支えられて、衛星通信の研究開始から約16年後の1983年5月31日に、その年の2月に打ち上げられたCS-2aを用いて、国内衛星通信サービスが開始された。
 静止衛星を用いた代表的な国内衛星通信システムを表4.2に示す。ここでは、実用衛星CS-2、CS-3、JCSAT、N-STARを用いてサービスを行った国内衛星通信システムをまとめている。表4.2に示すように、実用衛星CS-2、CS-3、JCSAT-2は、主に中継系システムに用いられ、JCSAT-1、N-STARは、主に加入者系システムに用いられていたことが分かる。

表4.2 代表的な国内衛星通信システムの変遷

適用対象導入時期設置場所衛星周波数帯用途(呼称)
総括局間中継回線1983中継局CS-2, CS-3aKa帯8総括局間(SK-10)
衛星中継網1988中継局CS-3Ka帯公衆網う回中継(DYANET)
1996N-STAR a,bKa帯公衆網(DYANET-X)
放送テレビ中継網1989中継局JCSAT-2Ku帯放送テレビ中継
離島回線1983離島CS-2, CS-3bC帯小笠原・硫黄島(SC-20)
1983C帯小笠原・硫黄島(SC-30)
臨時回線(車載)1983車載CS-2, CS-3Ka帯車載(SK-01T)
1983C帯車載(SC-01T)
1996N-STAR a/bKu帯ディジタル車載(DYANET-X)
孤立防止無線回線1985加入者CS-2, CS-3bC帯孤立防止(SC-31)
ディジタル専用回線1984加入者CS-2Ka帯衛星専用網(SDCS)
1989JCSAT-1Ku帯
1996N-STAR a/bKu帯
映像中継回線1989加入者JCSAT-1Ku帯映像(SVCS)
1989Ku帯映像(車載)
1996N-STAR a/bKu帯ディジタル映像(EPOC)
ディジタル加入者回線1991加入者JCSAT-1Ku帯加入者(DYANET-Ⅱ)
1996N-STAR a/bKu帯加入者(DYANET-X)
マルチメディア系回線1996加入者N-STAR a/bKu帯同報インタラクティブ
1996Ka帯超高速マルチメディア
移動体衛星回線1996加入者N-STAR a/bS帯船舶・自動車・航空機
2010N-STAR c/dS帯船舶・自動車

 表4.3に国内衛星通信システムの使用周波数と偏波を示す。前述の通り、現在もなお用いられている衛星は、N-STAR c/dおよびその後継機であり、表4.3に示すように、世界初として用いられた準ミリ波(30/20 GHz帯)の使用はなくなり、現在ではC帯およびS帯のみの使用となっている3)
 なお、円偏波については、従来、地球局⇒衛星が左旋円偏波、衛星⇒地球局が右旋円偏波とするのが一般的であったが、N-STAR c/d衛星のC帯については、互いに逆旋の円偏波を採用している。また、移動体系のS帯については、両方とも右旋円偏波を採用している。

表4.3 国内衛星通信システムで用いた周波数と偏波

衛星名称周波数帯使用周波数 [GHz]偏波
衛星⇒地球局地球局⇒衛星衛星⇒地球局地球局⇒衛星
CS-2
CS-3
Ka帯17.7〜21.227.5〜31.0右旋円左旋円
C帯3.70〜4.205.925〜6.425右旋円左旋円
JCSATKu帯12.25〜12.7514.0〜14.5垂直/水平垂直/水平
N-STAR a
N-STAR b
Ka帯17.7〜21.227.5〜31.0右旋円左旋円
Ku帯12.25〜12.7514.0〜14.5垂直/水平垂直/水平
C帯3.70〜4.205.925〜6.425右旋円左旋円
S帯2.505〜2.5352.660〜2.690右旋円右旋円
N-STARc
N-STAR d
C帯4.12〜4.206.345〜6.425左旋円右旋円
S帯2.505〜2.5352.660〜2.690右旋円右旋円

4.1.3 国内衛星通信システムと地球局

 衛星通信システムを構築する上で、地球局は通信衛星と同様に不可欠である。1つの通信衛星に対して多数の地球局が通信対象として用いられる。中継系システムにおける地球局は主要都市にある電話局の屋上に置かれることが多く、加入者系システムにおいては、加入者のビル屋上に設置されることが多い。
 初期の衛星通信においてには、衛星通信用アンテナという言葉は、数mから数十mの大開口径を持つ地球局アンテナを連想させたものだが、時代を追うとともに、地球局アンテナは40 cmから2 m程度の小さなものとなり,それに引き換え,衛星に搭載されたアンテナは数m以上の大開口径となっている。
 表4.2に示したように、国内衛星通信システムで用いられる地球局には、システムに応じた最適な開口径を有しかつ所望の電気性能を有する地球局アンテナが用いられた。中継系システムにおいては、大容量通信のために広帯域性が要求されることから比較的開口径の大きなアンテナが用いられ、加入者系システムにおいては小口径のアンテナが用いられた6)
 また、コラムで示したように、各地球局から見る通信衛星の仰角および衛星軌道の傾きが異なるため、地球局の設置位置に応じた配慮が求められる。特に、4.3.4項で述べる2衛星同時アクセスの場合には、衛星軌道の傾きがアンテナ設計に大きく関わっている。

日本から見た通信衛星の方向と静止衛星軌道の見かけの傾き

 国内衛星通信のための通信衛星は、日本の南側に見える静止衛星軌道上の東経 120°〜160°あたりに静止して見える。日本から見た通信衛星の方向を図1に示す。図1(a)は通信衛星が東経 134°の位置にある場合を、図1(b)は東経 152°にある場合を示している。図の横軸は日本の各地点の経度を、縦軸は緯度を表しており、図中のパラメータは各地点から見た衛星の方位角Azと仰角Elを示している。例えば、東経 134°の衛星を大阪から見た場合、図1に示すように、方位角Az = 182.7°、仰角El = 49.7°の方向に衛星が見込める。

(a)東経 134°にある衛星の場合 

(a)東経 134°にある衛星の場合 

(b)東経 152°にある衛星の場合

(b)東経 152°にある衛星の場合

図1 日本各地から見た衛星の方向

 2つの衛星に同時にアクセスする場合には、2衛星を見込む方向の異なりがアンテナ設計の重要なパラメータとなる。図2に衛星軌道の見かけの傾きの定義を示し、日本各地から見込んだ2衛星の軌道の見かけの傾き角を図3に示す。図3(a)は東経 132°と 136°の静止衛星(N-STAR衛星を想定)を見込む場合、図3(b)は東経 150°と 154°の静止衛星(JCSAT衛星を想定)を見込む場合である。例えば、東経 132°と 136°の衛星を大阪から見た場合、図3(a)に示すように、衛星軌道の見かけの傾きは θt=-2.2°である。

図2 衛星軌道の見かけの傾き

図2 衛星軌道の見かけの傾き


(a)東経 132°と 136°衛星の場合

(a)東経 132°と 136°衛星の場合

(b)東経 150°と 154°衛星の場合

(b)東経 150°と 154°衛星の場合

図3 日本各地から見込む衛星軌道の見かけの傾き角

4.1.4 国内移動体衛星通信システムと衛星移動局

 1996年にN-STAR a/bを用いて、S帯(2.6/2.5 GHz帯)を用いた船舶、自動車、航空機向けの国内移動体衛星通信(ワイドスター)サービスが開始され7)、その後2010年に、N-STAR c/dを用いた船舶、自動車向けのワイドスターⅡサービスに継承された8)
 陸上移動通信とは異なり、陸海空の移動体に対する衛星通信においては、衛星電波の偏波追尾の理由から円偏波が用いられている。すなわち、通信衛星および衛星移動局ともに、送受とも円偏波アンテナが採用されている。また、国内移動体衛星通信システムでは、通信衛星N-STAR c/dに4ビームのマルチビームアンテナを用いていることから、衛星移動局は低利得アンテナで十分に通信可能である。


4.2 国内衛星通信のための衛星搭載アンテナ

4.2.1 国内衛星通信に適した衛星搭載アンテナ

 国内通信衛星に搭載されたアンテナについて、各々の衛星搭載アンテナのビーム形状、有効開口径、アンテナ形式をまとめて表4.4に示す。表4.4に示すように、すべての衛星搭載アンテナが、1つあるいは複数の主反射鏡に対して、周波数選択板や群分波器などの周波数共用化のための技術を用いることにより、2〜6の周波数帯での共用化を図っている。アンテナ形式はいずれも給電系の構成の容易なオフセット給電タイプが採用されている。成形ビームを有するアンテナは、マルチホーンを用いた給電、あるいは鏡面修整技術が適用されている。マルチビームについては、複数のホーンを用いる方法が一般的である。N-STAR c/d衛星では、初めて能動型のアクティブアレー給電が採用されている。

表4.4 国内衛星通信で用いた衛星搭載アンテナ

衛星名称周波数帯ビーム形状有効開口径アンテナ形式
実験衛星
CS
30/20 GHz
6/4 GHz
成形ビーム1 m鏡面修整成形ビーム
ホーンリフレクタアンテナ
実用衛星
CS-2・CS-3
30/20 GHz
6/4 GHz
成形ビーム1 m鏡面修整成形ビーム
ホーンリフレクタアンテナ
実用衛星
JCSAT
14/12 GHz成形ビーム2.4 m周波数選択鏡面を用いた
オフセットパラボラアンテナ
実験衛星
ETS-VI
30 GHzマルチビーム2.5 m周波数選択鏡面を用いた
オフセットカセグレンアンテナ
6/4 GHz成形ビーム
20 GHzマルチビーム3.5 m周波数選択鏡面を用いた
オフセットカセグレンアンテナ
2.6/2.5 GHzマルチビーム
実用衛星
N-STAR a/b
30/20 GHz成形ビーム2.2 mマルチホーン形式
成形ビーム/マルチビーム
オフセットカセグレンアンテナ
マルチビーム
6/4 GHz成形ビーム2.6 mマルチホーン給電オフセット
反射鏡形式成形ビームアンテナ
2.6 GHzマルチビームオフフォーカス給電オフセット
反射鏡形式マルチビームアンテナ
14/12 GHz成形ビーム2.6 m平面反射鏡を有する修整オフセット
反射鏡形式成形ビームアンテナ
2.5 GHzマルチビームオフフォーカス給電オフセット
反射鏡形式マルチビームアンテナ
実用衛星
N-STAR c/d
6/4 GHzスポットビーム5.1 mオフセットパラボラアンテナ
2.6/2.5 GHzマルチビームアクティブアレー給電
オフセットパラボラアンテナ

4.2.2 初期の通信衛星(CS)のための衛星搭載アンテナ

 1977年12月にケネディ宇宙センターからデルタ2914で打ち上げられた実験用中容量静止通信衛星CSは、静止軌道重量約350㎏のスピン安定衛星であり、直径218.4㎝、高さ223.5㎝の円筒形の本体に、高さ128.8 ㎝のアンテナが設けられている。アンテナの開口面は、デスパン装置により常に地球を向いている。
 通信衛星CSに搭載された通信系のアンテナは、30/20 GHz帯と6/4 GHz帯共用の円偏波ホーンリフレクタアンテナである。通信衛星CS搭載アンテナの構造と外観を図4.2に示す9)

(a)構造

(a)構造

(b)給電部構造

(b)給電部構造

(c)外観

(c)外観

(d)軌道投入時

(d)軌道投入時

図4.2 通信衛星CS 搭載アンテナ9)

 通信衛星CS搭載アンテナの反射鏡は鏡面修整されており、30/20 GHz帯での放射指向性がほぼ日本本土の形状に成形されている。図4.2(b)に示すように、ホーンの入出力端に接続された群分波器によって6/4 GHz帯が分波され、30/20 GHz帯については円偏波発生器を介して偏分波器により周波数帯を分波している。
 通信衛星CS搭載アンテナの30/20 GHz帯における指向性利得は照射エリアの周辺部で33 dBi以上であり、6/4 GHz帯の指向性利得は沖縄を含む日本全土に対して25 dBi以上である。
 実験用通信衛星CSの実証結果をもとに、実用通信衛星CS-2、CS-3が開発された。1983年2月から1988年8月にかけて種子島宇宙センターからN-IIおよびH-Iロケットで打ち上げられたCS-2 a/b、CS-3 a/bの4衛星に搭載されたアンテナは、若干の設計変更はあるものの基本的設計概念は同じである。図4.3に衛星の構造とアンテナの放射指向性を示す。なお、図4.3の放射指向性は、衛星の下側にアンテナが付いている(図4.2(d))ため、上下逆になっている。

(a)CS-2 衛星の構造

(a)CS-2 衛星の構造

(b)アンテナの放射指向性(6 GHz 帯)

(b)アンテナの放射指向性(6 GHz 帯)

(c)アンテナの放射指向性(20 GHz 帯)

(c)アンテナの放射指向性(20 GHz 帯)

図4.3  通信衛星CS-2 と搭載アンテナの放射指向性9)

4.2.3 高度化した通信衛星(N-STAR)のための衛星搭載アンテナ

(1)実験用衛星ETS-VI用衛星搭載アンテナ

 1980年頃から2トン級静止3軸衛星バス技術の確立と高度衛星通信技術の実証を目的として、実験用衛星ETS-VIの研究開発が進められ、ETS-VIはH2ロケットを用いて1994年8月に打ち上げられた。
 従来の衛星搭載アンテナに対して高度化した実験用衛星ETS-VIに搭載されたアンテナの構造と外観を図4.4に示す10)。表4.4に示すように、ETS-VI用搭載アンテナは、オフセットカセグレン形式の双反射鏡アンテナ2式から構成されている。周波数選択板(Frequency Selective Surface:FSS)を用いて、2枚の主反射鏡の鏡面を4つの周波数帯で共用している。また、有効開口径3.5 mの主反射鏡には、宇宙において展開する展開アンテナの技術が用いられた11)

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

(c)ロケット搭載時外観

(c)ロケット搭載時外観

図4.4 実験用衛星ETS-VI 用搭載アンテナ10)

(2)実用衛星N-STAR用衛星搭載アンテナ

 実験用衛星ETS-VI用搭載アンテナの開発・実証に平行して、実用衛星N-STAR用衛星搭載アンテナの設計が進められた。
 実用衛星N-STARはNTTが初めて自己調達する衛星であったが、1990年に勃発した日米貿易摩擦によってN-STARの開発が国際調達の対象となり、最終的には米国のスペース・システムズ・ロラール社が落札した。N-STAR用衛星搭載アンテナの設計開発を進めていたNTT通研の担当者も、2カ国語による調達説明書および仕様書の作成、技術打合せのための米国出張等も含めて、新たな開発プロセスへの対応に苦労したようである12)
 実用衛星N-STAR a/bは、1995年8月と1996年2月に南米の仏領ギアナのギアナ宇宙センターからアリアン4型ロケットで東径132゜と136゜の静止軌道上に打上げられた13)。実用衛星N-STARは、軌道上で全長27.3 m、軌道上重量が約2トンの3軸姿勢制御方式の大型通信衛星である。
 実用衛星N-STAR a/bの構造と軌道投入時想像図を図4.5に示す13)。図4.5に示した実用衛星 N-STAR a/bは、衛星通信サービス提供のために、Ka帯(30/20 GHz帯)成形ビーム、Ka帯マルチビーム、Ku帯(14/12 GHz帯)成形ビーム、C帯(6/4 GHz帯)成形ビーム、S帯(2.6/2.5 GHz帯)マルチビームという4周波数帯、5種類のビームを用いた通信系を搭載している。
 この5種類の通信系を実現するために、3枚の主反射鏡を用いたアンテナ系を採用し、各々の主反射鏡を複数の周波数帯で共用することでコンパクト化を図り衛星搭載を可能としている。実用衛星N-STAR a/bに搭載されたアンテナ系を表4.5に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)軌道投入時

(b)軌道投入時

図4.5 実用通信衛星N-STAR a/b 13)


表4.5 実用衛星N-STAR a/bに搭載されたアンテナ系

アンテナ周波数帯主反射鏡
有効開口径
ビーム形状一次放射器周波数選択板
Ka30/20 GHz2.2 m成形ビームホーンアレー
(周波数帯別)
透過(30 GHz帯)
反射(20 GHz帯)
マルチビーム
Ku/S14/12 GHz2.6 m成形ビーム
(鏡面修整)
ホーン
(周波数共用)
反射
2.5 GHzマルチビーム
(オフフォーカス給電)
ヘリカルアレー透過
C/S6/4 GHz2.6 m成形ビーム
(アレー給電)
ホーンアレー
(周波数共用)
透過
2.6 GHzマルチビーム
(オフフォーカス給電)
ヘリカルアレー反射

 実用衛星N-STAR a/bに搭載された各々のアンテナの形式を一言で表すと、Ka帯アンテナは、マルチホーン形式成形ビーム/マルチビームオフセットカセグレンアンテナ、Ku帯アンテナは、平面反射鏡を有する修整オフセット反射鏡形式成形ビームアンテナ、C帯アンテナは、マルチホーン給電オフセット反射鏡形式成形ビームアンテナ、S帯アンテナは、オフフォーカス給電オフセット反射鏡形式マルチビームアンテナである。なお、Ku/S帯およびC/S帯の反射鏡系では周波数選択板(FSS)を用いて周波数帯共用化を図っている。Ka帯アンテナでは、30 GHz帯と20 GHz帯を共用するために周波数選択副反射鏡を用い、ひねり反射鏡形式を採用することにより共用化を図っている。周波数選択副反射鏡は、周波数選択面と、その裏面に配置された金属面との二重構造である。ホーンアレーの励振を最適制御することにより、成形ビームアンテナおよびマルチビームアンテナとして動作させている。

4.2.4 移動体衛星通信のための衛星搭載アンテナ

 2002年7月と2006年4月に南米の仏領ギアナのギアナ宇宙センターからアリアン4型ロケットで打上げられた実用衛星N-STAR c/dの外観を図4.6に示す3)。実用衛星N-STAR c/dは米国ロッキード・マーティン社が開発を担当しており、アンテナ構成の詳細は不明であるが、図4.6に示すように、主反射鏡には有効開口径5.1 mの展開メッシュ型のオフセット反射鏡が用いられている。通信系のS帯については、4つのビームを形成するビーム形成回路を用いたアクティブフェーズドアレー給電によりビーム合成を行っている。照射エリアは日本本土および200海里の領域であり、4ビームでエリアを照射している。

図4.6 実用通信衛星N-STAR c/d

図4.6 実用通信衛星N-STAR c/d 3)


4.2.5 国内衛星通信用衛星搭載アンテナの研究開発と実用化

 1977年12月に打ち上げられた実験用中容量静止通信衛星CSに始まり、実用衛星N-STARに至る国内衛星通信用衛星搭載アンテナの変遷には目を見張るものがある。本章で述べたように、実用衛星N-STAR a/bは、実用衛星CS-2/CS-3で用いたC帯およびKa帯成形ビームに加えて、新たにS帯およびKu帯を加え、さらに、マルチビーム化を図った多目的の衛星であった。
 周波数の観点からはKa帯とC帯に加えてKu帯とS帯が加わり、照射ビームも成形ビームに加えてマルチビームが加わり、搭載アンテナへの給電系がかなり複雑化したとともに、搭載アンテナのアンテナ構成の困難さが大きな課題であった。この課題に対する研究開発により、従来の搭載アンテナ技術の集大成として衛星搭載アンテナの設計開発技術は大きく進展し、1990年代の衛星通信の時代が到来し、現在へと繋がってきたものと思われる。
 2002年7月以降に打ち上げられたN-STAR c/dは、衛星を用いた移動体通信に特化しており、多目的衛星の面影は無くなっている。


4.3 国内衛星通信のための地球局アンテナ

4.3.1 国内衛星通信に適した地球局アンテナ

 電波天文においては多周波数帯共用の大開口径アンテナが用いられることが多いが、国内衛星通信に用いる実用の地球局アンテナにおいては、Ka帯、Ku帯、C帯、S帯の各々の周波数帯に応じた専用の地球局アンテナを用いるのが一般的である。まれに、システム共用のためにKa/Ku帯共用や、実験用としてKa/Ku/C帯を共用した例がある。
 4.1.2項の表4.2に示した国内衛星通信システムの構築に用いられた代表的な地球局アンテナについて、有効開口径、アンテナ形式をまとめて表4.6に示す。表4.6に示すように、様々な開口径のアンテナが採用されていることが分かる。地球局アンテナの開口径は、4.1.3項に述べたように、国内衛星通信システムの変遷に伴って、時代とともに小口径化している。もちろん、通信衛星のアンテナの大口径化が大きな理由ではあるが、システムを構成する各装置の性能が高まったことによる回線設計の見直しによる結果である。

