「四国自動車博物館」 に対する検索結果 : 20

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TOYOTA SPORTS 800

1962年のモーターショーで発表されたパブリカ・スポーツのプロトモデルをベースに、トヨタ系列のボディメーカー、関東自動車が企画して量産した2シーター・ライトウェイトカーである。年代:1965

情報所有館 : 四国自動車博物館 


TOYOTA CELICA TWINCAM TURBO TA64

トヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)のグループBカー、ワークスセリカは、’84年からの3連覇(ハットトリック)を収めた。しかもそのうち、1985年は1位、2位、4位と3台が上位入賞、’86年は1位、2位でゴールイン。2年連続で1位2位を独占し、いわゆる、”1-2フィニッシュ”を飾った。年代:1983

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TOYOTA DENSO 88C

1989年6月11日ル・マン参戦。ドライバーは星野薫、鈴木恵一、Didier Artzet。 予選は27位で通過したものの、決勝では残念ながらリタイア。1992年以降のトヨタの快進撃が始まる夜明け前の1台であった。年代:1988

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トヨタ パブリカ

トヨタ初の大衆車。「パブリカ」のネーミングは、発売に先行したキャンペーンとして車名公募が行われ、108万通の応募作のなかから選ばれた。パブリック・カーからの造語で、大衆車の慕開け時代を象徴するにふさわしいネーミングである。年代:1961

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HONDA CR93 STREET

125ccワークスマシンのRC145同様に4バルブDOHC並列2気筒カムギヤトレーン駆動エンジンを搭載、最大出力は21.5ps/13,500rpmを誇る。タンクから続くシングルシート、足元を引き締めるマグネシウム製ドラムブレーキ、’60年代のホンダワークスマシンそのままのツインカムエンジン。すべてにおいて極限まで性能と軽量化を追求し、形作られた機能美あふれる造形である。年代:1962

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HONDA ドリーム CB750 four K0

1968年の東京モーターショーでデビュー。発表まもなく世界中のライダーから賛美を浴び、発売を待たずしてキング・オブ・ロードマシンの称号を与えられた。日本製オートバイの歴史の中で、もっとも大きな足跡を残した1台といえるであろう。年代:1969

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HONDA RCB

8つのヨーロッパ耐久ロードレースで7つの栄冠を獲得して凱旋したバイク。排気量941cc/最高出力115hp年代:1976

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ブルーバードMC型

昭和20年代から30年代にかけて、高知市の鴨部に山崎内燃機関研究所というバイクメーカーがあった。小さな工場から生み出されるバイクの性能は、当時の国内バイクの標準レベルを越えていた。昭和20年代の初めにエンジンを全て自社製としたその技術自体も評価されるものであろう。年代:1953

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富士重工業(スバル) ラビット S-48 II

国産初のスクーターS-1を生み出した旧中島飛行機(現在の富士重工業)は、群馬県太田と東京三鷹にあった工場で生産をおこなっていた。

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スバル360

1955年5月に発表された「国民車育成要綱案」に基づき、富士重工業が軽自動車の枠の中で実現させたのがこのスバル360である。年代:1961

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