「東芝未来科学館」 に対する検索結果 : 100

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電気アイロン

芝浦製作所(当社の前身)が初めて電熱器具類を製作したのは明治の末期で、わが国での家庭電気器具開発の草分けである。当時は電熱器に使われるニクロム線や電熱器の多くは輸入品であった。その後、電熱器の便利さが世間に認識され、需要が増してきたので、1915年(大正4)に電気アイロンなどを生産するようになった。写真の製品は、1922年(大正11)頃に製造された電気アイロンで、ハンドルは木製、台は陶器製である。年代:1922年頃

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真空管式ラジオ受信機 ジュノラ1A

1925年(大正14)3月に東京放送局が芝浦に開設され、わが国最初のラジオ放送が始まった。芝浦製作所(当社の前身)では早速ラジオ受信機の開発を進め、感度高く、遠距離に使用し得る無線受信機の研究および単球受信機、二球可聴周波増幅器、三球受信機等の研究開発によって、同年中頃にサイモトロンUV-199を1球使った真空管式受信機(ジュノラ1A)を発売した。その後、ジュノラⅡA/ⅢA型の受信機を開発し、市場に出すに至った。年代:1925年

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世界初の内面つや消し電球

ガス入り電球の出現で、電球の効率は高まり、光源の光度が強くなり、その表面輝度は高くなった。その為、眩しさが一般照明の大きな問題となった。最初はガラス球を外面からつや消しする方法が取られたが、表面が汚れ易く、従って光の透過も急速に減少するという欠点を持っていた。そこで、当社の不破橘三技師がガラス球の内面をつや消しすることに着眼し、研究を進め、苦心努力の結果、1925年(大正14)にガラス球の強度においても遜色の無い内面つや消し電球の製作に成功した。年代:1925年

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携帯用ラジオ受信機 サイモホンC型

1923年(大正12)に放送用施設無線電話規則が制定され、東京電気(当社の前身)は、ラジオ・アマチュアのために真空管UV-200、UV-201を開発し、「電波の器」を意味する「サイモトロン」の名称で販売した。1925年(大正14)3月に東京放送が芝浦でラジオ放送を始めると、さっそくラジオ受信機の開発を進め、1926年(大正15)に真空管UV-199を使用した携帯用ラジオ受信機「サイモホンC型」を製作し、当時の価格224円20銭で発売した。年代:1926年

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送信用真空管(ブライオトロン) UV-204A

東京電気(当社の前身)は、1919年(大正8)に逓信省から特命を受け、国産初の送信用真空管(ブライオトロン)を製作納入した。これはガラス枠にタングステン線を巻いて陽極とし、入力30ワット程度で、短距離ながら無線電話送信用に使われた。その後、1926年(大正15)に短波用送信管SN-204、SN-208を製作した。また同年、トリウムタングステンフィラメントを使用したUV-203A、UV-204Aを試作した。年代:1926年

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日本初の電鉄用鉄製水銀整流器

水銀整流器とは、内部を真空に排気した鉄製容器内に水銀を陰極とし黒鉛の円柱を陽極として封じ込み、水銀アーク放電を利用して交流を直流に変換する装置である。芝浦製作所(当社の前身)は、鉄製水銀整流器の鉄槽構造、真空装置、陽極および陰極導体の絶縁と気密性の維持などゼロからの研究を行い、1927年(昭和2)に国産初の600V、300kW電鉄用鉄製水銀整流器を完成、盛岡電灯の花巻温泉電軌鉄道花巻変電所に納入した。年代:1927年

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エジソン直筆署名入りポートレート

1930年(昭和5)に渡米する東京電気(当社の前身)の山口社長は、電灯50年記念会(代表:社団法人電気協会の井上会長)からエジソンに進呈する記念メダル、照明学会の名誉会員推薦状を託された。エジソンは病気療養中で直接面会は出来なかったが、後にエジソンから山口社長に贈られた1930年(昭和5)4月12日付の直筆署名入りポートレイトである。その後、電灯50年記念会は1931年(昭和6)10月18日のエジソン永眠を機に京都石清水八幡宮にエジソン記念碑を建設した。年代:1930年

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エジソン直筆署名入り感謝状

1930年(昭和5)に渡米する東京電気(当社の前身)の山口社長は、電灯50年記念会(代表:社団法人電気協会の井上会長)からエジソンに進呈する記念メダル、照明学会の名誉会員推薦状を託された。エジソンは病気療養中で直接面会は出来なかったが、後にエジソンから山口社長に贈られた1930年(昭和5)4月12日付の直筆署名入りの感謝状である。その後、電灯50年記念会は1931年(昭和6)10月18日のエジソン永眠を機に京都石清水八幡宮にエジソン記念碑を建設した。年代:1930年

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日本初の電気洗濯機 Solar A型

1930年(昭和5)に芝浦製作所(当社の前身)が国産第一号の撹拌式電気洗濯機“ソーラー(Solar)”の製作を開始した。自動絞り機付きの洗濯機本体は、米国ハレー・マシン社から技術導入するとともに、撹拌翼はアルミ中空体の3枚羽根が上から下に向かって20°の傾斜があるGE社の技術を採用し、最先端技術を駆使した製品であった。洗濯容量は6ポンド(約2,7Kg)で、価格370円と高く、とても一般家庭では購入できなかった。年代:1930年

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日本初の電気冷蔵庫 SS-1200

1929年(昭和4)に芝浦製作所(当社の前身)が、米国GE社製をモデルに研究開発を始め、翌1930年(昭和5)に日本初の密封型家庭用冷蔵庫(SS-1200)を東京工場(現:JR大井町駅前)で完成した。この冷蔵庫は、内容積125リットル、重量157キロと金庫を思わせる堂々たる風格であり、モニタートップと称する圧縮機・凝縮器・制御装置その他一式がキャビネットの上に露出しているのが特徴であった。年代:1930年

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