表4.6 国内衛星通信で用いた代表的な地球局アンテナ

適用対象周波数帯有効開口径アンテナ形式
総括局間中継回線Ka帯11.5 m・軸対称カセグレンアンテナ
・オフセットカセグレンアンテナ
衛星中継網Ka帯4.2 m4枚反射鏡形式デュアルビームアンテナ
放送テレビ中継網Ku帯6.5 m3枚反射鏡形式デュアルビームアンテナ
離島回線C帯11.5 m軸対称カセグレンアンテナ
5.3 m×5.7 m3枚反射鏡形式デュアルビームアンテナ
3 m楕円ビームオフセットパラボラアンテナ
孤立防止無線回線C帯1.8〜2.4 m楕円ビームオフセットパラボラアンテナ
臨時回線(車載)Ka帯2.7 m軸対称カセグレンアンテナ
Ku帯2.5 m×3.0 m楕円ビームカセグレンアンテナ
C帯3 m軸対称カセグレンアンテナ
ディジタル専用回線Ka帯4.2 m・オフセットカセグレンテナ
・垂直設置オフセットカセグレンアンテナ
・軸対称グレゴリアンアンテナ
映像中継回線C帯4.5 m軸対称パラボラアンテナ
ディジタル加入者回線Ku帯1.2 mオフセットパラボラアンテナ
マルチメディア系回線Ku帯45 cm〜4.5 mオフセットパラボラアンテナ
移動体衛星回線S帯棒状2線巻ヘリカルアンテナ
平面状プリントアンテナ

 初期の衛星通信においては、大開口径の軸対称アンテナが多く用いられたが、高利得・低サイドローブ化技術およびマルチビーム化技術の向上により、優れた性能を有する地球局アンテナが開発され、実用に供された。
 4.3.2項から4.3.7項では、新しいアンテナ技術を用いて開発した代表的なアンテナについて概要を示す。4.3.2項から4.3.7項で示す以外にも既存技術で開発した多くのアンテナが採用され、実用に供されてきた。

4.3.2 大口径を有する地球局アンテナ

(1)衛星通信実験用大口径地球局アンテナ

 衛星通信の象徴は大口径アンテナであるという初期の衛星通信のイメージ通りに、当初の準ミリ波帯を用いた衛星通信システムにおいても、10 m(30 GHzで1,000波長)を越える大口径アンテナが開発された。
 前述の1972年に開設した横須賀市野比に設けられた衛星通信実験所には有効開口径12.8 mの実験用地球局アンテナが導入された。このアンテナは、集束ビーム給電を用いたニアフィールド鏡面修整カセグレンアンテナである14)15)16)。衛星通信実験用大口径地球局アンテナの構造と外観を図4.7に示す15)。これに用いられたアンテナ鏡面修整技術17)は、東京天文台のミリ波帯を用いた6 mの電波天文用アンテナにも用いられていたが、このアンテナでは主副反射鏡の鏡面修整に加えて、集束反射鏡2枚を用いた4枚反射鏡系を新たに採用して、5周波数帯(4 GHz帯、6 GHz帯、11 GHz帯、18 GHz帯、26 GHz帯)の共用と一次放射器の固定を可能にしている。衛星通信実験用大口径地球局アンテナの電気性能(設計値)を表4.7に示す15)

(a)構造

(a)構造

(b)鏡面系構造

(b)鏡面系構造

(c)外観

(c)外観

図4.7 衛星通信実験用大口径地球局アンテナ15)

表4.7 衛星通信実験用大口径地球局アンテナの電気性能15)

項目性能
周波数帯4 GHz帯6 GHz帯18 GHz帯26 GHz帯
開口径12.8 m
指向性利得52.2 dBi56.3 dBi65.7 dBi68.2 dBi
開口能率58 %66 %64 %54 %
第1サイド
ローブレベル
≦ -14 dB
VSWR≦ 1.1

(2)実用に向けた大口径軸対称カセグレン地球局アンテナ

 この実験用地球局アンテナでの実証をもとに、国内衛星通信の実用に向けた地球局アンテナとして、有効開口径11.5 mの鏡面修整軸対称カセグレン地球局アンテナが開発され、1976年に導入された18)19)20)。11.5 m軸対称カセグレン地球局アンテナの構造と外観を図4.8に示す。このアンテナは、準ミリ波帯専用として設計されており、追尾する衛星を限定した限定駆動方式を採用しており、主副反射鏡の鏡面修整により高能率化を図っていた。大口径軸対称カセグレン地球局アンテナの電気性能の実測結果を表4.8に示す20)



(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.8 大口径軸対称カセグレン地球局アンテナ15)

表4.8 大口径軸対称カセグレン地球局アンテナの電気性能20)

項目受信(20 GHz帯)送信(30 GHz帯)
周波数帯域17.7〜21.2 GHz27.5〜31.0 GHz
偏波右旋円左旋円
開口径11.5 m
指向性利得66.0 dBi(19.5 GHz)69.3 dBi(29.5 GHz)
開口能率72 %(19.5 GHz)68 %(29.5 GHz)
VSWR≦ 1.10≦ 1.08
雑音温度
(仰角45°)
15 K(18.75 GHz)-

(3)実用に向けた大口径オフセットカセグレン地球局アンテナ

 これと平行して、軸対称カセグレンアンテナに対して高能率・低サイドローブ化が期待できるオフセットカセグレン形の地球局アンテナの研究開発が進められ、1978年に導入された21)。11.5 mオフセットカセグレン地球局アンテナの構造と外観を図4.9に示す22)23)24)25)。このアンテナは、オフセット給電タイプであるため、主反射鏡の長径は14.5 m、短径は11.5 mであり、有効開口径は11.5 mである。オフセット給電により主反射鏡面を水平とすることが可能となり、従来の軸対称アンテナに比べて風荷重の軽減および地上無線回線との干渉の低減を図っている。また、限定駆動方式を採用しており、電話局舎ビルの屋上への設置を可能としている。このアンテナは、その巨大さと形状から、首の長い巨大恐竜のブロントザウルスに似ていると言われた。
 アンテナの鏡面系は、準ミリ波帯専用として設計されており、主および副反射鏡に加えて3枚の集束反射鏡から構成され、副反射鏡と第1集束反射鏡との鏡面修整により高能率化を図っている。大口径オフセットカセグレン地球局アンテナの電気性能の実測結果を表4.9に示す24)

(a)構造

(a)構造

(b)鏡面系

(b)鏡面系

(c)外観

(c)外観

(d)特性測定風景

(d)特性測定風景

図4.9 大口径オフセットカセグレン地球局アンテナ21)

表4.9 大口径オフセットカセグレン地球局アンテナの電気性能24)

項目受信(20 GHz帯)送信(30 GHz帯)
周波数帯域17.7〜21.2 GHz27.5〜31.0 GHz
偏波右旋円左旋円
有効開口径11.5 m
指向性利得66.3 dBi(19.5 GHz)69.5 dBi(29.5 GHz)
開口能率77.4 %(19.5 GHz)70.6 %(29.5 GHz)
第1サイド
ローブレベル
≦ -20 dB≦ -20 dB
VSWR≦ 1.12≦ 1.08
雑音温度
(仰角45°)
15 K(18.75 GHz)-

 これらの大開口径地球局アンテナの電気特性測定には、図4.9(d)に示すように、東京湾に面した横須賀市野比に設置された大型回転台が用いられた。
 以上に示したアンテナは、郵政省(当時)主導で行われたCS実験2)26)27)にも利用されている。CS実験は1978年から3年間行われた。12.8 mと11.5 mの軸対称カセグレンアンテナは、横須賀市野比にあった衛星通信実験所に並べて置かれ、11.5 mオフセットカセグレン地球局アンテナは仙台の榴ヶ岡電話局の屋上に置かれてCS実験に使用された。これらのアンテナに加えて車載局28)を用いたCS実験により、当時進められていた非常災害時の通信手段の確保および離島通信回線の設定を目的とした中容量衛星通信方式導入のためのアンテナを含む各種装置の性能が確認された。このCS実験を受けて、図4.9に示した11.5 mオフセットカセグレン地球局アンテナの導入が決定され、中容量衛星通信方式で用いる地球局アンテナとして日本各地の中心都市にある総括局の屋上に設置されて実用に供された。

4.3.3 衛星ディジタル通信のための小口径地球局アンテナ

(1)楕円ビームオフセット地球局アンテナ

 当時の通信のディジタル化の中で、多数の小型地球局間で音声、データ等の各種ディジタル信号を伝送可能な統合ディジタル衛星通信方式が検討された29)。この方式に用いるアンテナとして、小形、簡易、かつビル屋上等に設置可能で追尾駆動系を簡易化したアンテナが望まれた。これに対して、静止衛星の1日の位置変動が東西方向に比べて南北方向に大きいことを考慮して、南北方向に長い楕円ビームにして追尾不要とすることが提案された。
 図4.10に高能率楕円ビームオフセットカセグレン地球局アンテナ構造と外観を示す30)。このアンテナの主反射鏡の長径は4.68 m、短径は2.3 mであり、直径3.3 mの円形開口と等価な利得を有している。ビーム幅は、開口径に反比例して、1:2の比になっている。この楕円形開口に対する新たな鏡面修整法が開発され31)、開口能率は20 GHz帯で81 %、30 GHz帯で76 %が得られている。

(a)構造

(a)構造

(b)鏡面系

(b)鏡面系


(c)外観

(c)外観

図4.10 高能率楕円ビームオフセットカセグレン地球局アンテナ30)

(2)小口径地球局アンテナ

 実用衛星CS-2を用いた衛星回線の迅速性、広域性、高信頼性を活かした衛星ディジタル通信の実現のために、地球局装置の経済化および小形軽量化を可能とする小開口径アンテナの開発が望まれた。
 1984年に開発された小口径オフセットカセグレンアンテナは、主反射鏡の開口は4.2 m × 4.8 mであり、有効開口径は4.2 mである。先に開発した大口径オフセットカセグレン地球局アンテナの設置形態を踏襲して、主反射鏡面を水平設置としていた。主・副反射鏡の鏡面修整により高能率・低サイドローブ化を図っており、指向性利得は19.45 GHzにおいて56.6 dBi、29.25 GHzにおいて60.4 dBiが得られている。また、副反射鏡駆動による衛星追尾機構を有していた。
 この衛星ディジタル通信用のアンテナに加えて、地球局装置の更なる経済化および小形軽量化を目的に、当時のトラックⅢ 調達により新たに垂直設置のオフセットカセグレンアンテナと、また、同じく小形軽量化を図った軸対称グレゴリアンアンテナも開発された。図 4.11に垂直設置オフセットカセグレン小口径地球局アンテナを、図4.12に軸対称グレゴリアン小口径地球局アンテナを示す32)。有効開口径はともに4.2 mである。垂直設置オフセットカセグレンアンテナの長径は5.1 mであり、アンテナ高が若干高くなるものの、着雪低減のための融雪用電力の減少が図られている。周波数帯域は、所要帯域幅の変更により、送信が27.5〜29.5 GHz、受信が17.7〜19.5 GHzと約半分となっている。指向性利得は、上記の水平設置小口径オフセットカセグレンアンテナと同じである。また、オフセットアンテナ特有の低サイドローブ特性を有している。両アンテナとも設置場所を低層ビル屋上に限った結果、瞬間最大速度圧を半減でき、簡易なアンテナが構成されていた。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.11 垂直設置オフセットカセグレン小口径地球局アンテナ32)

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.12 軸対称グレゴリアン小口径地球局アンテナ32)

 小形軽量化を図った衛星ディジタル通信用小口径地球局アンテナの電気性能を上述の水平設置オフセットカセグレンアンテナと比較して表4.10に示す32)

表4.10 衛星ディジタル通信用小口径地球局アンテナの電気性能32)

項目水平設置オフセット垂直設置オフセット・軸対称
周波数帯域送信27.5〜31.0 GHz27.5〜29.5 GHz
受信17.7〜21.2 GHz17.7〜19.5 GHz
偏波送信左旋円
受信右旋円
有効開口径4.2 m
指向性利得送信60.4 dBi(29.25 GHz)
受信56.6 dBi(19.45 GHz)
VSWR≦ 1.25
雑音温度
(仰角45°)
60 K(18.75 GHz)

地球局アンテナが記念切手に

 衛星ディジタル通信のために開発された高能率楕円ビームオフセットカセグレン地球局アンテナ(4.3.3項参照)は、その形状から羽を広げた優雅な白鳥に似ているとされ、1985年に発行された新電気通信制度発足の記念切手に、NTTのロゴマークとともに採用されている。


 昭和60年版通信白書の「第1節 新しい電気通信秩序の形成」の冒頭には、「昭和60年4月1日,電気通信事業法,日本電信電話株式会社法等が施行されたことに伴い、我が国の電気通信分野は,明治以来百年有余にわたる一元的独占体制の歴史を脱し,民間の活力を導入した自由競争の時代に移行した。」と書かれている。この1985年4月1日に日本電信電話公社は民営化され、日本電信電話株式会社(略称:NTT)が誕生した。

4.3.4 2衛星同時アクセスのためのデュアルビーム地球局アンテナ

(1)DYANETデュアルビーム地球局アンテナ

 実用衛星CS-3を用いた衛星通信の新しい利用形態として、共通迂回中継を衛星通信で行うことが森広芳照らによって提案された33)34)35)。これは、DYANET(DYnamic routing and channel Assigning satellite communication NETworks)と呼ばれ、地上の中継回線と相互に補完して高信頼で経済的な通信回線を構築することを目的としており、地上マイクロ波回線が主流であった中での画期的な提案であった。
 DYANETで用いられた地球局アンテナには、実用衛星CS-3aとCS-3bの両衛星を同時に追尾するマルチビーム技術が望まれた。当時、マルチビームアンテナについては、様々なアンテナ形式に対しての研究開発が行われていた36)。その中でダブルカーブ反射鏡を用いたトーラスアンテナ37)に着目し、新たに6枚の反射鏡と2本の一次放射器からなる4枚反射鏡形式ダブルトーラスアンテナを開発した。1988年から商用導入が開始され、全国62の電話局屋上への設置に伴い、30/20 GHz帯の準ミリ波を用いた2衛星に日本全国から同時アクセスが可能となった38)39)
 実用に供されたDYANETデュアルビーム地球局アンテナの構造と外観を図4.13に示す。図4.13に示すように、トーラス反射鏡を主および副反射鏡に適用することにより、副反射鏡を主反射鏡と同様に各ビームについて共用できるため、副反射鏡の近接配置の限界が無くなり、効率的な鏡面の構成が可能となった40)。トーラス反射鏡は、地上から2衛星を見た東西方向の角度差を4.5°として設計している。トーラスアンテナが球面収差を持つことによる開口能率低下を解消するため、この球面収差の補正と高能率・低サイドローブ化のために、2枚の補助反射鏡を用いて鏡面修整を行っている。さらに、静止衛星軌道の見かけの傾きに対処するために、衛星の方向に合わせて南北方向(上下方向)にオフセットしたビームを放射するように衛星軌道の傾きに合わせた鏡面系を構成している38)。主反射鏡の有効開口径は4.2 m、主反射鏡の大きさは、幅5.1 m、高さ4.7 mである。

(a)構造

(a)構造

(b)鏡面系

(b)鏡面系

(c)外観

(c)外観

図4.13 DYANET デュアルビーム地球局アンテナ21)

 DYANETデュアルビーム地球局アンテナの電気性能の実測結果を表4.11に示す38)。有効開口に対する開口能率は80 % 程度得られている。主反射鏡面を2ビームで共用しているため、実開口に対する開口能率は65 % である。

表4.11 DYANETデュアルビーム地球局アンテナの電気性能38)

項目受信(20 GHz帯)送信(30 GHz帯)
周波数帯域17.7〜21.2 GHz27.5〜31.0 GHz
偏波右旋円左旋円
有効開口径4.2 m
実開口径5.1 m × 4.7 m
利得
(送受分波器入出力端)
57.7 dBi
(19.5 GHz)
61.4 dBi
(29.5 GHz)
開口能率(有効開口)80 %(19.5 GHz)82 %(29.5 GHz)
3 dBビーム幅0.23°(19.5 GHz)0.15°(29.5 GHz)
VSWR≦ 1.2≦ 1.2
雑音温度
(仰角45°)
45 K(18.75 GHz)-

 このDYANETデュアルビーム地球局アンテナの鏡面系を流用して、Ku帯一次放射器との組み合わせにより、垂直/水平偏波を用いるKu帯専用DYANET Ⅱデュアルビーム地球局アンテナも開発されている41)。また、新たに開発したKa/Ku帯共用の一次放射器との組み合わせにより、Ka帯とKu帯の両システムでの共用を可能とし、多目的衛星N-STARを用いたシステムに用いるデュアルビーム地球局アンテナも開発されている42)

(2)放送テレビ中継デュアルビーム地球局アンテナ

 JCSAT衛星の14/12 GHz帯を用いた放送テレビ中継網にも、デュアルビーム地球局アンテナの適用が検討され、1989年から全国35の電話局屋上に商用導入されている。放送テレビ中継デュアルビーム地球局アンテナの構造と外観を図4.14に示す43)
 図4.14に示すように、主および副反射鏡に加えて、補助反射鏡と一次放射器を2系統設けた構造である3枚反射鏡形式を採用している。主反射鏡は放物面、副反射鏡は双曲面、補助反射鏡は平面を用いた基本的な鏡面系であり、補助反射鏡の駆動により衛星追尾を行っている。放送テレビ中継デュアルビーム地球局アンテナの電気性能の実測結果を表4.12に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

(c)屋上設置時外観

(c)屋上設置時外観

図4.14 放送テレビ中継デュアルビーム地球局アンテナ43)

表4.12 放送テレビ中継デュアルビーム地球局アンテナの電気性能

項目受信(12 GHz帯)送信(14 GHz帯)
周波数帯域12.25〜12.75 GHz14.0〜14.5 GHz
偏波垂直/水平
有効開口径6.5 m
実開口径7.3 m × 6.5 m
指向性利得56.5 dBi
(12.75 GHz)
57.6 dBi
(14.5 GHz)
3 dBビーム幅0.25°(12.75 GHz)0.22°(14.5 GHz)
VSWR≦ 1.25≦ 1.20
雑音温度
(仰角45°)
60 K(12.75 GHz)-

(3)離島通信デュアルビーム地球局アンテナ

 上記のDYANETをベースとして、離島への適用を図ったDYANET(C)が検討された。DYANET(C)用アンテナとしてもDYANETデュアルビーム地球局アンテナをベースとして検討がなされたが、使用周波数帯が低いため4枚反射鏡構成がとれないことから、新たな3枚反射鏡形式のデュアルビーム地球局アンテナが検討された。新たに開発された離島通信デュアルビーム地球局アンテナの構造と外観を図4.15に示す44)
 図4.15に示すように、主および副反射鏡に加えて、補助反射鏡と一次放射器を2系統設けた構造となっている。副反射鏡は2系統で高能率特性が得られるように鏡面修整を用い、補助反射鏡は位相補正のために鏡面修整している。この補助反射鏡の駆動により、衛星追尾を行っている。また、風の強い離島で用いるため、90 m/sの台風に対しても変形しないように水平設置としていた。離島通信デュアルビーム地球局アンテナの電気性能の実測結果を表4.13に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.15 離島通信デュアルビーム地球局アンテナ44)

表4.13 離島通信デュアルビーム地球局アンテナの電気性能

項目受信(4 GHz帯)送信(6 GHz帯)
周波数帯域3.700〜4.200 GHz5.925〜6.425 GHz
偏波右旋円左旋円
有効開口径5.3 m × 5.7 m
実開口径6.3 m × 5.7 m
指向性利得45.1 dBi
(3.95 GHz)
49.0 dBi
(6.175 GHz)
VSWR≦ 1.07≦ 1.10
雑音温度
(仰角45°)
35 K(3.95 GHz)-

4.3.5 離島通信・孤立防止無線のための小口径地球局アンテナ

 離島通信および孤立防止のために簡易な構造の小口径地球局アンテナが開発された。離島通信用小口径地球局アンテナの外観を図4.16に、孤立防止無線用小口径地球局アンテナの外観を図4.17に示す。
 図4.16および図4.17に示すように、いずれも楕円ビームを放射するオフセットパラボラが採用されている。離島通信用地球局アンテナおよび孤立防止無線用地球局アンテナの電気性能の実測結果をまとめて表4.14に示す。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.16 離島通信用小口径地球局アンテナ45)

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図4.17 孤立防止用小口径地球局アンテナ45)

表4.14 離島通信・孤立防止無線用小口径地球局アンテナの電気性能

項目離島通信用孤立防止無線用
周波数帯域送信5.925〜6.425 GHz
受信3.700〜4.200 GHz
偏波送信左旋円
受信右旋円
主反射鏡水平設置垂直設置
有効開口径3 m1.8 m
実開口径2.4 m × 3.8 m1.35 m × 2.4 m
指向性利得送信42.9 dBi(6.175 GHz)38.7 dBi(6.175 GHz)
受信40.2 dBi(3.95 GHz)35.6 dBi(3.95 GHz)
雑音温度
(仰角45°)
65 K(3.95 GHz)50 K(3.95 GHz)

4.3.6 マルチメディア系通信のための簡易地球局アンテナ

 同報インタラクティブ衛星通信を初めとするマルチメディア系衛星通信のための地球局アンテナとしては、直径45 cm〜4.5 mの様々なアンテナが用いられていた。図4.18に一例を示すように、ユーザ局用であるためオフセットパラボラアンテナのような簡易で安価な地球局アンテナが用いられた。

