「日産ヘリテージコレクション」 に対する検索結果 : 318

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ダットサン12型フェートン

ダットサンとは、1914年(大正3年)に快進社が「ダット1号車」を製造したことから由来します。DAT(ダット)は快進社の出資者3人のイニシャルから取られ、その後、DATの「息子」を意味する「DATSON」になります。しかし、「SON」は「損」を連想させるため、発音が同じで太陽を意味する「DATSUN(ダットサン)」になりました。ダットサンは日産自動車の主に小型車に使われ、日本のみならず、海外でも親しまれるブランド名になりました。ダットサン12型フェートンは、記念車庫の中でももっとも古いモデルです。フェートンとは、折りたたみ式の幌を持つ4人乗りのオープンカーで、サイドウインドウを持たないクルマ…年代:1933

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ダットサン14型ロードスター

現在の日産自動車は、1933年(昭和8年)12月に設立された「自動車製造株式会社」などを経て、翌1934年(昭和9年)に日産自動車株式会社と改称した時点でスタートします。いよいよ本格的なベルトコンベアによる自動車の生産に取り組みます。横浜市に設立された新工場において、1935年(昭和10年)に最初に生産されたのがこのダットサン14型ロードスターです。日産自動車による大量生産のスタートという画期的なモデルである14型には、722cc・15馬力の新エンジンが搭載されています。2人乗りのロードスターボディのデザインを手がけたのは、自動車の名エンジニアとして名を馳せた富谷龍一氏です。グリルの上に置か…年代:1935

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ダットサン15型フェートン

1936年(昭和11年)5月に登場したダットサン15型フェートンです。フェートンとは、4人乗りセダンを幌付きにした4人乗り仕様です。搭載エンジンは1935年に登場した14型と同じ722cc(7型)で、排気量こそ同じですが、圧縮比を5.2から5.4に上げることで、16馬力と1馬力向上させています。現在でこそクルマにとって1馬力は大きなパワーアップには感じられないかもしれませんが、当時では着実な進化といえるものです。エクステリアでは、ラジエーターグリルの左上に四角いバッヂが付いたのが15型の特徴です。さらに、ボンネット真横にあるルーバーのデザインも14型のシンプルな縦縞のものから、5つ連なるよう…年代:1936

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ダットサン15型ロードスター

1936年(昭和11年)にデビューした15型ロードスターは、後席のない2人の乗りのロードスターであるため、リヤエンドが丸く落ち込んだフォルムが特徴です。搭載するエンジンの排気量は、14型と同じ722ccで、15型フェートンと同様に圧縮比が5.2から5.4に引き上げられ、最高出力が14型の15馬力から16馬力に1馬力向上しています。15型フェートンと同様に、ラジエーターグリルの四角いバッヂとボンネットの開閉式のように見える真横のルーバーが特徴的です。また、法律が改正されたことにより、この15型からスペアタイヤがトランクの外に固定できるようになり、積載量の向上が図られました。年代:1936

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ダットサン16型セダン

1937年(昭和12年)4月に登場した16型セダンです。後席を備えるため、2人乗りロードスターよりもボクシーなフォルムなのが特徴です。そのため、全長もロードスターよりも長く、居住性の高さが外観からもうかがえます。ラジエーターグリルがより繊細なデザインになり、サイドルーバーのメッキモールの付く位置が、中心付近から上下の縁に囲まれたものに変わっています。また、フード先端のマスコットとダットサンのエンブレムもデザインが変更されました。搭載するエンジンは、15型フェートンやロードスターなどと同じ722ccの7型で、最高出力も同値の16馬力です。1937年は日中事変を受けて、軍需からトラックの増産が増…年代:1937

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ダットサン17型セダン

日中戦争下の1938年(昭和13年)にデビューを果たしたダットサン17型セダンは、タフで経済性に優れ、日本中で大いに活躍しました。エクステリアデザインは、前年に登場したダットサン16型セダンを踏襲しています。フロントグリル中央を貫くように、太めの縦バーが入っているのが特徴です。純綿や純毛が不足していた時代背景もあり、インテリアはシンプルに仕上げられています。搭載されるエンジンは、サイドバルブ(SV)の722ccで、16馬力という最高出力も16型と同数値です。この年はドイツで初の国民車となるフォルクスワーゲン・ビートルが誕生しており、当時の先進国では、第二次大戦前のモータリゼーションが高まりつ…年代:1938

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ニッサン乗用車

1937年(昭和12年)3月に、「ニッサン」ブランドの生産が始まりました。ニッサン70型乗用車は、その記念すべき最初のモデルです。このモデルはアメリカ、グラハム・ページ社の設備を買い取って国産化したもので、ボディサイズは当時のフォードやシボレーとほぼ同じでした。自動車先進国のアメリカの技術を吸収し、日本の自動車産業を自立させようという意図も込められています。このセダンは5人乗りと7人乗りがあり、さらに、幌屋根のフェートンもバリエーション展開されていました。ニッサン70型乗用車の登場により、小型車は「ダットサン」、大型車は「ニッサン」と、2つブランド名が使い分けられることになります。年代:1938

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ニッサン バン

1937年(昭和12年)3月に、70型から「ニッサン」ブランドの生産が始まりました。当時、自動車先進国であったアメリカのグラハム・ページ社から設備などの譲渡を受けてスタート。ニッサンバンも、「ニッサン」ブランドの最初の1台に入ります。この車両は「三越」の文字からも分かるように、商品搬送用として三越が使用していました。驚くことに、1939年(昭和14年)から、1965年(昭和40年)頃まで現役で活躍していました。タフな作りと実用性の高さを証明しています。搭載されていたエンジンは、3670cc・85馬力の直列6気筒で、必要十分なパワーを誇りました。また、日本初のセミキャブオーバースタイルも好評…年代:1939

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たま 電気自動車

「たま」の名は、戦前の立川飛行機が開発した電気自動車にまでさかのぼります。地名から採用された車名(ブランド名)は、たま電気自動車、たま自動車、そしてプリンス自動車工業へいう変遷を経て、日産自動車に移ります。たま電気自動車が登場した1947年(昭和22年)は、戦後直後だけに物資や食料だけでなく、深刻な石油不足に見舞われていました。しかし、電力供給過剰ぎみといえるほど余裕があるため、政府は電気自動車の生産を奨励します。こうした時代に誕生したたま電気自動車は、第1回電気自動車性能試験でカタログ性能を上回る航続距離96.3km、最高速度35.2km/hを記録し、高く評価されました。1950年(昭和2…年代:1947

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たま 貨物車〔ガソリン〕

セダンのたま電気自動車が登場した1947年(昭和22年)に、たま貨物車も東京電気自動車からデビューを果たします。セダン、トラックともに電気自動車とガソリン車を設定していました。セダンは4名定員でしたが、トラックである貨物車は多くの荷物を載せるカーゴスペースがあるぶん、キャビンは2人乗りです。このガソリン車は、直列4気筒の760ccエンジンを搭載。ちなみに、電気自動車の方は一充電当たり65kmの走行が可能で、現在の電気自動車と遜色のない航続距離を誇りました。大きなフロントライトが目を惹く愛くるしいフロントマスクは、セダンと同じです。年代:1947

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