「日本新聞博物館」 に対する検索結果 : 26

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VBW型超高速度新聞オフセット輪転機

初期の新聞オフセット輪転機。昭和54(1979)年に静岡新聞社に納入され、平成9(1997)年まで使用されまし た。1時間当たり最高15万部の新聞を印刷することができます。 メーカー:東京機械製作所 使用:静岡新聞社

情報所有館 : 日本新聞博物館 


マリノニ型輪転機

マリノ二社が開発・製造した輪転機が明治23(1890)年に初めて、朝日新聞社によって日本に輸入され、議会報道に威 力を発揮しました。明治30年代末になると、同輪転機を参考にした国産の輪転機が普及し始めます。それがマリノニ型輪転機です。当館所蔵のマリノニ型輪転 機は、東京機械が大正11(1922)年から昭和11(1936)年までに製造した改良型62台のうちのひとつです。印刷速度は、4ページ印刷で1時間当 たり最高24,000部、8ページ印刷で1時間当たり最高12,000部でした。 メーカー:東京機械製作所 使用:化学工業日報社

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スピードグラフィック・カメラ

スピードグラフィック・カメラ(通称スピグラ)は、戦後の一時期における新聞カメラマンの社会的地位を象徴するものでし た。終戦直後から少しずつ普及しましたが、スピグラ時代の初期は、ベテランのカメラマンだけが持つことを許されました。 使用期間:1950(昭和25) 年~1970(昭和45)年ごろ メーカー:グラフレックス(米国)

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写真電送送信機28C

写真電送送信機は、事件現場や新聞社の支局など、離れた場所から新聞社に写真を送るために使われました。使用期間:昭和 24(1949)年~1960年代 メーカー:日本電気 使用:朝日新聞東京本社

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写真電送送信機61T

使用期間:昭和34(1959)年~1970年代 メーカー:日本電気 使用:朝日新聞東京本社

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写真電送(受信)機

写真電送受信機は、写真を送る写真電送送信機と呼吸を合わせてスタートします。写真電送送信機から送られてきた写真は、 写真電送受信機のドラム部分に巻いた印画紙に受信されます。 使用期間:昭和39(1964)年~昭和61(1986)年 メーカー:日本電気 使用:朝 日新聞東京本社

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ベントン彫刻機

アメリカ人のリン・ベントンが1884年に特許を取得、後に改良された母型彫刻機です。製図用の拡大縮小器の原理を応用 したもので、装置本体の下部に取り付けた文字の原型(正字)を探り針でなぞり、上部の母型素材に文字を彫刻します。 使用期間:昭和29(1954)年~ 昭和63(1988)年 メーカー:津上製作所 使用:読売新聞大阪本社

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文選ウマ

漢字、かな、数字、約物などの活字ケースを、使用頻度別に大出張、小出張、本場、本場下などに仕分けて配列する傾斜をつ けた活字ケース台で、「ウマ」は俗称です。 使用期間:昭和47(1972)年~昭和61(1986)年 メーカー:綾瀬工業 使用:読売新聞東京本社

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漢字キーボード/漢字プリンター

全自動モノタイプの鋳植部に符号を送るテープをさん孔するのが漢字キーボードで、テープをモニター原稿の形で印字するの が漢字プリンターです。機種にもよりますが、キーボードは2,304~2,500の文字や符号を収容していました。 使用期間:昭和34(1959)年~ 昭和48(1973)年 メーカー:新興製作所 使用:朝日新聞東京本社

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漢テレ受信さん孔機

送信機から送られたモノタイプ用テープの穴の符号を、離れた場所で受信し、機械的に読み取って同じ符号をテープにさん孔 (穴を空ける)する機器です。当初のさん孔速度は175字/分でした。 使用期間:昭和37(1962)年~昭和50(1975)年 メーカー:新興製作 所 使用:熊本日日新聞社

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