図4.18 マルチメディア系通信のための簡易地球局アンテナ




4.3.7 移動体衛星通信のための衛星移動局アンテナ

 1980年に船舶衛星通信方式の研究が開始され、2.6/2.5 GHz帯で用いる船舶搭載用アンテナの研究開発が進められた。その当時、既存のショートバックファイアアンテナに加えて、新たに衛星追尾を不要とする円偏波円錐ビームを持つアンテナとして、ダイポールとパッチで構成したアンテナ46)、マイクロストリップパッチで構成したアンテナ47)、2線巻ヘリカルアンテナ48)等の研究開発が行われた(コラム参照)。
 その後、N-STAR a/b衛星の2.6/2.5 GHz帯を用いた船舶、自動車、航空機を対象とした移動体向けの衛星移動通信サービスが1996年に開始され、プリントパッチアレーを用いた追尾機能を有するアンテナが開発された49)。衛星電話ワイドスターを用いた衛星航空機電話の移動局アンテナには、新たにアクティブフェイズドアレーアンテナが採用され、衛星追尾に電子制御が用いられていることは特筆すべきである50)
 さらに、2010年には、N-STAR c/dを用いた船舶、自動車を対象としたワイドスターⅡがサービス開始され、それとともに新たな船舶搭載用アンテナも開発されて現在に至っている51)


幻の円錐ビームアンテナ

 1980年代に開始された船舶衛星通信方式の研究実用化において、2.6/2.5 GHz帯の衛星電波を用いた移動体搭載用アンテナの研究が行われた。メッセージ通信のための低利得で簡易な移動体搭載用アンテナとして、図1に示すように、船舶の旋回に対しても衛星追尾機構を不要とできる円偏波円錐ビームの採用が考えられた。

図1 円錐ビームの概念

図1 円錐ビームの概念


 新たに開発された円偏波円錐ビームを持つアンテナとして、図2にダイポールとパッチで構成したアンテナ(第4章文献(46)参照)、図3にマイクロストリップパッチで構成したアンテナ(第4章文献(47)参照)、図4に2線巻ヘリカルアンテナ(第4章文献(48)参照)をはじめとして、高次モード励振マイクロストリップアンテナ、ラジアル線路アンテナ等の平面アンテナや棒状アンテナを用いた多種のアンテナが開発され、円錐ビームアンテナが研究開発においてブームとなった時期があった。
(a)ダイポールを用いたアンテナ 

(a)ダイポールを用いたアンテナ 

(b)プリントで構成したアンテナ

(b)プリントで構成したアンテナ

(c)2線巻ヘリカルアンテナ

(c)2線巻ヘリカルアンテナ

図2 円錐ビームを有する衛星移動局アンテナ

 しかし、メッセージのみではなく電話や画像データの通信が主流となったマルチメディア時代に入り、移動体搭載用アンテナにも広帯域伝送のための高利得化が求められ、低利得な円錐ビームアンテナは幻の存在となった。

4.3.8 国内衛星通信用地球局アンテナの研究開発と実用化

 1983年に実用衛星CS-2を用いた国内衛星通信サービスを開始した当時、衛星通信の主たる用途は非常災害時の通信の確保や離島通信であった。その後の実用衛星CS-3やN-STARの打上げに伴い、衛星通信を有効活用することが検討され、地上マイクロ波中継回線と相互に補完して高信頼で経済的な通信回線を構築する画期的なDYANET構想を初めとして、ディジタル通信、マルチメディア系衛星通信のシステムが数多く実現されて、1980年代後半から1990年代後半にかけて国内衛星通信の時代が到来した52)53)54)55)
 国内衛星通信の時代の到来に伴い、アンテナ技術に着目しても数多くの研究開発がなされ、多くのアンテナが実用に供されてきた。本章で述べたアンテナ以外にも多くのアンテナが用いられた。衛星搭載用アンテナは、国内衛星通信の時代に向けての多目的衛星を夢見て、多周波数帯共用の複雑でかつ高性能なアンテナを実現してきたが、N-STAR a/bの開発が最後となった。一方、地球局アンテナは、衛星通信の言葉がイメージする大開口径アンテナの時代から、全国展開に向けて小口径化をたどり、簡易で安価な小口径地球局アンテナが主流となった。国内衛星通信用衛星搭載用アンテナおよび地球局アンテナとして用いたアンテナは、3章で述べた固定無線通信回線用アンテナと同様に、開口面アンテナが主流であり、パッシブな開口面アンテナの設計技術はほぼ完成された感がある。
 2002年にN-STAR a/bの衛星資産がJSAT(株)へ譲渡されたことに伴い、NTTとしての準ミリ波を用いた商用サービスは終了した。それに伴って、国内衛星通信の時代は終わり、国内衛星通信サービス用として開発された主たるアンテナはすべて撤去され現存していない。
 その後、JSAT(株)のKu帯の電波を用いて、災害対策のための衛星通信回線は継続して提供されている。また、S帯とC帯については、ワイドスターサービスとして提供されており、2010年にN-STAR c/d衛星を用いたワイドスターⅡサービスに引き継がれている。
 また、1983年にサービス開始した小笠原をはじめとした離島のための衛星通信回線は、海底の光回線の敷設に伴って、2023年までにはすべて光回線に置き換えられる予定である。離島衛星通信用の地球局アンテナについても、最近では9.2 mおよび7.6 mの双反射鏡アンテナが用いられていたが、サービス終了に伴って撤去される予定になっている。

円偏波の旋回方向の定義

 円偏波とは、電磁波(平面波)の進行方向のある特定の位置における電界ベクトルが時間の変化とともに回転し、その軌跡が円を描く偏波を言う。円偏波は、波の進行方向に向かって見たときの電界ベクトルの軌跡の旋回方向により、時計回りの偏波を右旋円偏波、反時計回りの偏波を左旋円偏波と呼ばれている。 これは、IEEE(米国電気電子学会)において定義されているが、第二次世界大戦の前後で、円偏波の旋回方向の定義が異なっている。第二次世界大戦の前においては、到来波に対して受信側から見た旋回方向で定義しており、戦後は送信波に対して送信側から見た旋回方向で定義しているため、互いに逆の関係にある。戦後長く、定義の変更による混乱が見られた。


4章の文献

1)若井登[監修], “無線百話 −マルコーニから携帯電話まで−”, 第7章 宇宙通信時代, クリエイト・クルーズ, July 1997.

2)塚本賢一, 小嶋弘, “実験用中容量静止通信衛星(CS)計画”, 電波研究所ニュース, no.12, Mar. 1977.

3)安井良次, 小林理, 山本員市, 安藤和秀, 堀川浩二, “N-STAR cと衛星管制システムの開発”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.11, no.1, pp.67-76, Apr. 2003.

4)Clark, Arthur C., “Extra-Terrestrial Relays - Can Rocket Stations Give Worldwide Radio Coverage”, Wireless World, pp.305-308, Oct. 1945.

5)山本員市, 古川誠, 佐藤嬉珍, 西泰樹, 堀川浩二, “ワイドスターⅡ衛星移動通信システム・サービスの概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.37-42, July 2010.

6)堀俊和, “衛星通信用アンテナ”, 電気学会誌, vol.118, no.10, pp.606-609, Oct. 1998.

7)上野晋, 歌野孝法, 山本浩治, 西泰樹, “N-STAR衛星通信システムの概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.4, no.2, pp.6-9, July 1996.

8)井上雅広, 鴨川健司, 澤田政宏, 相田浩伺, “ワイドスターII衛星移動通信方式の概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.43-48, July 2010.

9)八坂哲雄, 中川一夫, 上野健治, 熊沢弘之, “搭載アンテナの設計と特性”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.29, no.4, pp.627-649, Apr. 1980.

10)熊沢弘之, 板波隆雄, 上野健治, 近藤彰, “ETS-VI搭載アンテナ系の構成と特性”, NTT R&D, vol.40, no.3, pp.339-348, Mar. 1991.

11)八坂哲雄, 大友功, 蓑毛正洋, “衛星搭載用展開アンテナの構造”, 日本航空宇宙学会誌, vol.34, no.389, pp.291-302, June 1986.

12)熊澤弘之, “衛星搭載用通信機器の開発および通信の教育への利用”, 帝京大学理工学部 最終講義資料, Feb. 2016. 【私信】

13)“次世代通信サービスを拓く通信衛星「N-STAR」”, NTTぷらざ, vol.47, no.11, pp.3-6, Oct. 1995.

14)島田禎晋, 小山正樹, 苅込正敞, 水沢丕雄, 別段信一, “多周波数帯共用集束ビームカセグレンアンテナ”, 電子通信学会 アンテナ・伝播研究会資料, A・P71-63, Feb. 1972.

15)島田禎晋, 小山正樹, “衛星通信実験所用アンテナ”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.22, no.4, pp.1123-1142, Apr. 1973.

16)苅込正敞, 進士昌明, “衛星通信実験所用アンテナの特性”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.22, no.6, pp.1513-1525, June 1973.

17)Galindo, V., “Design of Dual-Reflector Antennas with Arbitrary Phase and Amplitude Distributions”, IEEE Trans. AP, vol.AP-12, no.4, pp.403-408, July 1964.

18)小川英一, 高野忠, 石田則明, 進士昌明, 別段信一, 西村昭三, “準ミリ波専用地球局カセグレンアンテナ”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P76-50, Aug. 1976.

19)小川英一, 堀俊和, 高野忠, 石田則明, “準ミリ波専用地球局カセグレンアンテナにおける諸問題”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P77-22, June 1977.

20)高野忠, 小川英一, 石田則明, 進士昌明, “準ミリ波地球局用カセグレンアンテナ”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.27, no.7, pp.1461-1478, July 1978.

21)小川英一, 高野忠, 進士昌明, “オフセットカセグレン型アンテナの地球局への適用について”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P77-91, Jan. 1978.

22)高野忠, 小川英一, 堀俊和, 別段信一, “オフセットカセグレン地球局アンテナの設計とその特性”, 電子通信学会論文誌B, vol.J63-B, no.3, pp.232-239, Mar. 1980.

23)高野忠, 小川英一, 堀俊和, 進士昌明, “オフセットカセグレン地球局アンテナの設計”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.29, no.3, pp.415-441, Mar. 1980.

24)小川英一, 堀俊和, 高野忠, “オフセットカセグレン地球局アンテナの特性と測定法”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.29, no.3, pp.443-465, Mar. 1980.

25)高野忠, 小川英一, 板波隆雄, 堀俊和, “準ミリ波地球局用アンテナ・分波装置”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.29, no.4, pp.715-734, Apr. 1980.

26)更田博昭, 初田健, 塚本賢一, “国内衛星通信方式”, テレビジョン学会誌, vol.32, no.2, pp.95-103, Feb. 1978.

27)石田則明, 更田博昭, 岡島徹, “衛星通信地球局の概要”, 電気通信施設, vol.30, no.3, pp.1-12, Mar. 1978.

28)岡本照喜, 江上俊一郎, 菱田英二郎, 奈良武治, 貝塚俊之, “車載局装置”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.29, no.4, pp.753-776, Apr. 1980.

29)Kohiyama, K., Watanabe, Y., Samejima, S. and Kato, S., “Demand Assigned TDMA System for Digitally Integrated Services Network”, AIAA CSSC, pp.117-124, Apr. 1980.

30)小川英一, 鹿子嶋憲一, 井上武夫, 片木孝至, “高能率楕円ビームオフセットカセグレンアンテナ”, 電子通信学会 技術研究報告, AP80-14, June 1980.

31)Mizusawa, M., Betsudan, S., Urasaki,S. and Iimori, M.,“A Dual Doubly Curved Reflector Antenna Having Good Circular Polarization Characteristics”, IEEE Trans. AP, vol.AP-26, no.5, pp.455-458, May 1978.

32)井上武夫, 山田吉英, 鹿子嶋憲一, 川島冨士男, “地球局装置・アンテナの構成”,電気通信研究所 研究実用化報告, vol.35, no.12, pp.1263-1271, Dec. 1986.

33)森広芳照, 岡坂定篤, 中島裕, “共通迂回中継による衛星中継網方式の提案−DYANET−”, 電子情報通信学会 技術研究報告, SAT87-19, Sept. 1987.

34)森広芳照, 加藤修三, 大貫雅史, “衛星中継網方式 −DYANET−”, 電子情報通信学会誌, vol.74, no.5, pp.439-456, May 1991.

35)石田則明, 上野晋, “衛星中継網方式の実用化−DYANET−”, NTT施設, vol.40, no.9, pp.18-23, Sept. 1988.

36)進士昌明, 安達三郎, “マルチビームアンテナ”, 電子通信学会誌, vol.60, no.5, pp.544-551, May 1977.

37)Hyde, G., Kreutel, R.W. and Smith, L.V.,“The Unattended Earth Terminal Multibeam Torus Antenna”, COMSAT Technical Review, vol.4, no.2, pp.231-262, Fall 1974.

38)堀俊和, 田中知明, 秋田明彦, “デュアルビームを有する地球局アンテナの構成法と特性”, 電子情報通信学会 技術研究報告, A・P88-151, Feb. 1989.

39)堀俊和, 田中知明, 赤木久眞, “DYANETデュアルビームアンテナ”, NTT R&D, vol.39, no.2, pp.193-200, Feb. 1990.

40)山田隆, 鹿子嶋憲一, “トーラス副反射鏡を用いたマルチビーム地球局アンテナ”, 昭和59年電子情報通信学会 総合全国大会, no.761, Mar. 1984.

41)堀俊和, 比嘉秀光, 大津茂雄, “DYANET IIデュアルビームアンテナ”, NTT R&D, vol.41, no.4, pp.453-462, Apr. 1992.

42)近藤彰, 比嘉秀光, “N-STARへの移行に伴うKa帯デュアルビームアンテナのKa/Ku帯共用化”, 1994年電子情報通信学会 秋季大会, no.B-183, Sept. 1994.

43)鈴木涼太, 森泰夫, 林邦宏, “Kuバンド衛星通信のサービス開始”, NTT技術ジャーナル, vol.1, no.4, pp.64-68, July 1989.

44)近藤彰, 堀俊和, 比嘉秀光, “離島統合衛星通信方式(DYANET(C))用デュアルビーム地球局アンテナ”, 1992年電子情報通信学会 春季大会, no.B-185, Mar. 1992.

45)鈴木涼太, 吉原正史, “マイクロ波小容量衛星通信方式 −SC-30方式-”, 電気通信施設, vol.37, no.3, pp.135-140, Mar. 1985.

46)木村嘉夫, 山田吉英, 堀俊和, “半波長ダイポールを素子とする円錐ビームアンテナの給電特性”, 昭和57年電子通信学会 総合全国大会, no.633, Mar. 1982.

47)堀俊和, 伊丹裕司, 中嶋信生, “円錐ビームを有する円偏波マイクロストリップアレーアンテナ”, 昭和57年電子通信学会 総合全国大会, no.655, Mar. 1982.

48)寺田矩芳, 鹿子嶋憲一, “移動体衛星通信用円錐ビーム2線巻きヘリカルアンテナ”, 電子情報通信学会 技術研究報告, A・P91-38, June 1991.

49)上田隆, 渡部俊幸, 新田和正, 宮下敬也, 山本晃広, “移動機”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.4, no.2, pp.24-28, July 1996.

50)小野隆, 新田和正, 安藤智浩, 辻剛史, “衛星航空機電話特集 衛星航空機用移動機”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.9, no.2, pp.47-51, July 2001.

51)季羽美仁, 小林茂子, 久保朋宏, 二本木利之, 相田浩伺, 新田和正, “ワイドスターⅡ衛星移動端末の開発”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.67-72, July 2010.

52)大井次郎, 近藤健児, 和才博美, “いま、衛星通信に熱いまなざしが。-衛星通信の最近の動向と将来の展望-”,NTT施設, vol.40, no.1, pp.2-18, Jan. 1988.

53)横井忠寛, 黒川勢一, 瀬川純, “衛星通信を取り巻く動向と今後の展開 NTTの次世代衛星通信”, NTT技術ジャーナル, vol.7, no.7, pp.40-44, July 1995.

54)田中和則, 森川與文, 長山和弘, “衛星を利用した通信ネットワークの実現 より柔軟で高信頼な通信サービスを目指して”, NTT技術ジャーナル, vol.7, no.7, pp.52-55, July 1995.

55)山崎吉晴, 正村達郎, 水野秀樹, “マルチメディア時代に向けた衛星通信の新たな展開 新たなサービス開拓に向けて”, NTT技術ジャーナル, vol.7, no.7, pp.56-60, July 1995.

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 5 初期の公衆移動通信のための無線基地局アンテナ

5.1 初期の公衆移動通信システムと無線基地局

5.1.1 初期の公衆移動通信システム

(1)公衆移動通信の黎明期

 日本国内における公衆移動通信は、長波(LF)および中波(MF)を用いた船舶通信に始まる。その後、無線呼出、自動車電話、航空機電話と展開した。本格的な船舶通信は1953年の超短波(VHF)を用いた港湾電話から始まり内航船舶電話へ、無線呼出は1968年に始まりトーン信号方式からディジタル方式へ、自動車電話は1979年に東京周辺から始まり全国展開へ、航空機電話は1986年からサービスが開始された1)
 本章では、初期の公衆移動通信として、1950年代から1990年代にかけてサービス開始された船舶電話、無線呼出、自動車電話、および航空機電話を取り上げる。公衆移動通信としては、これ以外にも、列車電話、コードレス電話、都市災害対策用可搬無線があるが、ここでは他の系統化調査に譲ることとして省略する。

(2)公衆移動通信で用いた周波数

 国内公衆無線通信においては、2.3節の表2.1で述べたように、長波帯(LF)からミリ波帯(EHF)までの様々な周波数帯が使用されている。固定無線通信および国内衛星通信においては主としてマイクロ波帯(SHF)が用いられたのに対し、公衆移動通信においては、長波帯および中波帯を用いた船舶通信に始まり、第6世代移動通信の時代にはテラヘルツ(THz)を含む様々な周波数の利用が考えられている。本章で扱う初期の移動通信においては、長波帯から極超短波帯(UHF)までの周波数が用いられてきた。

5.1.2 船舶通信システムと無線基地局

(1)船舶通信システムの開発

 日本における船舶に対する無線通信の提供は、1908年に開始された銚子無線局による無線電報サービス、1923年に神戸港内で開始された無線電話サービスが最初である2)3)。この長波(LF)および中波(MF)を用いた船舶通信サービスは、その後の電離層の発見に伴う短波(HF)通信の全盛時代を経て、1950年代に超短波(VHF)通信の時代を迎えた。1953年にサービスを開始した港湾電話サービスは、国際的に割り当てられた超短波(VHF)を用いることにより、本格的な公衆移動通信時代の実現の先駆けとなった。
 船舶通信システムの変遷を表5.1に示す。表5.1に示すように、日本における本格的な船舶通信サービスとしての船舶電話は、1953年3月に「港湾電話(ハーバー・サービス)」として、日本船舶通信がサービスを開始した4)。これは、東京湾と大阪湾の船舶を対象に、150 MHz帯の電波を用いて横浜と神戸においてサービスを行った。その後、各地に展開されたが、港湾内サービスの域を出なかった。1958年には、瀬戸内海を対象とした「沿岸電話(コースタルサービス)」として更なる展開が図られ、6つの無線基地局と6つの無線チャネルを有する広いサービスエリアを持つシステムに拡大された5)

表5.1 船舶通信システムの変遷

種類システム名称サービス時期サービス地域使用周波数帯無線基地局数
電報無線電報1908.5〜1999.1日本近海
全世界海域
当初:長波・中波
1930年代以降:短波
電話無線電話1923〜神戸港中波
港湾電話1953.8〜1959横浜港・神戸港
その後拡大
150 MHz
沿岸電話1958〜1959瀬戸内海150 MHz6
船舶電話1959.3〜1971(港湾電話と沿岸電話を統合後、内航船舶電話へと拡大)
手動交換内航船舶電話1964.11〜1986.3日本沿岸全域150 MHz50
自動交換内航船舶電話1979.3〜1993.9日本沿岸全域250 MHz80
新内航船舶電話1988.11〜1999.3日本沿岸全域250 MHz121

 その後、日本沿岸全域を対象とした「手動交換内航船舶電話」が1964年11月にサービス開始され、全国展開されることとなった6)。これは、それまで用いられていた150 MHz帯の電波を使用し、32無線チャネルを可能としている7)。その後、チャネル間隔を従来の半分(25 kHz)として63無線チャネルとし、さらに陸上の一般電話への接続も可能となった。これに続くサービス導入(1979年3月)に伴い、「手動交換内航船舶電話」は、1986年3月にサービスを停止した。
 1979年3月には、新しく250 MHz帯を用いた「自動交換内航船舶電話」が導入され、加入者の増大にも対応できる自動化方式の全国サービスが開始された8)。1987年11月には約15,000契約に達している。これに続くサービス導入(1988年11月)に伴い、「自動交換内航船舶電話」は1993年9月に終了した。
 さらに、1988年11月には、「新内航船舶電話」が導入された9)。これは、第2世代移動通信システム(2G)と中継網および通信制御方式を統合したものである。1994年9月には約23,000契約に達している10)。しかし、1996年3月にサービス開始したN-STARを用いた衛星電話(ワイドスター)への移行11)に伴い、1999年3月に新内航船舶電話サービスも終了した。
 これにより内航船舶電話と呼ばれた一連の船舶電話サービスも終わりを告げた。また、公衆移動通信サービスの先駆けとしてでてきた無線電報業務も、1999年1月に終了している。

(2)船舶通信で用いた周波数

 初期の船舶通信サービスでは、表5.1に示したように、長波、中波および短波の電波が用いられた。
 長波および中波の電波は、当初、表5.2に示すように、伝搬損失が少ないことから船舶通信に適していると思われていたが、1925年の電離層の発見に伴う研究開発および実用化の進展から、短波アンテナの適用が進み、長波アンテナおよび中波アンテナは、1930年頃以降殆ど用いられなくなった。
 これに対し、短波(HF)帯は、電離層のF層で反射されるため、地表との間で反射を繰り返しながら地球の裏側まで伝搬する特徴を有している。従って、短波(HF)帯は全世界に向けた遠距離通信に適していることから、最近まで、無線電信を用いた遠洋の船舶通信に使われており、現在でもなお海外向けの国際放送に用いられている。
 一方、1953年にサービス開始された港湾電話で初めて用いられた超短波(VHF)帯は、短波(HF)帯に比べて波長が短いことから簡易な送受信基地局を構成でき、また多くの情報を伝送することが出来る利点がある。このため、従来の短波(HF)帯を用いたシステムは、国際的に割り当てられた150 MHz帯や250 MHz帯の超短波(VHF)帯を用いた新たな船舶通信システムに置き換えられてきた。

表5.2 船舶通信に適した周波数帯

周波数帯利点欠点
長波(LF)
30〜300 kHz
・伝搬損失が最も少ない
・遠距離無線電信に適している
・アンテナおよび送信設備が大規模
(⇒ 1930年頃以降殆ど用いず)
中波(MF)
300 kHz〜3 MHz
・伝搬損失が少ない
・遠距離通信に適している
・受信設備は長波に比べて簡単
・昼間と夜間で伝搬距離が異なる
・アンテナおよび送信設備が大規模
(⇒ 1930年頃以降殆ど用いず)
短波(HF)
3〜30 MHz
・電離層のF層で反射され、
 地球の裏側まで伝搬する
・遠距離通信に適している
・アンテナおよび送信設備が大規模
・電離層の変化により受信信号不安定
超短波(VHF)
30〜300 MHz
・直進性に加えて、ある程度回折あり
・アンテナの小形化・簡易化
・多くの情報を伝送可能

(3)船舶通信のサービスエリア

 船舶通信のサービスエリアは、当初の港湾電話の限られた港湾エリアをはじめに、瀬戸内海一円へ広まり、さらには内航船舶電話と呼ばれるようになって日本沿岸全域へと展開された。
 横浜港、東京港、神戸港および大阪港等をサービスエリアとした港湾電話では、20〜70 mの鉄塔に無線基地局アンテナが設置され、港湾を照射していた4)
 日本沿岸全域に展開した手動交換内航船舶電話のサービスエリアを図5.1に示す。手動交換内航船舶電話システムの回線設計における無線基地局送信電力は40 Wであり、無線基地局アンテナの指向性利得は7 dBiであった。このとき、無線基地局のアンテナ高によりサービス距離は変化し、100 m 高でサービス距離は55 km、500 m 高でサービス距離は100 kmとされていた7)

図5.1 手動交換内航船舶電話のサービスエリア

図5.1 手動交換内航船舶電話のサービスエリア7)


 新しく250 MHz帯を用いて自動化を図った自動交換内航船舶電話サービスにおける無線ゾーン構成を図5.2に、システム構成を図5.3に示す。このシステムが収容する基地局数は128、海域数は32である。各無線ゾーンの大きさは半径約50 kmとしている。図5.3に示すように、船舶に搭載された移動機から陸上の無線基地局に接続され、船舶電話交換局を経て一般電話網に接続されていた。

図5.2 無線ゾーン構成および海域識別番号

図5.2 無線ゾーン構成および海域識別番号

図5.3 自動内航船舶電話方式のシステム構成

図5.3 自動内航船舶電話方式のシステム構成


5.1.3 無線呼出システムと無線基地局

(1)無線呼出システムの開発

 無線呼出システムは、外出中の人に対して、一般の加入電話から外出者の無線呼出受信機の番号をダイヤルすることにより、要件のあることを外出者に知らせるサービスの提供を意図したものである。世界初の無線呼出サービスは、1958年米国オハイオ州コロンバスにおいてサービス開始された「ベルボーイ・サービス」である。
 我が国では1968年7月に電電公社が東京23区おいて無線呼出(通称:ポケットベル)サービスを開始した。無線周波数帯は150 MHz帯で、呼出信号はトーン信号が用いられていた12)13)14)。それ以降、加入者は増え続け、1976年末現在で、東京・大阪の49の地域でサービスされ、60万の加入者があった。その後の加入者増に対応するために、250 MHz帯を用いたディジタル化および伝送速度の高速化が図られ、1989年には1200 bpsへとさらに高速化され、1995年に加入者数は1000万を突破した。
 当初、150 MHz帯を用いてサービス導入した無線呼出システムは、1986年8月に無線設備規則が改正されて、150 MHz帯を用いたシステムは廃止となった。その後、NTT DoCoMoに引き継がれた250 MHz帯を用いた無線呼出システムおよび新たにサービス開始した280 MHz帯を用いた無線呼出システム15)16)も2007年3月31日にサービスを終了した。
 トーン方式からディジタル化・高速化を経て、FLEX-TD方式にいたる無線呼出システムの変遷を表5.3に示す。

表5.3 無線呼出システムの変遷

システム名称サービス時期伝送速度使用周波数帯特徴
トーン方式1968.7〜1986.8150 MHz東京23区⇒全国
ディジタル200 bps方式1978〜200 bps250 MHz秘話性重視
ディジタル400 bps方式1987.4〜400 bps250 MHz数字・記号表示
1988.12〜かな・漢字表示
ディジタル1200 bps方式1989〜2007.31200 bps250 MHz
高度無線呼出方式(FLEX-TD)1996.3〜2007.36400 bps280 MHz東名阪⇒全国

(2)無線呼出で用いた周波数

 1968年にトーン信号を用いてサービス開始した無線呼出サービスで用いた周波数は150 MHz帯である。当初、米国では、35 MHz帯が用いられていたが、アンテナの小形化、ビル内への侵入損失が少ないこと等から、150 MHz帯が用いられることとなった。しかし、1986年8月に無線設備規則が改正されて、150 MHz帯を用いたシステムは廃止となった。
 一方、1978年のディジタル化に伴って250 MHz帯が用いられた。その後1991年に、無線呼出サービスがNTTからNTTドコモに移管され、1996年に高度無線呼出方式(FLEX-TD)のサービス開始に伴って用いられた280 MHz帯とともに、2007年3月のサービス終了まで使われ続けた。

(3)無線呼出のサービスエリア

 1968年のサービス開始当初の150 MHz帯を用いた無線呼出のサービスエリアを図5.4に示す13)。図5.4から、東京23区を8つの無線基地局を用いて、サービスしていたことが分かる。送信機出力は最大250 Wであった。

図5.4 サービス開始当初の無線呼出のサービスエリア

図5.4 サービス開始当初の無線呼出のサービスエリア13)


 250 MHz帯を用いた無線呼出システムにおいては、無線呼出受信機(ポケベル端末)に対して、無線呼出周辺基地局を設けて、250 MHz帯の無線周波数を用いて無線呼出サービスを行っている17)。各基地局からは、最大250 Wで送信されていた。基地局の数は、1989年当時で、県域システムで10〜20、広域システムで40〜70であった。

5.1.4 自動車電話システムと無線基地局

(1)自動車電話システムの開発

 1976年3月の電波審議会の完結答申を受けて、800 MHz帯の周波数を用いた陸上移動通信サービスの実現が確定した18)。1962年の移動伝搬試験に始まる800 MHz帯自動車電話に向けた一連の研究開発に携わった研究者の苦労が報われたときでもあった。表5.4に自動車電話システムの変遷を示す。

表5.4 自動車電話システムの変遷

システム名称サービス時期サービス地域使用周波数帯特徴
都市内自動車電話(サービス無し)400 MHz1974年に「都市内災害対策用可搬無線方式」として首都圏に導入
大都市用自動車電話1979.12〜東京・大阪など大都市800 MHz加入者容量の増大
サービスの広域化
全国自動ダイヤル接続可能
中小都市用自動車電話1983.3〜県庁所在地級の
中小都市
全国展開
新形移動機開発
大容量自動車電話1988.5〜全国加入者容量の大幅な増大
システムコストの一層の低減
移動機の一層の小形化

 自動車電話システムとしては、都市内をサービス対象とした「400 MHz帯都市内自動車電話方式」が、1954年に研究開始され、1963年の東京における試用試験を経て、1967年に技術開発を終了していた19)
 「800 MHz帯自動車電話方式」は、この「400 MHz帯都市内自動車電話方式」の加入者容量の増大およびサービスの広域化を目的として、1967年から約10年にわたって、800 MHz帯の機器の試作、所内実験、現場試験を経て、動作確認および機能確認が行われた20)21)。これは、東京、大阪などの大都市地域への適用を主眼としたもので、1979年12月に商用サービスが開始された。
 これに引き続いて、自動車電話の一層の普及のために必要とされる技術の開発および提供を目的として、1977年から約5年間にわたって、中小都市用自動車電話および新形移動機の開発が進められた22)23)24)25)26)。これは、県庁所在地級の都市およびその周辺地域への適用を主眼としたもので、1983年3月に広島、仙台、岐阜地区を対象に商用サービスが開始された。
 さらに、従来の自動車電話方式に比べて、加入者容量の大幅な増大、システムコストの一層の低減および移動機の一層の小形化を目標として、800 MHz帯を用いた大容量移動通信方式の研究開発が進められた。このときのメーカ調達が日米通信摩擦の影響を受けて国際調達の対象となり、1983年に大容量移動通信方式についてのNTT国際シンポジウムが開催された27)。その後、試作、現場試験等を経て、1988年5月に東京地区を対象に商用サービスが開始され、全国に展開された28)29)
 この大容量移動通信方式のサービス開始に前後して省令が改正され、1986年7月以降、NTT方式以外の自動車電話の使用が可能となり、1988年12月以降に新規事業者が参入し現在へと繋がっている30)
 表5.4に示したように、1979年12月に800 MHz帯を用いた自動車電話の商用サービスが開始されて以降、全国展開および大容量化の過程を経て、1992年にディジタルを用いた第2世代の陸上移動通信サービス(6章参照)が開始されるまでが、自動車電話を主な対象とした第1世代に相当する。

(2)自動車電話で用いた周波数

 表5.4に示したように、初期の自動車電話システムの検討においては、400 MHz帯の利用が考えられた。これは、従来の船舶等の移動通信において用いられた超短波(VHF)帯に対して、周波数が高くなるほど伝搬損失が大きくなる欠点はあるものの、周波数400 MHzにおいては、自動車の移動に伴う直接波と反射波の合成による電界変動の周期が50 Hz(時速60 km/h)となること、基地局に指向性アンテナを採用できること等から選ばれた経緯がある19)
 その後、1976年3月の電波審議会の完結答申を受けて、帯域を広くとれる800 MHz帯の周波数を用いることが確定した18)。800 MHz帯を用いることにより、400 MHz帯に比べて、「加入者容量の増大」および「サービスの広域化」が図れる利点がある。
 第1世代の各システムにおいて用いられた周波数は、表5.5に示すとおりである。

表5.5 自動車電話システムで用いた周波数

システム名称使用周波数帯
基地局送信
(800 MHz帯)
基地局受信
(900 MHz帯)
大都市用自動車電話870〜885 MHz925〜940 MHz
中小都市用自動車電話870〜885 MHz925〜940 MHz
大容量自動車電話860〜885 MHz915〜940 MHz

(3)自動車電話のサービスエリア

 当初、800 MHz帯自動車電話網における基地局のゾーン半径は、電波伝搬試験結果に基づいて、市街地で5〜7 km、郊外地で約10 kmとされていた。これは、加入者数の増大および周波数の有効利用の観点から決められたものであり、マクロセルと呼ばれる概念である。
 マクロセルのゾーン半径については、当初の半径5〜10 km(市街地5 km・郊外地10 km)から、中小都市における半径10〜20 km(市街地7 km・郊外地15 km)を経て、大容量移動通信方式における小ゾーン化に伴い半径3 kmへと小さくなっている。ゾーン繰り返しについても、周波数有効利用の観点から、当初の20セル繰り返しから、12セル繰り返しへと変化してきている。

5.1.5 航空機電話システムと無線基地局

(1)航空機電話システムの開発

 航空機電話システムは、日本国籍の大型旅客機を対象に、当時のテレホンカード専用の公衆電話の提供を意図したものである。1982年から1983年にかけて800 MHz帯の電波伝搬調査を行い、地上と航空機間の電波伝搬特性を明らかにした。電波伝搬調査の結果、見通し内伝搬損失はほぼ自由空間伝搬損失に等しく、見通し外では1 dB/kmの割合で伝搬損失が増加することが明らかになっている。この結果を用いて、既存の自動車電話システムの交換・制御系を共用した航空機電話システムの開発が進められた。表5.6に航空機電話システムの変遷を示す。

表5.6 航空機電話システムの変遷

システム名称サービス時期サービス地域使用周波数帯特徴
アナログ
航空機電話
1986.5〜日本全土の上空800 MHz・アナログ自動車電話システムの交換/制御系を共用
衛星
航空機電話
2001〜2004日本沿岸から
200海里(約370 km)
2.6/2.5 GHz・衛星電話ワイドスター

 航空機電話サービスは1986年5月6日に開始され、移動体通信サービスは、「陸」、「海」に加えて「空」にまで拡張された。当時は、米国ではAirfone 社の試行サービスが始まり、英国ではインマルサット予備衛星を用いた実験が計画されていた段階で、実用サービスとしては世界初のサービスであった。サービス開始当時の通話料金は全国均一で、昼間は6.5秒あたり50円、夜間は12秒あたり50円であった。公衆電話サービスにもかかわらず、料金回収の不要なテレホンカード専用公衆電話とし、いたずら電話の防止を考慮して、航空機側からの発信専用としていた。既存のアナログ自動車電話システムの交換・制御系を共用したことにより、航空機電話システムは経済的なシステムが構築されている。1993年6月時点で155機(196台)に取り付けられていた31)
 その後、設備の老朽化に伴い、2001年にN-STAR衛星を用いた航空機電話のサービスに移行した32)。N-STAR衛星を用いた航空機電話のサービスについては、4章を参照されたい。

(2)航空機電話で用いた周波数

 航空機電話において用いられた周波数は、表5.7に示すとおりである。

表5.7 航空機電話システムで用いた周波数

システム名称使用周波数帯
基地局送信
(衛星⇒移動局)
基地局受信
(移動局⇒衛星)
アナログ航空機電話870〜885 MHz925〜940 MHz
衛星航空機電話2.505〜2.535 GHz2.66〜2.69 GHz

(3)航空機電話のサービスエリア

 航空機電話のサービスエリアは、日本上空5,000 m以上の空域としていた。ただし、沖縄・石垣島間および北海道東北部の航空路は対象外であった。
 このサービスエリアを構築するために、6つの航空機電話無線基地局が置かれた。各無線基地局の無線ゾーン半径は約400 kmで設計されており、基地局の送信電力は40 W、移動局は10 Wであった。無線周波数は自動車電話システムとの共用のため、800 MHz帯を用いていた。
 各無線基地局の無線ゾーン半径は、1982年に行った伝搬調査結果に基づいており、サービスエリアを高度5,000 m以上としたときの見通し距離が約400 kmであることから決定されている。
 アナログ航空機電話のサービスエリアの概念図を図5.5に示す。

図5.5 航空機電話のサービスエリア

図5.5 航空機電話のサービスエリア31)



5.2 船舶通信サービスのための無線基地局アンテナ

5.2.1 船舶通信に適した無線基地局アンテナ

 5.1.2項(2)で示したように、初期の無線電信・無線電話のためのシステムでは、長波帯、中波帯および短波帯が用いられ、1953年にサービス開始した港湾電話以降では、超短波帯が用いられている。
 船舶通信サービスに用いた無線基地局アンテナを表5.8に示す。 
 長波帯および中波帯のアンテナは、一般によく知られた基本的なアンテナであるため、次項以降では、短波帯および超短波帯を用いた船舶通信で用いられた基地局アンテナの概要を示す。

表5.8 船舶通信に用いた無線基地局アンテナ

周波数帯偏波指向性指向性利得アンテナ形式
長波帯
(LF)
垂直水平面内
無指向性
2 dBiモノポールアンテナ
逆L形アンテナ
T形アンテナ
中波帯
(MF)
短波帯
(HF)
垂直水平面内
無指向性
2 dBiコニカルモノポールアンテナ
水平垂直面内
無指向性
2 dBi双扇形アンテナ
単指向性10〜16.5 dBiロンビックアンテナ
超短波帯
(VHF)
垂直90°ビーム5〜8 dBi反射板付ダイポールアンテナ
90°ビーム12〜15 dBiコーナリフレクタアンテナ

5.2.2 短波帯(HF帯)を用いた船舶通信無線基地局アンテナ

 表5.8に示したように、短波帯を用いた船舶通信無線基地局アンテナとして、コニカルモノポールアンテナ、双扇形アンテナ、ロンビックアンテナが用いられた。短波帯では、指向性を有するカーテンアンテナも提案されていたが、船舶通信無線基地局アンテナとしては用いられなかった(コラム参照)。

(1)コニカルモノポールアンテナを用いた基地局アンテナ

 船舶のように移動する相手に対しては、基地局アンテナとして水平面内無指向性のアンテナを用いるのが最も簡易である。しかし、4〜22 MHz(比帯域幅138 %)を用いる短波帯においては、長波や中波で用いられてきた狭帯域特性を持つモノポールアンテナでは特性を満足できず、広帯域特性を持つアンテナが望まれていた。
 広帯域化の一つの方法として、モノポールアンテナの導体径を太くする方法がある。この方法を応用して、導体線を張りめぐらせて全体として太い円錐状のモノポールアンテナを構成したコニカルモノポールアンテナを実現し、広帯域特性を得ている。
 銚子無線送信所において実用されていたコニカルモノポールアンテナは、2段構成になっており、下段のアンテナが4〜8 MHz用として、上段のアンテナが8〜22 MHz用として設計されていた。指向性利得は通常のモノポールアンテナと同様に2 dBi程度であり、垂直偏波で動作する33)

(2)双扇形アンテナを用いた基地局アンテナ

 上記のコニカルモノポールアンテナがモノポールアンテナを広帯域化したアンテナであるのに対して、ダイポールアンテナを同様の手法で広帯域化したアンテナが双扇形アンテナである。これは、アンテナの分類上、幾何学の世界における相似の理を利用した自己相似アンテナの一種であり、ボウタイアンテナに相当する。また、3次元構造を考えるとディスコーンアンテナと呼ばれるアンテナとなる。
 実際には、水平方向に設置され、垂直方向に扇形に広がった構造を4〜20本の導体線で構成している33)。従って、このアンテナは垂直面内無指向性の水平偏波アンテナとして動作している。指向性利得はダイポールアンテナと同じである。

(3)ロンビックアンテナを用いた基地局アンテナ

 ロンビックアンテナは、アンテナの分類上で、長い導線上に進行波電流が流れるように給電した進行波アンテナの一つであり、入力インピーダンスも放射指向性も周波数には依存せず、広帯域な特性を持つ古典的なアンテナである。長い導線がひし形形状に接続されていることからひし形アンテナとも呼ばれている。
 ロンビックアンテナは、ひし形状に水平に置かれた導線の片端から給電され、相対するもう一方の端で終端されている。ひし形の一辺の長さと開き角を適当に選ぶことにより、給電点から終端の方向に水平偏波を放射する。指向性利得は13〜20 dBiである。
 実際には、導線を二重に張り、その間隔を調整することにより特性インピーダンスの均一化を図っており、指向性利得は10〜15 dBiを得ている33)。このとき、終端抵抗による電力損は40〜50 %になっている。広帯域でかつ高利得な特性を持つことから、短波帯のアンテナとして多く用いられた。

5.2.3 超短波帯(VHF帯)を用いた船舶通信無線基地局アンテナ

 超短波(VHF)帯を用いた港湾電話以降の船舶電話のサービスエリアが、港湾や瀬戸内海および日本沿岸全域を対象としていことから、各無線基地局は水平面内角度90°程度のエリアをサービス対象としていた。このため、無線基地局アンテナは水平面内ビーム幅90°程度の指向性を持ち、超短波帯において指向性利得5〜15 dBiの垂直偏波で動作するアンテナが要求された。そこで、表5.8に示したように、超短波帯を用いた船舶電話においては、反射板付ダイポールアンテナ、コーナリフレクタアンテナが用いられた。

(1)反射板付ダイポールアンテナを用いた基地局アンテナ

 指向性利得2.15 dBiをもつ半波長ダイポールアンテナは、線状アンテナの基本アンテナである。このアンテナは、放射導体の回りにドーナツ状の水平面内無指向の放射指向性を有している。このアンテナを用いて単一方向に指向性を持たす方法として、ダイポール素子の背面に金属反射板を設ける方法が簡易である。
 150 MHz帯を用いた港湾電話以降の船舶電話サービスでは、アンテナ構成の簡易さから、反射板付ダイポールアンテナが用いられた。反射板付ダイポールの指向性利得は5 dBi程度である。
 1958年に瀬戸内海を対象としてサービス開始した沿岸電話では、利得をあげるために、直角反射板を用いた反射板付ダイポールアンテナも用いられている5)
 1964年にサービス開始した150 MHz帯を用いた手動交換内航船舶電話サービスでは、当初、無線基地局アンテナに要求された指向性利得7 dBiを満たすために、反射板付ダイポールを2段重ねたアレー構成のアンテナが用いられたと考えられる。

(2)コーナリフレクタアンテナを用いた基地局アンテナ

 250 MHz帯を用いた自動交換内航船舶電話サービスでは、高利得、構造の簡易さ、耐風性などが考慮されて、直交したすだれ反射板を持つコーナリフレクタアンテナが採用された34)。コーナリフレクタアンテナは、後述する無線呼出用基地局アンテナとして先に開発されており、その技術が転用されたと考えられる。
 コーナリフレクタアンテナを用いた基地局アンテナの外観を図5.6に、山上の鉄塔に設置されたコーナリフレクタアンテナの全容を図5.7に示す。
 図5.6に示す構造から、開口角が90°のコーナリフレクタアンテナの指向性利得は12 dBi程度であると考えられ、開口角が60°のとき14.5 dBi程度である。さらに、高利得が必要な場合には、上下2段にアレー化することで約3 dB高い指向性利得を持つアンテナも採用された。反射板付ダイポールの指向性利得が5 dBi程度であるのに比べると高利得なアンテナが用いられていることが分かる。

図5.6 コーナリフレクタアンテナ

図5.6 コーナリフレクタアンテナ

図5.7 山上鉄塔設置された基地局アンテナの全容

図5.7 山上鉄塔設置された基地局アンテナの全容

現用されている壮大なカーテンアンテナ

 短波帯(HF帯)を用いた船舶通信の検討が開始された頃、短波帯で用いる指向性アンテナとしてカーテンアンテナが有力候補の一つであった。しかし、5.2.2項で述べたように、船舶通信無線基地局アンテナとしては用いられなかった。
 カーテンアンテナは、半波長ダイポール素子から1/4波長離れた背面に反射器を設けており、片方向に放射する単指向性を実現している。このため、指向性利得は双指向性を持つアンテナに比べて3 dB程度高くなっている。実データは明らかでないが、横方向4素子、縦方向2〜4素子の半波長ダイポール素子が配列されていたとして、15〜17 dBiの指向性利得が実現されていたと考えられる。
 このアンテナは、半波長ダイポールアンテナと反射器を用いているため、狭帯域な特性を持ち、放射指向性とインピーダンスが周波数の変化に伴い大きく変化する欠点を有している。このため、1つのアンテナだけでは、短波帯(4〜22 MHz)の全周波数帯域で動作することは難しく、動作周波数の異なる複数のアンテナを切り替える必要があった。また、カーテンアンテナの名前のごとく、2つの支柱でアンテナを吊っているため、強風時のアンテナの揺れによりインピーダンス特性が大きく劣化し、常時インピーダンス整合を行う必要があった。
 現在、カーテンアンテナは茨城県古河市にあるKDDI八俣送信所に現存しており、NHKの海外向け短波ラジオ国際放送のための送信アンテナとして現用されている。写真(左の写真はアンテナのモデル、右は実物:著者撮影)に示すように、KDDI八俣送信所では、100 m離れた高さ70 mの2本の鉄塔間に吊られたカーテンアンテナ12基と、50 m離れた高さ35 mの2本の鉄塔間に吊られたカーテンアンテナ3基が現用されており、広大な敷地に立つ壮大なカーテンアンテナの姿は一見の価値がある。

図1 カーテンアンテナのモデル(KDDI 八俣送信所所有)の写真

図1 カーテンアンテナのモデル
  (KDDI 八俣送信所所有)の写真

図2 カーテンアンテナの外観

図2 カーテンアンテナの外観

5.2.4 船舶通信無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 1908年に長波および中波を用いてサービスを開始した船舶通信も、短波の全盛時代を経て、超短波を用いた内航船舶電話の時代において最盛期を迎えた。
 しかし、公衆移動通信サービスの先駆けとして無線電報業務のために1908年に開局した銚子無線電信局は、輝かしい歴史とともに紆余曲折を経て、銚子無線電報サービスセンタとなり、1996年3月に長崎無線サービスセンタに業務を移管して閉局した。その後、1999年1月に長崎無線サービスセンタも閉局し、無線電報サービスを終了した。
 1964年11月以降にサービス開始された内航船舶電話の各システムも、1999年3月の新内航船舶電話のサービス終了に伴って終わりを告げた。これに伴い、船舶通信無線基地局は廃局となり、サービス提供に用いられていた各種の古典的な無線基地局アンテナも撤去され、現存していないと考えられる。
 船舶通信サービスは、1996年3月にサービス開始されたN-STARを用いた衛星電話(ワイドスター)の時代に移行して現在に到っている。N-STARを用いた衛星電話(ワイドスター)については、4章を参照されたい。

5.3 無線呼出サービスのための無線基地局アンテナ

5.3.1 無線呼出に適した無線基地局アンテナ

 無線呼出では、超短波(VHF)帯が用いられており、5.2節に示した船舶通信用無線基地局アンテナにおける超短波帯アンテナとして用いられた反射板付ダイポールアンテナおよびコーナリフレクタアンテナが用いられていた。送信電力およびサービスエリアの形状は船舶通信とは異なるものの、簡易なアンテナ構成で高利得が得られることから無線呼出システムに適している。
 無線呼出サービスに用いた無線基地局アンテナを表5.9に示す。

表5.9 無線呼出に用いた無線基地局アンテナ

周波数帯偏波指向性・利得アンテナ形式
150 MHz垂直水平面内
無指向性
ブラウンアンテナ
垂直5 dBiすだれ反射器付アンテナ
垂直12 dBiコーナリフレクタアンテナ
250 MHz垂直12〜15 dBiコーナリフレクタアンテナ
280 MHz垂直5〜8 dBi反射板付ダイポールアレーアンテナ

5.3.2 反射板付ダイポールアンテナを用いた無線呼出用無線基地局アンテナ

 5.2.3項(1)の船舶通信無線基地局アンテナで述べたように、半波長ダイポールアンテナを用いて単一指向性アンテナを実現するには、ダイポール素子の背面に金属反射板を設ける方法が簡易である。この金属反射板の代わりに「すだれ反射器」を用いたアンテナが「すだれ反射器付アンテナ」である。このアンテナは、1940年代に60 MHz帯および200 MHz帯の超短波を用いた無線多重通信回線において「すだれ反射器空中線」として用いられたアンテナ37)で、金属反射板付ダイポールアンテナの類型である。
 150 MHz帯を用いた初期の無線呼出サービスではブラウンアンテナが用いられた。その後、指向性を持つアンテナが求められ、簡易な構造で耐風性に優れたすだれ反射器付アンテナがブラウンアンテナに代わって用いられた。指向性利得は5 dBi程度である。
 1996年にNTTドコモがサービス開始した280 MHz帯を用いたシステムでは、図5.8に示す反射板付ダイポールアレーアンテナが採用された38)。指向性利得は、素子数に応じて5.0〜8.0 dBiである。

図5.8 反射板付ダイポールアレーアンテナ

図5.8 反射板付ダイポールアレーアンテナ38)


5.3.3 コーナリフレクタアンテナを用いた無線呼出用無線基地局アンテナ

 コーナリフレクタアンテナは、反射板付ダイポールアンテナの平面構造の金属反射板を、特定の角度θ(通常、θ=45°、60°、90°)となるように配置した2枚の金属反射板に置き換えたアンテナである。金属板による波源のイメージ効果により利得が上昇する。
 このアンテナは、簡易な構造で高利得が得られる超短波帯用アンテナとして多用されている。実際には、耐風性を考慮して、前述のすだれ効果を適用したすだれ反射板を持つ90°コーナリフレクタアンテナが用いられた。この技術は、5.2.3項(2)に示したように、250 MHz帯を用いた自動交換内航船舶電話サービス用基地局アンテナとしても用いられた。

5.3.4 無線呼出用無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 1968年7月にサービス開始した150 MHz帯を用いた無線呼出(ポケットベル)サービスおよびその後の250 MHz帯、280 MHz帯を用いた無線呼出サービスに用いられた無線基地局アンテナは、いずれも既存のアンテナ形式およびアンテナ技術の流用であり、無線呼出用無線基地局アンテナとして新しく研究開発されたアンテナ技術が反映されたわけではない。
 最初にサービス導入された150 MHz帯を用いた無線呼出システムは、1986年8月無線設備規則が改正されて、150 MHz帯を用いたシステムは廃止となった。その後、NTTドコモに引き継がれた250 MHz帯を用いた無線呼出システムおよび280 MHz帯を用いた無線呼出システム(FLEX-TD)も2007年3月31日にサービスを終了した。これに伴い、これらのサービスに用いられていた無線呼出用無線基地局および基地局アンテナも撤去された。
 なお、NTTドコモが撤退した後、280 MHz帯を用いた東京テレメッセージのページャーサービスも2019年9月30日に終了し、個人向けの無線呼出サービスのすべてが終了した。

5.4 自動車電話サービスのための無線基地局アンテナ

5.4.1 自動車電話に適した無線基地局アンテナ

 1979年12月に商用サービスが開始された自動車電話サービスでは800 MHz帯が用いられており、表5.10に示すように自動車電話システムに応じて、設計思想が異なっている。

表5.10 自動車電話に用いた無線基地局アンテナ

システム名称偏波指向性利得設置位置アンテナ形式
大都市用
自動車電話
垂直水平面内
無指向性
11 dBd小鉄塔塔頂4群共用4面合成反射板付
ダイポールアレーアンテナ
11 dBd鉄塔塔側4群共用4面合成円筒パラボラアンテナ
扇形ビーム
90°ビーム
16 dBd2群共用円筒パラボラアンテナ
中小都市用
自動車電話
水平面内
無指向性
11 dBd小鉄塔塔頂4群共用4面合成反射板付
ダイポールアレーアンテナ
扇形ビーム
90°ビーム
16 dBd鉄塔塔側4群共用円筒パラボラアンテナ
大容量
移動通信
水平面内
無指向性
11 dBd鉄塔プラット2面合成優角コーナリフレクタアンテナ
垂直
水平
扇形ビーム
90〜120°
13〜16 dBd広帯域パッチアレーアンテナ

5.4.2 初期の自動車電話無線基地局アンテナ

(1)初期の基地局アンテナに適用された新たな技術

 800 MHz帯自動車電話網での加入者容量増大のために、1つの無線基地局に10〜100の無線チャネルを収容する必要がある。図5.9に示すように、初期の自動車電話基地局では、64の無線チャネルを1つの基地局アンテナに給電するために、4台の共用装置を接続する構成としていた39)

図5.9 自動車電話基地局アンテナ系の構成

図5.9 自動車電話基地局アンテナ系の構成39)


 自動車電話基地局アンテナは、電話局の鉄塔に設置するために、塔頂搭載型と塔側搭載型の2種類のアンテナの設置形態としており、水平面内360°をサービスエリアとするために、水平面内を4分割した4面から構成されていた。
 4群共用を図るために、図5.10に示すように、新たに4個の3 dBハイブリッドを2段構成とした4端子ハイブリッド回路を用いて、各々の面のアンテナ素子に対して90°位相給電を行っていた。4端子ハイブリッド回路を用いたことにより、図5.10中の表に示すように、アンテナ放射素子には、4群の出力端子に応じてターンスタイル給電(0°, ±90°, 0°, ±90°)とペアスタイル給電(0°, ±90°, 0°, ±90°)のいずれかで給電される。この給電スタイルによりアンテナの水平面内放射指向性の真円度が異なるために、工夫が必要であった。

図5.10 4 群共用のための位相給電

図5.10 4 群共用のための位相給電39)


(2)塔頂搭載型基地局アンテナ

 塔頂搭載型基地局アンテナとして採用されたアンテナの構成を図5.11に示す。図5.11に示すように、アンテナ部分の高さは6.6 mである。耐候性と鉄塔への負担を軽減するため、アンテナは円筒状のFRPレドームで覆われており、その直径は51 cmである。アンテナ下部には、4群共用のために4個の3 dBハイブリッドからなる4端子ハイブリッド回路を用いていた。
 アンテナの放射部は、4つの反射面に2つのダイポールアンテナをペアとして16段に配列した構造となっている。反射板には、隣接面との結合を低減するために遮蔽板を設けている。また水平面内放射指向性の真円度を改善するために、上下各4段のアンテナを互いに45°ずらす配置としている。これにより、真円度6 dB以下を実現していた。

(a)全体構成

(a)全体構成




(b)放射部・給電系

(b)放射部・給電系

図5.11 塔頂搭載型基地局アンテナ39)

(3)塔側搭載型基地局アンテナ

 塔側搭載型基地局アンテナとして採用されたアンテナの外観と水平面内放射指向性を図5.12に示す40)。円筒パラボラの高さは3 m、横幅は1.84 mである。図5.12に示すように、円筒パラボラアンテナを4面用いた構成となっている。円筒パラボラ面は風圧荷重低減のために、すだれ構造としている。各面のアンテナは約60°の扇形指向性を有しており、他面のアンテナと同相合成すると平坦な指向性が得られている。

(a)外観

(a)外観

(b)水平面内放射指向性

(b)水平面内放射指向性

図5.12 塔側搭載型基地局アンテナ40)

 塔側搭載型基地局アンテナとしては上記のアンテナの他に、円筒パラボラアンテナを1式用いた90°ビームを持つ指向性アンテナや、従来技術である反射板付ダイポールアンテナを垂直方向に4あるいは8素子多段化したアンテナ、水平面のビーム幅が60°あるいは90°であるコーナリフレクタアンテナを多段化して所要利得を実現したアンテナなどが用いられていた。

5.4.3 全国展開に向けた自動車電話無線基地局アンテナ

(1)全国展開基地局アンテナに適用された新たな技術

 県庁所在地級の都市およびその周辺地域への適用を意図したため、基地局アンテナを搭載する鉄塔が大都市に比べて小型であることから、基地局アンテナには小型軽量化が要求され、それを実現するために給電系の簡素化が求められた。また、基地局が設置される様々な地形に対応する必要があり、例えば帯状の地形に対応するためには、水平面内無指向性では無く、特定の方向に指向性を持つアンテナが要求された。
 この要求条件に対して、塔頂搭載型基地局アンテナでは、アンテナの支持円柱に直接に放射素子を取り付ける構造とすることにより細径化でき、小型軽量化を実現している。このとき、支持円柱の半径が0.2波長以下であれば、水平面内指向性の真円度が要求性能を満たすことを明らかにしている。
塔側搭載型基地局アンテナでは、特定の方向に指向性を持つアンテナとして、大都市用と同じく円筒パラボラアンテナを用い、4群共用のために4本の角錐ホーンを採用していた。

(2)塔頂搭載型細径化基地局アンテナ

 塔頂搭載型細径化基地局アンテナの構成を図5.13に示す41)42)。図5.13に示すように、アンテナ部分の高さは 約6 mである。耐候性と鉄塔への負担を軽減するため、アンテナは円筒状のFRPレドームで覆われており、その直径は27 cmである。大都市用と比べて約半分に細径化されている。アンテナ下部には、大都市用と同様に、4群共用のために4個の3 dBハイブリッドからなる4端子ハイブリッド回路を用いていた。

(a)全体構成

(a)全体構成

(b)放射部

(b)放射部

(c)広帯域ダイポール素子

(c)広帯域ダイポール素子

図5.13 塔頂搭載型細径化基地局アンテナ41)

 アンテナの放射部は、支持円柱の回りの4方向にダイポールアンテナを配置し、各面に16段配置した構造である。4端子ハイブリッド回路を用いていることから、給電スタイルによりアンテナの水平面内放射指向性の真円度が異なるために、ペアスタイル給電における水平面内指向性の真円度の改善のために、上段と下段のアンテナを互いに90°ずらしている(90°スキューと呼ぶ)。90°スキューを用いたことにより、支持円柱の半径が0.2波長以下であれば、真円度±3 dB以内を満たすことが明らかとなっている。
 また、このアンテナ構成では、支持円柱とダイポールアンテナの間隔が0.15波長であることから、ダイポールアンテナの帯域特性が狭帯域(比帯域は約3%)となる。インピーダンス特性改善のために、図5.13(c)に示すように金属平板を用いた広帯域ダイポールの採用により、比帯域10 %以上を得ていた。

(3)塔側搭載型扇形ビーム基地局アンテナ

 塔側搭載型4群共用指向性基地局アンテナの外観と水平面内放射指向性を図5.14に示す41)42)。円筒パラボラの高さは3 m、横幅は3.1 mである。パラボラの焦点距離は0.87 mである。円筒パラボラ面は風圧荷重低減のために、すだれ構造としており、両端に遮蔽板を取り付けている。すだれ構造による透過減衰量は20 dB以上を得ている。図5.14に示すように、4群共用のために4本の角錐ホーン用いて給電している。角錐ホーンの間隔は30 cmとしている。
 塔側搭載型基地局アンテナとしては上記の他に、大都市システムと同様の簡易アンテナとして、従来技術である反射板付ダイポールアンテナを垂直方向に4あるいは8素子アレー化したもの、水平面のビーム幅が60°あるいは90°であるコーナリフレクタアンテナを多段化して所要利得を実現したものなどが用いられていた。

(a)外観

(a)外観

(b)水平面内放射指向性

(b)水平面内放射指向性

図5.14 塔側搭載型4 群共用指向性基地局アンテナ41)

5.4.4 大容量化のための自動車電話無線基地局アンテナ

(1)大容量基地局アンテナに適用された新たな技術

 初期の自動車電話方式に比べて、加入者容量の大幅な増大およびサービスの充実を目標とした「800 MHz帯大容量自動車電話方式」においては、小ゾーン化に伴うビームチルト技術、ダイバーシチ送受信に伴うダイバーシチ技術、およびプリントアンテナを用いたアレー技術の新たな開発が基地局アンテナに課せられた43)
 小ゾーン化は同一周波数を繰り返し用いるために用いられており、そのゾーン半径を小さくする方法の一つに基地局アンテナの垂直面内放射指向性の主ローブ方向を下方向にビームチルティングさせる方法が用いられた。図5.15にビームチルティングの概念を示す。前述の円筒パラボラを用いた場合、チルト角を9°とすることにより、約5 kmのゾーン半径を半分以下に小ゾーン化出来ることが明らかにされている44)

図5.15 基地局アンテナのビームチルティング技術

図5.15 基地局アンテナのビームチルティング技術44)


 ダイバーシチ送受信のために、図5.16に示すように、空間ダイバーシチあるいは偏波ダイバーシチが用いられた。空間ダイバーシチアンテナとしては、2方向に各々180°ビームを持つアンテナをハイブリッド合成し、上下に直交配置して、上下各々をダイバーシチブランチとしている。一方、偏波ダイバーシチとしては、主に、90°ビームを持つ偏波共用アンテナを4方向に配置し、偏波毎にハイブリッド合成してダイバーシチブランチとしている45)
図5.16 基地局アンテナのダイバーシチ技術

図5.16 基地局アンテナのダイバーシチ技術45)


 アレー構成によるビーム形成技術が新たに適用された。図5.17に示すように、単一方向にビームを持つアンテナを背中合わせに10波長以上離れて配置することにより、アレー効果により多くのサイドローブを発生させて、多重波環境において等価的に水平面内無指向性の放射指向性が得られる。一方、図5.18に示すように、水平方向に2素子配列し、ハイブリッドを用いた不等振幅給電を行うことにより、アレー効果により水平面内に扇形ビームが得られる。

図5.17 アレー構成によるオムニビーム形成技術

図5.17 アレー構成によるオムニビーム形成技術

図5.18 アレー構成による扇形ビーム形成技術

図5.18 アレー構成による扇形ビーム形成技術


(2)プリントアンテナ技術を用いた基地局アンテナ

 従来のアンテナの放射素子が金属を用いて構成されていたのに対し、図5.19に示すようにプリント基板を用いて放射素子および給電回路を同一面内に構成するプリントアンテナ技術を用いることにより、簡易で低コストでかつ高性能な特性をもつアンテナの実現が可能となった46)47)
 図5.19に基地局アンテナに用いたプリントアンテナを示す。また、図5.19の左図はマイクロストリップ放射素子を利用した例を示しており、図5.18に示したアレー構成による水平面内に扇形ビームを得る機能を有する構成となっている。図5.19の右図はプリントダイポール素子を利用した例を示している。これについても、縦2列に素子を配置し、不等振幅給電を行うことにより、水平面内に扇形ビームが得られる。

図5.19 基地局アンテナのためのプリントアンテナ技術

図5.19 基地局アンテナのためのプリントアンテナ技術46)47)


(3)オムニゾーンスペースダイバーシチ基地局アンテナ

 図5.17に示したアレー構成によるオムニビーム形成の概念を図5.20に示す。水平面内に180°のビームを持つ優角コーナリフレクタ2面をハイブリッドで背面合成している。このアンテナを多重波環境において用いたとき、等価的に水平面内無指向性の放射指向性が得られることが明らかとなっている48)
 このアンテナを用いて、上下に多段設置することにより、スペースダイバーシチ効果を得ていた。

図5.20 オムニゾーン基地局アンテナ

図5.20 オムニゾーン基地局アンテナ48)


5.4.5 自動車電話無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 自動車のトランクに取り付けられたオレンジトップのトランクリッドアンテナが「ステイタスシンボル」と呼ばれた「自動車電話」の時代から「携帯電話」の時代に変わり、現在では「自動車電話」の言葉も死語と化している。
 1967年に技術開発を終了した「400 MHz帯都市内自動車電話方式」の技術は、1968年の十勝沖地震を契機に、「都市内災害対策用可搬無線方式」としての開発が継続され、1974年に首都圏に導入されている。本節でまとめた「800 MHz帯自動車電話方式」の輝かしい技術は、第2世代以降の移動通信システムに大きな影響を与えているのは説明するまでもない。初期の自動車電話基地局アンテナについても、第2世代以降の小形化・簡易化・高機能化を図った新たな時代の基地局アンテナへと脱皮するために必要な技術であったと位置づけられる。

日本の携帯電話が「IEEE Communications Magazine」の表紙を飾る

 米国電気電子学会(IEEE:Institute of Electrical and Electronics Engineers)の通信ソサイエティマガジンの1986年2月号の表紙に下記の図柄が掲載され、その説明には、「表紙イラストは、安藤広重が江戸時代(約200年前)の日本の旅人を描いた浮世絵である。当時の旅行には多くの時間がかかり、危険が伴うことも多かったため、旅行者は旅行中に家族や友人などと連絡が取れることを切望していた。携帯電話やファクシミリ端末のような通信設備は、彼らには想像もでき無かった。」と書かれている。その雑誌には、5章の文献(28)が掲載されていた。その文献には、日本における自動車電話が大容量化を迎え、アナログ携帯電話が開発され、第2世代移動通信に邁進しつつあった状況が書かれている。

5.5 航空機電話サービスのための無線基地局アンテナ

5.5.1 航空機電話に適した無線基地局アンテナ

 航空機電話システムは、地上をサービスエリアとする既存の自動車電話システムの交換・制御系を共用して開発されたが、無線基地局アンテナは、従来技術による簡易なアンテナが採用された。
航空機電話サービスに用いた無線基地局アンテナを表5.11に示す。なお、衛星航空機電話については、4章を参照されたい。

表5.11 航空機電話に用いた無線基地局アンテナ

システム名称周波数帯偏波指向性利得設置位置アンテナ形式
アナログ
航空機電話
800 MHz垂直水平面内
無指向性
11 dBd鉄塔塔頂直列給電
スリーブアンテナ
衛星航空機電話S【4章を参照】N-STAR【4章を参照】

5.5.2 上空をサービスエリアとする航空機電話無線基地局アンテナ

 航空機電話無線基地局アンテナとして用いられたのは、直列給電スリーブアンテナである。このアンテナは水平面内無指向性のドーナツ形状の放射指向特性を有しており、鉛直方向の電界は0であるが、小型・軽量の特徴からこのアンテナが用いられたと考えられる。通信相手の移動体が高速で移動する飛行機であるため、鉛直方向の放射電界が0であっても、特に問題とはならない。
 なお、移動体(飛行機)側に設置された無線移動局アンテナには、航空無線通信用として広く用いられている小型ブレードアンテナが採用され、飛行機下部に取り付けられていた。

5.5.3 航空機電話無線基地局アンテナの研究開発と実用化ナの研究開発と実用化

 航空機電話サービスは、5.1.5項(1)に示したように、1986年に開始され、1993年6月には、一般航空機を対象に加入型航空機電話サービスも開始した。これらの航空機電話無線基地局に用いられた基地局アンテナは、5.4.2項で示したように、航空機電話用として新しい技術を用いて特別に開発されたものではなく、特筆すべき新たな技術は採用されていない。
 2001年7月にはN-STAR衛星(衛星電話ワイドスター)を用いた衛星航空機電話サービスが開始され、サービスエリアは日本全土および沿岸から200海里(約370 km)の区域に拡大された。
 その後、前述のアナログ航空機電話サービスと衛星電話ワイドスターを用いた衛星航空機電話サービスは、2004年3月31日に終了した。これに伴い、これらのサービスに用いられていた航空機電話無線基地局および基地局アンテナも撤去された。

5章の文献

1)宮内一洋, “移動通信技術の動向”, 電子通信学会誌, vol.63, no.2, pp.104-110, Feb. 1980.

1)2)若井登[監修], “無線百話 -マルコーニから携帯電話まで-”, クリエイト・クルーズ, July 1997.

1)3)大井哲夫, 武内正史, “船舶電話方式”, 電子通信学会誌, vol.63, no.2, pp.116-121, Feb. 1980.

1)4)伊藤末吉, “港湾無線電話施設とその動向”, 電気通信施設, vol.5, no.6, pp.36-39, June 1953.

1)5)田中正也, 松江重隆, “瀬戸内海沿岸サービスの概要”, 電気通信施設, vol.10, no.6, pp.127-131, Feb. 1958.

1)6)山根信義, 三野昇, 青木昌司, 橋本七郎, “新しい内航船舶電話サービス”, 電気通信施設, vol.16, no.11, pp.83-91, Nov. 1964.

1)7)桑原守二, 髙木慶三, 高村充, 吉田英一, “内航船舶電話方式商用試験結果の概要”, 電気通信施設, vol.18, no.4, pp.129-133, Apr.1964.

8)西邑省三, 小山稔, 片岡増美, 辻村清行, “本仕化された自動内航船舶電話方式”, 電気通信施設, vol.31, no.12, pp.95-103, Dec. 1979.

9)長津隆義, 村田嘉利, 熊高信治, “移動体通信の現状と展望”, NTT施設, vol.40, no.12, pp.35-38, Dec. 1988.

10)久保庄二, 栗原恒之, “船舶電話方式”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.1, no.3, pp.44-47, Jan. 1994.

11)上野晋, 歌野孝法, 山本浩治, 西泰樹, “N-STAR衛星通信システムの概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.4, no.2, pp.6-9, July 1996.

12)永村春一, “ポケットベル・サービス”, 電気通信施設, vol.20, no.7, pp.19-26, July 1968.

13)木村正道, 高木慶三, 福住和夫, 山田幸輝, “新しい移動無線 ~ポケットベル方式~”, 電気通信施設, vol.20, no.3, pp.110-118, Mar. 1968.

14)木村正道, 高沢徳次郎, 萩平忠利, 堀崎修宏, “無線呼出方式 “ポケットベル方式” 商用試験結果”, 電気通信施設, vol.21, no.1, pp.103-110, Jan. 1969.

15)山尾泰, 伊藤正悟, 横田博道, “高度無線呼出システム(FLEX-TD) システム概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.4, no.1, pp.7-9, Apr. 1996.

16)伊藤正悟, 水木貴教, 大橋節也, 西川信広, “高度無線呼出システム(FLEX-TD) 基地局系装置”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.4, no.1, pp.10-14, Apr. 1996.

17)和田全浩, “高度化・多様化するポケットベル”, NTT技術ジャーナル, vol.1, no.1, pp.27-35, Apr. 1989.

18)渡辺正信, 宮内一洋, “自動車電話方式の研究実用化”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.26, no.7, pp.1813-1820, July 1977.

19)伊藤貞男, “自動車における移動通信”, 電子通信学会誌, vol.57, no.4, pp.452-459, Apr. 1974.

20)伊藤貞男, 松坂泰, “自動車電話方式の概要”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.26, no.7, pp.1821-1836, July 1977.

21)鎌田光帯, 吉川憲昭, 坂本正行, “自動車電話無線方式”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.26, no.7, pp.1837-1854, July 1977.

22)伊藤貞男, “自動車電話方式”, 電子通信学会誌, vol.63, no.2, pp.122-127, Feb. 1980.

23)宮内一洋, “最近の自動車電話技術”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.31, no.1, pp.1-6, Jan. 1982.

24)泉一雄, 中林撰, “中小都市用自動車電話方式の概要”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.31, no.1, pp.7-19, Jan. 1982.

25)渡辺邦夫, 長津隆義, 歌野孝法, 三石多門, “中小都市用自動者電話無線方式”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.31, no.1, pp.21-34, Jan. 1982.

26)菊池敬昭, 後藤俊邦, “自動車電話の技術動向”, 電気通信施設, vol.34, no.4, pp.37-45, Apr. 1982.

27)倉本實, “大容量移動通信方式の設計構想”, NTT国際シンポジウム -大容量移動通信方式-, pp.27-43, July 1983.

28)Kuramoto, M. and Shinji, M., “Second Generation Mobile Radio Telephone System in Japan”, IEEE Communications Magazine, vol.24, no.2, pp.16-21, Feb. 1986.

29)倉本実, 渡辺邦夫, 江口真人, 結城主央巳, 小川圭祐, “大容量自動車電話方式”, 信学誌, vol.71, no.10, pp.1011-1022, Oct. 1988.

30)菊池敬昭, “競争が本格化する移動体通信サービス”, NTT技術ジャーナル, vol.1, no.1, pp.10-17, Apr. 1989.

31)三石多門, “航空機電話方式”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.1, no.2, pp.30-33, Oct. 1993.

32)林邦宏, 小野隆, 神宮司誠, 倉本昌和, “衛星航空機電話特集 システム概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.9, no.2, pp.43-46, July 2001.

33)苅込正敞, 進士昌明, “技術のはなし 空中線〔1〕”, 電気通信施設, vol.24, no.9, pp.112-117, Sept. 1972.

34)苅込正敞, 進士昌明, “技術のはなし 空中線〔2〕”, 電気通信施設, vol.24, no.10, pp.122-125, Oct. 1972.

35)川上春夫, “短波放送用アンテナ”, RFワールド, no.49, pp.30-34, Feb. 2020.

36)及川将, “KDDI八俣送信所の思い出と見学記”, RFワールド, no.34, pp.112-123, May 2016.

37)渋谷茂一, 中之堂信定, 引地勉, 田中正也, 若麻績達男, “60MC用すだれ反射器空中線 特にその整備結果について”, 電気通信施設, vol.3, no.11, pp.44-53, Nov. 1951.

38)西川信広, 伊藤勝, 大橋節也, “FLEX-TD用小形基地局装置”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.6, no.1, pp.11-14, Apr. 1998.

39)三島発, 恵比根佳雄, 渡辺邦夫, “自動車電話方式用基地局アンテナ・共用系”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.26, no.7, pp.2011-2035, July 1977.

40)三島発, 斉藤隆彌, 恵比根佳雄, “扇形ビームアンテナによる塔側形無指向性アンテナ”, 電子通信学会 技術研究報告, CS73-85, Oct. 1973.

41)長津隆義, 歌野孝法, 恵比根佳雄, 渡辺邦夫, “中小都市用自動者電話方式のアンテナ系装置,送受信装置”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.31, no.1, pp.59-71, Jan. 1982.

42)西垣内俊治, 大軒民権, 徳広清志, 吉澤和広, “自動車電話方式中小都市用基地局系諸装置の概要”, 電気通信施設, vol.34, no.6, pp.99-107, June 1982.

43)堀川泉, “大容量移動通信方式の主要技術 -アンテナ・伝搬-”, NTT国際シンポジウム - 大容量移動通信方式 -, pp.80-93, July 1983.

44)恵比根佳雄, 小園茂, “陸上移動通信における基地局ビームチルトアンテナの伝搬試験結果”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P82-23, June 1982.

45)山田吉英, 恵比根佳雄, 中嶋信生, 奈良武治, “大容量移動通信方式用基地局/移動局アンテナ構成技術”, 電気通信研究所 研究実用化報告, vol.35, no.10, pp.1023-1031, Oct. 1986.

46)堀俊和, 中嶋信生, “マイクロストリップ素子を用いた自動車電話基地局用扇形ビームアンテナ”, 昭58年度電子通信学会 総合全国大会, no.754, Mar. 1983.

47)堀俊和, 中嶋信生, “扇形ビームを有するプリントダイポールアレーアンテナ”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P83-58, Aug. 1983.

48)奈良武治, 恵比根佳雄, 中嶋信生, “自動車電話用オムニゾーン基地局アンテナ”, 電子通信学会 技術研究報告, A・P85-23, June 1985.

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 6 パーソナル通信のための無線基地局アンテナ

6.1 パーソナルアクセスシステムと無線基地局

6.1.1 パーソナルアクセスシステム

(1)パーソナル通信時代の到来

 1980年代後半になって携帯電話が実現し、1990年代以降のディジタル端末を用いたパーソナル通信時代の到来が視野に入ってきた。第2世代携帯電話(PDC:Personal Digital Cellular)やPHS(Personal Handy-Phone System)端末を各人が持ち、自由にパーソナル通信を楽しむ時代になったのである。
 本章では、パーソナル通信時代の実現に大きく寄与した第2世代移動通信の携帯電話(PDC)、PHSから、高速データ伝送を可能とした第3世代以降のシステムを対象とする。なお、パーソナル通信としては、無線LAN(Local Area Network)が大きく寄与しているが、本調査では公衆移動通信の立場から敢えて対象外としている。

(2)パーソナル通信で用いた周波数と伝送速度

 携帯電話、PHSおよび高速データ伝送をサービス提供するシステムで用いた周波数と伝送速度を表6.1に示す。いずれのシステムにおいても、使用周波数帯は時代とともに多くなり、伝送速度も格段に高速化されていることが分かる。

表6.1 パーソナル通信で用いた周波数と伝送速度

用途移動通信周波数帯伝送速度*1)
携帯電話第2世代800 MHz, 1.5 GHz9.6 kbps ⇒ 42 kbps
PHS1.9 GHz32 kbps ⇒ 128 kbps
高速データ伝送第3世代700 MHz, 800 MHz,
1.5 GHz, 1.7 GHz, 2 GHz
下り384 kbps ⇒ 100 Mbps
上り384 kbps ⇒ 37.5 Mbps
第4世代700 MHz, 800 MHz,
1.5 GHz, 1.7 GHz,
2 GHz, 3.5 GHz
下り187.5 Mbps ⇒ 1.7 Gbps
上り37.5 ⇒ 112.5 Mbps
第5世代3.7 GHz, 4.5 GHz, 28 GHz下り3.4 Gbps
上り182 Mbps

 *1)伝送速度の「下り」は「基地局から端末」の回線を、「上り」は「端末から基地局」の回線を意味している。通常、上り回線に比べて下り回線の方が多くの情報を伝送することが多いため、伝送速度が速く設定されている。


6.1.2 携帯電話システムと無線基地局

(1)携帯電話システムの開発

 通信の自由化の波を受けて、1988年には自動車電話(第1世代)にも新規電気通信事業者(NCC:New Common Carrier)が誕生した。この競争原理の導入と携帯電話の実現により、1992年度末には加入者数は約170万に達し、自動車電話・携帯電話は急激な需要拡大の時代に突入した。この需要に対応した容量拡大、各種新サービスの提供を目的として、800 MHz帯と1.5 GHz帯を用いたディジタル移動通信方式の開発が進められ、第2世代移動通信システムの誕生へ新たな道が開けた。
 1989年4月に郵政省を中心にシステムの技術的条件などの検討が開始され、1991年4月には移動機と基地局を接続するための「デジタル方式自動車電話システム標準規格」が制定された。これを受けて、移動通信事業者間で共通仕様化活動が開始され、標準化が進められた。開発された第2世代移動通信システムは、1993年3月に首都圏約130局に導入され、商用サービスを開始した1)。その後、首都圏での拡大、および全国展開が図られた。

(2)携帯電話基地局とマクロセル

 ディジタル方式(第2世代移動通信)のサービスエリアは、首都圏においては既存の800 MHz帯のアナログ方式(第1世代移動通信)の上にオーバレイする形で構築されていた。その後、全国拡大に伴い、都市部ではシステム容量から小さなセル(3セクタ、セル半径1.5 km〜3 km)とし、地方都市では経済性を重視して大きなセル(3セクタあるいはオムニ、セル半径3 km以上)としていた。第1世代の大都市システムのゾーンに比べると約1/3程度に小さくなっている。さらに、大都市圏では更なる需要の拡大に伴い、セル分割による小ゾーン化により周波数効率向上を図り、収容能力を拡大した。

6.1.3 PHSシステムと無線基地局

(1)コードレス電話とPHSシステム

 1970年の大阪万博で初登場したコードレス電話は、1987年にアナログコードレス電話としてサービスが開始されている。これは、固定電話網に接続された家庭や事業所の電話端末(親機)に加えて、親機からの電波を用いた無線通信を介して接続された端末(子機)からも同時通信可能としたサービスで、子機間通話を含めて通信の利便性の向上を意図したサービスである。
 PHSは、このアナログコードレス電話をディジタル化したディジタルコードレス技術を用いて開発した日本発の技術である2)。PHSは、1995年7月1日に1.9 GHz帯の電波を用いて、東京・北海道地区でサービス開始された。PHS端末は、図6.1に示すように、家庭や事業所ではディジタルコードレス電話端末としての機能を有し、屋外ではディジタル携帯端末として簡易基地局を介して公衆固定電話網に直接接続出来る機能を有している。このように、PHSは、コードレス電話技術の拡張技術を用いているため、PHS網は従来の自動車・携帯電話のための移動通信網とは異なり、ディジタル公衆固定電話網を活用した網である。*2)

*2)PHS網の網構成には2通りある。ひとつは、PHS基地局からPHS接続装置を介してNTTが提供しているISDN公衆網の市内交換機に接続する「NTT網活用型」の網構成であり、もう一つは、独自のネットワークである地域系NCCの公衆網を用いたPHS網とNTTのISDN公衆網を関門交換機を介して網接続する「NTT網接続型」の網構成である。

図6.1 PHS の概念

図6.1 PHS の概念


(2)PHS基地局とマイクロセル

 従来の自動車・携帯電話のための移動通信網と異なり、PHS網ではマイクロセルと呼ばれるセル方式を採用している。PHSのマイクロセルの半径は、従来の携帯電話のマクロセルの半径の約10分の1の約100 mである。従って、PHSでは電波の繰り返し利用効率が高くなるものの、基地局数は従来の100倍となる。しかし、PHS基地局の送信出力は従来の自動車・携帯電話システムの100分の1の10 mWと小さくでき、簡易な基地局構成で十分である利点がある。
 マクロセルを形成する従来の基地局アンテナが、電話局の鉄塔上、高いビルの屋上等の高い位置に設置されたのに対し、マイクロセルを形成する基地局アンテナには低アンテナ高が要求され、通常、基地局アンテナは地上高3〜10 m 程度の高さに置かれる。PHS基地局アンテナの場合は、通常、ディジタル公衆電話ボックス、電信柱、専用ポール、低層ビルの屋上、地下街あるいは屋内の天井等に設置され、マイクロセルを形成する3)

6.1.4 高速データ伝送システムと無線基地局

(1)高速データ伝送システムの開発

 1985年11月に開催されたITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)のCCIR(International Radio Consultive Committee:国際無線通信諮問委員会)の第8研究委員会会合において次世代移動通信の国際標準化の必要性が合意され、標準化作業が開始された4)5)。これは、第1および第2世代移動通信において、各国独自の方式を用いていた反省をもとに、次世代においては、世界統一標準規格および各国ネットワークのローミングによる世界中のどこでも使える移動通信の国際標準化の必要性を求めた結果であった。
 その後、1991年5月に組織再編されて誕生したITU-R(International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector:国際電気通信連合無線通信セクタ)のTG8/1(Task Group 8/1)で、2000年の導入を目途に次世代移動通信の標準化作業が進められた。当初、次世代移動通信はFPLMTS(Future Public Land Mobile Telecommunication Systems)と呼ばれたが、1997年にIMT-2000(International Mobile Telecommunication-2000)と改称されて標準化が進められた。困難な標準化作業の結果、第3世代移動通信においては、日本提案のW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)方式と米国提案のCDMA 2000(Code Division Multiple Access 2000)方式が混在することになった。
 日本では、2001年10月に第3世代移動通信としてW-CDMA方式を用いた商用サービスが開始され、映像通信などの本格的なマルチメディアサービスの進展が期待された。しかし、1999年にi-modeサービスが開始されており、携帯端末を介したデータ通信が盛んになるに伴い、384 kbpsという伝送速度に対しての新たな高速化の要求が起こってきた。
 その後、更なる伝送速度の高速化が検討され、第4世代移動通信および第5世代移動通信の実現に向けて、国際標準化が進められた6)7)8)

(2)高速データ伝送における伝送速度の高速化

 第3世代移動通信から第5世代移動通信に至る高速データ伝送システムの伝送速度の変遷を図6.2に示す。図6.2に示すように、2001年10月の第3世代移動通信の導入以降、マルチメディアの普及に伴うトラフィックの増大に対応するために、伝送速度の高速化が図られて来ている。
図6.2 高速データ伝送における伝送速度の変遷

図6.2 高速データ伝送における伝送速度の変遷


 この高速データ伝送システムの実現のために、次項で述べる使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大が図られ、同時に、新たな変調方式の採用、さらには空間情報を考慮してマルチストリーム伝送を可能とするMIMO(Multiple-input Multiple-output)伝送の導入が進められてきている9)。また、第4世代移動通信では、更なる高速化を図るために、複数の周波数を束ねて用いるキャリアアグリゲーション(CA、Carrier Aggregation)が初めて採用されている10)。なお、MIMOが同じ周波数帯域を用いて高速化を図るのに対して、CAは複数の異なる周波数帯域を用いて高速化を図っているのが特徴である。

(3)高速データ伝送における使用周波数帯の拡大

 2001年10月の第3世代移動通信の導入以降、トラフィックの増大に対応して、使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大が図られて来ている。高速データ伝送のための使用周波数帯の変遷を図6.3に示す。図6.3に示すように、高速データ伝送のための使用周波数帯は、第3世代移動通信の導入時の2 GHz帯に加えて、800 MHz帯、1.7 GHz帯、1.5 GHz帯、700 MHz帯の順で増え、第4世代移動通信において、5周波数帯の基地局装置が混在することになった。
図6.3 高速データ伝送における使用周波数帯の変遷

図6.3 高速データ伝送における使用周波数帯の変遷


 一方、高周波数領域への拡大については、第4世代移動通信で3.5 GHz帯が、第5世代移動通信でSub6帯と呼ばれる3.7 GHz帯および4.5 GHz帯と、ミリ波帯の28 GHz帯が新たに用いられた。もちろん、第3世代および第4世代移動通信システムは共存しているため、無線基地局にはシステム共用における基地局装置の経済化が求められている。
 なお、電波伝搬特性の観点からは、従来の移動通信で用いられてきた800 MHz帯に比べて高周波数になるにつれて電波の伝搬損失が増大し、また電波の直進性による回折損失の増大にも繋がる。従って、基地局構成の観点からは、各基地局のサービスエリアが小さくなり、セル繰り返しが増えることから基地局数の増大に繋がる。このように、高周波数化の得失は高速伝送化を進める上で無視出来ない課題である。

6.2 携帯電話サービスのための無線基地局アンテナ

6.2.1 携帯電話に適した無線基地局アンテナ

 1993年3月に首都圏に導入され商用サービスを開始した携帯電話サービス(第2世代移動通信、2G)では、800 MHz帯(送信:810〜826 MHz、受信:940〜956 MHz)と1.5 GHz帯(送信:1,477〜1,489 MHz, 1,501〜1,513 MHz、受信:1,429〜1,441 MHz, 1,453〜1,465 MHz)の電波を採用した。これにより、従来の800 MHz帯アナログシステムを含めて、3つのシステムが共存することとなった。当然、無線基地局はこれら3つのシステムに対応する必要があり、設置場所および設置コストの観点から、周波数共用を可能とする無線基地局アンテナが望まれた。
 また、6.1.2項(2)に示したように、第2世代移動通信サービスにおいては、需要の拡大に伴う小ゾーン化が図られた。各無線基地局のゾーン半径は小さくなり、ゾーン半径が小さくなったことにより、無線基地局からの電波のオーバーリーチを低減するためのビームチルトの必要性がさらに高まった。ビームチルト角は、800 MHzにおいて0〜5°、1500 MHzにおいて3〜11°が要求された。
 同時に、第1世代移動通信の大容量システムで導入された120°セクタを用いた3セクタ化および60°セクタを用いた6セクタ化がゾーン分割の手法として採用された。ディジタル方式においても、多重波伝搬による受信波の変動に対処するためのダイバーシチ受信は必要であり、引き続いて開発が求められた。
 上記の通り、携帯電話無線基地局アンテナには、800 MHz帯と1.5 GHz帯の周波数共用化、電波のオーバーリーチを低減するビームチルト機能、セクタ化のための120°ビームおよび60°ビームを持つ扇形ビーム、ダイバーシチ受信機能が求められた。

6.2.2 周波数共用を可能とする無線基地局アンテナ

 周波数共用化を図った携帯電話サービスのための無線基地局アンテナの構成および鉄塔に搭載されたアンテナの構成と外観を図6.4に示す11)12)。図6.4に示す無線基地局アンテナは、6.2.1項に示したように、800 MHz帯アナログシステム、800 MHz帯と1.5 GHz帯のディジタルシステムの3システムに対応している。また、民間ビルへの設置等、設置場所の多様化に対応するために、アンテナを直径160 mm(従来の1/3)の円筒レドームの中に構成できるように小形化設計を行い、軽量化および風圧荷重低減を図っている。
(a)アンテナ構成

(a)アンテナ構成


(b)鉄塔搭載時の外観

(b)鉄塔搭載時の外観

図6.4 周波数共用無線基地局アンテナ11)12)

 無線基地局アンテナとしては、800 MHz帯と1.5 GHz帯を共用しており、800 MHz帯では810〜956 MHz、1.5 GHz帯では1,429〜1,513 MHzの帯域をカバーする必要がある。各々の比帯域は16.5 %および5.7 %である。
 800 MHz帯と1.5 GHz帯の共用については、各々の周波数帯で共振する2周波数帯共用素子を用いることにより、2周波数帯共用化を図っている。しかし、通常の平面アンテナでは800 MHz帯の比帯域を満たさないため、800 MHz帯については、無給電素子を用いた2層構造とするとともに、素子の分割および複数共振化により16.5 %の比帯域を実現している。

6.2.3 セル繰り返しを可能とする無線基地局アンテナ

 6.1.2項に示したように、需要の拡大に伴う小ゾーン化により、各無線基地局のゾーン半径は小さくなり、無線基地局アンテナには第1世代の大容量システムと同様にビームチルトが要求された。
 無線基地局アンテナには、アンテナ素子へ電力分配するための給電部が設けられており、上下に隣接するアンテナ素子への給電位相に傾斜を設けることにより、放射ビームの方向を下方向にビームをチルトできる構造としている。ビームチルト角は、800 MHz帯で0〜5°、1500 MHz帯で3〜11°としており、周波数毎にまた設置場所毎に調整出来る構造としている。
 一方、従来のオムニゾーンに対して、ゾーン分割のためのセクタ化も採用されている。セクタ数が3および6に対して、無線基地局アンテナとしては、120°ビームおよび60°ビームを持つ扇形ビームアンテナが開発されている。
 3セクタ用の120°ビームを持つ扇形ビームアンテナは、第1世代の大容量システムで開発された技術が用いられている。一方、6セクタ用の60°ビームを持つ扇形ビームアンテナが新たに開発されている。図6.5にそのアンテナの概念を示す13)。このアンテナはハイブリッドを用いた給電位相制御により、各々A端子およびB端子に対応する60°離れた2つの方向に各々60°のビームを放射する。すなわち、アンテナ1面で2ビームを有していることから、このアンテナを鉄塔のプラットホーム上に120°おきに3方向に設置することにより、無線基地局としては60°ビームが6方向に放射され、6セクタを実現していた。

図6.5 60°ビームを持つ6セクタ用2ビーム無線基地局アンテナ

図6.5 60°ビームを持つ6セクタ用2ビーム無線基地局アンテナ13)


6.2.4 携帯電話無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 第1世代移動通信のアナログシステムに続いて、1993年3月にディジタルシステムが第2世代として導入されて以来、無線基地局アンテナとしては、800 MHz帯アナログシステム、800 MHz帯と1.5 GHz帯のディジタルシステムの3システムに対応するアンテナが用いられた。基地局アンテナへの新たな要求は、周波数共用化、ビームチルト機能、セクタビーム化であり、各々に対してユニークな研究開発が行われた。これらの技術は、第3世代以降にも引き継がれ、更なる発展を遂げている。
 1993年に3システム対応として開発し導入された3システム共用基地局アンテナも、1999年3月の第1世代の大容量システムの終了に伴って不要となった。さらに2001年の第3世代の導入に伴い、第2世代のシステムも2012年3月にNTT DoCoMoがサービスを終了し、第2世代向けの無線基地局アンテナも撤去された。

6.3 PHSサービスのための無線基地局アンテナ

6.3.1 PHSに適した無線基地局アンテナ14)

 通常、基地局を中心とした円形セルを構成するためには、水平面内無指向性のアンテナを用いるのが一般的である。PHSでは、公衆電話ボックス等の屋外基地局には垂直方向に2段配置したハイトダイバーシチ構成のコリニアアンテナが用いられ、地下街等の基地局には平行に配置してスペースダイバーシチ構成とした2本の垂直モノポールアンテナが用いられた3)
 図6.6に、公衆電話ボックス等の屋外基地局に設置する空間給電円筒コリニアアンテナを示す3)。図6.6に示す空間給電円筒コリニアアンテナは、外形は黒い棒状のアンテナであるが、黒いパイプの中は複数の円筒パイプ状の円筒無給電素子とこれらに空間給電するためのマイクロストリップ線路給電パッチ素子から構成されており、ハイトダイバーシチのために上下2段構成となっている。
図6.6 空間給電円筒コリニアアンテナ

図6.6 空間給電円筒コリニアアンテナ3)


 図6.6に示す水平面内無指向性アンテナをPHS基地局アンテナとして用いた場合、ビルが林立する都市内においては、ビルの高さよりも低い位置に設置された基地局アンテナから放射されたPHS電波は、ビルによって反射および回折の影響を受け、直接波、反射波および回折波が重なった多重波となって道路を伝搬する。このとき、ストリートセルと呼ばれる道路形状のセルが形成され、円形のセルとはならない。従って、道路に沿ったストリートセル用基地局アンテナとして、水平面内無指向性では無く、道路方向に双指向性を持つアンテナが適していると考えられる。
 また、PHSで用いる偏波は垂直偏波としており、端末の傾き等による送受の偏波の不一致は偏波損失として考慮されている。また、ストリートセルにおいて垂直偏波送信時の受信点における偏波は実測の結果、角度広がりを持つことが明らかになっている。ストリートセルにおいては、偏波の保存性が低く、偏波の不一致により受信レベルの低下を招くことが分かっている。

6.3.2 照射エリアに対応した無線基地局アンテナ

(1)照射エリア

 PHS基地局アンテナは、マイクロセルを照射するため、様々な場所への設置を考慮する必要がある。基地局アンテナは、高いビルの屋上や鉄塔のような周りに何も無い自由空間、都市内のビルに囲まれた道路脇、坂道や崖っ縁等、無線基地局が置かれる位置に応じて最適な指向性を有するアンテナを用いた照射が望まれる。以下、ストリートセル、坂道・崖っぷち設置、開放地に適した指向性を持つアンテナについて、その具体的な指向性を実現したアンテナについて述べる。

(2)ストリートセル用基地局アンテナ

 道路に沿ったストリートセル用基地局アンテナとして、水平面内無指向性では無く、道路方向に双指向性を持つアンテナが適していると考えられる15)16)
 図6.7に示す双指向性ロッドアンテナはその一例である17)。図6.7に示す双指向性ロッドアンテナの黒いパイプの中には、細幅の平行平板形の励振素子、励振素子の周りに設けた地板、および励振素子に平行に設けた無給電素子が構成されている。双指向性を得るために、平行平板形の細幅の励振素子には平衡線路を用いて給電しており、さらに高い放射効率を得るために励振素子の回りに地板と無給電素子を設けた構造としている。このアンテナの利得は、水平面内無指向性を有する空間給電円筒コリニアアンテナに比べて、3 dB高い11 dBiの利得が得られている。このアンテナをストリートセルで用いた場合、利得差とビームを絞った効果が重なって、ストリートセルの大きさを1.3〜1.4倍に拡大できることが明らかになっている。

(a)構造

(a)構造

(b)外観

(b)外観

図6.7 双指向性ロッドアンテナ16)

(3)坂道・崖っ縁設置用基地局アンテナ

 基地局アンテナは、通常、水平方向に主ビームを持つ。今、図6.8に示すように、坂道や崖っ縁に置かれた基地局アンテナの主ビーム方向は、坂道や崖っ縁の地面に平行な方向に主ビームを持つのが望ましい。

図6.8 坂道や崖っ縁に置かれた基地局アンテナ

図6.8 坂道や崖っ縁に置かれた基地局アンテナ18)


 そこで、アンテナの指向性合成技術を用いて、前後の指向性が異なる非軸対称指向性アンテナを実現している。プリント素子を用いて実現した棒状非軸対称指向性アンテナの構造と垂直面内放射指向性を図6.9に示す18)19)。図6.9に示すように、隣り合う素子への給電位相を調整して所望の方向に放射させるとともに、地板の前後の素子を独立に位相調整することにより、所望の指向性を得ている。図6.9(b)に示す放射指向性を持つ坂道用アンテナを用いて実伝搬路における伝搬試験を行った結果、坂道の傾斜角が5°および10.5°の時、水平方向にビームを有するアンテナに比べて、各々4 dBおよび7.5 dBのレベル改善効果がることが明らかになっている。
(a)構造

(a)構造

(b)坂道用アンテナの指向性

(b)坂道用アンテナの指向性

(c)崖っ縁用アンテナの指向性

(c)崖っ縁用アンテナの指向性

図6.9 坂道・崖っ縁設置用基地局アンテナ

(4)開放地用基地局アンテナ

 ビルや家屋の少ない開放地では、反射波や回折波のない非多重波伝搬環境となる。直接波のみが伝搬する環境においては、図6.10に示すように垂直面内放射指向性がナルとなる方向で受信レベルの低下が生じる。この受信レベル低下の改善の方法として、従来のハイトダイバーシチ機能に加えて、指向性ダイバーシチ機能を併せ持つアンテナが適している。
 垂直面内に指向性ダイバーシチ機能を持つアンテナの構造を図6.11に示す20)。ハイトダイバーシチ構成の上下のアレーアンテナの素子間隔を最適化することにより、両アンテナの主ビーム方向をセルエッジ方向にビームチルトし、かつ片方アンテナの第1ナルの方向にもう一方のアンテナの第1サイドローブを重ねて、垂直面内放射指向性のナルを補完している。実伝搬路における伝搬試験を行った結果、セルエッジで従来のアンテナと同じハイトダイバーシチ効果が得られ、セル内では指向性ダイバーシチ効果により、受信レベル低下を改善している。

(a)従来のチルトアンテナ (b)指向性ダイバーシチアンテナ

図6.10 垂直面内指向性ダイバーシチアンテナの概念


図6.11 垂直面内指向性ダイバーシチアンテナ

図6.11 垂直面内指向性ダイバーシチアンテナ20)


6.3.3 偏波の傾きを補償する無線基地局アンテナ

 ストリートセルにおける垂直偏波の角度広がりにより、ストリートセルにおいては、偏波の保存性が低く受信レベルの低下を招いている。これに対して、偏波共用アンテナを用いた偏波ダイバーシチが有効であると考えられる。
 図6.12に示す偏波共用双指向性ロッドアンテナは、ストリートセルにおける偏波広がりおよび携帯端末の傾きによる偏波不一致の改善のための偏波共用アンテナの一例である21)22)
図6.12 偏波共用双指向性ロッドアンテナ

図6.12 偏波共用双指向性ロッドアンテナ21)


 図6.12に示すように、先に示した双指向性ロッドアンテナの細幅パッチ素子を垂直偏波素子として用い、スロット素子を水平偏波素子として交互に配置したことにより、簡単な構造で偏波共用を可能としている。この偏波共用アンテナの効果を実伝搬路において確認した結果、水平面内無指向性を有する空間給電円筒コリニアアンテナに比べて、偏波広がりおよび携帯端末の傾きに関係なくセルサイズが等しくなる結果が得られた。さらに、ハイトダイバーシチも併用することにより、4ブランチ(偏波ダイバーシチ+ハイトダイバーシチ)が構成でき、偏波特性が無く、大きなセルサイズが得られる基地局アンテナが実現されている。

6.3.4 ダイナミック指向性制御を可能とする無線基地局アンテナ

 伝搬環境を含む周囲環境の変化に適応してダイナミックに指向性を制御可能なアダプティブアンテナの適用が望まれた。PHSサービス開始時点から、DDIポケットのPHS基地局の一部には、周波数有効利用を目的として、アメリカのArray Comm社が開発した簡易な制御のアダプティブアンテナが導入されていた。当時、日本の研究開発レベルも実用の域に達していたが、PHSへの実用導入はされず、第3世代移動通信以降の基地局アンテナとしての実現を待つこととなった23)

6.3.5 PHS無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 1995年7月のPHSサービス開始以来、当時の携帯電話(PDC:第2世代)に比べて、32 kbpsディジタル方式による高音質・高速データ伝送、低廉な料金、電池の長持ち等の特徴により、「簡易携帯端末」としての人気を得て急激に加入者数は伸び、2年間で約700万加入に達した。その間、基地局数の増加に伴い、基地局が置かれる様々な周囲環境に適した基地局アンテナの開発要求が増え、前記のアンテナをはじめとする各種の基地局アンテナが開発された。新規開発された基地局アンテナは開発要求のあった地域のPHS網に試験導入され実用に供された。 
 その後、携帯電話の月額基本料金がPHSサービス開始時の料金の約1/2にまで低下し、PHSとの料金格差が縮小したことから、PHSは1997年9月の707万加入をピークに減少に転じることとなった。その翌年の1998年12月1日にはNTTパーソナル通信網グループ9社がNTTドコモグループ9社に営業譲渡され、開発要求のあった新規の基地局アンテナは、新会社のもとでの全国導入が見送られてお蔵入りの運命をたどった。
 NTTドコモグループによる活用型PHSは2008年1月7日にサービスを終了し、2006年12月20日にはアステルグループが電力系子会社への事業譲渡を完了した。DDIグループは吸収合併を繰り返した後、ソフトバンク・ウィルコム沖縄が、2021年1月31日に法人向けサービスを除くすべての音声電話・データ通信サービスを終了した。2023年3月31日には残っていた法人向けサービスが終了し、すべてのPHSサービスが終了の予定である。
 また、PHS技術の基盤となったディジタルコードレス技術は、第2世代ディジタルコードレス電話(自営PHS)として残り、自営PHSとしての使用は電気通信事業に当たらないため、PHSサービス終了後も利用されている。


1990年代後半におけるマイナーな優れもの

 Mac、BETA、PHS、これらは言うまでも無く、パソコン、ビデオレコーダ、携帯端末の商標である。人によって受取り方が異なるのは敢えて承知で、「My Information Tool 3種の神器」と呼ぶ。その時代に巷で流行していたのは、Windows、VHS、PDC(第2世代携帯電話)であった。それに抵抗するかのように、「My Information Tool 3種の神器」が、限られた利用者の間で根強く細々と人気を保っていた時代があった。その人気の理由やこだわりについては読者の判断にお任せしてここでは説明を省略する。その後の今日に到る変遷はご承知の通りであり、PHSが無くなった一方で、MacはiPhoneとの結びつきを得て利用者も増え、存在価値を高めてきた。


6.4 高速データ伝送サービスのための無線基地局アンテナ

6.4.1 高速データ伝送に適した無線基地局アンテナ

 6.1.4項で述べたように、2001年10月の第3世代移動通信の導入以降、高速データ伝送システムの実現のために、使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大が図られて来ている。2020年3月に第5世代移動通信が導入されて以降も、第3世代および第4世代移動通信システムは共存しているため、無線基地局にはシステム共用による経済化が求められる。
 従って、無線基地局アンテナに対しても、新周波数帯への対応、多周波数帯共用化によるアンテナのコンパクト化および経済化が要求され、新たな無線基地局アンテナの設計技術が求められている。また、第1世代および第2世代移動通信の基地局アンテナと同様に、第3世代以降の無線基地局アンテナにも、セクタ化による扇形ビームアンテナ、ビームチルト機能等の技術が求められている。 

6.4.2 多周波数共用を図った無線基地局アンテナ

 6.2.2項に示した携帯電話サービスのための無線基地局アンテナにおいては、800 MHz帯と1.5 GHz帯の周波数共用アンテナが用いられた。その後、図6.3に示したように、2001年のW-CDMA(第3世代移動通信)サービスの2 GHz帯を皮切りに、急増するトラフィックへの対応に応じて、第3.5世代移動通信(HSPA:High Speed Packet Access)においては、3つの周波数帯が用いられ、第4世代(LTE-A:Long Term Evolution-Advanced、PREMIUM 4G)においては5つの周波数帯が用いられることとなった。

(1)第3.5世代のための3周波数帯共用基地局アンテナ

 2006年6月の1.7 GHz帯サービスの開始により、800 MHz帯、1.7 GHz帯、2 GHz帯の3周波数帯の共用化が望まれた。開発された3周波数帯共用基地局アンテナの放射素子の構造を図6.13に示す24)。図6.13に示すように、800 MHz帯のダイポール素子と、1.7 GHz帯と2 GHz帯を共用するダイポール素子が反射板の上に構成されている。また、偏波共用のために、垂直および水平偏波共用のための直交して素子を配置している。これらの素子間の結合による指向性劣化の改善のために、金属板を挿入して不要電流の抑制を図ることにより良好な放射指向性を得ている。
 その後、2012年11月には1.5 GHz帯サービスが加わり、4周波数帯の共用化が図られることとなった。
図6.13  3 周波数帯共用基地局アンテナの放射素子の構造

図6.13  3 周波数帯共用基地局アンテナの放射素子の構造24)


(2)第4世代のための5周波数帯共用基地局アンテナ

 2015年1月には、700 MHz帯を用いたサービスがさらに加わり、従来の4つの周波数(800 MHz帯、1.5 GHz帯、1.7 GHz帯、2 GHz帯)に加えて、合計5つの周波数帯の共用化が望まれた。開発された5周波数帯共用基地局アンテナの構造を図6.14に示す25)。図6.14に示すように、垂直/水平偏波共用の反射板付ダイポールアンテナで構成されている。 
 共用する5周波数帯の700 MHz帯から2 GHz帯までの全帯域の比帯域幅は98.9 %であり、通常の広帯域化の手法での周波数共用は不可能である。このアンテナでは、周波数帯を(A)700 MHz帯/800 MHz帯と(B)1.5 GHz帯/1.7 GHz帯/2 GHz帯の2つに分け、AおよびB各々に対応する2種の広帯域ダイポールを用いて各々の周波数帯を共用している。従ってアンテナの入出力端は、AおよびBの周波数帯の各々2偏波の4端子である。
 この5周波数帯共用基地局アンテナと平行して、2ブランチMIMO対応の3周波数帯共用屋内基地局アンテナを開発している26)。共用周波数帯は、1.5 GHz帯、1.7 GHz帯、2 GHz帯の3周波数帯である。しかし、詳細なアンテナ構成は、公知文献においては殆ど明らかにされていない。
(a)外観

(a)外観

(b)放射素子の構造

(b)放射素子の構造

図6.14 5 周波数帯共用基地局アンテナ25)

6.4.3 高周波数化を図った無線基地局アンテナ

(1)高周波数帯電波の採用とアンテナへの課題

 6.1.4項に示したように、第4世代移動通信(LTE-Advanced)で3.5 GHz帯が、第5世代移動通信でSub 6と呼ばれる3.7 GHz帯および4.5 GHz帯と、ミリ波の28 GHz帯が新たに用いられている。この高周波数領域への拡大は、周波数共用の問題とともに新たなアンテナ設計技術の開発が要求される。
 2.3節で述べたように、これらの周波数帯の電波は直進性が強く、ビル等による回折効果は期待できない。また、当初から用いられてきたUHF帯の電波に比べて伝搬損失は格段に大きくなり、1つの無線基地局のセルの大きさは小さくならざるを得ない。
 一方、高周波数化に伴い、アンテナの小形化や多くの素子を用いた高機能化が期待でき、新たなアンテナ技術の開発とともに高機能無線基地局アンテナの実現が要求される。

(2)3.5 GHz帯で用いる無線基地局アンテナ

 2016年6月にサービスが開始された3.5 GHz帯を用いた高速データ伝送サービスにおいては、表6.2に示す無線基地局アンテナが用いられている27)。いずれも、詳細なアンテナ構成は、公知文献では殆ど明らかにされていないが、既存のアンテナ技術に基づいて設計していると思われる。なお、屋内用の3.5 GHz帯アンテナは4ブランチのMIMO対応となっている。

表6.2 高周波数を用いた高速データ伝送サービス用無線基地局アンテナ

周波数帯偏波指向性用途アンテナ形式備考
3.5 GHz帯垂直
水平
水平面内
無指向性
スモールセルロッドアンテナ
単指向性平面アンテナ
扇形ビームマクロセルセクタアンテナ
3.5 GHz帯
(1.5, 1.7, 2 GHz帯共用)
単指向性屋内平面アンテナMIMO対応

(3)Sub 6および28 GHz帯で用いる無線基地局アンテナ

 2020年3月にサービス開始された第5世代移動通信では、Sub 6帯とミリ波帯の無線基地局アンテナが用いられている。
 Sub 6帯は上記の3.5 GHz帯とほぼ同様に扱えるため、無線基地局アンテナの開発も従来技術の延長で考えられる。Sub 6帯で用いる無線基地局アンテナとして、各種のセクタアンテナ、平面アンテナ、ビーム幅可変アンテナ、不感地対策アンテナ等が開発されている28)29)
 一方、ミリ波の28 GHz帯については、利用形態とともに、新たな機能を持つ無線基地局アンテナ構成のためのアンテナ技術の開発が要求される。従来の無線基地局アンテナが水平面内オムニビームやセクタビームを対象としていたのに対し、新しくスポットビームを形成して特定方向の端末へのアクセスを可能とする無線基地局アンテナが開発されている30)。このアンテナは256素子の平面アンテナを用いて構成され、Massive MIMO技術を用いて高度なビーム制御を行っている。しかし、現用のアンテナであることと、殆どの公知文献では詳細が明らかにされていないため、ここでは文献引用に留め、別の系統化調査に期待したい。

6.4.4 高速データ伝送無線基地局アンテナの研究開発と実用化

 第3世代移動通信システムは、2001年10月のサービス開始時点で、すでにi-modeのサービスが1999年に開始されているなどの動画像をやりとりする利用形態が一般に普及し始めており、開始当初の384 kbpsの伝送速度では十分でない状態にあった。その後も、マルチメディアの普及に伴うトラフィックの増大に対応するために、伝送速度の高速化が図られて来た。その結果、第5世代移動通信システムの導入時点での下り(無線基地局⇒携帯端末)回線における伝送速度は、第3世代の約10,000倍にも達している。
 この伝送速度の高速化のために、新たな変調方式の採用、空間情報を考慮してマルチストリーム伝送を可能とするMIMO伝送の導入、キャリアアグリゲーションの採用により、それに伴い、使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大が図られた。
 無線基地局アンテナには、使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大のために、周波数帯共用ための新たな技術開発、新周波数帯への対応が求められ、5周波数帯共用という従来では予想だにしなかった多周波数共用のアンテナまでが開発された。今後も、新たな周波数の追加に伴う同様の技術開発が求められることは十分に考えられる。
 一方、MIMO伝送技術の急激な進歩に伴い、第4世代以降の移動通信システムにMIMOが導入され、第5世代ではmassive MIMOが導入されている31)。MIMOに用いるアンテナは、ダイポールやパッチ等の簡単な素子アンテナを複数用いて構成され、各素子アンテナからの出力に対して信号処理を行う「アンテナ系システム」である。さらに、massive MIMOはアンテナ素子を多数(通常、数10から数100素子)用いており、信号処理までを一体化したアンテナ装置として構成されるのが一般的である。MIMOの実用化により、アンテナはハードウェアであるという固定概念から抜け出さねばならない時代に入ってきたと言えよう。

6章の文献

1)佐々木秋穂, 中島昭久, 歌野孝法, 村瀬淳, “デジタル移動通信システム 方式概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.1, no.1, pp.16-19, July 1993.

2)立川敬二, 小檜山賢二, 徳永幸生, “パーソナル通信のすべて, ” NTT出版, June 1995.

3)蘇田明彦, 中村修, 生越重章, 堀俊和, 高原幸一, “PHS用基地局の構成”, NTT R&D, vol.44, no.9, pp.759-768, Sept. 1995.

4)羽鳥光俊, “移動通信の変遷と展望”, 電子情報通信学会誌, vol.82, no.2, pp.102-107, Feb. 1999.

5)秦正治, 佐藤孝平, “第3世代移動通信システムの国際標準化への取組み”, 電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン, no.30, pp.91-94, Sept. 2014.

6)大津徹, 梅田成視, 蓑毛正洋, “第4世代移動通信システムの概要”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.11, no.2, pp.7-11, July 2003.

7)中村武宏, 阿部田貞行, 岩村幹生, 阿部哲士, 丹野元博, “LTE-Advancedの概要および標準化動向”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.6-11, July 2010.

8)ITU-R M.2083-0, “IMT Vision-Framework and Overall Objectives of the Future Development of IMT for 2020 and Beyond”, Sept. 2015.

9)田岡秀和, 永田聡, 武田和晃, 柿島佑一, 余小明, 楠目勝利, “LTE-AdvancedにおけるMIMOおよびセル間協調送受信技術”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.22-30, July 2010.

10)三木信彦, 岩村幹生, 岸山祥久, ウメシュ アニール, 石井啓之, “LTE-Advancedにおける広帯域化を実現するCarrier Aggregation”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.18, no.2, pp.12-21, July 2010.

11)上林真司, 大野公士, 野島俊雄, 村田充, 山田吉英, “ディジタル移動通信の基地局系装置技術”, NTT R&D, vol.40, no.10, pp.1309-1318, Oct. 1991.

12)斉藤茂樹, 恵比根佳雄, 田守俊宏, 北川真清, 新宅正芳, “無線基地局系装置”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.1, no.1, pp.33-38, July 1993.

13)山田吉英, 寺田矩芳, 常川光一, 板倉仁嗣, “移動通信用アンテナ技術”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.1, no.3, pp.37-43, Jan. 1994.

14)堀俊和, “PHS用アンテナの技術革新”, エレクトロニクス, vol.44, no.2, pp.20-23, Feb. 1999.

15)堀俊和, 長敬三, 兎澤一, 木屋伸二, “ストリートマイクロセルに適した基地局アンテナの構成法”, 電子情報通信学会 技術研究報告, A・P94-62, Oct. 1994.

16)Hori, T., Cho, K. and Kagoshima, K., “Bidirectional Base Station Antenna Illuminating a Street Microcell for Personal Communication System”, IEE Conf. Publication, no.407, ICAP95, Edinburgh, UK, pp.419-422, Apr. 1995.

17)Cho, K., Hori, T. and Kagoshima, K., “Bidirectional Rod Antennas Comprising a Narrow Patch and Parasitic Elements”, IEICE Trans. Commun., vol.E84-B, no.9, pp.2482-2489, Sept. 2001.

18)堀俊和, 駒井知央, 長敬三, “傾斜地に適したマイクロセル基地局用棒状アンテナ”, 電子情報通信学会 技術研究報告, A・P2001-55, July 2001.

19)Hori, T., Kiya, S., Cho, K. and Kagoshima, K., “Pattern Synthesis of Rod Antennas for Microcell Base Station”, IEE Conf. Publication, No.436, ICAP’97, Edinburgh, UK, pp.1.43-1.46, Apr. 1997.

20)木屋伸二, 兎澤一, 堀俊和, 長敬三,“垂直面内指向性ダイバーシチチルトアンテナ”, 1996年電子情報通信学会 総合大会, B-149, Mar. 1996.

21)堀俊和, 長敬三, 兎澤一, 木屋伸二, “偏波共用双指向性アンテナのマイクロセル基地局への適用”, 電子情報通信学会 技術研究報告, A・P95-94, Jan. 1996.

22)Hori, T.,Cho, K. and Kagoshima, K.,“Dual-Polarized Bidirectional Rod Antenna for Diversity Reception at Street Microcell Base Station”, PIMRC ‘96, Taipei, Taiwan, vol.2, pp.526-530, Oct. 1996.

23)堀俊和, 長敬三, “高速ワイヤレスアクセスを実現するスマートアンテナ”,NTT技術ジャーナル, vol.11, no.5, pp.63-68, May 1999.

24)水村慎, “周波数共用偏波ダイバーシチアンテナにおける指向性の改善”, 2008年電子情報通信学会 ソサイエティ大会, B-1-108, Sept. 2008.

25)吉原龍彦, 川合裕之, 井原泰介, “700 MHz帯導入に向けた5周波数帯共用基地局アンテナの開発”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.22, no.1, pp.26-31, Apr. 2014. 

26)伊藤悌, 武田康宏, 吉原龍彦, 松村直樹, 福家裕, “マルチバンド対応RoF装置および屋内アンテナの開発実用化”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.22, no.1, pp.32-36, Apr. 2014. 

27)吉原龍彦, 川井裕之, 吉田翔, 川村輝雄, “3.5 GHz帯導入に向けた基地局アンテナの開発”, NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル, vol.24, no.2, pp.14-17, July 2016.

28)“移動体通信携帯基地局アンテナ”, 日本電業工作(株)WEB, https://www.den-gyo.com/product/product01_001.html#a, Dec. 2022.

29)“移動通信5G Sub6帯アンテナ”, 電気興業(株)WEB, https://denkikogyo.co.jp/elec/product/mobile/l5g/, Dec. 2022.

30)渡辺光, 宇賀晋介, 中溝英之, 堤恒次, 新庄真太郎 ,栗山侑, “第5世代移動通信基地局向けミリ波アンテナ・RFフロントエンド技術”, vol.14, no.3, pp.222-231, Dec. 2020.

31)西森健太郎, “アンテナ技術のこれからの50年−将来の信号処理アンテナについて-”, 電子情報通信学会誌, vol.99, no.8, pp.838-845, Aug. 2016.

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 7 あとがき

 本系統化調査においては、国内公衆無線通信用として用いられた各種の通信用アンテナに着目し、使用されている周波数の観点から、国内公衆無線通信の変遷と通信用アンテナの高性能化技術との関わりをまとめた。
 国内公衆無線通信は、1908年の銚子無線局による船舶無線電報サービス、1923年の神戸港内での船舶無線電話サービス、および1940年の石崎(青森)−当別(北海道)間を結ぶ超短波無線多重電話回線として始まった。その後1950年代の超短波移動通信およびマイクロ波多重通信回線の実現により、本格的な「国内公衆無線通信の時代」が到来した。本格的な国内公衆無線通信の時代を支えた固定無線通信、国内衛星通信および公衆移動通信の変遷は以下の通りである。 固定無線通信は、1950年代以降のマイクロ波を用いた市外電話および放送テレビの中継回線網の構築に伴い、1980年代から1990年代にかけてマイクロ波固定無線中継回線の最盛期を迎えた。その後、光ファイバを用いた有線中継回線の台頭により、2006年に無線中継系のサービスを終了した。
 国内衛星通信は、1977年打上げの通信衛星CS(さくら)を用いて、非常災害時の通信および離島通信の確保を目的としてサービス開始され、1988年打上げの実用通信衛星CS-3を用いた「あふれ呼」救済のための迂回中継を目的としたDYANET 中継網、それに続く国内衛星通信サービスの展開により、1980年代後半から1990年代後半にかけて国内衛星通信の時代の到来を見た。その後、2002年のN-STAR 衛星資産のJSAT(株)への譲渡に伴い、NTTとしての準ミリ波帯を用いた商用衛星サービスは終了した。現在はS帯を用いた船舶向けの衛星通信サービスを継続している。
 公衆移動通信は、1953年の内航船舶電話サービス、1964年の列車電話サービス、1968年の無線呼出(ポケットベル)サービス、1979年の自動車電話サービス、1986年の航空機電話サービスと展開され、ワイヤレスの時代を象徴する1990年代前半以降のディジタル携帯電話・携帯端末の時代を迎えた。その後はパーソナル通信全盛の時代となり、高速データ伝送を可能とする技術開発が続けられている。
 これらの国内公衆無線通信には、各種の通信用アンテナが用いられた。固定無線通信および国内衛星通信には、主として開口面アンテナが用いられた。一方、公衆移動通信には、線状アンテナから始まり、平面アンテナを素子とするアレーアンテナが用いられてきている。
 開口面アンテナは、それが持つ広帯域性を活かして多周波数帯共用アンテナとして利用され、高利得化のための鏡面修整技術はもちろんのこと、他の回線との干渉低減のための広角放射指向性改善、2衛星同時アクセスのためのデュアルビーム化等、高性能化および高機能化のための技術の確立が図られた。一方、線状アンテナや平面アンテナは、その狭帯域性を克服するために新たな周波数共用技術の確立が図られ、さらにこれらのアンテナを素子として用いたアレーアンテナが、所望の放射指向性を持つ高機能アンテナとして研究開発された。
 近年、高速データ伝送を用いた公衆移動通信のために、新たな変調方式の採用、空間情報を考慮してマルチストリーム伝送を可能とするMIMO伝送の導入、キャリアアグリゲーションの利用が行われ、あわせて使用周波数の見直しおよび高周波数領域への拡大が図られてきている。さらに第5世代移動通信においてはmassive MIMOが導入されている。MIMO伝送に用いるアンテナは、簡単な素子アンテナを複数用いて構成され、各素子アンテナからの出力に対して空間情報を用いた信号処理を行う「アンテナ系システム」として考えられる。MIMOアンテナを開発する上で、「アンテナは金物である」と言う古い時代の固定概念が通用しない時代になったと言える。
 本系統化調査で対象とした国内公衆無線通信用アンテナは、各サービスの終了とともに撤去され、殆どのアンテナは現存していない。現在では、S帯を用いた船舶向けの衛星通信サービス、および高速データ伝送を用いた公衆移動通信サービスのためのアンテナのみが活用され続けている。
 本系統化調査で紹介した無線通信システムとそのためのアンテナの研究開発・実用化を行ってきたNTTの無線部隊は、現在もなお国内公衆無線通信の今後のあるべき姿を追求し続けており、来たるべきIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)や第6世代移動通信(6G)に向けた革新的なアクセスネットワーク技術の研究開発を精力的に行っている1)2)3)。今後の更なる研究開発成果の創出を期待して、本報告書のまとめとする。

アンテナ利得と実効面積

 本報告では、アンテナ利得としていくつかの表記を用いている。やや専門的にはなるが、誤解を無くすために、アンテナ利得と実効面積についての説明を加える。
 一般に定義されているアンテナ利得は、指向性利得、絶対利得、動作利得である。
指向性利得Gdは、放射指向性E(θ,φ) から求められ、下図中の式および指向性図に示すように、放射電力Prが等方散乱した電力レベル(0 dBi)に対する最大放射方向の電力レベルGd [dBi]として定義されている。このときの実効面積Aeは、指向性利得Gdに等方性アンテナの実効面積 λ2 (λ:波長)を乗算することにより求められる。ここで、等方性アンテナの指向性利得Gdは1であり、等方性アンテナを基準としたdB表示は0 dBiである。なお、等方性アンテナの実効面積を求める方法はいくつかあるが、ここでは省略する。
絶対利得Gaは、アンテナへの入力電力Pinの等方散乱電力レベルに対する最大放射方向の電力レベルとして定義されている。これは、指向性利得Gdにアンテナ内の損失による放射効率ηを乗算することにより求められる。通常、アンテナ利得を示す場合にはこの絶対利得Gaを用いることが多い。このときの実効面積Aeaも同じく実効面積Aeに放射効率ηを乗算することにより求められる。
 動作利得Gwは、アンテナに給電回路を接続したときのアンテナへの供給電力P0の等方散乱電力レベルに対する最大放射方向の電力レベルとして定義されている。これは、絶対利得Gaにインピーダンス整合効率ηmを乗算することにより求められる。このときの実効面積Aewも同じく実効面積Aeaに放射効率ηmを乗算することにより求められる。

 本報告で対象とした固定無線通信および国内衛星通信で用いられている開口面アンテナの場合、通常はアンテナ内部の損失は無視できるため、特殊な場合を除いて放射効率η≈1であることから、絶対利得Gaと指向性利得Gdは同じく扱われることが多い。なお、特殊な場合とは、アンテナ内部に損失性誘電体などが用いられている場合を意味する。
また、開口面アンテナでは実開口面積Aが明らかであり、この開口面上の電界振幅が均一分布であるときの開口能率を100 % として、便宜上、指向性利得G100を考える。100 % 指向性利得G100は実開口面積Aと等方性アンテナの実効面積 λ2 との比で定義される。この100 % 指向性利得G100に開口能率ηaを乗算した値が指向性利得Gdとなり、同じく実開口面積Aに開口能率ηaを乗算した値が実効面積Aeとなる。
 開口面振幅分布と放射指向性はフーリエ変換の関係にあり、例えば、振幅分布が均一の時の放射電界指向性はsinc関数で与えられる。この関係から開口面振幅分布が均一でないときの開口能率の低下量が求まる。開口能率ηaには、開口面振幅分布の他に、ブロッキング、スピルオーバ、鏡面精度等による能率低下も含まれる。 一方、公衆移動通信で用いる線状アンテナや平面アンテナにおいては、アンテナ内部の損失を無視できないため、絶対利得Gaをアンテナ利得として扱うことが一般的である。また、線状アンテナや平面アンテナでは、開口面アンテナのように実開口面積Aが定義されないため、開口能率ηaは一意的には決定されない。アレーアンテナの場合は、便宜上、 A=[(素子数)×(素子間隔)]2として定義する方法があるが、これも厳密ではない。
 上記の各利得に加えて、アンテナに関する専門書には、相対利得が紹介されていることが多い。線状アンテナが主として用いられた時代には、標準アンテナとしてダイポールアンテナが用いられていた。ダイポールアンテナの指向性利得は2.15 dBi である。相対利得は、このダイポールアンテナの利得を基準としたときの利得であり、 dBd で表示している。従って、ダイポールアンテナを基準とした相対利得( dBd 表示)は、等方性アンテナを基準とした絶対利得( dBi 表示)から2.15 dBを引いた値となる。初期の公衆移動通信システムに用いられたアンテナの利得表示には、この相対利得( dBd 表示)が用いられていることが多い。


7章の文献

1)鷹取泰司, “ユーザやサービスに合わせるネットワークの実現に向けたワイヤレス技術への取り組み”, NTT技術ジャーナル, vol.34, no.7, pp.14-18, July 2022.

2)増野淳, 藤野洋輔, 工藤理一, “6G時代の多様な無線アクセスを支える先端無線技術の研究開発”, NTT技術ジャーナル, vol.34, no.5, pp.20-24, May 2022.

3)“5Gの高度化と6G”, NTTドコモ, ホワイトペーパー(5.0版), Nov. 2022.

謝辞

 本系統化調査を進めるにあたり、大変多くの方々のご支援、ご協力を頂いた。また、本調査のもととなった過去の発表資料作成時においても、多くの関連組織の方々のご協力を頂いた。ご支援、ご協力を頂いた方々の氏名および組織名を記すとともに、すべての方々に心より深く感謝する。

◇個人:板倉仁嗣氏、大津徹氏、鹿子嶋憲一氏、苅込正敞氏、熊澤弘之氏、島貫義太郎氏、鷹取泰司氏、長敬三氏、中嶋信生氏、奈良武治氏、林邦宏氏、堀江孝氏、牧野滋氏、宮下裕章氏(50音順)

◇関連組織:NTTアクセスサービスシステム研究所、NTT未来ねっと研究所、NTT横須賀研究開発センタ 図書館、(株)NTTドコモ、電気興業(株)、日本電業工作(株)、三菱電機(株)、(株)東芝、KDDI(株)八俣送信所

 なお、本調査が可能となったのも、電電公社およびNTTに所属していた時代にご指導頂いた進士昌明氏(故人)をはじめとする先輩諸氏ならびに関連組織の方々のご支援の賜物であり、その卓越したご指導、ご支援に対して感謝の意を表する。さらに、本調査に当たっては、多くの文献を参照させて頂いた。著者の方々に感謝を申し上げる。

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 国内公衆無線通信におけるアンテナ技術の系統図


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